月に吼える   作:maisen

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感想ありがとうございます。昔読んでいた方もいらっしゃるようで、覚えて頂いている事が感無量でございます。




第十話。

 人狼の里、鍛冶場にて。

 

 昨夜から響いていた槌と鋼の音はすっかり鳴りを顰め、今は砥石と刃の擦れ合う音がその空間を占めていた。

 襷掛けで一心不乱に短い刃物を砥石で研ぐ犬飼と、こちらは刃物の柄であろうか、木屑を吐息で吹き飛ばし、最後の仕上げにやすりで形を整える作業に入った犬塚、その二人が居る。

 

 ややあって、大きく息をついた犬飼は顔を上げ、満足げにその短刀の艶やかな刃に顔を映した。

 

「…よし、できたぞ」

 

「ほっほー、見事な仕上がりじゃないか」

 

 その声を聞いて寄って来た犬塚の手には、何やら細いノミと筆が握られている。先程まで彼がいた所を見てみれば、そこには途中まで数文字削られた柄があった。

 

「む…、昨日の不埒者は腕はたいしたことは無かったが、こうして見れば獲物だけは業物だったようだな」

 

「まぁ、月夜に刃物を振り回しながら人狼の里に突っ込んでくるからには、そりゃ何かしらの自信はあったんだろうけどな」

 

 鍛冶場の隅にはどうやらその短刀の元半分であったらしい柄付きの日本刀が転がっている。

 

 途中から見事に折られたそれは、かっての禍々しさを失いつつも、しかしその刃物としての切れ味は残っており、まだまだ切れるぞと主張しているようでもあった。

  

「昨日の剣客は、久しぶりの真剣勝負で少々楽しめたとは言え、無手で放置は流石にやり過ぎたか?」

 

「武器を無くした途端に気絶したし、しゃーあるまい。あの程度の腕じゃー麓までの駄賃にはならんなぁ」

 

 ちなみに件の客人こと不埒者、気が付いたら一晩中山中を駆け廻っていたようにボロボロの服と、歩く事もままならない程の筋肉痛で、今も大量の疑問符を浮かべながら、放置されていた山道を必死の形相で下山中である。

 

 その後、怪しい日本刀を全く警戒せず握ってしまって操られた上に、暴れるだけ暴れて姿を消した彼を発見した某地域密着型反社会的暴力組織の包帯だらけの上司や同僚、頭頂部だけが綺麗に剃られている組長に、訳の分らぬまましばらく追いかけまわされる目に会うのだが、まぁ、余談である。

 

「そう言う事だ。さて、勢いで作ってしまったが、これ、どうする?」

 

「…バカ息子に押し付けるか」

 

「親馬鹿だなぁ。素直に様子を見に行くって言えば良いじゃないか」

 

「何の事だ」

 

「さーて、な?」

 

 横目で犬塚を睨むも全く答えた様子が無いのに鼻息一つ。

 

 犬飼は素知らぬ顔で短刀を布で拭い、そのまま適当に布で巻いて立ち上がる。

 

「…まぁよい。行き先は百合子嬢から聞いておる。行くぞ犬塚」

 

「まてまて、いま仕上げるから」

 

 そう言い残し、先程まで作業していた場所に戻った犬塚は、犬飼の手から抜き取った刃物を柄と合わせ、その握る部分に薄くノミを当てていく。

 

 そして最後に彫った部分をなぞる様に筆を動かしていくと、只の墨に見えるそれは、まるで金属に染み込むようにノミの跡を彩った。

 

「良し、完成」

 

 それを覗きこんだ犬飼は、感心した様子で頷く。

 

「『しめさば丸・まぁくつぅ』…なかなかなうい名前ではないか」

 

「だろ」

 

 元妖刀、現包丁のそれを和紙に包んで箱に入れると、懐に突っ込んで鍛冶場を出て行く男二人。

 

 …そして、それを離れた物陰から観察する二人の少女の姿があった。

 

 

「聞いたでござるか!父上たち、兄上のところに行くつもりでござるよッ!!」

 

「まぁ、あの犬飼っておっさん締め上げる手間が省けたわね」

 

「死ぬ気か狐」

 

「…えっ? 今まで見た事無いマジ顔なんだけど」

 

「おっと、どうやらもう出発するようでござるな、行くぞ狐っ」

 

「ちょ、待ちなさいよ、そんな本気の声音で言われたら怖いじゃないっ」

 

