月に吼える   作:maisen

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年末進行で忙しいので勘弁してくだしあ( ´・ω・`)


第拾話 『そして私達は受け継いだ』

「ふひぃぃぃ~、ふへぇぇぇ~、さ、酸素ぉぉぉ…」

 

「あー、司令室、司令室?」

 

 オカルトGメンの女性用制服を着た少女を、街灯とジープの灯りが照らし出す。

 

 アスファルトの堅さと冷たさを存分に感じていたおキヌは、誰かが自分の頭を何か柔らかい物に乗せてくれた事に気付き目を開けた。

 

 心配そうに覗き込んできたのは、ネクロマンサーの笛の訓練に参加していた女性隊員の一人。

 

 その膝の上に抱えられて膝枕されている、と何とか認識した所で視界の端に差し出されたペットボトルに飛びついた。

 

「ああ、そんなに一気に飲んじゃ駄目だってば。そう、ゆっくり、ゆっくり」

 

 こくりこくりと音を立てて、良く冷えたスポーツドリンクが咽を降りていく。

 

 五臓六腑に染み渡るその感触を存分に味わっていた最中、今度は肺が酸素を求めて反乱を起こした。

 

 

 

 

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 月に吼える 第三部 

 

 

 

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 咽る少女の背中を優しく擦りながら、女性隊員の視線が辺りを彷徨い、呆れの感情を露にする。

 

 周囲に転がる、銃器に鈍器に霊具にお札。

 

 パンパンに膨らんだリュックサックの口から零れたそれらは、合わせれば一体どれほどの重さになるのか。

 

 少なくとも彼女の同僚である半人狼が背負っていた物と同じくらいはあるだろう。

 

 見た目と普段の大人しさからは予想もつかない行動力で、彼女の護衛を買って出た隊員達がくじ引きやアミダで選別されているその間に、倉庫から持てるだけの装備を抱えてオカGを飛び出した彼女。

 

 こんな緊急事態であるにもかかわらず、まさか自分の足で、しかも即座に行動に移すとは思いもよらなかった隊員達は見事に置いてけぼりをくらい、慌てて街中を駆けずり回ったのだった。

 

 そして、突如として吹き荒れた風の中、漸く見つけてみれば彼女は歩道の端っこに倒れており、慌てて駆け寄ってみれば酸欠と脱水症状と疲労で目を回して昏倒中。

 

「へはー、へはー」

 

 膝の上で酸素を求め、未だ半分意識が飛んでいる少女の何処にそれだけの強さがあったのか。

 

 苦笑いを浮かべて自分の認識を訂正しつつ、女性隊員はおキヌの保護を司令室に伝えて駆け寄ってきた男性隊員に空っぽになったペットボトルを投げた。

 

 片手でそれを受け取った男性は、心配そうな表情でおキヌの横にかがみこみ、もう片方の手で酸素ボンベの付いたマスクをそっと押し当てる。

 

「よーし、俺に合わせてゆっくりと吸い込んでくれー。ほーらヒッヒッフー、ヒッヒッフー」

 

「セクハラ禁止っ!!」

 

 振り抜かれた小振りな拳は、セクハラをするつもりもなかった大真面目な馬鹿のテンプルを斜め下からぶち抜いた。

 

 

 

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 第拾話 『そして私は受け継いだ』

 

 

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「くっそ、数だけはごちゃごちゃと鬱陶しいっ!!」

 

 戦況は、膠着していた。

 

 減速する事無く敵集団に突っ込んだメドーサ率いる森の主達。

 

 だが、それでも敵の数が多過ぎた。

 

 そして、敵は純粋に堅かった。

 

 最初の突撃で五十を吹き飛ばし、研ぎ澄まされた本能のままに百を蹴散らし、だがその内の九割は何事も無かったように戦線に復帰してくる。

 

 始まりの混乱は既に収まり、半包囲陣を引きながら銃口を揃えてゆっくりと前進してくる機械人形達。

 

 翼在る者が空から爪と嘴で襲い掛かり、地を這う者が足元から忍び寄り、地を駆ける者達が己の武器を振り翳す。

 

 だが、突破には至らない。

 

 銃弾ならば弾きもしよう。

 

 爆発ならば耐えもしよう。

 

 砲撃ならば避けもしよう。

 

