食戟のソーマ―愚才の料理人―   作:fukayu

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嵐の前触れ

「クソ、眠ィ」

 

 睡眠を殆ど取っていない寝ぼけ眼で新しい服に袖を通す。

 結局あの後、線香花火対決の最中えりなちゃんが調理中にも見たことがないほどの謎の集中力でゾーンに突入し、互いに一歩も譲らず対決は朝方近くまで続いた。

 使用できる花火がないことに気づいた時には秘書子ちゃんと創真くんはその場で眠ってしまっており、仕方なく今回の対戦はドローにする他無くなってしまった。

 

「流石、現十席。まさか花火対決で俺に並ぶとはな」

 

 次はけん玉か金魚すくいか。

 在学中に取った資格はまだまだあり、適当に料理に必要な事とでも言えば今回引き分けたこともあり、あの負けず嫌いの少女は簡単に乗ってくるだろう。最近現八席の久我くん対策に公式ジャッジの資格を取ろうとしているカードゲームでもいいかもしれない。

 

「さ、榊奴シェフ!」

 

 次の作戦を考えていると遠くから遠月リゾートのスタッフと思われる女性が走ってくる。

 普段呼ばれることがないのでこの”シェフ”という呼び方は何かと歯がゆいものがあるが、言われて嫌な気分になるものでもない。

 

「何ですか?一応昨日のうちに使う食材とレシピは伝えたはずですけど…………」

 

「そ、それがですね―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、レシピは行き渡ったな!」

 

「すみませーん、こっちまだまわってきてませーん」

 

「はいはいはい、ちょっと待ってねぇ!!!」

 

 片手を上げた生徒のところへと数枚に印刷された今回の課題のレシピを届ける。

 パエジャ――――日本でも比較的おなじみのパエリアでトマトが味のベースのスペイン風の炊き込みご飯だ。但し、当然ただのパエリアではなく所々でスペイン料理の達人である角崎タキ風のアレンジが加えられている。

 

「お前等にはこれから二時間以内に私が満足するモノを作ってもらう!」

 

「――――三時間ですよ。一応それくらいの時間は余裕あるでしょ、というかそれくらいないとこの人数を捌ききれないし」

 

「ハ、時間内に試食させることも出来無い時点でこの遠月でやっていくことは出来ないね!!」

 

 現在この厨房には角崎先輩ことタキちゃんと、俺が今日受け持つ筈だった生徒が集結している。

 今回の課題用に与えられた部屋だが、流石にこの人数を収容し切る程のスペースはなく課題用のレシピすら満足に回りきらないほどだ。

 

「はぁ、試食は一応俺も受け持つんで出来次第持ってきてください」

 

 隣りでタキちゃんが何か言っているが、人数が多いせいでよく聞き取れないことにしておこう。そのうち直接攻撃を仕掛けてくるが、在学中に対策として、流れる水が如き”静”の鼓動で攻撃を受け流す「流水制空圏」を会得しているので三時間程度なら防ぎきる自信がある。

 

(まさか使おうとしていた厨房が夜中に原因不明のボヤ騒ぎで使えなくなるとはな。運び込んでた食材もなんか燻製みたいになってて使い物にならないし、タキちゃんの所に混ぜてもらったはいいけど人使いが荒いし。あーあ、水原さんか日向子さんのとこが良かったなぁ)

 

「………オイ、何か言ったか?」

 

 ギロリ、と少女がしていい様なものではない三白眼が俺の身体を蛇に睨まれたネズミのように固定する。

 

「い、いえ、ナンデモゴザイマセン」

 

 前言撤回、「流水制空権」でも五分と持たないかもしれない。

 まさか、眼力だけで卒業後の実力の上がり幅が見えないほど圧倒されるとは――――やはり、天才か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダメだな、ご飯にトマトの味がしっかり染みてない。もう時間もねえし、退学(クビ)――――」

 

「ちょっと、待ったぁぁぁぁぁ!!まだ時間あるから!二〇分くらいあるから!」

 

 今まさに生徒に対し死の宣告を行おうとしていた毒舌少女の持っていた料理を横から掻っ攫い一気に喉奥へとかき込む。

 

「うっぷ。た、確かにちょっと合格点には足りないけどいい線いってるよ!あまり時間はないけどもう一度作り直してみて…………」

 

「は、はい!」

 

 もはや詰め込む場所のない胃袋は今にも爆発しそうになるが、必死に耐えながら生徒を優しく追い返す。

 

「――――オイ、これで何回目だ?」

 

「別に折角ホテル側が多めに食材を用意してくれたんだし、制限時間内ならチャンスは与えるべきだと思うだけ、だ、け、ど…………うわ、吐きそう」

 

「ここを仕切ってんのは私だ!」

 

「それを言うなら俺も副料理長くらいの権限はあると思うぜ?」

 

 同じ遠月の卒業生だが、やはり意見が食い違うときはトコトンまで食い違う。

 遠月のレベルを知っているからこそ、角崎タキはそのレベルに見合わないものをふるい落とそうとする。

 遠月のある種の理不尽さを知っているからこそ、俺は出来うる限りのチャンスを与えてやりたい。

 

「一応、出来た料理は残さず食べてるわけだし。タキちゃんの相手じゃなく俺の相手ということにすれば問題ないはずだろ?あ、でもたくさん食べないとタキちゃんも大きくなれないかぁ」

 

「今どこ見ていった?今どこ見て言いやがったぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「ッフ、あの頃の俺と同じだと思うなよ?」

 

 昨日は遅れを取ったが、面と向かっての勝負なら充分こちらに分がある。

 

(さあ、若人たちよ。今のうちに調理するのだ!そして出来ることならもう誰も脱落せずこの研修を――――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わかりきっていたことだった。

 例年大量の退学者が出るこの合宿において、都合がよく全員が乗り切れるという保証などどこにもない。

 

 だが、それはあまりにあっさりと告げられた。

 一瞬何を言っているのかわからないほど平坦な声で、理解するのに時間がかかる。しかし、どれだけ時間をかけても告げられた事実は変わらない。 

 

「田所恵、退学(クビ)だ」

 

「え、」

 

 泣いてしまえばいいのか、憤ればいいのか。それすらわからないまま膝が崩れ落ちる。

 諦めすら浮かばない程の喪失感が体を突き抜け、気付けば視界が涙で覆い尽くされていた。

 

(やっぱり私なんかじゃ、ダメだったんだ)

 

「納得いかないっすね」

 

 だからその声が聞こえた時、正直に言えば安心した。

 また、あの人が助けてくれる、とそう思ってしまった私にすぐに嫌悪感が募る。

 

 ダメ、ここで巻き込んでしまったら――――。

 

「食戟―――――。食戟であんたを負かしたら、田所の退学取り消してもらいます。俺が負けたら当然退学(クビ)にしてもらって結構です。――――――それと、俺が勝ったらあんたの店の名前「SHINO'Sキッチン」にしてもらいますから!」

 

(ダメ、創真くん!って、あれ?最期おかしな言葉が聞こえたような――――――)




主人公「よし、食戟を申し込む時の作法はバッチシだな!って、挑む相手が斜め上すぎる!」

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