「それでは、行ってくるでござる!」
「は~い、いってらっしゃい」
「全く、こんな朝っぱらから元気ねぇ…ふわぁ」
GS美神除霊事務所。現在午前5時20分、太陽が顔を出し、鳥達が餌を求めて飛び立ち始める時間帯である。
事務所の入ったビルの前には前には袴姿で箒を持った『お掃除する幽霊少女』がいて、その姿をパジャマ姿の、寝癖であっちこっちに跳ねた髪の毛を片手で抑え欠伸交じりに5階の窓から眺める女性がいる。
そして、どう見ても狼耳と尻尾が生えており、腰に木刀を挿している事以外は普通の、子供服を着た男児が新聞配達員のバイクをブッちぎりながら駆け抜けていくという光景があった。
――話はパイパー戦後まで遡る。
「ええっ! 横島さんの記憶と力が入った風船、見つからないんですか?!」
「そうなのよ…。おかしいのよねぇ、実際、他の被害者の風船はあったのに、何であの子のだけないのかしら?」
「そんな事言ってる場合じゃないですよ! それじゃ、横島さんは…」
「解呪法が分かるか、あの子の風船が見つかるまではあのまま、ね」
パイパーを苦戦の末何とか退け、高額の報酬がもらえるとほっくほくの美神と、車の助手席で眠りこける半人狼の子供、そして、パイパーの開けた穴から飛び出してきた数百個もの風船を空中で捕まえながら、片っ端から忙しげに『金の針』で割っているおキヌ。
どれがどの被害者の物かが分からない為、結局全てを割らなければならない。
空を飛べて最も効率よく割れるのはおキヌであり、針が1本しかない為、他二人は見物に回っているのである。
「おキヌちゃ~ん!!そろそろ終わりそう~~?!」
「ええと、あと5個でーす!!」
「わかったわ~!! 頑張って~~!!」
「は~い!!」
車から身を乗り出し、地上から空飛ぶおキヌに向かって大声で叫ぶ美神。そしてその隣でひたすら寝こける横島(小)。
「全く…ガラにもない事するんだから」
すっかり子供になってしまい、もう夜だからとばかりあっさりせまっ苦しい助手席に丸まって寝息をかく横島の頭を撫でながら、なんとなく呟く美神である。
「ありがと、小さな侍くん」
とても小さな声と言うか、まるで囁くような声で、熟睡する半人狼にそう声をかける。その頬がほんの少しだけ赤く染まっているのは自分の言葉に照れた為か。
「…私のガラでもないわね。とりあえず、こいつが元に戻ったらちょっと上等な骨付き肉のボーナスでも出してあげようかしら」
「美神さ~ん!終わりましたよ~~!!」
でもちょっと勿体ないかな、と美神の脳裏に少しだけそんな思考が走った。
それは横島にお肉を出すのが勿体ないのか、それとも、彼が元に戻った方が扱いが面倒くさい事とちょっとだけ思ったからか。
そんな事を考えていた美神の頭上から、仕事を終えたおキヌが声とともに降りて来た。
益体も無い思考をおキヌを見上げて振り切り、そして二人の大きめな会話を聞いてもぐっすりと寝こけたままの小さな横島を見て、その口元が苦笑いを零した。
「そう、お疲れ様…って?!」
思わず二度見した美神である。
「…え?」
そう呟き固まる美神のそばに、作業を終えたおキヌがふよふよと降りてくる。そして美神の様子を見て、何に気付いたか慌てたように助手席の方に回りこむ。
「横島さん?!」
「むにゃむにゃ…えへへ~~母上~~~」
全ての風船を割ったはずなのに、未だ元の姿に戻らない涎を垂らした寝顔の忠夫がいた。
結局その後周辺を考えられる全ての方法で探し回り、地下に潜って捜索するも収穫無し。ならばと使った『金の針』にも反応がなく、そのまま途方に暮れながらとりあえずいったん事務所に引き返したのである。