 しかし、いかに森の主と人狼として生まれ変わった元魔族とは言え、生き物である以上その身の内に蓄積されていく疲労だけは避け得ない。

 

 結果、弾幕として波涛の如く襲い掛かる鋼の槍は、押し戻す力となって前進を望む獣達の足を完全に停止させていた。

 

 今はまだ拮抗している。

 

 これだけの数の差でありながら、押し潰されていないのは奇跡と言うべきかそれとも必然と言うべきか。

 

 それでも、メドーサの脳裏には悲観的な予測しか浮かんで来ない。

 

「クソがあっ!!」

 

 飛来するミサイルの群に刺叉を投げつけ、周囲を巻き込み誘爆させる。

 

 生まれた閃光と衝撃から目を庇い、片手で遮られた視界の向こう、跳躍した一群が居た事に気付かなかったのは焦り故に。

 

 3体のテレサ達はそのまま獣の群のど真ん中に舞い降り、周囲が反応するよりも一瞬早く。

 

「Bomb♪」

 

 皮肉気な笑みを浮かべて、炸裂した。

 

 完全に不意を撃たれた主達は、負傷こそ僅かな物であったもののその音と光に感覚を奪われる。

 

 それは、メドーサもまた同じ。

 

 舌打ちをしながら体勢を立て直し、目を開けた瞬間に、己の体に触れる冷たい感触が怖気を誘った。

 

「貴女がリーダーね?」

 

「…やってくれるねぇ」

 

 するりと身体に回された二本の腕は、その見かけとは裏腹に万力のような力で締め上げてくる。

 

 耳元で囁かれた言葉に失態を悟りつつも、それでもメドーサは背後から抱きついてくるテレサに向かって刺叉を突き出そうとした。

 

「一緒にあの世でも観光しましょうか、お嬢ちゃん?」

 

 フラッシュバックする、ついさっき起こった爆発の映像。

 

 仕込まれているであろう爆発装置と、その身の内に山と抱えた爆発物の相乗効果が生み出す威力は、至近で受ければメドーサとて只では済まない。

 

 突き出した刺叉がテレサの頭部を抉るよりも、それは僅かに早かった。

 

「――っ?!」

 

 爆発音が再び群れの中で響き渡り、残響は彼女の脳髄を強く揺らす。

 

 それでも、メドーサは無傷だった。

 

 目を開いた彼女の前に、雄々しく立つ白い猪。

 

 片方の牙を失っていた主の口元からは、先程まで天を貫かんばかりに鋭く存在を誇示していた残りの牙も失われていた。

 

 自爆の直前にテレサを突き上げた為に爆発の直撃を受け、焼け焦げたその牙の付け根からは止め処無く赤い液体が溢れ、爆発の直撃を至近で受けた顔には大きな傷が走り白い毛を汚していた。

 

 メドーサが駆け寄り、その獣の首に手を当てる。

 

 ゆらりと揺れて膝を突いた猪は、だがその瞳に気遣う色を見せていた。

 

「…っか野郎」

 

 俯き、言葉を零した少女の前で、獣は鼻息を大きく噴出し、まるで笑っているように歯を見せると、僅かに身を震わせつつも力強く立ち上がる。

 

 例え言葉は放てなくとも、感情だけは確かに伝わった。

 

――まだやれるだろ、と。

 

 言葉は不要。行動で示す。

 

 刺叉を扱き、振り切るように頭を上げ、僅かに充血した瞳に戦意を滾らせる。

 

 肩を並べた友を見る事無く、ただひたすらに前を見る。

 

 唇の端を上げ、雄叫びを上げた少女の頭上を、後方から大量の砲撃が飛び越えていった。

 

「第一射、敵後方集団に迎撃されましたっ!」

 

「休むな! 弾が切れるまで打ち込み続けろっ!」

 

 分厚くクレーターの中心にある何かを囲むように布陣するテレサ達の真上に、放物線を描いて間断無く打ち込まれる砲弾の下、人間達は攻勢を開始する。

 

 予想通りこちらが掛けた不意打ちに対し、相手は慌てて砲弾を打ち落とす反応を見せた。

 

 此方の狙いは展開するテレサ達ではなく、その後方で行なわれている作業中のテレサ達。

 

 一度に打ち込むことの出来る攻撃は精々十数発が良い所だが、相手にとっては無視できる物ではない。

 

