緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

88 / 137
第3話「中華の戦神」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何が起こったのか。

 

 目の前の出来事に対し、友哉達はただ、立ち尽くす事しかできなかった。

 

 ジーサードが、

 

 あの、友哉ですら敵わなかった人工天才(ジニオン)が、

 

 一瞬一撃の元に、地に伏していた。

 

 流れ出る出血で、屋根が徐々に赤く染められていく。

 

 もう、助からない。腹を貫かれたジーサードは、どう見ても致命傷だった。

 

 そのジーサードを、一撃で屠り去った藍幇の戦士、猴。

 

 玉藻の言が正しければ、その正体は彼の孫悟空だと言う。

 

 日本でも「西遊記」を知らない者は少数派だろう。孫悟空は、その西遊記に出て来る、主人公の英雄である。

 

 猿の英雄として生まれた孫悟空は、徐々に巨大な力を持つようになり、天界にすら歯向かうようになった。この事を憂慮した天界は何度も討伐軍を指し向けるが、孫悟空はその全てを撃退してしまう。やがて、討伐を諦めた天界は、とうとう孫悟空に神の一座を与え、天界に迎えるという懐柔策を取った。

 

 だが、生来の乱暴者であった孫悟空は、やがて御釈迦様の怒りに触れて、岩牢に幽閉されてしまう。やがて、唐から天竺に向かう修行の旅をしていた三蔵法師によって助け出され、彼を守って冒険の旅に出る。と言うのが西遊記の大筋である。

 

 その孫悟空が、実は実在して、しかも今、目の前にいる。

 

 俄かには信じがたい話である。

 

 しかし、ジーサードを一瞬で倒した事だけは確か出る。

 

「鎮まり給え猴!! ここは倭ぞ!! これ以上人を殺めれば、倭と唐の化生が争う事にもなろうッ!! 鎮まり給えェ!!」

 

 絶叫する玉藻が、どうにか孫悟空、猴を鎮めようとしているのが判る。

 

 しかし、

 

「コル、オル、トルマエス、カルガラル」

 

 猴は意味不明の言葉を言いながら、その瞳は、キンジの方へと向けられている。

 

 如意棒、玉藻の言を借りれば、レーザービームの照準を付けているのだ。今度はキンジを撃つつもりである。

 

 それを見て、諸葛もココも慌てている。彼等にも、猴の制御ができていないのは明白だった。

 

 そのままキンジが撃たれるか。

 

 そう思った瞬間、

 

 突然、視界を遮るように赤、青、白のスモークが湧きあがった。

 

 一瞬にして視界が遮られ、友哉達と藍幇勢力との間を遮り、何も見えなくなってしまう。

 

「これは、武偵弾!?」

 

 恐らく煙幕弾だ。萌と菊代を退避させたアリアが、状況を察して援護してくれているのだ。

 

 逃げるなら今、この機に乗じるしかない。

 

「逃げろ、緋村ッ 玉藻!!」

 

 キンジも同様の結論に達したらしい。倒れているジーサードを抱えて踵を返す。

 

 背後では、ココと諸葛の慌てふためく声が聞こえて来る。あちらもどうやら、追撃を掛ける余裕は無いらしい。

 

 今なら逃げられるか。

 

 そう思った時、

 

 突如、足元が揺れるような感触に襲われた。

 

 地震か?

 

 そう思った瞬間、足元の屋根が爆発したように吹き飛ばされた。

 

「なッ!?」

 

 友哉も、そしてジーサードを抱えたキンジも、驚きのあまり、思わず足を止めた。

 

 見れば、瓦屋根に人一人が通れるくらいの大きな穴があいている。

 

 そして、その穴の縁に、今まさに手を掛けて這いあがってくる影があった。

 

「やっと、話は終わったかッ このまま待たされっぱなしで終わるかと思ったぞ!!」

 

 野太い声と共に這いあがって来たのは、ゆうに2メートル以上はありそうな長身を持つ、巨大な男だった。

 

 手に持っている武器は、特殊な形状をしており、槍の穂先の左右に、それぞれ短い月牙を取り付けている。

 

