やはり私の居場所はここである。   作:もす代表取締役社長

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早めの更新頑張りました。

今更ですが筆者はアニメで俺がいるを見た人間なので、原作派の方は読み辛い点があるかもしれません。
その点はご了承ください。


その教室には、また席が一つ増える。

「あたし、ヒッキーと仲良くなりたいの!」

 

私は呆気にとられていた。

まさか彼と仲良くなりたいなんて女子がいただなんて。

 

「一応言っておくけど、彼がいつも独りで可哀想だ、などと考えて哀れんでいるのなら止めておきなさい。おそらく彼はその優しさを受け入れはしないわ」

 

すると由比ヶ浜さんは慌てたように答えた。

 

「いやいや!そんなんじゃないよ。純粋に仲良くなりたいだけだよ」

 

嘘を吐いてるようには見えない。

この少女はなぜ彼と友達になりたいのだろうか。

明るい髪、着崩した制服、これまでの言動。

これらの点を踏まえると、彼女はコミュニケーションが得意で、友達も多いはずだ。

しかし、それを聞くのは野暮というものだろう。

私はそんな一抹の疑問を胸で押し殺し、依頼内容について確認した。

 

「そう。それで、仲良くするために何か策はあるのかしら?」

 

「それが無いから相談にきたんだよぉ。そしたらここにヒッキーいるし。ホントにビックリだよ」

 

「良いチャンスじゃないかしら?彼が戻ってきたら、話しかけてみたら良いと思うわ。由比ヶ浜さんはそういう親しみ方が得意でしょう?」

 

「無理無理!恥ずかしくてできないし!そもそも話題が見つからないよぉ」

 

由比ヶ浜さんは顔を赤くしながら、胸の前でブンブン両手を振った。

私は思考した。

彼女の依頼を遂行する最良の手段を。

私は依頼人に完全に任されるつもりはない。

それでは人間は成長しないからだ。

飢えた人間に魚を与えるのではなく、魚の捕り方を教えるのだ。

私が彼女に提供するのは、飽く迄もきっかけ。

結果は彼女次第だ。

 

 

「それじゃあ、こういうのはどうかしら」

 

 

 

 

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ガラッ

「パシっといて教室戻ったらいないって酷くない?って何その格好?」

 

「エプロンを着けただけよ。見て分からないのかしら」

 

比企谷君は私達からの置き手紙『家庭科室に移動』というのを読だのだろう。

彼が本当に来るかは、正直のところ分からなかったが、どうやらそこまで堕ちた人間ではないようだ。

 

「由比ヶ浜さんからの依頼は、プレゼント用のクッキー作りの手伝い。貴方も早くエプロンを着けなさい、比企谷君。」

 

「え?俺もやるの?」

 

「エプロンを着けなさいと言ったのよ。それは貴方もやると言っているのと同義だと思うのだけれど」

 

「まあそうですよね・・・ 」

 

そう言いながら比企谷君は渋々といった表情で、準備を始めた。

 

 

「それでは、クッキー作り始めましょう」

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

「で、これは何かしら?由比ヶ浜さん」

 

「えへへ、焼きすぎちゃったー」

 

全く理解できない。

由比ヶ浜さんにどれだけ丁寧に教えても、クッキーは完成しないのだ。

 

「これ本当にクッキーかよ。木炭みたいになってるぞ」

 

「比企谷君、味見してくれるかしら?」

 

「お前、サラッと俺に毒見押し付けんな」

 

「どこが毒見だしっ!」

 

由比ヶ浜さんは自分で作ったクッキーを一つ手に取り、口元まで運んだ。

しかし、それを口に入れることはできない。

 

「・・・・やっぱり毒かな?これ・・・」

 

「・・・・」

 

「・・・・」

 

 

 

「さて、どうすれば良くなるか考えましょう」

 

「ズバリ由比ヶ浜が二度と料理しない」

 

「それで解決しちゃうんだ!?」

 

実際にはクッキーが美味しくならなくても、本来の依頼には全く問題はないのだけれど・・・・

 

「よーし!次こそは雪ノ下さんみたいなクッキー作るぞー」

 

この様子はクッキー作りに熱中しているようだ。

 

「由比ヶ浜さん。本来はクッキー作りは上達しなくても問題ないのよ」

 

