緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第2話「神成る者」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 縛られて転がされながら、遠山キンジは苦い表情を作っていた。

 

『いったい、何なんだ、この状況は?』

 

 自分を取り囲むようにして立っている者達を見上げ、キンジは心の中でぼやく。

 

 指定暴力団鏡高組。

 

 ここに捕らわれた友達を助けに来て、キンジもまた捕えられていた。

 

 約1か月前から、キンジは武偵校を退学し、池袋東校という一般高校に通っていた。任務では無い、正規の学生として通っていたのだ。

 

 バスカービルメンバーを始め、友人一同に説明していた「特秘任務」と言うのは嘘である。正確には、そう言う事にしておくように、と教務課から言われたのだ。

 

 対外的には特秘任務と言う事にして、実は退学。そしてごく自然に姿を消す。それが武偵校における転校措置の実態だった。

 

 これは元々、転化した武偵が一般校に行っても、学力の低さや協調性の悪さが災いして、うまく学校に溶け込めず、結局、一般校も退学になる者が続出してしまう事に起因していた。要するにそのような背景がある為、どこの学校でも武偵校からの転化と言うだけで忌避されてしまうのだ。

 

 だが一旦退学し、復学すると言う形を取れば、元がどこの学校出身か、申告する義務は無くなり、トラブル無く転化できると言う訳である。

 

 こうして、何故か一緒について来たレキと共に、晴れて念願の一般人としての生活を手に入れたキンジだったが、

 

 その生活は、ほぼ全くと言って良いほどうまくいかなかった。

 

 長年体に沁み込んだ、武偵としての癖は、一般人を目指すキンジにとって足かせとなり、事ある毎に空回ってしまった。

 

 常に緊張状態を強いられて奇行に走る事が多く、学校の成績も悪く、更には元々付き合いが悪い事も災いして、なかなかクラスに溶け込む事ができなかった。正に、他の転化武偵達と同じ道を歩んでしまっていたのだ。

 

 だがそれでも、不器用ながら一般人としての生活を続け、どうにか話のできる友達もできて来た矢先、

 

 事件は起こった。

 

 クラスメイトの女子が、この鏡高組に拉致されたのだ。更には、一般人として友人となった男子3人がその女子を取り戻す為に、先走って鏡高組に殴り込みを掛けてしまった。

 

 この鏡高組の現組長、鏡高菊代(かがたか きくよ)はキンジが神奈川武偵校附属時代の友人でもある。

 

 どうやら、浚われた女子、望月萌(もちづき もえ)と菊代との間に、何らかのトラブルがあったらしい。

 

 だが、キンジが赴いた先で、更に事態は混乱する事となる。

 

 かねてから菊代が組長でいる事に不満を抱いていた組員達が、このタイミングでクーデターを起こしたのだ。

 

 彼等は菊代や萌の他に、武偵として名の売れているキンジを取引材料にして、大陸系の組織に取り入ろうとしていると言う事らしい。

 

 極道の仁義もへったくれもあった物では無い。犬でも喰わせた恩を3日は忘れないと言うのに、彼等は欲に目がくらみ、長年、自分達を養って来た組長をあっさり裏切ったのだ。

 

 そして今、キンジは萌と菊代と3人で並んで転がされている。

 

 持って来たベレッタは、既に奪われていた。そしてもちろん、今はまだ、切り札とも言うべきヒステリア・モードを発動していない。

 

 正に、絶望的な状況である。

 

「遠山キンジくーん? 知ってるー? 君はこれから香港のマフィアに売られちゃうんだよー。でも、お友達には自慢できるよ。すんげぇ高値だから」

 

 そう言って、ホスト風の男がげらげらと笑う。

 

 その横では、東大卒と思われる男が、奪ったキンジのベレッタをひけらかすように弄んでいた。

 

「日本にはおまけと言う文化もありますからね。こちらの可愛い2人も、おまけで付けてあげますよ」

「その前に、今まで散々威張り散らしてくれた礼を、たっぷりとしてもらうけどな」

 

 その言葉を聞き、キンジの横で菊代がすすり泣きを漏らしていた。

 

 かつては共に武偵校にあり、そして長年ヤクザの組長をやってきた菊代。

 

