やはり私の居場所はここである。   作:もす代表取締役社長

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材木座回カットしました。
材木座回は内容全く変わらなそうなので笑
話はカットされましたが、出来事としてはしっかり起こってますので、これから材木座がしれっと出てくることがあります。

今回内容がガラっと変わっております。
オリジナル展開に耐性がない読者様にはあまりオススメしません。
あまりにも酷い、読みづらい、求めてた感じと違うなどは感想でお願い致します。


彼女達の関係は少しずつ変わってゆく。

今日は体育だ。

体育は私が唯一苦手とする科目で、その要因は幾つかあるが、最も大きな理由は「疲れる」ことだ。

私は体力だけには自信がない。

疲れた頃に他の人の様子を見ても、やはり私の体力は周りの人間に比べて少ないようだ。

しかし技術などの点に於いては引けを取ることはなく、私のプレーで歓声が上がることもしばしばあった。

それでも疲労を感じる時は必ずくる。

そうなった時は教科担当の先生に許可をとり、授業の合間に休憩を挟むことが多い。

今日も例の様に休憩している。

 

「身体弱いアピールうざ」

「一人だけ休憩許されるとか贔屓じゃない」

「先生に媚び売ってるからでしょ」

 

このような声は毎回聞こえる。

他人のことを深く知りもしないのにも関わらず、罵詈雑言を吐く人間に多少の苛立ちを覚える。

しかし体力がないという欠点があるのもまた事実。

まったく我ながら情けない。

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

昼休み。

私は部室で昼食をとる。

あれから由比ヶ浜さんと一緒に昼食をとることが日課となっていた。

由比ヶ浜さんはいつも少しばかり遅れて部室に着く。

それまでの間、私は部室の窓を開け風を浴びる。

臨海部に位置するこの学校は昼時を境に風向きが変わる。

そしてそれがこの時間。

ちょうど部室に風が吹き込んでくる。

その風を感じ、由比ヶ浜さんを待つ時間が私は嫌いじゃない。

 

「お待たせー」

 

由比ヶ浜さんがニコニコしながら扉付近に立っていた。

そのまま私に近づいてきて隣に座る。

 

「ねえねえ、ゆきのん聞いてよ。さっきヒッキーも誘ったのに無視してどっか行っちゃってね────」

 

由比ヶ浜さんは弁当箱を広げながら話を始めた。

相変わらず騒がしい。

こちらが本を読んでいても、勉強をしていてもお構い無しに話かけてくる。

 

────まったく迷惑だわ。

 

「ねえゆきのん、ゆきのんてば。ねえゆきのん聞いてる?」

 

「ごめんなさい。何だったかしら?」

 

由比ヶ浜さんは頬を膨らませた。

 

「もー、だから、ヒッキーが罰ゲームでジュース買ってきてね、でも頼んだジュースと全然違くて、ほんと最悪だよね」

 

昼休みはだいたい終始由比ヶ浜さんの質問に答えるか、比企谷君の話を聞くかだ。

由比ヶ浜さんはとても楽しそうに比企谷君の話をする。

どうやら由比ヶ浜さんからの依頼は無事達成できたようだ。

由比ヶ浜さんは私の知らない比企谷君の姿を笑顔で話す。

 

私はこの時間が嫌いじゃない。

しかし、なぜだかこの時間は決まって胸が苦しくなる。

 

「でもなんだかんだ買ってきてくれるのね。比企谷君らしいじゃない。奴隷として虐げられるのが板についているわね」

 

「ほんと、微妙に優しいよねー、ヒッキーって」

 

由比ヶ浜さんはニコニコしながら私の顔を覗きこんできた。

私は由比ヶ浜さんから目を背けた。

 

「私はそんなこと言ってないのだけれど」

 

「ほんとに優しいんだよ。実は入学式のときも助けてもらってね」

 

入学式の日・・・

その日のことはあまり思い出したくない。

 

「どうしの、ゆきのん。具合でも悪いの?」

 

どうやら私は表情を曇らせていたらしい。

由比ヶ浜さんは他人の変化によく気づく。

彼女の前だというのに、失敗したわね。

 

「少し嫌なことを思い出しただけよ。気にしないで。それで、比企谷君には何を助けてもらったのかしら」

 

由比ヶ浜さんはすぐに心配そうな顔から明るい顔に変わり話を続ける。

 

「えっとね、入学式の日の朝なんだけど、サブレの散歩してたらサブレが逃げちゃってね。すぐ追いかけたんだけど、サブレ車道出ちゃってさあ。サブレ轢かれちゃうって思って、もうすごい頑張って捕まえたんだけど、私が車に轢かれそうになっちゃったの。そしたらヒッキーが私のこと突き飛ばしてくれて轢かれずにすんだんだあ。まあその時はびっくりして気絶しちゃったんだけどね。えへへ」

 

私は混乱していた。

違う。きっと私の勘違いだ。そんな偶然あるはずがない。でもこれって・・・なら比企谷君が、いや由比ヶ浜さんが私の・・・

視界が歪み、突然教室が傾いた。

同時に身体全体に強い衝撃を感じる。

そのまま私の視界は真っ暗になった。

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

「──のん!ゆきのん!」

 

