月に吼える   作:maisen

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第九話。

「…ここまで入りこんだっていうのに、歓迎のセレモニーもなし? 全く、ふざけてるんだか、余裕かましてるんだか…」

 

 前進を決定した美神たちが舟を浜辺に固定し、そのままブラドー島唯一の村の入り口まで、その歩を進める。

 

 だが、予想していた妨害どころか村民達の姿さえも見えず、ただ、ゴーストタウンが彼女らの目の前には広がるのみ。

 

「そんなばかなっ! 先生! みんなーっ! 誰か居ないのかぁーーっ!」

 

 ピートの声だけが、むなしく響き渡る。小さいながらも、百数十人は生活していたであろう村は、不気味な古城に見降ろされながら、今は只その抜け殻を其処に残すのみであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今は下の村には住民はおらん」

 

「ポーンを5-7へ。ふむ、というと?」

 

「…む、なかなか厭らしい手を。なに、半分は我が僕となり、残り半分はこの島の地下に広がる洞穴に避難しておるのだよ。…ナイトを5-7へ」

 

「何故そやつらを放っておく? ルークを6-9へ」

 

「いらぬ世話だ。領主として無理矢理に従えても構わんが…追い詰められた鼠に、この城を荒らされるのは癪に障る。それだけだ…ビショップを3-3へ」

 

「ふむ…ま、良かろう。慈悲深き王にの一時とはいえど臣下としては、尊重するに吝かではないわ。すると、あやつらがこの島の現状を知る手っ取り早い方法は、地下の住民達と合流する事な訳じゃな…」

 

 一瞬の思考の後、クイーンの駒が老人の指につままれ、堅固な筈の陣の僅かな隙間を切り裂き、王の喉元に剣を突き付けた。

 

「合流する前に、退路を絶ち、大戦力を投入して一気に勝負をつけるとするか、の」

 

「ふん、チェックメイト、か。よかろう。このブラドー、気にはいらぬが、貴様の指示に従ってやろうではないか」

 

 

 漆黒のマントを翻し、すでに日の落ちかけている空へ向かって窓から飛び出していく吸血鬼を見送りながら、

 

「…くっくっく。さぁ、小僧。今度は、どのような悪戯を仕掛けてくるのか。――失望させてくれるなよ?」

 

 嘯くカオスの前には、白いクイーンの後ろで、数手後に黒いキングをその槍で仕留める筈だった白いナイトの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すっかりと日も暮れて、丸い月が空にその表情をはっきりとさせ始めた頃。

 

「おーっほっほっほ!!このGS美神にかかれば、吸血鬼なんてちょちょいのちょいよ!!報酬アップのおまけ付!さっさとしばいて、大儲けよっ!!」

 

「ねぇ~んぴーとぉ?追加報酬はいいからさぁ~、私の事務所で働かない~?」

 

「いえっ! あ、あの、そのっ!」

 

「えーなー、えーな。美人のおねーさまに誘われるなんて……なんだかとってもチクショー!!」

 

「れいこちゃ~ん、これ~、とってもおいしいわよ~~?」

 

「あは、あはははは…」

 

 麓の村では、とりあえず一番堅固そうな建物に篭り、ピートから相手が吸血鬼であること、この島の住民が全て吸血鬼か半吸血鬼であること、そして、相手がピートの実の父親であることを聞き、交渉の末追加報酬をゲットしたGS陣による大宴会が始まっていた。

 

「な、何なんだこの人たちのこの余裕はっ!」

 

 周辺の空家から、日のあるうちに保存の利く食べ物と、上等そうな酒類あっという間に掻き集めて全てを持ち込み、壁や窓に板を打ち付け、玄関を全開にして簡易な「要塞兼罠」を作り上げた後、「何か」を見つけた美神たちはとりあえず鋭気を養うことにしたのである。

 

「これが日本に古くから伝わる由緒正しき『天ノ岩戸作戦』よっ!」という美神の一言から始まった宴会は、日が沈んでも全くその勢いを衰えさせることも無く続いていた。

 

「こんなんでだいじょーぶなんでしょーか?」

 

「ん~まぁ、大丈夫なんじゃね?ここが相手の手のひらの上って事は、攻めるも守るもアドバンテージはあっちのもん。あんまり気を使っても、疲れるだけだって」

 

 上質のウインナーをかじりながらの横島の台詞は、あんまり説得力が無かった。

 

「それに、よく見てみろって。あの人たちはああ見えてもプロだぜ? 酒なんて、景気付けの数口以上は舐めてもいねーよ」

 

