月に吼える   作:maisen

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第拾六話 『そして彼らは銃を掲げ』 

 轟々と耳元を過ぎていく風の音が途絶え、摩擦熱で赤く染められていた小竜姫の視界が不意に元通りの色彩を取り戻した。

 

 大気を突き破る為に槍へと変化させて前方へ突き出していた竜の牙を元通りの勾玉に、顔の前に掲げていた表面が焼け焦げ煤けた盾をニーベルングの指輪に戻す。

 

 ふぅ、と彼女は小さく吐息を付き、軽く身を捻って足元を見下ろした。

 

 視界一杯に広がる青い地球と、その所々に混じる白、そして様々な色に彩られた大地は暗闇の中に沈み、その代わりとでも言うかのように小さな輝きが無数に地形を象っている。

 

 その光一つ一つの下に人間の生活があり、そしてそれが見下ろす限りのあちこちに咲き乱れている。

 

 神族、魔族、妖怪、そんな彼らを押しのけ時には利用し広がる人類の象徴。

 

 感慨とも羨望ともつかない感情を抱き、しかし小竜姫はそれを振り切るように背後に背負ったヒャクメに声をかけた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 月に吼える 第三部 

 

 

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 ぐったりと白目を剥いて小竜姫の背中に体重をかけてくるヒャクメを揺さぶり、呆れたような声音を出す。

 

「ヒャクメ、何時まで寝ているのですか」

 

「寝てないっ! 寝てないのねーっ! 逝きかけてたのっ!!」

 

 いきなり体を起こしたヒャクメは、あちこち焦げたままでどばどばと涙を零しながら、何やら必死に叫び倒した。

 

 その拍子に彼女の身体と小竜姫の身体を結び付けていたロープがボロリと灰になって崩れ落ちる。

 

 反転させて向き直った小竜姫に掴みかかるヒャクメは、なんだかとっても切羽詰った迫力に満ち溢れていて、小竜姫は思わず僅かに後退さった。

 

「私は竜神じゃないから小竜姫みたいに熱には強くないの! 本気で死ぬかと3回くらい思ったのねーっ!」

 

 その言葉に小竜姫はぽん、と両手を打ち合わせて納得した。

 

 確かに異様に丈夫だったり炎を吐いたり火口に住んでいたりする彼女達の種族と違って、ヒャクメははっきり言って肉体的には弱い部類に入る。

 

 龍の牙とニーベルングの指輪を使って大気圏を突破したとは言え、その時に産まれる熱は加速度も相俟って凄まじいの一言に尽きる。

 

 はて、とすれば、

 

「何で生きてるんですかヒャクメ?」

 

「結論がそれっ?!」

 

 心底驚愕した風情で問い掛けてくる小竜姫に対し、ヒャクメはとりあえず反論にもならない叫びを返して、疲れきったように膝から崩れた。

 

 そのまま涙を流しながら何処へとも無く漂流を始めた彼女の襟首を引っ掴み、小竜姫はよっぽど怖かったのかえぐえぐと肩を震わせているヒャクメと向き直る。

 

「ま、まぁ無事だったんだから良いじゃありませんか」

 

「…この何処が無事に見えるのね?」

 

 じっとりとした視線を向けてくる彼女に誤魔化し笑いを見せ、小竜姫は慰めるようにその体に付いた煤を払い落とした。

 

 あらかたの煤が落ちる頃にはヒャクメも少しは立ち直り、まだ少々鼻を啜りながらもぐしぐしと目を擦って背中を伸ばす。

 

 何故かあれだけ焦げていたのに服の何処にも欠損が見られないのは不思議であるが、まぁサービスにもならないような気がするので誰も困らないだろう。

 

「さ、始めますよ。どうしたのですか、ヒャクメ?」

 

「いや、何か凄くムカっとくる事を言われたような気が…?」

 

 あらぬ方を見上げながら額に血管を浮かべてひくひくと口元を引き攣らせていたヒャクメであったが、やがて諦めたように溜め息をつくと、きょろきょろと真剣な表情で周囲を見回し始めた。

 

 数回ほど視線が辺りを往復し、それほどの間も置かずに一点に向けられたまま固定される。

 

 額に手を翳してじっくりと其処を観察する彼女の視線を追った小竜姫の目は、しかしその先には何も見つけることは出来ない。

 

 精々星の光と丸く切り取られたような黒い空間が広がるだけである。

 

 しかしヒャクメはそれをしっかりと確認したようで、翳していた手を戻すと腰に当ててその表情を苦く歪めた。

 

「あっきれた。本当にすぐ近くにあったのねー」

 

 その言葉の意味を理解した小竜姫の表情が曇る。

 

「用意周到というかなんと言うか…。美神さんの言った通りですか」

 

「ま、無かったら此処まで苦労してきた甲斐が無かったから良いんじゃない?」

 

