月に吼える   作:maisen

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ズイ₍₍ (ง ˘ω˘ )ว ⁾⁾ズイ ←これを考えた人はマジ天才だと思う今日この頃皆様いかがお過ごしでしょうか。

私は感想がまるで同窓会のようになっていて何となくほっこりしております。

感想欄同窓会…これ(*´ω`*)はや


第十二話。

犬飼忠夫は考える。

 

侍とは何か。

 

仲間とは何か。

 

敗北とは何か

 

ドクター・カオスに詰めの甘さを指摘され、美神の危機に大した役にも立てず、結局自分はそこまでか?

 

 

――そんな訳があるか!

 

 

 

 

 

 

 

「ちわーっす」

 

 今日も今日とてGS美神除霊事務所に青年の声が響き渡る。

 

空元気も元気の内、と言うではないか。何かに悩んでいようとも、そこらへんを見せると言うのは彼の男としての、そして半人前かもしれないが侍としての誇りが許さない。

 

だからこその空元気であり、そして彼の意地でもある。結局どうこう悩んでる暇なぞない。やることやって、それから何を悩んで何が変わるか、開き直りでしか無くとも、とりあえず有効打が無い以上は後回しにせざるを得ないと言う苦い気持ちを噛み殺す。

 

「あら、横島君だったの?」

 

「いきなりひどいっすよ、美神さん」

 

 だから。

 

「ん~いま、ちょっと急いでてね。早いとこ届いてくれるといいんだけど」

 

「今日のお仕事に関する事っすか?」

 

 まずは、少しづつ頑張ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「日本にパイパーっていう『悪魔』らしきものによる被害があってね、それで、ソイツに対する切り札の到着を待ってるところだったのよ」

 

「パイパー?」

 

「そ。なかなか凶悪な奴でね、能力としては相手を子供にするって言う只それだけ、なんだけど」

 

 悪魔パイパー。

 

ヨーロッパにて散々その特殊な能力を振るいまくり、時の僧侶によってその力の源である『金の針』を奪われるまで莫大な被害を撒き散らした世界規模での賞金首である。「ハーメルンの笛吹き」とも呼ばれる彼の力は、本当に相手を子供にするという以外には、それなりの魔族としての能力しかない。それでも並みのGSにとっては十分に強敵となるだろうが。

 

『金の針』が力の源であり、大きな弱点である、と言う事。

 

相手を子供にして記憶を奪う能力を持つ事。

 

そして、その能力の半径がとんでもなく広い事。

 

特筆事項としてはこれらが挙げられる。前者は、その弱点が同時に力の源であることもあり、僧侶に『針』を奪われたことでヨーロッパから駆逐された訳だが、その能力はかなり文明社会にとって危険である。その範囲が一つの都市を軽く覆ってしまえるほどに広いのだ。

 

 もし、その能力が大都市のど真ん中で発揮されれば?

 

パイパーが猛威を振るっていた時代とは人口密度も、そして技術力とそれが制御を離れた場合の被害も比べ物にならない。はっきりいって、そうなってしまえば只一体で一国どころか、オカルトに耐性の無い小国ならば、纏めて数ヶ国ぐらいは無くなっても不思議ではない。

 

 だからこその高額な賞金であり、国連が世界中のゴーストスイーパーに抹殺を呼びかける程の危険性を持っている悪魔なのだ。

 

「…なんだがセッコイ能力ですね~」

 

「甘く見ちゃダメよ。確かに子供にする、って言うところだけなら大した事はないように見えるかもしれないけど、実際は厄介な事この上ないわ。効果範囲にいる人間の力と記憶を纏めて奪っちゃうんだからね」

 

 社会は歯車と現されることもある。

 

まるで複雑で超高度な技術の集大成である機械の塊のように、多くの人々が組み合わさって、それぞれ動くことで社会と言う物が動いていく。その様子が、『歯車』と言う表現につながる訳である。

 

 では、その歯車のうちいくつかが抜け落ちてしまえば、その機械はどうなるだろうか。

 

多少の不備ならばこの機械は自力で補修できるであろう。

 

しかし、あくまでも「多少」である。幾つかの都市に存在する人間が、ごっそりと子供になってしまう、つまり機械の中から、幾つかのブロックがごっそりと抜け落ちてしまうと言う事態になれば、さすがの高度な社会も、いや、高度であるからこそ機能を保つことは不可能だ。

