完結するかもとか言っておいて即失踪した点については本当に申し訳ありません。
同じ轍は踏まないようにこれからは気が向いたときに更新することにします。できれば5月中には再開したいなーって思ってますけどやっぱり予定は未定です。
『有ちゃんへ 今日のお仕事は17Fの第3スタジオで宣材写真を撮影します。一緒になる子たちと仲良くね。おやつは上から三番目の引き出しに入ってます』
「あーこの感じ久しぶりだわー」
今日も今日とてPさんの机の下でサボろうと潜り込んだ俺は、いつかと全く同じ罠にかかっていた。
前に一度引っかかった以外机の下はずっと安全地帯だったから油断してた。
久しぶりだから忘れてたわー。
久しぶりといえばなぜかこうして事務所に来るのも久しぶりな気がする。昨日も一昨日もちゃんと来てたのにまるで一年振りくらいに訪れたような。
どうしてそう感じるのか不思議でしょうがないけどなんとなく久しぶりだわー。
原因は本当に全くもって見当もつかないけど久しぶりって言いたい気分だわー。
とりあえずおかしおかし……きのこの山ゲットだぜ!
選択肢は2つじゃないんです。すぎのこ村のこともたまには思い出してあげてくだしあ。
「お、もう1枚あった」
おかしと一緒になんかの紙が出てきたけどまた指示書かな?
『追伸 今日はアンダーザデスクという3人組ユニットの撮影がメインで有ちゃんはオマケです。宣材もお試しだと思って気楽にしてどうぞ。特別に3人のプロフィールも付けてあげるので今回こそは仲良くなる努力をするように』
あっちゃー。これはあれだわー。宣材とか建前で他のアイドルと親しくなれっていうのが本音のやつだわー。
『というかもう宣材なんて気にしなくていいのでいいかげん友達を作ってください』
ほらもうここに本音が書いてあるし。とうとうお膳立てが必要なレベルだと判断されちゃったかー。公園連れてって「一緒に遊んであげてね」ってお願いするおかんみたいだな。
もうすぐ半年は経ちそうなのに結局仲良くなれたアイドルってウサミンだけだもんね。
なんだかんだ30人近いアイドルと会ってるのになー。ウサミンでさえ友達と言っていいのか自信ないしなんで友達できないんだろうなー。
いやアイドルやるなら同僚との関係が大事なのはわかってるよ? Pさんもただ気を遣ってるわけじゃなくて今後を考えた上での忠告だろうし。
あの人は出来の悪い子どもを心配するだけのおかんじゃない。仕事の上司として、いつまでもオロオロしてないで自分から動けって俺に激励してくれてるんだよ。
家でゴロゴロしてないでハロワ行けって尻を叩いてくるおかんみたいな。やっぱりおかんかも。
まあウサミンに自己紹介のコツとかも教えてもらったし、事前にどんな子がいるかわかるなら心構えもできるでしょ。
とりあえず友達は無理でもその場限りの関係で終わらせないことを目標にしよう。
いきなり全力疾走は身体に悪いからね。廊下で会ったらあいさつできるくらいになれば十分だよね、きっと。
方針も定まったところで、プロフ読んだら第3スタジオに行こう。あ、これ話題作り用に俺との共通点まで書かれてるんだ。
至れり尽くせりやでー。
学校の教室よりずっと広い大きなスタジオのど真ん中に、346のオフィスでごく一般的に使われている事務机が鎮座している。
しかし近づいてよく見ると通常の物よりも若干大きめのサイズだった。具体的には横幅が広い。机の下に3人くらい入れそう。
「机がデカすぎる」
本来ならこんな怪しい物体に近づくべきではないのだろうが、さっきPさん机の下には入れなかったせいで溜まった欲求が抑えられない。
勝手に入って怒られないか心配だけど、ちょっと好奇心もあるしまだ誰も来てないみたいだから入っちゃおうかな?
