食戟のソーマ―愚才の料理人―   作:fukayu

32 / 42
 久しぶりの更新です。
 今回は銀髪お嬢様が登場。そして、彼女のお父さんはゼロリバしてしまうのか!?


 プロジェクトクロスゾーン2クリア。
 今回の裏の主役はベガ様ですね。
 初っ端からBOW使役して、魔族と組んで弁護士暗殺しようとして、異世界のお姫様を親衛隊に加えようとして、ケンを洗脳するついでに親衛隊を増やそうとして、親衛隊の新メンバーを待っている間に温泉でゆったりしたあと、色々ヘイトを稼いだKEZIMEをYAKUZAに付けられる。流石ベガ様です!

 とりあえずミレニアムタワーはとっとと封鎖指定受けろ。


『F』の悲劇 来客

  

  スタジエール四日目。

 その日は水原が不在という理由もあり、店内に普段と違う緊張感があった。

 

「こういう時って誰が指示出すんでしたっけ?」

 

「うーん、そこら辺はそれぞれの店で違ってくると思うけどウチの場合は冬美さんがしっかり不在時のマニュアルを作ってくれているから基本的にそれに従ってれば問題ないかなー」

 

 夏那の言葉にそういうものなのかと多少疑問点は残るが納得する。

 スタジエールに来る前に先輩達から聞いた話によると研修先に選ばれた殆どの店は何らかの問題点を抱えているらしい。そこを付くのが攻略のコツだとせりかは言っていたし、それ以上は自分で考えろとタキも言っていた。と、言う事は二人とも少なくとも一か月ある研修期間の内に何らかの改善を行う事でこの課題をクリアしていることは間違いない。

 この『エフ』にも何らかの欠点があると踏んで観察していたが、主が不在の今も問題なく機能している事から特段問題点となるべきものが見当たらないのが現状だ。

 

「うーむ、わからん」

 

「あ、操くん。後二分くらいで二番テーブルの料理が出来ると思うからゆっくり運んでいってねー」

 

「え、ゆっくりですか?」

 

「うん、そうだよ」

 

 事もなげに返す夏那の姿に違和感を抱きながら指定されたテーブルを見る。

 そこに座っている中学生くらいの男女のグループはワイワイと談笑しながら食事を楽しんでいる。成程、次の料理が二分後に出来上がるとして、今持っていけばテーブルに残った皿をズラす必要があり、そのためには一度彼らに了承を取ることになるだろう。しかし、残った料理は僅かで今も少しずつ手を付けているところを見るとほんの僅かに給仕のタイミングをズラす事で彼らの会話を止め無くて済むと言う事か。

 

「わかりました。ゆっくりいきます」

 

「よろしくー」

 

 こういった料理店のサービス担当に最も求められるのは卓越した技術よりも場の空気を読む事だろう。どれだけテキパキ動いてもそれでお客様の気を損ねるのならとても素晴らしいとは言えない。料理人と客を繋げるための懸け橋として考えうる限りの最善を目指す。その為には厨房とホール、店全体を把握することが必要不可欠となってくる。

 しかし、そこでふとお越しな事がある事に気付く。

 

「あれ、夏那さん。今二分後に料理が出るって言ったけど、どうやったんです?それ」

 

「え。なにが?」

 

 ここ数日で仲良くなり、呼び方が名字の伊佐式では無く名前の夏那になった先輩が何を言っているんだこの子はと言った様子で振り返る。

 この店の主である水原より少しばかり年下の彼女だが、この『エフ』でホールを任されるほどの実力者であることは確かだ。だが、そうにしても厨房から何時料理が出てくるか正確に把握する事など可能だろうか。

 

 どの順番でオーダーした料理が出てくるかは出来上がった料理を受け取る際に視界で捉えた厨房の様子から誰がどの料理のどの工程に取り掛かっているか把握できるので難しくはない。だが、その料理がいつ出来上がるかなんて正確に把握できるものだろうか。