 

 そうなってしまった場合、復旧までにどれほどの時間と予算が費やされる事か。

 

「…結構怖い悪魔なんですね」

 

「怖くない悪魔なんて聞いた事ないわよ、おキヌちゃん」

 

 とはいえ、その凶悪な悪魔もここ数百年ほどは力を蓄えるつもりであったか、大人しくしていた訳だが。

 

「つまり、切り札って言うのは」

 

「そう、『金の針』、よ」

 

「……美神さん?」

 

「なによ?」

 

 なんとな~く汗をたらしながら、忠夫は美神に質問を続ける。それを横目でみながら、除霊道具の用意に余念がない美神。

 

「パイパーってのにとって、金の針は絶対に取り戻さなけりゃならないモンなわけですよね」

 

「当たり前じゃない」

 

「…んで、今回の依頼はどっから?」

 

「解体業者よ。いきなり「うちの社員が変なのに子供にされちまった! どうにかしてくれ!」って高額の依頼が来てね」

 

「―――変なの?」

 

「ええ。ピエロの恰好してラッパを持った、変な笑い声の悪魔だったって…」

 

 美神の手が止まった。

 

 横島の言わんとしている事に気がついたのか、表情が焦りと驚愕の色に一気に染まる。

 

 

 

 

「そいつを見て無事だったんですか!?」「っしまった!!」

 

 

 

 

『ちゅらちゅらちゅらちゅらら~~♪』

 

 

 同時に放たれた美神と横島の声に含まれた気付きと焦燥を嘲笑うように、その音は事務所の中に届いた。

 

 何処からともなく妙に明るい音楽が聞こえる。TVか、とも思ったろう―――その音楽に、強力な魔力が篭っていなければ。

 

「美神さんっ!!」

 

 

 衝動的にその音楽が聞こえてくる方、窓の方へ、美神たちを庇うようにポケットから石を取り出しながら飛び出す忠夫。彼が窓を開け放つと、其処には果たして。

 

『ちゅらちゅらちゅらちゅ~ら~ら~♪』

 

 悪趣味なピエロの格好をし、ラッパを吹き鳴らす悪魔。パイパーの姿があった。

 

「へイッ!!」

 

「うおっ!!」

 

 慌てて手に持つ石を投げようと振りかぶったが既に遅く、忠夫はそのパイパーの『子供にしてしまう』能力をもろに喰らってしまう。

 

「ちぃっ!!」

 

 悪魔パイパーは最も大きな霊力を持った、おそらくGSであろう女性が無事であることを確認すると、そのまま中に飛び上がり、東京の空へと消えてしまった。

 

「しまったっ!! この依頼自体が罠だったのねっ!」

 

「美神さん!! 横島さんが、横島さんがっ!!」

 

 つまり、パイパーが目撃されたこと自体が罠であり、パイパーとしてはその姿と能力を見せ付けてしまえば良かったのである。

 

あとは自分を悪魔パイパーだと判断した人間達が、放っておいても勝手に自分に対して最も有効な武器『金の針』を取り寄せる。

 

その受け渡しの現場を抑えるも良し。若しくはGSを先んじて潰しておき、後から来た針を取り返すも良し。どちらにせよ『金の針』奪還という目的は果たせるはずであった、が。

 

「ちぃっ、あの妙な小僧!! もう少しだったって言うのに、抜けた顔して勘の良い!!」

 

 忠夫が横槍を入れたおかげで、予定が大幅に狂ってしまった、と言う訳である。ともあれ自分を退治する役目を請け負ったGSの排除には失敗した。

 

(ここは一端引いて立て直すか)

 

 その判断を余裕と取るか慎重と取るか、或いは臆病と取るかは別として、彼の悪魔がその力の源を奪われても現代まで生き残ってこられたのは、その小動物のような危険に対する忌避のおかげであった事はまぎれも無い事実であろう。

 

 ともあれ、相手の戦力の一部を削いだ事で一先ずの達成感を得たバイパーは、そのまま宙を飛んでするりとビルの隙間に姿を消した。

 

「やってくれるじゃないあの禿げ! おキヌちゃん、すぐGS協会に連絡を取って! こっちから『針』を受け取りに行くわよっ!」

 