机があったら下に潜り込みたくなるのは誰でも持ってる欲求だよね。こたつがあったら入りたくなるのと同じ同じ。
「ではさっそく」
「ひぃっ……! こ、この机はもりくぼが先客なんですけど……」
怪しい机の下に潜ろうとしたら既に誰かいたでござる。
わざわざ机の下に潜り込むとか変人かよ。俺も同類ですねはい。
よくよく見たら資料に載っていた子だし。
アンダーザデスクのメンバーの一人で、名前はそう、イーノッ……じゃなくて森久保乃々。
Pさんの簡単プロフィールによると年は14歳、8月27日生まれの乙女座で地味に俺と誕生日が近い。
星座も同じだし話題にしやすそうだけど、残念ながらウサミン流処世術的に誕生日ネタはNG。ウサミン曰く誕生日の話は地雷が多いとのこと。
ちなみに俺の誕生日は8月30日。誰にも祝ってもらえなかったけど、みんな宿題に忙しいせいだって言い訳して自分を慰めてたという悲しい話しかない。誕生日エピソードは地雷だっていうウサミンの言にも納得せざるをえないね。
一応誕生日以外で俺との共通点はもう一つあるんだけど、アイドル活動に消極的っていうなんとも言いがたい共通点だ。正直これでどう話を広げていいのかわからんです。
とりあえず適当に自己紹介しながら話を広げてみますか。なんでもいいから話さないと会話は上達しないってウサミンも言ってたし。
「おっ、森久保の隣空いてんじゃ〜ん!」
「な、なんで入ってくるんですか。もりくぼの安寧の地を侵略しないでほしいんですけど……」
「遠慮すんなよー」
「遠慮してほしいのはもりくぼの方、というかそもそもお姉さんは誰なんですか」
「いいからいいから。名乗るにしてもまずは机の下に入らなきゃ始まらないでしょ」
「意味がわからないんですけど……。あ、わかりましたから押さないでください」
「おじゃまするわよー」
意外と早く堕ちたな(強引)
押しに弱いところを見る限り消極的な性格であることは確からしい。その諦めの速さ、嫌いじゃあないぜ。
「もう少し端に寄りますね……」
「ありがとー」
外側から見た印象通りこの机はけっこう大きかった。
人が2人入ってもまだ余裕がある広さだし、シンプルな造りをしているから余計な装飾もなくて居心地が良い。
グレードを表すなら都内で家賃10万円台のマンションくらい。
「はー癒されるー。机の下は落ち着く、森久保もそう思うよな!」
「それには同意ですけど馴れ馴れしいです……。あといいかげん名前くらい教えてください」
「あーそうでしたね。私は小鳥遊有っていう新人ですたい。今日はアンダーザデスクの撮影にくっついてついでに宣材撮るだけの簡単なお仕事です帰りたい」
アンダーザデスクとはその名の通り机の下アイドルを集めたユニットである。メンバーは3人いるんだけどまだ森久保しか来てないようだ。
万人受けはしないけどカルト的な人気を誇るメンバーが集まっていて、ライブなどのイベントの盛り上がりは数あるユニットの中でも上位に食い込むとかなんとか。
しかし改めて考えても俺必要なくない?
どうせおまけでしょ? お菓子の包装に書いてあるウンチクくらいどうでもいい存在だよ。
それに机の下に来たらリラックスモード入っちゃったしお仕事する気分じゃないわー。だいたいいつも気分じゃないけど輪をかけてめんどくさい気分だわー。
「もりくぼは森久保乃々です。おねえさ、有さんは元々知ってたみたいですけど……」
「名前以外はあんまり知らんよー。モリック・ボノノだよね。よろしくボノノ!」
「ぼののって誰ですか……。いえ、輝子さんとかたまにそう呼んできますけど……やっぱりもりくぼのことけっこう知ってるんじゃ」
「今朝知ったばかりの人間に詳しくなるとかむーりぃー」
「完全に知ってる人のセリフなんですけど……」
「三点リーダー多いなぁおい!」
「性分だからやめられないです……所詮もりくぼは何かの間違いでちょっと売れただけのネガティヴ人間ですから……」
プロフィール通りのネガっ子だね! 将来が心配だよ!
他人のこと言える立場じゃないけどね。
あれ、でももしかしたらこれって話題を作るチャンス?