 そういわれてピートがその視線を忠夫から騒ぎの中心へとやると、確かに――テーブルの上には、散々喰い散らかされたウインナーやらハムやらパンやらの残骸と――ホンの少しだけかさの減ったワインの入っているコップがいくつか。

 

「確かに…。横島さん、よく見てますねぇ」

 

「わははははっ!! 美人ぞろいだからな! 眼福眼福ってやつよ! ―――ちっ! あわよくば、と思っていたのに」

 

「何か言われましたか?」

 

「い、いや、なんも言ってねーぞ!うわはははっ!」

 

 何故か冷や汗をたらしながらの忠夫の台詞に、不思議そうな目でそんな彼を見るピート。居たたまれなくなったのか、

 

「ちょ、ちょと小便!」

 

「あ、横島さん!」

 

 そのまま、忠夫は小屋から飛び出していった。

 

「うーん!!今日はいい月だなー」

 

 降り注ぐ月光を浴びながら、気持ちよさげに背伸びをする。

 

「…里の皆、元気にしてっかなー」

 

 そのまま、ふと月を見上げるも、その下に僅かに何か大きな建物が引っかかってせっかくの月が台無しだ。残念だなー。そう思って、しばらく月を眺めていた忠夫は、その大きな建物から小さな、その本来のものと比べれば多少は劣るが人狼としての鋭い感覚を持って僅かな違和感を見つけ出した。

 

「…ん? なんだ、あれ」

 

 其処に意識を集中して、更に『よく見る』。

 

「んん~~~~」

 

 

 その大きな建物、古ぼけた城の尖塔には―――

 

「っ!!!」

 

 

 

 ―――満月をバックに、全長2メートルはあろうかという巨大なライフルを構え、こちらを狙う先日出会った鋼鉄の少女、『マリア』の姿があった。

 

 

 

「なんだかしらんが、確かにあれはマリア。…げ、ってことは、あの変な爺も居やがるのかっ!」

 

 が、彼の驚きも嫌そうな顔も当然ながら見えない機甲少女が、重さを感じさせない動作で巨銃を構えると、数呼吸の後にその銃口から閃光が見えた。

 

 反動も無いかのように微動だにしないその銃の先からは、朦々たる煙が上がり姿を隠す。

 

 直線距離にして約5キロ。その常識外れの超々距離から放たれた弾丸は、着弾の後で、長く響く銃声を聞かせながら、忠夫たちが乗ってきた舟を正面から左右に分断し、破砕する。

 

「げっ! しまった!!」

 

 そういって小屋に向かって駆け出す忠夫の背後には、その眼を真紅に光らせた村人達の姿。

 

「あんのクソ爺碌な事しねぇな!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…間接部・ロック・解除。火器管制・停止。望遠モード・停止。試作型・ロングレンジライフル・『ベヒーモス』・故障・再装填・不可。修理…不可――破棄。…通常モード・復帰します」

 

 古城の尖塔部、頂上にて、その役目を終えたライフルを投げ捨て、その反動を抑えるために固定していた関節部を開放しながら立ち上がるマリア。

 

「…ヨコシマ・さん」

 

 その人工知能に去来するのは、先ほど望遠で捕らえた青年の姿。

 

「…首尾は上々のようだの、マリア」

 

 いつのまにか、階段も無く、マリアでさえ登ってくる為にロケットブースターを使わねばならなかった筈のその背後には、ロングコートを夜風になびかせるカオスの姿がある。

 

 が、マリアがそれを不思議に思う事も無く、視線は遠くに向けたまま、彼女は製作者問いかける。

 

「ドクター・カオス。質問を・よろしいですか?」

 

「ほぅ?わしの行動に疑問をもつとは。ええぞ、聞いてみろ」

 

「なぜ・このようなことを?」

 

「決まっておる。おもしろそうだったから、じゃ」

 

「ノー。ドクター・カオス。その答えでは・納得・致しかねます」

 

「ふははっ!! さぁてな、それこそ、あの『傍観者』ならば、こういうじゃろうよ――真実は、自分で見つけてこそ、価値がある、とな」

 

 いつに無く饒舌な娘の問いに、愉快そうに、心底面白そうにそう答えるカオス。

 

「それとな、マリア。それは回路ではない。納得していないのは、お前の、『感情』じゃよ」

 

「その回答は・納得・しかねます」

 

「わーっはっはっはっはっは!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「むぅ。現代のGSとやら、なかなか侮れるものではない、か」

 

