緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第8話「剣を振るう理由」

 

 

 強襲科の自由履修を終えると、友哉は着替えて校舎の外へ出た。

 

 包帯を巻いた右腕を、軽く振るって調子を確かめる。

 

 不時着した時にぶつけた右腕は、まだ違和感が残るものの骨折などはなく、あと数日もすれば動かすのに支障がなくなるだろう。

 

 世間を騒がせたハイジャック事件は、時を追うごとに収束の兆しを見せ始めていた。

 

 友哉が貨物の投棄をした後、キンジはANA600便を空き地島へと不時着させる事に成功した。

 

 勿論、彼1人の功績ではない。

 

 いかにキンジが見事な操縦を披露し、友哉とアリアがそれを支援しようと、それだけでは夜間、嵐の中、飛行機を着陸させる事は出来なかった。

 

 しかしその問題は、何よりも頼りになる仲間達の手によって解決した。

 

 キンジとの通信を打ち切った後、武藤は車輛科と装備科の仲間達を招集し、大型車両と大型ライト多数を無断で持ち出し、空き地島を対角線に結ぶようにして2列並べ、即席の滑走路を作り上げた。着陸に成功したのは、彼等に依るところが大きい。

 

 武偵憲章、その一条は「仲間を信じ、仲間を助けよ」とある。

 

 それがいかに危険な状況にあったとしても、武偵は決して仲間を見捨てない。

 

 その仲間達の助けにより、乗員乗客はけが人を多数出しながらも、奇跡的に死者を出さず、ハイジャック事件を解決に導く事に成功したのだ。

 

 友哉はふと立ち止まって、北の方向に向いた。

 

 ここからは見えないが、レインボーブリッジを挟んだその方角には空き地島が浮いており、その上には解体を待っているANA600便の残骸が風力発電用の風車にぶつかった状態で放置されていた。

 

 逃走した理子と彰彦に関しては、警視庁や武偵庁、海上保安庁が総力を上げて探索しているが、その死体はおろか手掛かりすら未だに見つかっていない。東京武偵校も諜報科、情報科、通信科を駆使して足取りを追っているが、その行方は杳として知れなかった。

 

 だが、事件にかかわった関係者は、ある種の予感にも似た確信を抱いていた。

 

 彼等は死んでいない。そして、いつか必ず再び、自分達の前に立ちはだかる日が来るだろう、と。

 

 ちなみに、予想していた事だが、やはりと言うべきか、貨物を勝手に投棄した事に関しては、後から苦情を言ってくる乗客も存在した。

 

 曰く、なぜ勝手にそのような事をしたのか。実行する前に、持ち主の了解を得るべきだっただろうと。

 

 勝手な話である。あの状況で他に手は無かったと友哉は確信している。まかり間違えば、キンジが言っていた通りオーバーランして海に落ちていた可能性もあるのだ。更に言えば、持ち主全員の了承を取っている時間も無かった。

 

 とはいえ、欲深な人間とは命の危機にあるときには全財産を投げ出してでも助かろうとするくせに、いざ命が助かると自分の財産の方が大事になるのだから始末に負えない。

 

 VIP専用機だっただけあり、投棄した乗客の持ち物の中には相当な値打ち品も含まれていたそうな。サルベージ業者が連日東京港に潜って貨物回収を行っているが、まだ全ての貨物を回収するには至っていないらしい。

 

 中には武偵校と友哉達を訴えるとまで騒ぎ立てている者もいるとか。

 

 と、言っても、そのような恥知らずな乗客はほんの一部だけであり、大半の乗客は命が助かった事に関して感謝の意を表してくれた。また、世論も死者を1人も出さなかった事で友哉達の行動を是とする空気が大半を占めている。情報科や通信科の分析では、程なく彼らの熱は終息せざるを得ないだろうと言っていた。

 

「友哉君ッ」

 

 名前を呼ばれて前を見ると、瑠香が手を振って走ってくるところだった。

 

 瑠香は友哉に走り寄ると、その横に並んで歩きだした。

 

「今日はもう終わり?」

「うん。後はもう帰ろうと思っているよ」

「そっか。じゃあさ、帰る前に、何か食べて行かない?」

 

 そう言って、瑠香はニコニコと笑顔を向けてくる。

 

 友哉が病院での治療と関係各省からの事情聴取を終えて寮に戻ると、部屋では瑠香が待っており、笑顔で出迎えてくれた。まるでそこに友哉が帰ってくるのが当然であると言わんばかりの行動である。

 

 その時は彼女の気丈さに感心させられたものだったが、後になってクラスメイトの不知火に話を聞き、友哉は認識を改めた。

 

 武偵校でANA600便の不時着成功と、乗員乗客全員の無事が確認されると、瑠香はその場に泣き崩れたという。

 

