食戟のソーマ―愚才の料理人―   作:fukayu

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 因みに買い物に行っている二人は自分達の身柄も食戟に賭けられている事は当然知りません。


たった一つ必要な条件

「私達、本当に行かなくていいんでしょうか?」

 

「別に負けたって多少領土が取られるだけだろ?それくらいなら、構うことねえよ。大体、最初に無茶な提案をしだしたのはあの先輩だろうが」

 

「…………もしかして、タキ先輩まだ相談無しに食戟の相手を決められたの根に持ってるんですか?」

 

「ウッセー、お前は黙って荷物持ってろ」

 

 遠月十席にして薙切せりかが率いるサークルの一員である角崎タキと木久知園果は月天の間で繰り広げられる食戟には参加せず、学園からバスで小一時間ほどの距離にある市街地で買い物をしていた。

 十傑の一員ともなれば電話一本、メモ書き一枚で古今東西の食材を集める程度の権限はあるのだがせりかもタキもあまりその方法は好みではない。自分で調理するものはどんな達人に任せるよりもまずは料理人である自分で見た方が確かなものを作れるし、目利きという観点で言えば薙切せりかという少女に勝る人間をタキは知らない。

 

『う~ん、この食材は少し泣いていますね~。折角の料理が可哀そうです』

 

『なんだ、テメェー…………』

 

 初めて彼女に出会った時に言われたその一言は今でも覚えている。

 自分よりも一つ年上の少女は秋の選抜の会場で何故か卒業生や学園総帥に混ざって審査席にいて、学園側が用意した食材を一目見てそう下した。料理人にとって目利きは命だ。当然その時点のタキもそれはよく理解していた。だからこそ、その時正に手を伸ばしかけていた食材を傷物と称した彼女の言葉はタキの料理人としての技量を疑ってのモノだと受け取った。

 

 結果から言えば薙切せりかが正しかった。

 あの場で彼女が言いださなければきっとタキは十分な実力も出せずに十傑に入るのももう少し遅かったことだろう。

 だが、それは同時に自分の目利きの腕が決定的に彼女に対して劣っていたと言う事を証明してしまった。選抜で結果を残し、その後も実力で全てを勝ち取りながらもその敗北の記憶は拭えない。

 

 ただの一回。

 その一回で角崎タキは薙切せりかに対してどうしようもない敗北感を植え付けられた。

 それと同時に手も触れず、匂いすら嗅がずに、食材をその翡翠色の瞳で見るだけで良し悪しを断じる正に慧眼というに相応しき彼女の瞳に一種の憧れを抱いた。

 

 この世界はどうしようもない実力社会だ。

 実力があればどんなに若くてものし上がれるし、逆に実力が無ければ一生成り上がる事は出来ない。

 その世界で圧倒的な才能を持つ彼女は今も第十席という不相応な地位に納まっている。この完全競争社会である遠月で、まるで何かを待っているかのように勢力争いには加わらず、気付けば形式上とはいえタキの方が十傑の中で上位に来ていた。

 しかし、それで彼女を追い抜いたと考えられるほど能天気な人間では少なくとも今の遠月十傑は務まらない。例え序列が上でもあくまでそれは学園に対する貢献度や成績の上でのもので料理人としての腕を証明するものでは無い。もし、そんな制度だったならば十傑の順位は第一席と第十席以外は常に変動している事だろう。

 

 それ程の実力を持つ人間がつい先日会った一年生の為に態々舞台を用意した。

 それは薙切せりかという壁を越えようとするタキにとって予想外の出来事であり、到底認められるものでは無かった。

 

「………やっぱ、気に入らねぇ」

 

「やっぱり気になります」

 

「あン?」

 

「やっぱり見に行きましょうよ!」

 

 大量の食材をその両の手で持ち、ふらついている園果もあの一年の知り合いだという。友人を心配してかその顔は優れない。相手は仮にも十傑の一人だ。その憂慮ももっともだろう。

 それでも、タキはその提案を認める事は出来ない。

 

「お前、この買い物が何のためにあると思ってんだ。今なら私だってアイツが勝つくらいは”視え”てんだよ」

 

 この一週間、一人であの少年の相手をしたからこそ角崎タキは自分達や魔女のような圧倒的な才能は無くともその真っ直ぐな瞳を持った少年の勝利を疑うようなことはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ、負けるわけにはいかねえんだ!」

 

 須郷との実力の差は明らかだった。

 仮にも学園の頂点の一角である三年生と同学年ですら平均の位置しか狙えない一年生。才能の差もさることながら二年の歳月というものはどうしようも無く深い溝となって立ちはだかる。

 

 榊奴にとって唯一勝てる要素があるとするならそれはあの魔女から与えられたレシピに他ならない。

 しかし、それこそが今まさに榊奴を追い詰めている最大の要因だった。

 

『おーっと、榊奴シェフの動きが乱れる!ここで須郷シェフのリードが広がってしまうかぁぁぁ?』

 

(―――――マ、ズイ!)

