食戟のソーマ―愚才の料理人―   作:fukayu

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神の舌を持つもの

 この遠月学園では一日の講習が終われば基本的には自由行動が認められている。

 所属する部活や研究会で腕を磨くもよし、外出届を出して学外の様子を見に行くもよし、各自で自主的な講義を講師達にご教授願うのも自由だ。

 

 秋の選抜前まで特別なサークルに所属していなかった榊奴の日課はこの学園に混在する多種多様な分野の研究会を周り、その技術を習得することだった。

 ここ一週間は予想外の食戟などの準備のせいで殆ど通えていなかったが、それが終わった今一息ついている暇などない。

 

 この学園に集まるのは世界中で天才と呼ばれる料理人の卵達。彼等に共通しているのは境遇や趣味、才能によって決められた得意分野や土台があるということ。榊奴にとってのそれは『ただレシピ通りに作る』というものであるが、常人が十日を掛けて渡りきる道のりを一日二日で軽々と超えていく怪物達を相手にするにはレシピという予め定まったものに依存するこのやり方はあまりに心もとない。

 そこで編み出したのが学園中の様々な研究会を回ってその技術を吸収し、レシピが課した如何なる要求も直ぐ様実行できるようにするというやり方だ。幸いこの学園には様々な国の色々な流派が存在するので陶器作りや変わり身、バリツ、パルクール、ジークンドー等そんじょそこらではお目に掛かれない実戦的な技術も比較的簡単に習得できる。

 

「えーと、今日は蒸し窯研究会で檜風呂の実践研修が七時からか。………これは是非入浴セットを持っていかないとな。後、珍しいものだと「夏はまだ終わらねえ!漢達の行灯祭り(秋編)」、か。俺の気のせいじゃなければ毎月やってるよなこれ」

 

 お手製の遠月学園イベントマップに書かれた面白そうな行事を吟味し、その日の予定を決める。この学園では昨日までいた生徒がある日突然退学になるのも珍しくないのでどこもその日その日を全力でやることも特徴だ。

 彼らの熱気にさらされ、自らも一つ成長する。それが榊奴操としての理想である。

 

「おーい、少年。暇なら手伝ってくんね?」

 

「えーと、貴女は確か第三席の矢成音孤先輩でしたっけ」

 

「そ、そ。でさー、ちょっと困ったことがあってねい」

 

 目の前にいるのはケモミミロリな来訪者。

 彼女によって今、まさに榊奴の小さば理想が阻まれた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「即刻、この研究会の解散を命じます」

 

 閑散とした第十六実習棟に凛とした声が響き渡る。

 声の主は中等部に上がったばかりとは思えない自身に満ち溢れた姿勢で自分よりも年も体躯も上の男達に物怖じ一つせずに彼らにとっての死刑宣言を下す。

 

 いつまでも動こうとしない男達を苛立たしげに見つめる少女の名前は薙切えりな。今年この遠月に入学したばかりの身でありながら、既に高等部の生徒達と幾度となく渡り合い、多くの輝かしい成績を残したこの遠月でも近年稀に見る傑物である。

 

「聞こえなかったのですか?私は今すぐここを出て行けと言っているんですよ?」

 

「で、ですが。それはあんまりで―――」

 

「そう。では、食戟で決着をつけるということですね?」

 

「い、いや!そういう事では――――」

 

 歯切れの悪いこの研究会の長はこの棟に残った最後の一人だ。この第十六実習棟は近々えりな専用の研究棟として生まれ変わることが”決定”しており、ここにいた他の研究会はすべて退去済み。そして、この研究会も程なくえりなの実力の前にひれ伏す事は半ば決まっているようなものだった。

 えりなの実力は天性の味覚とそれに裏付けられた技量により、この遠月でも既に最高位のものとなっている。

 

 だから、次の瞬間教室に入ってきたものが誰であれ今の状況を揺るがすことはありえない。

 その筈だった。

 

「はーい、ごめんねい」

 

「なっ!?」

 

 新たに教室に入ってきた中学生であるえりなよりも小柄な少女の姿を見て、一瞬固まる。

 狐の耳のようなものを生やした着物姿のこの少女はえりなの知る限りこの学園でもトップクラスの魔物で同時にえりなが”今のところは”負けを認めるしかない例外の一人。

 

「あれー、どしたの?」

 

「………あなたこそどうなされたんですか?矢成先輩」

 

「よりによってこの子か…………」

 