 対して怒り心頭なのは美神であった。目先の多額の賞金に目が眩んだとはいえ、まさかの助手に指摘されるまで気付かなかった迂闊さに歯噛みし、身内が被害にあった事でかなりボルテージが上がっていた。

 

 姿さえ捉えていれば破魔札の十枚くらいは投げつけていただろう表情で、構えていた精霊石と神通棍を片付けるとおキヌに指示を出しつつ、撤退したとはいえ一応の警戒を窓の外に向ける。

 

「わんっ!!」

 

 と、窓の外を睨み付ける美神の耳に、甲高い子犬の鳴き声が届いた。

 

 それは、彼女の背後から聞こえてくる訳で、そしてそこには先程バイパーの能力を食らった横島が、おキヌに抱えられている筈で。

 

 恐る恐る振り向いた彼女の眼に、呆然と小さな子供を抱えているおキヌが見えた。

 

「この子、横島さん…ですよね」

 

「おねーちゃんたち、誰でござるか? それにここはどこでござるかっ?!」

 

 パイパーの攻撃を喰らった忠夫が起き上がると、其処には、狼の耳と尻尾を持った年の頃十歳を超えないであろう年頃の和装の子供が、腰に挿した全長50センチ程の木刀をその先っぽをぷるぷると震わせ、涙を堪えて美神に向けている姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、おねーさんたちは敵ではないでござるな?」

 

「ござ、ござるって…ええ、そう思ってくれてもいいわよ」

 

 いまだにソファーの陰から警戒心剥き出しでこちらを眺める忠夫に対し、あまりの口調の時代錯誤っぷりから、ちょっと笑いを誘われながらも違和感が凄い、と言った表情の美神。

 

「ええと、どうしましょう美神さん?」

 

「…足手まといを連れて行くわけにも行かないわね。先生のところで預かってもらいましょう」

 

「あしでまといとは無礼な!これでも父、犬飼ポチと母、沙耶の息子!れっきとした侍でござるっ!」

 

「でも子どもでしょ?」

 

 会話の流れは分からずとも、なんだか自分が役立たずといわれたっぽいことは分かる。思わずソファーの陰から飛び出し、反発し反論する忠夫(小)であったが、あっさりと子供であることを指摘され、悔しさに唸る。

 

 再び木刀を構えて唸り声を上げる横島にふと悪戯心を刺激されたのか、美神は子どもの構える木刀を片手で握りしめた。

 

 驚き木刀を取り返そうとするも、いかに半人狼と女性とは言え、大人と子供。

 

美神の膝を超えたか超えてないかの身長しかない子供と、女性と言えど、年がら年中荒事をこなし、神通棍を振り回している女傑である。

 

 しばらくうんうんと唸りながら引っ張っていたが、ぴくりとも動かなかった木刀が、美神が急に手を離したことで勢いよく後方にすっぽ抜け、結果として横島は後頭部をソファーに柔らかく受け止められる事になった。

 

「…ぅぅぅぅぅ~~~」

 

「み、美神さぁん」

 

「な、なによ」

 

「ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~~~~~~」

 

「なんだか、泣きそうな目でこっちを見てるんですけど~~~!」

 

「ちょ、ちょっとやりすぎたかしら。でも、本当に危険なんだから、がきんちょを連れて行くわけにもいかないでしょう!」

 

「…ヒック」

 

「「あ゛」」

 

 

「拙者は足手まといではないでござる~~~!! うわ~~ん!!」

 

 そのまま窓から飛び出して駆けていく横島。

 

「「あああぁっ!! 逃げたぁっ!!」」

 

 別に逃げた訳ではない。本人曰く、「せんじゅつてきてったいでござる!」である。

 

 慌てて窓から身を乗り出して探してみたものの、元が山を駆けまわって育つ人狼の里の子である。「あっ」というまにその視界から消えている。

 

「参ったわね。こっちはこっちでパイパーに狙われてるって言うのに」

 

「どうしましょう、美神さん。私が横島さんを探しましょうか?」

 

「…いいえ、一緒にこのままGS協会に行って、『金の針』を受け取る方が安全ね。さっさと切り札持って、パイパー倒さないと被害が広がっちゃう可能性が高いわ」

 

「そんなっ! 横島さんはどうするんですか?!」

 