 古代中国で使われた武器で、方天画戟と呼ばれる物だ。突くだけでなく、斬る、打つ等の使い道もある万能武器である。勿論、完璧に使いこなすには、充分な修練が必要だが。

 

「諸葛よ、こ奴ら、俺が貰っても良いな?」

 

 男に声を掛けられた諸葛は、一瞬逡巡するようにするが、やがて不肖不精と言った感じに頷いた。

 

「仕方ないでしょう。こちらは猴を落ち着かせるのに手一杯ですので。伽藍(がらん)、そちらはお願いしますよ」

 

 そう言うと、再び諸葛は、猴の方に向き直った。どうやら彼にとっては、猴の制御は友哉達をこの場から逃がす以上に重大な事であるらしい。

 

 とは言え、それで危機が去ったとは言えない状況である。

 

 友哉は突如現れた、巨躯の男と対峙する。

 

「キンジ、先に行って」

 

 刀を構えながら、友哉は慎重に前に出る。キンジが安全圏に退避するまで、自分が時間を稼ぐつもりなのだ。

 

 今のキンジは重傷を負ったジーサードを抱えている。まともに戦える状態では無い。

 

 勿論、役割を交代する事もできない。友哉とジーサードでは体格差がありすぎる為、仮に抱えてもうまく動く事ができないだろう。

 

 ここはキンジがジーサードを連れて退避し、友哉が囮を担うのが上策だ。

 

 逃げるキンジを背中に庇い、前に出る友哉を見て、伽藍と呼ばれた男は「ほう」と呟く。

 

「小僧、この俺と、サシで勝負しようと言うのか?」

「それ以外に見えますか?」

 

 感心したような伽藍の言葉に、友哉は刀を正眼に構えながら応じる。明らかな交戦の意思だ。

 

 対して、伽藍は口元を歪めて凄絶な笑みを見せた。

 

「面白い、その大言、翻すなよ!!」

 

 言い放つと同時に、伽藍は方天画戟を振り翳して友哉に突っ込んで来た。

 

 

 

 

 

 衝撃で屋根の瓦が吹き飛び、舞い上がる。

 

 1歩ずつの踏み込みが、それだけで屋敷全体を破壊しそうな勢いだ。

 

「ッ!?」

 

 立ち尽くす友哉。

 

 対して伽藍は、方天画戟を横薙ぎに振るう。

 

 その一撃は致死の物。衝撃はそれ自体が質量を持ったかのように襲い掛かってくる。

 

 対して、

 

 一瞬、友哉のシルエットが闇夜に霞んだ。

 

 次の瞬間、中天の月を背景に、刀を振りかざす友哉の姿。

 

「飛天御剣流、龍槌閃!!」

 

 急降下と同時に振るわれる刃はしかし、それよりも速く引き戻された伽藍の方天画戟によって防がれた。

 

「クッ!?」

「フン」

 

 舌を打つ友哉に対して、ニヤリと笑う伽藍。

 

 そのまま空中にある友哉の体を吹き飛ばそうと、腕に力を込める。

 

 しかし、それよりも一瞬早く、友哉は方天画戟の柄に足を掛けて跳躍、伽藍の背後に躍り出た。

 

「ハァァァァァァ!!」

 

 背中を見せた伽藍に対し、急速に間合いを詰める友哉。

 

 伽藍も振り返るが、友哉の速度には追いつけない。

 

 その胴めがけて、友哉の横薙ぎが入る。

 

 タイミングは完璧。防御は間に合わない。

 

 柄を握る手に、確かに感じる衝撃。完全に入った手応えが伝わってくる。

 

 しかし、

 

「どうした、その程度か!?」

「ッ!?」

 

 まるで堪えていない様子の伽藍に、思わず友哉は息を飲みつつ、とっさに後退する。

 

 友哉の一撃は、確かに伽藍を捉えた筈だ。

 

 だが、伽藍はダメージを負っていないかのように、平然としている。

 

 見た所、何か特別な防具を着ているようには見えない。着ている服は防弾仕様かもしれないが、通常の防弾服では、貫通は防げても衝撃までは防げない筈だ。

 