 その火力の何割かを、砲弾が飛来する度に対空砲火として割かざるを得なくなった火線は明らかに勢いを弱めていた。

 

「あの非常識な獣達の後ろに隠れて攻撃するんだっ! 良いか、配布した菓子を先ず笑顔で渡して頭を下げろっ! 誠意を見せて盾にしろっ!!」

 

「…良いんだろうかなぁ」

 

「あら、利用できる物を利用するのは当然なワケ。ピートもそう思うでしょ~?」

 

「ええと、た、タイガーは?」

 

「…ワッシに振らないで欲しいんジャー」

 

 獣達の間隙を縫って、銃と霊具で武装した人間達が攻撃を開始する。

 

 銃弾は弾かれ、霊符はあっさりと耐え切られた。

 

 だが、それまで無かった遠距離攻撃の手段の発生は、テレサ達には不意打ちとなって襲い掛かる。

 

 獣達とメドーサを自爆を使った不意打ちで混乱させ、一気に押し包もうとしていた所だっただけにその効果は予想以上のものとして現われる。

 

 散発的になった火線を潜り、足止めさせられていた獣の塊がじわりと進む。

 

「…チッ。手伝いならもっと早く来いってんだ」

 

 少女の呟きはともかくとして、笑顔と揉み手で捧げられた甘いお菓子を受け取った主達は気前良く彼らに空間を作った。

 

 ジャパニーズ・スマイル此処に在り、である。

 

 何せ古来から荒神・祟り神の類を傍らに宥めすかして生活を送り、現代では世間という荒波を処世術という技術を縦横無尽に駆使してあの手この手で乗り越えてきた民族の末裔だ。

 

 相手の警戒心を解く事に掛けては誰もが生活に根ざした努力の経歴を持っている。

 

 すなわち、訝しげに睨んできた精霊一歩手前や森そのものといった存在など、気に入らない上司やクレームの多い近隣住民に比べれば、おだてて胡麻を磨るのにも宥め空かして落ち着かせるのも容易い事。

 

 怪我を霊的治療で優しく癒す女性隊員達の存在も加われば、主達も上機嫌でその身を態々壁代わりへと動かしてくれる。

 

 更に此方の進軍速度に合わせてくれるおまけ付き。

 

「よーし、各自そのままあくまで低姿勢で盾にしろ。エセ紳士でヘタレのくせにタラシなけち臭い上司に接するように柔らかく、だ!」

 

『こちら西条。今4つほど余計な事を言った部下は減給だ』

 

「…ジェントルで尊敬できるモテモテの上司を敬うようにだこん畜生っ!」

 

 一部でヤケクソ気味の猛攻が開始されたりもしているが。

 

 劣化精霊石の銃弾と、それに混じって放たれる高出力の霊力砲。

 

 本来ならば報復に打ち返される筈の銃弾も、上空より飛来する危険物を排除する為に優先的に回さねばならない。

 

 彼女達の目的は敵の殲滅ではなく、後方の荷物が展開を終えるまでの護衛なのだから。

 

「はーい、お菓子を受け取った方々はこれを上からばら撒いてくださいねー。基本一撃離脱でお願いしますわー。あ、無茶はしないで下さいね?」

 

 上空では激しくなった対空砲火に近付く事もままならぬまま、悠々と弾幕を回避していた空の主達に魔女がお菓子の貢物と爆薬を配布していた。

 

 箒に跨った魔女の宅急便はするりするりと銃弾の届かない高さを行き来しながら、箒の尻尾に括り付けた袋の中からクッキーを取り出し周囲にばら撒く。

 

 それを器用に空中で受け取った鳥達は、魔女が手渡した危険物を嘴で咥え、そのまま一気に急降下。

 

 迎撃に打ち上げられる火線を超反応で回避しつつ、最後に切り離し捻りを加えながら羽ばたき一つで空の闇へと消えていく。

 

 残された荷物は慣性と重力で加速し、テレサ達の集団に吸い込まれていった。

 

 直撃こそ流石に無いものの、急降下爆撃はその速度自体がこれ以上なく厄介な存在であった。

 

 密集した銃口の戦列も、整えられた陣形も、問答無用で抉り取っていく爆裂は中々どうして迎撃も難しい。

 

