食戟のソーマ―愚才の料理人―   作:fukayu

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多分、今年最後の投稿です。


『F』の悲劇 決意

夜の学園に刃の混ざり合う音が木霊する。

 方や風魔一族に伝わる秘蔵の忍者刀、方や先日京都のとある刀匠に弟子入りした時に鍛え出した数打の一つ。獲物の差では圧倒的でありながら忍者等の使い手である223は目の前の侵入者を仕留められずにいた。

 

「ほう、包丁を使わぬとはその意気や良し」

 

「いや、料理人の魂をこんな下らない事で使う訳無いだろ!」

 

 今まで見てきた武術を考えられる限り再現したような動きをする少年の動きは一分一秒ごとに加速する。その動きに老体がついていけなくなっていたのだ。

 

 さらに、少年の不自然な動きも歴戦の勇士である223を混乱させていた。

 通常、複数の流派を取り込む場合その流派の長所同士を組み合わせた動きを作るものだ。何度も思考し、最適な解を作り出さなければとても実戦では使い物にはならない。その試行錯誤のうちに使用者の癖や才能に合わせて方が変化するのは当然のことだった。

 

 しかし、目の前の少年は違う。

 複数の技術の長所も短所もひっくるめて()()()()()、持ち前の器用さで不自然のないように仕上げてきている。こんなことは通常ありえない。

 

 おかげで223はたった一人の侵入者を相手取っているだけで数十人の達人を相手にしているような重圧にさらされている。忍術だけで、風魔、伊賀、葉隠、夢想抜刀流、武神流そして、毒島流。これだけの達人を同時に相手にしているような錯覚に陥る。

 

「一体何が目的じゃ。貴様ほどの手練が望むものは一体何だ!」

 

「俺は―――」

 

 男の姿が消える。

 

(瞬間移動?いや、縮地法か―――――見事ッ)

 

 すれ違いざまの掌底が鎖帷子を貫通し、223の意識を刈り取る。

 認めよう。これほどの達人、遠月総帥である薙切仙座衛門以来だ。消え行く意識の中、223は確かにこの一線を生涯の名勝負の一つとして記憶した。

 

 

 

 

 

 

「俺はただ、書類整理に来たんだよォォォォォォ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はっきり言おう。

 矢成音孤が『エフ』にやってきたのは断じて偶然でも気まぐれでもない。普段から飄々としている彼女だが、一応現在の十傑の中では角崎タキについでの常識人だ。更に十傑である以上、生徒の研修先はある程度把握しているはずだし、店であった時も驚いているふうには見えなかった。本当に冷やかし目的ならともかく、あの接触はいくつかの意味があったと思われる。

 

 その一つの心当たりが的中した。十傑の人間が普段使用する校舎に入り、合鍵ではなく何故か渡されていたマスターキーで扉を開く。

 そして目の前に広がる紙の山に唖然とする。どの机を見ても未処理の山、山、山。かろうじて第七席であるタキの席だけ抵抗の証のように他の机に比べて量が少ないが、後の面々に関しては全く手付かずといった有様だ。

 

「たった数日空けただけでどうしてこうなるんだよ…………」

 

 どうやら、あの接触は彼女なりのSOSだったらしい。

 

 それにしても、榊奴や木久地がいないだけでこの有様とは、一体今までどう処理をしてきたのか。

 いや、検討は付いている。ここ一ヶ月で大きな変化がひとつあった。

 それは元第九席である須郷圭一の存在。あの男は確かに料理の腕前では他の面々に一歩遅れていたが、才能に反比例するように常識人であった。そして、手段も選ばないことで有名だった。

 

 そこから導き出せる答えは一つ。

 今までの遠月の運営は須郷が部下を使って半ば無理やり処理してきたのだ。その上で()()()()()()()()()という薙切せりかが裏で手綱を握っていたというところだろう。彼が十傑に加入したのは今年の春からだし、去年までは卒業した先輩達がいた。時期的にはピッタリだ。

 

 しかし、原因はわかったがこんなに酷かっただろうか?