 肩を竦めるヒャクメの襟首を掴み、今にも舌打ちしそうな様子で小竜姫は加速する。

 

 表情の陰は、しかしそれほどの間も置かずに不敵な笑みへと姿を変えていた。

 

「そうですね。折角ですし有り難く使わせて頂くとしましょうか…!」

 

 

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第拾六話 『そして彼らは銃を掲げ』 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「ゲホッ…ったた、いきなり何だってんだいっ!」

 

 白い毛皮を押し上げて立ち上がったメドーサの悪態に、彼女を庇うように覆い被さっていた猪が同意とばかりに大きく鼻息を吹き出した。

 

 その鼻の上を軽く撫で、小さな声で礼を言ったメドーサに、猪は気にするなとでも言わんばかりに口の端を歪め、身体を震わせて砂埃を撒き散らす。

 

 苦笑いしながら目の前に漂ってきた土煙を追い払う彼女の目は、薄く砂塵に覆われた前方に向いていた。

 

 先程まで間断無く叩き付けられ続けていた弾幕はその姿を消し、戦場には奇妙な静けさが漂っている。

 

 上空から夜の暗さを押しのけていた照明弾も先程の衝撃で全て叩き落され、今は押し殺したような獣達の呼吸と、さざめくような人間達の会話だけが残っていた。

 

 ふん、と鼻息を一つ置き、メドーサは猪が覆い被さってきた時に間違って刺してしまわないようにと放り出した刺叉を拾い上げ、不敵な笑みを口元に乗せる。

 

 少々疲労は溜まっていても、未だ四肢は動くし気合も十分、両陣営とも混乱しているようだが、見方を変えればこれ以上のチャンスも無い。

 

 指令を出す頭脳が両方とも動きを見せた気配が無い以上、先程までの戦いの空気が残る今なら先頭が動けば後ろも引っ張られ、一気に乱戦の態まで引きずり込む事も十分に可能。

 

「――さて、行くか」

 

「待ちたまえ」

 

 猪の背中によじ登ろうと振り向きかけ、しかしいきなり背後から差し出された手に手首を掴まれ止められた。

 

 思わず瞬時に振り払い、身を翻して刺叉を背後の相手の咽下に突き付ける。

 

 幾ら疲れているからといって、あっさり背後を取られた事に少なからぬ驚きを覚えつつ殺気を向けた先には振り払われた手を軽く振りながら、呆れた様に半眼で見てくる髪の薄い眼鏡の男が一人。

 

 集団の先頭も先頭、最先端であるにもかかわらず何度かその姿を見かけた神父服の男性は、努めて冷静な口調で語りかけてきた。

 

「何をするつもりだね?」

 

「知らないで邪魔した訳じゃないだろ?」

 

「邪魔されるような心当たりでも?」

 

 突き込むようなメドーサの口調と冷たい視線に晒されながら、唐巣神父は微笑みさえ浮かべながら柔らかい口調で言葉を返す。

 

 何時の間にやら彼の後ろに駆けつけて来た数十人のオカルトGメンやGS達の注目が集まっているのを感じ、メドーサは渋々と刺叉を下ろした。

 

「まぁ、もう少々待って欲しいんだが。今ピート君が霧になって偵察に行ってくれてるから、彼が帰ってきてからでも遅くは無いだろう?」

 

「…チッ」

 

 はっきり聞こえるほどの舌打ちをし、メドーサは刺叉を地面に突き刺した。

 

 視線を外し、ようやく砂塵の収まりつつある前方を見る。

 

 闇に包まれた視界の向こうに僅かに見える緑色の灯り、不気味に明滅を繰り返すそれを見つめながら、メドーサは不貞腐れたように腰を下ろして胡座をかいた。

 

 その隣で黒く焼けた砂を踏みしめる音がする。

 

 横目に見上げた視線の先に、唐巣神父が苦笑いを浮かべて立っている。

 

 メドーサにだけ聞こえる小さな囁き声が、彼女の鼓膜を柔らかく揺らした。

 

「下手に乱戦が始まってしまうと、効果的かもしれないがこっちの被害も一気に拡大するからね」

 

 見透かしたような言葉の効果か、メドーサの視線がそっぽを向いた。

 

 勿論彼女は両方の被害――当然人類陣営の被害も――も折込済みであったわけだが、一々口に出す事も無いだろうと無言を通す。

 

 例えどれほど甚大な被害が出ようとも目的を果たせば良しとするか、限りなく少ない被害で事を運ぶ事を第一とするか、性格からと言うかこれまでの二人の積み重ねた経験が出した結論の差異ではあるが、メドーサの方針は受け入れ難い物があるだろう。

 

 特に、被害を折り込まれた方には。

 

 だが、押し留めるにはこれ以上ない場所に陣取り、さらに人手も集めている唐巣神父を排除するには少々人目があり過ぎた。

 

「あまり物騒な事は考えないでくれたまえ」

 

「…知らないね」

 