「どーします?」
「どーしようか」
それから三日。
その間の除霊は全て断るか延期し、なんとか横島に、今、両親が忙しくて人狼の里から預かっていて、そう長くしないうちに里に帰れること、しばらくは此処で過ごすこと等を納得させることに成功する。
親の躾が良かったか、礼儀正しく素直な少年として育っていたようで、しっかりとお礼を受けた美神達が、ちくちくと良心を刺激されつつ、どうしてこの子の将来はああなったのだろうかと疑問を抱えたのは然もあらん。
その間に情報を集めるも現在めぼしい物は無し。
様々な情報屋や文献、GS協会方面にも二日間徹夜をしながら当たっていた美神は、直前のパイパー戦の疲れも重なり、とうとう気絶するように眠りに落ち、様子を見に来たおキヌが仮眠室まで運んだ。
そして目覚めたのが、日頃まだまだ布団に包まれているこんな時間と言う訳である。
ちなみにおキヌはいつもこれくらいの時間から活動している。新聞配達員や牛乳配りの人たちとも仲が良い。
「ま、手は打ったし、後は待つのみ。…ふぁぁ。おキヌちゃーん、私、二度寝するからしばらく起こさないでねー」
そう言って眼下のおキヌに手を振り、再び仮眠室へと戻っていく美神。その顔にはまだまだ疲れと眠気が残っていた。
少し心配そうな表情を浮かべながらも、おキヌは一旦箒を置き、温めるだけで食べられるメニューを考えながら事務所の中に戻っていくのだった。
一方その頃、散歩に出た横島。
「とーきょーって所は、色々あって面白いでござるなー!!」
独り言を言いながら、人の群の中を尋常でない速度で走っていた。
事務所の所長と同僚の悩みなぞなんのその。もう日は頂天に差しかかろうというのに、元気に街中を走り続けている。
「人も一杯だし、てれびで見た車もたっくさんあるし…これが『観光』でござるなっ!」
辺りをきょろきょろ珍しげに見回しながら、爆走する。
そして、彼が人気の無い住宅街に差し掛かった時だった。
交通事故の原因でも多いのが、余所見運転である。半分とはいえ、人狼は人狼。当然その走行速度も頑丈さも反射神経も人間の比ではない。比ではないが、
「「ぐはぁっ!!」」
人狼だろーがなんだろーが、注意も散漫な状態で60kmという速度域にいれば、そりゃいつかは事故る。
「あ、ごめんでござる」
「「……」」
「えっと…そうだ! な…なむ? な、な、な…なんまいだーなんまいだー」
間違いなく父親の悪影響であろう。
物凄い音を立てて衝突され、塀をひび割れさせながら沈黙する変な帽子を被った異様にひょろ長いにーちゃんと、鋲つきジャケットを着込んだ逆に背の短いにーちゃんという奇妙な二人組。
とまれ、さぁ埋めようかと(恐ろしい事に)あっさり決めて近寄った横島の耳に、掠れた声と苦しそうな息が聞こえた。どうやら二人組は気絶しているだけのようだ。むしろ骨折や流血の様子が無いところが異常である。
「ええと、こういうときは…」
小首を捻る横島の脳裏に蘇る、父に受けた教えの数々。
こう言った時に使えそうなものは無かったか、と考えに考え、一つの言葉が思い当たった。
『よいか、忠夫よ。しかと覚えておくのだぞ!』
『はい、でござるっ!』
『犬飼家、戦の裏道、大人の策略編その四っ!!』
『そのよん!!』
『…目撃者は、消せ』
「ええと、たしかまずは目撃者を探して、と…」
記憶の中で、歯を光らせながら異様に怪しい笑顔でそうのたまう犬飼ポチ。
こうやって横島の記憶の奥底には色々なモノがすりこまれていったのだ。そしてそれを忠実に実行する、未だ父の怪しさとアホさを良く理解していない横島(小)。
