食戟のソーマ―愚才の料理人―   作:fukayu

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 冒頭のネタがウザイという意見があったので今回は自粛です。

 今回は魔女と優雅な秋の選抜の観戦デート会。
 感想で魔女ってGE2のラケル博士じゃね?という質問がありましたが、一応色々とモデルにしています。色々と…………さぁ、この過去編も書いてる内に結構長くなりそうになってきましたが、今は弄り甲斐のある友人となんだかんだ言って面倒見のいい先輩とラスボスとの毎日を満喫中です。


一番近くの天才

 初の食戟に向け、魔女の元で腕を磨く榊奴だったがここで一つ誤算があった。

 予選落ちした為殆どノータッチだったが秋の選抜の本戦は未だ継続中であり、榊奴以外の三人は全員何らかの形で関わっていたのである。

 

 現在、榊度操と薙切せりかの二人は秋の選抜本戦の会場である月天の間を一望できるVIPルームの一つに来ている。榊度にしてみれば恐らく単独でこの場所に来る機会は一生無いと思われるのでついつい辺りを見回してしまう。

 

「あのセンパイ、食戟って明日ですよね?こんな所でノンビリしてていいんですか?」

 

「うーん、でもこれは私の仕事でもありますし~」

 

 魔女の乗る車椅子の数歩後ろに立ちながら翌日に迫った十傑との戦いという死刑宣告に胃をやられる。

 そんな榊奴の心境を知ってか知らずか、薙切せりかはオペラグラスを使って会場の様子を楽しそうにのぞき見ている。

 

 彼等はただこの選抜を見学しに来たわけではない。

 秋の選抜という行事自体、学園の最高意思決定機関である十傑評議会に運営が一任されており、出場者の選定から審査員への交渉、競技の運営まで全てたった十人の生徒が執り行っている。当然少数精鋭である以上、その殆どが裏方に徹して表側には数人しか出てこないが、それだけ彼等一人一人に振られる仕事量が膨大である証である。

 公然では足が不自由ということで通っている魔女にも当然その任がいくつか与えられており、その一つがこの大会内での不正行為の監視である。まず有り得ないが、もしも賄賂やイカサマ等公正な勝負を妨げる行為があれば長い遠月の歴史に傷を付けることになる。

 その点で彼女の眼はこの業務には適任だった。

 

 遠月第十席薙切せりかの翡翠の瞳は全てを見渡す。

 操ですら修行して得た”気”や”オーラ”と言われるものを視覚に集中してやっと料理人たちの手元が見えるような距離で彼女は審査員であり学園総帥である薙切仙左衛門の細かい表情に変化まで手に取るように見えるという。

 

「あ、『はだけますよ』?」

 

「いや、あのじいさん基本表情の変化がないんですけど…………視力とか関係ないんですよね?と、いうかセンパイ食べる前に当てないでくださいよ」

 

「ん?食べてからだと賭けになりませんよ?」

 

 二人は神聖な食の激戦であろう事か「食の魔王」と呼ばれる老人が料理を食べて『はだける』かどうかという賭けをしていた。

 せりかが言い出したことだが、現在全試合で的中という恐ろしい精度を誇っており賭けとしては榊奴の全敗。負け越しているから言うわけではないが、仮にも不正を監視している立場の人間が何をやっているのだろう?

 

「それに、みーくんの練習相手になってくれるタキちゃんも十傑ですからね。今はこの選抜の裏方として後輩達の為に汗水垂らして働いていますよ~」

 

「あ、あの角崎先輩が後輩の為に?に、似合わねぇぇぇぇ」

 

 せりかの台詞に辟易とする。

 件の先輩は超が付くほどの実力主義で数日前から始まった訓練でも一切手加減せずに圧倒的な実力で榊奴を叩き潰しており、お陰様で上達しているのかどうか全くわからないという状況。そんな彼女が後輩の為だからといって笑顔で働いている姿は当然ながら想像できず、溜まったストレスにより本日の特訓はより一層の激しさを増すと思われる。

 

「…………もう一人は流石に頼めねえしなぁ」

 

「フフ、本当なら私が相手をしてあげたいんですけど。生憎と料理に腕じゃタキちゃんと園果ちゃんの方が上ですからね~」

 

「そんなそんなご謙遜を――――。二人とも言ってましたよ、貴女と戦うと確実に心を折られるって」

 

「そうですか~、二人ともそんなこと言っていたんですね~」

 

(あ、ヤベぇ!!)

 

 薙切せりかの表情は聖母の笑みといっていいほど朗らかなままだが、気の上下にてある程度相手の感情の変化を感じ取ることが出来る榊奴にとってそれが逆に恐怖となっている。彼女は完全に自らの感情を制御できる人間だ。一切感情の揺れが無いにも関わらず周囲には喜怒哀楽を誤認させるほどの気を放出する事が出来る。それによって、どんな達人でも彼女の心の中を知ることが出来なくなってしまっている。

 つまり、今彼女が榊奴の言葉で実はブチギレていても誰もその事実を知ることがなく、水面下でとんでもない事態に発展しているなんてこともあり得るのだ。こんな達人級の精神遮断技術をどこで覚えたのかわからないが今の発言がもし気に障っていたとしたら、園果はともかくもうひとりの先輩からの至極当然真っ当な報復が待っている。

 そうなる前に話題を変えなければ。

 

「あ、先輩来ましたよ!」

 

「まあ、本当ですね!おーい、園果ちゃ~ん!」

 

「ここガラス張りなんで聞こえないですけどね」

 