私は由比ヶ浜さんの耳元で呟いた。

 

「えー、でもここまでやったらさ、やっぱりやりたいよ」

 

全く何を考えているのか分からない。

自分で持ち込んだ依頼の内容を見失っているようだ。

しかし、依頼人である彼女のことを粗末に扱う訳にもいかない。

私は深くため息をついた。

 

「そう。ならもう一度お手本に作ってみせるから、その通りにやってみて」

 

「うん!」

 

 

 

そして完成した物が木炭。

どうすれば伝わるのかしら。

 

「やっぱり才能ないのかな、あたし」

 

由比ヶ浜さんがボソっと呟いた。

彼女の言葉を耳に入れたとき、私は頭が熱くなっていた。

 

「由比ヶ浜さん、貴女才能がないと言ったわね」

 

「え?あ、うん・・・」

 

「その認識を改めなさい。最低限の努力もしない人間に才能を羨む資格はないわ」

 

由比ヶ浜さんは無理に笑顔を作った。

 

「でも、こういうの最近みんなやんないって言うしさ・・・」

 

私は気づけば由比ヶ浜さんを睨んでいた。

 

「その周囲に自分を合わせようとするの、やめてくれないかしら。ひどく不快だわ。周囲に合わせて自己を偽り、騙し騙し生きる。自分の不器用さ、無様さ、愚かしさの遠因を他人に求める。そんなこと恥ずかしいと思わないのかしら?」

 

私は彼女を批判した。

私の価値観で呵責した。

それは正しいことだと信じて疑わない。

しかし私の酷く道徳的な信念は現社会では、酷く醜い意見なのだろう。

 

「貴女個人の問題は貴女個人の努力で解決する場合が多い。その努力をも放棄した人間に才能がなんだのと論じる資格はないわ。それの責任を外部に求めることはさらに愚かだわ」

 

「雪ノ下、そのくらいにしとけよ。他人には他人の生き方があるんだ。お前の価値感を押し付けるのも違うだろ」

 

由比ヶ浜さんは下を向いて、少し震えていた。

少しの間、家庭科室には時計が時を刻む音がこだました。

 

 

「・・・かっこいい」

 

その言葉はあろうことか由比ヶ浜さんの口から漏れていた。

 

「建前とか全然言わないんだ。なんというか、かっこいいよ」

 

「な、何を言っているのかしら?」

 

「言葉は酷かったし、ぶっちゃけ軽く引いたけど、でも本音って感じ。あたし人に合わせてばっかりだから、こういうの初めてで。次はちゃんとがんばる!だからもう一回お願いします!」

 

こんな人初めてだ。

他人の意見を聞いて、正面から向き合ってくる人間は案外少ない。

それが正論だとしても。

彼女は私の言葉を聞き入れ、自分を見つめ、あまつさえ私を讃えたのだ。

 

「正しいやり方、もう一回教えてやれよ。由比ヶ浜もこう言ってるし」

 

ここは教えるべきなのだろう。

でもそれは本来の依頼がなければの話。

ここらが良いところだ。

後は彼と彼女に委ねることにしよう。

 

「ごめんなさい。私、体力だけは自信がないの。料理だけでも少し疲れたわ。ちょっとの間、休ませてもらえるかしら?」

 

「うん!全然待つよ!」

 

「待つ必要はないわ。比企谷君、選手交代よ」

 

比企谷君は驚いた顔をして、手を横に振る。

 

「無理無理、人に教えるとかできないから」

 

「あら、その言い方だとクッキーは作れるのよね?ならやり方を見せるだけでも良いわ。お願いするわね」

 

彼はため息を吐いた。

 

「分かったよ。その代わり、次の毒見はお前だからな」

 

 

 

そして私は少し離れたところで二人の様子を見ていた。

 

「バカ!そこ違うって。醤油とか使わないから」

 

「バカって言うなし!別に醤油使おうとしてないし!」

 

「じゃあ何で手に持ってるんですか」

 

二人の姿を見ていると、少し微笑ましく見える。

罵声が飛び交っているのだけれど、何だか羨ましい。

私もあんな風に・・・・

 

「てか、何でうまいクッキー作ろうとしてんの?」

 

「は?どういう意味?」

 

「男ってのはな女子に毎日声かけられるだけで勘違いもするし、最悪好きになっちゃったりもするんだよ」

 

