食戟のソーマ―愚才の料理人―   作:fukayu

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ラーメンは男のロマン

 食戟。

 遠月学園における特殊且つ絶対的な決闘制度であらゆる争いを料理によって決めるという遠月の少数精鋭教育の最たるものである。

 

 食戟によって決まった事項は絶対であり、互いに掛けた「対価」は勝者へ全て差し出される。料理人としての地位や権限を掛けていき、最終的には数人にそれらが集中していく様は無数の石ころの中から一粒の玉を見つけ出す遠月の理念の象徴とも言えるだろう。

 

「誰にもバレていないな?」

 

「大丈夫だと思いますけど。なんでこんな事になっているか説明してもらってもいいすか?」

 

 既に大浴場から上がった俺は創真君と後から来たタクミ・アルディーニくんとその弟のイサミ・アルディーニ君を引き連れ、夜の遠月リゾートから脱出を図っていた。

 

「だから、ラーメン奢ってやるからさっきの話は無かったことにしてくれって言っているだろ!?」

 

 食戟というのは兎に角面倒だ。

 食戟を実施するためには「正式な勝負であることを証明する認定員」「奇数名の判定者」「対戦者両名の勝負条件に関する合意」等などが必要になってくる。

 

 認定員なんてのは本当に不思議だが、呼べばどこからでも生えてくるように現れるので大した問題にはならないが、現在の立場上俺が判定員として選ばれることも考えられる。そうなれば、当然他の判定員も卒業生の中から選ばれるわけで食戟の原因の一端が俺だなんてバレればリンチにされる。特にシャペル先生のいるこの研修期間では絶対に起こしたくない案件だ。

 

「兄ちゃん、なんで僕たちこんなところにいるの?」

 

「知らん!だが、幸平が行く以上オレが行かない訳にはいかない。抜け駆けされるかも知れないからな!」

 

 大きい黒髪の方が弟で、金髪の創真君にあからさまなライバル意識を飛ばしている方が兄のようだ。タクミくんは顔立ちも整っていてモテそうだけど、同じくらい馬鹿そうだね。

 

「で、なんでラーメンなんすか?」

 

「なんだよわからないのか?宿泊研修と言えばホテルを抜け出してラーメンってのは昔からの定番だろう」

 

「兄ちゃん、日本の文化って変なんだね。ホテルにも食事するところはあるのにわざわざ歩いてこんなところまで来るなんて」

 

「大体俺たちは料理人だ。夕食くらいは自分たちで作ればいい」

 

「ッフ、所詮イタリア育ちのガキか。この行動の重要性に気付かないとは」

 

「聞き捨てなりませんね。それはオレ達兄弟だけじゃなく、俺達が背負う「トラットリア・アルディーニ」に対しての侮辱と言う事ですか?」

 

「あ、いや…………違うよ?そこまで大げさなものじゃない。お店の名前とか看板とかそういうシャレにならないのは現在無職のお兄さんには効果抜群だから。就活中の身としてはそういうのは聞きたくないから――――」

 

 可能性は低いとは言え、将来的にもしそこでお世話になるかもしれないときに今の会話は失言として何らかの形で残っている可能性はゼロじゃない。実はそんな可能性すら気にするほどデリケートな時期で、特に店とか権力にはとことん弱い人間なのだ。

 

 それにしても、国が違うだけで土地勘の無い地をチャルメラの音を頼りにラーメンを求め歩くというロマンがわからないというのは実に寂しい事だ。同じ日本人の創真君なら分かってくれるよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりこういう時に食べるラーメンはうまいなぁ」

 

 やっとの事で砂漠の中にオアシスの如く、遠月の敷地内を横断する屋台を見つけた俺達は今日一日の疲れと空腹を癒していた。

 

「悔しいが、美味いな」

 

「なんだよ、タクミ。お前自分で作るんじゃなかったのか?」

 

「う、うるさい!こういう事も経験だ。必ず今日得たものでお前と決着をつけてやるからな!」

 

「ぶぶぶ、兄ちゃん。幸平も一緒に食べてる時点で多分差になっていないよ?」

 

