食戟のソーマ―愚才の料理人―   作:fukayu

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公開処刑

 すっかり忘れていたことがある。

 今日の晩の予定がないと言っていたが、あれは嘘だ。

 

 どうやら最終日の記憶がキツ過ぎて頭から抜け落ちていたらしい。

 この宿泊研修には遠月学園の関係者の他に様々な来賓が招かれており、彼らの夕食作りも生徒たちの仕事の一つだ。

 

 本日は規定のメニューを腹ぺこのスポーツマン五十人分。

 そして、この課題に何故か俺も参加していた。

 

「あの、先輩方?この光景三年前にも見た気がするのですが?」

 

「私達には別メニューでよろしく」

 

「久々だな。あの時よりどれだけ成長したか見せてもらおう」

 

 見張り役の水原さんと関守さんに睨まれながら、昼の課題の罰として強制参加することになった俺はいよいよ持ってダメかもしれない。

 

 この二人を唸らせるような料理を五十食片手に作れというのが無理な話だ。

 それも、この学生たちの中でである。

 

「あのー、やっぱりやめにしませんか?こんな見せしめみたいな事」

 

「今更何を言ってるの?」

 

「期待しているぞ?」

 

 遠巻きに注目される中の提案はいとも容易く跳ね除けられる。

 

 課題の件は結果的に生徒たちの料理に対する執念をはかるもの等と誤魔化し、事実アリスちゃんの付き人の黒木場くん等は非常に高評価を残したので俺の準備不足に対する呵責は無かったものの、実際の被害を被った先輩達の目は笑っていなかった。

 オーダーはステーキ定食五十食分とイタリア料理と寿司から各一品。後半になるにつれて鬼畜になっているようで、そもそも何故この二人は自分の得意料理を作らせようというのか。

 

「俺、こういうメニューに無い料理作るのが一番苦手なんですけど…………」

 

「口を動かしていないで手を動かせ!!!」

 

 関守さんのキツい活が入る。水原さんは水原さんで後ろの方で間に合わなかったら片付け等と呟いており、恐ろしい。

 

(確か今年の参加人数六百人くらいだっけ…………しんだな、これ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生と死の境目について今一度論じたい。

 

 どこまでが生きていて、どこからが死んでいるのか。

 身体が動き、意識があるということなら今俺は生きている。

 だが、未来への希望が見いだせず「とりあえず」と呟く事がクセに貼っているこの人間は死に体だ。

 

 

 先達からの執拗な新人いびり(ご指導)を潜り抜け、既にこの合宿に参加している中でもひと握りの最上位陣が調理を終え、次々と自由行動に入っていく中、この課題が文句や愚痴を言っても一向に終わらないことを実体験として身に染みている俺は遠月卒業生という僅かばかりに残ったプライドを振り絞り、上位陣よりは早くこなし終わった。

 先輩方も鬼ではなかったので残りの生徒の監督を引き受けてくれ、一足早い自由を得ることはできた。

 

「生き残ると言えば聞こえはいいが、この状況で遠月学園名物『食戟』なんぞ挑まれたらリングに立つことすら困難だぞって、こんな場所で食戟なんか挑む奴も受ける奴もいるわけないかっ!!……………はぁ、一人でボケて一人でツッコムのは虚しいな。もう、年かな?」

 

 遠月で過ごす高等部の三年というのは体感時間にして一瞬と言えるのはごく一部の人間だけであり、俺のような凡人からしてみれば生きている間に死後の地獄めぐりを済ませてしまったくらいの疲労感があった。

 まあ、地獄を巡った分経験にはなったわけでこうしていま自分が学生時代得た経験を元にとある場所に向かって直進中である。

 

「あ、秘書子ちゃんだ。昼ぶりだね?」

 

「緋沙子です。随分とお疲れのようですね」

 

「まぁーね」

 

 進行上に出現した美少女についつい声をかけてしまう。

 本来時間的余裕はあまりないが、リゾートに来ている筈なのに食事は各自で自炊というこの半サバイバル空間ではこういった出会いは大切にしたほうがいい。特にこの場にいるということは彼女も既にあの課題を終えた紛れもない猛者であることを表している。

 

 薙切えりなの側近なだけあって彼女の実力も既に一年生でも上位に達している。あの程度の課題は別段問題ないようだ。

 彼女が手にしているトランプやUNO等のこういった行事でお馴染みのパーティデームを見る限り、今さっき終わったどころの話ではないだろう。そして、そのどれもが二人以上でやれるものである以上既に彼女の主も課題を終え――――――っと、これは当たり前か。

 

 実力のあるものはこの合宿を楽しむだけの余裕を持ち、それが伴わないものは寝る間すら与えられずいつ退学になるかもしれない地獄の中へと突き進む事になる。それがこの遠月の恐ろしい部分だ。

 

「相変わらずえりなちゃんに尽くすねぇ。自分だって疲れているだろうに」

 

「この程度で普段の業務を疎かにするレベルではえりな様の秘書は務まりません」

 

 高校生で既に自分の仕事に責任を持っている。現在無職の俺とは真逆な程の責任感を持つ彼女はきっとこの合宿では脱落することはないだろう。

 

「…………因みに、ここのフロントでは頼み込めば花火セットまで貸してもらえる」

 

「―――本当ですか!?」

 

「経験済みだからね。多分、えりなちゃん家の行事や十傑の仕事とかでこういった友達と一緒に外泊する行事は殆ど初めてだろうから、火傷しない程度に火遊びするといい。さっき関森さんも言っていただろう?課題が終わったものから各自自由行動だってな」

 

「…………一応お礼は言っておきます」

 

「あはは、(やっぱり微妙に嫌われてるなー)」

 

 俺と彼女の主は何かと気が合わないらしい。

 凡人でありながら遠月を卒業した俺と天才だからこそ1年生のこの時期で既に遠月十傑である彼女では話もあまり合わない。それでも、一応後輩なので積極的に話しかけに言ってはいるのだが中々上手くいかずじまい。そうなれば側近の秘書子ちゃんからの印象が優れないのも無理はない。

 

「一応今のは昼間のお礼ってことでえりなちゃんには内緒で頼むね。多分俺の名前出したら不機嫌になるから」

 

「わかっています」

 

(わかってるんだ!?)

 

 少々引っかかる部分はあるが、実は彼女の得意とする薬膳料理には非常にお世話になった。課題を出した手前、出てきた料理を食べないわけにも行かない立場では受け持った生徒の数+作り直しの分を結局試食したので最初に食べた彼女の料理がなければここまで元気ではないだろう。

 

「じゃ、後の日程応援しているよ」

 

「ありがとうございます」

 

 彼女と別れながらふと、ひとつの不安が思い浮かぶ。

 薙切えりなは確かに料理に関しては天才だ。火の扱いに関しても文句はないだろう。だが、

 

「流石に、ベランダとかで花火はやらないよな?いくら箱入り娘でも―――――いや、考えるのはやめよう。今は心と体の洗濯だ!」


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