「ますます分かんないよ。クッキーと何の関係があるの?」

 

「つまりだな。男ってのは残念なくらい単純なんだよ。手作りクッキーってだけで喜ぶくらいな。だからうまくないクッキーでも・・・」

 

「おいしくない?うっさいよ!」

 

「まぁなんだ、由比ヶ浜が頑張ったんだって姿勢が伝われば、男心も揺れるんじゃねえの」

 

「ヒッキーも揺れるの?」

 

「あー、もう超揺れるね。ていうかヒッキーってやめろ」

 

私はボーッとこの会話を眺めていた。

もう大分慣れたみたいね・・・

 

 

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「それじゃあ、こういうのはどうかしら」

 

由比ヶ浜さんが目を輝かせて耳を傾ける。

 

「貴女からの依頼はクッキー作りの手伝い、と彼には伝えましょう。最初は三人で作っていくわ。でも様子を見て私は途中で離脱。三人の時に比企谷君に貴女が馴染めば、私が離脱した後、自然と会話もでき、仲良くなるきっかけになるんじゃないかしら?」

 

「一緒に作業する中で親しむってことだよね?」

 

「端的に言えばそういうことよ。まあ、結局は貴女の頑張り次第にはなるけれど、やる価値はあると思うのだけれど」

 

由比ヶ浜さんは両手を力強く握りしめた。

 

「うん!自信ないけど頑張るよ!」

 

 

 

 

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「やればできるじゃない」

 

比企谷君を騙してしまう形にはなったけど、依頼内容も考慮すれば仕方のない事だろう。

 

比企谷君と由比ヶ浜さんは楽しそうにクッキー作りをしている。

由比ヶ浜さんが比企谷君にちょっかいをかけ、比企谷君が困ったような顔をしながらも、それに付き合っている。

この様子だと、これで初めての依頼は達成かしらね。

しかし、これは何だろうか。

胸の辺りが重く苦しい。

少し外の空気でも吸おうかしら。

 

私は家庭科室の窓を開け、大きく深呼吸をした。

しかし、胸の苦しみが消えることはなかった・・・

 

 

 

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────一週間後

 

私は今日も部室で本を読んでいる。

横には比企谷君。

彼もまた本を読んでいる。

 

「あれから、教室で由比ヶ浜さんとは関わっているの?」

 

「ああ、一日に何回かは声かけられるな」

 

ガラガラッ

「やっはろー」

 

そこには由比ヶ浜さんが笑顔で立っていた。

 

「これ、この前のお礼。はい、ゆきのん」

 

そう言って由比ヶ浜さんは私にクッキーを渡した。

それはいびつで焦げてて美味しくはなさそうだったが、頑張った姿勢が充分伝わってきた。

 

「頑張ったのね。受け取っておくわ。でも『ゆきのん』って呼ぶのはやめてもらえるかしら?」

 

「えへへー、いいじゃんいいじゃん。あとこれ、ヒッキーにも」

 

「いやー、俺、最近食欲ないから・・・」

 

「貴方、さっき菓子パン食べてなかったかしら?」

 

「ヒッキー食欲あるじゃん!」

 

「分かった分かった。貰っとくよ」

 

「あ、あとー」

 

すると由比ヶ浜さん一枚の紙を比企谷君の前に出した。

 

「あたし、由比ヶ浜結衣は奉仕部に入部します!」

 

それは入部届だった。

 

「ヒッキーこれからよろしくねー」

 

比企谷君が助けを求める目でこちらを見てきたけど、私は何もしない。

助けるわけないじゃない。

 

 

由比ヶ浜さんは、あなたの友達なのだから。

 

 

部員が一人増えた。

それは比企谷君の友達と言える存在だ。

 

最初の依頼も終わり、平塚先生の依頼の進捗も悪くない。

彼女の参加は彼にとっても僥倖だろう。

 

しかし私は何とも形容し難い、煩雑な気持ちだった。

この気持ちの正体は、何なのだろうか。

私は全貌が見えない感情に厭わしさを感じながら、彼らの様子を眺めていた。

 

 

 

 

 




早めに更新したはいいものの、次の更新がいつになるかは分かりません。
できるだけ早く更新いたしますので、これからもよろしくお願いします。

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