やはり私の居場所はここである。   作:もす代表取締役社長

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彼女は変わり始める。

今日は雨だ。

いつもなら教室で昼食をとっている時間に、私は部室に向かっていた。

雨だから、とかそんなことは関係ない。

ただ今日は由比ヶ浜さんに誘われ、一緒に昼食をとることになっていた。

 

通り過ぎる教室からは楽しそうに話す人たちの声が聞こえる。

由比ヶ浜さんの性格から考えると、一度話の輪の中に入ってしまうと簡単には抜け出せないだろう。

少々面倒だけれど迎えに行くことにしましょうか。

 

2年F組の前に着いた。

予想に反して由比ヶ浜さんは抜け出そうとはしている様だった。

 

「今日31でダブル安いんだよねー」

 

「いや、今日は部活だし無理かな」

 

教室の後ろで大声で喋っている人達の中に彼女はいた。

おそらく、このクラスの中心人物達の集まりなのだろう。

その中でも二人、特に目立っていた。

一人は男子。

校内でもちょっとした有名人の葉山隼人。

総武校の生徒なら一度は耳にしたことがあるであろう名前だ。

もう一人は女子。

派手な格好と頭の悪そうな喋り方が特徴的な人物。

 

「あーし、チョコとショコラのダブル食べたい」

 

「それどっちもチョコだよ」

 

由比ヶ浜さんはソワソワしているものの、一向に話を切り出せない。

彼女の性格を考えると想定内の範囲だが。

 

「悪いけど、俺はパス。それに優美子もあんまり食い過ぎると後悔するぞ」

 

「あーし、いくら食べても太らないし」

 

葉山隼人のグループの奥、つまり教室の端の席に比企谷君の姿が見えた。

教室でも雰囲気は変わらず、周りには人がいなかった。

彼にとっては、あの方が気が楽なのだろう。

 

何気なく比企谷君のことを確認してしまった自分に、僅かに嫌気がさす。

私は彼の何を気にすることがあるのだろう。

 

そのとき彼がこちらを仰ぐかのように目を移した。

私は咄嗟に目を離した。

この瞬間、彼と由比ヶ浜さんの目が一瞬合ったように見えた。

由比ヶ浜さんは口をきつく締め、軽く拳を握った。

 

「優美子、あたし昼休みちょっと行くとこあるから・・・」

 

「あ、そーなん?じゃさ、ついでにアレ買ってきてよ、レモンティー」

 

彼女は少し困った表情をした。

つい先程の決意に満ちた表情は何だったのだろう。

 

「えーと・・・あたし戻ってくるの五限になるっていうか、お昼まるまるいないから、それはちょっとどうだろーみたいな」

 

優美子と呼ばれる人物の声色が威圧的になる。

まるで自分の思い通りにならないことに腹を立てているようだ。

 

「は?え、ちょ何それ?最近ちょっと付き合い悪くない?」

 

慌てて由比ヶ浜さんが言葉を補おうとする。

 

「それはなんというか、やむにやまれぬというか・・・私事で恐縮ですというか・・・」

 

「それじゃあ分かんないからちゃんと言ってくんない?あーしら友達じゃん」

 

「ごめん・・・」

 

由比ヶ浜さんの声がだんだんと小さくなり、それによって相手の女子生徒が更にイライラしている。

負のスパイラルだ。

 

「ごめんじゃなくて!何か言いたい事あんでしょ?」

 

全く見てられない。

由比ヶ浜さんもはっきり言えばいいと思うのだけれど。

それにこれ以上待たされるのも少し癪だ。

 

「由比ヶ浜さ「謝る相手が違うぞ由比ヶ浜」

 

私が由比ヶ浜さんに声をかけようとした時、同時に教室中に酷く落ち着いた声が響いた。

決して大きくはないが、妙に存在感がある低い声だった。

 

「人が飯食ってる前でモメることないんじゃないの。人間、モノを食べてる時はね、邪魔されず自由で、そして静かな安らぎに包まれる必要があるんだよ」

 

声の主は本に目を落とし、パンをかじりながら言い放った。

 

「迷惑なんだよ、三浦」

 

そう言って比企谷君は本のページをめくった。

 

「はー!?部外者は黙っててほしいんだけど。てか元はと言えばユイが」

 

「そうじゃないだろ」

 

そう言って比企谷君は本を閉じ立ち上がった。

 

「由比ヶ浜は自分の意思を伝えようとしていた。それにお前の申し出を丁重に断ったはずだ。それなのにお前が威圧的な態度で、しかも由比ヶ浜が伝えようとしていることに耳もかさなかったんだろ」

 