 センサーで捕えてしまえば軌道の予測が比較的簡単な砲撃に比べ、有機的にと言うか動物的感で此方の攻撃を回避する物を、どうやって迎撃しろというのだろうか。

 

 戦況は再び変化する。

 

 その天秤の行く末も、踊り手の行方もわからぬそのままで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 至近で炸裂した弾頭と地面の破片が頬を掠めて高速で飛んで行く。

 

 己を背後に控えた「荷物」の盾と化しながら、テレサの一体は毒づいた。

 

「…っ! ああもう、護衛部隊は何やってんのよっ?! ちょっと、根の栽培はまだ終わらないのっ?!」

 

「文句があるなら自分でやれば良いじゃないっ! 大体この根っこ気分屋過ぎて扱いにくいのよっ!」

 

 直径3M程の真球を形作る緑色の膜は、あちこちに貼り付けられた吸盤と其処から伸びたコードに飾られ、不気味な生物のようにも見える。

 

 いや、それはある意味で間違ってはいないのだろう。

 

 球体の下部から伸びた、無数の『根』はゆっくりと、しかし植物にあるまじき速度で成長しながら地面を穿っている。

 

 蠕動を繰り返しながら、何かを捜し求めて更に深い場所へとその先端を伸ばしていた。

 

 コードの先には数機のテレサが繋がっており、まるで暴れ馬を無理矢理押さえ付けているかのようにその身体は時折大きく震え、その度に瞳に苛立ちの色が濃くなっていく。

 

「地脈をそのままっ、魔力に変換できるっ、からって、我が侭すぎるわよこのクソ根っこっ!」

 

「3番と5番が勝手に上に向かって動いてるわよッ! 無駄なエネルギーは無いんだから早く地脈の探索に戻らせなさいってばっ!」

 

 怒号の合間にも、再び数発の砲弾が飛来する。

 

 接続したテレサ達の周囲に他のテレサ達が集い、腕から出現させた銃弾で対空迎撃を開始した。

 

 その内の幾つかは放物線の頂点で破壊され、さらに残った半分は重力加速を得る前に銃弾に抉られ砕けていく。

 

 だが、僅かに一発が「荷物」のほんの数M手前まで接近し。

 

「――貧乏くじ引いたわねっ!」

 

 対応して跳ね上がったテレサの一体が繰り出した蹴り足に直撃し、炎の華へと姿を変える。

 

 衝撃で吹き飛んだテレサは、そのままの勢いで大地を抉り、もんどり打って地に伏せる。

 

 片足から火花を散らすその一体は、そのまま緊急用ブレーカーを動かし目の光を消し去った。

 

 修理できれば復活するであろうが、その時には片足が大きな損壊を負っている以上、普段通りの機動は望めまい。

 

 その光景を目にした他の者達は、複雑そうな表情をしたまま、だが何も言わずに作業に戻る。

 

 いかに軌道が予測でき、打ち落とせる確率が高かろうと、指先ほどの銃弾を空中を高速で移動するビール瓶ほどの物体に命中させようというのだ。

 

 計算上のデータで予測できても、風や気象状況、突発的な衝撃などによる弾道の変化は蓄積された経験の少ない彼女達では完璧な防御は難しい。

 

「こちらコスモプロセッサ設置部隊っ! 護衛部隊は真面目にやってんのっ?!」

 

『うっさいわねっ! こっちだって手数は足りないわ弾がそろそろ不安だわ、色々不味いのよっ! 文句があんならこっちに半分回しなさいっての!』

 

「こっちも手一杯よっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく後方に居るくせにごちゃごちゃとっ!」

 

 罵詈雑言を噛み砕き、残弾を全て叩き付ける。

 

 足元には薬莢が小さな山となっており、それは横に並ぶ全てのテレサ達に共通する状況だった。

 

 銃弾が吸い込まれていく先には爛々と輝く獣達の目の光。

 

 じりじりと距離を詰めるその集団の中から、撃った数よりは少ないが確実に打ち返してくる者達が居る。

 

 腕の装甲に火花が散った。

 

 舌打ちと一緒に膝を曲げ、最後のロケットを銃弾が来たであろう場所に向かって発射する。

 

 煙の尾を引きながら突進していくそれに目もくれず、一端後方へと補給に走った。

 

 長期戦の備えとして一緒に落ちてきたコンテナを探り、銃弾とロケット、ミサイルを一式詰め込んでいく。

 

