食戟のソーマ―愚才の料理人―   作:fukayu

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今回はもう殆ど料理は関係ありません。



渦巻く陰謀

 その道は真っ直ぐだった。

 

 須郷家の跡取りとして生まれ、与えられた役割を自らが持ち得る才と権力で完璧にこなす人生。

 遠月学園での生活もその一線上でしかなかった。

 この学園を卒業することが”須郷”という家にとってメリットとなる。たったそれだけの理由で6年間という決して短くない年月を別に興味もない料理という道に割くことに不満がないといえば嘘になる。

 しかし、それを胸の内に秘め、与えられた役割をどんな手を使っても完遂してしまうのが須郷圭一という人間である。

 

 そんな彼と薙切せりかはとても境遇が似ていた。

 

 彼女に初めて会ったのは中等部に入学して三ヶ月ほどした頃だった。

 調理台に背の届かないほど小さな体躯、包丁すら満足に握れないひ弱でか細い腕、まな板を持つだけで震える足。料理人として必要な最低限の条件さえ満たしていない。

 与えられた課題を難なく終わらせ、「中等部とはいえ遠月とはこんなものか」、と落胆する程度の実力を有していた須郷にとって当時の彼女は目の前に転がる小石程の価値もない存在だった。

 A~E評定まである遠月の評価基準に対し、常にC以下を彷徨っている落ちこぼれ。”薙切”という名門に生まれながら自分の役割すら満足に全う出来無い彼女に落胆さえしていた。

 

 ”須郷”と”薙切”。

 二つの名家に生まれながら料理人として必要な才を持っていた彼に対し、持たざる者であった彼女への周囲からの風当たりは強かった。

 誰もが薙切という恵まれた環境を妬み、それを十分に生かせない彼女を嗤った。

 

 ある日、気怠そうに授業に使う食材を与えられた机に運ぶ彼女に声をかけたことがある。

 

「その調理台は君の背では使いづらいだろう。私の権限で各調理室に少し低めのものを用意した。よければ使い給え」

 

「……………そうですか。何処のどなたかは知りませんがありがとうございます」

 

 気紛れだった。 

 料理人としての実力と須郷として有する数々のアドバンテージを生かし、入学後たった半年で中等部のヒエラルキーの上位に席を置いた須郷にとって目障りだと感じた程度のこと。

 その気になれば環境を自ら変える力がありながら努力をしない彼女にイラついたからか、自分より下の者を卑下して優越感に浸る愚者に対し思うところがあったのか。今となってはどうでもいいことだ。

 ただひとつ言えるのはそれが須郷圭一と薙切せりかの中等部での最後の会話だったということだけだ。

 

 それから薙切せりかが更に約二年の雌伏の時を経て徐々に頭角を現す頃には、須郷は上級学年の猛者達や現在『極の世代』と呼ばれる中で既に覚醒の兆しを見せていた者達へと対抗するための戦力を整えるのに罹りっきりになってしまっていて、彼女の事等頭の片隅に追いやっていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~あ、だから言ったんですよー。普通にやったら負けちゃいますって」

 

 気に障る笑い声が耳元で囁く。

 振り返れば見慣れた笑み。第八席と呼ばれるものの一人だ。

 そいつは一般生徒が立ち入れないこの調理場に自らの権限を最大限行使して誰にも疑問を持たせることなく降り立つ。

 

『えー、両者の調理が完了したということで、放送部所属の私早津田みるるが両選手にインタビューを行おうと思いまーす!』

 

 早津田みるると名乗った女子生徒は予め録音していたのかマイクに音声を流しながら、須郷にだけ聞こえるトーンでゆっくりと話し出す。

 

「薙切せりかは化物です。中等部では余程のことがない限り退学にはならないことを逆手に取り、自らの成績と引き換えに周囲の生徒の情報を根こそぎ集めた上でそれを余すとこなく利用し、高等部進学と同時に十傑の座に就いた。敷かれたレールを真っ直ぐ進んでいただけの貴方と違って彼女は与えられた時間を最大限有効活用しました。スタート地点はそう違わなかったのに、途中までは自分の方が成功していたのに、いつの間にかどうしようもないほど抜き去られていた。それを貴方は許せなかったから今ここで勝負を仕掛けた」

 

「何が言いたい………」

 

「劣等感は隠さず行きましょうよ。”私達”のように悪意も敵意も受け入れてしまえば選択肢は広がるんですよ?」

 

 その桃色の髪の女子生徒はその特有の貼り付けたような笑みを浮かべながら須郷の腹の中をかき回すように言葉を紡ぐ。

 