 一見すると、気が強く、唯我独尊的な感じがある菊代だが、その実、脆い心を持っている事をキンジは知っている。

 

 中学時代も、実家がヤクザをやっていると言うだけで苛めを受けた事もあるくらいだ。その為、キンジは彼女を助ける為にひと肌脱いだ事もあった。

 

 もっともその後、キンジの特異体質を知った菊代と元いじめっ子メンバーに結託され、ヒステリアモードを便利使いされた事が、今日の女嫌いに繋がっているのは皮肉以外の何物でもないが。

 

 更に、

 

「と、遠山君・・・・・・」

 

 萌が不安そうな声を上げて来る。

 

 彼女は完全に一般人だ。なぜ、このような事態になってしまったのかいまいち経緯が掴めないが、彼女を巻き込む事は許されない。

 

 最悪、自分を餌に交渉して、菊代と萌を解放させるか。

 

 そうキンジが思った時だった。

 

「おい、兄貴、こいつ等やっちまっても良いよな?」

 

 最近、すっかり聞き慣れた声で呼ばれ、キンジは顔を上げる。

 

 姿は見えない。

 

 しかし、間違いなく、そこにいるのが判る。

 

「ジーサード、つけて来ていたのかッ?」

 

 先月、飛行艇の上で戦ったジーサードだが、キンジが武偵校をやめて実家に戻ると、何と、妹のかなめと一緒に、遠山家へホームステイして来ていた。今ではすっかり、遠山家の三男として、遠山金三(とおやま きんぞう)と呼ばれている。もっとも、本人はその名前にはいたく不満であるらしいが。

 

 そのジーサードが、どうやらキンジを尾行してここまで来ていたらしい。

 

 光屈曲迷彩で姿を消したまま、ジーサードは菊代の体を抱え上げて窓際まで運ぶ。

 

 縛っていたワイヤーは、既にキンジや萌の分も含めてジーサードによって斬られていた。

 

「美しい物を着ているな。剥がしていただくぜ。あと、今日は寒い。兄貴も、少し動きたいだろ」

 

 そう言うと、ジーサードは菊代が来ている、美しい模様の改造和服の帯に手を掛ける。

 

 次の瞬間、菊代の体は空中でくるくると転がされ、床に落ちる。

 

「な、何これッ!? キャァァァァァァ!?」

 

 悲鳴を上げている内に、彼女が着ていた黒地に鮮やかな菊柄が描かれた着物は、脱がされ、真っ赤なランジェリー姿が現われる。

 

 脱がしたジーサードの姿は見えない訳だから、周囲の人間には、突然、何もない空中で菊代が裸になったように見えた。

 

 顔を真っ赤にした菊代は、必死に自分の体を隠そうとしているが、勿論、そんな物で隠しきれる筈がない。

 

 そしてその艶姿は、ハッキリとキンジの視界に刻まれ、彼の中にあるトリガーが引かれる。

 

「あ、ロープが切れてるッ 遠山君のも!!」

 

 能天気な萌の声を聞きながら、キンジは自分の人格が切り替わるのを認識していた。

 

 その横に、光屈曲迷彩を解除したジーサードが立つ。その手には、菊代から脱がせた着ものがしっかりと握られていた。

 

「いい西陣織の柄だ。見ろよ兄貴、この万寿菊柄なんか、すげえアートだと思わねえか?」

 

 興奮したように叫ぶジーサード。その姿は、いつものプロテクターの上から、なぜか暴走族ばりの特攻服を着込んでいる。キンジが友人からもらった物を、欲しがったので譲ってやったのだ。

 

「てめえぇ!!」「このガキ!!」「どこの族だ!?」

 

 周囲を固めていた男達が、一斉にカラシニコフを放ってくる。

 

 だが、ジーサードはかつて、アメリカ合衆国大統領の警護官もつとめており、その肉体それ自体が1個の兵器と認定されている存在である。

 

 飛んで来た全ての銃弾を、「捻転(コイル)」、キンジ流の「螺旋《トルネード》」に相当する技で掴んで投げ返し、銃を破壊して行く。

 

 そんな頼もしい味方である弟の横に立ち、キンジはニヤリと笑みを向ける。

 