 榊奴操の料理人としての全てはレシピを正確に再現することに収束される。レシピさえわかっていれば調理している段階を見て完成までの時間を予想する事は出来る。それでも、人間に個人差がある以上完成までの道筋に差が出る事は当然なのだ。

 

「うーん。ホールにいるといろんなものが見えるからね。厨房と違って直にお客様と関わることになるし、料理を受け取るときに厨房の様子も軽く見えるからね。後は経験かな」

 

「経験、ですか」

 

「うん、多分操くんならいつか理解できると思うよ。それとももう理解してるのかな?」

 

「からかわないでくださいよ。俺なんてまだまだです。でも、いいアドバイスを貰えました」

 

 厨房にいるあいつの代わりに、学ぶものがまたひとつ見えてきた気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、肝心の二番テーブルだが、普段の『エフ』のメイン層である落ち着いた雰囲気とは打って変わり、和気藹々と賑やかな宴を繰り広げていた。

 

「お待たせしました」

 

「おー、待ってたぜい!」

 

 様々な国の人間が来店する店内でも異質な集団だった。

 まず、榊奴を出迎えたのは小さな体にサイズの合わないダボダボの着物を着付けた少女。狐色の髪の上からはいつもの通り人間の耳とは異なるケモミミが生えており、「ドレスコード?何それ食えるの?」とでも言うかのように個性を爆発させている。

 同じ学校に通う先輩だとしても、今日この日だけは他人の振りをしてもバチが当たらないだろう。

 

 他二人も同様に服装こそは見覚えのある制服だが、銀髪の少女にはたぬきの耳が黒髪でやる気のなさそうな少年には狗の耳が乗せられている。着物の少女のものと違い、こちらはどこかのテーマパークからそのまま持ってきたようなチープさが感じられる。

 そして、残念なことにこちらも知り合いだ。

 

「みてみて、リョウくん!いつだかの大道芸人さんよ!」

 

「そうっすね」

 

 ツヤのある美しい銀髪とそれをさらに輝かせるかのようにシミ一つない真っ白な肌を持つ少女の言葉に気だるそうに机に突っ伏しかけている少年が続く。

 薙切アリスと黒木場リョウ。

 苗字からもわかるようにアリスの方は薙切の血族で、黒木場はその従者――――といってもいいのかはわからないが、今の薙切せりかと榊奴操の関係に近いものだろう。

 

「大道芸人?お前、料理人じゃなかったっけ?」

 

「昔色々ありまして―――」

 

 音孤が興味津々といった様子でこちらを見てくるが、あまり思い出したくないので自分から話したくはない。

 

「ふーん、ま、いいや。後で二人から聞けばいいしねい!」

 

「っぐ、お客様だから止めるすべがない…………そ、それにしても珍しい組み合わせですね。」

 

「ああ、こいつらが日本で遊びたいって言うからねい。今日一日案内していたのさ」

 

 なるほど、そういうことか。

 アリスと黒木場の二人は正確には遠月の学生ではない。アリスの父がデンマークに設立した「薙切インターナショナル」。そこでは分子美食学を始めとした最新の調理技術を研究しており、二人はそこの所属していたはずだ。榊奴の知る限り編入手続きも行われておらず、今着用している遠月の学生服は頭部の耳と同じくコスプレということになる。歴史ある遠月の学生服はその退学率の高さから意外と市場に出回っていたりするが、音孤とアリスの性格を考えると出回っているものではなく特注で作らせている可能性が高い。一応は外部の人間為にここまでするのは完全に職権乱用だが、今の自分は一介のスタッフ。それを咎める術は持ち合わせていない。と言うか何も見ていない。

 

「本当はせりか姉さまが案内してくれるはずだったのだけどね」

 

「……………お嬢、完全に門前払いされていましたね」

 

「え、先輩が?」

 

 しょんぼりとするアリスの言葉に衝撃を受ける。

 何を隠そうあの魔女、従姉妹であるアリスとえりなを溺愛している。それはもう、日頃から彼女達と会った時用にプレゼントを毎日買い換えているくらいに。そんな彼女が折角会いに来たアリスを門前払い?