 遠月学園第三席矢成音孤の生み出せし料理は口に入れたあらゆるものを文字通り虜にする。

 彼女が本気を出せば学園のパワーバランスは一日で崩壊すると言われる程の実力を誇りながらあくまで必要最低限の行動しか起こさない変わり者。

 そんな彼女がどうして?というえりなの疑問に対する答えは意外なところから帰ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 音孤の用事とは簡単に言ってしまえば揉め事の仲介だった。

 この遠月では生徒間のモノから研究会同士のモノまで揉め事というのはそう珍しいものではない。大体がその後食戟に移行するかそれでも収まらない時は生徒会執行部(セキュリティ)の強制執行によって事が収まるのだが、今回は彼等が別件で手が離せないため十傑である音孤にお鉢が回ってきたらしい。

 

 現場に行くとそこにいたのは顔見知りの研究会の部長以下三名と言い争っている様子の少女。互いの年齢を鑑みれば研究会側が年下の少女を取り囲んでいるように見えるが、彼らを知る身としては間違ってもそんなことができるような人格ではなく、逆に少女の方が三人相手に無茶な要求をしているようにも見える。

 

「で、よりによってこの子か…………」

 

 ここで問題となるのがこちら側の顔見知りが研究会の面々だけでなく言い争っている少女も該当するということだろう。

 

「あら、誰かと思えばあなたですか。まだ、この学園にいたんですね?」

 

「…………お陰様でね」

 

 彼女についてはこの学園で知らない人間のほうが少ないだろう。

 

 薙切えりな。

 容姿端麗、料理人としてのスキルも生まれながらの天性のものがあり、あの薙切の後継者として幼い頃から教え込まれた技術や知識は既に高等部の生徒にも劣らない。

 そんな彼女が音孤に連れられた榊奴程度の男を見て怯むはずもなく、

 

「――――なんにせよ、これは私と彼らの問題です。部外者は引っ込んでいてください」

 

「さ、榊奴くん」

 

 彼女の高飛車な物言いと研究会部長の弱々しい叫びがこの場の全てを物語っていた。

 

 今現在彼女がやろうとしている地上げ屋も真っ青な行為は意外にもこの遠月ではそう珍しいものではない。この学園では欲しいモノがあれば己が皿で勝ち取るという暗黙のルールが存在する。

 えりなの実力なら年上の高等部の面々から勝利をもぎ取るのにさほど苦労はしないだろう。この研究会の実力も榊奴の知る限りあまり高いものではない。下手な挑発に乗って食戟を受けようものならこの学園が絶対視する『食戟の掟』によりありとあらゆるものが奪い取られるだろう。

 戦えば負けるのは目に見えているからこそ、彼らは年下の少女一人に強気になれず結果を少しでも先延ばしにしようと決死の交渉を試みているのだ。残念ながらそれは榊奴程度が助っ人として参加しても覆ることはないだろう。

 

「はぁ、しょうがないか」

 

 この場に呼ばれた意味がここに来てようやくわかる。

 もし、彼女と榊奴が顔見知りだと知ってこの場に連れてきたなら矢成音孤という人間に対する警戒度を上げなければならない。同時に榊奴がこの研究会と懇意にしている事を知っていてこの状況を知らせてくれたのなら感謝してもしきれないだろう。

 

「えりなちゃん、君はこの”キャラ弁”研究会がどれだけこの遠月にとって重要か知っているのかい?」

 

「どういうことですか?」

 

「まず、この研究会は遠月の中でも三十年以上の歴史を持つ由緒ある集まりだ。これは学園に問い合わせれば確認が取れる。更に彼らの作る作品は毎年大会で一定の成績を残している。その完成度はなんとセル画と比べても遜色ないと言われるほどだ」

 

 まずは軽い心象操作。

 勝てないが負けられない勝負というのは昔から嫌と経験している。幸い今回は必ずしも正面からぶつかり合う必要もないので比較的楽な部類に入る。

 

「…………セル画とはなんですか?」

 

 予想通りの返答。

 この歳で料理人としてこれだけの実力を持っているという事は同時に相応の対価を支払っているということになる。彼女の場合はおそらく圧倒的にサブカルチャー系統の知識が不足しているのだろう。生まれた時から息の詰まるような”本物”の中で過ごしてきた彼女に想像の産物である”偽物”にかまけている時間なんてものはない。きっと漫画ですらまともに読んだこともないに違いない。

 