 警戒するように距離を取る友哉に対し、伽藍は石突きを瓦に突き立てて立ちはだかる。

 

「動きはなかなかなようだな。だが、攻撃力が決定的に不足している」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 友哉の戦いぶりをそう評してくる伽藍。

 

 対して友哉は、無言のまま刀を構え直す。確かに、このままでは決定打を奪う事は難しいかもしれない。

 

 そんな友哉を見ながら、伽藍も方天画戟を構え直す。

 

「さて、では、そろそろ、こちらから行かせてもらおうか」

 

 持ち上げた方天画戟の切っ先を、真っ直ぐに友哉へと向ける。

 

 と、頭上高く持ち上げると、そのままグルグルと旋回させ始めた。

 

 風を巻き、旋風のように回転する方天画戟。

 

 まるでそれ自体が、小型の台風であるかのように、吹き抜ける風が、立ち込める煙を散らして行く。

 

「行くぞッ」

 

 呟いた瞬間、

 

 伽藍は回転の勢いを乗せて、斬り込んで来た。

 

「ッ!?」

 

 瞬間、凄まじい勢いで、刃が友哉に迫って来る。

 

 とっさに回避しようと、後退する友哉。

 

 刃は友哉の眼前を、真一文字に斬り下ろす。

 

 否、

 

 次の瞬間、凄まじい衝撃が、友哉に襲い掛かった。

 

「なッ!?」

 

 攻撃は当たらなかった。確かに友哉は、伽藍の攻撃を完全に回避した。

 

 にもかかわらず、衝撃だけで、友哉の体は大きく吹き飛ばされたのだ。

 

 のけぞるような形で、宙に飛ばされる友哉。

 

 体はそのまま屋根の縁を越え、階下の庭へと落下を開始する。

 

「クッ!?」

 

 そのまま落ちれば、頭蓋から地面に叩きつけられる事になる。そうなれば、いかに友哉でも助からない。

 

 とっさに、体勢を入れ替えて着地する友哉。

 

 流石に、バランスを崩したままの着地だった為、殺しきれなかった衝撃が足を伝って体に流れ込んで来る。

 

「グッ!?」

 

 思わず顔を歪め、呻き声を洩らす。

 

 しかし、どうにか倒れずには済んだ。

 

 そこへ、

 

「まだだぞ!!」

 

 方天画戟を振り翳した伽藍が、降下しながら斬りかかって来る。

 

「ッ!?」

 

 着地の衝撃で痛む足を無視して、とっさにその場から飛び退く友哉。

 

 対して伽藍の一撃が、振り下ろされる。

 

 次の瞬間、砲弾が炸裂したような衝撃と共に、叩きつけられた地面が大きく抉り飛ばされた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 その様子を、友哉は呆然と眺めている。あんな攻撃を食らったら、ひとたまりも無い所である。

 

 改めて、互いの戦力差を認識させられる。

 

 この状況を打破できるとしたら・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 友哉は無言のまま、刀を正眼に構え直す。

 

 既に、充分な時間は稼いだ。キンジ達は既に安全圏まで逃れた事だろう。後は、友哉が脱出するだけである。

 

 相手の力は強大。いかに友哉の力を持ってしても、容易に倒す事はできない。

 

 ならば、取り得る手段は1つ。大出力の攻撃を持って、相手の行動力を奪うしかない。

 

「ほう・・・・・・」

 

 対して伽藍も、感心したように呟き、改めて方天画戟を構え直す。どうやら、友哉がまだ何か企んでいる事を察したらしい。正面から迎え撃つ構えだ。

 

 友哉と伽藍。

 

 互いに得物の刃を向けあったまま、無言の内に対峙する。

 

 緊迫が空気にまで伝播し、戦場を張り詰める。

 

 次の瞬間、

 

 互いに、同時に地面を蹴った。

 

 友哉は疾風の如く、

 

 伽藍は怒涛のように、

 

 互いの距離が一瞬で迫る。

 

 仕掛けたのは、やはり速度で勝る友哉だった。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 剣閃は複雑な軌跡を、一瞬で描く。

 