「よーし、何か悩んでいるならぼののさえよければ私が聞いてあげよう。お姉さんに話してみんしゃい」
「別に悩みというわけでは……生まれつきなのでもりくぼは一生このままでいいです」
「おやおや、まだ20年も生きてない子どもが自分に見切りつけちゃってるなんてお姉さん悲しいぞー」
「どうせもりくぼのネガティヴは直りません。お仕事もプロデューサーさんがいなければもらえないんです……」
「ネガティヴならそれはそれでネガティヴなりの人生が送れるから元気だそうぜ。私が見本な!」
「あ、いつかは克服できるとか励ますわけじゃないんですね……」
「そりゃあ私は克服できなかった側の人間だからね」
そもそも克服しようと思ったこと自体ほとんどないけど。ぼっちだからネガティヴでも誰にも迷惑かけてなかったしね。ただし家族は除く。
「有さんを見てるとネガティヴには見えないですけど……」
「何をおっしゃる小リスさん。就活から逃げ出して自暴自棄になった挙句なぜかアイドル目指すことになって、それすらサボろうとして逃げ続けてる人間がポジティブだとでも?」
「うぇ……流石にそのレベルともりくぼを一緒にしてほしくはないです。いい大人がみっともないんですけど……」
「センセンシャル! (すいませんでした)」
ぼののさん容赦ねぇよ。
人生の先達としてなんか良い話でもして諭そうとしたら盛大に失敗しちゃった。
うわー悩み相談とかしなきゃよかったー。変に年上ぶってお姉さんとか言わなきゃよかったー。
あ、そもそも俺お姉さんじゃないじゃん。どうやら最初の時点でつまずいていたらしい。そもそも人として俺の方が劣ってるよねこれ。
ぼののは既に俺を超えていた……?
「う、うむ。よくぞこの私を超えて見せた。もうお主に教えることは何もない」
「今の流れでいったい何を教わったのかをもりくぼは教えてもらいたいんですけど……」
「人生諦めが肝心、とか不満を感じられる内はまだ終わってない、とか?」
「よくわからないです……」
「大人の言うことはいつもわからないことだらけさ」
『高校・大学では一生付き合える友人が出来る』とかよく教師が言うけどほんと何言ってるかわからないよね。
「あーたくさんしゃべったら疲れた。帰りたい」
「さっきもそう言ってましたけど実際には帰らないですよね」
「Pさんとの取り決めがあるからねー。サボってもいいけど捕まったら仕事するっていう。ちなみにPさんの方が完全に上手だからサボれた試しはない」
「奇遇ですね、もりくぼも同じです。隠れてもいいけど見つかったら働かされるのです……」
「で、机の下にばっか隠れるからいつもバレバレと」
「あうぅ……結局机の下が一番落ち着くんです」
「その気持ちはよくわかる」
狭いけど自分の空間って感じがするし、アウェーじゃなくてホームなんだよね。
例えるなら実家のような安心感?
ただし机は他人の所有物だけどな!
「ま、お菓子でも食べて元気出すといいよ」
「きのこの山……好きなんですか?」
「これは貰い物。甘い物なら何でも好きだし、普段は適当に市販のお菓子買ってるかな」
「もりくぼは洋風なお菓子が好きです。まゆさんが紅茶担当なのでケーキとかよく差し入れします」
「フヒ……私はきのこの山大好きだぞ……」
「あ、そうなの? そりゃまた運が良いというか……いやPさんが知ってて用意してくれたのかな」
「有さんのプロデューサーが誰か知らないんですけど……」
「増田さん」
「あ、あの人か……お菓子くれるイメージとかなかったけど意外だな……」
「そんなことないんだけどなー」
Pさんの机にはだいたいお菓子が入ってる。お願いすれば分けてくれるし、今日みたいにわざわざ用意してくれてることもある。
甘味欲しさにPさんの机の下に居ついてる面が無きにしも非ず。
あ、別にこれ餌付けとかじゃないから(強弁)
「ところでこの子は誰?」
「ほ、星輝子です……よろしく」
「初対面ですか……普通に話してたので知り合いだと思ってたんですけど……」
「フヒッ……初対面を意識すると上手くしゃべれないから」
「ぼっちは他人との距離の詰め方が極端だから仕方ないね。小鳥遊有です、よろしく」
「有さんからは同族のニオイがするぞ……よかったら仲良くしてほしい……」
「こんなんでよければこちらこそ」
「もりくぼは蚊帳の外っぽいです……」
机の下で僕と握手! 3人も入ると狭い!