「どうやら、なっているみたいだな、ジーサード」

「ならなきゃ失礼ってもんだ。ルノワール、景徳鎮窯、湛慶、エミール・ガレによ」

 

 周囲に並ぶ美術品の数々を見回しながら、ジーサードは興奮して言う。

 

 彼は芸術品を鑑賞する事によって、ヒステリアモードに必要なβエンドロフィンを脳内に分泌する事ができる。これも一種の倒錯した性的興奮らしいのだが、とにかく、キンジやカナと比べても、便利な体質である事は間違いない。

 

「兄貴もなってるんだろ?」

「ああ、ある意味、やけぼっくいに火が付いた形だがな」

 

 言いながら、下着姿の菊代をちらりと見詰める。

 

 かつての同級生であり友人。

 

 そして今は、キンジにとって護るべき対象である少女。

 

 彼女と萌を庇いつつ後退するキンジ。

 

 そのキンジを庇うように、ジーサードが前に出る。

 

「お前等マフィアなんだろ! これで終わりとは言わせねえぞ! 戦える奴、出てこいやッ 兄貴の手前、殺さないでおいてやるからよ!!」

 

 その声に煽られるように、出るわ出るわゾロゾロと、奥から鏡高組の構成員達が湧きでて来る。その数は、軽く50人を下らないだろう。皆、手にマシンガンやショットガンを持っている。

 

 その間にキンジは、萌と菊代を庇いながら、どうにか庭に退避する。勿論、ジーサードから菊代の着物を奪い返しておいてだが。

 

 とにかく、この2人を先に逃がす必要がある。

 

 だが、いかにキンジとジーサードが一騎当千でも、50人の敵を相手に非戦闘員2人を抱えて無傷で戦うのは難しい。

 

 どうするか、と思案した時、ふとキンジの目は遥か上空に向けられた。

 

 既に雪はやみ、雲が晴れて、上空には星も出ている。

 

 その星の1つを、キンジは指差した。

 

「菊代、萌。このピンチを切り抜けるには、君達の力が必要だ。あそこにあるお星様が見えるだろう? さあ、あの星にお祈りしてご覧。『助けてください』って」

 

 こうしたセリフが何のためらいも無く言える辺り、キンジのヒステリアモードは侮れない物がある。

 

 そして、これほど気障なセリフを言っても違和感がないほどに、遠山キンジと言う男は、実はホスト向けのキャラをしていた。

 

「乙女の祈りは星に通じる物だからね」

 

 そう言ってウィンクして見せるキンジ。

 

 萌と菊代は、それぞれ先を争うように天を仰いで祈りを捧げる。

 

「お・・・お星様、お願いです。遠山君を助けてください。わ、私はどうなっても良いですから!!」

「わ、私だって、自分なんてどうなったって良い。けど、遠山だけは、遠山だけは助けて、お星様!!」

 

 2人の純粋な願いは、

 

 果たして、天に届いた。

 

「さあ、来るよ」

 

 輝く星の一つが、どんどん近付いて来る。

 

「星の女神、《双剣双銃》の降臨だ」

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 バ カ キ ン ジィィィィィィィィィィィィ!!

 

 

 

 

 

 聞こえるアニメ声は、その「お星様」から放たれる。

 

 それは、平賀文製作のホバースカートを装着した、神崎・H・アリアだった。

 

「会いたかったわよォ、キンジィ~~~」

 

 ギリギリと歯を噛み鳴らすアリア。どうやら、暫く顔を合せなかった事で、相当ご立腹であるらしい。

 

 対して、ヒステリアモードのキンジは、そんなアリアの様子を愛おしげに見詰めて言う。

 

「会いたかった? 奇遇だね」

「何がよ!?」

「俺も君に会いたかったよ」

 

 そう告げたキンジの言葉に、一気に赤面するアリア

 

 こうなると普段とパワーバランスが180度逆転する為、見ていて面白い。

 

 バリバリバリバリ

 

 殆ど照れ隠しなんじゃないか、と思える勢いで2丁のガバメントを放ち、次々とヤクザ達の銃を撃ち抜いて行くアリア。

 

 マシンガンやショットガンなど、危険度の高い銃を先に破壊して行くあたり、戦いなれしている感がある。

 