 閃光の重囲は、その全てが必殺の一撃となって伽藍に殺到した。

 

「飛天御剣流、九頭龍閃!!」

 

 9つの閃光は、刹那の間も無く、全てが伽藍の体を撃ち抜いた。

 

「ウォォォォォォォォォォォォ!?」

 

 最後、柄尻の一撃を眉間に叩きつけた直後、さしもの伽藍も、唸り声を上げて転倒する。

 

 轟音を上げて、地に伏す伽藍。

 

 対して九頭龍閃を撃ち切った友哉は、残心を残す形で着地する。

 

 技は完全に極まった。九頭龍の牙は、確かに伽藍の体に突き立てられたのだ。

 

 九頭龍閃をまともに受けて、立ち上がれる筈がない。

 

 そう思った時だった。

 

「・・・・・・クッ・・・クッ・・・クックックッ」

 

 くぐもった笑い声。

 

 友哉が警戒して刀を、構え直す中、

 

 伽藍はゆっくりと、体を起こした。

 

「そんな・・・・・・・・・・・・」

 

 友哉は信じられない面持ちで、その様子を眺める。

 

 流石に無傷では無い。全身に打撲があり、頭からは血まで流している。とてもではないが、立てるとは思えない状態だ。

 

 にもかかわらず、伽藍は平然と笑みを浮かべ、再び方天画戟を構え直して見せた。

 

「面白い技を持っているではないかッ これだから、戦いはやめられないのだ!!」

 

 闘争本能の塊、と言うより、その物が闘争本能と言った感じの伽藍。

 

 その存在に、友哉は戦慄せざるを得ない。

 

 もしかしたら自分はこのまま、永遠に、この怪物を相手に戦っていなければいけないのだろうか?

 

 そんな事を考えてしまう。

 

「さあ、行くぞッ まだまだ、俺を楽しませてみろ!!」

 

 血に濡れた体を薙ぎ払うように、伽藍が前に出ようとした。

 

 その時、

 

 だしぬけに、伽藍の体に弾丸が命中するのが見えた。

 

 次の瞬間、大量の煙が湧きおこり、一気に視界が塞がれてしまう。

 

「ぬッ!? 何だこれは!?」

 

 先程と、同じような光景。

 

 突然の事に、伽藍も驚きを隠せない様子だ。

 

 弾丸は更に数発着弾し、煙の勢力を強める。

 

 今や、鏡高組の庭全体が煙に覆い尽くされている、と言っても過言ではない。

 

 一瞬、先程同様にアリアの援護が入ったのか、とも思ったが、彼女が使っていた武偵弾とは煙の色が違う。

 

 何が起きているのか。

 

 そう思った時、

 

「緋村君、こっちです!!」

 

 聞き憶えのある声と共に、強引に腕が引かれる。

 

 何が起きているのか、状況は全く把握できないが、今が逃げる好機であるのは確かなようだ。

 

 促されるままに、友哉は踵を返すと、その場から離脱して行く。

 

 その気配は、煙の向こう側に立つ伽藍にも感じる事ができた。

 

「おのれ、逃げるか!!」

 

 勢いそのままに、煙を薙ぎ払う伽藍。

 

 やがて、視界が晴れて、周囲の状況が見回せるようになる。

 

 だが、そこには既に、友哉の姿は無かった。

 

 後には、破壊し尽くされた庭があるだけである。

 

「ええいッ 逃がしたか」

 

 舌打ちしながら、やり場のない苛立ちを、地面を蹴って叩きつける伽藍。

 

 諸葛達が極東戦役における作戦の一環として、日本にいる師団勢力に攻勢を掛けると聞き、それに半ば強引に同行して来たのは、全て、戦いを欲するが故である。

 

 聞けば日本には、素手で弾丸を返し、銃弾を銃弾で弾き、天を駆けるが如く宙を舞う戦士がゴロゴロいるのだとか。それらと戦う事を願い、伽藍は日本にやって来たのだ。

 

 結果として、その噂はガセでは無かった。目指す戦士達は実在したのだ。

 

 強い戦士と戦い、これを打ち破る。これほど、心躍る瞬間は他にない。

 

