1
自分の荷物を纏め、OZONEを出て行こうとするキンジ。
キンジの行方不明から一夜明け、無事な姿を確認したのも束の間、アリアとの仲たがいから、まさかの分裂に至ったバスカービル。
あまりと言えばあまりの事態に、流石の友哉も焦りを禁じ得なかった。
「キンジ、ちょっと待ってよ!! キンジってば!!」
何やら、自分のホテルにキンジを誘っている白雪と理子を押しのける形で、友哉はキンジの腕を引いて引き留める。
このまま分裂してしまったのでは、藍幇側の思うつぼである。ただでさえ少ない戦力を、更に分散してしまうのは愚の骨頂だ。ここは何とか、キンジに叛意してもらいたかった。
対してキンジは、やや億劫そうな瞳で友哉の方へと向き直った。
説教ならお断りだ、とでも言いたげな瞳に友哉は一瞬怯むが、すぐに気を取り直して口を開く。
「・・・・・・昨日、キンジが行方不明になった時、一番心配したのはアリアだったんだよ。自分のせいでキンジの身に何かあったんじゃないかって。それだけは信じて」
「・・・・・・・・・・・・」
無言のまま聞き入るキンジ。しかし、友哉の言葉に何か思うところがあるのか、僅かに視線を逸らすような態度を取る。
何だかんだ言っても、キンジは義理堅い性格をしている。迷惑をかけた事に関して、何も感じていない筈が無い。ただ今は、アリアの物言いがあまりにも一方的過ぎた為、脊髄反射的に反抗してしまっているだけなのだろう。
加えて、普段のアリアの言動に対する不満も爆発してしまったのかもしれない。それらの相乗効果が、バスカービル分裂と言う結果に結びついていると思われた。
「キンジの気持ちも判るけど、アリアだって・・・・・・」
「そんな事より、緋村」
友哉の言葉を遮るようにして、キンジは向き直って口を開いた。
「昨日はアリアに権限委譲したつもりだったが、それもここまでだ。今作戦の最高指揮官として命令する。お前はイクスを纏め、改めて街をうろついて藍幇を探せ。実は、話すアテがあるんだ。奴等とは交渉で決着できるかもしれない。そこにアリアを連れていくと戦いになりかねんからな。こうして分裂したのはちょうど良いと言えば良いかもだ」
キンジのその言葉に、友哉は軽い驚きを覚えた。
流石と言うべきか、キンジもただ足手まといになっていた訳ではなかった。どういう経緯であるかは知らないが、こうしてちゃんと藍幇勢力と接触し、その上で停戦交渉に向けた道筋を立てて来ていたのである。
他のメンバーがキンジの捜索で手一杯だった事を差し引いても、賞賛すべき結果である事は間違いない。
もし、キンジの策が功を奏せば、確かにこの戦い、無血で終わらせる事もできるかもしれなかった。
「藍幇にコンタクトしたら、俺に連絡を・・・・・・」
言いかけて、キンジは言葉を止める。自分が携帯電話を落としていた事を思い出したのだ。
と、
「キンジさん」
いつの間にか背後に立っていたレキが、手に持った携帯電話をキンジに差し出してきていた。
「盗品等が売り捌かれている泥棒市の露店でアリアさんが見つけました。着信音でキンジさんの物と判り買い直したそうです」
レキが差し出して来た物は、盗まれたはずの携帯電話だった。履歴を調べると、白雪や理子、友哉、茉莉、そしてアリアからの着信が多数に上っている。
皆、必死になってキンジの身を案じてくれた証拠だった。
「キンジさん、私はアリアさんと一緒に行動します。今、彼女を1人にしない方がよさそうですから」
レキは静かな声で、そう言ってきた。
「キンジさんの言うとおり、藍幇捜索は継続しなくてはならない。九龍は私とアリアさんが引き続き監視します。そのように私が言い聞かせますので。キンジさんや友哉さん達は香港島の方を調べてください」