 

その日、人狼の里から二人の人狼と、頭に木の枝を括り付けた人狼と狐の少女が出て行ったのを、太陽だけが遥か天上より見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって、こちらは都会のとある地下。

 

 縦横に走る下水道の通路である。

 

「くっさいなー。もう鼻が馬鹿になってますよ」

 

「あんたにはきっつい依頼だったかもね。なんてったって下水道が除霊現場なんだから」

 

 東京の地下深く、まるで高速道路のトンネルのような、人が歩けるほどに整備された下水道。そこにはおなじみの事務所のメンバーの姿があった。

 

『最近になって化け物が姿を現し、職員が多数被害にあった。早急に退治して欲しい』

 

 要約すれば、今回の依頼はそういうことであった。除霊対象の正体は不明。正確な出現位置も不明。その強さも不明。しかし、できるだけ早くやって欲しい。

 

当然のごとく危険度は高く、しかし報酬も大きい。美神は、その依頼を聞くと迷う事無くOKを出し、その日の内には下水道へと潜った。

 

 が、その広い事。

 

 発見された場所まで行き着くにもそれなりに時間がかかり、その間中廃液や生活排水の匂いの只中にいた横島の鼻は、すっかり麻痺して使い物にならなくなってしまった。

 

「はぁぁ」

 

「どーしたんですか、横島さん」

 

「いんや、なんでもないよ。それより美神さん。そろそろ化け物とやらが目撃された地点ですよ」

 

「ええ。…来るわよ!」

 

 美神がその歩みを止めるとほぼ同時に、

 

「死ねやぁ!」

 

 化け物が水中から姿を現す。下水道の水を撒き散らしながら、しかしその匂いに負けないほどの腐敗臭を放つ妖怪、西洋で言うゾンビそのものの外見をした敵だった。

 

「雑魚が面倒くさい事してくれるじゃない! いいかげん、極楽へ行きなさいっての!!」

 

 いつもの不定形の悪霊と違い、腐りかけ、変貌した元人間の肉体を持っている。

 

ネクタイをし、元はスーツであったろう襤褸切れを身に纏ったその姿は、かつてはどこかの家庭の良き夫だったかもしれない、頼もしき父であったかもしれない彼が、既に人を襲う化け物へと堕ちてしまった事を示しているようだった。

 

何処で手に入れたのか、そいつの体の一部とでも言うのだろうか、えらく妖気を放つ金属バットをもっている。

 

 啖呵を切った美神は、輝く神通棍を振りかざし化け物に向かって、一気に振り下ろす。

 

「げは、げはははははっ!」

 

 しかし、化け物はその手に持った金属バットでその一撃をあっさりと防ぎきる。

 

「かったぁぁぁい!! 何よこいつ! いつもの奴らとは一味違う!」

 

「援護します、美神さん!!」

 

 そう叫ぶと忠夫はおもむろに懐に手を突っ込むとなんとなく、輝いているようにも見えないことも無い石ころを取り出した。

 

「くらえぃ! 唐巣神父お手製の聖水に漬けこんだ、拾った石を! 人狼・だいなみっく・すとれーとぉ!」

 

 

 勇んだ横島の取った行動は、どうやら前回の吸血鬼の事件の際に学んだ投石だった。

 しかし、綺麗なピッチングフォームでそれを投げた横島の眼に、往年の超有名打者のような一本足打法で待ち受けるゾンビが見えた。

 

 バットが一閃した。

 次の瞬間、横島の額から凄く良い音がした。

 

「はぅ! …いたたたた、こんちくしょーー!! 人の新技あっさり破りやがってーー!!」

 

「げはげはげはげはげは!!」

 

 忠夫の手から凄まじい速度で投げ放たれた『人狼・だいなみっく・すとれーと』とやらは、あっさりと強烈なピッチャー返しとなって忠夫の額に直撃する。が、コンマ2秒で復活する辺り、その威力もタカが知れているのか、忠夫の耐久力が非常識なのか。

 

 

「馬鹿やってんじゃない!! しょーがないわね! ちょっともったいないけど、これでも喰らいなさい!!」

 

 そういって美神が取り出した破魔札には、燦然と輝く一千万の文字。

 

 高笑いしていたゾンビか気付いた時にはもう遅かった。

 霊気を籠められ飛んでくるそれをよけるには時間が足りず、さりとて迎撃するにも態勢が悪い。

 