ぼののは仲間外れにしてるわけじゃないんだけどどう接していいかわからんのです。ここでじゃあぼののも仲良くしようぜとか言える度胸があればぼっちやってないし。
それはそうといつのまにか人数が増えていたのには驚いた。驚きすぎて普通に対応しちゃったぜ。
Pさん情報では星輝子というアイドルを一言で表すならキノコが好きなぼっち。俺との共通点はもちろんぼっちであること。
ただし先ほどのやりとりやアイドル歴が長い点からも俺よりずっとマシなぼっちであると推察できる。コミュ力が俺の2.5倍くらい?
「人口過多でござる。狭い」
「いまいち仕事に気分が乗らないそんな時。撮影スタジオに机があったら誰だって入る……私だって入るぞ……」
「たぶん有さんの背が高いせいです。まゆさんだったらそこまで窮屈にならないと思いますけど……」
「ちょ、いったん外に出ていい? 体痛くなってきた」
「私が後から来たのにすまんな……」
まあ元々アンダーザデスクのために用意された机だろうし、俺が出て行くのが筋だよね。
ずっと体を丸めた状態で我慢してたから出るタイミングを伺っていたという説もある。
「ところでまゆさんってどんな人?」
「有さん私たちのこと知ってるんじゃなかったんですか」
「断片的な情報しかなくてさー。あ、これPさんからもらったアンダーザデスクのプロフィールね」
「おお……私のことが書いてある。特徴はぼっち……フヒ、ま、間違ってないな……むしろ合ってる」
「もりくぼは仕事に消極的……これ有さんとの共通点が書いてあるんですね……」
「そーそー。んで、まゆさんの欄を見てほしいんだけど」
俺との共通点は『特定のプロデューサーに多大な好意を寄せている』って書いてあるんだよね。
「これってどういうことだと思う?」
「どうもこうも、そのままだと思うんですけど……」
「ゆ、有さんは自分のプロデューサーに恋してるのか?」
「ハッ(呆れ)」
「その反応だと違うみたいだな……。まあ女同士だしあ、当たり前か……」
「鼻で笑われたのがちょっと頭に来るんですけど……」
冗談でもPさんに惚れてるとかありえないわー。
特定のプロデューサーっていえば武Pさんでしょうが! あの人を置いて他に誰がいるっていうんだよ(憤怒)
もっとも、多大な好意=恋愛感情っていうのも違うんだけどね? 俺が武Pさんに抱いているのはもっと純粋な気持ちっていうかさー。尊敬とか親愛とかそういうの?
まったく思春期の子は男と女がいればすぐ恋愛に結びつけちゃうんだから困ったもんだよねー。そもそも男と男だし(小声)
「でも私が恋してると勘違いしたってことは件のまゆさんは担当Pに恋してるってこと?」
「そうです。まあ恋という一言で片付けるには大きすぎる愛情ですけど……」
「フヒヒ……ぶっちゃけて言うならヤンデレ……自覚があるからさらにタチが悪い」
「ヤンデレかー。まあ周りに迷惑かけなければいいんじゃない?」
ストーカーとか盗撮とか犯罪行為にエスカレートしちゃうのはマズイけど、メールが多いとかいつも会いに来るとか程度だったら全然許容範囲だよね。
俺もメールくれたり向こうから会いに来てくれる友達がいたら嬉しいし、似たようなもん似たようなもん。
「そのことで一つ、注意事項があります」
「え、なに。もしかして危ないタイプのヤンデレとか?」
「まゆさんは初対面の時だけ注意……相手が自分のライバルになり得るか品定めすることがある」
「滅多にあることじゃないですけど……」
「私はまゆさんと同じ担当Pだから最初は警戒されてた……でもPは親友だって言ったらすぐに優しくなったぞ。今ではシェアデスクする仲だ……フヒヒ」
「恋敵と書いてライバルと読む的な? 包丁で刺してきたりしないよね?」
「そんなことはしない……でも人間が持つ根源的恐怖を呼び覚ますような、オーラをぶつけられる」
「アイドルなんだよね? 武術家とかの話をしてるわけじゃないよね?」