レキの言う事はもっともである。ここでアリアを放置すれば、却って意固地に陥ってしまう可能性が高かった。その点は、レキに任せておけば上手くやってくれるだろう。レキのコミニケーション能力はお世辞にも高いとは言えないが、しかしだからこそ、今のアリアを押さえる役にはうってつけだとも言える。アリアとしても、気心が知れたレキが共にいることくらいは了承してくれるだろう。
キンジはレキに頷きを返すと、次いで友哉に向き直った。
「緋村、お前もそれで良いな?」
「・・・・・・判った」
不承不承と言った感じに、友哉は頷きを返した。
何はともあれレキの言う通り、この
まさに水際での決戦。これに敗れるような事があれば、師団勢力は藍幇に対して敗北を喫する事も考えられた。そしてそれは即ち、極東戦役における師団の敗北にも直結している。
友哉としては聊か納得がいかない事もあるが、キンジの主張の正しさは認めない訳にはいかなかった。
「でもキンジ、アリアの事も・・・・・・」
「判ってるよ」
それ以上言うな、と言外に言うようにして友哉の言葉を遮ると、キンジは踵を返してOZONEを出て行く。
何はともあれ、これで作戦続行となる。対藍幇戦の再開だ。
だが果たして、分裂した戦力で100万の兵力を誇る藍幇相手に勝てるかどうか。
憂慮を拭い去る事はできなかった。
2
「どっちもどっちかな~?」
椅子に座った瑠香が、コーヒーを片手に持って、ぼやくように呟いた。
その向かいでは、茉莉が何とも形容しがたい微妙な表情を作っているのが見える。
「はあ、どっちもどっち、ですか?」
言いながら、遅まきの朝食を頬張る。
ここは香港の一角にあるビジネスホテル。イクスの4人は、ここに拠点を置いて香港での活動を行う事にしていた。ICCビルやペニンシュラのような大手ホテル企業に比べれば数段見劣りするホテルだが、それでも社員教育が充分に行き届いているらしく、清潔感が感じられる内装と、感じの良い客対応が好印象であった。
キンジから
ともかく、キンジの無事も確認できたと言う事で、まずは体勢を立て直す必要があった。
そこで友哉は、体力的な消耗が激しい茉莉と瑠香にはホテルでの待機を命じ、自分と陣は再び香港の街へと繰り出していた。
本当は茉莉と瑠香もついて行きたかったのだが、何分、体力的に限界が近い事も事実である。その為ここは、素直に友哉の指示に従っておいた。
そこで茉莉と瑠香は朝食を取りつつ、話題はICCビルでのやり取りの事になったわけである。
「だって、そうでしょ。今回の件だって、元はと言えば遠山先輩がポカやっちゃったから起こった訳だし。その点で行けば、アリア先輩が怒るのも無理無いと思う」
「それは・・・そうですね」
瑠香の言葉に対して、茉莉は納得したように頷く。
正直、苦労の末に戻ってきたOZONEで、理子や白雪を侍らせている(ように見えた)キンジを見た瞬間、茉莉も殆ど無意識にブチ切れていたのだから。
「でも、遠山先輩だって、普段からアリア先輩にドツキ回されてさ、鬱憤? みたいなのが溜まってたんじゃないかな? 正直、アタシの目から見ても、アリア先輩ちょっとやりすぎかな、て思う事って結構あるし」
それもその通り、と茉莉はお茶を飲みながら思った。
キンジの普段の生活ぶりを自分の身に置き換えてみればわかる。正直、アリアから毎日のように殴る蹴るの暴行を受けるような生活は、茉莉としても御免蒙りたかった。キンジは良く耐えていられると思う。
そう考えれば、瑠香の言うとおり「どっちもどっち」という考え方には、大いにうなずけるものがった。
「でもさ、あの2人、何だか全然変わんないよね、4月の頃から。やってる事がいっつも同じっていうか・・・・・・」