 そこへ、更に変化が起こる。

 

 キンッ

 

 鉄を打ち鳴らすような鋭い音。

 

 次の瞬間、閃光が斜めに走った。

 

 一同が見ている目の前で、鏡高組の門が音を立てて崩れる。

 

 キンジがとっさに、萌と菊代を庇う中、ゆっくりと歩いて来る足音がある。

 

 その足音を、感覚が鋭くなったキンジは聞き取り、そしてニヤリと笑った。

 

 たった今起こった事が誰の手による物か、その足音を聞いただけで理解したのだ。

 

「やれやれ、お前も来てくれたのか」

 

 顔を上げる。

 

 その先に立つのは、少女のような顔立ちをした少年。

 

「緋村」

 

 対して、友哉もニコリと笑みを返す。

 

「元気そうだね、キンジ」

 

 久しぶりに見る友人の姿は、どこも変わりがないようで安心した。

 

 否

 

 気のせいであろうか、友哉の眼には、今のキンジは以前よりも、どことなく生き生きしているようにも見える。

 

「て言うかキンジ、アンタ今まで何やってたのよ?」

 

 ガバメントに替えて刀を構えながら、アリアが尋ねて来るのに対し、キンジは肩を竦めて答える。

 

「ちょっと、社会見学をね」

「社会見学? て事は、一般人やってたの?」

「まあね」

「・・・・・・ふうん、で、一般人の彼女も作ったって訳?」

 

 とげを含む声で言いながら、キンジが抱いている萌と菊代を殺気を込めて睨みつける。

 

 対して、キンジはやれやれとばかりに肩を竦めて、アリアに歩み寄る。

 

「そんな事したら、アリアが1人っきりになってしまうだろ」

「ぷっ ぷえッ!?」

 

 急速に顔を赤化させるアリア。どうやらこっちの方も絶好調であるらしい。

 

 取り落としそうになった刀を拾ってやりつつ、キンジは彼女に笑い掛ける。

 

「そ、それより、ジーサード、何か、あんたの味方っぽいんだけど?」

「あ~、説明はちょっと難しいんだが、今は取り敢えず、協力してやってくれ」

 

 話題と視線を逸らすアリアに苦笑しつつ、キンジは説明してやると、友哉に向き直った。

 

「緋村も、それで良いな?」

「ん、了解」

 

 言いながら、改めて刀を構え直す友哉。

 

 話している間にも、屋敷の中からわらわらとヤクザ達が湧きだして来る。

 

 50人以上の敵を前に、こちらの戦闘員は4人。

 

 だが、このメンツなら、仮に1万の軍勢を相手にしたとしても負ける気がしなかった。

 

 キンジが萌と菊代を逃がす中、戦闘が開始された。

 

 いや、戦闘などと言う物では無い。それは最早、一方的な殲滅戦と言って良かった。

 

 友哉は敵が攻撃態勢に入る前に敵陣へ飛び込むと、刀を振るって次々と打ち倒して行く。

 

 いかに数を揃え、銃火器で武装していたとしても、捕捉できなければ蟷螂の斧にも劣る。

 

 友哉の神速の剣の前に、ヤクザ達は次々と蹂躙されていく。

 

 辛うじて、銃を構えようとする者には、アリアが襲い掛かる。

 

 ガバメントや刀を使い、的確に敵の武器を破壊し、そして隙をついて返り討ちにして行く。

 

 その正確な攻撃を前にしては、ヤクザの集団など紙の軍団と同じである。

 

 ジーサードに至っては、武器すら抜いていない。全て、飛んできた敵の銃弾を掴んではUターンさせると言う、常人では考えつきもしないようなカウンター攻撃で、次々と打ち払って行った。

 

 やがて、キンジが萌と菊代を逃がして戻ってくる頃には、先程のホスト男以外は殲滅済みの状態だった。

 

「な、何なんだよ、お前等!? お、俺は副組長だぞッ 判ってんのか!?」

 

 言いながら、震えた手で銃を構えている。

 

 だが、手元が激しくぶれている為、全く威嚇になっていない。恐らく、放っておいても当たる事はないだろう。

 