「ああもう面倒臭いわねっ! 大体なんでもうちょっと霊的な内臓武器が無いのよっ!」

 

 隣で同じように給弾中だったテレサが、呆れた風情で肩を竦めた。

 

「メタソウルで動いてるってのに、妙な力場を中に入れるわけにも行かないじゃない」

 

「そんな事は分かってるってのっ!」

 

 まぁ、彼女達よりも先に作られたマリアはそんな問題とっくの昔のThe・マッドパワーによるバージョンアップで克服し、更にメタソウルから汲み上げた霊力を展開するまでに至っているのだが置いといて。

 

 給弾を終えたテレサは、身を翻して一歩を踏み出し。

 

「上、上ぇぇぇっ?!」

 

「へ?」

 

 真横に落ちた急降下爆撃の衝撃を喰らって空を舞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 閉じた瞳の奥に流れる様々な映像。

 

 完成と同時に奇妙な埴輪に囲まれ梱包され、あっという間に暗い箱の中にラッピング。

 

 再起動して目を開いたと思えばいきなり山の中に投入され、ダンジョンめいた某錬金術師の秘密基地を破壊しつつ探索。

 

 地雷を踏み鉄球に追いかけられ鳥もちの海に肩まで浸かりゼンマイ仕掛けの鼠に耳を齧られそうになり、気付いた時には山の落盤に巻き込まれて脱出に死ぬほど苦労してみたり。

 

 ようやく帰還してみれば休む間も無く獣に弾き飛ばされ終いには爆撃で宙を舞う。

 

「――ってこんな走馬灯認められるかぁぁぁぁぁぁぁあああああっ!!」

 

 地面に突き刺さっていた頭を引き抜き、泥と土を跳ね飛ばす。

 

 叫びながら打ち上げた銃弾はすいすいと空を飛ぶ怪鳥に掠る事さえ無く消えていくが、肩を怒らせた彼女は収まらない。

 

 矢鱈滅多らばら撒きながら、前線目掛けて全力疾走。

 

 背中に向けられる、呆れた視線には結局最後まで気付かなかった。

 

「…同じパーソナリティで、どうしてこうまで違いが出るかな」

 

 呟いて、同じ顔をした同型機は肩を竦めて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 眼下に見下ろす巨大兵鬼に、未だ動きは見られない。

 

 耳元を過ぎていく風に煽られる髪を押さえながら、ルシオラは静かに機会を待っていた。

 

 大逆天号の巨躯が小指の先程に見える遠距離、バイザー越しの視界の中には百を超える反応が示されている。

 

 兵鬼の周囲を囲み警戒を続けるテレサ達の群は、天蓋を通して見えない状況に対して焦りを感じさせるばかり。

 

 下で騒ぎが起これば、そしてそれが手に負えない程のものであれば、アシュタロスは必ず動く。

 

 彼の目的は、テレサ達が抱えて降りていったコスモプロセッサに在るのだから。

 

 天蓋の周辺では、いまだ不気味な絶叫と閃光が放たれ続けているのが時折視界と聴覚に引っかかる。

 

 それに対しても、特に動きを見せていない。

 

 だが、天蓋の中を覗く術は、ルシオラには無い。

 

 それでも、ルシオラは信じてひたすら待っていた。

 

 GS達を、魔鈴を、一応メドーサも。

 

 どれほどの時間が過ぎたのか。

 

 まるで長い年月を経たように感じる夜空の中、バイザーの中に写るテレサ達が動いた。

 

「来た…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大逆天号の艦橋の直上、頭部にあたる場所に次々とテレサ達が現われる。

 

 ブースターを噴かして飛び上がり、誰かを待ち受けるように中空に留まる彼女達の列が終わりを告げた頃、二つの影が出現した。

 

 片方は、二本の角と強烈な威圧感を孕んだ存在。

 

 魔神、アシュタロス。

 

 もう一つは、暴虐さえ感じられる雰囲気を纏った獣。

 

 魔獣、フェンリル。

 

 魔獣は魔神を省みる事無く、一気に駆け出し眼下の天蓋へと身を踊らせる。

 

 その姿が壁の向こうに吸い込まれ、続くように周囲を囲んでいたテレサ達も降りていく。

 

 たいした時間も掛からず、数百体のテレサとフェンリルはドームの中へと姿を消した。

 