「ぐばっ?!げはぁぁぁぁっ!!」

 

 そのまま破魔札の巻き起こした光と爆発に巻き込まれて、その姿を消す化け物。

 

 もうもうと上がる白煙の向こうに、上半身だけになって動きを止めたゾンビが見えた。

 

「ふぅ・・・・・しとめたみたいね」

 

「――美神さん! まだですっ!」

 

 が、しかし、ほんの少し息をついた美神を嘲笑うように、彼女の背後で水しぶきが上がり、その散らばる汚水が消えぬ内に、臭気を撒き散らす何かを吐きだした。

 

「うそ、もう一匹っ!! ――っあ!」

 

「げはははははははははっ!!」

 

 油断をした、とも言い切れないが、背後から化け物の下半身のみが突然浮上し、美神に一撃を加えると、そのまま上半身と合体する。おキヌの声によって致命傷は避けたが、それでも頭部に喰らった一撃によりふら付く美神。

 

「美神さん! ちっくしょー!」

 

 横島は激怒した。

 

 しかし美神の前に佇むゾンビは彼女を見ながらも、横島を挑発するように指を一本上げて、くいっと自分に向かって招く動きを見せる。

 

 よろしい、その挑発に乗ってやろうではないか、と決意した横島は、大きく振りかぶって第二球を投げた。

 

「これでもくらえぃ!! 人狼・だいなみっく・ふぉーくっ!!」

 

 唸る剛腕。

 

 迫る球。

 

 そして自分の手には金属バット。

 

 その瞬間ゾンビの腐った脳裏によぎったのは、いつか見たあの球場と、そして炎天下の中ともに覇を競ったライバル達の闘志に溢れた若々しい姿、そしてベンチから見つめるマネージャーの――

 

 何かがゾンビの脳裏に溢れかけ、しかし完璧なタイミングで振られたバットに手ごたえは無かった。

 

 そして、次の瞬間、全部吹き飛ばす様な痛みが股間から頭頂部まで突き抜けた。

 

 ボールではなく歪な形をした石ころは、横島の手によってフォークとはとても言えない、まるで生き物のような動きで見事に化け物のバットを掻い潜り――まぁ、その、いわゆる『男の急所』に直撃したのである。

 

「………ふぉぉぉぉぉ……」

 

 切ない声を上げるゾンビの脳裏に、あの日の記憶が蘇る。

 

 あの夏、自打球を食らってベンチに引っ込んだ彼の背中を優しく叩いてくれたのが、何時も家で笑顔で出迎えてくれる妻だった。

 

早く帰ろう、帰って、遅くなったと謝らなくては――

 

 その瞬間、復活した美神が叩きつけた破魔札で、彼の記憶と思い出は、自らを縛っていた怨念と共に儚く散って、その最後の思いを誰にも知られる事無く逝ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ということがあったんですよ」

 

「…横島君。もーちょっとましな使い方は無かったのかね?」

 

「いやー…あっはっは…」

 

 次の日、唐巣神父の教会には、額に打撲の治療痕がある美神と、その助手、横島忠夫。そして、何故かこちらも少々腰が引け気味の唐巣神父とその弟子、ピートの姿があった。

 

「やはり、悪霊全体が少しずつ強くなってきているようだね」

 

「…殺虫剤と害虫の関係ですね? 先生」

 

「その通りだよ美神君。やれやれ、まだまだ修行が足りないということか」

 

 

 例えば、ある細菌に良く効く薬があるとする。しばらくの間その薬で細菌は殺すことができるだろう…だが、もしもその薬に抵抗できる細菌が現れたら?

 

 繰り返される人の知恵と極小生物の鼬ごっこ。

 

 幾つか対抗策はあるが、単純にして、だからこそ難しい答えの一つが、より強い薬を持ってその細菌に当たる事だ。

 

「その事ですけど、先生。『妙神山』への紹介状…頂けませんか?」

 

「…美神君、君にはまだ早すぎる」

 

「あら、こつこつ修行を続けて…また相手に負けそうになったら修行するんですか?」

 

「…むぅ、しかしだね」

 

「私達のお仕事は…そんなに甘いものでは無いことは、先生もよっくご存知でしょ?」

 

「下手をすれば命に関る!」

 

 瞳に不敵な輝きを宿し、美神はその言葉を舌先にのせた。

 