 押し殺された殺気をさらりとかわした神父に苛立ち紛れの答えを返しつつ、メドーサの瞳は前だけを向いている。

 

 どんな小さな動きをも見逃さない為に。

 

「こんな膠着状態なんて、どうせすぐ終わるさ」

 

 どちらが先手を打つのか、いまだ分からなくても。

 

 それが彼女の出した答えだった。

 

 其処まで考えて思考を切り替え、その瞬間にふとした疑問が滑り込んだ。

 

「オッサン」

 

「……なんだね?」

 

 オッサンと言われて一瞬否定したそうに無視しかけた物の、GS達に指示を出し終えた唐巣神父が口の端を引くつかせながら振り向いた。

 

 其処彼処で弾層を詰め替える音や治療を求める声がさざめくように響く中、意外なほどに険の無いメドーサの疑問が問い掛けられる。

 

「私みたいな正体不明の怪しい女、放置してても良いのかい?」

 

 メドーサ自身が言うのもあれだが、獣の集団を引き連れてくるわその先頭で声を張り上げるわ、しかも見た目は少女と言っても良いほどの姿である。

 

 何処となく善人オーラを醸し出している神父の正体は分からなくても、戦闘中の動きや指示の的確さを見ればそれなり以上の能力を持った人物である事だけは、メドーサにもはっきりと分かっている。

 

 そんな男が見た目は少女な彼女を後方に送るでもなく、その動きを止めただけで済ませていた。

 

 とは言え抵抗する事も、結果的にであっても彼を排除することも無く止められたのは、それまでの単独行動、自分以外は全て駒でしかないと言う考えからメドーサが僅かにずれてきているからこその素直さではあるのだが。

 

 彼女本人さえ知らないうちの変化は、果たして誰の影響なのかは言うまでも無いだろうが。

 

「ふむ。答は非常に簡単だね」

 

 問われた唐巣神父の答は、シンプルな行動で示された。

 

 頭から突き出した耳と、スカートの裾から零れ落ちる尻尾を指差し、信頼と諦めを足して気苦労を混ぜて頭痛で割って胃痛を振り掛け、最後に楽観を塗した笑いを浮かべている。

 

「君、横島君の関係者だろう?」

 

「…娘さ。今はね」

 

 鼻を鳴らして呟くメドーサの言葉に、やれやれと肩を竦めて米神を擦り、神父は神父らしく十字を切って踵を返した。

 

「だから、だよ」

 

「答になってない気がするんだけどねぇ?」

 

「なってるさ。私にとっては十分に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眼下の者達が目の前の敵に視線を向け合い誰も気付かないその間に、宇宙へと突破するついでに小竜姫+1によって東京を覆う天蓋に差し込んでいた腹部を破壊された大逆天号から、7つの影が飛び出した。

 

 小さな影が2人づつ、それぞれ大柄な人影と奇妙な形の影を引っさげ慌てたように一気に降下していく。

 

 まるで、何かに追い立てられるように。

 

 その何かは待つことも無く現われた。

 

 先に飛び出したのは二人の女性。

 

 己の力だけで空を飛ぶ彼女達はそれだけで人でない事を声高に叫んでいたが、互いから同時に放たれた閃光を契機に、その機動は一気に加速。

 

 絡み合うように近付き、離れ、時には揉み合いながら暗闇の中を縦横無尽に駆け巡る。

 

 張り詰めた緊張感が剃刀に指を乗せているような、僅かにでも動けば血と鋭い痛みが溢れ出すのではないかとも思える空気の真っ只中に在った二つの陣にも、それに気付いた物がいたのか徐々に上を見上げて囁く者が現われ始める。

 

 灯りさえあれば互いの顔さえ見て取れそうな程に近付いていた紡錘形の先端と弧を描いて包囲する二つの陣で、上と前とに視線を往復させる者達が増えた。

 

 だが、時折上空で何かが激しく輝こうとも、新たに前の二人よりも蝶の様な小さな人影が飛び出してこようとも、それが何かを叫んでも――あるいは、全く耳を貸さなかった二人に対してブチ切れた様子でいきなり魔力砲を直撃させても。

 

 動けない。

 

 少し離れた場所では巨大な狼と人狼の群が戦い、咆哮と咆哮が重なり合い、刀と爪牙とがぶつかり合って火花を散らしている。

 

 激しく絡み合う巨狼と人狼の群の闘争も、しかし距離がある故に影響を与えるには至らない。

 

 まるで、先に動いた方が負けるとでも錯覚したような雰囲気が両方を包み込み――。

 

 

 

 

 ――それが所詮錯覚であったと、思い知らされた。

 

 

 

 

「地脈堰、形成完了」

 

「最終チェック…完了。オールグリーン」

 

「圧縮解凍準備、完了」

 

 静かに、深く眠ってでもいるかのように目を瞑っていた魔神の瞼がゆっくりと開く。

 

