月に吼える   作:maisen

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第伍拾玖話。

 巨船の規模と豪華さを裏付けるように、大きめの会議場ほどもある艦橋の中を、忠夫がごそごそと漁っていた。

 

 周囲には通路に設置してあった消火器両手持ち噴射でもって、手加減しながら不意打ち気味にぶん殴って気絶させたテロリスト達と、そのテロリスト達に拘束されていた船員達の姿がある。

 

 時間を区切った上に結構えげつない脅し方をしたので残っているテロリスト達も王の護衛達も甲板に警戒しながら集まり始めている頃だろう。

 

 テロリスト達にとっては旗頭であるし、王側にとってもでき得る事なら無事に助け出すべき人物なのだから、どんな思惑があってもある程度までは様子見も兼ねて従ってくれるはず、と思いたいところである。

 

 とは言え何が起こるか分からないことは身に染みて知っているし、現在は忠夫だけで色々と動き回っているのだから人手が足りない事もまた事実。

 

 だからまぁ、取り敢えずは足りない物を補ったり、時間を稼いだりする必要があるわけで。

 

「お、あったあった通信機。えーっと、それからそれから・・・」

 

「むぐーっ!」

 

「そ、それからっ、何か無いかなーっと!」

 

 じったんばったんと激しく動き回る音が聞こえるが、何せ音を立てている人物の目が洒落にならないくらいにおっとろしいので必死で目を逸らす忠夫であった。

 

 睨み付けている王女様、ザンス王国の王女キャラットはと言えば、そんな忠夫のポケットの辺りと忠夫本人の後頭部の辺りに視線を行き来させながら、「後で覚えてろっ!!」と言う感じに穴が空くほど見つめていらっしゃる。

 

 油断した、と言ってしまえばそれまでなのであろうが――正直、父に敵対すると言う形を取ってしまわねばならない事に不安を覚えていたのはある。

 

 そこに如何にも頭は少々軽そうだが、自分を侍と名乗る男が現れ、しかも協力してくれると言う言葉に何故か騙されてしまったことが否応無しに悔やまれる。

 

 きっとあのへらへらした顔と真っ直ぐな言葉に不安だったから騙されたのだ、と結論付けて、手についた謎の粘液を拭う振りをして指輪を取られたことが非常に腹立たしいと怒りを再燃させる。

 

 と、そんな王女の炎のような視線から意識を逸らしながら、眼下に見える甲板の様子を覗き見ていた忠夫の目の前に、ガラス越しにいきなり女性の頭が逆さまに降りてきた。

 

「あ、タダオみっけ」

 

「うおっ!? いきなり変な登場すなルシオラっ!」

 

「別に良いじゃないそのくらい。それより、さっきの放送、一体何ごとよ?」

 

 上から飛んで来たらしいルシオラを、換気のために開けていた丸い窓から向かいいれつつ忠夫が頭をぽりぽりと掻いた。

 

 するりと窓枠を潜り抜けて入ってきたルシオラも、ふわりと浮かんで音も立てずに着地する。

 

「・・・いやまぁ、どーも中々に込み合ってるみたいなんでなー。面倒臭いから纏めてどーにかしちゃろうかと」

 

「ま、私には関係無いから良いけど。それよりも、あの女の人、何かスッゴイ目で私も睨んでるんだけど?」

 

 ルシオラの言葉にぎくりとした表情になった忠夫が、恐る恐る振り向けば、其処にはさっきまでの後で覚えてろ、な視線からぶっ殺す、な視線にグレードアップした瞳を向ける王女様の姿。

 

 状況を確認してみよう。

 

 空を飛んで窓の外から入ってきた女性。

 

 その頭にはピコピコと動く触角。

 

 イコール、明らかに人間ではない、となった可能性が高い。

 

 更に、彼女の父は「悪魔に操られている」という真偽定かではなくとも彼女が信じている情報。

 

 そして、忠夫が彼女の指輪を奪い、拘束していると言う状態。

 

 全部繋げると。

 

「ぜ、絶対に誤解されとるよーな」

 

「? 何が?」

 

「いや、もーいい。多分何言っても信じちゃもらえんし」

 

 情けない顔でとほほと呟く忠夫の隣で、問い掛けるだけ問い掛けてあっさり興味を失ったルシオラは、至って気軽に窓の外を見ている。

 