 普段は元気に振る舞っているが、瑠香は決して強い娘ではない。自分の無事を知って緊張の糸が切れたのも無理からぬことであった。

 

 その時の礼を、まだしていなかった事を今更ながら思いだした。

 

「そうだね、行こうか」

「お台場に新しいお店ができたんだ。そこ行こうよ」

 

 そう言うと、瑠香は友哉の手を取って引っ張る。

 

 その様子が何とも微笑ましく、友哉は口元に微笑を浮かべた。

 

 その時だった。

 

 ドゴッ、バキッ、等、何やら尋常ならざる音とともに、何人かの男子生徒が地面に転がった。

 

「おろ?」

「な、なに?」

 

 見れば、友哉は地面に転がってる男子全員に見覚えがある。確か、強襲科の生徒だったはずだ。

 

 殴り合いなど日常茶飯事、というよりも推奨されていると言っても過言ではない武偵校である。こういった光景も見慣れた物であるのだが、

 

「ったくよ、ケンカ売んのは良いが、もうちっと腕上げてから来る事は出来ねえのかよ?」

 

 いかにも面倒くさいと言いたげに、長身の男子生徒が頭を掻きながらノッソリと出てきた。

 

 その姿に、友哉と瑠香は思わず目を見張った。

 

「あ、あんたッ」

「おろ、相良?」

 

 名前を呼ばれ、男子生徒は振り返る。

 

 長身痩躯の体付きに、ボサボサの頭髪。その下にある目は以前よりも獣じみた光を放ってはいないが、それでも喧嘩好きで好戦的な色は隠そうともしていない。

 

 間違いなく相良陣だ。

 

 ただ一つ、今までと違うのは、彼が臙脂色の武偵校制服を着ている事だった。

 

「な、何やってるの?」

「ああ、こいつらがいきなり喧嘩売ってきやがったからよ。ちょいと返り討ちにしてやってたとこだ」

「いや、そうじゃなくて、その格好」

 

 言われて、ようやく思いだしたとばかりに「おお」と手を打ち、次いでニヤリと笑った。

 

「どうだ、似合ってるか?」

「ううん。全ッ然」

「んだと、こらッ!?」

「まあまあ、それで?」

 

 瑠香の言葉にキレそうになる陣をどうどうと押さえ、友哉が先を促す。

 

「ま、一言で言や、司法取引って奴だ。今回の件を不問にする代わりに、武偵校に編入しろってさ。で、強襲科ってところに入ったは良いが、いきなりこれだよ」

 

 陣はうんざりしたように言う。

 

 なるほど、突然の編入生。血の気の多い強襲科の学生なら腕試しをせずにはいられないところだろう。陣としてもそんな歓迎の仕方は迷惑でしかないだろう。

 

「ったく、なんでこんな弱っちい奴等が武偵なんだ? もうちょっと骨のある奴はいないのかね?」

「いや、そっちかいっ!?」

 

 瑠香の突っ込みを軽く受け流しながら、陣は踵を返す。

 

「まあ、そう言う訳だ。これからよろしく頼むぜ」

「こちらこそよろしく、相良」

 

 そう告げた友哉に対し、陣はピタッと足を止めた。

 

「そうそう、俺の事は陣で良いぜ。ダチはみんなそう呼んでるしよ」

 

 その言葉に、友哉は一瞬キョトンとした顔を作るが、すぐに笑顔になる。

 

「ああ、分かった。よろしく、陣」

「そんじゃな、今度またゆっくり飯でも食いながら話そうぜ、友哉、あとついでに瑠香もな」

「何であたしまでッ って言うか、ついでって何よついでって!?」

 

 両腕をぶんぶんと振り回す瑠香の横で、友哉はニコリと笑った。

 

 事件は解決した物の、何やら後味の悪い結果になった感が否めない。今回の騒動が、時間を経て再燃するか否かはさておいて、一つだけ確実に言える事がある。

 

 この騒がしくも愉快な日常は、まだまだ続くであろうと言う事だ。

 

「友哉君?」

 

 怪訝そうな顔で自分を見つめる瑠香の頭を、友哉は優しく撫でる。

 

「何でもないよ。さ、行こうか」

 

 時代時代の苦難から人々を救うのが飛天御剣流の理念だ。

 

 その理念を体現する為にどうするべきなのか、友哉はまだ見付ける事ができていない。

 

 だが、

 

 大切な仲間と新しい友人、そして妹同然の戦妹。

 

 この大切な日常を護る為なら、自分は剣を振っても良いと思う。

 

 今は差し当たり、それで充分だと思った。

 

 

 

 

 

第8話「剣を振るう理由」   終わり

 

 

 

 

武偵殺し編     了

 


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