「あれキンジのベレッタでしょ。なに盗られてんのよ」

「一応、壊さないでおいてやったぜ。兄貴は貧乏だからな」

 

 調子を合わせて感じで肩を竦めるアリアとジーサード。2人とも既に、ホスト男の事は完全に眼中になかった。

 

「て言うか、この状況でよく、副組長とか言ってられるね」

 

 友哉も、周囲を見回しながら呆れ気味に言う。

 

 既に立っているのは、ホスト男だけで、あとのヤクザ達は死屍累々と言った感じに地面に転がり、呻き声を発している。

 

 将無くして兵は無く、兵無くして将も無い。今夜、鏡高組は完膚なきまでに壊滅したのだ。たった4人の武偵によって。

 

 この損害を回復するとなると、恐らく10年では効かないだろう。それでも尚、いきがっている辺り、相当、頭がおめでたいようだ。あるいは、そうすることで必死に現実逃避しているか。どちらにしても、状況の好転に何らの寄与もしていないが。

 

「帰れ、帰れよォォォ!!」

「ああ、帰るよ。貸した物を返してもらったらね」

 

 無様に泣き喚くホスト男に対し、キンジは冷静な声で告げて歩み寄る。銃を奪い返すつもりなのだ。

 

 だが、そのキンジの足が、ピタッと止まり、顔には険しさが宿る。

 

 背後に立つ人物の気配に、気付いたからだ。

 

「・・・・・・・・・・・・萌」

 

 ヒステリアモードのキンジにしては珍しく、少女に対して険しい表情を向ける。

 

 なぜなら、いつの間にか戻ってきた萌の手には、1丁の拳銃が握られているからだ。

 

 茉莉もサイドアームとして使っているブローニング・ハイパワーは、扱いやすい銃として愛好家が多い名銃である。

 

 今、萌の手には、そのブローニング・ハイパワーが握られている。勿論、一般人である萌の私物である筈がない。恐らく、菊代が庭に隠していた自分の銃を彼女に貸したのだ。

 

「と、遠山君を撃たないで!!」

 

 構えも立ち方も、完全に素人丸出しの持ち方。ただ、彼女を突き動かすのは、遠山キンジを守りたいと言う一念に他ならない。

 

 対して、既に超人達相手に完全にテンパっていたホスト男も、ベレッタを萌に向けようとする。

 

 だが、

 

「やめな。その娘は完全に堅気だよ。こら、彼女に銃を向けるな。撃つのは組のご法度だよ。そんな事も忘れたのかい? 撃つならあたしを撃ちな。そうすれば猴先生にも示しが付くだろ」

 

 そう言いながら、やってきた菊代はキンジを守るように、その前に立った。

 

「よせ、萌ッ 菊代ッ どうして戻って来たんだ!?」

 

 叫ぶキンジに対して、ブローニングを構えた萌も叫ぶように返す。

 

「だって、私もその、ピンクの子とか、刀の女の子みたいに、遠山君を守りたい!!」

 

 そう言って、嫉妬したような目をアリアや友哉に向けて来る。

 

 取り敢えず、「もしかして『刀の女の子』って僕?」などと、地味に傷付いてる友哉は無視して、キンジは焦ったように萌と菊代に視線を走らせる。

 

「遠山、これはケジメだよ。中国は甘くない。ここまでの事が起きたなら、あの馬鹿達が言い訳しようにも、スケープゴートが必要なのさ」

「菊代ッ!!」

「それに遠山。アンタを守りたいのは萌だけじゃない。昔から迷惑ばっかり掛けて来たのに、アンタはさっき、あたしを守ってくれた。うれしかったよ。やっぱり、アンタはあたしのヒーロー。形だけになっちゃうけど、これで借りは返すよ」

 

 そう告げると、菊代は強い眼差しでホスト男を睨みつける。

 

 対して、ホスト男は菊代の眼光に明らかな怯みを見せた。

 

 自分達のクーデターによって、トップの座から引きずり下ろした元組長。

 

 威張り散らしているくせに、1人じゃ何もできない小娘と思っていた少女を相手に、大の男が怯んだのだ。

 

「菊代ォォォ テメェェェェェェ!!」

 

 殆ど狂躁状態となったホスト男が、勢いに任せて引き金を引く。

 