 頭を抱えて蹲った忠夫の肩を、窓の外を見ながら彼女は叩いた。

 

「ねぇ、そろそろヤバそーなんだけど、外」

 

「・・・うわー、もうこんな時間だし」

 

 指定した時間から、既に5分が経っている。

 

 眼下に集まった、敵対するグループ二つがにらみ合ったまま動きを見せていないのは、一重に王女最優先という利害関係の一致からだろう。

 

 とは言え、はっきり言って一触即発、ちょっとした刺激で破裂しそうなくらいに緊張感が溢れているのが見て取れる。

 

「・・・帰って良いかな?」

 

「海のど真ん中でどーやって?」

 

「泳いで参った、とか」

 

 睨み合う50人近いごっつい男達の、しかも銃を構えているのがバッチリ見えるまん前に出るシーンを想像して腰が引けている忠夫を溜め息一つと一緒に呆れた視線で横目にみながら、ルシオラは黙ってその襟首を掴み上げた。

 

「いやーっ! お家帰るーっ!」

 

「自分でセッティングしたんでしょーが。ちゃっちゃとケリつけて来なさいっ!」

 

 地面に爪を立てて嫌がる半人狼を魔力に任せて掴み上げ、開いたままだった窓に向けて振りかぶる。

 

 ピッチャー大きく振りかぶって、第一球投げました。

 

「馬鹿たれーッ! ここ何階やと――」

 

「あ、そう言えばそうだったわね」

 

 今更なルシオラの声をかすかに聞きながら、忠夫は大きな弧を描いて、睨み合う男達の頭上も超えて、そのまま舳先へと落ちていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・レンラクはまだかっ?!」

 

「い、未だナニも・・・」

 

 睨み合う男達の間で交わされている会話は、奇しくも似たような内容であった。

 

 船内放送の直後から全ての持ち場を放棄させて、あるいは己から放棄して集まったテロリスト側と、僅かに王冠だけが見える王を中心に固まっている護衛達。

 

 人数と銃の数ではテロリスト達が上ではあるが、王の護衛たちは少数ながらも、いや少数だからこその精鋭揃い。

 

 しかも全員が精霊獣を扱えるとも成れば、真正面からぶつかり合えばどちらが勝つかは判断できかねる。

 

 そんな際どいバランスの上に立つ均衡は、しかしその倒すべき敵が目の前に居ると言う事でストレスを否応無しに増す効果しか持ってはいなかった。

 

 互いに南洋の照り付ける太陽の下、夥しい汗を掻いた男たちが、殺気の充満した場所に存在すると言う何とも近寄り難い雰囲気である物の、当事者達はそれ所ではない。

 

 胃に穴が空きそうなほどのプレッシャーを感じながら、次にあるであろう指示をひたすらに待っている。

 

「――っ」

 

「・・・ナニかキこえなかったか?」

 

 そんな彼らの頭上を、その指示を出すと思われていた人物が高速でぶっ飛んでいったのだが、瞬きをする瞬間すら恐ろしいと思えるほどの睨み合いの真っ只中にある両陣営に気付いた物はいなかった。

 

 その吹っ飛んでいった物体Xは、舳先を超えて今まさに海に落下中である。

 

 と、両陣営の視線を妨げるように、強烈な暴風が吹き荒れる。

 

 慌てて伏せながら顔を庇い、何とか相手の姿を確認し様と視線を上げたその時。

 

「のわーっ?!」

 

「うわーっ?!」

 

 何だか真っ黒な布切れに絡まって、見知らぬ男が鼻水だの涙だのを大量に流しながら両陣営のど真ん中を転がりながら横切った。

 

 いきなりの出現に流石に驚いた男たちが驚愕の声を上げながら立ち上がり、その物体の転がる先を見送っている。

 

 今だけは、にらみ合いも王女の安否も完全に意識の外であった。

 

 ごろごろと転がっていったその黒い物体は、やがてその先にあった金属の壁にぶつかって快音を立てて、ようやく動きを止めた。

 

「・・・ナンだ、今のは」

 

 誰もがそう思った瞬間、その布切れの塊がごそごそと動きを見せ始める。

 

 慌てて銃を構えたり、精霊獣を呼び出す準備動作に入りながら警戒しあう両陣営。

 