 どうやら、後輩たちも満足してくれたみたいだ。

 ロマンを追い求めた先にある御馳走は美味しく感じるものだが、遠月リゾートの敷地内で商売するだけあってこの店も相当腕がいい。ちょっと狭い事が難点で、勇実君の身体が半分くらい屋台から飛び出しているが、詰めると必然的に反対側にいる俺が完全に屋台から追い出される形になるので彼には申し訳ないが黙っておこう。

 

 どうやら、アルディーニ兄弟と創真くんは何れ食戟を交わす約束をするほどのライバル関係らしく、少々タクミくんが空回りしている印象があるが互いに高め合っていけるようないい関係だと思う。学生時代そう言った相手が居なかった俺からすれば非常に羨ましい限りだ。

 

「さて、食べ終わったことだしそろそろ戻るか」

 

「どこへ戻るってぇ?」

 

「いや、勿論ホテルにだよ。帰りも見つからないようにね。一応ここまでの外出は禁止なんだから」

 

「ほうほう、研修中の後輩を連れ出してラーメンとは随分偉くなったみたいだなァ?」

 

「へ?」

 

 突如として顔面を容赦なく蹴られる。

 一体何が起こったのか理解できないまま延々と小さい足で踏まれ続け、ようやく自分が何者かに襲撃されたのだと気付く。

 

「ごほっ!?こ、この容赦のない連撃――――まさか、」

 

「折角スケジュールに空きが出来て夜からでも来てみたら、まさかこんなことになってるとはなァ?どうやら、調教のやり直しが必要みたいだぜ」

 

「つ、角崎先輩…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 角崎タキ。

 遠月学園第88期卒業生―――つまりは、俺の一つ上の先輩にしてスペイン料理店『タキ・マリアージョ』という自分の城を既に手に入れている成功者である。

 在学時には十傑第二席という地位についていたので当然この場に呼ばれるていたはずだが、都合が着かず欠席だと聞いていたが、俺の眼が正しければ何故か今ここにいて現在進行形で調教という名のシゴキを加えてきている。

 

「ったく、三年前のお前の様子を園果から聞いていてよかったぜ。偶にはあの無駄な脂肪も役に立つ!」

 

「いやー、これはですね?自分にとって、ひいては他の卒業生の方々にとっての面倒事を有耶無耶にする為に必要な投資でしてね?別に俺が遊びたいからってわけじゃ――――」

 

「ああ、いいよ。わかってるわかってる。お前の性格はよくわかってる。頭じゃなくて身体に教えて欲しいんだよな?」

 

「いや、それ全然わかってない!というかタキちゃん、その言い方なんかエロイ!」

 

 タクミくん達が唖然とする中、小柄な少女による折檻は続く。因みに創真くんは屋台のおじさんにスープの事で気になる事でもあったのか熱心に質問をしている。向上心がある事はいいことだが、出来ればそろそろ助けてほしい。

 

「お前らも何見てんだ?この私が来たからには明日以降はさらに厳しくなると思え。最も、こんなところでサボっているようじゃ、もうこの時点で退学かも知れねえけどな」

 

「お言葉ですが、オレ達はこの宿泊研修を只生き残るために来ているんじゃない。自分の糧にするためなら一見どんな無意味そうなことでこなすのが俺達兄弟だ」

 

た、タクミくん―――――!!無意味そうなのは余計だけど、ありがとう。君の事は忘れないよ。でも、ひとつ言うとこのヒト、水原さんとか自分が上と認めた相手以外には基本的に噛みつくんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから先、明日から参加予定という事で角崎先輩はオレ達をリゾートの近くまで引きずってくるとあいさつ回りに出かけてしまった。

 俺はと言えば、半泣きのタクミくんを慰めつつ、後ろで爆笑するイサミくんと何か新メニューでも思いついたのか満面の笑みの創真くんと共に満腹感と引き換えにしたものの痛みに耐えながら帰路に就くのだった。




 原作の宿泊研修編では出番のなかった角崎シェフに登場してもらいました。
 主人公の一つ上の先輩ということで数少ないその学生生活の情報を握っている重要ポジションになる予定です。

 次回はついに在校時の主人公の遠月での地位が明らかに――――?
 秘書子とえりな様もデルヨ!

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