 おキヌの泣きそうな表情に頭を掻きながら、美神はため息交じりに窓に背中を向ける。

 

「…あれでも半分人狼なんだし、そうそう捕まったりはしないでしょ。あの逃げ足の速さといい、こっちがさっさと決着つければ、問題無いハズよ」

 

「でも…」

 

 事務所のドアに向かって歩き出した美神の背を追いかけながら、おキヌはちらちらと窓を振り返る。

 

 見なくても心配そうな表情をしていると分かる彼女の声音に、美神は振り向いて叱咤する。

 

「いいから早く行くの! これ以上グダグダしてたら、それだけあの子の危険も増えるわよ!」

 

 どこにいったか、そしてその捜索にいくら時間を取られるか分からない以上、とりあえず所員である忠夫のことを後回しにして、元凶を一気に叩き潰す作戦に出た美神たち。それでも二人の足取りには、振り切るには少々ならず後ろ髪引かれる気持ちが見え隠れしていた。

 

「…うまくいったでござる。これぞ奥義『逃げたふり』! 役立たずじゃないことを母上に誓って証明して見せるでござる!」

 

 事務所を出て急ぎ足で移動し始めた美神とおキヌの後ろ五百メートル程の場所に、頭に木の枝を括り付け、何時ぞやの妹分にそっくりの格好で美神たちの後をつける狼耳と尻尾の生えた子供の姿があったとか。

 

コンクリートで覆われた街中では、さぞ目立ったことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ったくあのハゲピエロ!! 離れたとこからちゅらちゅらちゅらちゅらっ!! いいかげんうっとーしいのよ!!」

 

「でも、横島さんの方に行ってないのは分ったんですし…」

 

「この結界石、買ったら一体いくらすると思ってんの! あの子の時給じゃ十年たっても払いきれないのよ!」

 

「無料で手に入れてましたよね…?」

 

 あの後、車に高価な対呪歌専用の結界を封じ込めたという、オカルト商品取り扱い「厄珍堂」の今月の目玉商品というひっじょ~に怪しげな試供品を使い、幾度となくあったパイパーの能力を使った嫌がらせに近い攻撃を凌ぎつつ、最初にバイパーが発見された場所である「バブルランド遊園地」にたどり着いていた。

 

ちなみに、以外にも結界石自体の効果は高かった。

それを売りつけた厄珍堂の店主は、「たまたま」パイパーのうわさを「何処から」か聞きつけ、「たまたま」美神に商品を持っていったらしい。

 

美神は美神で、「そんな怪しげな商品、テストもしてないんでしょ?今ならレポートとGS美神のお墨付きをあげるわよ。役に立ったらね」と只同然の値で強奪していったのだからなんともはや。 まあタダで持って行かれた筈の店主も笑顔で「毎度あり!」と喜んでいたので、彼の中では十分に採算が取れる計画があるのだろうけれど。

 

 ともあれ、この遊園地、バブルの崩壊とともにその建設計画も正に泡と消え、そのまま何年も放置されていたと言う曰く付きの物件であるが、今回のパイパーが目撃された地点もここである。

 

強固な結界の張られたGS協会にて『金の針』を受け取り、それを使った『ダウジング』でも確かめてみたが、やはり反応はここであったことから美神たちはその根城を断定。

 

そのまま突入することとなった。ちなみに神父達は別件で除霊にでかけているらしく、連絡が取れなかった。

 

「ちくしょうっ! あの小娘ども、とうとうここまできやがったか!! だが、なんとしてもアレを取り返して、またあの頃のように暴れまわってやるんだ!」

 

 バブルランド遊園地の地下深く。そう呟くパイパーの周辺には大小様々の、それまでの被害者の顔の浮かぶ風船が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 その頃。

 

「…なんでござるかこの惨状は」

 

 呟く忠夫の前には、おそらく美神たちに対するパイパーの攻撃によるものであろうクレーターや、転倒した自動車、砕け散った街灯、折れ曲がった看板などが道に沿ってずっと続いていた。

 

流石に車に乗り、時速200km近い速度でバイパーによる被害を撒き散らしながら一般道を道交法を無視しすっ飛ばす美神たちの車には追いつけなかったのだ。

 

「これを追いかければ、簡単に目的地にいけるでござるなっ♪」

 