 今、敵対する二つのグループが、たった一つの怪しい物体に対応する為一つになっているのだ。

 

「・・・ふ、ふっふっふっふっふ」

 

「う、ウゴいたぞっ!」

 

「何処が幸運の精霊だばっきゃろーっ!!」

 

 その幸運のお陰で、いきなり吹いた突風とそれに紛れて飛んで来た布に絡み取られたせいで海に落ちることから免れた忠夫は、現在進行形で出血大サービスだった。

 

 しかも精霊獣とか銃口とかから睨まれている真っ最中。

 

 背中を向けている為どれくらいの数がこちらに向いているのか不明であるが、カチャカチャと響く金属音や、獣の唸り声のような重なり合って聞こえる精霊獣の声が振り向く気力を全部持っていきそうである。

 

「・・・ちょ、ちょっと待ってっ!」

 

 と、布の隙間から手を突き出した忠夫は、邪魔な布を被り直しながら叫んでみた。

 

 何時でも逃げ出せるように身構えながらであるが、どうやら引き金が引かれる気配は無いようだ。

 

「うあああああ。放送で色々聞いたり通信機渡して王様と直接話したりするつもりだったのにーっ! 何でいきなり俺が真正面にでとるんじゃぁぁぁっ!」

 

 運命の悪戯であろうか。

 

 悪戯好きな運命の性であろうか。

 

 ともあれ、作戦第一弾が木っ端微塵に砕け散った事は確かであった。

 

 だが、だからと言ってこのままここで硬直している訳にも行かないのが世間のキビシー所である。

 

 最悪、どちらかがこの怪しい邪魔者を排除しようと引き金を動かせば、それを切欠に両陣営が血みどろの争いを始める可能性もある。

 

 なので、先ずは額のバンダナを外して鼻の上で縛って顔を隠し、黒い布を羽織ってゆっくりと立ち上がる事にした。

 

 無論、出血は布で全部拭き取ってからである。

 

「ウゴくなっ!」

 

「おおっと、そんな事言っても良いのかなっ!」

 

 さてさて、震える体と笑う膝を隠して、ハッタリ千万口八丁の出番である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「横島ぁぁぁっ!! って、ルシオラっ?!」

 

「けほっ、けほっ、も、もー駄目ぇぇぇぇ」

 

「な、何で王女が簀巻きになってんのよっ?!」

 

 拘束された王女が床に転がり、ルシオラが呆れた様子で窓の下を眺めているその場所に美神達が踏み込んだのは、忠夫が真下で立ち上がった直後だった。

 

 もう少し速ければ忠夫にも色々と選択肢が増えたのだが、流石にこの巨船の下部から一気に駆け上がってくるのは辛かったらしい。

 

 それでも仕事柄タフネスにはそれなりのものがある美神が扉を蹴り開け、その後ろからへろへろとおキヌが入ってくるまでに掛かった時間を考えれば、僅かに遅かったと言うしかないのであるが。

 

 振り返ったルシオラは口元に立てた人差し指を当てると、静かに、と身振りで示しながら王女に視線をやる。

 

 キャラット王女は、先程までの警戒は何処へやら、寝息を立ててすっかりと気持ち良さそうに眠っている最中である。とは言えさすがに眠れる状況ではない、ルシオラが催眠か何かで五月蠅いからと寝かせただけである。

 

 ひょいひょいともう片方の手で招くルシオラの元へと静かに歩み寄った美神達に、彼女は窓の外を指差して見せた。

 

「・・・?! なにやってんのあの馬鹿・・・!」

 

「しーっ! ばたばた煩いから眠らせたのに、また起きちゃうってば!」

 

 窓から見えた甲板の様子を見た瞬間、身を乗り出して忠夫に声を掛けようとした美神の背中に、慌ててルシオラが飛びついた。

 

 ついでに口元を塞ぎつつ、小さな声で動きを止めた美神に囁く。

 

「ほら、その通信機」

 

「・・・?」

 

 僅かにノイズを混じらせながら、その通信機からは甲板にいる半人狼の声が聞こえている。

 

 へたり込んだまま目を回しているおキヌと寝こけているキャラットを横目でちらりと見た美神は、その通信機を手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっふっふっ・・・キャラット王女の身柄は、今、俺の手の中にある・・・!」

 