 少なくても榊奴が十傑の業務を手伝い始めた頃はここまでの量はなかったはずだ。いくら十傑に一学園組織としては破格の権限が与えられているとはいえ、基本的には遠月の理念である食の探求に彼らの時間は割り振られるはずであり、学園側もある程度処理できる量を振り分けていたはずだ。ただでさえ、今年の十傑は実力が規格外な代わりに人格破綻者ぞろいだと有名で、仕事を割り振っても帰ってくる確率が限りなく低いとわかっているだろうに。

 

 須郷圭一が抜けた穴も埋まっていない状態で一体全体何を考えているのだろう。

 

 取り敢えず一人分の書類が片付いたので移動する。

 一応十傑の面々からある程度の権限をもらっているとはいえ、一般生徒では判別不可能な案件は処理のしようがない。一応判断に必要なデータを添付し、他人でも記入可能な部分を記入しそれぞれの机に置いておく。

 それ以外にも今月中に出さなければ学園の運営に影響のある書類は処理をした後コピーし、後日確認してもらうことにしよう。どうせ机の上に置いておいても面倒だとか理由を付けて手をつけない事は経験則で分かっているので何故か混ざっていた学園長用の書類と一緒に後で学園総帥室へ持っていくことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 書類整理が全て終わる頃には空には既に青みがかっていた。 

 

 我ながらあの量をよく処理できたものだと思う。

 速読に速筆、並列思考に分身。持てる力の全てを使わなければきっと夜まで掛かっていたことだろう。

 

 ともあれ、これから一睡する時間はない。一応料理人としてどれだけ睡眠時間が少なくても最大限のパフォーマンスが出来るよう鍛えているので五徹くらいまでは特に問題はないとはいえ、無駄な時間を過ごすのも気が引ける。

 

「さて、と。どうするかな」

 

 図らずとも時間が出来てしまった。

 

 『エフ」に行こうにも早く着いたところで店の鍵をもらっていない以上、店内には入れない。ピッキングすれば可能であるが、研修先でそれをやれば一発で失格どころか下手をすれば逮捕されてしまう。

 

 学園の生徒が登校するまでにはまだ時間があるので当然知り合いに会う確率も低いだろう。

  

『応援する』

 

 ふと、先ほどあった少女との会話を思い出す。

 あの忍者モドキにやられた傷のせいで記憶がいまいち定かではないが、確かに彼女の相談に乗り榊奴はどのような結果であれ、彼女を『応援する』と決めた。そして、昨日の矢成音孤も同じ気持ちだったのだろうと今更ながら思う。確かに十傑の業務に対しての要件もあったのだろうが恐らくそれはあくまでおまけで実際は榊奴の激励に来ていたのではないか?

 

 その考えに行き着き、途端に申し訳なくなる。

 このまま残りの日数を過ごしても木久地は兎も角、榊奴が合格する確率は限りなく低いだろう。

 どれだけホールでの仕事をこなしたところでそれは()()()()()()()榊奴操ではない。

 

 この数日で厨房以外の仕事の重要性は改めて理解した。どれだけ料理人が優れていようとそれを支えるスタッフがいなければその魅力は半減する。

 完璧に料理を作り上げてもそれが冷めてしまえば当然美味しいとは言われないし、給仕にまで手を出すとその間の調理は疎かになってしまう。

 それだけではなく、料理人が普段見ることの出来無いお客様一人一人の癖や好みを把握し、それを次に生かせるスタッフの存在は貴重だ。そういった人々の存在が料理店を支えているからこそ、料理人は安心して自らの魂のその一皿に注ぎ込める。

 

「でも、俺の目指しているものは――――俺の夢は、その先だ」

 

 気づけばその足は学園の奥深くにある庭園へと向かっていた。

 きっと答えはわかっている。自分がどうすればいいのかも。でも、その一歩が踏み出せない。あれだけあの少女にアドバイスしたというのにその行動の末に起こるであろう結果を恐れている。

 

 絶対に誰かが傷つく選択。

 それを下せば榊奴は()()()()()()スタジエールを突破する事が出来るだろう。だが、果たしてそこまでして選ぶ選択だろうか?行動を起こさなくても合格する可能性が存在する状況で、そこまでして求めるものなのだろうか?