 丁度いいタイミングで調理の終わり、審査員席に持っていく木久知園果に感謝する。やはり、親友はこういう時に使えるな。

 

「さて、決勝戦まで来ましたけど………どちらが勝ちますかワクワクですね~」

 

「…………やっぱ、帰って練習してもいいですか?」

 

「みーくんは園果ちゃんが心配じゃないんですか?」

 

「別に心配なんてしませんが、何か?」

 

 今から始まるのは秋の選抜の決勝戦。

 事実上の今期NO・1を決める戦いだと言っても過言ではない。当然ここまで勝ち抜いてきた対戦相手は疎か審査員達まで曲者揃いであり、ここまで残ってきた園果でも並の料理では勝ち目はないだろう。

 

「アイツはネクラで気弱でいつも周りの意見に振り回される困った奴です。でも、それ以上に料理という分野では間違いなく天才ですよ。少なくても俺以上にはね」

 

 木久知園果の得意とする洋食は幕末からに明治初期にかけて生まれた西洋人のために日本人達が彼らの食文化を研究して作り出されたある意味ではこの国が代表するもう一つの日本食だ。当時の料理人達は西洋料理の食材を揃えることが困難な状況で自分達の持つ知識と発想で独自の進化をもたらした。

 西洋の技術を取り入れることはきっと国内外からも大きな反発や奇異の目に晒されたことだろう。だが、彼らがいたからこそ今の日本の食文化がある。

 それはかつて洋食と呼ばれていたものがフランス料理・イタリア料理・スペイン料理・ロシア料理・ドイツ料理などと国別に呼びわけるのが普通になった現在でも同じでハンバーグやシチュー等この国になくてはならないものとして深く根付いている。

 

「洋食の天才であるアイツに勝るものはそうそういないですよ。少なくとも同じ年代にはいなかった」

 

「”かった”ですか。フフ、やっぱりみーくんは面白い子ですね~」

 

 榊奴の発言に珍しく感情そのままに笑うせりかに思わず見とれてしまう。

 美しい黒髪も翡翠の瞳もその小さな身体に宝石のように散りばめられながら完璧なバランスで成り立っている少女。角崎タキよりも小さな身体で、木久知園果よりもか弱い腕で、榊奴操よりも強い心で、今という感情を素直に表現した彼女は何よりも価値があると素直に感じる。

 

「お、俺が言いたいのはですね!つまり、アイツはッ――――」

 

「大丈夫ですよ、私も同じ意見です。みーくんは園果ちゃんをずっと見てきたんですよね?中等部の頃から、高等部に上がってより一層”友人”として、”ライバル”として見てきた。だからこそ、負けることを認めないのではなく、勝つことを疑わないと思える。――――――悔しいですか?自分があの舞台に立っていないことが。むず痒いですか?一方的なライバル意識だけが増大していくこの状況が」

 

「――――センパイ。俺は、」

 

「でも、ダメです。今貴方は私の従者としてこの場にいます。遠月第十席の付き人がこの場を離れることは主である私が許しません。ここで見届けなさい。あの場に立てない屈辱を。ライバルが一足先に次のステージに上がるその瞬間を」

 

 屈託のない笑みを浮かべる思わず見蕩れてしまうような少女の姿は既にそこになく、少女の居た場所には妖艶な魔女が鎮座していた。

 獅子は子を崖から叩き落とすというが魔女はどうやら弟子に屈辱と憎悪と絶望を与えて育てるようだ。今更ながらあの二人の言っていた言葉の意味が分かる。これでは普通の人間なら数分言葉を交わしただけで心を折られるというのも納得だ。

 

 結局、榊度操は親友が栄光を掴むという優越感と一番身近なライバルの勝利に対する劣等感という相反する感情を抱きながらその一部始終をその目に焼き付けた。




 とある二人の学生生活

 中学一年

操「俺はみんなを笑顔にする料理人だ。これからよろしくな!」

園果「は、はい!よろしくお願いします!」

操(なんかオドオドした奴だな。大丈夫か?)

園果(この人さっき素手で猪倒してたヒトだよ、ね?こ、怖い!)


 中学二年

操「今回の課題は楽勝だったし、街に遊びに行こうぜ!」

園果「で、でも、街が危ないですよ?」

操「へーきへーき。それよりもお前の洋食は高級感があるけど、少し庶民的な味も作れる方がいいと思うぜ。俺の友達がそういうの得意だからさ」

園果「あ、ありがとうございます」

操(街が危ない?ま、こいつトロいから絡まれるかもな。奥義をいくつか開放する気持ちで行くか…………)

園果(この人と歩いていると人が空を飛ぶ光景が当たり前になってきて怖い…………)


 中学三年

園果「榊奴くん、この前の料理研究家の人ともう一度会いたいんですけど………」

操「にゃん太さんのことか?あの人最近ネトゲにハマってるって言ってたからあっちでコンタクトしたほうがいいかな?わかった、ちょっと待ってろ!」

園果「あ、午後も授業あるのでそんなに急がなくても!………本当おせっかいですね」


 高校一年

操「あ、木久知~。ラーメン食いに行こうぜ!」

園果「い、今何時だと思っているんですか!?それに今は宿泊研修中ですよ!どうしてそんなタイミングで!」

操「俺は男のロマンを探さなければならない。お前は俺の親友だ。これ以上説明する必要はないだろ?」

園果「…………もう勝手にしてください。先生方に見つからないようにお願いしますよ?」

操「任せろ!」

 
 木久知園果はこの四年で料理の腕と逞しさと状況に流される力を手に入れた。――――失ったものは大きい。

 

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