「もりくぼたちよりもずっと女の子らしいアイドルです……普段は優しくて気の利くお姉さんですし……」
「フヒッ……熟練のアイドルならばむしろオーラを操るのは基本……フヒヒヒ」
アイドルのオーラってすごい(白目)
芸能人オーラの亜種みたいなもんかな。
「トップアイドルに威圧されたら実際コワイ。これはもう今日のお仕事を諦めて撤退するしかない」
「サボる口実にしか聞こえないんですけど」
「それにまゆさんならもう来てるぞ……今ちょうど有さんの後ろに……」
「いやいやそんな露骨に怖がらせようったって無理があるって。足音もなかったのに背後まで近づけるわけが」
「こんにちわぁ」
「…………心臓止まるかと思った」
「驚かせちゃったみたいでごめんなさい。普通に歩いてきたつもりだったんですけどまゆ、気配が薄いみたいで……」
「もりくぼも輝子さんに言われるまで気づきませんでした」
「フヒ……申し訳ない……かくいう私もいつのまにか有さんの後ろにいたようにしか見えなかったんだが」
「普通に歩いてきましたよぉ」
「…………驚きすぎて心臓が36ビート刻むかと思った」
「意味不明ですけど」
「速いリズムのことを言いたいなら普通は32ビートだな……」
「…………すみませんテキトーに言いました」
難しい表現使おうとして間違えるのが最も恥ずかしいって、それ一番言われてるから。
いやーでも本当にびっくりした。
メリーさんじゃないんだからいきなり後ろに立たないでほしいよ。
そもそもさっき俺座ってたのにまゆさんの影とか全く見なかったよ? まさか這いつくばって来たわけじゃないだろうし、いつのまに接近してたのやら。
どっちにしろほとんどホラーの領域だよ。本家顔負けの。電話かけてくれるだけメリーさんの方が親切だし。
Pさんとは違う意味で敵に回すと怖そうな人だわ。
これはもう土下座しながら両の掌を見せて精一杯無抵抗の意思を伝えるしかない。
「初めまして小鳥遊有です。絶対にまゆさんとは敵対しないので許してください」
「なんで最初から無条件降伏なんですか……」
「フヒ……リアルで土下座する人は初めて見た……」
うっさいなーもう!
こっちは命が懸かってる(気がするくらい怖い)んだよ。
最も被害の少ない戦争は戦力差がありすぎて戦わない戦争なんだぞ!
「きのこの山あげるんで勘弁してください」
「土下座までしといて差し出したのが有り合わせのお菓子なんですけど」
「しかも食べかけだしな……」
「うふふ、せっかくだからいただきますね」
「どうぞどうぞ、なんならこっちの2人も付けますんで!」
「もりくぼたちが売られました」
「ユニット的には最初からまゆさん側なんだけどな……私たち」
「せっかくだからもらっちゃいます♪」
「そしてもらわれました」
「フヒッ……途中から私たちが遊ばれてるだけ……」
思ってた以上にまゆさんは話のわかる人のようだ。
誰だよヤンデレって言ったの普通に優しいじゃん! 頼めば許してくれるよきっと!
「せっかくだから私のことも許してください!」
「せっかくだから許しちゃいます」
「許された!」
「よ、よかったな有さん……」
「そもそもまゆさん最初から怒ってなかったと思うんですけど……」
「それマジ?」
今までのくだり全否定? まさかの一人相撲。
「まゆが初めて会う人に怖がられちゃうのはよくあることですから……すみませんでした、有さん」
「あ、いやー、こちらこそ無意味に怖がっちゃって申し訳なかったです。そうですよね、まゆさんの方が辛いですよね」
「ふふ、私の方が年下ですしさん付けなんていらないですよぉ?」
「さっすがまゆさんは心が広いぜ!」
「言われたそばからさん付けしてるぞ」
「先輩を尊敬するのに年の差なんて関係あろうか!」
「もりくぼも一応先輩なんですが……ぼののって呼ぶのやめてください」
「オッケーぼのの!」
「あうぅ……もういいです」
まゆさんめっちゃ良い人やん!
