廻り還る先   作:伊呂波

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第3局

第19回 全国こども囲碁大会

 

 

 

「うわあ…」

 

「凄いだろう?」

 

感嘆の声を上げるヒカルにアキラは誘って良かったと思った。

 

「うん。凄い。俺達よりも小さい奴まで真剣で緊張感に溢れてる!」

 

(なあ、佐為。本当に凄いな!)

 

『はい!凄い!子供がいっぱい!千年前の私の囲碁への情熱も、今、此処にいる子供達の熱気も同じです。彼等が私に教えてくれます。千年後の未来も同じだと…』

 

(そうだな。きっと二千年後の未来だって変わらない!)

 

嬉しそうに微笑む佐為にヒカルも嬉しくなった。

きっと俺達が一手一手を未来へと繋いでいくのだ。

 

「君となら出ても面白かったと思うけど…。」

 

不意にアキラが寂し気に呟いた。

 

「あー。もしかして、実力差がありすぎて他の子がやる気をなくすって思ってるのか?」

 

「…うん。君は覚えは無いかい?」

 

「俺は無いなあ。っていうか、お前は気にしすぎ!」

 

確かにヒカルには覚えが無かった。

ヒカルは自分が一番下からのスタートだったが、例え負けても悔しいと思ったことはあっても諦めようと思ったことは無い。

 

「そうかな。」

 

「そうだよ。」

 

「まあ、だけど、今は進藤。君がいる。」

 

「…お前、よくそんな小っ恥ずかしい台詞を真顔で言えるな。」

 

「茶化すなよ。僕は本気だ。」

 

「…俺もお前がいて良かったよ。」

 

ヒカルはアキラから顔を背けて呟く。

ヒカルの耳が赤いことに気づいたアキラは小さく微笑んだ。

 

 

 

 

 

「…アキラ君?」

 

ヒカルとアキラが対局を眺めては検討を繰り返していた時。

見覚えのありすぎる白スーツが近づいてきた。

 

(っげ!)

 

『ヒカル、あの者は?』

 

(緒方先生。塔矢名人の弟子。たぶん、今の俺となら互角かな?)

 

『あの者の!』

 

「緒方さん!」

 

「君がこういう催しに顔を出すのは珍しいね。…友達かい?」

 

緒方はヒカルに睨むように目をやった。

 

「…進藤ヒカルです。塔矢とは同い年で碁会所でよく打ってます。」

 

「ほう。アキラ君と。」

 

緒方の目に鋭い輝きが増したのはヒカルの気のせいでは無いだろう。

 

「…初めての塔矢との対局は二子置いて三目半で負けました。」

 

『適当なこと言って。また痛い目を見ますよ。』

 

(放って置け!この人に絡まれると面倒なんだって!)

 

佐為の言葉にヒカルも必至だった。

 

「アキラ君を相手にそこまで打てたのなら大したものだ。」

 

「おい!誤解を生むような言い方をするな!」

 

アキラは会場の邪魔にならない程度に声を荒げた。

 

「君が声を荒げるとは珍しい。」

 

「二子を置いたのは僕です。そして、彼は途中まで指導碁を打ちました。しかし、僕が崩すことに成功すると猛攻。結果は僕の三目半勝ちでしたが、それから互先で勝ったことはありません。実力は彼が完全に上です。」

 

「…君はプロではないな。院生か?」

 

緒方の目がキツくなる。

 

「…いえ、院生ではありません。いずれ入ろうとは思ってますけど。」

 

「あと、緒方さんと互角に戦えるとも言ってましたよ。」

 

「なるほど。面白い。控室に行こう。一局、打ってやる。」

 

緒方は人の悪そうな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

「…お前、最初に俺が調子に乗ってたの地味に根に持ってるだろ。」

 

「さあ。なんのことかな?」

 

『諦めなさい。どっちにしろヒカルが悪いですよ。』

 

(お前、どっちの味方だよ!)

 

 

 

 

 

「おねがいします。」

 

互先。ヒカルが先番だった。

 

静かな部屋にパシっと小気味よい音が響く。

 

そして、相手の緒方。

 

ヒカルはそう遠くない昔、というか、未来の本因坊戦を思い出した。

 

 

 

 

 

「ありません。」

 

細かい一進一退の攻防。終局間近で口を開いたのはヒカルだった。

 

「…おい。どうして投了した。」

 

緒方は不機嫌そうにヒカルに問う。

 

「…え、だって、俺が此処に打ったら、こっちに打つだろ?で、右辺と中央でこうなって。ほら、惜しいけど俺が負ける。」

 

「本当だ!よくここまで読んだな、進藤!」

 

アキラが感心したように盤面を見る。

 

「…なるほど。」

 

「「え?」」

 

『…ほう。気づいていましたか。』

 

佐為は緒方の意図を理解したようだが、ヒカルとアキラには分からなかった。

 

「俺は中央の攻防と左辺しか見えていなかった。右辺は完全に見落としていた。」

 

「うそ?!」

 

「まあ、お前も左辺を見落としたようだがな。」

 

「あ、俺、こっちに置いたら勝つじゃん!」

 

「少し細かいが、こっちなら確かに進藤が有利だ!」

 

どちらかが自分に有利な場所を先に見つけていたら勝利が約束されていた。

しかし、ヒカルも緒方も互いの出方をうかがうばかりに見落としていたのだ。

 

「…俺は気づかないうちに慢心していたのかもな。」

 

「緒方さん?」

 

緒方のらしくない呟きにアキラは心配そうに声をかけた。

 

「アキラ君、大丈夫だ。久々に手応えのある対局だった。」

 

「俺も!やっぱり緒方先生との対局は面白かった!」

 

「それは光栄だ。」

 

『ヒカル!ヒカル!私も打ちたいです!』

 

(ああ、わかったから騒ぐな!!)

 

「緒方先生ってネット碁、やる?」

 

「ネット碁?」

 

「進藤の師匠がネット碁をやっているんです。」

 

「なんだと?」

 

「訳があってネット碁しか出来ないんだけど、緒方先生とも打たせたくて。」

 

「お前の師匠か。ネット碁はよくやる。お手合わせ願おうか。」

 

「じゃあ、緒方先生と師匠の時間が合う時に対局しよう!」

 

「緒方さんは忙しいし、日程を調整して僕が進藤に伝える形で良いかな?」

 

「うん!塔矢、頼んだ!」

 

「では、僕達は失礼します。また日程の件で連絡しますね。」

 

「…ああ。」

 

仲良く駆けて行った子供達を見送った緒方は今だ石が置かれたままの盤上を眺めた。

侮っていた訳では無いが、アキラと同じ歳の子供と互角の勝負をされた。

 

そして、師匠が出て来るという。

 

さて、どんな化け物が出て来るか。

 

緒方は勝負師の血が騒ぐのを感じた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「…っく、ここまでか。」

 

一瞬で地が両断された。

 

緒方は投了のボタンをクリックした。

 

強いか弱いか。

 

それが分かればよかった緒方はチャットをする気が無かった。

 

また、向こうからメッセージがくる気配もない。

 

これで良かった。

 

 

 

 

 

久々に気持ちよく負けるということを体験させてもらった。

 

あの妙な子供に、その師匠。

 

久しぶりに勝負師の血が滾りだす。

 

まだ、これからだ。

 

さあ、追い、追われる勝負の始まりだ!

 

 

 

 

 

その目には確かに情熱と言う名の炎が宿った。

 

 

 

 

 

― 終 ―

 


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