「あら、そんな事、やってみなくちゃ、わからないわ♪」

 

 シリアスな光景を見せる師弟の背景では…

 

「あれ、ピートじゃないか、お前エミさんとこ行ったんじゃなかったのか?」

 

「僕は先生の弟子ですってば!!」

 

「ほーか。そーいう割に、あん時は少し靡いてただろ?」

 

「…だってあの人のところに行ったら、「血を吸って~」とかなるでしょう? 僕は吸血鬼では無く、GSとして修業に来てるんですから…その、ですね。分かるでしょう?」

 

「…まぁ、日ごろの行いというかなんというか」

 

 顔に縦線を入れたピートと、自分の日ごろの行いに自覚が無い忠夫がのんびりと会話を楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し流れ、GS美神除霊事務所の面々は、とある山、霊峰とされる山にいた。

 

 妙神山。世界でも有数の霊格を誇る大霊山であり、神と人間の接点の一つといわれる霊峰である。その山中には、霊能力者間では有名な修行場がある。

 

 その存在を知る者達曰く、「強くなって帰ってくるか、死ぬか」

 

 その修行場に続く一本の細い道。いや、道というのもふさわしくない。まさに、断崖絶壁の崖にできた一筋の亀裂。彼女達は、現在、そこをひたすらに歩いている途中であった。

 

「な、なんちゅーとこですか、ここは」

 

「あんたは落ちてもいいけど、荷物だけは落とさないでよ」

 

「…落ちるときは横島さんの命と荷物、一緒に落ちそうですね」

 

「不吉なこと言わんといてくれーーー!!」

 

 

 彼らに緊張感を求める事自体が間違っていたようだ。

 

 

 そうこうやってるうちに、目的地へと辿りつく。

 

「見えたわよ」

 

「ふぇぇ~~。おっきな扉ですねぇ」

 

「へんな顔がついてるけどね」

 

 木造の、古めかしくも威厳を放つ、いかにもな扉の前で、何気なく会話する彼女らの間に

 

 

「「誰が変な顔じゃいっ!!」

 

「「うひゃぁ!!」」

 

 突然の怒声が鳴り響く。驚いて飛び上がるおキヌと忠夫を尻目に、美神はその声の主達に話し掛けた。

 

「修行希望者よ。さっさとコ・コ、開けていただけないかしら?」

 

「「我らはこの門を守る鬼。我らの許可なくして、この門を通る事まかりならんっ!!」」

 

 その声が終わるか終らないかのうちに、内側から、その扉が開かれた。

 

「あら、修行希望者の方ですか?」

 

「…5秒と持たずに開いたわよ?」

 

「「小竜姫さまぁっ!!」」

 

 扉を開けて顔を覗かせたのは、二本の角を持った、いささか妙な服を着ていたが間違いなく美少女であった。

 

 瞬間、風が吹いた。

 

 

「――嫁に来ないか?」

 

「「うおっ!!」」

 

「…はぁ?」

 

「美神さん、私、ぜんっぜん見えませんでしたよ、今の」

 

「…こんなところだけレベルアップしなくてもねぇ」

 

 もはや人の目どころか、おそらく鬼の目にさえ止まらなかったであろう速度で動いた忠夫は、塵一つ舞い上がらせずに少女の前に慣性の法則さえ無視しつつ停止すると、とりあえず口説いてみた。

 

 頭を抑えつつ忠夫が――驚くことに、小竜姫を口説き始めると同時に地面に落下した――落とした荷物の中からおもむろに神通棍を取り出した美神は、とりあえず、打撃音が水っぽい音を出すようになるまでシバキあげた。

 

「…・えー。私がこの修行場の管理人を務めます、小竜姫と申します」

 

「小竜姫さんっすか!! いいお名前ですね!! 嫁に来ないか?」

 

「何者ですか、この方は」

 

「…只の「ぶぁか」です。今片付けます」

 

 真っ赤に染まっていたはずの横島が、瞬時に復活し、性懲りも無く小竜姫の手を握り、口説こうとしたところで再び美神の躾が振るわれる。

 

 決め顔のままで沈んでいく彼の手をどうしたものかと握る、ちょっと困った表情の小竜姫を目に焼きつけながら、そのまま横島の意識は暴力の海へとなすすべもなく飲み込まれていった。

 

 そして、再びぼろ雑巾と化した忠夫が眼を覚ましたときには、美神と管理人を名乗った小竜姫どころか、心優しき幽霊少女の姿さえあたりには無く、代わりに何故か扉の顔に張られた巨大な札があった。