 残るは魔神がただ一柱のみ。

 

 ゆっくりと歩みを進め、緩やかに弧を描く巨大兵鬼の頭部の端から飛び降りた。

 

「アシュ様?!」

 

 フェンリルならばまだ分かる。

 

 あれは神魔族と言うよりも、月の魔力を喰らって生きる精霊や妖怪、獣に近い存在である。

 

 故に、神魔族を拒絶する天蓋を擦り抜けたテレサ達の如く、天蓋を無視して通り抜けていく事が出来るだろう。

 

 だが、そうでない物は、ただ魔力で動くだけ兵鬼でさえその魔力炉を停められ動きを止める。

 

 

 

 しかし、アシュタロスは。

 

「…え?」

 

 何ら意に介する事無く、ドームの中へと身を躍らせた。

 

 大逆天号の周囲に存在していた直衛のテレサ達は全て姿を消した。

 

 機会は今しかない。

 

 そう考え、降下を始めたルシオラの思考は、しかし今の現象にその殆どを占められていた。

 

 故に、少し離れた場所を、とんでもない速度で落ちて行った存在に気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先駆けは魔獣の咆哮。

 

『ウォオオオオオオオオオオオォォォォォン…!』

 

 荒々しさと猛々しさの同居する、圧倒的な存在感。

 

 遠く離れていなければ押し潰されそうな程に重厚な戦意が、森の主として存在する獣達の身を震わせた。

 

 咆哮の終わりと共に、テレサ達と人間・獣達の間に、一匹の魔獣が地面を砕いて降り立った。

 

 焼けて融け固まった地盤が広範囲に罅割れ、敵も味方も戦場に存在する全ての者達が足を取られて動きを止める。

 

 睥睨する目は、酷く退屈そうな色に占められていた。

 

 空気が、動から静へと転換する。

 

 停滞した空間を、ただ一匹の獣の視線が蹂躙した。

 

 それだけで、向かい合った者達はその身を畏れに震わせた。

 

『くだらん』

 

 大気を揺らす呟きに、反応できる者は居ない。

 

 溜め息の如く吐かれた吐息には、期待外れの感情がふんだんに盛り込まれている。

 

『虫けらどもを踏み潰すのに、何故我が出向かねばならんのか――』

 

 主達の間から、畏れの感情が僅かに緩み、その隙間から怒気が溢れ出した。

 

 唸り声を上げるもの、四肢に力を篭めるもの。

 

 だが、襲い掛かるまでには至らない。

 

 彼らは獣であるが故に、フェンリルがどう言う存在なのかを理解した。 

 

 感情でなく、本能で。

 

 故に、どれほど感情が波打とうとも、本能がそれを押さえ付ける。

 

 勝てないと、知ったから。

 

『つまらぬ。勝手に――』

 

「それでは困るな。私は言った筈だぞ、蹴散らせ、と」

 

 苦々しげに舌打ちしたフェンリルが頭上を振り仰ぐ。

 

 魔神は、何時の間にか、誰にも気付かれる事無く、全くの無表情のままそこに静かに浮かんでいた。

 

 言葉にも態度にも何ら意図を見せないままで、静かにアシュタロスは言葉を紡ぐ。

 

「逆らう気か?」

 

『…噛み砕かれたくなくば、即刻その口を閉じた方が身の為だ』

 

「そう言って、前足を失い、計画に遅延を来たした愚か者は誰だったかな?」

 

 唸り声が高くなる。

 

 魔獣と魔神の視線がぶつかり合い、重圧と緊張感が辺りを満たす。

 

 誰もが声も出せないまま、僅かな時間が経過し、先に視線を逸らしたのはフェンリルだった。

 

 鼻息を一つ荒々しく噴出し、敵にその視線を向ける。

 

 怯えたように一歩後退した獣と人を鬱陶しげに睨むと、ゆっくりとその身に力を篭め始めた。

 

『良いだろう。確かにそれは我の落ち度。故に帳尻は我自身が合わせるとしよう』

 

「ふむ。誇り高い事で結構。私はコスモプロセッサに回る」

 

 魔神は、そう言い残して姿を消した。

 

 その空間を埋めるように、光の尾を引きながら降下してきた新たなテレサの一群が護衛部隊と設置部隊に加わっていく。

 だが、その数百体よりも、目の前の一匹のほうが危険と言う事を、視線の先の者達全てが理解していた。

 