 GS陣営が要塞として固めたその小屋は、もはや、ただの木の壁に囲まれた小屋でなく、呪術師エミと、GS美神の結界術により、まさに鉄壁の要塞として機能していた。仕方なく狭い入り口から入ろうとする操られた村人達は、その狭さの為人数の多さを活用できず次々と各個撃破の憂き目を見るばかり。

 

「大分相手の勢いも落ちてきたわね、もう一頑張りよ、ピート! エミッ!」

 

「はいっ!」

 

「そんなこと、いちいち言われなくてもわかってるワケ!!」

 

 進入してきた相手に対し、ピートがその満月で絶好調の吸血鬼としての能力で撹乱し、美神ががっちりと浸透を防ぎ、エミが大技で一気に殲滅する。正に、軽装歩兵・重装歩兵・砲兵といった組み合わせである。

 

「眠れっ!!」

 

 ピートが一気に懐に飛び込み、吹き飛ばし、撹乱。

 

「喰らいなさいっ!!」

 

 開いた間隙を美神がさらに切り崩し、

 

「霊体! 撃滅っ! 波ぁぁぁぁぁっ!!」

 

 無防備に崩れた相手をエミがその広範囲技能で仕留め続ける。

 

 攻防戦は、相手の後方に無傷の王を残しながらもGS陣営の勝利で幕を閉じようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、やはり『夜の王』としての誇りは捨てきれんか。この期に及んで、最大戦力である自分自身を出し惜しみするとは」

 

 その様子を、遠く離れた建物の上から眺めるカオスとマリア。

 

「最初から、己が飛び込んでいけば、あの程度の結界など、ものの5分と持たずに破れたであろうに」

 

 どこか、物足りなさを感じさせる表情で、そう呟くカオス。

 

「残念じゃが…アヤツ程度ではここらへんが限界「ドクター・カオスっ!!」」

 

 いつに無く慌てた様子でマリアがカオスに声をかけ、そのマントを引いたその瞬間、その目前を影しか残らないほどの速度で物体が通り抜けた。

 

 生半な速度では無い証明のように、当たってもいないカオスの頬を纏った衝撃だけで僅かに切り裂いたその砲弾は、そのまま闇夜に消えていく。

 

「ちぃっ!! はずしたかっ!!!」

 

「え~~そんなぁ~~~」

 

「まずい、冥子君、私の後ろに下がりたまえ!」

 

 その声に慌てて聞こえた方を振り向けば、真後ろの木の枝の上に、いくつもの握りこぶし大の石を持って、投げつけたあとの格好で舌打ちをしている忠夫と、その木の根元で背後に冥子をかばっている唐巣神父の姿があった。

 

「ほぉぅ!! どうやってこの場所、いやこの儂のところまでたどり着いた?!」

 

 それまでに無く、つまらなさげな表情を、まるで「待ち侘びた物が届いた」といわんばかりの表情でそう尋ねるカオスに対して、迷惑そうに顔をしかめる忠夫。

 

「あほかっ!! あんたを追いかけたんじゃねぇ!! 俺の鼻は、一度見つけた美人のねーちゃんを自動で追尾するんだよっ!!」

 

 と、胸を張りながら大声でそう返す。

 

「動くんじゃねぇぞ! もし動いたら、この石を満月の半人狼が思いっきりあんたに投げつける!」

 

「…ほう。で?」

 

「わからんのかぁぁぁ! ものすッごく痛いにきまっとるやろがぁぁぁ!!」

 

「……先程のは痛いじゃすまない速度だったような気がするんだがね、横島君」

 

 種を明かせば、要塞作成の際、美神たちは地下へと続く扉を発見し、それが外へと続いていることを確認していたのだ。

 

 その通路を利用し、相手をおびき出した後、背後から大将を強襲するつもりだったのである。

 

 そして、作戦決行の最中。、地下を移動中の忠夫と冥子はとある人影を見つけたのである。

 

 何故この人選になったかというと、冥子がもし密閉空間で暴走した日にはまずGS陣営は全滅。そしてあまり戦力を割きすぎると大将を落とす前に要塞が落ちてしまう為、忠夫が護衛兼宥め役としてその貧乏くじを引かされたのである。無論冥子本人には言ってないし(命が惜しい)、忠夫は分かってても(別の意味で命が惜しいので)逆らえなかった。

 

 ちなみに、忠夫には「大将の近くで冥子に渡せ」と、本人にさえ中身を知らされずビックリ箱が渡されている。使用目的は、押して知るべし。

 