 

 そんな榊奴の苦悩をあざ笑うかのようにその(ひと)はいつもと変わらず、触れれば容易く折れてしまいそうなか細い体を車椅子に乗せた状態で微笑んでいた。

 

「おはようございます。みーくん」

 

「どうして…………」

 

「ここで待っていれば貴方が来るような気がして―――――」

 

 儚げな印象を思わせるその姿に思わず先程までの苦悩が頭の片隅に吹き飛びかける。

 それだけその姿は榊奴にとって大切に思えた。何者よりも優先しようと思えるその姿に思考が持って行かれかける。

 

「―――――――と、いうのは冗談であの狐娘(こむすめ)にアリスの案内を頼んだのは私ですからね。その結果あなたがここに来ることは分かっていました。改めて、待っていましたよ。みーくん…………どうかしましたか?」

 

「ッ!?な、なんでもないです」

 

 危ない。

 こんなのはこの魔女の常套手段だ。薙切せりかは自らの弱さを自覚している。自覚した上でそれを利用し、特定の仕草や相手の心の隙間に付け込むことで他人を自由に操る術を持っている。

 この程度、普段なら軽く流せるはずが一瞬その術中に嵌りかけていた。

 

(そんなに俺の中でこの問題が大きかったってことか。駄目だな――――こんなの考えなくてもわかりきっているってのに。二つの道があるなら誰も傷つかないほうを選ぶべきだ。何を悩む必要がある)

 

「うーん。これは重症ですねー。早めに来てよかったかもです」

 

「何を―――」

 

「じっとしていてください」

 

 車椅子を動かし、ゆっくりと近づいてきたせりかの両手が榊奴の頭を包み込む。

 必然的に彼女のシミ一つない翡翠の瞳に視界が溺れる。全てを理解し、全てを飲み込む瞳は榊奴を断罪するでもなく、受け入れるように見開かれていた。

 

「みーくん。隠し事は駄目ですよ。嘘を付くなら自分にも他人にも誇れるものにしなさい。じゃないと、料理も人生も中途半端なものになってしまいますよ?」

 

「…………やっぱ、貴女には嘘は通用しないですね」

 

「うん。やっぱりみーくんはその()がいいですねー。諦めを知らない眼です。心のどこかで諦めようとしても結局諦めきれない。自分の欲望にどこまでも貪欲に行きなさい。その先にあなたの望んだものがありますよ」

 

「本当にそれで――――俺の思うままに進んでいいんですか?もし、それで誰かが傷つくようなことになるなら、俺は」

 

「失敗してもいいんですよ?」

 

「え?」

 

「いったい誰が貴方に失敗するなと言いましたか?どれだけの人間が貴方に成功しろと?下らない。もし、自分の望みが、夢があるならまっすぐに進みなさい。その信念の先に障害があるなら踏み壊してでも進めばいいでしょう?」

 

 一見突き放すような言葉。

 それでも、包むものが何もないその言葉の槍は榊奴の胸の内にあった悩みを一撃で貫いた。

 

 今日この場所に戻ってきた理由がやっとわかった。

 どれだけ奇麗事を言っていたとしても、結局は同じだったのだ。無理をしてまで書類を整理しに帰ってきたのも、極星寮で一人の少女の悩みを聞いたのも、全てはこの場所にもう一度帰ってくるためだ。試練(スタジエール)を乗り越え、料理で誰かを笑顔にするという自分の夢を叶えるための行為。

 最初からやるべきことは決まっていた。

 なら、いっそ思いっきりやろう。

 

 胸を張ってあの天才達のいる場所へ戻るために――――

 自分の居場所へ帰ってくるために――――

 

「先輩、ありがとうございます」

 

「どうやら吹っ切れたみたいですね。全く、面倒な後輩を持つってのも大変なんですね。安心してください。失敗したっていいんです。責任くらい私が取ります。知っていましたか?私、それくらいの権限は持っているんですよ?」

 

 自信満々に人差し指を立て、首を傾げてみせるせりかの仕草に覚悟が決まり安心してしまったせいか思わず笑いがこみ上げてくる。

 

「あれ?どうしたんですか?ここは笑うところじゃないですよ?」

 

「いえ、何でも」

 

「怪しい。先輩命令です。答えなさい!」

 

「いや、そのポーズ。堂島さんや日向子さんがやるなら兎も角、先輩がやるにはちょっと父性や母性といったものが足りないかと」

 

 恐らく本人にとっては自分に考えがある。任せろ、といった意味での行動だと思う。

 だが、さっきまでの精神状態ならまだしも、一足先に気を取り戻した身からするとハッキリ言って、子供が指を振っているようにしか見えない。

 