三浦さんは机を両手で叩き、立ち上がった。

 

「あーしらの話まだ終わってないし!それをあんたにどうこう言われたくないんだけど!」

 

比企谷君はフッっと鼻で笑った。

 

「話?お前あれが会話のつもりか?悪いな、俺は友達いないから会話がどういうものかを知らなかったよ。あくまで俺が知っている範囲の会話ではなかったってだけだ。悪かったな。お前の言うところの会話を妨げちまってよ」

 

「はっ!何言ってんの?意味わかんないし」

 

教室からどんどん人がいなくなっていく。

当然のことだろう。

どう考えても、普通の感性を持った人達が教室内にいられる雰囲気ではない。

 

「それに由比ヶ浜、謝る相手が違うぞ。お前らのモメ事で気分を悪くした俺に謝るべきだろ。お前が雪ノ下との約束に遅れるのは知ったこっちゃないけど、俺に迷惑はかけないでくれ」

 

由比ヶ浜さんが俯く。

 

「ごめん、ヒッキー・・・でも何でゆきのんと約束って知ってるの?」

 

比企谷君が黙ってこっちに目を向ける。

それに釣られ、由比ヶ浜さんもこちらを見た。

どうやら彼女はやっと私を認識したようだった。

 

「あっ!ごめんゆきのん。ちょっと色々あって」

 

そう言いながら彼女がこちらに近づいてくる。

 

「災難だったわね。比企谷君に絡まれてたのでしょう」

 

「いや、お前見てただろ。たしかに結果俺が絡んだけど、元凶は俺じゃないよね」

 

「ちょっと!何なのあんたら!あーしが悪いって言いたいわけ?」

 

三浦さんが比企谷君を睨みつける。

それに対して彼は無表情で三浦さんを見つめる。

 

「まあ まあ まあ」

 

葉山君が間に割って入った。

緊張状態の渦中にはいると思えないほどの、爽やかな笑顔で。

貼り付けたような笑顔で。

 

「二人共それくらいで」

 

しかし三浦さんは比企谷君を睨み続ける。

彼は溜め息をつきながら視線を外した。

 

「優美子、それくらいにしようよ」

 

三浦さんはついに顔を背けた。

それと同時に比企谷君は教室をあとにする。

彼が由比ヶ浜さんの横を通り過ぎる時、微かに彼女の口が動いたように見えた。

 

「先に行くわね」

 

私は由比ヶ浜さんにそう告げ、教室を出た。

教室を出ると、廊下に彼が立っていた。

 

「気になるのかしら?」

 

「お前もだろ」

 

私は彼の隣に立ち、壁に体重を預ける。

 

「・・・ごめんね」

 

教室内から由比ヶ浜さんの声が聞こえる。

 

「あたしさ、人に合わせないと不安ってゆーか、つい空気読んじゃうってゆーか・・・イライラさせたことあったかも。やーもう昔からそうなんだよね。おままごとで本当はママ役やりたいのに、他の子がやりたいからってポチ役やってたり・・・」

 

「何言いたいか全然分かんないんだけど」

 

「だよね。あたしもよく分かんないんだけどさ・・・でもヒッキーとかゆきのん見てて思ったんだ。本音言い合って、お互い空気読んで無理に合わせてないのに楽しそうで。なんか・・・合ってて・・・」

 

一瞬彼に目を移す。

彼は窓の外を見ていた。

 

「・・・なんか私、今まで必死になって人に合わせてたの間違ってるかなって。だってヒッキーとかマジヒッキーじゃん。休み時間とか寝たふりしたり、本読んで笑ってたりキモイし」

 

彼が苦笑いをしている。

その様子を見て私も思わず口元が緩んでしまう。

 

「あの・・・そういうわけで・・・別に優美子のことが嫌だってわけじゃないから・・・これからも仲良くできるかな?」

 

教室内が静かになった。

数秒の沈黙が教室内の重たい空気を一層濃くする。

 

「・・・ふーん、あっそ。まあいいんじゃない」

 

安心した。

由比ヶ浜さんは自分の気持ちをしっかりと伝えることができ、三浦さんは不機嫌ながらもそれを認めた。

三浦さんの敵意、それを比企谷君は自分に向けさせ、由比ヶ浜さんが責められるのを止めた。

それが由比ヶ浜さんと三浦さんの仲を取り持った訳では無いだろうが、結果的に彼は由比ヶ浜さんを救った。

 

比企谷君は何も言わずに私の前を通り過ぎていった。

 

「貴方、意外と優しいのね」

 

「そんなんじゃねえよ」

 

私はその後ろ姿を見つめ、小さく微笑んだ。

 

 


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