そして程なく彼の眼は一つの違和感を探り出す。
「…むっ?! そこでござるっ!」
ゴミ置き場に置いてある青いバケツの蓋が、ほんの僅かであるが浮いているのである。そしてその傍にはまるでぶちまけられたかのような、いや、誰かが放り出したのであろう、ちょうどバケツに一杯分のゴミ袋。
いかにもな現場に、とりあえず離れたところから石を投げて様子を見る。
「さぁ、出てくるでござるっ!!」
そして威嚇の声を出した彼に帰ってきた反応はと言うと。
「………ふぇ」
「え“?」
「ふえぇぇぇぇ…」
投げつけられた石によって蓋の外れたバケツの中に蹲る、奇妙な服を来た角の生えた女の子の泣き声であった。ちょと臭い。
再び蘇る横島の記憶。
先程と違いがあるとすれば、彼の目の前に立っているのが母親であり、父親はその足元にボロ雑巾のようになって転がっている所だろう。
『良い、忠夫? あの馬鹿の言うことはいいから私の言うことはしっかり覚えておいてね』
『は、はいっ!!拙者、まだ死にたくないでござるっ!!』
『あらあら、この子ったら…そんなおおげさな』
『い、医者を呼んでくれ…』
『えいっ♪』
ぐしゃ
『ち、父上ー!!』
『大丈夫よ。昔はあのくらいならまだまだ逝けたわよ。そんなことは置いといて、忠夫?』
『はいッ!!』
『貴方は、将来女の子や女性を泣かしちゃダメよ?』
『わ、分かりましたでござる!』
『でなきゃ…「ああ」だからね』
思い出した事と、その内容と其処から導かれる現況のあまりの危険性にとめどなく冷や汗を垂らし始める忠夫。
(やばいやばいやばい!! 母上にばれたら超折檻されるでござるっ!!)
もはや目撃者がどーたらこ―たらなどと父の言葉に従っている場合ではない。とりあえず必死に対抗策を考える。しかし、
「ふぇえええええええ…」
「あああーーー!!」
目の前で泣き続ける少女のおかげで全く考えが纏まらない。
もしこんなところ母上に見られたら、絶対にロクな事にならんでござるよー!!
――もうその女性がいなくとも、彼はそのことを覚えていない。いや、亡くした事を経験していない。それがどれほど大切なことであろうとも。それが、パイパーの残した呪いなのだろうか――
「ええと…ごめんなさいっ!」
「ふぇ?」
侍の誇りは何処へやら。
地面に擦り付けんばかりに下げられた頭と、泣いている少女本人よりも悲壮な感情の篭った謝り文句は、とりあえず女の子の涙を止める程度には、役に立ったようである。
「あの、すまなかったでござる。拙者、てっきり怪しい奴かと」
ようやく泣きやんだ女の子であったが、横島の言葉に首を振る。
「あ、いや、お前が怪しいといってる訳じゃなくて、その…え? 何でござるか?」
少女は、横島の言葉を遮るように、その服の袖を軽く引っ張りながら自分を指さし、小さな声で呟いた。
「……天竜」
「天竜? ああ、名前でござるか!! 拙者、犬飼忠夫と申すもの。侍でござる!」
「……耳?」
「む、なんでござるか?」
とりあえず初対面というか、一番最初にやったことが石を投げるという、今思えばかなり冷や汗モノの出会いであったが、自己紹介も済んでほっと一息。落ち着いて横島を見た少女が気になるのは、人狼としての部分であった。
「ああ、拙者半分人狼でござるからな」
「…おそろい」
「ん、おお! 角でござるか~! なかなかかっこいいではござらんか!」
「……♪」
泣いた烏がもう笑う。そんな感じでにっこり笑う天竜と名乗った少女。
「……しっぽ」
しばらく横島の耳を興味深げに見ていた少女が、ふと横島のふりふりと上機嫌に動く尻尾を捕獲した。