そう簡単にのたまうと、再び自転車並みの速度で駆け出そうとして。

 

「…おや?」

 

 何かの声を聞きつけ、近くに横転しているトラックの荷台に近づく。

 

「…むーん。何かがいるようでござるが、わからん。こういうときは、父上の耳が羨ましいでござるなぁ」

 

 そのまま、立ち去ることもできずに、仕方なく救助活動をはじめる忠夫。

 

「困っているものを助けるのが、武士の役目と母上も言っていたでござるからなっ! …えいっ」

 

 どうみても歪んで簡単には開きそうに無いその扉を、拾った棒で何とかこじ開けてみれば、中には無数の輝く光点が。

 

 おもわず仰け反る忠夫に、中身「達」は思わずといった様子で反応した。

 

「にゃっ!!!」×無数

 

 飛びつき、懐き、じゃれまくるのであった。

 

「こ、こらっ、拙者は狼なんだぞっ!! うひゃひゃひゃひゃ! くすっぐったいって! やめてー!!」

 

 山中に、半人狼の子供の笑い声が木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、頼んだわよおキヌちゃん」

 

「はいっ!頑張ります!」

 

 遊園地内部、その中心にある、おそらく完成の際は出し物が催される予定であったのだろう広場で、美神から何事かを耳打ちされたおキヌは美神からペンチと細長い針のようなものを受け取ると空に舞い上がった。

 

「パイパーさぁぁぁぁん! 早く出てこないと、この針折っちゃいますよぉぉぉぉっ!!」

 

「待てェェェェッ!!!」

 

 とりあえずパイパーを召還?した。

 

「お出ましのようね、悪魔パイパー!」

 

「お前らなぁぁぁぁっ!! 人がなぁぁぁ! せっかくなぁぁぁっ!! 色々と準備して下で待ってんのに、どうしてそういう事をだなぁぁぁぁっ!!」

 

 その人質をとるようなあまりと言えばあまりの行為に、隠れ家と言うか秘密基地と言うか、とりあえず本体のいる地下から飛び出してきたパイパー。

 

「ハン、ばっかじゃない?だれがそんなミエミエの相手の罠に自分から引っかかりに行くかって~の」

 

「だからって何でいきなりそういう事をするかなぁっ! あれはお前らにとっても切り札だろうがぁっっ!」

 

「別に切り札を使わなきゃ勝てないって訳でもなさそうだしねぇ。あんた、悪魔にしてはセッコイし」

 

「グッ!?」

 

 パイパーが美神たちにやってきたことと言えば、不意打ち、反撃の仕様の無い遠距離攻撃、トラップ、そして数回の、それなり以上に高出力とはいえ、それこそ呪歌用の筈の結界でも防げるような魔力を使った砲撃。

 

「あんた…エネルギー尽き掛けてるでしょ? そうでなきゃ、あんなしみったれた事ばっかりやんないわよねぇ?」

 

「当ったり前だ! そうでなきゃお前らやあの結界なんぞあっさり纏めて――はっ!?」

 

「語るに落ちるとはこの事ね。さぁ、さっさと諦めて、地獄に帰りなさいっ!!」

 

 あっさりと自分の内情をばらしてしまい、振り下ろされた美神の神通棍を慌ててかわすパイパー。

 

「くっ、くそっ!このパイパーを舐めるんじゃねぇっ!!」

 

 そう叫んだパイパーは、口笛を高く響かせる。

 

ちちちちちちちちちちちちちちっ!

 

 その音に呼ばれ出てくる大量の鼠たち。

 

「はーっはっはっはぁ!! いけ、我が眷属たちよっ!!」

 

「ちっ! 厄介な物呼んでくれるじゃない!」

 

 現れた鼠たちそれぞれは普通の鼠である。しかし、その膨大な数と、パイパーによって制御された連携はパイパー自体よりも厄介な壁となって、パイパーに決定的な一撃を決めることができない。

 

「そらそら、どんどんいくぞっ!!」

 

 まさに波のように襲い掛かる鼠たち。

 

「くっ!このっ!!」

 

 美神も必死に神通棍で応戦するも、その圧倒的な数の前にはどうしても劣勢を感じてしまう。

 