「…何て厄介な置き土産を」

 

 余裕をかき集め、メドーサが掠れた声を紡ぐ。

 

 その額には大量の汗が、隠す事無く流れ出している。

 

 他の者は皆、それ以上に焦っていた。

 

 敵戦力の純増。

 

 計り知れない脅威の出現。

 

 そして、このまま行けるという希望をあっさりひっくり返された絶望感。

 

 士気などとっくに吹っ飛んでいた。

 

 潰走しないのが不思議なほど、その偉容に飲み込まれかけていた。

 

『所詮は世界が終わるまでの暇潰し。精々足掻け、弱者』

 

 轟然と言い放った魔獣が一歩を踏み出し、その顎を開いたその時。

 

 

 

 

 

「――ちょぉっと待ったーっ!」

 

「その喧嘩、拙者達が買うでござるっ!!」

 

 

 

 

 意識の全てをフェンリルに囚われていた者達の間を擦り抜け、二人の男達が立ちはだかる。

 

 白装束に身を包んだ、時代に逆行したような服装の二人は、腰から刀を引き抜きその切っ先をフェンリルに突きつけた。

 

 怯えた様子も無く、焼けになった風でもなく、ただ覚悟を決めたその二人は、雄々しく吼えて構えを取る。

 

「人狼族里長代理(仮)っ! 犬飼ポチ、見参でござるっ!!」

 

「人狼族里長代理補佐(仮)っ! 犬塚――」

 

「待つでござる犬塚ぁっ! 貴様何時の間にそんな肩書き作ったでござるかっ!」

 

「そーゆーお前こそあれだけ嫌がってたくせに、なんだ『かっこ仮かっこ閉じ』って往生際の悪いっ!!」

 

 そしていきなり喧嘩した。

 

 何となく呆気に取られた空気が漂う中、突然二人が炎に包まれる。

 

 七転八倒地面を転がり、燃え盛る火を消して悶える彼らに冷たい声が掛かった。

 

「…あんたらねぇ。もうちょっと真面目にやんなさいよ」

 

「そうでござる。敵討ちの機会だというのに、何をふざけているでござるかっ!」

 

 指先に灯した炎を吹き消し、冷たい視線でタマモが睨む。

 

 横に並んだシロが、尻尾を逆立て思わず正座した二人を叱りつけた。

 

「いや、その、な?」

 

「こやつが補佐などと要らん事を言い出すから」

 

「おぉ? 全部俺のせいにするのか?」

 

「ああん? 何か間違った事言ったでござるか?」

 

 ごりごりと正座したまま互いの額を擦り付けあう二人に、もう一度炎が投げつけられた。

 

 再び七転八倒消火作業にあたる二人を余所に、少女達が後ろを振り向く。

 

「ま、そー言う訳で」

 

「人狼族+おまけ、助太刀仕る」

 

「誰がおまけよ味噌っかす」

 

「ほー、雌狐の分際で口だけは良くまわるでござるな~」

 

 沈黙。

 

 痛いほど静かになった周囲の空気を全く無視して、今度は少女が二人、額をゴリゴリ擦り付けあい睨み合う。

 

「いきなり里の恥部が露になっておる…!」

 

「ま、まぁ今更隠してもどーにかなるもんでもないですしねー」

 

「…諦めが肝心だ」

 

「いっその事斬るか?!」

 

 ぞろぞろと、呆気に取られた集団の向こうから、同じく白装束の四人が歩み出た。

 

 どこか気不味そうにしているのは、目の前の四人の醜態が原因である事に間違いは無い。

 

 一番最初に行動したのはフェンリル。

 

 無言のまま、怒気を撒き散らし爪を振るう。

 

 生まれた衝撃は、斬撃と化し大地を抉り、シロ達の居た場所を砂塵に変えた。

 

 だが、後方の四人は刀を引き抜きその斬撃に己の武器を叩きつけ、無力な風へと捻じ伏せる。

 

「…ぺっぺ。うー、汚れちゃったじゃない」

 

「話は後でござるな」

 

「ったく。いきなり燃やされるとは思わんかったぞ」

 

「自業自得でござろうよ」

 

 そして、砂塵を掻き分け、シロ達が砂を被った姿を見せた。

 