4月にアリアが、キンジの部屋に押しかけてきたころから知っている瑠香は、そう言って嘆息する。
キンジが何かアリアの逆鱗に触れてアリアが怒り、キンジはその度に逃げるか、甘んじて受け止めるかの二者択一を強いられる。それがパターン化しているようにさえ思える。
よくまあ、キンジが今まで激発しなかったものだと、関心すらしてしまう。
「いや、でも待てよ・・・・・・」
「どうかしました?」
言葉を止めた瑠香に対し、茉莉は訝るような視線を向けながら先を促す。
「うん、これはあたしの勘違いかもしれないんだけど、遠山先輩はともかく、アリア先輩の方は、何か初めの頃より変わってきている気がするんだよね」
「そうでしょうか?」
「うん。どこがそうか? て聞かれても応えられるような事じゃないんだけど、何となく・・・・・・」
瑠香の目には、アリアが以前と比べてキンジに対して依存する度合いが強くなっているように思えるのだった。本人は否定するだろうし、瑠香自身、確信を持って言える事ではないので、言葉自体も曖昧になってしまっているのだが。
と、そこで瑠香は、ある事を思い出して話題を変えてきた。
「あ、そうだ茉莉ちゃん。例の『アレ』、どうだった? 試してみた?」
「アレ、て・・・・・・・・・・・・」
一瞬キョトンとする茉莉。
だが、すぐに瑠香が言わんとしている事を察し、次いで顔を赤くする。
「い、いえ・・・まだ、です」
「え~?」
途端に、瑠香は不満そうな顔で茉莉を見てきた。
「何で? 友哉君、絶対ああいうの好きだと思うけど?」
「だって、恥ずかしいじゃないですか・・・・・・」
言葉の最後の部分が消え入りそうになりながら、茉莉は弱々しく反論する。
話題に上っているのは、先日ブティックに行った際に瑠香の勧め(という名の強制)で買ったある物である。
殆ど言われるがままに買ってしまった物だが、茉莉にとっては、聊かレベルが高すぎるブツのように思えるのだった。
「とにかく、香港にいる間に1回は試してみなよ。お姉ちゃんからの命令って事で」
「うう・・・・・・はい」
がっくりと肩を落として、返事をする茉莉。
「妹」の性とでも言うべきか、強気な「姉」にはなかなか逆らえない。どうやら、近々、羞恥プレイを強要されるのは確実になりそうだった。
その時、
コンコン
「あれ、誰だろう? 友哉君達、忘れ物でもしたのかな?」
扉がノックされた音に気付き、瑠香は顔を上げる。
茉莉もまた、ドアの方に視線を向け、
次の瞬間、
「・・・・・・・・・・・・」
素早い動作で、立てかけておいた菊一文字を手に取って、ドアの方に向かおうとする瑠香を制する。
「茉莉ちゃん?」
訝るような瑠香に答えず、茉莉はドアの方に鋭い眼差しを向け続ける。
その表情は、先程までの脱力しきった物ではなく、戦いを前にした戦士としての顔が顕にされていた。
戦い慣れしていると、空気が変化する瞬間と言う物が分かるようになる。
張りつめた空気が場を満たす中、友哉はリラックスした風を装いながらも、僅かな警戒を滲ませたまま歩を進めていた。
と、
「気づいたか、友哉?」
傍らを歩く陣が、僅かに普段よりも低い声で話しかけてくる。
どうやら陣も気付いたらしかった。自分達を取り巻く異様な雰囲気に。
「うん、ちょっと前からね」
陣の質問に対し、友哉も相手以外には聞こえないくらい低い声で応じる。周囲にいるのが何者で、何人いるのかはわからないが、こちらが警戒しているのを悟らせないようにする。
囲まれている。恐らく、周囲には武装した戦闘員が配置され、友哉達の動向に目を光らせているだろう。
既に包囲網が完成しているのなら交戦は避けられない。ならば、僅かでも戦況を優位にするために、相手に与える情報は少ないに越した事は無かった。