 その人影は、たまたまその戦いの音を聞きつけて偵察に出てきた唐巣神父であり、3人はそのまま鼻の効く「はずの」忠夫を先導としてここまでやってきたのである。

 

 ちなみに、幸いにも合流時に弟子の考えを察した師匠によって、ビックリ箱という名の最終兵器のカギは丁重に地下通路に投げ捨てられた。

 

 

「ふ~む」

 

「なんだよっ!!」

 

「小僧。お前、『ヨーロッパの魔王』を、ちと、舐めとりゃせんか?」

 

「不味いっ! 横島君、引きたまえ!!」

 

「えっ?」

 

 カオスの言葉にいち早く反応したのは経験豊富な唐巣神父であり、その判断は間違ってはいなかった。が、流石の忠夫も、急に足場の少ない樹上からでは急な回避は難しい。

 

 慌てて身を捻った忠夫をあざ笑うように、マリアの腕から飛び出した銃が、彼の立つ木の枝を一発も外す事無く性格に射抜いた。

 

「うそーん!!」

 

 落ちてなるものかと幹に飛びつこうとするも、其処にはロケットを噴かせて一瞬で飛び込み距離を詰めたマリアが、鉈を思わせる重厚さで足を振り回し、忠夫を蹴り飛ばす。

 

 

「目標の・排除を・確認。ドクター・カオス・お怪我は・ありませんか?」

 

「ふむ。火器管制に問題は無いようじゃの」

 

「イエス。ドクター・カオス」

 

 土煙を上げて地面に落ちた忠夫を見下ろしながら、カオスはニヤリと口元を曲げる。

 

「まだまだじゃのう、小童。相手の戦力はキチンと確認しておかんとな?」

 

「いたたたたっ!! ちっくしょー!」

 

「大丈夫かね!? 横島君!」

 

 頭を振り、木の葉を払いながら立ち上がる忠夫。かなりの勢いで地面に叩きつけられた筈であり、その前には鋼鉄の脚で蹴り飛ばされた彼であるが、マリアが若干手加減してくれた事と、持ち前のタフさで殆ど動きに支障は見られていない。

 

「全然平気っすけど、あんの爺い~~~!!」

 

 先ほどまでカオスが立っていた樹上を見上げるが、すでに其処にその姿は無く

 

「それでは、諸君!また会おう!わーっはっはっは!!」

 

「ソーリー。横島・さん」

 

 その声だけが、月夜に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのあとは、とりあえず作戦どおりに美神達のすぐ近くで高みの見物をやっていたブラドーに再度奇襲を仕掛け、最強の火力、十二神将と、彼らと完璧な連携を取りながら、13番目の神将のごとく襲い掛かる、八つ当たり気味の忠夫と、凄腕GSとしての能力を存分に振るいまくった唐巣神父の手によって、臣下(カオス)がとっくに逃げて支援が来ない事を知らない王様は余裕をぶっこいて見事に手痛いダメージを受けて、これで一気に流れが傾いた。

 

 全戦力を投入し、全くの無防備となっていたブラドーは、それでも吸血鬼らしく強大であり、己と相性の悪い十字教の神父と、他12匹+1人に対し善戦する。

 

 が、ブラドーの影響下に置かれていなかった村人達が唐巣神父の事前の指示によって美神達に合流し、ブラドー支配下の村人達を突破してきた本陣のGS達が合流。

 

 最終的には集団リンチのありさまとなり、流石に沈黙。そのまま息子のピートによって、その影響を取り除かれ、島には、平和が戻ったのであった。

 

 

「ありがとうございます! これも先生とみなさんのおかげです!!」

 

「いやいや、全ては神のおぼしめし、だよ」

 

「どーでもいいけど、ちゃ~んと、追加報酬の方、おねがいしますね、先生♪」

 

「…あいかわらず、君は師匠への尊敬って物が足りないのだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――とある深山幽谷の奥にて――

 

「ひっく、ひっく」

 

「あ~なんというか、元気を出すでござるよ?」

 

「ふぇ~~ん」

 

「ああああああ、泣くなでござる!!まるで拙者が悪いみたいではござらぬかぁぁっ!!」

 

「だって笑ったじゃない! あんた笑ってたじゃない! わたしのないすばでぃが~~」

 

「はぁ…そもそも、いくらないすばでぃとやらになっても、拙者の兄上は渡さんでござるよ」

 

「はぁ? あんたに許可もらう必要があると思ってんの?」

 

「やはり嘘泣きか。狐は狐でも、女狐でござったか」

 

「「………」」

 

どっとはらい。

 


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