 

「…………音孤さん、最近公務の方はどうです?」

 

「ギクッ!――――い、いやー、大丈夫だよ、大丈夫。みんなちゃんと働いてるって!」

 

「…………嘘、ですね。タキ先輩は兎も角、貴女と先輩が真面目に働くなんて有り得ない」

 

「っちょ、それ酷くね!?魔女は兎に角、私も信用してないとか!」

 

 いえ、信用していますよ。悪い方に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中等部の頃、自分の才能の限界に気づき長期連休を利用して始めた料理巡礼の旅。様々な国を渡り歩き、その土地土地に根付く文化を触れながらたどり着いたのがアリスちゃん達のいたデンマークだった。そのときは途中で旅費が切れてしまい、しょうがないので曲芸でお金を稼いだのだが、たまたま研究所から下界に降りてきていたアリスちゃんに会ったのだ。

 体内の気を熱エネルギーへと変換する秘拳を利用し、タネも仕掛けもないマジックショー(物理)をしていた俺は当然料理人として認識されず、彼女が住んでいる研究所に面白いからという理由で連行されたのだ。

 

「火を吹いていたし―――」

 

「あれは基本的にマジシャンと料理人ならある程度できる芸当」

 

「分身したりしてましたね………」

 

「プラズマによる幽体離脱と身体鍛錬の賜物」

 

 こちらを大道芸人と勘違いしてるアリスちゃんとその従者である黒木場くんに本職は料理人だと説明しても信じてもらえず、結局彼女が専攻している”分子ガストロミー”の理論を理解していたことから「普通の大道芸人がそんな事を知っているはずがない。さてはスパイか!?」と、ひと騒ぎあった結果なんやかんやあって彼女の父親と意気投合。遠月でも中々お目にかかれない最先端の技術を目の当たりにできたのはいい思い出だ。

 

「そういえば、お父様が今度ウチで開発中のモーメントについて意見を聞きたいと言っていたわ!」

 

「ああ、あれか。あれが実現すれば世界中のエネルギー問題が大幅に解決する。ぜひ、話を聞きたいな」

 

「ええ、取り敢えず試作品が完成したらバイクの動力源として組み込むと言っていたわよ。その時はテストにつきあってほしいんですって」

 

「いいね!その時まで俺の方でも準備しておくと伝えてくれ」

 

「ふふ、わかったわ!」

 

「でも、どうしてバイクなんでしょうか?」

 

「「さあ?」」

 

 この場に二人を『エフ』まで連れてきた音孤さんはいない。目を離したすきにいつの間にか会計を済ませて帰ってしまっていたのだ。

 以前、キャラ弁研究会での一軒で仲良くなってから、お互い「ミーサ」、「音孤さん」と言い合うまでになったが、未だにあの人の自由奔放さには振り回される。本当に猫のように気ままにいなくなるんだから困ったものだ。

 流石に中学生を保護者も付けずに返すのは問題ということで知り合いである俺が彼女達を送ることになった。因みに、教育担当の夏那さんはアリスちゃんが”あの”薙切だと知ると先輩風など叩き捨てるかのように華麗に全責任を俺に押し付けてきた。関係者の間では”薙切”の名は鬼門らしい。

 

(俺の知っている限りだと魔王と呼ばれる総帥は当然として、一口味わうだけで数十カ所に及ぶダメ出しで心をへし折る金髪お嬢様、直接口には出さないがニコニコ笑顔で本人の目の前で平然と改善用のレシピを書き出す確信犯の黒髪魔女、そして他に比べれば比較的マシだが裏表がないせいで時に誰よりも他人の心を抉る銀髪小悪魔…………。うん、どう見ても地雷原ですね。俺も気をつけよう)