 それに触発される形で、萌もまた引き金を引いてしまった。

 

 2発の銃弾は、それぞれホスト男と菊代に対する命中コースを辿っている。

 

 次の瞬間、複数の事が同時に起こった。

 

 まずジーサードが持ち銃であるH&K USPを引き抜いて発砲、萌の放った弾丸を銃弾弾き(クラッカー)、キンジ流で言う銃弾撃ち(ビリヤード)で弾いた。

 

 次いで、アリアが漆黒と白銀のガバメントを発砲、萌とホスト男の腕を掠めるようにして撃ち、2人の腕から銃を弾き飛ばした。

 

 ほぼ同時に、友哉が神速の勢いで距離を詰めて刀を一閃、ホスト男の顔面を正面から殴り飛ばした。

 

 だが、まだ銃弾は1発、空中に残っている。

 

 ホスト男が放ったベレッタの9ミリ弾は、完全に菊代の額を目指して飛んで来る。

 

 とっさに、左手で菊代を抱きかかえるキンジ。

 

 そのまま庇うつもりか?

 

 しかし、タイミング的に間にあう距離では無い。

 

 誰もが固唾を飲んで見守る中、

 

 キンジは、あろう事か、飛んで来た銃弾を素手で掴み取ってしまった。

 

「・・・・・・・・・・・・熱すぎだ、このカイロは」

 

 言いながら、キンジは銃弾を地面に投げ捨てる。

 

 一連の武偵達の動きは、全てキンジの指示だった。

 

 複数の射線を同時制圧する為に、キンジはとっさにジーサードにはブローニングの弾丸処理を、アリアには銃の制圧を、友哉にはホスト男への攻撃を指示したの。しかも、友哉とジーサードにはマバタキ信号を使ったが、アリアにはただ視線を送っただけである。

 

 アリアなら、視線を送るだけで自分の成す事を理解してくれるだろうとの判断に基づいての行動だし、事実、その判断は間違っていなかった訳だが、それらの事を一瞬でやってしまう辺り、キンジの底知れない強さを現わしていた。

 

「銃弾掴みは、俺もやった事無いぜ」

 

 キンジにベレッタを渡しながら、ジーサードが興奮したように言う。

 

「どうやったんだよ兄貴。今、撃っても良いか? もういっぺん見たら俺もできるだろうからよ。その後、俺を撃てよ」

「俺はお前とキャッチボールをするつもりはない」

 

 ぴしゃりと返すキンジ。物騒なキャッチボールもあった物である。

 

「て言うかキンジ。そろそろ『人間やめます宣言』しちゃったら? 証人が必要ならなってあげるよ」

「お前には言われたくないぞ、緋村」

 

 『人間やめた人間予備軍(命名:理子風)』と言うなら、友哉も充分にその範疇である。今更キンジをからかう事はできない。

 

 刀一本で銃弾を弾き、常人の理解を越えた脚力、跳躍力を誇る人間と、銃弾を弾き、逸らし、返し、掴み取る人間。ハッキリ言って、どっちもどっちだった。

 

 弟と友人を黙らせたキンジの横に、アリアがやって来る。

 

「あんた、暫く見ないうちに大人になった? そんな顔してるわ」

 

 そう言って笑い掛けて来るアリアに、キンジは肩を竦めて見せる。

 

 褒めてくれたのが嬉しくて仕方がない。そんな顔だ。

 

「ところでアリア。この近所には俺の実家もある。だから一緒に帰って、アリアを家族に紹介したいんだけど・・・・・・」

 

 言い掛けて、キンジは言葉をそこで止める。

 

 ほぼ同時に、ジーサードと友哉も、緊張した面持ちで構え直す。

 

 1人、赤面して悶えているアリアの事は放っておいて、男達は臨戦態勢を取る。

 

「・・・・・・それは後日にしよう。どうやら、まだ終わってないみたいだし」

 

 言いながら、キンジの視線が天井に向けられる。

 

 友哉も、そしてジーサードも気付いていた。そこに「本命」がいる事を。

 