耳もそうであるが、自分には無いふさふさの尻尾の動きに誘われたらしく、子どもであるせいもあってか結構遠慮なく尻尾を捕まえた。
「うひゃっ!い、いきなりは止めて欲しいでござるよっ!!」
「…ダメ?」
尻尾には神経も走っている為、結構敏感でもあるのだ。
急につかまれ離して欲しいと告げるも、少女はその感触に囚われた様子で、にぎにぎとつかんだり離したりを繰り返しながら、小首を傾げて横島に問いかけた。
ここで断ると、また泣きそうだな、と既に諦め半分に横島は溜息を吐く。
残り半分はせめてお手柔らかに、と祈る気持ちだった。
「ちょ、ちょっとだけでござるよ?」
「……ん♪」
「うひゃひゃひゃひゃ!!」
とてとてと歩いて忠夫の後ろに回ると、いきなり尻尾に頬擦りをはじめる天竜。
一旦は断られ、少々落ち込んだもののOKを貰ってからはかなりお気に召したご様子で、辺りにはなんともいえない和やかな雰囲気が漂っている。
子どもの泣き声を聞きつけて辺りの家から出てきた住人達も、なんだか癒されているようである。
尻尾とか角とか耳とかを気にしてもいないのはどうかと思うが。
人気のあまり無かった住宅街に、しばし少年の笑い声が響き渡った。
「ぜはっぜはっ」
「……大丈夫?」
「ぶふぁぁ~~。も、もう大丈夫でござるよ!!」
「……ごめんなさい」
そう呟きシュンと小さくなる天竜に、慌ててフォローを入れる忠夫。
「あああっ! 大丈夫でござるよ! ちょっと笑いすぎて苦しかっただけでござるから」
「……ふぇ」
「ああああっ!!」
フォロー失敗。
「そ、そういえば! 何であんなところにいたんでござるか!」
「……ふぇ?」
「あのバケツの中でござるよ」
「……あのね」
「ふんふん」
と思ったが逆転セーフであった。
天竜の話によると、親のお仕事で旅行気分で出かけてきたものの、ある事情で宿泊先のお部屋から出られなかった。そのため、あらかじめ「こんなこともあろーかと」おうちのいろんなところからいろんな物を持ってきたらしく、そのうちの幾つかを使って其処からでて、観光していたという。
ところが、なんだかへんなおにーさんたちが追いかけてきたので逃げ出し、とりあえず隠れていたらいきなりすごい音がして、その後隠れ場所に石がぶつかってきたのでビックリした、と。
「そーいうことでござるな」
「……そーいうことなの」
「んで、その変な男とはどんな奴らでござったか?」
「……アレ」
そう言って呟いた天竜の指の先には、先ほど忠夫が轢いた二人組の姿が。
流石に気絶から立ち直ってはいないようで、まだ意識は無い物の手足がピクピクと震えていた。
「む、さすが拙者! いつの間にやら悪者を退治しておったか!!」
「……結果おーらい」
あさっての方角に2人揃って親指を立てながら、一仕事終えた後の表情で笑う横島達であった。少年の方はちょっと汗を流していたが。
ともあれ、それまで和みながらも二人の話を聞くともなしに聞いていた善良なる地域住民の方々は、その台詞を聞いて速やかに動いていた。
女性陣が二人にお菓子やお茶を出してさりげなく角と尻尾、耳に触り、序でに服に着いた汚れを濡らしたハンカチやタオルで拭き取り消臭剤もちょっと噴きかけ。
その陰に隠れた男性陣が気絶した二人組をロープで縛って小声で子どもには聞かせられない物騒な台詞を各々囁き声で相談し、地面を数人がかりで引き摺って行った。
なんともチームワークの良い町内会である。
――その頃、美神令子除霊事務所にて。
「んで? 俗界には縁の無いはずの竜神様が、なんだっていきなり私の事務所に訪ねてくるのかしら?」