 

 焦りから既定のタイミングから僅かに遅れる。

 そのズレは本来なら他の作業で修正すればいい。

 だが、今ここで調理しているのは自分が考えた手順によるものでは無い。

 これらのタイミングはあの薙切せりかが考え出したもので榊奴の眼から見ても全てが完璧、神業ともいえるレベルで整えられた一切無駄の無いレシピの一節だ。一つの遅れが全体に様々なズレを齎し、最終的には取り返しの付かない事態となってしまう。そうなれば、最早勝負どころではない。この食戟で背負った薙切せりかが持つ地位も名誉も、彼女が信じてくれた自分自身も全て無に帰すことになる。

 

(須郷先輩の動きからして、俺がレシピを完全再現しても勝てるかどうか五分五分がいいところ………。これ以上ミスをすれば――――――確実に負ける!)

 

 額を汗が伝い、包丁を握る手が震える。

 十傑に勝ると言われるレシピが今は天より垂れた一筋の蜘蛛の糸のようにか細い希望に見えてくる。この糸の他に縋るものは無く、本来こういった場合に頼るべき自らの経験や閃きなどが完璧に整えられたレシピを切り落とす諸刃の剣となる。料理人として積み重ねてきたものが全て自らの足枷となるこの状況は悪夢というしかない。

 レシピ通り作っても勝てるかどうかわからない。だが、その武器を捨てて経験や勘に頼ればこの相手には敵わない。十傑である須郷圭一は榊奴よりも今回のテーマを熟知し、研鑽を積んでいるのだ。

 もし、同じ年月を懸けていれば話は違っただろう。二年という歳月はどうしようもない差を生み出していて、それを埋める術は頭の中に刻み込んだレシピ以外に存在しない。

 どうしようもない絶望が直ぐそこまで迫っている。

 

「あの薙切せりかの代理人というので多少警戒していたが、全くの期待外れだったようだな」

 

「ッ!?」

 

 その声は対面する須郷圭一からだった。

 二人の料理人の距離は調理台を挟んでいるもののそれ程の声量を出さずとも届く程度で、須郷は会場にいる他の人間に聞こえないようなトーンでこの日初めて十傑である薙切せりかでは無く、代理人の榊奴操に話しかけてくる。

 

「いやはや、どうして君のような人間が彼女に選ばれたのか理解に苦しむよ。角崎タキや木久地園果ならば理解は出来る。彼女達は確かに天才であり、それらの才能が完全に開花する前に手元に置いた彼女の先見の明には脱帽ものだよ。だが、君に関しては正直解せないな。実力も無いかと思えば今目の前にいるというのに然したるプレッシャーも感じられない。一体彼女は君の何に引かれたというのだ?」

 

 その問いに榊奴は答えられない。

 自分以外の三人に関して同じ質問を投げかけられれば即座に論破し、食戟が実行不可能にする程度の解答を用意する事が出来るだろう。しかし、たった今投げかけられた疑問はそもそも榊奴自身が今日まで悩み続けてきた問題そのものだ。

 実力は勿論、料理に対する情熱もこの学園で言えばそこまで強いモノとは言えない。榊奴の目指す到達点である”誰かを笑顔にする料理”は結局のところ今の居場所でなければ到達できない場所ではない。場所と方法を選びさえすればきっと手に入るようなもの。

 

「…………ふん、何も言い返せんか。もういいだろう。これで終わりにしてやる」

 

 須郷が初めて今回のテーマである食材の一つを手に取る。

 彼の手元には文字通り下ごしらえのすんだかのようにメインとなるべき食材の立ち位置が明確に示され、調理人自身の手でその場所に確かな輝きを放つ主役が降臨する。

 

「見るがいい、これこそが真の食材というものだ。料理人にとって常に最高を出す事は基本以上の意味を持たん。この須郷圭一という人間は常に精進を欠かさず、誰であろうと手は抜かない。だからこそ我が必殺料理(スペシャリテ)は食材の質でこそ決まる!紛い物では到達できない極みを今こそ、この場に集まった者達に見せてやろう!!」

 

 主役の登場と同時に張り上げられた須郷の声に会場中から歓声が沸く。

 それだけの美しさがそれらにはあった。榊奴の用意した者がニセモノに見えるほどの輝きが、自分達こそがホンモノであると証明するほどの存在感。

 

 それを前にして、榊奴操が取れる選択は先程と変わらない。

 やる事は変わらず、やれることも無い。何もしていないのに溝は数分前よりもはるかに深いモノとなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あーあ、やっちゃたねえ』

 

『こ、これはどういう事でしょう?私には榊奴シェフの食材と須郷シェフの食材が全く違うものに見えるのですが!』

 

 隣で大声で驚く実況とは打って変って同期のあまりの大人げない行動に頭を抱える矢成音弧は色々言いたい事は有ったが極めて冷静に自分の務めをすることとする。

 