 

「「しくしくしく」」

 

 むせび泣く2鬼の声と、開かれた扉。むさくるしいふんどし姿の首なし石像がこけている光景だけが広がる中、流石の横島もちょっとリアクションに困るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――妙神山・修行場―――

 

「だれか~。おキヌちゃん~。美神さん~。小っ竜っ姫ぃさぁぁぁぁんっ!!!」

 

 誰もいない中で復活し、とりあえず泣きが鬱に変わった鬼達を無視し、扉の隙間から内部へと侵入する。なぜか先ほど出会った角付美女の名前を2倍近く大きな声で叫びながら、辺りを見回す忠夫。

 

「誰かいませんか~~。特に小っ竜っ姫ぃさぁぁぁぁんっ!!!」

 

 

「あうち! …石ころ?! …そっちですね~~~!!」

 

 突然、頭に飛んできた手のひらほどもある石を見つめると、とりあえず飛んできた方向に当たりをつけ走り出す忠夫。

 

「今行きますよ小竜姫さーん!!」

 

 と、視界に何かを振りかぶって投げようとしている美神が見えた。

 打ち出された岩はそのまま横島の顔の横を通過していく。

 

「わざわざこんな所まで来て恥晒すんじゃないわよこの馬鹿犬っ!」

 

 美神の怒声とともに、今度は大人の頭半分ほどの石が頭上から降ってきた。

 

「お、ぉういぇ~」

 

 流石に警戒していなかった真上からの一撃はきつかったのか、そのままふらふらっと崩れ落ちた横島。

 その犯人と思われる幽霊少女は、ニコニコとしながら自分が落とした石の後を追いかけるように上空から下りてくる。

 

「ちょっとやりすぎちゃいました♪」

 

「…お、おキヌちゃん? 何してるの?」

 

「はい♪ なんですか♪」

 

「なんでもないわっ!! ええっ! 全く問題なしよッ!!」

 

 某幽霊少女がほんの少しずつ黒い何かをその背後からゆらゆらと溢れさせながら半人狼を回収に向かう。

 それを見送るなんだか冷や汗だらだらの2人であった。

 

「こほんっ。えー、気を取り直して私がこの妙神山の管理人「小竜姫」と申します」

 

「えー…つまり貴方が先生から聞いてる竜神様ってわけね」

 

「先生? どなたかの紹介ですか?」

 

 その問いに懐から封筒を取り出し、美神は小竜姫にそれを手渡す。開封し、小竜姫はそれに目を通すと、納得した様子で頷いた。

 

「唐巣…ああ、あの方。ここ最近の修行者の中では、人間にしてはかなり筋の良い方でしたね」

 

「OKかしら?」

 

 紹介状を封筒に戻すと、それを懐に収め、小竜姫は先頭に立って歩き出す。

 

「いいでしょう。こちらにどう「あー、死ぬかと思った」ってなんであれでもう立ち直ってるんですかっ!!」

 

 おキヌ引きずられてその辺りにうち捨てられていたはずの忠夫が、何時の間にか頭を振り振り立ち上がり、もうダメージの欠片も無い様子で辺りを見回していた。流石にこの動く非常識に慣れていないだけあって、反応が新鮮である。

 

「あー、あの子半分人狼の血が入ってるからよ、きっと」

 

「へぇ、珍しい…じゃなくって、それにしても非常識すぎますっ!それに、純血の人狼なら、昔、幾人か修行に来られましたが、あんな事ができた人はいませんっ!!」

 

「え?」

 

 そう言われて考えてみれば、確かにあんだけタコ殴りにしたり、とんでもない衝撃を受けたりしているにもかかわらず、何時の間にか復活している。今はおキヌの笑顔に怯えながら「もうしませんもうしませんもうしません」とエンドレスで土下座タイム中であるが。

 

 違和感に近いしこりを心に覚えながらも、まあいいか、所詮は横島だし、と美神はその思考を放り投げた。

 

「…まぁ、いいでしょ。どーせただの荷物もちだし」

 

「…へ? 人狼の血を引く者が、荷物持ちですか?」

 

 本日2度目の小竜姫の呆れ顔を拝むことになる美神。

 

「だって、体力とすばしっこさ『だけ』はあるけど、霊能力が無いんじゃ…」

 