「ウてー!」

 

「どわぁぁぁっ?!」

 

 忠夫の足元と背後で跳ね散る火花。

 

 金属と銃弾が互いを抉りながら耳障りな音を立て、数十発もその弾丸の雨が降った所で漸く弾切れとなった。

 

 素早くマガジンを篭めなおすテロリスト達に向かって、忠夫が必死で声を張り上げる。

 

「こらーっ! 嘘とちゃうんやぞーっ! ほんまにやるときゃやるからなーっ!」

 

「キサマラッ! 王女のミにもしもの事があったらどうするキだっ!」

 

 護衛達と忠夫から上がった講義の声に、テロリスト達も動きを止めてちらちらと視線を交し合う。

 

 その視線の先がやがて後方に立つ、銃を持っていない一人の男に集まり出し――

 

「カマわん、ヤれ」

 

「しっ、しかしっ!」

 

「ヤれ」

 

 男の声と共に、戸惑いの中に在りながらも銃が持ち上げられた。

 

 そして、忠夫が身構え、銃の引き金が引かれた瞬間、忠夫とテロリスト達の間に立つ影があった。

 

 人よりも二周りほど大きなその三体の人型の影達は、全く同じ形を持ちながら忠夫の前に回りこんで庇うように両手を広げて弾丸を受け止める。

 

 銃弾がその護衛達が繰り出した精霊獣に跳ね返され、テロリスト達も効果が無いと分かっているのかあっさりと銃口の火花は止み。

 

 次の瞬間に、突っ込んできた蛇頭の精霊獣に、護衛達の精霊獣は頭を消し飛ばされて溢れた霊力の爆散と共に姿を消した。

 

「しまっ、これがホンメイかっ・・・!」

 

 爆炎を上げながら、王の護衛たちの精霊獣を消し飛ばした蛇頭の精霊獣の更に後方からもう一体、今度は犀頭の精霊獣が擦り抜けるようにして忠夫がいた所に突っ込んでいき――

 

 その拳が、何も無い場所を虚しく抉る。

 

 慌てたようにその精霊獣が周囲を見渡すが、王の護衛達の精霊獣を消し飛ばした時に巻き上がった白煙に紛れて周囲の視界は殆ど無い。

 

 諦めたのか、すぐさま2体の精霊獣は身を翻すと、テロリスト達の所へと戻っていった。

 

「む、無茶苦茶しやがる・・・。 ちょっとちびったがまぁ結果オーライ!」

 

 姿を消した忠夫はと言えば、護衛達の精霊獣が破壊されたと同時に駆け出し、混乱する護衛達の背後を大きく回りながら駆けていた。

 

 そのまま真後ろまで移動すると、目標目指して直角に曲がり足音を立てずに再加速。

 

 黒い布を脱ぎながら、ここまで漂ってきた白煙の中で目星をつけていた場所まで一気に駆けより、目的のそれに向かって布を広げて覆い被せた。

 

 包まれた者が驚いたように暴れるが、すぐさま布を腰の辺りで縛って後方に加速。

 

 疾走しながら懐から取り出した通信機に囁いた。

 

「ルシオラっ! 何かオマケで煙幕みたいなのやってくれ! 出来るだけド派手になっ!」

 

 通信機の向こうから、なにやら呼びかけた少女以外の声も聞こえた気がするが、構ってられないのでスイッチを切った通信機を懐に戻して甲板を駆け抜ける。

 

 後方で、数回の爆音と、背中を焦がす熱を感じながら、忠夫は少し離れた通路に駆け込んでいった。

 

 光り輝く王冠を被っていた人物を誘拐して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、待てって言ったでしょうがっ!」

 

「問題無いわ。両方とも全員気絶したし」

 

「だからって高位魔族が魔力砲打ち込むこたぁ無いでしょうがっ! 王様死んでたら誰が報酬払ってくれんのよ!」

 

 結構なお年だし。

 

 心臓が止まってなきゃ良いなー、と下の様子が分からない美神が頭を抱えながら悩んでいた。

 

 むしろ、船の甲板に穴が空いていない所を見る限りではきちんと手加減はしているようであるが、人的損害の方が心配である。

 

 打ち込まれた数発のうち、2、3発は両方のグループのど真ん中に飛び込んでいたし。

 