「アリアは女子2人、萌と菊代を安全な所へ退避させてくれ。俺じゃ、詰めが甘くて戻って来てしまうみたいだから」

「ふーん、萌と菊代って言うの、この子たち。じゃあ、キンジ、後で尋問タイムだからね。そ、それとあんたの実家、い、行くから、ちゃんと紹介しなさいよ? スケジュール空けとくから。リアルに行くからね!!」

 

 などと、嬉しそうに怒っているアリアに微笑んでから、キンジは改めて萌と菊代に向き直る。

 

「と、遠山君、何であんな危ない事したの?」

「遠山・・・・・・」

 

 心配そうに眼を向けて来る2人の少女。

 

 萌は一般校に転入して四苦八苦していたキンジの世話を色々と焼いてくれた。もう1人は中学時代からの友人。ちょっと迷惑も掛けられたが、それでも大切な存在だ。

 

 どちらも等しく、「今の」キンジにとっては愛おしい。

 

「臆病な小鳥たちを、ちょっと驚かせたかったんだよ」

 

 甘く囁いてから、次いで、少し厳しい声で言う。

 

「良い子はもうお帰り。そして二度と銃を持ってはいけないよ。その美しい手は、あんな物を握る為にあるんじゃないんだ。勿論、女神様の手も美しいけど」

 

 と、アリアの方をチラッと見ながら言う。

 

 もっとも、当のアリアは意味が判っていないらしく、怪訝そうに「?」マークを浮かべているが。

 

「おい、兄貴。その辺にしとけ。嗤ってるぜ、向こう」

 

 ジーサードが天井を見ながら、苛立ったように言う。

 

 同様に友哉も刀を構え、敵の襲撃に対して警戒している。

 

 アリア達の退避を確認したキンジは、ジーサードの横に立って、同じように天井を見た。

 

「いるんだろ、遊びたいのか?」

 

 しばしの沈黙の後、返事が返る。

 

「・・・・・・是」

 

 中国語。どうやら、鏡高組の取引相手であるらしい

 

「俺がお望みらしいが、俺は金輪際、お前達と関わりたくない」

 

 そう告げるキンジの言葉に、今度は返事は返らない。

 

 どうやら、直接的な対峙は免れないようだ。

 

 キンジ、ジーサード、友哉の3人は頷き合い、天井を目指して登り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この可能性は、充分に考えられた。

 

 屋根の上に出て、月明りの下に3人の人影を見出した時、友哉は自分の予想が外れていなかった事を確信した。

 

 立っている3人のうち、2人には見覚えがあったのだ。

 

 長い黒髪をツインテールにし、清王朝の民族衣装を着た少女は、修学旅行Ⅰの際、新幹線の上で戦ったココだ。確か、今は長野の刑務所に入れられた筈だが、もしかしたら、猛妹、炮娘、狙姐のうち1人が脱走したのかもしれない。

 

 ただ、友哉の記憶が正しければ、眼鏡を掛けたココはいなかったと思うのだが。

 

 そのココの横に立つ、長身痩躯の男が恭しく頭を下げて来た。こちらも見覚えがある。

 

「再会を心よりお慶び申し上げます、遠山キンジさん、緋村友哉さん、ジーサードさん」

 

 およそ戦闘には向いていないように見える文官的な男は、諸葛静幻。宣戦会議に顔を出していた藍幇の大使だった男。

 

「緋村、あれ」

「うん、憶えている」

 

 鏡高組の取引相手とは、藍幇だったのだ。中国の組織と聞いて予想はしていたが、どうやら大当たりだったらしい。

 

 だが、最後の1人、黒髪をストレートに下ろした、小学生くらいの少女は見覚えがなかった。名古屋女子武偵校のカットオフセーラー服を着ているが、恐らく立ち位置的に、彼女も藍幇の戦士なのだろう。

 

「ヘッ そのがきんちょが、藍幇の代表かよ。極東戦役の」

 

 キンジの横で、既にジーサードが拳を構えて臨戦態勢を取っている。いつでも殴りかかる準備はできていた。

 

 それは友哉も同様だ。

 

 鞘に収めた刀の柄に手を掛け、戦闘開始と共に距離を詰め、斬り込む腹積もりである。

 

 対して、

 

「ええ、それはそうなのですが・・・・・・」

 

 諸葛が、何やら歯切れの悪い言い方をする。

 