 だが結局、決着はつかず、伽藍としては不完全燃焼な形となってしまった。

 

 藍幇は、日本に長居するつもりはない。一撃したら香港に引き上げる手はずになっている。

 

 つまり、逃げた連中を追って、再戦している余裕は無いと言う事になる。

 

「・・・・・・・・・・・・まあ、良い」

 

 低い声で呟くと、流れてきた血を拭って、ニヤリと笑った。

 

 奴等とは何れまた、近い内に戦う気がする。伽藍の勘は、そう告げている。

 

 そして、この手の伽藍の勘は、実のところ、今まで外れた事がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場を離脱し遮二無二駆け抜け、鏡高邸が見えなくなった所でようやく息をついた。

 

 上がりかけている息を整え、慎重に気配を探る。

 

 追って来る気配は無い。どうやら、追撃を諦めたようだ。

 

 今回の戦い、見た限りではどうも、藍幇の方でも不確定要素が高い戦いであったらしい。その為、追撃する余裕は無かったらしい。

 

 キンジ達の方がどうなったか気になる所ではあるが、藍幇があの調子なので、友哉としては、あちらも無事だろう、と楽観視している。

 

「それにしても・・・・・・」

 

 友哉は鋭い眼差しを流しながら、傍らに立つ人物を見た。

 

 先程、伽藍から友哉を助け、撤退を援護した男は、仕立の良いスーツ姿に、顔には無表情の仮面を付けている。傍から見れば、仮面舞踏会の出席者のようだ。

 

「あなたが助けに来るなんて、どう言う風の吹きまわしですか?」

「私としては、君があそこにいた事の方が余程、驚きなんですがね」

 

 由比彰彦は、そう言って肩を竦める。

 

 《仕立屋》と言う傭兵グループを束ねるこの男とは、これまで何度も剣を交えている。正直、あのような危機的状況で助け合うような間柄ではない筈だ。

 

「君も無茶をしますね」

「何がですか?」

 

 武偵弾を発射するのに使ったグロック19を、スーツの下のホルダーに収めながら、呆れたような調子の彰彦に対し、友哉も刀を鞘に収め、怪訝そうに尋ねる。

 

「君が先程まで戦っていた男の名は、呂伽藍(りょ がらん)と言って、中国の裏社会では《戦神》と言う異名で呼ばれている男ですよ。あらゆる武器に精通し、あらゆる格闘術を極め、その体は鋼よりも強固と言われています。あんなのと戦って、よく無事で済みましたね」

「いや、それ、人間なんですか?」

 

 彰彦の言葉に、友哉は呆れ気味に返す。話を聞く限り、とても「人間」の範疇に収まるようには思えない。

 

 とは言え、確かに九頭龍閃を食らって尚、立ち上がって来た事からも、常識では括れないのは確かだった。

 

 だがそんな事よりも、今は懸案する事項がある。

 

「それで、仕立屋は、今度は藍幇を支援する訳ですか?」

 

 彰彦があの場に現われたと言う事は、つまり、今度は仕立屋は藍幇の依頼を受けて動いている、と考えるのが自然だった。

 

 もしそうなら、またも厄介な戦いになりそうな予感があった。

 

「いいえ」

 

 しかし、彰彦は首を横に振った。

 

「藍幇は元々、イ・ウーに匹敵するくらい巨大な組織ですから、やろうと思えば、戦場の設定も補給も、輸送も、彼等は全て自分達で賄えるんです。君達が修学旅行の時、ココさん達を支援したのは、秘密裏に日本に入国したいという要望があったから支援しただけであり、本来なら私達の手助けはいらなかったくらいなんですよ。勿論、今回は何の依頼も受けていません」

「じゃあ、何であそこにいたんです?」

 

 この男が、用も無いのに動くとは思えない。ましてか、場所は暴力団の本宅。偶然と言われて信じるほど、友哉も阿呆では無い。

 

「藍幇ほどの組織が動くんです。偵察に来ない訳にはいかないでしょう」

「リーダー自ら?」

「ええ、まあ・・・・・・」

 