「ああもう! とりあえず王様だけでも――」

 

「いや、その必要は無い」

 

 立ち上がり、甲板に向かおうとした美神の言葉を、非常に疲れたような声が遮った。

 

 

「・・・で、唐巣神父はなにをやってるんすか?」

 

「と言うかだね。君も一国の王をあっさり攫おうとする辺り、美神くんに染まってやしないかね?」

 

 黒い布を取ってみれば、かなり蒼褪めた顔の唐巣神父が出てきたり。

 

 王冠を被っていたのが王様だと決め付け、確認もせずに攫ったはいいが、何故かいきなり唐巣神父が出てきてイリュージョンときたもんだ。

 

 暫し互いに見詰め合った後、大きく溜め息をつく2人であった。

 

「王様連れて行けば手っ取り早いと思ったのにー! 今回こんなんばっかしやー!」

 

「もう少し手段を選びたまえっ! 大体それで上手く言ったとしても、後々困るのは君だろう!」

 

「だからこーやって顔隠してたんじゃないっすかっ!」

 

 一頻り互いに頭を抱えた後、仕切りなおして通路に座り込む。

 

「で、本物は何処っすか?」

 

「・・・私が身代わりになって、今は身を隠している筈――」

 

「先生っ! ・・・と、横島さん?」

 

「おー、ピートも来てたんか」

 

 何となく気が抜けた様子で話し合っていた2人の目の前に、通路の通気口から噴出した霧が集まって半吸血鬼を形作る。

 

 きょとん、とこちらを見てくるピートに片手を上げて挨拶しながら、忠夫は何だか疲れた様子で吐息をひとつ。

 

 慌てた様子でまた何か厄介ごとでも連鎖反応おこしたんだろーなー、と諦め半分で膝の上に立てた手のひらに顎を乗せ、視線で話を促した。

 

「王様が、一人で王女の所にっ!」

 

「・・・もーいーですから。お腹一杯ですからぁぁっ・・・」

 

 懐の通信機が、やたら重たく感じる忠夫である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・父上?」

 

「この、馬鹿娘が」

 

 ルシオラの手によって目覚めた王女が、目を擦りながら体を起こす。

 

 暫く状況を把握しきれず呆けていた物の、目の前の人物が己の父である事、そして彼を助ける為にこの船に乗り込んで来た事を思い出すと、父が悪魔に誑かされていたと言う話を思い出して指輪を嵌めていた筈の手を突き出す。

 

 だが、その指輪は忠夫によって奪われており、ならばとばかりに跳び退ろうとしたその腕を、父の手が引きとめた。

 

「・・・良く見よ。お前の目は、私をしっかり見ておるか?」

 

「・・・え、あ? 父、上――悪魔にタブラかされていたのでは」

 

「馬鹿者。ザンス国王が、そうそう悪魔などに引けを取る物か」

 

 そう言って、掴んだ腕をゆっくりと引き戻す。

 

 娘を抱き止めながら、父は、ただその無事を噛み締めるように力を篭めた。

 

「ま、あっちはあれで良いとして。じゃあ何よ、誰が原因な訳?」

 

『・・・どーもテロリスト達の中にそれっぽいのが居ましたけど、それにしちゃあ王女を人質に取った俺をあっさり片付けようとしましたし』

 

 親子の抱擁を気だるげに見つめつつ、忠夫に繋いだ通信機に話し掛ける美神。

 

 忠夫と情報を交換し合った結論としては、テロリスト達も王を助ける為に乗り込んできた、と言う事であった。

 

 勿論、どうも胡散臭くはある。

 

 王女を旗頭にしながら、それをあっさりと見捨てるような命令を下したあの男も怪しければ、王族が認めた者しか扱えない筈の精霊獣を操っていたテロリスト達も怪しいものである。

 

 とは言え、精霊獣に対抗できるのは精霊獣しか居ない、と言う触れ込みであるから、必ず持っているであろう王とその護衛達に対抗する為にはテロリスト側にも精霊獣が必要な訳であるから。

 

「・・・黒幕が居るわね。しかも、精霊獣を扱える者達に関る誰かが。多分、あの中に」

 

『だと思います。でも、あの話じゃ別に王様に危害を加えようとした訳じゃないみたいでしたし――』

 

「・・・だったら、それが本命じゃないんでしょ」

 