 

 彼女達が帰路につくまで普段よりも十割増しくらい店全体の緊張感が増していたが、もろに巻き込まれた木久知は無事だろうか。

 

「それにしても、折角日本まで来たのにせりか姉様会ってもくれないなんて!」

 

「お嬢2ヶ月くらい前から楽しみにしてましたよね」

 

「そうか。それは悪いことしたなぁ。俺からも後から言っておくよ」

 

 普段の天真爛漫な姿とは違い、どことなくシュンとしているアリスちゃんを見て今頃家で就寝前のお菓子を食べているだろう魔女に軽く天罰を下したくなる。あれで結構ジャンクフードが好きなのでこのスタジエールが終わる頃には買いだめしていたスナック菓子が空になっていることだろう。…………今朝仕入れた期間限定品の情報をメールする際に先月の体重のデータを添付してやろう。

 

「今日のために新作を用意してきたのに!」

 

「でも、あれ味がしないじゃないですか」

 

「なんて事を言うの!私が作った料理に味がないなんてあるわけないじゃない!」

 

「そう言って以前金髪のところで作ったアイスは不味かったじゃないですか」

 

「あ、あれは失敗よ!でも、えりなと違ってせりか姉さまは不味いなんて言わないわ。ちゃんと見て改善点を教えてくれるもの」

 

 多分それ食べてないよね。そして、普通に不味いっていうよりもエグいよね。

 

「大体リョウくんが作った料理だって前に散々批判されたじゃない!」

 

「俺はあの後ちゃんと改善しましたから。それに、そういうことは俺に勝ち越してから言ってください」

 

「なんですってー!ナマイキよ!」

 

 メールを黙々と打っている間にも二人の会話はどんどんヒートアップしていく。前々から思っていたがこの二人の関係は面白い。主従関係なのは違いないのだが、互いが互いをライバル視しているのでちょっと目を離すと互いに高め合っていつの間にかありえない進化をしているのだ。

 俺にも、そんな相手がいれば次へ進めるのだろうか。ふと、そんなことを思うが該当者はいない。周りに置いていかれないことで精一杯の今はそんなことを考えている暇はない。

 

「あの、二人共。ここ一応電車の中だから。そろそろ静かにしてくれるかな?………じゃないと秘拳を使うことになるんだけど」

 

 今はとにかくこのスタジエールを乗り越えることが先決だ。

 でも、いつかは。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 基本的に矢成音孤という人間は自由奔放を地で行く性格だ。

 仕事や責務よりも自分の興味のある事や面白い物の方についつい気持ちがいってしまう。しかし、その結果が全ていい方向に向いてしまうのが音孤が持つ一種の才能だった。古来より座敷わらしや招き猫など、その場にいるだけで周囲に幸運を撒き散らす怪異は多く存在する。神社の跡取りとして、将来的にそれらの仲間入りすることが確実な好みに与えられた役得だと思えば納得もできよう。

 

 薙切アリス、黒木場リョウの両名から別れた帰り道、小降りといえども空から確かに落ちてくる水滴を傘も刺さずにスキップで避ける。音孤の歩く先には浅い水たまりがいくつもあるもその全てがまるで彼女を汚すことを恐れるかのように一切の水しぶきも上げずに静止している。

 軽装ながらも確かな品を感じる着物が水滴ひとつ付いていないことに疑問を感じるものはなく、彼女だけが空間から切り離されたからのように自分のペースでこの雨を楽しんでいた。

 

「ご苦労様でーす!」

 

 そんな少女を止める声がひとつ。

 それは雑踏の中から突然現れて、音孤の世界へ土足で踏み込む。

 

「………八神かい。何の用さ」

 

「なんの用とはあんまりですねぇ。同じ学校の先輩に会ったら挨拶するでしょう?普通」

 