「美神さん!! 私は今、非常に困っているのです!!」
忠夫が轢き逃げした二人組みをほっぽって、天竜と一緒に事件現場で歓待されている、まさにその時、GS美神除霊事務所には随分とエキサイトした様子の竜神、小竜姫の姿があった。
「なんか工事に問題でもあった?」
「それはありません! 大工の方々も、私が竜神だと知ったら何故かとてもお仕事が速く正確になりましたしっ!!」
「…どーりで」
美神が何かに納得した風なのは、請け負った工事会社に「ちょっとくらい手を抜いても良いから、余ったお金は返してね♪」と言っており、更に美神の手元に返ってきたのが予想よりちょっと多かったからである。手抜き工事がばれたかと若干警戒していたが、真摯な工事会社の施工は十分に満足して頂けたようであった。
(ラッキー♪)
手抜きによる天罰や仏罰等を恐れた工事会社に比べ、何の恐れも見せずにそう考えるあたり、下手な神や悪魔よりも恐ろしい。
「それで? 私の所にきたって言う事は、依頼かしら?」
「ええ、実は…」
小竜姫の語るところによると、竜神族の王、竜神王が地上に住む竜神たちとの会議に出席する為、地上に降りてきており、その仮の宿が小竜姫の管理する妙神山であるらしい。
地上に住み、仏道に帰依した竜神王を疎む輩が不埒なことを考える可能性があること。
そこで狙われるのが強大な力を持つ竜神王ではなく、その姫である可能性が高いこと。
しかし、妙神山にて会議が終わるまでの間――会議が終われば、地上の竜神たちにお披露目し、あわよくば娘を見初めた位の高い竜神に…と言う考えの元であるが――保護されているはずの姫本人が何らかの方法で脱走。早く保護しなければ危険である。
纏めると、そういうことである。
「と、言うことなのです」
「下衆いわねー。本人に勝てないからってその娘を狙う馬鹿も、そんな奴らの手綱を取る為に娘を嫁にやろうとする竜神王も」
ずばっときっぱりはっきり言い切る美神に、小竜姫の頬が思いっきり引き攣った。かなり同意したかったり一部は否定したかったりと含むものはあるが、とりあえず自分の役目を果たすことが先決である、と小竜姫はぐっと感情を飲み込んだ。
「そ、そう言われましても、こちらにも色々と事情がありまして…」
「いーわよ、別に? そんな話、昔っからあんたらの言う俗界では珍しくも無いんだし。神界の連中も、別に高尚な存在って訳じゃないでしょーし」
「…それでは、本題に入っていいでしょうか?」
「どーぞ? ただし…それなりにギャラを弾んで貰えたらだけど」
全くやる気が見えない。面倒くさいと全身で示してソファーに脱力してもたれかかる美神を前に、小竜姫は身内の恥をさらす恥ずかしさを感じながらももう一度姿勢を正す。
小竜姫も本来ならば自分の力で探したい。しかし、事は急を要する。
俗界もすでに彼女が知る頃とは様相を変え、小竜姫の知らない事が多すぎる。ならば、例え人間であっても、力を借りるのが最善の方策。ここで依頼をせず、不慣れな場所で対象を危険にさらし続けながら、それでも自分の力だけで探そうと言うのは下の下だ。
「結構です。それでは、こちらからの依頼は『天竜姫』の保護。報酬はこのくらいで…」
差し出された箱の中身を蓋をあけて覗きこみ、美神はふん、と鼻を鳴らした。
「りょーかい。その依頼、GS美神が受けさせていただくわ」
「お願いします」
分かっていても身内の情けない内情を晒さざるを得なかった為か、それとも仕方ないとは言え頼んだ重要な案件をそっけなく扱われているが故か、小竜姫の顔が、一瞬だけ不快気に歪む。