「大丈夫です、勝てますよ。実食にまで持ち込めば必ず勝てる。そう、『八神真理』は判断しました」

 

「っ!?貴様らまさか!」

 

「ええ、初めに説明したように審査員はこちらで”信頼のおける”方々を用意させていただきました。それに、魔女には勝てなくても貴方が対した『彼』には弱点があります。どれだけ完成した姿が劣っていようと、貴方の料理は彼の料理に勝てます」

 

 それは須郷の料理人としてのプライドを迷うことなく踏みにじる言葉だった。

 確かに、このまま行けば須郷は間違いなく負けるだろう。

 魔女のレシピによって完成させられた相手の料理には須郷が全力を尽くした為に出来た隙を付いた秘策がある。それが炸裂すれば須郷の負けは決定的だ。

 だが、この少女の口車に乗せられそれを受け入れれば須郷は人としても料理人としても大切なものを失う事になる。

 

「何を悩む必要があるんです?この食戟にあちらが賭けた対価はご存知でしょう?あれに見合うものなど、第九席としての座だけではすみませんよー?あちらはあの薙切です。食に関することなら一切の容赦なく、どんな不条理なことだってやってのける。貴方が今まで積み上げて来たもの全て失ってもいいんですかー?」

 

「…………貴、様、こんなことが許されるとでも思っているのか!?」

 

「え、何がですか?私たちはあくまでサポートしたに過ぎませんよ?口車に乗ったのは貴方じゃないですか?それとも、この会場全体を覆うほど募った身内の前で一生消えない恥でもかきますか?……………安心してください、これでも私達―――『八神真理』一同は貴方に期待しているんです。これが成功すれば貴方に第八席の座を明け渡してもいいという判断が出ているんですよ?」

 

「第八席だ、と?」

 

 一族の期待を一身に背負っている須郷にとって十傑の肩書きは大きければ大きいほどいい。

 その提案は願ってもないものだった。

 

「どの道、この食檄に負ければ薙切せりかは何の力もない小娘です。この遠月で生きていくどころか―――――ふふ、ま、報復なんてありえませんから安心してください。あ、そろそろあっちに向かわないと!」

 

 早津田みるるが須郷と対面していた榊奴へと向かおうとする。

 その背中を須郷は―――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 買出しに出かけていた角崎達が遠月学園に戻る頃には既に夕日が暮れかかっていた。

 

「くそ、帰るのが遅くなった」

 

「そ、それにしてもビックリですね。羊の行列で電車がストップするなんて…………やっぱり街は怖いです」

 

(いや、どう考えたっておかしいだろ!)

 

 基本的に寮生活を推奨されているこの学園では連休以外での遠出には外出届が必要であり、二人が所属する寮では規定の時刻まで学園に帰宅できなかった者には罰則が加えられることになっている。それは十傑と言えども例外は無く、無断で遅れた場合は当然キツイ罰が待っている。

 

(学園に電話しても誰も出ないどころか繋がらないところまであったし、やっぱりこれは―――――)

 

「にゃはは、ダメですよー角崎さん。遅刻しちゃー」

 

 閉じられた校門の向こう側からこちらを見下ろすようにその声の主は立っていた。

 色素の抜け落ちたような青髪に、心底気に入らないがスタイルのいい体付き、極めつけは日頃一日中顔に直接彫り込んでいるかのように浮かび続ける気味の悪い笑み。

 

「やっぱりお前か、八神」

 

「にゃはは、私の事は親愛を込めて『シンリー』でいいですよ?」

 

「シ、シンリーですか?」

 

「そうですそうです。八神真理(やがみしんり)でシンリー。他の”私達”と区別するときにでも使ってください」

 

「園果。そいつと会話するな、性格が悪くなるぞ」

 

 何の警戒もせず、笑い続ける八神と会話する園果に注意を促す。

 この奇人は角崎が十傑の中でも最も警戒する対象であり、料理への姿勢で真逆にいる存在だ。それを例え数回の会話と言えども後輩と関わらせたくはない。

 

「………食戟はどうなった」

 

「あれれー、気になるんですかー?やっぱり、角崎さんって意外と後輩思いだったりするんですねー」

 

「…………」

 

「ありゃりゃ、黙っちゃった。ま、でも言わなくともわかるでしょう?須郷圭一が薙切せりかに勝てるわけがない。それどころか、私を含めた料理人の殆どはあの方と真正面からやりあって勝てる武器を持ち合わせてはいません」

 