「なっ、セル画を知らないだと?あの”薙切”の一族が?」

 

「むっ、失礼な!し、知っています!当たり前でしょう!私は”薙切”なのですから!」

 

 薙切えりなは自分が食の世界で栄華を極める”薙切”の一族だということに誇りを持っている。それは立派なことであるし、その名を良からぬ事にしか使わないもうひとりの”薙切”を知っている都合上本当に尊敬に値することだと思う。

 しかし、”薙切”であることをあくまで利用しその才能を料理だけではなく漫画、ゲームだけならずネットから仕入れたあらゆる知識を蓄えることに余すことなく費やしているあの車椅子の魔女と違い、今回はそのプライドと自身の得意分野以外への無知さがえりなを追い詰めることになる。

 

「へえー、なら当然この研究会の素晴らしさは理解できるだろう?なにせ、年に二回あるあのもはや国際的といってもいい祭典で類まれなる成果を上げているのだから」

 

 因みにこれは事実だ。

 冬はともかくあの地獄の夏に食品関連を持ち込むとは正気の沙汰ではないが、彼らは研究会設立時から一度も欠かさず参加し、自らの”嫁”を徹底的な衛生管理の元死守してきた。既にこれだけでも遠月内ではトップクラスの技術を持っていることの証明になる。

 

「祭典――――。そ、それがどんなものであろうと現在のこの研究会の成績が遠月に相応しいものであるとは思えません。第一、それほどの実力があるのなら食戟で示せばいいのではなくて?」

 

「うーん、ちょっと違うんだよな。彼らが凄いのは実力があるからじゃないんだよ」

 

「では、それを説明してください。もし、私が納得できるものであるのなら今日のところは引き下がりましょう」

 

(またまたー。他人に言われて納得するようなタマじゃないくせに。っていうか、納得してもまた来る気なのかこの子は…………)

 

 確かに、えりなの言うとおり一定の成果が挙げられるのならそれに越したことはない。だが、はっきり言って彼らにそれを求めるのは酷というものだ。人には向き不向きというものがあり、この研究会の面々はその愛を注ぐ対象をひとつの箱に収めるために日々精進している為、基本的には食戟のような表舞台に立つようなやり方には向いていない。

 では、どうやってこの危機を乗り切る?

 

(困ったな、レシピはあるだろうから少し時間を貰えれば作ることは出来るが何の知識もない彼女が納得するかどうか――――)

 

 レシピさえあれば完璧に再現する自信はある。だが、目の前の相手にそれは出来ればしたくない。

 

『平凡極まりない味ですね。まるで何も感じられない』

 

「っ!?」

 

 初めて会ったその日、榊奴の料理を食べたえりなの鋭い言葉が脳内で蘇る。

 それはレシピを再現することしか出来無い榊奴の料理を真っ向から否定するものでこの言葉のおかげで結果的には魔女という最大の師と出会う事が出来たものの、今のところはあの言葉を覆す答えを得ているわけではない。

 

「どうしたんですか?証明できないなら私はこのまま彼らと交渉を続けますが」

 

「いやいや、別にそう焦ることもないんじゃね?」

 

「………矢成先輩。失礼ですがこれは私と彼らの問題です。いくら十傑といえど、これ以上の介入は越権行為だと思います」

 

「ま、そうなんだけどねい。でもね、私は何も仕事でここに来ているわけでもないんだよ」

 

 えりなの発した言葉になにか思うところがあったのか音孤の眼が僅かに細くなる。

 序列通りなら現在この遠月で三番目に強い彼女なら、えりなが相手でも何ら臆する理由はない。

 だが、狐のように他人をからかうことが好きで猫のように自由を愛する彼女にとっては本来この程度の研究会の存続などは些細なこと。横槍を入れてまで関わる程の理由などあるはずもない。

 では、なぜ彼女はここにいる?

 

 榊奴の矢成音孤に対する分析が正しければそれは十傑の使命感には程遠いものの筈だ。

 

(と、なると理由はあれか………矢成先輩は知っているのか。この研究会が持つもう一つの顔を!ここが無くなれば間接的に自分にまで被害が出ることを恐れているからこそのこの対応か。なら、勝機はある!悪いがえりなちゃんこの研究会は無くさせないよ。ここには俺にとっての宝が眠っている。例えどんな卑怯な手を使ってでも言いくるめてみせる!)

 

 

 

 

 




神の舌(味覚とは言っていない)。

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