緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第13話「全て斬り裂く刃となれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟音が、鳴り響く。

 

 凄まじいまでの衝撃を受け、さしもの戦神も衝撃を受けきる事ができず、大きく吹き飛ばされて床に倒れた。

 

 飛天御剣流 九頭龍閃

 

 軌道が違う9つの斬撃を刹那の間に繰り出す事によって、回避も防御も不可能な飛天御剣流の上位技。

 

 現状、友哉が使う事ができる最強の技である。

 

 しかし、この九頭龍閃をもってしても、伽藍を仕留める事ができない事は日本での対決で既に証明済みである。

 

 そこで友哉は、一計を案じた。

 

 人は自分の意識を集中すればするほど、視界が狭くなる物である。それは、達人であればある程、顕著な物となる。

 

 友哉は伽藍の注意を自分に引き寄せる一方、茉莉を今回の戦いにおける切り札として待機させていた。

 

 そして伽藍が見せた一瞬の隙を見逃さず、友哉は茉莉に攻撃命令を下した。

 

 友哉をも凌駕する機動力を誇る茉莉の事。そのトップスピードで斬り込みを掛ければ、肉眼で捉える事は不可能に近い。仮に伽藍が、途中で茉莉の接近に気付いても、迎撃は不可能だろう。

 

 案の定、伽藍は茉莉の攻撃に対して、一瞬だが殆ど無防備になった。

 

 だが、友哉の狙いはそこではない。

 

 伽藍が一瞬、茉莉の方に気を取られた瞬間。

 

 その瞬間を逃さず、九頭龍閃を放ったのだ。

 

 離脱する茉莉に気を取られた伽藍は、防御もままならず、九頭龍閃をまともにその身で受けてしまったのだ。

 

 9つの剣閃をその身に受け、倒れ伏した伽藍。

 

 その伽藍を、友哉は残心を示しながら見据える。

 

『頼む・・・・・・このまま、終わってくれ・・・・・・』

 

 友哉には、九頭龍閃以上の技は無い。これで倒せなければ、事実上、友哉の敗北は決まったような物なのだが・・・・・・

 

 祈るような面持ちで、友哉と茉莉が見守る中。

 

「フッ ・・・・・・・・・・・・フッフッフッフッフッフ」

 

 倒れ伏した伽藍の口元から、楽しげな笑い声が聞こえてきたのはその時だった。

 

 友哉と茉莉の緊張が増す中、

 

 伽藍はゆっくりと、体を起こした。

 

 見れば、額からは血が流れ落ち、全身にも打撲の跡がある。

 

 しかし、それらをものともせず、戦神は再び立ち上がって見せた。

 

「そうだ。そうでなくては面白くないッ」

 

 言いながら伽藍は、方天画戟を持ち上げて切っ先を向けてくる。

 

「策謀結構!! 勝つ為ならいかなる手段でも肯定されるのが戦場だ。知と武のぶつかり合いもまた良し!! これだから戦は面白い!!」

 

 九頭龍閃の傷跡も、ダメージも一切関係ないとばかりに、再び闘志を漲らせる伽藍。

 

 その姿には、友哉も苦笑せざるを得ない。

 

 こちらは切り札を切ったと言うのに、尚も余裕とは恐れ入る。

 

「友哉さん」

 

 同じように緊張した面持ちで、茉莉が声を駆けて来る。

 

「こうなったら、もう2人で同時に仕掛けて叩くしかないと思います」

「・・・・・・・・・・・・そうだね」

 

 言いながら友哉は、刀を鞘に納める。

 

 確かに、茉莉の言うとおりだ。こちらが仕掛けた賭けに破れた以上、もはや取れる手段は限られている。

 

 しかし、果たしてそれで勝てるのか?

 

 迷う友哉。

 

 その迷いを見透かしたかのように、

 

「どうした? 来ないなら、こちらから行くぞ!!」

 

 伽藍は方天画戟を旋回させながら、2人に向かって突撃してきた。

 

 大気すら粉砕するような豪槍の一閃。

 

 対して、

 

 友哉と茉莉は、とっさに散開して攻撃を避ける。

 

 友哉は左に、茉莉は右に。

 

 東京武偵校でもトップクラスの機動力を誇る2人。その動きを同時に捉える事は、如何に戦神でも不可能である。

 

 友哉と茉莉は、息の合った行動を見せ、伽藍に対し同時攻撃を仕掛ける。

 

 左右から挟み込むように、伽藍へと迫る友哉と茉莉。

 

 その動きに対して、

 

「ぬぅん!!」

 

 伽藍は、掛け声と共に方天画戟を横一線に振り払った。

 