「来るな」
「来るね」
2人が頷き合った瞬間、
背後から、踊り掛かってくる影があった。
その手には、銀色に鈍く光る幅広の刃。青龍刀呼ばれる、古代中国の次代から使われていた刀で、エクスプレスジャックの時には戦ったココ3姉妹の1人、
振りかざされる刃が、友哉の首を狙って旋回する。
次の瞬間、
ドスッ
友哉は振り向く事無く、鞘に納まったままの逆刃刀を背後に向かって繰り出し、襲撃者の鳩尾に鞘先を突き込んだ。
物言わず、倒れ込む襲撃者。
襲撃者が倒れるのと同時に、周囲に動揺の気配が広がるのが分かった。自分達が奇襲をかけたと思っていたのに、逆に反撃を喰らった事に動揺している様子である。
更に、
「オラッ!!」
すぐ傍らで鈍い音と共に、人が宙を舞う気配が起こった。
振り返れば陣が、やはり自分に向かって来ていた襲撃者を殴り飛ばしている所だった。
見れば、物陰や路地裏から、次々と人が湧き出してくるのが見える。それらは皆、手に手に物騒な武器を握っていた。
もはや疑う余地は無い。彼等はここを友哉達が通る事を見越して待ち伏せしていたのだ。
自分達をピンポイントで襲撃し、これだけの仕込みを香港の街中で仕掛ける事が出来る組織。そんな物は、藍幇以外にはありえなかった。
「それにしても・・・・・・」
友哉は飛んでくる弾丸を回避しながら、呆れたように呟く。
極東戦役における交戦規定には、雑兵による大兵力の投入を禁止する旨、条文として記されている。
にも拘らず、藍幇はこうして大兵力でもって襲撃を仕掛けてきた。これは明らかに、規定違反である。
どうやら藍幇の主導部は、自分の都合さえ良ければ、交戦規定を守る意思は端から無いらしい。
と、次の瞬間、友哉は頭上に複数の気配が同時に浮かぶのを感じた。
振り仰いだ先。
アパートのベランダと思しき4階部分に、ライフルを構えた複数の人影が見て取れた。
弾丸が一斉に放たれる。
銃声と共に、友哉めがけてまっすぐに飛翔してくる弾丸。
対して、
友哉はその超絶的な視力と先読みを駆使した短期未来予測を発動、自身に向かって飛んでくる銃弾一つ一つを正確に補足する。
振るわれる、逆刃刀の刃。
銀の光が奔る度、弾丸は確実に斬り払われ、明後日の方向へとそらされる。
驚愕したのは藍幇の構成員たちであろう。まさか、ライフルの弾丸を刀で防ぐ人間がいるとは、思っても見なかった様子である。
腕は大したことは無い。せいぜい、素人が銃を持っている程度の話だ。
飛んでくる銃弾を刀ではじきながら、友哉はそのように判断する。同じスナイパーでも、レキなどと比べるべくもない、たんに駆り出されてライフルを持たされて襲撃に加わった、という程度ではないだろうか?
飛んでくる弾丸も、殆どが命中コースに無い所から見ても、それは間違いないだろう。
だが、それでも頭上を占位された状態から、好き勝手に撃たれ続けると言うのは、気分の良い物ではない事は確かである。
どうにかして、早急にスナイパーを排除する必要がある。
友哉は決断すると、助走を付けるべく距離を取る。
「陣、お願い!!」
「おうよ!!」
友哉の行動で、彼が何を狙っているのか察したのだろう。陣は友哉に向き直ると、腰をかがめるようにして体の前で両手を組む。
そこへ、助走を付けた友哉が駆けてきて、陣の手の上に足を掛けた。
「おりゃァ!!」
次の瞬間、陣は膂力を振り絞るようにして、友哉の小さい体を頭上高く放り投げた。
跳躍する友哉。
その高度は、既にアパートの4階部分まで飛び上がっていた。
陣に膂力と自分の跳躍力を掛け合わせ、一気に飛び上がったのだ。
降り立つと同時に、疾風の如くベランダを掛け抜ける友哉。
狭い場所での戦闘になるが、問題は無い。スナイパー達は反撃する間もなく、打ちすえられて昏倒する。