 王を害する事が目的でないとすれば、王女を旗頭にした訳は、と言う疑問が出てくる。

 

 王を害する事が目的だとすれば、王女は人質として使えるだろう。

 

 はっきり言って、あの直情的な王女ならば前に出ようとするだろうが――

 

「まさか、それが狙い・・・!」

 

「美神さん、下、下見てくださいっ!」

 

 何かに思い当たった美神が、おキヌの慌てた声にすぐさま反応して窓辺に駆け寄る。

 

 見下ろした甲板では、横たわるテロリスト達の中からゆっくりと立ち上がった男が、指輪から光を放って精霊獣を3体呼び出した所であった。

 

「やばっ!」

 

 頭を振りながら立ち上がった男は、呼び出したうちの一体の背中に飛び乗ると、そのまま艦橋目掛けて飛んでくる。

 

 おキヌを引っ張り窓際から美神が離れるのと、精霊獣がガラスを突き破って侵入してきたのは同時であった。

 

 神通棍を伸ばし、身構える美神。

 

 神父とピートが今こちらに向かっている筈であるが、精霊獣が攻撃を仕掛けてくるよりも早く来るかどうかは微妙であろう。

 

 忠夫も偵察として下に残っている為、こちらに間にあるはずが無い。

 

 巨体を震わせながら2体の精霊獣が艦橋に侵入し、男を乗せた精霊獣が破られたガラスの向こうでこちらを見ていた。

 

「・・・精霊獣を、ヨばないのか?」

 

「・・・・・・」

 

「・・・クックッ。王よ、王の精霊獣石はどうしたのだ?」

 

 身代わりとして行った神父が持っています。

 

 ちなみに王女の指輪も、現在忠夫が所有中。

 

 精霊獣に対抗するには精霊獣しかない。

 

 そんな共通項がありながらも、最も手強い筈の王は冠を持たず、直情的な王女が精霊獣を呼ぶことも無く王の影に隠れている。

 

「アナタ・・・父上は悪魔にタブラかされてなどいないではないですか!」

 

「王女、それはウソだ」

 

 勝ち誇った表情で、余裕たっぷりに笑う男。

 

「ナゼなら――王と貴方の命、両方がワタシのネラいなのだからっ!」

 

「あっそ」

 

「・・・は?」

 

 心底如何でも良さそうにそう言った美神の言葉に、ここが見せ場とばかりに決めていた男がちょっと精霊獣の背中から落ちそうになった。

 

 慌てて精霊獣に拾わせながら、しっかりとしがみ付きなおしてこほんと空咳。

 

 何度か咽の調子を確認するように唸った後、いかにもな笑みを浮かべて美神を見下ろした。

 

「か、空意地というヤツか?」

 

「いーえ。ただ、自分からネタばらしする悪役は、もう直ぐ終わるって言う常識、知らない?」

 

「・・・戯言を。良いか? 単純な王女をヒトジチにして、王とアラソわせ、その上で両方のイノチをトると言う私のサクセンに、アナは無い!」

 

 そう言って嘲笑を浮かべた男に、美神は鼻で笑って答えてやった。

 

 目の前の馬鹿は勝ち誇っているが、全く分かっていない。

 

 だから、それを教えてやる事にしよう。

 

「あのねぇ」

 

「ナンだ? 命乞いか?」

 

「名前も無い一発キャラが、レギュラー側に勝てる筈がないでしょーが!」

 

「ぬふぁっ?!」

 

 会心の一撃であった。

 

 美神の言葉は、男にとてつもないダメージを与えたようであった。

 

 擬音で言うなら、ドギャーン、と。

 

「そ、そんなメタなリユウは無しだろうっ?!」

 

「やかましいっ! こんだけ自分の負けフラグ立てといて、今更何ぬかすかっ!!」

 

「・・・あ、あのー、美神さん?」

 

「おキヌちゃん、見ておきなさい――あれが、負け犬の最後の見せ場よ」

 

 何処か哀れみの目で見てくる美神に対し、額に血管を幾つも浮かべた男がそれを堪えながら何とか嘲笑を浮かべなおす。

 

「ふ、ふはははははっ! だが、この状況で今更ナニを――」

 

「ダンピール・フラーッシュ!!」

 

「主よ、憐れみ給え!」

 