 時刻は平日の夜中。明日も早朝から授業があるというのに、学校から何駅も離れた場所で普通に知り合いに出会うだろうか。自慢じゃないが、外出先で音孤に話しかけてくる相手なんて人間関係的にも格好的にも殆どいない。小学生でも通じる小柄な外見に着物とケモミミのコスプレをした幼女。外で話しかけた時点で一発で通報物のこの生き物に平然と自分から話しかけてくる人間などそれこそ本心を笑顔でコーティングした変人や先程の薙切アリスと榊奴操くらいしか心当たりはない。

 基本的に十傑というのは巨大なコミュニティを築いているものだが、音孤の属する極の世代というのは文字通り曲者揃いで互いの意見が揃うことが殆ど無い上、一部の主に二席とか八席とか十席にいる連中のせいでその他の一般生徒からも敬遠されがちなのだ。そういった意味では大いにとばっちりを受けている音孤だが、彼女も彼女でその曲者揃いの一人なわけで、自分に来る不都合を全部ひっくるめて「まあ、いいや」の一言で済ましてしまう極度の変人である。

 

「で、話があるんだろう?私と世間話がしたいなら、学園でおねいがしたいねい」

 

「あ、本当ですか!?実はわたし、話し相手がいなくて困っていたんですよ。あまりにいなさ過ぎて、角崎さんでも誘ってお茶会を開こうと思うくらいでして――――」

 

「お、ソイツはいいねい。私も誘ってくれよ。特性のいなり寿司を持っていくぜい」

 

「じゃ、わたしは紅茶を用意しますねー」

 

 紅茶といなり寿司という異次元の組み合わせが着々とお茶会のメニューに組み込まれていくも、当の二人は気にした様子もなく自分の世界を繰り広げていく。広げすぎた風呂敷を引っぺがすのは今現在本人の預かり知らぬところで巻き込まれかけている角崎タキの役目であり、彼女のリアクションが観たいが為に悪巧みをする二人の女狐にとっては骨を断つためには腹を切るくらいはどうということはないのである。

 

「あ、そういえば、『エフ』の方はどうでした?」

 

 唐突に。

 本当に唐突に、今までの空気を切り裂くように悪意が湧き出る。

 遠月学園第八席八神真理。現在の遠月学園で最も闇に近く、十傑の中でも裏方の誰も手を付けなさそうな仕事を率先して行う彼女の本性は基本的に矢成とよく似ている。

 

 楽しければそれでいい。

 そこに他人を巻き込むのも同じであり、違うのはそこに悪意が存在するか否か。

 

「あー、」

 

 そんな似た者同士の質問に矢成はわずかに考える。

 その間、実に三秒。

 

「ダメだね。ありゃ」

 

 熟慮に熟慮を重ねた結果、答えは出された。

 先程まで何の不満もなく食事を楽しんでいた店をあっさりと切り捨てるように評価する。

 

「おやおや、珍しいですねぇ。あなたがそう言うなんて」

 

「別に料理に不満はないよ。サービスだって上々だ。新人教育だってしっかり行き届いてる。ま、ミーサの場合は要領がちょいと良すぎるからすんなり行ってるだけかもしれないけどねい」

 

「ん?そこだけ聞くと問題なんて見当たらないように思えますけど?」

 

「うん、ないねい。客として入った私から付ける文句なんてひとつもない。身内びいきじゃないけど、流石遠月卒業生がまとめる店って感じだよ」

 

 それでも、と矢成は言い加える。

 その顔は普段学園で見せる飄々とした態度からは想像できないほど達観しており、決して彼女が個人的な感情で発言しているわけでもないと嫌でも理解できる。そう、まるで何かにとりつかれているように淡々と評価を下しているだけ。

 

「断言するぜい。リストランテ・エフはこのままだと必ず行き詰まる。それが一年後か半年後かそれとももっと早く来るかは流石にわかんないけどねい」

 