 その言葉に角崎も口には出さないが同意する。

 薙切せりかの最大の武器はその知識と他人を観察して得た経験から相手の料理を即座に上回るレシピを編み出すことだ。角崎達料理人は自ら培った技術や経験から新たな料理を作り出すが、薙切せりかは料理人としての道を捨てることで自分以外の全ての料理人の知恵を他の料理人達が力を磨くために掛けたのと同じ時間で手に入れた。

 彼女と同じ時を過ごす以上、技術の修練に励む料理人達は彼女の知識を超えることは困難だが薙切せりかはただ他の”前例”という名の経験を踏まえるだけで軽々と彼らの限界を超える。しかもそれは対抗しようと料理人達が努力すれば努力するほど薙切せりかに力を与えることになり、最終的に彼らの屍の上に残されるのは生涯掛かってたどり着いた料理の極地を一歩超えたレシピだ。

 

 だからこそ、彼女をよく理解している現十傑は独自に魔女への対策を生み出した。

 

 第一席の現遠月最強は必殺料理を超えるレシピを作ったところでそれを作れる料理人が存在しないというある意味では最強の正攻法で突破した。

 

 第二席の手持ちの食材を捨てて調理する『満足食堂(ハンドレス・クッキング)』を提唱する変態は「そうか、食材を使わなければいいのか!」というちょっと何を言っているのかわからない謎の境地に到達した末に編み出した食戟流満足殺法・零式(ハンドレスコンボ・ゼロ)で対抗した。

 

 第三席の矢成音孤の作るいなり寿司はその味を超えられても彼女の神性までは真似出来ない為、それを無効化できない以上魔女は彼女に手出しはしないし、彼女も必要以上の関与もしない。

 

 第六席の豪雪山に至っては得意とするフィールド『山』が生態系維持の為に車やヘリなどで移動出来ないので、体力の無い魔女ではそもそも辿り付けない。

 

「須郷圭一は最初から全力で挑みましたよ。そして――――」

 

「アイツ…………」

 

 須郷圭一はそういった対策を一切持っていなかった。

 厳密に言えば彼が日頃から集めていた遠月での地位や権力といったものがそれに当たるのだろうが、かの魔女に対してそれは何の意味も持たない。

 この学園では各々が持つ、誰にも負けないという調理技術こそが大切なのであってそれ以外のもので対抗しようとしても料理に直結しないものでは効果が薄い。

 

 それでも、須郷圭一が薙切せりかに挑んだのは己の中にある感情への一つのケジメだろうと角崎は予想する。

 最終学年になった時、卒業するために必要なことは何か。

 そう、問われた時きっと角崎タキと須郷圭一の意見は一致する。だからこそ、今回の食戟例え勝敗がわかっていたとしても極力干渉せずにいた。

 一週間ほど前に薙切せりかが突然連れてきたあの一年生が出てくるまでは食戟の代理人は隣にいる木久知園果に任せようと思っていたほどだ。

 

「じゃあ、榊奴くんは勝てたんですね!」

 

 そんな角崎の心境を知らない園果は友人の勝利に歓喜する。

 しかし、この場にいるもう一人の十傑がただその報告をする為だけに現れるような人間ではないことを角崎は知っていた。

 

「そうですねー。勝てたといえば勝てたんですかねー?」

 

 そう、角崎タキは知っている。

 遠月第八席が浮かべるその笑みは誰かを安心させるためのものでは決してないことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早津田みるるが須郷圭一から離れ、榊度操にインタビューをしようと振り向いた瞬間。

 その手にしっかり握られていたはずのマイクが忽然と姿を消した。

 

「え、」

 

「無拍子からのフェイントを利用した超速移動。名付けて、榊奴ファントム――――いや、何でもない。ただの高速移動だよ」

 

 何が起こったかわからないというみるるの反応は榊奴の手に握られた彼女のマイクが粉々に握りつぶされるまで続けられた。

 

「全く、この会場の中で一体どんな因縁が渦巻いてるかなんて途中から割って入ったような俺にはわからないけど、生憎とこれ以上は誰も『笑顔』になんかなれないってのは分かるんでね。手を出させてもらう!」




 榊度ファントム――――炸裂っ!

 オリジナルが多くなって申し訳ございません。当初の予定だと殆ど主人公の見せ場がなかったので今回のような話になりました。
 一応、第九席編はあと一話で終わりますので今暫くのご辛抱を―――。

 アニメも第二シーズンに突入していよいよOPが料理漫画からかけ離れてきましたが、うん。原作通りだね。
 EDの謎の貞塚押しに美作登場辺りからストーカー繋がりで差し変わらないかと期待している自分がいます。普通に出てきた葉山より後から高確率で追加されるだろう美作に期待する今日この頃。

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