 疲れたように、諦めたように、或いは待ち焦がれたように、夜の闇に染み出す吐息が零れた。

 

「…宇宙処理装置、解凍」

 

 言葉に応えるように、彼の背後の球体が光量を増した。

 

 深緑色の光はその鼓動を加速させながら、表面に縦横無尽に走るラインを輝かせていく。

 

 瞬間、球体が内部から弾けた。

 

 辺りの空間を揺らしながら、華が開くように白い光が闇を散らして眩く散乱する。

 

 至近に居たテレサ達は光学センサーの調整も追い付かないほどの光に目を庇い、次に襲い掛かった衝撃で吹き飛ばされた。

 

 そして、西条達からも、その光景は見えていた。

 

「――しまった…!」

 

 体勢を整える僅かな間を惜しんで押し込むべきだったか、と舌打ち混じりの後悔が滲む。

 

 西条の視線の先で、溢れる光を押しのけるように、巨大な「何か」が不気味な蠕動を繰り返していた。

 

 白光の直後、その中心から天に向かって急速に伸びたそれらは、まるで植物の根のような外観を持っていた。

 

 捻れ合い、捩り合い、互いを食い尽くそうとでもしているかの如く、一抱えはありそうな根が条理を無視して天に昇る。

 

 そして、見上げるほどの高さまで成長した根は、役目を終えたのか一部を残して急速に枯れていった。

 

『おばさま~、何か~生えて来たわ~』

 

「…ええ。こっちからも見えているわ」

 

 六道家が十二神将の一体、式神のショウトラにいきなり使ったテレパスの反動による頭痛を治療してもらっていた夫に寄り添いながら、美智恵は通信機越しに答えた。

 

 二十年ぶりに全力で発信したせいか、滝のように脂汗を流しながら頭を抱えて膝を突いた夫と、おっとり刀で参戦したは良いが危険すぎて――何が、とは言わないが――前線に出せないが為にサポートに回ってもらった冥子の、それなりに緊迫していないでもないような気がする声に少しだけ笑みを零し、「それ」を睨みつける。

 

 シンダラに乗って上空を飛んでいる冥子の視線を彼女の肩に乗ったクビラから受け取りつつ、美智恵の口元は知らぬ間に噛み締められていた。

 

 枯れた根が轟音を立てながら崩れ落ちていく。

 

 灰褐色に染まったそれが剥がれ落ち、内に秘めたそれは根の破片を振り落としながら、その姿を見せ始める。

 

「結局、間に合わなかったワケ?」

 

「ヤバイですかいノー」

 

「…まぁ」

 

 左腕と右足の太股に巻かれた血の滲む包帯を毟り取り、ヒーリングと薬草の成果か傷一つ無く元通りになっていることを確認しながらエミは横目にそれを見る。

 

 頭に巻いた包帯の上からヒーリングを掛けられているタイガーと、魔法で辺りに医療器具を走りまわさせながら彼の傷を治療していた魔鈴が見上げてそれぞれの言葉を漏らした。

 

 彼女の横で、大逆天号が爆発した時に小竜姫が巻き起こした衝撃で落ちた巨大な鳥達がそれを時々突付きながらも大人しく治療を受けている。

 

 鳥たちの視線も、変わった雰囲気を感じてか落ち着かない物になり始めていた。

 

 破片が大地を叩く。

 

 驟雨のような音を生み出しながら、しかし地面を叩いたそれらは解けるように白い砂となり、次に落ちてきた破片が生み出した風に巻かれて消えていく。

 

 やがて、その音も止んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドクター・カオス。――あそこ・です」

 

「…見えとるわい」

 

『見えておっても何も出来ん。一端退いた方がいい』

 

 足の裏から炎を噴出し夜空に浮かんでいた娘達の視線の先には、その巨大な物の根元近く、黒い髪のマリアと良く似た――いや、同じ顔をした機体が居た。

 

 その下半身を埋め込まれ、項垂れたままの彼女に苦さの篭められた目を向け、だがカオスは渋々と離れた所に降りるよう指示を出す。

 

 振り切るように背を向け、娘達に掴まれていない手で顔を隠して移動を始めたカオスの後を追いかけながら、土具羅は問い掛ける視線を光に浮かぶ魔神の影に向けた。

 

 交わる事の無いその視線の先に、紫色の長髪を靡かせながら静かに佇む魔神へ、その真意を心の内で問いながら、やがて諦めたようにゆっくりと大地を目指して降りていく。

 

 出現したそれは、茸の笠のような半球状に張り出した天蓋を持っていた。

 

 良く見ればそれはパイプにも見える細い管の集合体であり、そのもう片方は根元に向かって真っ直ぐに伸びている。

 

 巨大な構造物を支える土台には、下半身を埋め込まれた黒髪のマリアと、一抱えはありそうな巨大な卵を供物のように備えたオルガンの鍵盤があった。

 