 だが、そんな事はお構いなしに、ジーサードと友哉は前に出る。

 

「俺は『無所属』から『師団』に変わっているからよ、戦る理由はあるんだぜ」

「まさか、このまま何もしないで帰る、なんて事はないですよね?」

 

 2人に続いて、キンジも前に出る。

 

 今にも戦端が開かれようとした時、

 

「よ、よせ、遠山の、お主、仏と戦うつもりか!?」

 

 突然、聞き憶えのある少女の声がどこからともなく聞こえて来た。

 

「え、玉藻、どこ?」

 

 とっさにキョロキョロと周囲を見回す友哉。しかし、知り合いの狐少女の姿はどこにもない。

 

 すると、何を思ったのかキンジが、突然シャツを開く。

 

 そこで、バフッという煙が起こり、狐耳と尻尾を持つ幼女が、突然現れた。

 

 あまりの出来事に呆気にとられる友哉を余所に、玉藻はキンジに詰め寄る。

 

「俺が、何と戦うつもりだって?」

 

「あ、あの御姿は猴。日本の鳳と同レベルの、化生界の巨頭じゃ。天竺で戦闘勝仏と相なられた、しょ、正真正銘の・・・・・・」

「俺にはそうは見えないぜ。だから違うんだろ」

 

 玉藻の言葉を途中で遮り、キンジは猴に向き直る。

 

 友哉もまた、腰を落として抜刀術の構えを取る。

 

 正直、何度も目の当たりにしている超能力やら妖怪やらならまだしも、流石に仏様が目の前に現われたとか言われても、いまいちピンと来なかった。

 

「猴の前には銃も刃物も意味を成さぬ! よさんか、お主らァ!!」

「ハハッ、銃? 刃物? そんなもんには最初から頼りぁしねぇよ。俺達には、音速の拳がある!!」

 

 高らかに言い放つと、ジーサードは姿勢を低くした構えを取る。

 

 それはキンジの『桜花』と同じ、一撃必殺の技。言わば、ジーサード流の桜花、『流星(メテオ)』である。

 

 狙いは猴。一撃を持って彼女を屠り、この戦いに決着を付けるつもりなのだ。

 

「異教の神は殺しても良いんだぜ」

 

 好戦的に告げるジーサード。

 

 このままでは、本当に猴を殺しかねない。

 

 だが、その様子を見て、ココや諸葛が何やら慌てだした。

 

 同時に、一同が見守る中、猴の頭の上に、何やら光の輪が収束し始めた。

 

 それが何なのか判らないまま、急速に収束して行く。

 

「き、金箍冠ッ 猴、静まりたまえェェェェェェッ!!」

 

 玉藻が絶叫する中、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤い光が、走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬、何が起きたのか。

 

 音も無く、深紅の閃光が奔り、

 

 それが、ジーサードの胴を貫通する様子が、友哉には見えた

 

 ただそれだけで、ジーサードの大柄な体が崩れ落ちる。

 

「じ、ジーサード!!」

 

 とっさにキンジが弟を呼ぶが、返事は返らない。

 

 一方、

 

「・・・・・・ル・ラーダ・フォル・オル?」

 

 撃った猴は、意味の判らない言葉を呟きながら、小首をかしげている。

 

 それを見て、唖然としているのは諸葛とココも同じである。どうやら、彼等にも、猴を制御できていないらしい。

 

「逃げろ、遠山、緋村!! ジーサードはもうダメじゃ!! 今のは如意棒ッ レーザービームじゃ。儂にも防ぐ事は出来ぬ!!」

 

 レーザー。

 

 そんな物を使いこなす人間がいるとは。

 

 しかも如意棒。その名前に聞き憶えがある日本人は、恐らくたくさんいるだろう。その使い手と共に、あまりにも有名な存在である。

 

 そして、友哉も、それを知っている人間の1人である。

 

「如意棒って、じゃあ、まさかッ!?」

「そうじゃ、さっきも言ったじゃろう! 猴は戦闘勝仏、『孫悟空』じゃ!!」

 

 玉藻の焦慮に満ちた叫びを、友哉は呆然と聞いていた。

 

 

 

 

 

第2話「神成る者」      終わり

 


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