普通あそこで謝れないよねー。俺だったら相手の弱みにつけこんで徹底的にイジってるところですわ。
これがコミュ障とトップアイドルの差ってやつか。謝り方一つとっても相手を思い遣る気持ちが籠もっていて逆にこっちが謝りたくなるぐう聖っぷり。
自分の保身のためにプライドの欠片もなく土下座しちゃう人間とは格が違うね。あっはっはっは…………はぁ……。
あっ、そういえば例の覇王色の覇気みたいなアイドルオーラはまだ発動してないよね? さっきはただ単にいつのまにか背後にいたのが怖かっただけだし。
「まゆさんって自分のプロデューサーが好きって聞いたけど恋敵的な意味で私はセーフとアウトどっちなん?」
「そういえば有耶無耶になって忘れてたな……」
「有さんはプロデューサーさんと面識ない上にこんな性格ですけど、見た目は良いしライバルになる可能性はありそうです……」
「うふふ……有さんはぁ…………」
「え、なんでそこでタメるの? 大丈夫だよね?」
知らない人なんて好きになりようがないしそもそも俺男だからね? まゆさんがゆるゆりな人じゃない限り敵に回る可能性ZEROだよ?
「…………有さんはセーフ、100%安パイです」
「やった!」
「フヒヒ……知ってた」
「でも100%は言い過ぎな気もします……いくら有さんでも万が一があったらどうするんですか」
「まゆの見立てによれば有さんは既に気になってる人がいるみたいですし、競争心……というよりも向上心が乏しいです。良くも悪くも欲が薄いので、恋の駆け引きや略奪愛には向かない人ですねぇ」
「そうそう、だから万が一があっても私に勝ち目は無いっていうね…………なんでそこまでわかるの?」
「アイドル活動で養った眼力と、女の勘です♪」
トップアイドルぱないの!
驚いたことに俺の性質が見透かされてる。これ覇王色だけじゃなくて見聞色の覇気も使えるよまゆさん。
まあでも別に隠してるわけでもないし性格を知られたところで困ることはないか。女装っていう特大の隠し事さえバレなきゃいいんだし。
それよりも敵認定されなかったことを喜ぼう。セーフって言ってもらえたし俺の安全もセーフだ。もうね、安パイなんだから文字通り捨て置いてくださいほんと。路傍の石だと思って無視してもらっていいんで。
「むしろまゆは有さんのこと応援してますよ」
「えっ?」
「まゆのPさんは大人の男性なので、中々まゆには振り向いてくれません。だから有さんを通して大人の恋愛を勉強させてほしいなぁって思うんです」
「そ、そう? でも確かに気になる人はいるけど、仲良くなりたいってだけで恋愛とかではないよ?」
「小学生の恋愛ですか……」
「いやだから恋愛では」
「まあ、もりくぼは恋愛に疎いので自信はありませんが……協力するのはやぶさかではないです」
「恋愛じゃないって」
「私も応援するぞ……せっかく友達になれたし、な。できることがあったら言ってくれ」
「だから恋愛じゃ……あ、いやキノコさんは言ってないか。なんかあったら頼むね。私もお返しするから」
「うふふ……まゆともお友達になってくれますかぁ?」
「アッハイ。じゃなくて、こちらこそよろしくお願いします」
身の安全が確保されたと思ったら意中の相手もいないのに恋愛を応援されて友達が増えた。わけわかめ。
まあ好きな人はいないけど武Pさんとは仲良くなりたいから今度アドバイスもらおう。
しっかしキノコさんもまゆさんも積極的だね。
自分から友達作ろうと動けるなんて本当尊敬するわー。
俺とぼののを見てくださいよ。俺なんか相手からフレ申請が来て承諾してるだけだし、ぼののも明らかにこっちを気にしてるのに何も言わない。
奇しくもコミュ障を生み出す最大の要因は消極的な性格だと証明されてしまったようだ。なんもかんもネガティヴが悪い。
「もりくぼはまた蚊帳の外のようです……」
あ、拗ねた。
こりゃいかん。曲がりなりにもぼののよりは大人でポジティブ寄りな俺がリードしなきゃいけないだろう。
年下の子の面倒を見るのも年長者の役目ってウサミンが言ってた。ちなみに俺はウサミンに面倒見てもらってます。
なあにただ「友達になろう」ってぼののに言うだけじゃないか。人生で一度も口にしたことのない言葉だけど恥ずかしがってる場合じゃない。ウサミンの真似する方が恥ずかしいと思えば楽勝楽勝。
「ボノノ マイ フレンド」
「えっ急になんですか……人のことを指でささないでください」
ネタが通じなかった。失敗!