 男の言葉を遮ったのは、美神の言葉にあっさり時間を稼がれた為に駆けつける事の出来た2人のGS達の攻撃であった。

 

 それは美神しか目に入っていなかった男をあっさり直撃し、その勝ち誇った表情を爆発の向こうに追いやる。

 

 通路から飛び出して来た二人を横目に、美神は神通棍を構えなおす。

 

「・・・まだ精霊獣が消えてないわ。防げたみたいね」

 

 その言葉の正しさを示すように、爆発の向こうから少々焦げながらも己が足場にしていた精霊獣の腕に守られた男が姿を現す。

 

「――くっ! エングンか! ならば、王達だけでも・・・!」

 

 いませんでした。何度見ても、美神達4人しかいませんでした。

 

 長々と会話している間に、王様が王女を引き摺って非難済みである。

 

「・・・エ?」

 

「と、言う訳で――喰らいなさい!」

 

 呆気に取られた男に向かって降り注ぐ、破魔札と霊力砲。

 

 今度は前衛2体の精霊獣で防げた物の、目の前の3人を突破するのは難しいだろう。

 

 事前に集めた情報に寄れば、王が護衛として付けた2人の内1人は極東でも屈指の実力者であるし、女の繰り出す霊力も凄まじい物がある。

 

「な、ならばっ!」

 

「まだ何かやる気っ?! 大人しく――」

 

「この船ごとシズむが良い!」

 

 男が懐から小さな箱を取り出し、それについている赤いスイッチを押し込んだ。

 

 小さな機械音を立てたそれを精霊獣に握り潰させながら、男は3体の精霊獣を引き連れ素早く艦橋から離れていく。

 

「ふは、ふはははっ! 機械にドクされた者たちらしく、機械によってシねぇっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間はほんの少しだけ遡る。

 

「おー、やってるやってる」

 

「ねー、タダオー?」

 

「何だー?」

 

 甲板の上で、テロリスト達を縛り上げていた忠夫が手を休めて艦橋を見上げる。

 

 先程起きた男が精霊獣を引き連れて突っ込んでいったが、人狼の超感覚で聞こえた話の感じからすると完全に美神のペースだったので問題無いだろう、と思ったので、今は別の事をやっているのだ。

 

 なにせ、あーなった時の美神に勝てる奴なぞいないのだから。

 

 何時の間にか降りてきていたルシオラはと言えば、何処に置いていたのやら一抱えもある木箱の中を覗き込みながら、手に持った工具でかちゃかちゃと忠夫の傍らで作業していた。

 

「この爆弾、なんか受信したみたいだけど?」

 

「そーか爆弾が受信したかー」

 

 腰を伸ばして骨の鳴る音を聞いた後、休めていた手を再び動かしながら、一人縛り二人縛り3人縛――

 

「ばばばばば爆弾―っ!!」

 

「大丈夫よ。解体は終わってるから、別に爆発はしないわ。全く、こんな物をあんな場所に仕掛けるなんて、神経疑うわねー」

 

 慌てて駆け寄ってきた忠夫に軽く答えて、作業を続けるルシオラ。

 

 興味本位で見に行った機関室はテロリスト達に占拠されていたが、そこは幻覚を操る魔族。

 

 少し面倒な警備、位にしか思わず、あっさり侵入を果たして仕掛けられていた爆弾を発見。

 

 巨大な船を動かすに相応しい、重厚なリズムを奏でる機械の塊にうっとりとしていた所で無粋な物を見つけたので、ちょちょいと解体してみたのだ。

 

 最も、工具類を探すのに手間取って、その途中で忠夫を脱出させるのに失敗してみたりもしたが。

 

「これでよし、っと。どーも、あいつがこれの犯人っぽいわよね」

 

「そ、そりゃまぁ起きてるのあいつだけだしなぁ」

 

「おっけー。忠夫、これあいつの所までぶっ飛ばしちゃって」

 

「・・・ば、爆発しない?」

 

「しないしない」

 

 恐る恐る何度か叩いてみて、大丈夫そうだと不安に思いながらもそれを片手で持ち上げた忠夫は、こほんと一息ついてそれを軽く放り投げた。

 

 2M程真上に上がったそれが、頂点に達して落下を始めると同時。

 

 気合を入れなおした忠夫が、霊波刀を展開させた。

 