 次の瞬間、

 

「ッ!?」

「キャァア!?」

 

 今にも伽藍に斬り掛かろうとしていた友哉と茉莉を、豪風が襲いかかった。

 

 伽藍は、ただ戟を振るっただけである。だと言うのに、その衝撃だけで友哉と茉莉の突進は止められてしまったのだ。

 

 その隙に、伽藍は動いた。

 

「そらァ!!」

 

 方天画戟の穂先を友哉に向け、鋭く繰り出す。

 

 対して、その時には既に体勢を立て直していた友哉は、とっさに回避行動を取るべく体に力を入れる。

 

 伽藍との距離は、まだ4メートル以上ある。友哉のスピードなら、穂先が届く前に回避は十分可能と思われた。

 

 しかし次の瞬間、

 

 突然、強力なハンマーで殴ら多様な衝撃が、友哉に襲い掛かってきた。

 

「がッ!?」

 

 その衝撃を前に、友哉の小さな体は吹き飛ばされ宙を舞う。

 

 伽藍の攻撃は友哉には届いていない。だと言うのに、友哉は大きく吹き飛ばされてしまった。

 

 いったい何が!?

 

 どうにか空中で体勢を立て直し着地する中、友哉は自分に起きた事を分析して行く。

 

 伽藍はその場から動いていない。戟の穂先も友哉には届いていなかった。

 

 にもかかわらず、凄まじい衝撃と共に友哉の体は大きく吹き飛ばされてしまったのだ。

 

 そこへ、追撃とばかりに伽藍が方天画戟を振るってくる。

 

 その切っ先が友哉に向かって突き込まれ、

 

「友哉さん、ダメッ よけて!!」

 

 茉莉の悲鳴じみた警告に突き動かされるように、友哉はとっさにコートをひるがえしてその場から遠のく。

 

 一拍の間を置いて、自身のすぐ脇を何か圧縮された空気のような物が通り抜けて行くのが分かった。

 

 身を翻した友哉に代わり、すぐ背後にあった置物が、見えない何かに直撃されてみじんに吹き飛ばされる。

 

 その様子を見ながら、友哉は舌打ち交じりに息をのむ。

 

 もはや疑いない。伽藍は、ただ戟を振るうだけで大気その物を砲弾のようにして打ち出す事が出来るのだ。

 

 いわば、見えない砲撃。かなり厄介な物である事は間違いない。

 

 茉莉には、その光景に見覚えがあった。

 

 かつて、彼女がイ・ウーにいた頃、同じ任務で一緒に行動する事が多かった飯綱大牙。

 

 茉莉は彼の事をあまり快く思ってはいなかったが、彼が使う「秘剣 飯綱」が、正に伽藍が使っている技によく似ているのだ。

 

 飯綱は刀を振るう事によって、鎌鼬を伴った斬撃を飛ばす事が出来るのに対し、伽藍の技は無骨な空気の塊を飛ばすだけである。技術と言う面では飯綱に劣っている。

 

 しかし、離れた物を粉砕するほどの威力は、決して侮れるものではない。

 

「穂先を良く見てくださいッ そうすればかわす事は出来るはずです!!」

 

 伽藍は戟を振るう事で、空気を砲弾のように打ち出している。ならば、その穂先が向かっている方向にしか空気の塊は飛んでこない、と言う茉莉の読みは間違っているとは思えないのだが。

 

 しかし、

 

「果たして、どうかな?」

 

 伽藍の口元が、獰猛に釣り上がる。

 

 次の瞬間、再び渾身の直突きが友哉に襲いかかってくる。

 

 対して、高速で駆けまわりながら回避しようとする友哉。

 

 しかし次の瞬間、これまでにないくらいの規模で放たれた衝撃波が、回避行動中の友哉をまともに直撃してしまった。

 

「グッ!?」

 

 思わず、その場で動きを止めてしまう友哉。

 

 その瞬間を、伽藍は容赦なく突いてきた。

 

 膂力に任せて一気に突進。同時に、手にした方天画戟を勢い良く旋回させる。

 

「しまッ!?」

 

 友哉が回避行動を取ろうと体勢を立て直すが、既に遅い。

 

 その時には、伽藍の攻撃準備は完了していた。

 

 眼前に迫る、戦神の巨体。

 

 豪風を巻いて迫る方天画戟。

 

 それを回避する手段は、今の友哉には無かった。

 

 直撃。

 

 その先から、友哉の記憶は強制的に切断された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「友哉さん!!」

 

 悲鳴じみた茉莉の声が響く中、友哉の細い体は2度3度と床にバウンドして跳ね飛ばされる。

 