『まず、食材についてだけど、これはただ単に質によるものだねい。牛肉なんかにA5なんかのランクがある様に高級食材にもそれぞれランクがあるんだよ。そうじゃなきゃファミレスなんかでトリュフなんか見かけないだろう?あそこにあるのはピンからキリまである食材の中から金や須郷家が代々積み重ねてきた食の供給ライン、遠月十傑としての人脈全てを駆使して集めた逸品だ。断言してやるよ、今この場において須郷のモノに勝る食材は他に無い。間違いなくこの地球上で最高品質の食材だよ』

 

 音弧の宣言と共に再び会場が湧き立つ。

 何せ、遠月に通っていても授業以外で触れる機会なんて早々無いモノばかりだ。それでいて料理人として須郷の腕前は保証付き。審査員は勿論、この場に集まった者の中には過去に須郷に食戟で負けた者も数多く存在する。そんな彼らが嘗て恐怖を感じた料理を今回は一人の観客として再び圧倒的な状況で視聴出来るのは敗者としてもそれほど悪いものでは無いだろう。

 

(一応、性格がもう少しマシなら人望も今よりはあるのかねい。……………とは言え、須郷が必殺料理(スペシャリテ)を使ったってことは勝敗は殆ど決まったも同然かー)

 

 須郷圭一という男はあれでいて容赦がない。

 相手を自分にとって価値の無い存在だと見下すことがあってもそれを理由に手を抜くことなど決してしない。刃向う弱者は常に全力で完膚なきまでに叩き潰す。そうしてこの遠月で作り上げた勢力は十傑の中でも最大級のモノでもしあと数年あればもっと上を狙えた人材だと音弧は評価している。

 今回の勝負も当然手抜きなど一切行わず、考えられる限り全力で食戟に臨んだと言う事は想像に難しい事では無い。それこそが第九席須郷圭一と第十席薙切せりかの違いであり、今回の流れを結果付けてしまった要因だ。もし、須郷が相手が一年生だからという理由であの手の人間にありがちな油断をしたり、魔女が最初から本気で潰しに掛かればもっとマシな結末に変わっていただろう。

 

 しかし、例えどんな未来が予想できても傍観者であり、常に公平な立場である音弧にはどうする事も出来ない。

 未来予知はあの魔女の領域であり、未来を変えるのはそれ相応の器が必要だ。

 

「結局後は、あの少年次第かねい」

 

 もう一波乱ありそうな会場を眺める音弧は憂鬱な表情で本日四十七個目となるいなり寿司に手を付けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~ん、ちょっと予想外ですかね~」

 

 第九席の食材による必殺料理(スペシャリテ)の完成という自身の想定を超えた動きと本人の思いどおりにすら動けていない榊奴操という二つのイレギュラーに対面しながらも薙切せりかは周囲の不愉快な歓声と嘲笑(雑音)に多少眉を顰めながらも余裕の表情を崩していなかった。

 

 彼女にとってあくまでこれは想定内。

 この程度のイレギュラーはハプニングの内にも入らないものであり、思い描いた未来(レシピ)の一つでしかない。

 ここまでもそうだったし、これからも変わらない。

 この会場に入った時から全ての人間(食材)が、状況(調理器具)が、薙切せりかの作り上げたレシピによって料理という完成形へと進むことが決定している。

 

 どんな状況にも対応できる完璧なレシピなど存在しない。

 少なくとも遠月第十席を冠し、魔女の名を欲しいがままにする薙切せりかの描き出す『黄金のレシピ』と呼ばれるものはそんなものでは無い。

 

 誰よりも料理では無く、そのレシピを創る事に精通している彼女だからこそ出来る戦い方がある。

 あらゆる状況に対応するならばそれだけの数のレシピを用意し、料理人に叩き込めばいい。

 自らの想定を超えた料理が目の前に現れたのなら―――――

 

「さあ、それではみーくん。【プランB】といきましょうか」

 

 車椅子に収納した画板を取り出しながら発したその声は小さく、例えその場にいたとしても聞き取れるようなものでは無かった。

 それでもいつも通りの笑みを浮かべながら魔女は確信を持つ。

 

 選んだ理由など然程大きなものでは無い。

 ただあの少年が彼女の望みに応える”程度”の才能を持ち合わせていただけ。

 

(――――――ほぅら、目が合った)

 

 




 魔女に選ばれる条件

・言われたことはしっかりやる。
・得ても無く、不得手も無い位が丁度良い。
・疲れたら文句を言いつつも背負ってくれる。
・人生で三回くらい死にかけて天国を見た事がある(注:一部のレシピの再現に必要)。
・気の調節で熱気と冷気を操れるといいかも?(半分冗談。必須ではない)
・一応要人なので武装した一個小隊くらいは無傷で相手ができ、無駄な騒ぎを起こさず安全を確保できる。
・必要な時は廃材等からどんなものでも作れる器用さ。
・からかい甲斐があり、怒こってもすぐに許してくれる人(必須事項)
・従妹の二人に誑かされない程度の忠誠心(当然ですよね?)
・意外と興味の無い事以外にはだらしがない人間を許容できる大きな心(一番重要です!)

 以上最低五個以上。
 外国語などは魔女が話せるので最低限一人で異国に放り出されても生活できれば問題ないとする。

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