八幡の冷徹   作:T・A・P

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八幡の冷徹 【上】

 

 

 あの世には天国と地獄がある

 地獄は八大地獄と八寒地獄の二つに分かれ

 更に二百七十二の細かい部署に分かれている

 戦後の人口爆発

 悪霊の凶暴化

 あの世は前代未聞の混乱を極めていた

 この世でもあの世でも統治に欲しいのは冷静な後始末係である

 が

 そういう陰の傑物はただのカリスマなんかよりずっと少ないのだ

 

 

 

「ふい~鬼灯君、今日はもう終わりだよね」

「ええ、本日の裁判は終わりましたよ」

「じゃあ、鬼灯君飲みにいこうよ」

「いえ、遠慮しておきます」

「まったく、いつもそうだよね~鬼灯君は」

 閻魔大王はいつものように亡者を捌き終え、鬼灯様を飲みに誘っていたがいつもの通りすげなくされていた。

「ほら大王、ごちゃごちゃ言ってないで早く片付けてください」

 これまたいつものように鬼灯様に尻を叩かれながら閻魔大王は後片付けを始め、いつもならこうして終わっていたはずだった。

「まったく、大王ときたら……あなた、いつからそこにいたんですか?」

「鬼灯君、その言い方はひどいよ。まるでワシが居ないようじゃない……君、いつからいたの?」

 

 『この日、地獄は動いた』

 

 と、言うには少し大げさかもしれないが、ある一つの転機だっただろう。

「いや、さっきからずっと居たんですけど」

 気が付けば一人の目が腐った少年がそこに立ちすくんでいた。

 一つ言えるのは、死んでも治らない物がるという事だ。

 

 

 

 

「そうですか、何かの手違いでここへ来たと」

 顎を抱えリストをめくりながら確認を始めてブツブツ言い始めた。

「しかし、閻魔大王ってでかいんだな」

「いや~それほどでも」

 その少年は閻魔大王を眺めながら圧倒されていた。

「大王、褒めてません。ただ大王の体の大きさが珍しいだけです!」

「ちょ、鬼灯君素直に喜ばせてよ」

「ほう、ブタをおだてると木に昇るそうですが、大王をおだてると何をしてくれるんでしょうね」

 金棒を片手で持ち上げ今にも殴りかかろうと準備運動をしていた。

「鬼灯君!いつもいつも厳しいよ!」

「当たり前でしょう、大王にはしっかりしてもらわなくては」

「か、勘弁してーーー」

「あの、俺は?」

 このままでは再度忘れ去られてしまうと思った少年は怖々声をかけた。

「ああ、うっかりしていました。あなたの名前を聞かせてもらっても」

 金棒を下ろし、顔を少年に向けた。顔を向けた瞬間、少年がおびえていたのはまぁ言わずもがなだろう。

「ひ、ひきゅがや……比企谷八幡です」

 噛んだ、盛大に、噛んだ。

「はい、比企谷八幡さんですね。えっと、あなたは早々に現世逝きが決定してますね。ほんと、なんでここにいるんですか」

 鬱陶しそうに鋭い眼光が八幡を穿つ。

「し、しりゃないです」

 顔を逸らしおどおどと答える。

「まぁ、いいでしょう。今から連れていけばいい話ですから」

 と、ため息をつきリストの残りを読むと少しだけ思案顔になった。

「あれ、どうしたの鬼灯君」

「…………」

「あの、無視しないでもらえるかな」

「…………」

「ほ、鬼灯君?」

「…………」

「鬼灯く~ん、ねぇ……」

「大王うるさいですよ!」

 金棒が閻魔大王の顔に向かって飛び、クリティカル補正が入った。閻魔大王は椅子から転げ落ちた。

「さて、八幡さん。地獄で働く気はありませんか」

「……へ」

 

 

 

「あの、どういう」

「いえ、地獄は慢性的な人手不足でして、使える人材は何が何でも欲しいところなんですよ」

「い、いや、人間が……」

「地獄では意外と人間が働いているものですよ。閻魔大王も元は人間ですし」

「え、こんなでかい人間がいたのか」

 閻魔大王が元は人間と言う事じゃなく、でかい人間がいたと言う事に喰いついた。驚きどころが違うが、まぁ、あれほどでかい人間がいたと言うのも驚くところだろう。いや、ほんとに。

「なので、鬼だとか人間だとか関係ないのですよ。給料もちゃんと出ますし、会社としては現世と違いしっかりしていると思いますが」

「し、死んでも社畜は勘弁だ!」

「まぁ、あなたはすでに死んでいるんですが。しかし、現世に転生しても同じだと思いますよ」

「うぐ…………」

 目が揺らぎ、口が渇く。頭の中で必死に天秤にかけている。

「鬼灯君、いきなり投げないでよ」

 閻魔大魔王は復活した。

「それに鬼灯君、勧誘を無理やりするのは駄目じゃない」

「閻魔大王、黙っていてください。あなたがそんなのだから、ちっとも仕事が減らないんですよ。毎度毎度、私に仕事を押し付けて。一度死んでみますか」

「ちょ、鬼灯君怖いよ!」

 この二人のこれはいつもの事なのかと身震いし、八幡は一歩後ずさり逃げようとしていたが、

「それで八幡さん、どういたしますか」

 回りこまれてしまった。いや、回りこまれてはいないが感覚的に退路を断たれた感が物凄い。

「えっと、その、俺は現世へ……」

「家族や知り合いに会えますよ」

「働きます」

 頭の中は『小町』と『戸塚』の二文字がめぐっているだろう。

「で、いつ小町と戸塚に会えるんです」

「今すぐに、とは言えませんが働き次第ではすぐに会えますよ」

 やれやれ、と言わんばかりに肩を落とし片づけに戻りながら返事を返す。

「そうですね、とりあえずその服装をなんとかしなければなりませんね。私の片付けが終わるまで待っていてください」

「はい!」

「その間、大王と話しておくのも良いかもしれませんね。大王、軽く地獄の事を話してさしあげてください」

「分かったよ。えっと、八幡君これからよろしくね」

「はい、閻魔大王様よろしくお願いします」

 八幡はゾンビから獄卒へジョブチェンジした。

「ねぇ鬼灯君、この子いい子だよ」

「口を動かす前に手を動かしなさい!」

 二度目の金棒が飛んだ。

 

 

 

「さて、これに着替えてもらえますか」

 手にしているのは鬼灯様の来ている物とデザインが同じであったが、鬼灯様のが黒を基調としているのに対してこちらは赤を基調としていた。つまり色が逆になっているものだった。2Pカラーと言うやつだ。

「着付けはできますか?」

「一応は」

「そうですか。もし分からなければ外にいますので呼んでください。今着ている物は置いておいてかまいません」

「ありがとうございます」

 渡された着物を下に置き今着ている着物を全て脱ぎ、置いていた着物に着替え部屋の外にでた。

「ふむ、良く似合っていますよ。では、行きましょうか」

 こうして閻魔大王第一補佐官直属の第一補佐官補佐と言う役職が完成した。

 


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