「技の威力は、自身の力をより強く込める事によっていくらでも補い得る物。当然の理屈だ。浅はかな付け焼刃で、我が攻撃を防げるとは思わぬ事だ」

 

 壁際まで吹き飛ばされて床に倒れる友哉を見て、伽藍は誇るでもなく、蔑むでもなく言い放つ。

 

 流石は戦神と呼ばれる程の男。自身が圧倒的有利な状況にあったとしても、決して油断する事なく対峙し続けている。

 

 対して、

 

「よくもッ!!」

 

 友哉の無残な姿を目の当たりにした茉莉が、伽藍を鋭く見据えて菊一文字を構える。

 

 縮地の発動と同時に、地を蹴る茉莉。

 

 機動力は茉莉の方が伽藍よりも勝っている。その事実は動かしようがない。

 

 自身の最高のスピードで持って、一気に懐まで飛び込んで斬り捨てる。それが、茉莉の描いた作戦である。

 

 案の定、伽藍は茉莉の接近に気付いてはいるようだが、あまりに速度差がありすぎる為、なにも出来ずに立ちつくしている。

 

 もはや、防御も回避も不可能。

 

 旋回する刃が、伽藍を斬り裂くべく奔る。

 

 対して、

 

 伽藍はスッと、自身の左腕を茉莉の刃の前へと差し出す。

 

「無駄な事を!!」

 

 迸る激情のままに、茉莉は叫び声を発する。

 

 たかが腕1本で防げるほど、自分の剣は温くない。伽藍の腕の太さから言って切断は無理かもしれないが、それでも斬り裂く事で暫く使えなくするくらいはできるはずだった。

 

 その茉莉の刃が伽藍の腕に届く。

 

 次の瞬間、

 

 ガギッ

 

 ありえない音と共に、菊一文字は伽藍の腕に食い込むようにして止まっていた。

 

「なッ!?」

 

 驚く茉莉。

 

 信じられない光景が、彼女の目の前にはあった。

 

 伽藍はと言えば、全くの無傷。血の一滴すら流れていない。刃は、彼の前腕に受け止められる形で停止していた。いかに茉莉が超絶的な機動力を誇ろうとも、その攻撃によってダメージを与えられないのでは何の意味も無かった。

 

 菊一文字の刃は、伽藍の薄皮一枚斬る事ができないでいる。

 

 何か超能力のような物で肉体を強化したのかとも思ったが、それも違う。伽藍は今まで、純粋な「武」の力のみで戦っていた。超能力のような力があるなら、とっくに使っているはずだった。

 

「速度には目を見張るものがある。が、重さが決定的に足りない」

「あっ!?」

 

 厳粛に言い放つと、伽藍は茉莉の手首を掴み、そのまま持ち上げてしまう。

 

 拘束され、床から足が離れてしまった茉莉。こうなると、彼女は無力に近かった。

 

 硬気功、と言う中国拳法に伝わる極意がある。

 

 読んで字の如く、体を鋼のように硬くしてあらゆる攻撃を防ぐと言う物だが、普通に考えれば、そんな事できる筈が無い。

 

 しかし中国では古くから、気功など、体の中に流れる「気」の力を操る技術に優れている。中国の医術には、この気の力を活性化する事によって治療を行うと言う物もあるくらいだ。そして、これを武術に転用する技術も存在している。

 

 硬気功も、こうした「気」を使用した武術の一つと言われている。もっとも、それだけで本当に体が硬くなるわけではない。気が遠くなるような集中力と、鍛え上げた肉体、そして相手の攻撃のタイミングを完璧に見極めて必要な要素を発動する天性の勘。それらが備わって、初めて発動する事ができる最強の防御技なのだ。

 

「あぐッ 痛ッ」

 

 くぐもった声が、茉莉の口から洩れる。

 

 同時に、伽藍が握る力を強め、茉莉の手から菊一文字が零れ落ちた。

 

 ガシャリと音を立てて、刀が床に転がる。

 

 これで、ジ・エンド。

 

 友哉は倒れ、茉莉も倒れた今、もはや伽藍を止められる存在はいない。

 

 キンジ達なら、あるいはリベンジをするかもしれないが、彼等もまた孫と戦っている最中である。こちらの戦いにまで気は回らないだろう。

 

 この戦い、イクスの負けで終わる。

 

 茉莉が絶望的な感情に支配されそうになった、

 

 その時、

 

 突然、浮遊感を感じたかと思うと、次いで、持ち上げられていた体が急速に短い垂直落下をする。

 

「キャッ!?」

 

 その場で尻餅をつく茉莉。

 