 そもそもが霊体でも無く、普通のネズミが操られているだけな為に、どうしても対霊、対悪魔に有効な手段が通じにくい。霊力を周囲に放出して吹き飛ばしてはいるが、恐怖を覚えて逃げない上に、この戦い方は消耗が大きい。

 

 油断すればあっさりとネズミの包囲に押しつぶされ、生きたまま齧りつくされる。そんな想像をしてしまった美神の額に、冷や汗が一つ流れた。

 

「はーっはっはっはぁ!! そのまま鼠どもの餌にしてやるわっ!!」

 

「ジョーダンじゃないわよ! こんな奴らにくれてやるものなんて一つも無いわっ!」

 

「きゃーっ! きゃーっ! ネズミーっ! いやーっ!」

 

 ネズミから必死に逃げようにも、美神の傍から離れるわけにもいかず悲鳴を上げ続けるおキヌを背中に庇う。

 

実に楽しげに哄笑を上げるバイパーの姿に怒りを露わにした美神は、こうなったら、と切り札の一つであるイヤリングの精霊石に手を伸ばした。

 

 が、それが効果を発揮する事は無かった。

 

 ネズミ達が、その動きを一斉に止め、突然遊園地の向こうに見える山を向いたのだ。

 

 訝しげにバイパーを見上げるも、彼自身も何がどうなったのかを把握しきれておらず、ひたすらに声を張り上げ美神を襲わせようとしている。

 

 しかし、ネズミ達は動かず、じっと一点をその無数の眼で睨んでいる。

 

「…………ぁぁぁぁぁぁ」

 

 最初に気付いたのは、空高く浮かんでいるバイパーでも無ければ、美神の近くでふよふよと浮かびながらネズミの群れに囲まれた状況に耐えきれなくなって気絶しているおキヌでも無い。

 

 一人だけ、地面に足を付けていた美神が気付いた。

 

「…地震?」

 

 呟きが漏れたものの、それだけではネズミ達の反応が良く分らない。

 

 そして、周囲とバイパーを警戒しながらもネズミ達の睨む方向を見た美神の耳に、その音が届いた。

 

「…ぁぁぁぁぁあああああああ!」

 

 揺れは大きくなっている。

 声も大きくなっている。

 

 そして、この距離まで近づいてきて、美神に正体を悟らせた。

 

「ああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

にゃー。

わんわんわんわんわん!!

きしゃー!

もけーもけー。

かー。

ぱおーん。

 

 山の茂みを突き破り、小さな横島を先頭に、暴走とも言えるような勢いで動物達が突撃してきた。

 

「たーすーけーてーーっ!!!」

 

 大音声とともにやってくるのは、一体何処から集まったのやら、と思うほどの獣たちの群。犬やら猫やらに始まり、爬虫類、鳥類、哺乳類。ここら辺りの山の生き物全部ではないかと思うほどの動物たち。

 

 ネズミ達の行動は早かった。

 

 素早く散らばり、物陰に隠れ、その正面から逃げようとする。

 

 しかし、そのはしっこさを持ってしても、既に最高速まで加速を終えていた動物達から逃げるには遅すぎた。

 

 そして、数えきれない動物が、猛獣が、猛禽類が、彼らを捕食し、踏み散らし、隠れた物陰ごと粉砕しながら通り過ぎていく。

 

「な、なんだってんだ…?」

 

「隙ありっ!」

 

「ぐぎゃぁっ?!」

 

 呆然と自分の眷属が蹂躙されていく光景を見ていたバイパーだが、この場で最も眼を離して行けない人物から意識を逸らしたのが間違いだった。

 

 美神が打ち出した霊体ボウガンの矢が、その身体に突き刺さり、思わずバランスを崩し、重力に引かれ落下する。

 

 そして、地面に叩き付けられた彼の視界に、運の悪い事に今まさに彼を踏み砕かんとするように突進中の動物達の足が入り込んだ。

 

「ま、待て待て嘘だろぉぉぉぉっ!」

 

 

 パイパーの眷属達は、あわれその質量差だけでも数倍はあるのではないか、と思われるスタンピードの前に、儚く蹴散らされたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「怖かったでござる! 怖かったでござるようっ!!」

 

「よしよし、もう大丈夫だよー」

 

「しっかしまぁ、異様な光景だったわねー…近くに潰れた動物園でもあったのかしら」

 