 その周辺を囲むように、複雑かつ精緻な機械にも通じる構造が見て取れる。

 

 しかし、その隙間に潜り込むように数え切れない程の植物の根が入り込んだその姿は、異様とさえ言える印象を与えていた。

 

 

 

 どくん、と、奇妙な音が鳴る。

 

 

 

 鼓動のような、嚥下のような音が何度も何度も繰り返す。

 

 その度に、大小の根が蠢く。

 

 吸い上げる動きを見せるその所々が淡く輝き、それはゆっくりと根を伝って機械の隙間へと飲み込まれていった。

 

 徐々に鼓動が速度を増す。

 

『う、ぬぁ?!』

 

『ち、力が抜けるっスー?!』

 

『地脈のエネルギーが、枯れる…?!』

 

 東京を覆う天蓋の外側で、逆天号を相手に破れかぶれながら健闘していた筈の土着の神々が落ちていく。

 

 怪我の有る無しに関らず、気力の有無に因らず、土着の神々はその根源たる地脈のエネルギーを奪われた虚脱感と共に、空を飛ぶ神通力さえも失いふらふらと落ちていく。

 

 その光景を目の当たりにしながら、身体の其処此処から黒煙を上げる逆天号の砲口に輝きが収束し始めた。

 

 狙いは、最早動く事もままならぬ者達。

 

 甲高い音を立てて、砲口に光が満ちていく。

 

 

 

「――あれを止めろぉぉぉぉっ!!」

 

 

 

 それが誰の声だったのか。

 

 張り付いた咽の粘膜を無理矢理引き剥がすようにして放たれた、その怒声とも悲鳴とも付かない叫びに引き摺られ、人と獣は足を踏み出した。

 

 ほんの少し前までの連携の取れた侵攻とは比べるべくも無い、それは、暴走であった。

 

 恐怖と絶望に落ちかける心が、最後の希望を求めて狂乱する。

 

 僅かな望みを渇望し、迸る叫びが咽を荒らす。

 

 狙いも付けずに引かれた引き金から吐き出された銃弾が、何も無い空と目前の大地を削り砕き穿つ。

 

 恐慌に陥りかけた集団の中から、必死に統制を取り戻そうとする誰かの声が僅かに頭を覗かせ、だが乱雑な足音と銃声と叫びの濁流に飲み込まれ、何の効果も無く消えていった。

 

そんな彼らを見つめる、幾千対もの機械の瞳。

 

それまでの物とは一変した、余裕と冷笑、嘲りに満ちた同じ顔が、行く先から届く光に照らし出され、悪夢のような光景を人と獣に叩き込む。

 

ある者は自分でさえも分からぬ怒りの声を上げながら、ある者は止めどない不安に涙さえ流しながら、ただひたすらに前進を続け。

 

「――コスモプロセッサ起動完了――敵性存在確認―自動防御実行戦略的価値評価C-にて殲滅には及ばす―行動の停止を選択実行…完了」

 

 顔を上げた黒髪のマリアの無感情な瞳に捕えられ、高速で紡がれた言葉が終わると同時、その場に縫い止められるように動きを止めた。

 

 瞬間、誰もが声を失った。

 

 声も出せず、四肢に幾ら力を篭めようとも、一切の動きが許されない。

 

 僅かに意思の下に置かれたのは、両の瞳とその視界のみ。

 

 騒乱の渦は、一瞬にして沈黙の折となり、そして絶望が心に牙を打ち込んだ。

 

 毒が回るように狂乱が困惑へと、困惑が恐怖へと、そして恐怖が理解と絶望と混じり合い、虚脱感さえ伴う感情が押し寄せる。

 

 それは憤怒であり、嘆きであり、悲哀であり、虚無であり――だが、全てが等しく無力だった。

 

 視線の先には、ゆっくりと降り行く魔神の姿。

 

 操作する為の装置なのだろうか、鍵盤の並ぶコスモプロセッサの前に立ち、最早人間も、機械も、全てを無視して黒髪のマリアに語りかける。

 

「最終シーケンスの準備は?」

 

「12秒前に使用したエネルギー及び規定値不足分吸収中―完了…ご命令をどうぞ」

 

 奇妙に静まった空間に響く、魔神と機械の声。

 

 寸暇の間も置く事無く伸ばされた指は、何ら躊躇も感慨も見せる事無く鍵盤の上に添えられ。

 

 ――そしてそれを押し込んだ。

 

 何も出来ずにそれを見つめていた西条の耳に、通信機越しの強烈なノイズが飛び込む。

 

 

 

 

 ――何も、起こらなかった。

 

 

 

 眉根を寄せたアシュタロスの目が上を向く。

 

 その視線が、糸の切れた人形の如く上半身を音を立てて項垂れさせた黒髪のマリアを捉えた。

 

 何事かを把握するよりも早く、彼の背後から硬質な音が連鎖する。

 