が、次の瞬間にはいつも通りの冷静な表情がその顔を覆っていた。
「…いくわよ、横島君! おキヌちゃん!!」
小竜姫の表情の変化に気付いているのか、横目に小竜姫を見ながらも、美神は何も言わずに立ち上がる。
「…あのー、美神さん?横島さんは…」
「あ"」
三人組の内一人が大問題を抱えている事を思い出したのは、声に出しても返事が無い理由に気付いてからだった。
「…てててっ、畜生! 一体なんだってんだ! ここは何処だっ!」
「兄貴、大丈夫かい?」
「まーだ頭がぐらぐらしやがる!おい、イーム!例の娘の匂いはまだ終えるかっ?!」
「へ、へい、ヤームの兄貴!」
イーム、ヤームと互いに呼び合った怪しい男達は、ふら付きながらも立ち上がる。
横島に轢かれ、住民たちにしょっ引かれ、近くの警察署の牢屋に気絶したままぶち込まれていた彼らは、光りのさし込む鉄格子がある壁に向かって掌を上げた。
瞬間、閃光が走り、鉄筋入りのコンクリートで出来ている筈のそれは、内部の細い鉄骨をひしゃげさせ、粉塵を吐き出しながら外側へと吹き飛ばされていく。
轟音を立てて脱獄に成功した二人。
そして、のっぽのイームが何かの匂いを嗅ぐと、それを追いかけて走り出す。
まだまだ、危険は去ってはいない。そして、その黒幕さえも未だ見えてはいなかった。
「「「「疲れた」」」」
「犬塚の娘よ。少しやりすぎたのではないか?」
「…笑いながら騒がしい赤いらんぷのついた白黒の車でドミノやってた犬飼殿には言われたくないでござる」
「あ~うまかった~~。東京の店も中々だな。後でもっかい探してみるか」
「…なんであんたはそんなに余裕なのよ」
そう会話する4人がいるのは現在工事中のビルの中。とりあえず先に邪魔者を片付けようと、後から後から沸いてくる警官と機動隊とを相手取り戦っていたのだが、いいかげん飽きてきた其処に、突然凄腕のGSとその助手が乱入。
その冷静沈着な戦法と精緻で巧妙な霊力と術でこちらを撹乱。辺りにいた警官達を下がらせた後、支援に13年式のG型トラクターを注文したら呼べそうな凄腕の狙撃手(猟友会おすすめ。所属18年目)だけを残させ、助手とともに4人とぶつかり合ったのである。
とはいえ、人狼+αのほうには殺すつもりなど毛頭ない。そもそも親父達にしてみれば只遊んでいただけのようなものである。被害が全く洒落になっていないが。
だが、流石に相手も熟練したGSのようであり、気付けばいつの間にやら結界の中。
「しかし、たまには狐も役に立つでござるな」
「…いい度胸してんじゃない」
「喧嘩はいかんぞ、犬塚の娘よ」
「全くだ」
「そもそもの原因はあんた達でしょーがっ!!」
タマモの幻術と狐火を併用した煙幕で視界を閉ざし、地面の反響音から地下に通路がある事を発見した犬塚と犬飼の重ね斬撃が地面を深く切り裂き、辛くも逃げおおせた4人組。
今は早く此処から離れることが先決である。揃って暗い地下鉄の通路を駆け出した。
「先生っ! 大丈夫ですかっ!!」
「…いたた、ああ、ピート君。いや、大丈夫だよ」
「なんて化け物じみた奴ら…。一体何なんですか、あれは?」
「あれが、本当の人狼ってやつだよ。どうやら私は遊ばれたようだね。やれやれ、こりゃ本格的に修行しないとダメかな」
そういって地面を見下ろす唐巣神父。3,4mはある巨大な爪跡のような裂け目が、地面を深々と切り裂いて、その威力を見せ付けていた。
Q、何で分割したの?
A、元が一万五千字あったから読みやすいようにさ!
Q、今回だけ?
A、次の未編集ファイルが一万六千字さ!
個人的に7~8千字位が読みやすいと思います。異論は認める。