距離さえ詰めてしまえば、スナイパーなど何の脅威にもならない。
友哉が全てのスナイパーを打ち倒すまで、1分もかからなかった。
眼下に目を転じれば、向かってくる敵に対して、拳を振るって奮闘している陣の姿が見える。
大柄な陣は的としては充分すぎる為、四方から撃たれて被弾している。
しかし陣は、聊かも怯んだ様子は無い。防弾制服に覆われていない部分だけをガードして防ぐと、そのまま距離を詰めて、相手を殴り飛ばしている。
かつて
だが、こうして足を止めて戦っていては、いつまでも離脱する事ができない。何か、抜本的な解決策が必要だろう。
「陣、よけて!!」
言うが早いか、友哉はベランダから身を躍らせる。
同時に逆刃刀を大上段に構えると、コートの裾をはためかせて一気に急降下していく。
「飛天御剣流・・・・・・」
迫る地面。
落着と同時に振り下ろされる刃は、迷う事無く地面に打ち込まれた。
「土龍閃!!」
次の瞬間、飛び散った破片が散弾のように、周囲へと飛び散った。
イクスのメンバー達が取ったホテルを突き止めた藍幇勢力は、直ちに奇襲をかけるべく行動を開始した。
人数を集め、ホテルを完全包囲した上で、突入部隊を編成する。
ホテルスタッフには藍幇構成員が多数いるので、下準備には問題は無い。加えて、多少騒いだところで、後始末するのも問題は無かった。多少物が壊れたところで、ホテルには後で藍幇から補助金が出る手はずになっていた。
イクスは今、分散して行動している。ホテルに残っているのが、少女2人である事も確認済みだった。
相手は武偵とは言え、女子高生2人。大人数で掛かれば、制圧するのは容易だと考えられた。
突入隊がライフルを手に、瑠香と茉莉がいる部屋のドアへと、足音を殺して近付いていく。
先頭の1人が、手を伸ばして扉をノックする。
ノックに気付いた中の人間が、扉を開いて出て来た所で取り押さえる。その上で室内に雪崩込み、もう1人も押さえる。と言うのが作戦である。
だが、
一同は訝る。
ノックをしたにもかかわらず、中からは何の反応も無い。
既に、藍幇構成員でもあるフロント係の証言で、中に2人の少女がいる事は確認済みである。窓は嵌め殺しになっているので、仮にこちらの動きに気付いたとしても、逃げる事はできないはず。
そう思って、再度ノックすべく手を伸ばした。
次の瞬間、
バガンッ
盛大な音と共に、扉が斜めに斬り裂かれ、手を伸ばしていた藍幇構成員は、倒れてきたドアの下敷きになって押しつぶされた。
次の瞬間、
部屋の中から、小柄な影が2つ、勢いよく飛び出してきた。
瑠香と茉莉である。
茉莉が、ドアの外から不穏な気配が流れて来るのを察知し、2人は自分達が包囲されている事を悟ったのである。
とっさに、窓を斬って逃げる事も考えたのだが、ここはホテルの5階。飛び降りれない高さではないが、外も包囲されている可能性が高い。下手をすれば、飛び出した瞬間、四方を囲まれる危険性もあった為、迂闊に飛び出す事も出来なかった。
そこで、茉莉はあえて相手の意表を突いて、正面突破を図る事にしたのだ。
向こうは、こちらが女子2人だけだと思って油断している可能性が高い。その心理の陥穽を突けば、突破する事も不可能ではないと思われた。
結果は予想通り。茉莉の作戦は見事に図に当たっていた。
思っても見なかった反撃を受け、藍幇側は大いに混乱する。まさか、自分達の方が先制攻撃を受けるとは、全く予想していなかったのだ。
大兵力を擁して来た事も、完全に裏目に出ている。
藍幇側は狭い廊下の中でひしめき合い、身動きが取れなくなってしまっていた。
そこへ更に、拍車をかける事態が起こる。
「瑠香さん、今です!!」
「はいなッ」