 肩越しに振り向いた視線の先、まるで櫛の歯が折れるように地面に伏せたテレサたちの姿がある。

 

 それは感染でもしているかのように、次々と広がっていった。

 

 乱立する機械の人形が、受身を取る事すらせずに膝を崩れ折る。

 

 一体が倒れ、それに足をとられた一体が前に傾き、さらにそれに背中を押された一体が回りの数体を巻き込んで横倒しになる。

 

「…何故だ」

 

 魔神の言葉を掻き消すように、広がる連鎖は音を連ねて留まらない。

 

 呆然と見渡す視界の限り、全てのテレサ達が地面にその身を投げ出すまでに掛かった時間は、僅か数呼吸でしかない。

 

 しかし、その時間で、堅固な守りを見せていた壁はいともあっさりと瓦解し尽くした。

 

「何故だぁっ!!」

 

「-ガ―kれdwこなdfjlk――上空―kdqwあ―より――」

 

 アシュタロスの怒声に答えたのは、項垂れたままの黒髪のマリア。

 

 未だその瞳は虚ろなままで、しかしその中に光を僅かに取り戻しつつある彼女は意味不明の音の羅列の中から、主人として登録されている物の問いに答えるべく音声系統を優先的に修復させていく。

 

 やがて、その瞳が小さな光を取り戻すと同時、未だ機体自体は動かない様子ではあるものの、先程までよりはノイズの少ない音声で魔神に答えをもたらした。

 

「rたw――上空よりd超高出力の電磁波を観測r機体制御系及び情報処理系インターフェイスに致命的なエラーを検出機体保護の為実行中のプログラム緊急停止―設定された優先順位に従い機体駆動系統破棄後再起動と平行して情報処理系統の修復を開始」

 

 そのまま元のように頭を垂れ、小さな機械音を放ちながら再び動きを止めた黒髪のマリアを離れ、アシュタロスの視線は天を仰ぐ。

 

 見えるのは、黒い天蓋と、未だ黒煙を上げ、燻りつづける大逆天号の腹に空いた巨大な穴。

 

 彼は知りえる由も無いが、小竜姫が貫徹し、大気圏を突き破った際に出来た穴だった。

 

「電磁波――EMPか?! まさか、神族ども!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…い、生きてる?」

 

『ぼさっとしないでっ! 今がチャンスよ、動きなさいっ!!』

 

 呆然と、決定的な事態が起こったというのに何ら自分の体に影響が無かった事を信じられないように身体のあちこちを――自由が戻った事にさえ気付かぬままに――きょろきょろと見渡していた西条の脳裏に、旦那を通した美智恵のテレパスが大音量で響き渡った。

 

 はた、と混乱中のままで辺りを見渡す。

 

 彼と同じように困惑した表情で周囲を見渡している人間達と、不当に拘束されたことに怒りを覚えているのか鼻息も荒く地面を足で削っている獣達。

 

 そして、その向こうで大地に身体を横たえ、完全に動きを止めたテレサ達と――此処からでもはっきりと見える、巨大な構造体。

 

 戸惑いの消えきらないままに耳元の通信機へと手を伸ばし、そのスイッチを入れる。

 

 しかし、手応えと共に帰ってくるはずのノイズ所か、押さなくとも次々と飛び込み続けていた受信さえも行なわれていない事に、今更ながらに西条は気付いた。

 

 原因として考えられるのは、魔神が鍵盤に手を伸ばしたとほぼ同時に通信機の放った、まるで断末魔のような大音量のノイズ。

 

 なんと言うか、霊感に嫌な感覚がビンビンと走り回っている。

 

 一瞬で血の気が引く音が鼓膜に響き、それが答えを弾き出すよりも早く、

 

『もたもたしないっ! 尻蹴っ飛ばされたいのっ!!』

 

 再度飛び込んだテレパスに、思わず足が前へと進み出していた。

 

 ああ、公彦さんも苦労してるなぁとふと浮かんだ考えは現実逃避以外の何物でもなかったが、ともあれ司令官が前に駆け出し始めたのに釣られるように、周囲の者達も走り出す。

 

 未だ困惑が思考の一割ほどを圧迫してはいるものの、しかし状況を鑑みれば確かにこれ以上の機会は無くて。

 

「ぜっ、全速前進ーっ!!」

 

 嫌な予感と冷や汗を振り切り駆け出した西条の声を切欠に、人類陣営は本格的に加速した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――え? え? 美神さん一体何があったんですか?」

 

 困惑の多分に混じった疑問の声を上げながら双眼鏡を覗き込む妹分に、ヘッドライトに曝け出される爆発で抉れた大地をハンドルを切って避けながら、にんまりとした笑みを浮かべた美神はアクセルをさらに踏み込ませた。

 

「ま、よーするに電子レンジなわけよ」

 