 友哉の言葉に、彰彦は僅かに言葉を濁した。

 

 実際の話、諜報部部長だった川島由美が公安0課に逮捕されてしまった為、彰彦以外に偵察スキルを持っている人間がいない、と言う事情があったのだが、それをここで話す気は無かった。

 

「そんな事より、緋村君」

 

 彰彦は、友哉に向き直って話題を変える。

 

「間もなくです」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 彰彦の言葉に、友哉は無言のまま答える。彼が何を言おうとしているのか、友哉には判っているのだ。

 

「既に、こちらの準備は整いました。可能なら、来年の年明けには動きたいと思っています」

「・・・・・・・・・・・・判りました」

 

 絞り出すように答える友哉。

 

 それを拒否する事は、友哉にはできないのだ。

 

「では、それまで、お体の方を大切に」

 

 そう言うと、彰彦は足音も無く、その場から去っていく。

 

 後に1人残される友哉。

 

 折から、再び降り出した雪が、友哉の肩や頭に、徐々に積もっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彰彦と別れた後は、特にトラブルになるような事も無く、友哉は寮に戻る事ができた。

 

 だが、事態は決して、楽観視できるような物では無い。

 

 藍幇の再侵攻と仕立屋の蠢動。

 

 ここに来て再び、極東戦役の戦局は大きく動こうとしている。

 

 だが、

 

「僕に残された時間は、あまり多くないのかもしれない」

 

 不吉な音の言葉は、誰に聞かれる事も無く、寒空の大気の中へと溶けて行った。

 

 部屋の扉を開けて、中へと入る。

 

「おろ?」

 

 そこで、驚いた。

 

 部屋の電気が、まだ点いているのだ。

 

 戦闘終了後、歩いて帰って来た為、時刻は既に12時を回っている。てっきり、茉莉も瑠香も、もう寝ていると思ったのだが。

 

 リビングに入ると、更に驚いた。

 

 そこには、テーブルの上に上半身を預けてうたた寝する、自分の彼女の姿があったのだ。

 

「茉莉・・・・・・」

 

 可愛らしい寝顔は、静かな寝息を立てている。どうやら、今まで待っていてくれたらしい。

 

 友哉はクスリと笑うと、足音を立てないようにそっと近づく。

 

 手を伸ばして、髪を撫でてあげると、洗いたての、さらさらした感触が指に伝わってくる

 

「・・・・・・ん、んみゅ?」

 

 少しくすぐったそうに、子猫のような声を上げる茉莉。

 

 そこでふと、閉じていた瞳が、うっすらと開いて友哉を見た。

 

「あ、起こしちゃった?」

「ゆう・・・やさん?」

 

 寝惚け眼のまま、気だるそうに体を起こす茉莉。

 

 そこで、

 

「友哉さんッ!?」

 

 一気に覚醒すると、友哉に抱きついた。

 

「お、おろ?」

 

 とっさに、茉莉を抱きとめる友哉。

 

「ど、どうしたの、茉莉?」

「どうしたのじゃありませんよッ こんな時間まで帰って来ないなんてッ それにアリアさんから、友哉さんが暴力団の人の家に殴り込みをかけたってッ!!」

 

 それで、友哉は納得した。

 

 どうやら、アリアが気を効かせて連絡を入れてくれたらしい。だから茉莉は、こんな時間になるまで待っていたのだ。

 

 友哉は優しく抱きしめると、そっと彼女の頭を抱き込む。

 

「心配かけてごめんね。でも、ほら、ちゃんと帰って来たから」

「それは・・・・・・信じてましたから。ちゃんと」

 

 友哉が帰って来ない筈がない。それは茉莉にとって、ダイヤモンドよりも強固な未来であった。

 

 だから、「心配で」待っていたんじゃない。「信じて」待っていたのだ。

 

「お帰りなさい、友哉さん」

「うん、ただいま」

 

 そう言って、互いに見つめ合う2人の頬は、ほんのり赤く染まっている。

 

 やがて、

 

 どちらともなく、目を閉じ、唇を合わせるのだった。

 

 

 

 

 

第3話「中華の戦神」      終わり

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。