茉莉の合図に従い、瑠香は数個のボール大の球を床に転がす。
次の瞬間、球の中から猛烈に煙が吹き出し、あっという間に廊下を満たし、視界を塞いでしまう。
相手に先制攻撃を仕掛け、更に瑠香の煙玉を使って視界を封じ、その間に機動力を利して離脱する。それが茉莉が即興で立てた作戦だった。
案の定、立ち込める煙のせいで完全に混乱を来した藍幇は、2人を追う事すらできないでいる。
その間に茉莉と瑠香は、混乱に陥ったホテルの廊下を一散に駆け抜けて行く。
「これからどうするの、茉莉ちゃん?」
「まずは友哉さん達と合流しましょう」
瑠香の質問に答えながら、茉莉は鋭く考えを走らせる。
もしかしたら藍幇は、ホテルで茉莉たちを襲うと同時に、街に繰り出している友哉達、もっと言えばバスカービルメンバーをも襲撃しているかもしれない。敵は兵力ではこちらを完全に圧倒している。こちらを用意に分断して、各個撃破する事ができるのだから。
ならば、茉莉達にできる事も決まっている。
この状況を打破する為にも、一刻も早い合流が必要だった。
携帯電話が着信を告げ、友哉は左手でポケットから取出し、耳に当てた。
「・・・・・・もしもし?」
《緋村、俺だ》
良く見知っている少年の声がスピーカーから聞こえてくる。
「キンジ、どうかした?」
《ちょっと困った事態になってね、こっちの合流できないか?》
キンジの言葉に、友哉はスッと目を細めた。
このタイミングで合流を言い出してくる、と言う事は、どうやら向こうも藍幇から襲撃を受けているらしい。
成程、別働隊がイクスを襲撃して足止めする一方、本隊はバスカービルを襲撃する手はずだったらしい。物量に勝る側は兵力を湯水のように使う事ができるから、寡兵を率いる身としては羨ましい限りである。
「ごめん、こっちも今、ちょっと忙しいんだ」
《・・・・・・成程》
友哉のその一言で、こちらの状況を察してくれたらしい。キンジは細かい事は聞かずに頷いてくれる。
《判った、こっちはこっちで何とかする。お前はそっちを片付けてから合流してくれ》
「ん、判った」
そう言うと、電話を切る友哉。
互いの安否確認は必要ない。そんな事は、するだけ無駄である。
「・・・・・・・・・・・・さて」
携帯電話をしまった友哉は、周囲を見回してから口を開いた。
「まだ、やりますか?」
周囲に、怯えたような空気が広がる。日本語で言った言葉だが、意味的にはどうやら伝わったらしい。
無理も無い。彼等は今、目の前にいる少女顔の少年と、自分達との間にある絶望的な戦力差を、嫌と言う程実感させられていた。
友哉が立っている周辺。
そこは、土龍閃の余波を受けて、地面が深く抉れる形で吹き飛んでいた。
人知を超える速度と跳躍力を誇り、刀1本で地を砕く少年。
そんな化物を相手に、いったいどうすれば勝てると言うのか?
藍幇構成員達が、恐れをなして後じさろうとした。
その時、
「ほっほー 随分と、派手にやったじゃねえか」
突如、愉快そうな声が日本語で発せられる。
とっさに、声のした方へと振り返る友哉。
次の瞬間、
「ッ!?」
吹き付けられた強風に、思わず友哉は顔を顰める。
否、ただの風ではない。
微量な殺気を伴った風は、間違いなく、一流の剣客が放つ剣気だ。
場の空気を一変させるほどの剣気を前に、周囲を取り巻く藍幇構成員たちは皆、戸惑うような表情を見せる。
そんな中を、
日本刀を手にした青年が、ゆっくりと友哉に向かって歩いてくるところだった。
「あなたはっ!?」
目を剥く友哉。
対して相手は、さも面白そうに、口元に笑みを向けている。
「よう、久しぶりだな。元気だったか?」
気さくにそう言って、挨拶してくる男。
それは、あの骨喰島で交戦した、
第7話「香港活劇」 終わり。