 そのままゆっくりと身体を捻る。

 

 だが、霊波刀では切る事は出来ても吹っ飛ばす事は難しい。

 

 だから。

 

「初公開! 霊波ハリセンー!」

 

 ぱっぱらぱっぱっぱー、と聞こえる筈も無い効果音が聞こえたような気がした。

 

 一瞬で薄く分かたれた霊波刀が扇状に広がり、再び重なり合って今度は縦に展開する。

 

 その姿は、まさに光り輝く――ハリセンであった。

 

「ふんぬりゃぁっ!!」

 

 霊波ハリセンは、薄い霊波刀を何枚も重ねたような物である。

 

 実際縦に振るえば大根なら短冊切りが出来上がるし、薄くなった為に切れ味も増しているから桂剥きだってちょちょいのチョイである。

 

 だが、それではハリセンの意味が無いではないか、と言わんばかりに全力で横に振るったそれの1枚目が木箱のど真ん中に命中する。

 

 そして、その反動で木箱が飛び出す前に、人狼の速度で振るわれた2枚目が1枚目に重なるようにして衝突する。

 

 続けて、3枚目、4枚目、5枚目・・・と、連続で前の物に衝突するたび、衝撃が蓄積され、倍化し、相乗されていく。

 

 故に、最終的には、まさに「吹き飛ばす」と言う、人狼の膂力だけでも十分じゃないのかと突っ込んではいけない速度で、木箱の形を崩す事無く吹っ飛ばす事を可能とするのだ。

 

 だからどーしたと言われればそれまでなのであるが。

 

 ともあれ、重なり合った衝突音は、まさに快音となって木箱を打ち出し、目標の目の前にそれを到達させる。

 

「えい」

 

 何とも良い笑顔でルシオラがスイッチを押し込んで、木箱からは閃光が漏れ出し、次の瞬間には巨大な華が船の上に咲いていた。

 

 忠夫には見えた。

 

 勝ち誇っていた男の顎が、確かにかこーんと外れたのが。

 

「・・・南無南無」

 

「う、ううう・・・」

 

 そして、その爆音で周囲の男達がゆっくりと起き上がり始める。

 

 満足げに華の在った場所を眺めているルシオラの横で、どー説明したものかと首を捻る忠夫。

 

 その眼前に、真っ黒焦げになって痙攣している何かが落下してきたが、指には精霊石の砕けた指輪が3つほど。

 

 冥福を祈って両手を合わせている忠夫の背中を、ルシオラがちょんちょんとつついた。

 

「ねぇ、何かタダオ睨まれてるんだけど?」

 

 振り向けば、怖い顔のお兄さんたちが、忠夫を物凄く不審そうな目で見ていたり。

 

 それもそのはず、バンダナで顔を隠しただけの変装だけに、髪型も体格も同じくらいの男が一人、しかも顔を隠していたバンダナを頭に巻いているのだ。

 

 疑うなと言う方が無理である。

 

「・・・ひ、人違いですよ?」

 

 腰を引かせながら後退る忠夫に、さらに疑惑の念が篭められた視線が突き刺さった。

 

 何人かは精霊獣を呼び出していたりもするし。

 

「・・・君、ちょっと良いかな?」

 

「るっ、ルシオラ、逃げるぞ!」

 

「はーい」

 

 忠夫の襟首を掴んで飛び上がったルシオラであるが、後方からの声はその行動で確信した事を伝えてきている。

 

「ニげたぞーっ!」

 

「王女誘拐犯だーっ! オえーっ!!」

 

「しかたなかったんやーっ!!」

 

「潰した方が早くないかしら?」

 

「これ以上話をややこしくするなーっ!!」

 

 10体近い精霊獣が追いかけてくる中で、忠夫とルシオラは逃走開始。

 

「こんなんばっかりかーっ!! 海なんて嫌いだーっ!」

 

「そう? 私は結構楽しかったけど」

 

 滝のように涙を流しながら、沈みつつある夕日を背景に飛んでいく二人。

 

 一人は吊り下げられているだけなので、締まらない事この上ない。

 

 くすくすと笑いながら、ルシオラは海に向かって吼えている忠夫に、速度を増しながら風に負けないように声を掛けた。

 

 

「――それじゃ、何処まで逃げようか?」

 


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