 狂乱の大暴走が終わった後、いまだにぐずりつづける忠夫から美神たちが話を聞いたところによると、横転したバスから猫達を助け出した後、どこからともなく野犬の群が現れて、一緒になって懐いてきたので、しばらく遊んでやったのだが。

 

ふと気付くと、道路の横の森から覗く、異様に多くの視線。

 

 その視線に怯えて、後ずさってしまえば、後から後から沸いてくる獣たち。

 

思わず逃げ出した物の、追いかけっこでもして遊ぼうとしたのか、或いはただ単に本能で逃げる者を追いかけただけか。

 

そしてひたすら一直線に走り続け、気付けば、ここに着いていて、おキヌちゃんに抱きついていた、と言う訳である。ちなみに彼らは、そのまま何処かへ走り去ってしまった。

 

「ひっく、ひっく」

 

「ほーら、もう泣かないの」

 

「まったく、あんた男の子でしょ。もうちょっと頑張んなさい」

 

「ぐしっ。うん。ありがとう、えっと…」

 

「あ、そっか。まだ記憶とか奪われたままだったわね。そっちがおキヌちゃん。私が美神よ」

 

「ありがとう! 美神おねーさん! おキヌおねーちゃん!!」

 

 子供の純粋な笑顔で言われたそのお礼に、柄にもなく照れたようにそっぽを向く美神と、笑顔で「どういたしまして」と返事をするキヌ。このまま大団円、と行く筈だった。

 

 

 が。

 

 

「ふざけるなぁぁぁっ!!」

 

「きゃっ!」

 

「なにっ!?」

 

「おねーちゃん達、あぶないっ!!」

 

その真下から地面を突き破って現れたのは、もはやその力をほぼ全て使いきり、分身を作り出すことさえできなくなったパイパーの本体。

 

そしてその手に掴まれたのは、またもや二人を庇ってその前に飛び出した忠夫であった。

 

「このくそガキがぁぁぁぁっ!! よくも、よくも邪魔をぉぉぉっ!!」

 

「ぎゃー!! でっかい鼠がしゃべってるでござるー!!」

 

「「横島くんっ(さんっ)!!」」

 

「おおっと、動くんじゃねぇぞっ? 確かにもう俺は終わりだろうよ、もはやここから逃げ切るだけの力もねぇ…だがなぁ」

 

 巨大なネズミの短い前足が、美神に向かって突き出される。

 

 そして、放たれるのは、殺意の込められた黒い光。

 

「きゃっ!!」

 

「美神さん!」

 

「美神おねーさん!!」

 

 横島の腕を掴んでぶら下げながら、美神に魔力砲を放つパイパー。

 

かろうじて神通棍を犠牲に防いだが、足に傷を負い、神通棍も折れ、もはや防ぐすべも避けるすべもない美神に、消滅も辞さない覚悟で残り全ての魔力を籠めた前足を向けた。

 

「貴様もッ!! 道連れだあっ!!」

 

 放たれようとする魔力砲。しかし――

 

「させるかぁぁぁっ!!」

 

 それを再び邪魔したのは、忠夫の腰にあった木刀の中から出てきた輝く金属の刀身。それはパイパーの右目に突き刺さり、その痛みに意識を取られ、バイパーが手に溜めていた禍々しい力が霧散した。

 

「ぎゃあああああああああっ?!」

 

「し、仕込み刀って…子供になんて物騒なものを…」

 

「このクソガキッ…最後の最後までぇぇぇぇっ!!」

 

 もはや魔力砲を放つ力さえなくしたパイパーは、最後の意地とばかりに巨大な口を開く。

右目からは止めどなく血が流れ、残っていた魔力も先程の一撃に篭めていた分でほぼ終わり。

 

ならば、せめてこの小僧だけでもと牙の狙いを忠夫に定める。

 

「鼠がっ!!牙で狼に敵うかぁぁぁぁぁっ!!」

 

 しかし横島は目に突き刺した仕込み刀をその膂力で引き抜くと、その勢いのままに、自分の腕を掴んでいる方のパイパーの手首を斬りつける。

 

手首が飛び、バイパーの拘束から抜けだした横島を、突然の片目の消失で距離感の掴めなかった巨大な鼠は、その口の中に獲物の感触を感じる事が出来なかった。

 