「あ。ひどいなー美神さん」

 

「…人狼が、霊力を持たない? そんな訳無いじゃないですか」

 

「「へ?」」

 

「彼らは、そういう姿を取っていても『妖怪』なんですよ? その中でも稀な霊力を使う…というか、霊力を元にして存在しているのですが…彼らにとって霊力とは己の存在エネルギーそのもの。いうなれば、体を動かす為の力の延長線上にあるものです」

 

「あー。俺は混血だから「それでもです!」…はい」

 

 人狼に限らず、生まれついての妖怪、神族、魔族等は、成長や使用頻度による程度の違いこそあれど、正に「歩く」「走る」それと同レベルで霊力の使い方を覚える。それが彼らにとっての生存手段であり、周囲に危険の多い環境であれば更にその「使いこなせる」程度が大きくなる。

 

 人狼の一族であっても、その体は完全に肉体化しているわけでなく、ある程度霊的要素に基づいた存在のしかたをしている。だからこそ、霊力不足になれば獣に姿を変え、時には自分の意志で半獣人形態への変化ということができる訳である。

 

彼らにとっては成長によって霊力を制御できるようになる事と、それによって『入れ物』をある程度変化させる事は自然な、出来て当たり前な事であるのだ。

 

 また、基本的に「か弱い」人間の血が人狼の血に打ち勝つといったことも考えにくく、例え半人狼と言えど、どこぞの半吸血鬼同様、その人外としての能力、少なくとも霊波刀、もしかすれば半獣人化を使えるはずであり、どちらかというと『妖怪寄り』な存在の仕方となるはずである。

 

「へ~~」

 

「へ~~って、あんたのことでしょ」

 

「いやだって、半人狼なんて俺以外に知らないし」

 

 小竜姫と美神は、そろって頭を抱え込む。

 

「でも、なんとなくその理由分かるような気がします」

 

「・・・・で?」

 

「親父、血まで尻にひかれてたんやなぁ…」

 

「「…んなわけあるかい(ありません)」」

 

 

 二人は揃って否定する物の、彼の故郷で話せば間違いなく全員が納得するであろう答えなのだが。

 若干一名(父親)は否定するかもしれないとは言え。

 

「え~と、今回の修行者は美神さんと其処の男性…横島さんですね」

 

「いいえ? 私だけよ」

 

「へ? 横島さんは修行受けられないんですか?」

 

「さっきも言ったけど、只の荷物持ちだし」

 

「…素養はあると思うんですけどねぇ」

 

 不思議そうに横島の顔を覗き込む小竜姫。

 

「嫁に来ますか?」

 

「……えいっ」

 

 可愛らしいとも言えるような声で、小竜姫は腰の神剣を抜き打ち様に不意打ちで薙ぎ払う。

 

「うわたぁっ!?」・

 

 が、それが横島の首の皮一枚を切って止まるよりも早く、上下から挟みこむように閉じられた掌で抑え込まれた。

 

「ほらほら、私の剣を白羽取り出来るところとか」

 

「無茶なことせんでくださいっ!!」

 

「残念ですねぇ」

 

 いきなり真剣で切りかかる辺り、この女性も見た目通り浮世離れした所があるようだ。

 

「とりあえず、修行者の方はこちらへどうぞ…」

 

 そして一行は修行場へと小竜姫の誘導に従い歩きだした。

 

 途中で、ふと思い出したように小竜姫は修行を受けにきたという美神に忘れていた質問を投げかける。

 

 

「ところで、今回はどのような修行をお望みで?」

 

「一気に短期間でバーンと強くなれるやつ! ちまちましたのは性にあわないわ」

 

「クスクスクス…威勢のいいこと。それでしたら、今日一日で強くして差し上げましょう。そのかわり――強くなってここを出るか、それとも、死ぬか。そのどちらかになりますが?」

 

 脅しのような小竜姫の言葉を、だが美神は眼を逸らさず傲岸不遜に笑って見せた。

 

「私は美神令子よ! 例え地球が吹っ飛んでも、私だけは生き残って見せるわ!」

 

 呆れるほど傲慢で不遜なセリフだが、不思議と彼女には良く似合う、と小竜姫は感じて、同時にき止めるだけ無駄だと理解し苦笑いを浮かべる。

 

「結構です。ではその扉をくぐって中でお待ちください」

 

 そういい残すと、小竜姫はまるで銭湯のようなドアをくぐってその先に進んでいく。

 