「乃々ちゃん、有さんは友達になってくださいって言ってるんですよ」
「指を差し出してるのは昔一緒に見た宇宙人の映画のヤツだぞ……お互いの指を合わせるんだ」
フォローされてしまった。しかもわざわざネタの解説付き。
俺のコミュ力が低いからしかたないね。
あとそろそろいたたまれなくなってきたんで、ぼののさんは何か反応してください。
「…………」
「ボ、ボノノ マイ フレンド」
「……これでいいんですか?」
「ピーニャー」
「指は光りませんけど、これで2人はお友達ですね」
「フヒ……◯ーティーみたいに言ったけどぴにゃは宇宙人じゃないぞ」
宇宙人より謎の多い生物だからね。
あいつ着ぐるみのはずなのにテレビで見るとたまに黒目が動いてる気がするし。武Pさんと似てるから好きだけど。
なにはともあれこれで一件落着、ぼののとも友達になれたわけだ。……なれたよね?
1日で友達が3人もできるなんて奇跡が起きたか魔法でも使われたみたいだけど、夢じゃないんだよなあ。
なんかコミュ力もちょっと上がった気がするし、まゆさんも優しい人だったし、もう何も怖くないね。
この後の撮影も頑張ろうって気分になってきたぞー。
いっちょやってやりますか!
まあ最初はアンダーザデスクのお仕事を見学するだけなんだけどね。
スタジオに人も増えてきたし、3人はメイクとか着替えがあるからいったんお別れするようだ。
邪魔にならないよう隅に移動しようと思ったら、衣装室に向かう2人に続こうとしたまゆさんが足を止めて話しかけてきた。
「そうでした。有さん」
「はい?」
「女の子たちの中で
「あ、うん…………うん?」
なんだか今妙な言い回しをされたような?
「どうして
「ど、どうも……ありがたいです」
もしかしてだけど、バレちゃいけないことがバレてない? 見透かされてない?
「うふふふ……まゆ、絶対に秘密を守ってくれる相談相手がほしかったんですよぉ。仲良くしてくださいね…………女の子
「ヒエッ……」
肝の冷えるような声音でそう言い残して、まゆさんは立ち去った。
……どうやら秘密を握り合う関係をご所望らしい。
何の相談をされるかは知らんけど、味方になっても怖いじゃん。
でも一方的に脅すわけじゃなくてちゃんとフェアな関係なんだよね。根が優しいのは本当だろうし、最後に見せた一面もまた真実ってことかな。
普通に優しいだけなら俺の胃にも優しかったのに。
「まゆ……病んでさえいなければ」
…………めっちゃ良い子なのに。
更新していない間も読んでくださる方やお気に入りしてくださる方がいたみたいでありがとうございました。
久しぶりの更新でどんな反応があるのか、それとも反応がないのか戦々恐々としています。
それはそれとして、人物紹介のコーナー。
●森久保乃々(もりくぼのの)
机の下アイドルその1。
一人称が「もりくぼ」でアダ名が「ぼのの」。
気弱な性格とか狭いところに隠れる習性が小動物を彷彿とさせる。その割になぜか髪型は金髪縦ロールという派手な見た目。これも1つのギャップだろうか。
少女漫画を読むことやポエムを書くのが趣味とかなんとか。全体的にメルヘンチック。
主人公との相性はアンダーザデスクの3人の中で一番悪い。ただし相性が良いから仲良くなれるわけでもないのが人間関係の難しいところ。
何気に主人公が初めて自分から声をかけて友達になった人間である。
●星輝子(ほししょうこ)
机の下アイドルその2。
普段はどこにでもいるキノコ好きなぼっちだが、テンションを上げるとヒャッハーとか叫びだす。二重人格ではなくどちらも素らしい。
ライブ衣装はパンクとかハードロックな感じ。たまにカワイイ系の衣装を着るとヒャッハーしない。
ぼっちの割にはコミュ力が高く自分から行動を起こせるタイプ。ぶっちゃけアイドルになってからは友達がたくさんできたのでぼっちじゃないかも。
●佐久間まゆ(さくままゆ)
机の下アイドルその3。
プロデューサーへの愛が深すぎる人。自覚のあるヤンデレ。むしろヤンデレであることを武器にしているまである。
ヤンデレ以外の部分では面倒見の良いお姉さんという印象。若干天然というかドジな面もある。
ssではしぶりんとPを取り合っているイメージが強いが、この作品はアニメベースの世界観なので2人のPは別人。やさしいせかい。