気がつくと私は保健室のベッドに横たわっていた。

身体を起こすと突然由比ヶ浜さんが泣きじゃくりながら私に抱きついてきた。

 

「よかった。よかったよお」

 

「なぜあなたが泣くのよ」

 

「だって、いきなり倒れるから。心配で、ゆきのん全然起きないし」

 

暖かい。

彼女の体温が私に伝わる。

ずっと泣いていたのね。

私はこの太陽のような暖かさに、この心地良さに暫く身を委ねた。

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

「ここまでの経緯、聞いてもいいかしら」

 

事の顛末を由比ヶ浜さんに聞いた。

どうやら私は部室で倒れたらしい。

焦った由比ヶ浜さんはなぜか先生ではなく、比企谷君を呼び比企谷君が保健室まで私を運んだ。

先生曰く「ただの貧血」。

由比ヶ浜さんは授業にも参加せず、ずっと横にいたらしい。

今は放課後。

約3時間眠っていたということになる。

 

「あなたは大袈裟なのよ」

 

由比ヶ浜さんに微笑みかける。

この笑顔は自然だろうか────

 

「もー、笑わないでよお。それに私だけじゃないよ。ねえヒッキーっ」

 

由比ヶ浜さんはカーテンの向こうに声をかけた。

 

「言うなよ。恥ずかしいだろ」

 

カーテンの向こうから低い声が返ってくる。

その瞬間、少し胸が暖かくなった。

彼が私を心配してくれるなんて思ってもいなかった。

しかし同時に疑念と嫌悪で紡がれた縄が私の心を締め付る。

私はできるだけ感情を面に出さないように、いつも通り皮肉めいた素っ気無い態度をとる。

この感情を悟られないように。

2つの不自然に入り混じった、今にも崩れそうな歪な感情を────

 

「あら、いたのね比企谷君。意外だわ。あなたも他人を心配できるのね」

 

「いや俺も人並みには優しさあるからね。あと俺は心配だから残ってたんじゃなくてだな、依頼人がいるかもしれないだろ」

 

そう言いながら比企谷君は保健室から出て行った。

彼は今、どんな顔をしたのだろうか。

そして今私はどんな顔をしているのだろうか。

 

「ちょっとヒッキー、どこいくの」

 

由比ヶ浜さんはカーテンを開けた。

そこにはやはり比企谷君の姿はなく、変わりに2本の飲み物が机の上に置いてあった。

 

「えへへ、やっぱりヒッキー優しいね」

 

由比ヶ浜さんがこちらに微笑みかける。

 

「だから、私はそんなこと言ってないのだけれど」

 

由比ヶ浜さんは飲み物をとり元の場所に座り直した。

その時には彼女の顔から笑みは消えていた。

いつもの笑顔はなく、翳りを帯びた、そんな表情だった。

 

「ゆきのん、ひとつ聞いてもいいかな?」

 

突然の由比ヶ浜さんの言葉に少し動揺した。

嫌な予感がした。

 

「いいけど、何かしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────ゆきのんってさ、もしかしてあの事故に関係してたりするのかな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉は無機質に私の頭の中に谺響した。

思考が一斉に動きを止める。

同時にあの光景がフラッシュバックする。

 

蹲り痙攣する少年。

割れたフロントガラス。

朦朧とする意識。

そして・・・

 

 

 

「ゆきのん!ゆきのん!」

 

由比ヶ浜さんに体を揺すられ、我にかえる。

由比ヶ浜さんは心配そうな顔でまっすぐと私を見つめる。

 

「大丈夫よ。心配いらないわ」

 

私は由比ヶ浜さんに微笑みかけ、窓の外に目を移す。

窓からはオレンジ色の夕焼けが顔を覗かせていた。

 

そうだった。

彼女はいつも周りを気にして、周りに合わせて、そうやって自分を確立してきたのだった。

そんな彼女だから気づいたのだ。

私の歪な感情に。

 

「あなたは変わったのね」

 

「えっ・・・」

 

由比ヶ浜さんの表情が暗くなる。

 

「変わったというのは良い意味よ。強くなったのね。前のあなたなら聞けなかったでしょう。他人の深い所まで踏み込む勇気がある、そんな強い人間になった。正確にはなろうとしてる、かしらね」

 

私はベッドから降り、立ち上がった。

 

「きっと彼のせいで」

 

私は由比ヶ浜さんには届かない小さな声で、そう呟いた。

 

ガラッ

 

「おい、鞄持ってきたぞ。あと明日依頼人来るから今日はもう帰っていいぞ」

 

保健室の扉の前には3つ鞄を持った汗だくの比企谷君が立っていた。

 

「何で汗だくなのかしら?部活をサボって遊んでいたのなら問題なのだけれど」

 

「いや一応部活だから。依頼人がテニス部なんだよ。依頼内容は明日でいいだろ」

 

「それじゃあお言葉に甘えて今日は帰りましょうか。行きましょう、由比ヶ浜さん」

 

由比ヶ浜さんは浮かない顔だったが、すっと笑顔に戻った。

 

「うん!帰ろゆーきのん!」

 

そう言って抱きついてくる。

やはりこの少女は暖かい。

 

「ごめんなさい」

 

「ううん、大丈夫」

 

私達は短く言葉を交わした。

互いに届く言葉を。

 

 


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