「おキヌちゃーん! 横島君はどうー?!」

 

「ええっと~! まだピクピクしてます~~!!」

 

「覗かれる心配だけはなさそうねー」

 

 着替える前に何をしたかは定かではないが、覗かれる以外に忠夫の命が心配では――いや、心配する必要性が感じられないのは日ごろの行いと言うやつだろうか。

 

 

 

 

 

「あ、悪夢のような光景やなぁ」

 

 いつものごとくやっぱりあっさり復活した忠夫が、幾分しょんぼりしながら扉をくぐると、背後には扉しかなく、辺りにはストーンヘンジのように巨岩が乱立しており、その中心に立つ小竜姫、そしてその前方でなにやら法陣の説明を受けている美神の姿があった。

 

「要するに、この法円を踏めば…」

 

「はい。貴方の「影法師」つまり、貴方の霊格、霊力、その他様々なもの『のみ』を取り出した貴方の分身が生まれます」

 

「そして、その「影法師」を鍛えることで、直接霊力そのものを鍛えるって事ね、りょーかい」

 

 美神がその法円を踏むと、一瞬後には美神の2倍ほどの身長を持った女性型の、体を黒いボディースーツで覆った複雑な模様の彫りこんである槍を持つ、式神のような「影法師」がその姿を現す。

 

「これが私の・・・・」

 

「ええ。貴方の影法師です。それでは早速修行を開始しましょうか。――剛練武、出ませいっ!!」

 

「ウォォォォォン!!」

 

 小竜姫の一声に答えて出てきたのは、体中を岩で覆った、というか、岩でできた体をもった一つ目の歪な人型をもつ存在であった。

 

「先ほども言いましたように、負ければ命は無いと思ってください。そのかわり、勝てば新たな力を得ることができるでしょう」

 

 あくまでも事務的な口調でそう美神に話し掛ける小竜姫。対して美神は

 

「オール・オア・ナッシングって奴ね。上等っ!」

 

 その眼に戦意を乗せ、怯む所かやる気を溢れさせながら影法師を岩の怪物に向かって突撃させる。

 

「まずは先制、いただきっ!」

 

 が、勢い良く繰り出された槍の穂先は、しかし、耳障りな音を立ててその体を構成する岩に防がれた。

 

「…~~~ッくぅーーーかった~~~。やっぱ正面からじゃ無理みたいね」

 

「おや、もう気付きましたか」

 

「当ったり前でしょ?どうみても、重装甲、大質量って感じじゃない!そんでこの手のタイプは…」

 

間合いと空気を叩き潰しながら迫る剛拳。当たれば負ける、受け止めても良くて武器破損、悪ければ腕まで持っていかれるだろう一撃だった。

 その大質量で構成された繰り出される右拳を掻い潜り、懐に飛び込む影法師。そのまま相手の膝に足の裏を乗せ、跳ねるように飛び上がり―――

 

「どうせこの辺りが弱点でしょっ!!!」

 

生々しい音と共に、今度はその槍の穂先が一つ目の巨人の、その眼を抵抗なく貫いた。

 

「よしっ、楽勝楽勝!」

 

「わぁ、流石美神さん!!」

 

 岩の怪人が崩れ落ちると、その体を構成していた岩が微粒子となり美神の影法師に纏わりつく。

 一瞬後には、ボディースーツの上から新たな鎧を身に纏った戦乙女が存在していた。

 

「へぇ。こうやって力っていうのをもらえるんですねー」

 

「ええ。美神さん、これで貴方は今までとは比べ物にならないほどの霊的防御力を手に入れたことになります」

 

「ふーん、ま、あのくらいなら何とかなるわね」

 

「…やっぱり弱点分かりやす過ぎましたか。次からは見た目も重視してみましょう」

 

 何気に次からの修行者に対してのレベルが上がったようである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 剛練武の残滓が完全に掻き消えると、小竜姫は次の試練を呼び出す。

 

「禍刀羅守っ! 出ませい!」

 

 しかし、先程のような光が起きる事も無ければ、何かが出現すると言う事も無く。

 

「…あれっ?」

 

「「「………」」」

 

「禍刀羅守っ! 出ませい!」

 

 ただ、沈黙が広がった。

 

「「「………」」」

 

「ち、ちょっと待って下さいっ! 禍刀羅守ーっ! 出ませいー!!」

 