 トレーラーの進む先、コスモプロセッサの纏う光の残滓に照らしだされ、右手前に見えるのは西条たちであろう集団は、今はいっそ暴走と言っても良い勢いで移動している。

 

 その先に居た筈のテレサ達の壁は、今はその姿を完全に大地と同化させていた。

 

「…良く分かりません」

 

「どっかのお偉いさんが、保険のつもりでこの上、宇宙空間に置いてた「物騒な物」を使ったの。ちょっとややこしいけど説明欲しい?」

 

 一瞬迷ったのか動きを止めたおキヌは、しかしややあって首を横に振った。

 

 まぁ数百年昔の人間だし、機械に弱いのはしょうがない。

 

 電子レンジとか洗濯機の動かし方は知っていても、その原理まで理解しているとは美神も思っていないので。

 

 美神が小竜姫達に頼んだのは、かなりの高確率で上空――衛星軌道にあると思われる軍事衛星から、ちょっと核ミサイルをちょろまかして、ついでに爆発させてきて、と言った無茶苦茶な物だった。

 

 核爆発のような巨大エネルギーが空気粒子を叩いた際、空気はプラズマ化し、強力な電磁波を発する。

 

その電磁波の広がる地域内はちょうど電子レンジの中にあるような状態となり、ラジオ、テレビはもちろん、レーダーや情報ネットワーク機器などの軍用の電子機器ですらいとも簡単に破壊してしまう。

 

 ――そして、当然ながらマリアの原型を元にして作られたテレサ達は何百年も昔の設計思想に基づいて居る訳で、常にドクターカオスによって改良を施され続け、更には多種多様な電磁波の飛び交う宇宙まで行く為に厳重な防御をほどこされたマリアやそのフィードバックを受けたマリアの娘達ならともかく、地上戦での短期決戦に主眼を置かれた量産型のテレサ達にその対策が取られている可能性は高くなく、取られていたとしても問答無用で行動不能にできるだけの出力は在った筈。

 

 結果として、二転三転した状況は、一気に人類陣営のほうに傾いていた。

 

「さぁ、只でさえ遅刻した上に、ダンスパーティーの幕にまで遅れちゃ良い女の名が廃るわ。一気に行くわよおキヌちゃん!」

 

「ま、待って下さい美神さんっ! 魔神の人が、何かでっかい狼さんに――!」

 

 双眼鏡を覗いていたおキヌが美神の頭を掴んで直角に折り曲げた。

 

 ぐき、と嫌な音を立てた頚椎に声も出せない痛みを覚えながら、しかし美神の視界にそれが飛び込んでくる。

 

 それまで更に離れたところで闘争を続けていたフェンリルが、人狼達の囲みを傷を負う事も気にせず無理矢理に突破していた。

 

「美神さん、前、前見てくださいっ!」

 

 クキ。

 

「んきょっ?!」

 

 再び無理矢理九十度捻られ美神の顔が前を向く。

 

 ヘッドライトの先に、青い人影が着地した。

 

 その影は草臥れた青色のジーパンと同色のジーンズジャケットを着込み、赤いバンダナを頭に巻いて、はた、と今当に危険な地帯に踏み込んだことに気付いたようであった。

 

 彼の視線と美神の視線が交錯する。

 

 瞳が驚きに見開かれ、その口が、彼女の名前を呼ぼうと大きく開き、そして。

 

「美神さぐぺけっ?!」

 

 跳ね飛ばされた。

 

「………」

 

「………」

 

 アクセル全開のエンジンが生み出す振動と騒音。 

 

 運転席はそれ以外の聞こえない奇妙な沈黙が満ちていた。

 

 僅かに罅の入ったフロントガラスと、こびり付いた血の痕。

 

「みみみみ美神さはーんっ!!」

 

「なナナな何かしラおキヌちゃんっ?! て言うか痛い痛い首が痛いっ!!」

 

 助手席から手を伸ばしてきたおキヌが、美神の肩を掴んでがっくんがっくんと揺さぶる。

 

 先程まで無理な挙動を強制させられた頚椎がヤバ目の音を繰り返し、揺れる視界を向こうに回しもう何がなんだかオーバーフロー。

 

 とにかく、直前の光景を忘れる事に努めつつ、何かもっと危険な事を忘れているんじゃないかと必死でハンドルを握る美神の視界に再び人影が飛び込んできた。

 

 今度は、白いのが二人。

 

 とんでもない勢いで駆けて来た彼らは急ブレーキを掛け振り向き、霊波刀を構えて美神達から見て左側に戦意の旺盛な目を向ける。

 

 ボロボロの白装束に身を纏った彼らは、あちこちに赤の混じるそれを意にも介さず牙を剥き出した。

 

「ここで止めるぞ犬飼っ!!」

 

「あれは拙者達の領分でござるからなごぱぁっ?!」

 

「どうした犬飼ぎゃーっ?!」

 

 フロントガラスに更に罅が入り、赤い液体の範囲が広がった。

 