 痛むお尻を摩りながら、恐る恐ると言った感じに見上げると、伽藍は既に茉莉の方を見ておらず、視線は壁際に向けられている。

 

 その視線の先には、

 

 刀を手に、再び立ち上がろうとしている少年の姿があった。

 

「友哉さん・・・・・・」

 

 歓喜の声を上げる茉莉。

 

 対して、友哉は立ち上がると、鋭い目で伽藍を見据えた。

 

「その娘に、手を出すな」

 

 絞り出すような、友哉の声。

 

 先程のダメージがまだ残っているのか、息遣いはかなり荒い。

 

 しかし、未だに闘志を失わない目は、鋭い輝きを放っている。

 

 そしてそれは、戦神の闘争本能を、再び少年へ向けさせるには充分だった。

 

「面白い、そうでなくてはな」

 

 伽藍はそう言うと、既に興味の無くした茉莉から離れ、友哉へ向き直る。

 

 元々、今回の戦いにおいて、伽藍の狙いは友哉1人である。他は殆どオマケ程度にしか考えていないのだろう。

 

 友哉と戦い、敗り、そして彼を自身の配下に加える。その為に伽藍は、ココ姉妹の提案に乗って、このクーデターに加担したのだ。

 

 故に、今度こそ伽藍は、手加減無しの全力で友哉を叩き潰しにくるだろう。

 

 一方の友哉はと言えば、ノイズが入ったように霞む視界と格闘しながら、どうにか意識を保とうと躍起になっていた。

 

 立ち上がってはみた物の、既に状況が絶望的なのは語るまでも無かった。

 

 先程まで機動力を活かして戦闘を互角に進めていたと言うのに、伽藍の放った立った一撃を喰らっただけで、状況は逆転してしまった。

 

 ある意味、予想内の展開ではある。

 

 友哉の肉体は、正直それほど強固ではない。同年代の中では大柄な部類に入る陣や武藤剛気はおろか、キンジや不知火涼と比べても華奢な体つきをしている。恐らく強襲科2年男子の中では一番体が小さいだろう。

 

 そこに来て、中華の戦神が、その膂力を余すところなく放った一撃をもろに食らったのだ。無事である筈が無い。

 

 正直、こうして立っているだけでも相当辛い。

 

 おまけに、状況は完全に手詰まりだ。

 

 先程の一撃を喰らってしまったせいで、友哉の持ち味である機動力はほぼ失われてしまっている。

 

 切り札である九頭龍閃を撃つ体力は、もはや友哉には残されていない。

 

 否、仮に万全の状態で九頭龍閃を放っても、伽藍を倒す事ができないであろう事は既に判り切っている。

 

 どうする?

 

 朦朧とした意識の中で、友哉はそれでも必死に反撃の一手を考える。

 

 何か無いか?

 

 九頭龍閃を越える威力を秘めた、伽藍を一撃で沈める事の出来る程の手段。

 

 そんな、都合の良い物が・・・・・・

 

『・・・・・・・・・・・・ある』

 

 友哉が「それ」の存在に気付くのに、それほど時間はかからなかった。

 

 同時に友哉は、構えていた逆刃刀を返し、鞘の中へと納める。

 

「ぬ?」

 

 訝る伽藍を見据えながら、友哉は腰を落として抜刀術の構えを見せる。

 

 かつて友哉は、エムアインス事、武藤海斗の放った九頭龍閃を、超神速の抜刀術で迎え撃ち、これを撃破している。

 

 つまり、あの抜刀術なら九頭龍閃を超える程の威力を出せるのだ。

 

「面白い、受けて立とうではないか」

 

 伽藍は不敵に笑うと、方天画戟の穂先を友哉へと向けてくる。

 

 対して友哉は、ようやく覚醒してきた意識の元、この一撃に全てを賭けるべく気力を振り絞る。

 

 だが、果たしてできるか?

 

 友哉の中に、一抹の不安がよぎる。

 

 この超神速の抜刀術は、万全の状態の時に放ったとしても、成功率は三割に満たない。今までシャーロック戦、エムアインス戦と、2回続けて成功している事の方がむしろ奇跡なのだ。

 

 加えて、技を成功させた直後には、凄まじい衝撃のフィードバックが友哉を襲う事になる。そうなると友哉は最早、立つ事すらおぼつかなくなる。つまり仮に技の発動に成功しても、それで伽藍を仕留められなかったら、その時点で友哉の負けは確定なのだ。

 

 できるか?

