食戟のソーマ―愚才の料理人―   作:fukayu

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浴場のソーマ

 もう四捨五入すれば二十年近く生きてきたが、現実にサービスシーンなんてものは存在しない。

 実際にそんな場面に出会える確率など殆ど無いし、夢を探しに出かければ普通に通報される。この世に男たちが求めた楽園などはなく、辛い現実と向き合っていかなければいけない。

 

 そう、この遠月においてそんな期待をする余裕などありはしないのだ。よって大浴場の前で赤と青に分かれている入口の内、迷わず青へと足を進める。

 あの五十食の課題が終われば解放された若人たちが続々集まってくるわけだが、この時間まで掛かっている彼らがこの楽園に気づくまでが勝負だ。人間死ぬ気になれば限界を超えることができる。しかし、その限界を超えるには制限時間ギリギリまで粘らねばならず、そうした人間は精気を失った屍の如く命の湯へと突進してくる。そうなればリフレッシュ(休息)どころではなく、リセッシュが必要な状況へと瞬く間に追い込まれることだろう。

 

 何を隠そう俺が三年前この地獄を生き残れたのもこの事実にいち早く気づけたからに他ならない。

 

「流石に先客が居るか…………」

 

 大浴場と称されるだけあって脱衣所には先に進んだものの痕跡があり、若干の出遅れ感が否めない。そこら辺は秘書子ちゃんとお話出来たことによる精神的な癒しでなんとか譲歩することにしよう。先輩方は可愛くても怖いのでああいった癒やしにはなりにくいのが難点だ。

 

 服を脱ぎ、備え付けられていたタオルを腰に巻いて大浴場への扉に手を掛ける。

 

「なん、だ?」

 

 そして、ここに来てようやく違和感に気づく。

 日頃から背筋が凍るような思いはしているが、今回のものはもっと深刻な何かだと、料理人としてではなく男として、動物的な本能が必死に呼びかけてくる。

 

 

―――――――その扉を開けてはナラナイ。後悔したくなケレバ、すぐに部屋へモドレ。

 

 

 俺の頭の中で何かが必死に警鐘を鳴らしている。

 怯えよりもこの先にあるものに対するどうしようもないほどの危機感を俺は確かに知っていた。

 

「こ、この感覚は三年前と同じ――――っ!?」

 

 ずっと記憶のそこに封印した何かがこの奥にある。失ったものを取り戻すことは難しい。だが、どうしてだ俺の体よ。取り戻さなくてもいいものもあると俺は思うぞ?だから、どうして取っ手から手を離さずに開けようとしているんだ?

 

 全く、こういう時ばかり少年の心が蘇って困る。

 諦めながら開いた扉の先にいたのは――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 堂島銀。

 遠月学園第69期卒業生にして、遠月リゾート総料理長兼取締役会役員。

 在学時は「遠月十傑評議会」の第一席であり、卒業試験を歴代最高得点で突破した正真正銘の傑物。

 

「むっ、来たか」

 

「だから、そんなサービスシーンはいらねぇぇぇぇぇぇって言ってんだろ!!!!」

 

 扉の先で待ち構えていたのは桜色に火照った美女――――では無く、鬼剃りの筋骨隆々の男が一糸纏わぬ姿で待ち構えていた。

 

「榊奴か。ここで会うのは三年ぶりだな」

 

「アンタ毎年こんな事してるのか!!クソ、マトモに視ちまった…………折角記憶から消してたのに」

 

「本来なら生徒たちが来る前に上がる予定だったのだがな。どうやら、先発とはここで語り合うジンクスでも出来つつあるようだ」

 

 恥じる場所など何一つないというようにタオル一つ巻かずに豪快に笑う堂島さん。

 

「語り合うって…………俺の時は記憶が消えるくらいのトラウマが生まれただけでしたけど」

 

「だが、去年の一色くんは最初こそ驚いていたが、すぐに順応したぞ?」

 

「一色くんねぇ………」

 

 二つ下の後輩の顔を思い浮かべる。

 脱ぎ癖のある奴で気付いたら褌一丁になっているような男であの飄々とした態度ならばそう言う事もあるだろう。

 

 そして、残念な事に今年もこの不条理な状況に巻き込まれ順応してしまった猛者が居るらしい。

 堂島さんと共に浴槽に入っている少年。確か、最初の時に四宮さんがダサいとかで退学(クビ)にした非常にかわいそうな犠牲者の隣にいたはずだ。

 赤い髪と眉の近くの傷が特徴という所か。期間中に担当になる可能性もあるので一応知り合った相手の特徴くらいは頭に叩き込んでおく。

 

 彼は湯船に入ってきた俺を温かく迎え入れてくれ、手を差し出してくる。

 

「幸平創真っす」

 

「ああ、榊奴操だよ。よろしく、創真くん」

 

 互いに立ち上がって握手を交わす。

 年の近い料理人の新たな出会いに堂島さんもご満悦のようで力強く頷いている。

 …………場所が場所なだけに仕方のない事だと思うが、裸の男たちが握手を交わしている場面とは客観的に見なくてもむさ苦しい。先程の秘書子ちゃんとの会話による癒しパワーが無ければむせ死んでいたところだ。

 

「榊奴先輩も遠月の卒業生なんすよね?」

 

「ん?まぁ、一応はね」

 

 現在この遠月リゾートに来ている他の方々と同格にされると世知辛いものがあるが、別に間違っている訳では無いので創真君の質問を肯定する。

 

「じゃあ、手っ取り早く十傑の人と食戟をする方法とか知りません?」

 

「ごほっ!?」

 

 出てきた言葉に思わず浴槽の湯を飲み込んでしまう。

 一体何を言い出すのだこの少年は。冗談か何かだと思ったが、その眼差しは真剣そのものでまだ見ぬ強敵との戦いにワクワクしている様子だ。

 

「堂島さん。この子何なんですか?」

 

「向上心が強いようでな。ある種無謀ではあるが、どうやら勘と運はいいらしい。そうだろう?」

 

「……………創真君さ、一応聞くけどこんな質問他の卒業生にはしてないよね?」

 

「そうっすね。まだ他の人にはこうやって話す機会が無いんで」

 

(この眼は機会さえあれば聞く気満々っていう眼だ)

 

 闘志が燃え盛っているようなその眼を見て、即座に危険だと察知する。

 こういう輩と関わると碌な事にならないという経験則からの確かな心当たりがある。

 

「堂島さん。助けてくださいー」

 

「すまんな。そろそろ後続が来る頃合いだ。俺はそろそろ上がらせてもらう」

 

「見捨てるんですか?可愛い後輩を!?」

 

「明日は遅れんようにな!」

 

 必死の呼び止めにも変わらず、堂島さんはさっさと湯船から上がってしまい、同時に脱衣所から新たな来訪者が現れる。

 

「幸平ぁ、ここにいたのか!」

 

「クソ、また闘争心剝き出しの奴が来やがった!ここは安息の地では無かったのか!」


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