「し、失礼ですね!私はみーくんより歳上なんですよ?」

 

「へー、そうですか。でも流石ですね、こんな早起きをするなんて。いつもなら平気で八時過ぎまで寝てるのに。まさかと思いますけど、一睡もしていないなんてことはないですよね?大きくなれないですよ?」

 

「平気ですし!徹夜くらい問題ないですし!一日くらい、私は起きてられる!」

 

「そう言って、昼くらいになると授業をサボって昼寝でもするんでしょう?全く、こんなんじゃおちおち遠出もできませんね」

 

「なっ、私はこれでも薙切の後継者候補のひとりで十傑でもあるんですよ?睡眠時間を削るのは仕方の無いことなんです。別にえりなやアリスに背だけでなく胸まで負けてきたという事実はありませんし、最近地味に成長期なタキちゃんに嫉妬して仕事を押し付けたりもしていません。一日一回くらいのペースで拝んでご利益に預かりたいので園果ちゃんに早く帰ってきてほしいとかも思っていません。………だから、向こうが気に入ったならみーくんも別に帰ってこなくていいですからね!」

 

「そうですか。それはおかしいですね?俺の管理しているスケジュールだと一日八時間は睡眠できるように予定を空けているはずなんですけどねぇ。自由時間が欲しくて睡眠時間を削るみたいな馬鹿な真似をしなければ、ですけど」

 

 疑うような視線を送ると、先程まで優雅に飲んでいたコーヒーのカップが僅かに震える。

 普段は相手に突っ込む隙を与えないほどの余裕を持っているというのにこう言う風に突っ込まれるのには弱い。いや、そもそも彼女に反抗しようという人間が周りにいないのが原因か。十傑で薙切という看板はこの世界ではそれほどまでに重い。彼女が白といえばタコの墨でも白になるのだ。

 

「――――――いや、ないわ」

 

「なんですか?何がないんですか!?」

 

 目の前の少女は最早先程までのその眼と言葉だけで他人を自由に操る魔女には見えず、ただのからかわれるのに慣れていない子供にしか見えなかった。

 

「別に何でもないですよ。あ、それと先輩の仕事だけ残ってるんでよろしくお願いします。そんなに言うなら、俺が帰ってきた時に終わっていないなんてありえないですよね?」

 

「!?私の分やってないんですか?折角、アリスと遊ぶのを我慢して積み上げた書類の山を私の分だけ!?」

 

「そういう事やってるから魔女だとか性格が悪いって言われるんですよ。アリスちゃんには一応フォローはしたんでちゃんと埋め合わせしてくださいよ」

 

「そ、そんな………私の休日の苦労が――――久しぶりの力仕事の成果が―――」

 

 珍しく絶望した表情をしている魔女に少し満足する。

 

「この榊奴操が一方的になすがままになるような素直な人間じゃないってのはこれでわかってもらえましたかね?」

 

「あの、今からでもちょっとお話しませんか?お仕事しながらでいいんで」

 

「おっと、すみません。出勤の時間です。これでも下っ端なもので、早めに出勤しないといけないんですよー」

 

 後ろで拗ねたような唸り声が聞こえるのを無視しながら庭園を後にする。

 これは帰ったら本格的に書類整理をしないとマズそうだ。

 

 まずはこの試練を乗り越える。

 それも自分の満足する形で、だ。

 

 その為に――――

 

「俺は、『エフ』を潰す!!!」

 




 おまけ 仕事人達

 一日目

榊奴「水原さーん、なんか怪しい人いたんで捕まえたんですけど………」

水原「操、多分その人遠月のスタッフ」

榊奴「へ?」

223「最強の視察員と呼ばれたこのワシが、不覚!」

 三日目

223「ふむ、やはり次の戦いは我が生涯の全てを掛けるべきか」

真司「終点まで来ちまったが、結局この爺さんなんなんだ?」

 五日目

223「完敗じゃわい。これほどの大敗は仙座衛門の暗殺に失敗してからかのう。あの男、何者かはわからんが次に会ったときはこのワシの技術を教えてもいいかもしれんな」

榊奴「あの爺さん、こんなところで何やってんだ?っていうか、もう忍者とかお腹一杯なんだけど」

223&榊奴「「ま、遊びはこれくらいで仕事仕事」」














 次回から『F』の悲劇も最終局面です。

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