思わず吐き出そうとした罵声は、しかしその口を通る事は無い。

 

「……カハッ」

 

 地面に落ちた横島が、そのまま今度は地面を蹴って飛びあがり、巨大なネズミの喉笛を噛みちぎったのだ。

 

「ぺっ。不っ味。あー、口の中、くっさー…」

 

 返り血に口元を染め、噛み千切った物を吐き出し、しかし倒れ行く巨大なネズミから眼を離さないその瞳は、確かに狩をする『人狼』の眼であった。

 

「…ねぇ…おキヌちゃん?」

 

「…なんですか、美神さん?」

 

「……しばらく、あのままの方が役に立つんじゃない?」

 

「………あは、あはは」

 

「「あははははははははははははは…」」

 

 乾いた笑い声が、ついに完成しなかった夢の跡地に満ちていく。

 

 空には綺麗に半分に分かれた月が、顔を出し始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「長老ー?いますかー?」

 

「なんじゃー?」

 

「犬飼さんちのてれびがなおったらしいですから、いっしょにみにいきませんかー?」

 

「ええのー。いまいくぞー」

 

 人狼達の中でも特に問題児な奴らが飛び出したお陰で、里にはだらけ切って、一気に10は老けたような長老の姿があった。やはり、人生多少起伏があった方が張りが出るようである。

 

「相変わらず器用じゃのー」

 

「忠夫君には負けますけどねー。それじゃ、えいっ」

 

「――番組の途中ですが、予定を変更して臨時ニュースをお伝えしております!! 突如街中に現れた時代劇のような格好をした男二人は、いまだその正体は不明、その姿が巨大な狼に変わったと言う未確認情報もこちらには伝わっています!!」

 

「「は?」」

 

「…ああっ! あれです、あの二人がその二人のようです!! 警官隊による突撃が――だめですっ!! 止まりません!! 20人近い機動隊をふっ飛ばし、現在新宿区に向かって進行中!! 進行方向の市民の皆様は、すぐに非難してくださいっ!!!」

 

「………」」

 

「わーっはっはっはぁ!! ヌルイぞけーかんとやらっ!! これなら息子の方がまだましであったわっ!!」

 

「おーい、犬飼ー。そろそろいかないと日が暮れるぞー」

 

「犬塚、その手にもってるやつ、うまそうだな」

 

「いや、其処の店先に落ちてたもんで、つい」

 

「1本よこせ」

 

「ヤダ」

 

「「………」」

 

「仲間割れです!! 仲間割れをはじめたようですっ!! そしてどうやらあの二人の名前が判明しました、「犬飼」「犬塚」と名乗っているようです!! それにしても意地汚い! 本気です! 大の大人が落ちていたフランクフルトを争って本気で刃を交わしています!!」

 

「いー加減にするでござるよ!!父上、犬飼殿!!」

 

「ああっ!!シローーー!!」

 

「む、犬塚のところの娘ではないか」

 

「こんなに回りに迷惑かけて…まぁそれは良いとして、いつになったら兄上のところに行くのでござるか?!」

 

「「さぁ?」」

 

「……狐」

 

「……最初っからこうしてればよかったのよ」

 

「「くらぇぇぇぇぇぇぇいっ!!」」

「「うおおおおおおおっ!!」」

 

 

「爆発ですっ! 情報によりますと、新たに二人の怪人が乱入した模様!! あ、はい。ここでいったんCMでーす」

 

 皺くれた手が伸び、テレビのスイッチを押した。

 

 真っ暗になった画面に、ぎらぎらと輝く眼が映る。

 

 張りを取り戻す所かはち切れんばかりに力の込められた腕から、徐々に皺が消えていく。

 

 張りつめられた筋肉が、その上に被せられた皮膚を内側から押し上げているのだ。

 

「ちょ、長老?」

 

「…殺ル。オレサマ、オマエラ、マルカジリ」

 

「長老ー?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ、初めまして」「やぁ、お久しぶり」

 

「「どうしたんだい、そんな、狐に抓まれたような顔をして」」

 

『どうやら、疲れているようだね、しばらく眠ると良い』

『戯言には、虚言には、騙されちゃいけないよ』

 

いいから、ほら、目を瞑ってごらん? 段々眠くなってきただろう?

 

 ――――それでは、良い夢を。

 


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