 

 だが、何も起きない。

 

 

「あ、あれ?」

 

「どーしたのよ、小竜姫様?」

 

「い、いえ私にも何がなんだか…」

 

「しっかりしてよねー。全くこれで竜神だって――」

 

「美神さんっ!!!」

 

「え? っぁ!!!」

 

 小竜姫の声に、さっきの様に修行場の中心から出てくるものと思っていた美神は、周囲を取り囲む巨岩の影から突如飛び込んできた4本の刃でできた足を持つ昆虫のようなソレに、背後からの不意打ちを受け、深いダメージを負う。

 

「へぇ、宮本武蔵のつもりかねぇ。真っ正直なばっかりと思っていたけど、なかなかやるなー」

 

「横島さんっ!!」

 

「いや、だってさー」

 

「「だってさー」ではありません!!これはっ!」

 

「命をかけた真剣勝負なんでしょ?」

 

「分かっているなら、何故っ!!」

 

 傍から見れば卑怯な行為に、激昂する小竜姫を余所にあくまでも平然とした忠夫。その瞳には、非難する色は無い。

 

 

「これでも人狼の端くれ。ソレくらいのことは当然です」

 

「それは、でも美神さんは只の人間なんですから…」

 

「それに、いっちゃ悪いけど小竜姫さん。あなた、あの人のこと全っ然知らないっすから」

 

「当たり前ですっ!! 今日出会ったばかりなのですよ!」

 

「あの人は、ただの人間だけど超一流のGSで、相手がこっちを殺す為に汚い手でもなんでも使ってくるような所で平然と生きてて、そんでもって…やられたことは、千倍にして返す人なんすよ」

 

 横島の前で、美神が膨大な霊力を纏いながら立ちあがる。

 

 その表情に不満は無く、むしろ自分に痛撃を与えた相手に対する怒りが燃え上がっているようであった。

 

「よッくもやってくれたわね! この蟷螂もどきっ!! この痛みは、高くつくわよっ!!」

 

 こみあげる笑いを噛み殺しながら、美神の台詞を聞く忠夫。

 

「さて、小竜姫さん。一つ提案があるんっすけど」

 

「…なんですか?」

 

 良くも悪くも真っ直ぐな性格なのだろう。

 

 納得がいかない!という顔をしながらも、とりあえず聞き返す小竜姫。その後ろでは、やはり結構なハンデとなったのか、いまだ動きに精彩を欠く美神の影法師を、少しずつ、鉛筆の先を削るようにして更に細かな攻撃を繰り出す禍刀羅守。美神もいまの動きでは、その小さく、速い攻勢に対応しきれず徐々に押され始めている。

 

「不意打ちするんなら、助太刀もありっすよね?」

 

「………まぁ、いいでしょう。特例として、あくまでも『特例として』、認めます」

 

 かなりの長考の後、搾り出すようにして特例の部分を強調しながら小竜姫は忠夫にそう返した。とはいえ、その表情はいまだ不満の色を濃く残してはいたが。

 

「それでは、貴方の影法師を抜き出します。動かないでください」

 

 そのまま忠夫の額にその右手のひらをあてると、忠夫の体から「ナニカ」が抜け出していく。その抜け出た「ナニカ」は忠夫の背後五メートルほどの辺りで収縮し――狼の頭と、人の体をもち、真っ赤な下地に、白色で鳥獣戯画風の様々な動物の絵が画いてある上衣に、金縁の黒い生地で作られた直垂、左右に太刀と脇差を1本ずつ計四本の刀をぶら下げた、キセルをふかす、美神の影法師よりも一回り肩幅の大きな、異形の歌舞いた侍?と言っていいのか正直迷う狼人間らしきものを生み出した。

 

「…なんっすかあれは」

 

「…貴方の影法師…のはずなんですけど」

 

 狼頭をもつ忠夫の影法師は、ゆらり、と歩き出すと、そのままその辺のちょうどいい感じの岩に腰掛け、のんびりとキセルをふかし始めたのだった。

 

「…俺、タバコとか吸った事ないんですが」

 

「……貴方の影法師、の筈…」

 

「横島さーんっ! 美神さんがーっ!」

 

 おキヌの悲鳴まじりの鳴き声を聞きながら、一柱と一匹は呆然とキセルを吹かすそいつを眺めていた。

 




PS,ワシの未編集ファイルはまだ100以上あるぞ!

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