 

「いや・・・・・・違う・・・・・・」

 

 誰にも聞こえない程の声で、友哉は言葉を絞り出す。

 

 できるかどうかじゃない。やるんだ。

 

 たとえ、この命を捨てる事になったとしても。

 

 そう、この命に代えても、抜刀術を成功させる。

 

 それこそが、イクスと言うチームのリーダーたる、自分の責任だった。

 

 次の瞬間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そうではない。それでは、ダメでござるよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唐突に、

 

 友哉の視界が弾けた。

 

「え?」

 

 驚く間も無く、視界の全てが白一色で塗りつぶされる。

 

 いったい、何がどうしたと言うのか?

 

 訳が分からず困惑している友哉。

 

 その友哉の耳に、先程の声が再び聞こえてきた。

 

『そのような考えでは、お主は決してあの男には勝てぬよ』

 

 穏やかな声。

 

 しかし、どこか、懐かしさを感じるような、そんな安心感を与えてくれる声だった。

 

 気が付けばいつの間にか、目の前に誰かが立っていた。

 

 顔は良く見えない。しかし、やや線の細い印象のある男性である事はすぐに判った。特徴的な赤み掛かった髪をしており、奇妙な事に、服装は昔の侍が着たような着物に袴穿きである。

 

 戸惑う友哉に、男は更に続ける。

 

『お主には、もう判っている筈でござろう。自分自身に何が足りないかを?』

「僕に、足りない物?」

 

 意味が分からず首を傾げる友哉に対し、男は僅かに頷いて続ける。

 

『「死ぬ気で戦う」「命を投げ打ってでも敵を倒す」。本当にそれで良いと、思っているでござるか?』

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 言葉に詰まる友哉。

 

 命を投げ出す事が良い事だとは、確かに思えない。

 

 だがしかし、それ以外に、もう手段は・・・・・・・・・・・・

 

『忘れてはいけない。死からは何も生まれない。仮にお主が死を賭してあの男を倒したとして、お主の仲間は喜ぶでござるか? お主が大切に思っているあの娘は喜ぶでござるか?』

「・・・・・・・・・・・・」

 

 そんな筈はない。

 

 そんな事をすれば、陣はきっと怒るだろう。瑠香が悲しむだろう。

 

 そして、茉莉にも深い悲しみを与えてしまう事になる。

 

『忘れてはいけないでござる。死からは決して何も生まれない。大事なのは、大切な人を守る為に、自分自身も生き残る事でござる』

 

 言っている内に、男の声が小さくなっていくのが分かる。

 

『今のお主なら、きっと出来る筈でござるよ。飛天御剣流の、あの技を』

 

 

 

 

 

 ゆっくりと、目を開く。

 

 気持ちは、信じられないくらいに穏やかに澄んでいた。

 

 何も考える事ができず、また、何も考える必要は無い。

 

 あらゆる感覚は意味を成さず、ただ視界の先に佇む、己の敵の身を、両眼でしっかりと見据える。

 

 全身の力は抜け、果てしなく穏やかな空気の元、

 

 友哉は最後の攻撃を行うべく、抜刀術の構えを取る。

 

 次の瞬間、

 

「行くぞ!!」

 

 猛る戦神。

 

 次の瞬間、伽藍の渾身を込めた突撃が、立ち尽くす友哉へと迫ってくる。

 

 技術も何も無い。戦神の膂力を全て注ぎ込んだ、愚直なまでのチャージアタック。それ故に最強、それ故に究極。

 

 怒涛の如き突撃。

 

 巨象をも跳ね飛ばしそうな攻撃を前にしては、華奢な友哉などひとたまりもないだろう。

 

 対して、

 

 友哉は動じる事は無い。

 

 自身に向かってくる伽藍を、真っ向から見据える。

 

 慌てるべき何物も、友哉の中には存在していない。

 

 澄み渡った青空のように、

 

 あるいは、波の無い、静かな湖面のように、

 

 友哉の心は、一点の揺らぎすらない。

 

 唇は、誰に教えられるでもなく、自然と言葉を刻んだ。

 

「飛天御剣流・・・・・・・・・・・・奥義・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あま)     (かける)     (りゅうの)     (ひらめき)!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間

 

 

 

 光が迸った。

 

 

 

 否、その表現は正しくない。

 

 

 

 正確には、迸ったはずの光すら見えなかったのだ。

 

 

 

 光速すら超越した抜刀術。

 

 

 

 その速度、正に超神速。

 

 

 

 時間すら突き放した速度を前にして、

 

 

 

 最早いかなる防御も、回避も無意味だった。

 

 

 

 次の瞬間、

 

 

 

 伽藍の巨体は、成す術も無く空中に舞い上げられた。

 

 

 

 

 

第13話「全て斬り裂く刃となれ」      終わり

 


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