月に吼える   作:maisen

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第一章
ぷろろーぐ。


「…ぁっ!ふぎゃぁああ!」

月が出ていた。

大きく丸い、綺麗な満月。

最も心地よい光りを落とす、強く輝く真円が。

 

「お生まれになりました。 元気な、男の子ですよ」

 

月の祝福ぞあれ、と思う。

 

「男子か…なんと大きな鳴き声か。末は立派な男となるな」

 

だが、そんな物が無くとも只幸せであってくれとも思う。

 

「さあ?でも…」

 

その微笑が、消えることの辛さを。失うことの悲しさを。生きる事の苦しみを。

 

「男の子だったらって、考えてた名前があるの」

 

月よ、神仏よ。叶うならば七難八苦を与え“たもう事無かれ”と願うのは、子を得た親の卑小な願いか。

 

「――…――ってつけたい。この子の名前」

 

己の人生の中で、それらこそが良き教師であり、同時に忘れられない疵である事を知っているからか。

 

「――か。悪くない」

 

例え、その願いが叶わぬとしても。いや、叶わぬと知っているからこそ。

 

「ふふっ」

 

そう願うことは。

 

「なにが可笑しい」

「久しぶりに見たわ。貴方の、そんな顔」

「む」

 

我が子に幸せをと願うことは、我儘だとは思わなかった。

 

「それで、どうしてこの名前を?」

 

ならば、これが最初で最後の息子への想い。

 

「ふふっ。…耳まで真っ赤よ」

「名前の意味は!」

「…はいはい」

 

これは、願いでなく、誓いでさえなく

 

「――よ。そんな子に育って欲しいな、って」

 

そうやって生きていけという、想い。

 

「…ふむ。いい言霊だ。ならば、息子よ」

 

神に頼るのではなく。悪魔に縋るのでもなく。只、己の力で

 

「お前は今宵今晩、今この時より――」

 

 

――その未来を掴み取れ。

 

 

「犬飼 忠夫と名乗るが良い!」

 

 

「ね?ね? うちの旦那、ああ見えて可愛いでしょ?」

「ええと、私に聞かれましても…」

「…顔が怖いから」

「外でよく聞く『ぎゃっぷもえ』と言うやつかい? 年寄りには理解しかねるのぉ」

「目つき悪いからなぁ!」

「あっ、赤ちゃん大丈夫ですよね?! 食べられたりしませんよねっ? ねっ?!」

 

月に見せつけるように、あるいは捧げもののように両の手で赤子を高々と掲げた男の尻尾が、それまでの勢いを忘れたように左右の運動を止め、ピン、と立てられた。

 ゆっくりと振りむいた男は、宝物を抱えるようにしっかりと赤子を抱えたまま、米神に血管の浮いた怒りの表情で大きく口を開け、

 

「きっ! …さまら静かにせんかっ」

 

声を急速に萎ませ、だが視線だけは睨みつけたまま器用に小声で怒鳴りつけた。

 

『…ぶフぉっ!』

 

一斉に吹き出した男衆と、ニヨニヨしながら蒲団から上半身を起こして赤子を受け取る一人の女性。

そしてそんな女性とその旦那を見て、なんとなく分かるけど、でもなんだか納得がいかない! という微妙な表情を浮かべて悩む女衆。

 

「―――――っ!」

 

男は苦虫を噛み潰して吐き出すに吐き出せず、のど奥で唸り声を上げながら、しかしゆっくりと赤子を妻の手に渡す。

対して男衆は、そんな食い殺さんばかりの視線を受けても、一応煩くしないようにと自重はしているのであろうが、畳に爪を立てたり必死な表情で口を押さえたりと様々で、笑いをこらえるのに一苦労どころでは足りない様であった。

 

「…暖かくして、ゆっくり休んでおけ。拙者、ちと用事が出来たからな」

「はいはい、いってらっしゃい」

 

賑々しい雰囲気の中でも、生誕の証明である泣き声に全精力でも使ったか、はたまたもともと図太いのか、ぐっすりと眠る赤子を抱え込んだ妻の頬を見た目によらず優しく一撫でした男は、怒気を発しながら振り向く。

 

「…ぬ?」

 

男衆は誰も居なかった。赤子を見に来た比較的若い女衆が腕を組んでいまだ悩んでいるのを横目に見ていた年嵩の女性が、呆れた様に開かれた襖の外、庭の先を指さす。

 

「やー! めでたいのうめでたいのう!」

「酒が呑める呑めるぞー! 酒が呑めるぞー!」

「酒蔵開けろぉ! 朝まで宴会だぁっ!」

「…酒が足りない。確か長老の所に良いのがあった」

『いよっしゃあっ!』

 

「静かにせんか馬鹿どもがぁっ!」

 

宴会に足りない酒と肴を取りに――盗りに? 駈け出した男たちを、真剣を抜いた夫が一人、ひときわ大声を放って怒気を撒き散らしながら追いかけていく。

 

「もう。…貴方は、どんな子に育つのかしら、ねぇ?」

 

そんな囁き声が、いつの間にか目を覚ましていた赤子に、小さな手と、小さな耳と、まだまだ細い尻尾を持った息子に優しくかけられて。

赤子は、言われた意味も分らず、しかしその両の瞳にまぁるいお月さまを映しながら、やがて空腹を訴えて火が着いたように大声で泣き出したのだった。

 

その後、さして大きくも無い里の某所では、自宅でそわそわと報せを待っていた老人と、追いついた剣鬼に挟み撃ちで一人残らず殲滅された馬鹿達がいたのだが、何事も無かったかのように朝まで宴会が繰り広げる様子が見られたそうな。

 

 

 それは昔々―――と言うほどでもない過去のお話。

 

 1匹の人狼と、1人の人間の女性の間に元気な男の子が生まれた、ただそれだけのお話。

 彼らがどのようにして出会ったか。人間嫌いの人狼をどうやって口説き落としたか。

 

 彼らには彼らの物語。誰にでも何かの物語。

 これから語る物語は、「犬飼 忠夫」の物語。

 

人間と人狼の間に生まれたこの少年は、これからどんな物語を紡ぎ上げるのか?

 いやはや、かのバチカンの地下に存在すると言う予知魔「ラプラス」でもない私には、全く予想もつきません。

 只一つ、私が言えるとすれば、そう、「彼に平穏は似合わない」 といったところでしょうか?

 

 はてさて、「此処の」彼はいったいどんなトラブルに巻き込まれてくれるのやら。

 期待してもよいのでしょうか…?

 

 

――え?私ですか。私など気になさってもしょうがないですよ。

 

 …おやおや、もうこんな時間だ、そろそろ今回はお別れのようで。 

 

―――それでは、良い夢を―――

 




当時の自分の心境とかが思い返されて何これ恥ずかしい。

これが黒歴史の力というものか。

余裕があるときにゆるゆると手直ししながら投稿予定。

誤字脱字を気付いただけ直す程度ですが。

気楽に読んで頂きますよう、何卒よろしくお願いいたします。

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