 未だ美神の肩を掴んだままながらも、おキヌが驚きで硬直した為に漸く収まった視界の中で、美神は殊更冷静に動いた。

 

 まずは洗浄液を出し、次にワイパーを動かす。

 

 所々で引っ掛かりを見せつつも、赤色を落とし切ったフロントグラスに向かって、美神は小さく呟いた。

 

「人狼の里では『車は急に止まれない』って事くらい教えてないの?」

 

「美神さん、それは流石に…酷いです」

 

「ええええっ?! 何っ?! 悪いの私だけっ?! おキヌちゃんにも責…任……が………」

 

 助手席にちょこん、と座りなおし、「私第三者だから関係無いですよー」とでもいいたげに冷たい視線を向けてくる妹分。

 

 思わず横を向いて突っ込んだ美神の声が、咽の奥で固まった。

 

「どうしたんですか美神さ…ん……」

 

 続いてその視線を追いかけ、窓の向こうを覗いたおキヌの言葉が凍りつく。

 

 その先に浮かぶのは、狂乱に赤く輝く獣の目。

 

 しかもどう見ても二、三階建てビル位の高さで光るそれが、見る見るうちに接近してくる光景だった。

 

 何か忘れてると思ったらこれかー。

 

「ってそんな場合じゃないわぁぁぁぁっ!!」

 

 慌てて通信機を引っ掴み、それが動かない事を思い出して。

 

「おキヌちゃんハンドルお願いっ!」

 

「ええっ?!」

 

 シートベルトを外し、おキヌが慌てて身を乗り出してハンドルに飛びついたのを横目に後ろのコンテナに続く小窓に取り付いた。

 

「左からフェンリルっ! 直ぐに接敵するけど時間が無いから何とかしてっ!!」

 

 それだけ叫んで運転席に滑り込む。

 

 おキヌにぶつからない様注意しながら再び体をシートに納め、踏み抜けろとばかりにブレーキに足の底を叩きつける。

 

 更に美神がハンドブレーキを引いて減速を掛け、暴れるトレーラーをおキヌのハンドル捌きが完璧に押さえつけた。

 

 甲高い音を立てながら慣性を打ち消したトレーラーの横、数十mの僅かな距離の向こうにフェンリルの赤い目が光る。

 

 その口が大きく開き、突如滑り込んできた目障りな存在を噛み砕かんと牙が光る。

 

 瞬間、トレーラーのコンテナが爆発した。

 

 いや、内側から破壊された。

 

 その爆発に紛れるように、数発の砲弾がフェンリルの顔に直撃する。

 

 大した炸裂を起こすでなく、しかし爆炎の変わりに猛烈な勢いで白い煙を吐き出したそれに巻かれたフェンリルは、その巨大な身体を仰け反らせ、苦しみと怒りの入り混じった咆哮を上げる。

 

「こんな事も!」「あろうかと!」

 

 内部から爆ぜ割れたコンテナの中央、そこに二人の男女が立っている。

 

 目付きの悪い黒髪の男と、その横に並び立つ金髪の女は、車酔いで少々顔色が悪いままながらも元気一杯に声を張り上げた。

 

「「開発していた特殊催涙弾の威力を見たかっ!」」

 

 そこまで言って満足げに数度頷いた男女は、シートから降りた美神とおキヌの半眼を気にした様子も無く更に絶好調で続ける。

 

「そしてっ! 満を侍しての初披露!」

 

「お代は見てのお帰りよっ!!」

 

 何か壮大に間違った口上を述べつつ二人が数歩横に退く。

 

 二人の動きに釣られるようにコンテナの内部を覆っていた白煙が一気に晴れ、その内に秘めていた物を露にした。

 

 長大な銃身を持った、先鋭的なフォルムの大砲と言ってもいいようなライフルをそれぞれに構え、一歩踏み出した彼らの身体は一体一体違う色で染め上げられている。

 

 静かに佇む5匹の鳥人。

 

 見る物に確かな力の存在を感じさせる彼らを囲むように、十数匹の小さな黄色いヒヨコが飛び交い、その背後には重厚な姿のゴーレムが3体、命令を待つ騎士の如く静かに膝まづいている。

 

 男女――茂流田と須狩は、くるりと同時に一回転。

 

 フェンリルを指差し、最後の締めとばかりに大きく言い放った。

 

「「機密戦隊ガルレンジャイっ!!」」

 

 ぼーん、と、背後に控えているゴーレムの身体の一部が開き、五色の煙を吐き出した。

 

 感情の無い筈のゴーレム達が何となく理不尽に耐えているよーな雰囲気を醸し出しているよーな気がするのは、きっと美神達の気のせいじゃない。

 

「…機密なのに隠してませんよね?」

 

「おキヌちゃん、突っ込む所は其処じゃないわよ」

 

 疲れて肩を落とした美神は首に手を当て、コキポキと具合を確かめた。


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