 誰一人として傷付いた様子が無く、そしてそれを当然の事と受け止めている。

 

 それが、フェンリルの怒りを掻き立てる。

 

『…尻尾を巻いて逃げた狼どもか。この期に及んで何の心算だ?』

 

「耳が悪いんでござるか? 喧嘩を買いに来たと言ったでござろうが」

 

 言葉で燃え上がった怒りが、大気を震わせ重圧を掛ける。

 

 今にも激発しそうな瞳に睨まれたまま、だが白装束の六人も、普段通りの二人の少女もその瞳に臆す事は無い。

 

 たった一人で立ち向かい、そして目の前のたった一人で魔獣に打ち勝った老人が、その意思と遺志が、人狼達の中にある。

 

 故に彼らは恐れない。

 

 だから彼女らは怯まない。

 

 ここで尻尾を丸めては、ここから先へと進めない。

 

「貴様の相手は拙者達。里が消えても我らは消えぬ。長老が残した物は、我らが確かに受け継いだ」

 

「あんたに後悔をさせてあげる。これでも、結構気に入ってたのよね、あそこもあの人も」

 

「長老殿の仇、此処で討たせてもらうでござる」

 

「そーゆーこった。――尻尾丸めて逃げないでもいいのか?」

 

『……良い覚悟だ』

 

 フェンリルが、大きく身を撓めた。

 

 怒りでその身を満たした魔獣が、二千を超える銃口の列を背後に殺意を滾らせる。

 

 霊波刀が、刀が構えられ、狐火が灯る。

 

 漸く一時の恐慌から脱した獣と人が、引けない気持ちを胸に抱く。

 

「一番槍、犬飼ポチ、参るっ!!」

 

 その声を切っ先に、怒涛が周囲を満たした。

 

 フェンリルが大きく顎を開き、咆哮する為の呼気に入り。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その直後、魔獣の真上に大気を引き裂き何かが落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あれ?」

 

 気の抜けたポチの声が、状況を把握しきれず困惑した空間に響き、それを打ち消すようにソニックブームが周囲を薙ぎ払い、敵味方関係無く猛威を振るった。

 

 凶悪な衝撃と轟音が全ての者達の聴覚を揺さぶり、今当に踏み出そうとしていた一歩がたたらを踏んで止まり、揃ってスッ転んだ。

 

 頭を振りながら身を起こしたシロの目に、巨大な火柱が写り込む。

 

 それは間違い無くフェンリルが居た場所から吹き上がっており、だが何故そうなったのかは全くの不明。

 

 しかし、その答えは向こうから、靴底から炎を引きながらやって来た。

 

「――不意打ち・成功・しました」

 

 固い声と、無表情のままで、マリアはシロの隣に着地する。

 

 超々高度からの重力加速とブースターを併用しての落下突撃(パワー・ダイヴ)

 

 たまたま真下に明らかに敵っぽいのが居たので突っ込んでは見たものの、どうやらちょっと大混乱を引き起こしてしまったようである。

 

「…ソーリー・皆さん」

 

「そそそソーリーじゃないでござるよぉぉぉっ?!」

 

「台無しじゃないっ! 台無しじゃないっ!! 何よ何よ良いトコ取りって反則よぉっ!!」

 

 涙目で掴みかかってくる少女二人の額を押さえ、マリアは困ったように眉尻を下げた。

 

 アルファから借り受けたパイルバンカーは今の一撃で逝ってしまったし、急減速の際に切り離した燃料の増装も纏めて吹っ飛んだ。

 

 結構勿体無いと少し思っていたのだが、少女達の反応を見て、納得の行ったマリアは、柔らかく微笑み二人の頭を掴んで火柱の方向に向けた。

 

「安心・してください」

 

 轟々と立ち上がる煙と炎の中、片方の耳を失い、壊れたパイルバンカーの一部と思しき細長いパーツを咥えたフェンリルが、これ以上ない程強い怒りに満ちた目で睨んでいた。

 

 硬直する二人を余所に、マリアはほっとしたように言葉を続けたのだった。

 

「――まだまだ・元気・一杯のようですから」

 

「いやもういっそ仕留めてくれた方が良かったかもーっ?!」

 

「心底思ってるだけにマリア殿性質が悪いでござるーっ?!」

 

 少女二人の悲鳴を余所に、フェンリルは大きく咆哮した。

 


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