食戟のソーマ―愚才の料理人―   作:fukayu

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第一の課題

 この宿泊研修の課題は最終日以外講師役となった卒業生達に全て一任されている。

 ここ、遠月リゾートは普通に泊まろうとすれば俺なんかではとてもじゃないが手が出ないほど高い。

が、今日この日に限れば殆どタダ同然で満喫することができる。食材費も全て遠月が賄ってくれるという最高の環境で来るこの場所は学生時代に来た時とは百八十度違って見えた。

 

 あの時は生き残るので必死だったなぁ、と思い起こしながらあの青春時代に出来なかったことをやり返すため、荷物に水着や浮き輪を入れたりして浮かれていた。

 あわよくば水原さんや日向子さん達と水着デート等も出来るかと思い、ここ数日体を鍛えたりもした。

 

 

 さて、もう一度言おう。

 この宿泊研修では課題の全ては講師達に一任されている。

 

(食材注文するの忘れたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!)

 

 浮かれすぎていたのだ。

 気を抜き過ぎていたのだ。

 

 自分の課題会場に入って、あれ食材がまだ届いてないなぁ、などと小首を傾げ講師用に配られたマニュアルを見直した所、「課題に必要なものは事前に申告せよ」との記載を発見した。

 

「こういう行事はいつも参加する側だったからなぁおやつの金額くらいしか確認したことなかった………」

 

「あのぅ」

 

「え?」

 

 遠慮しがちに一緒にこの会場までやってきた生徒が話しかけてくる。

 気付けば他の生徒も皆自分が何をすればいいのかわからない様子だった。

 

 無理もない。

 課題をやりに来たというのにそこに食材もなければ調理器具ですら必要最低限しかないのだ。

 不安にもなるだろう。 

 実際、俺だって不安だ。

 

(どうする?このまま今日はオリエンテーションです。みんなでお話しましょう。とでも言ってみるか?料理人としての心構えを聞けばそれっぽく―――――ダメだ。どう考えたって無職の俺が一番ふわふわしてる!)

 

 この課題は遠月の名を背負う由緒正しいものだ。

 講師は生徒たちを実際のスタッフだと思い接し、料理人としての裁量がなければ独断で退学にすることもできる。もし、そんな重大な課題を何も準備してなかったからなんて言って有耶無耶にすれば―――

 

(殺される。四宮さんに――――「レギュムの魔術師(殺人鬼)」に殺されるぅぅぅぅぅぅ!!!!!)

 

 必死にこの状況を生き残る術を探す。

 

(そうだ!日向子さんの日記!!!)

 

 先程託されたアレを使うときがどうやら来たようだ。

 手書きで記された膨大な情報の中から彼女が課題を取り仕切った時の記述を探し出す。

 

「あった!」

 

 人間の集中力は窮地において輝くものだ。

 遠月で培ったそれは伊達ではない。お目当てのページを探し出し、希望を込めてゆっくりとその中身を読み込む。

 

―――――――――『ここの食材はどれもおいしかったです』

 

「ッ、ただの感想じゃねえかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 その時、俺の中で本当の窮地に陥った時はちゃんと自分の力で解決できるようにするか日向子さんじゃなく水原さんや堂島さんに頼むことにしようと決まった。

 

 まずは手始めだ。

 この状況をどうにかしてやろう。

 

「……………みなさぁぁん」

 

「「「「っひ!?」」」

 

 突如として発狂し出して日記のようなものにツッコミを入れだした情緒不安定気味な講師の不気味な笑みに生徒達の何人かは腰を抜かす。

 

「見ての通りここには食材がありません。ですが、ここは仮にも遠月が誇る高級リゾート。食材や器具などいくらでも転がっています。そして、食の世界は食うか食われるか。…………後はわかりますね?制限時間は今から三時間。どこからでもいい、食材を誰かから奪ってでも自分の信じる料理を完成させろォォォォ!!!」

 

「「「はいいィィィィィ!!!!!」」」

 

 生徒達が一斉に教室から飛び出していく。

 その恐ろしい剣幕はリゾート内に響き渡り、きっと他の組や客に迷惑だろうなと思いながらひとまず去った危機に対し安堵する。

 

「…………凄いな。これが若さか」

 

 誰もいなくなった教室でこの後どうしようかと日向子日記に再び目を通す。

 

「相変わらず無茶をしますね。榊奴先輩」

 

「アレ、まだ残ってる生徒が…………って、秘書子ちゃん!?」

 

「緋沙子です。新戸緋沙子」

 

 学園総帥の孫娘にして現遠月第十席薙切えりなの秘書を務める少女がそこにいた。

 

 少女は何事もなかったかのように調理に入っており、鼻覚を刺激するような香りが既に立ち上っていた。

 

「漢方類ならいくらか手持ちがあったので、その他はこの部屋の中にあったものを少々――――」

 

「この部屋にあったもの?」

 

 言われて気づく。

 貸し与えられた部屋がただの調理室ではないことに。

 

 他の生徒たちやほかならぬ講師である俺ですら見落としていたことだが、普通に落ち着いて考えれば引き出しに調味料はあるし、それらは一般家庭にあるようなものではなく、高級ホテルに相応しい選び抜かれた一品だ。

 調味料など職人の腕しだいで善し悪しはどうにでもなるというが、いいものを使うに越したことはない。そして、この部屋にはそのいいものが大量にある。これらと少しの食材があれば一流の職人ならば舌を唸らせるほどの作品を作り出せるだろう。

 

(えりなちゃんがえりなちゃんだから只者ではないと思っていたけど、やっぱり遠月を背負うにふさわしい料理人だったわけか)

 

 一応在学中は彼女たちは中等部にいたのだけれど、神の舌(ゴッドタン)を持つえりなちゃんはその時点で高等部にも出入りしていて知り合う機会もいくつかあった。その隣をいつもついて歩いていた彼女が凡才なはずはない。

 

「うん。秘書子ちゃん文句なしで合格!!」

 

「だから、緋沙子です」

 

 出来上がった料理も非常に美味しかった。きっと彼女はいいお嫁さんになる。

 

 講師用の評価用紙にその手の旨を書き、満足げに次の生徒を待つ。

 この様子なら他の生徒たちも十分期待できるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、申し訳ありませんでした!!」

 

 三時間後、大量に掛かってきたお怒りの電話に対応する俺がいた。

 何でも他の組に食材を求め、強奪しに侵入した生徒が複数いたらしい。

 

 うん、そりゃそうだよね。

 講師の言葉が絶対なこの状況で奪ってでも料理を作れなんて言ったらそうするよね。でも、君たちの料理、美味しかったZE。

 

 改めて、この合宿での自身の立場の重みを理解する。そして、今後の自分の立場を心配し、死にそうになりながら帰路に着いた。


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