「なるほどなるほど。あのいなり神様にそう言わせるとは、遠月事務局の情報網も案外バカに出来ないものですねぇ」

 

 いなり神。

 遠月第三席の二つ名として有名なこの名は当然彼女がいなり寿司を得意としていることから付いたものである。

 

 国や文化を超えたあらゆる料理を教える遠月では基本的に全ての料理形式をある程度マスターすることが求められる。自分の得意分野以外にも目を向け、そこから新たに道を切り開くようにと遠月上層部が定めたものだが、生徒達からすれば一度のミスが退学になるこの学園で同時に複数の分野を人並み以上に極めなければいけないというのは相当な苦痛となる。特に合宿やスタジエールなどの行事では本当の意味で命取りとなることが多い。

 そんな中、矢成音孤はたった一つの料理で全ての課題を突破してきた。課題に対してアレンジをしているわけでもない。伝統的な日本料理であるいなり寿司一つで全ての講師にそれ以外を極める必要はないといいしめたのだ。

 

 良くも悪くも完全実力社会のこの遠月で下されたこの評価は学園設立以来、その分野で最高の料理人と認められた事を意味する。

 結果、彼女は現在講義への参加義務をすべて免除されている。好きな時に好きな授業を受け、好きな時に好きなことをする。まるで気まぐれな猫のように振る舞いながらも、九十年近く続く遠月の歴史の中でも数人しかいないと言われる”極めし者”の一人として、常に在校生達の憧れであると同時に嫉妬の対象である彼女を心ない人々は一芸特化のキワモノなどと切り捨てるがそれは違う。

 彼女が本当に優れているのは―――

 

 





 おまけ じゅっけつのおしごと その一

榊奴「あ、先輩。何か学園の運営関係の書類が不備があるって帰ってきましたよ」

魔女「え、そうなんですか?眼は通したんですけどね~」

榊奴「眼は通したって―――――これこっちで何も手、加えてないですよね?」

魔女「眼は通しましたよ?」

榊奴「え?」

魔女「え?」




タキ「だー!こういう机に座ってなんかやるの苦手なんだよ、私は!」

榊奴「あの、手伝いましょうか?俺も(魔女の)仕事やってる最中ですし…………」

タキ「お、悪いな。今度なんか奢るわ!」



園果「榊奴くん、ここなんですけど………」

榊奴「ああ、そこね。丁度似たようなの有るからこっちでやっとくわ」

園果「本当ですか!?じゃあ、こっちやっておきますね!」




   一週間後



榊奴「あれ、なんか結局全部俺がやる事になってる………いつの間にか一席の人と八席の人の分も混ざってるし………これ朝までに終わるかな?」

音弧「やっほー、みーさ遊ぼうぜいー。って、何やってんの?手伝おうか?」

榊奴「い、いいんですか!?」

音弧「いや、明らかに一人でこなす量じゃねえし、終わんないと遊べないんだろう?」

榊奴「あなたが神か!」

音弧「大げさだよい。さ、さっさとかだつけちまおう!」




榊奴「そういえば音弧さんは普段どうやってるんです?」

音弧「え、なにが?」

榊奴「いや、ウチの三人見てたら書類整理とかキチンとやってる人はどうやってるんだろうと思いまして」

音弧「いや、やってないけど?普通に私の部屋に山籠もり中の豪雪山のも合わせて半年分溜まってるよい」

榊奴「」





    一か月後

役員「今年の十傑は期日までに書類を提出してくれるので助かりますね」

仙座衛門「うむ。文武両道大いに結構!どれ、一つ激励に行ってみるか!」



榊奴「えー、自分の所に来た書類は金曜日の午後三時までに提出してください。それ以降のモノについては対応が後日になります。後、一応筆跡は変えていますがもし万が一不具合が有ったりクレームが来た場合は個別に対応するので報告お願いします」

一同「はーい」

仙座衛門「あれ、なんか仕切ってる………」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。