緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第8話「2人で一緒に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昇る日差しが目に沁みるようだ。

 

 ようやく闇の頸木から抜けだし、この呪われた島にも朝日の祝福が舞い降りようとしている。

 

 友哉と茉莉は、互いに毛布を纏った体を寄り添わせて、水平線から顔を覗かせている太陽を眺めていた。

 

 その眼下では、捕縛された浪日製薬の研究員達が、手に銃を持った兵士達に監視され、護送船に乗り込んで行くところが見える。

 

 これから彼等は東京へと運ばれ、今回の件に関する取り調べを受ける事になるだろう。

 

 結局、友哉達ができた事と言えば、暴走した元武偵を止めた事だけだった。

 

 全ては、遅きに失したのだ。

 

「おう、お前等。今回はご苦労だったな」

 

 ザッと言う土を踏む音と共に、人の気配が背後に立つのを感じた。

 

 友哉は、その気配に覚えがある。何しろ、その荒々しく、それでいてどこか親しみ深い気配には、子供の頃から憶えがあったのだから。

 

「傷の調子はどうだ?」

 

 声を掛けられて振り返ると、制圧部隊を指揮した武装検事、長谷川昭蔵が立っていた。友哉とは、彼が従姉の明神彩の元で武偵助手をしていた頃から面識がある。

 

 昭蔵は、部隊を指揮していた時と比べると、実に気さくで愛嬌のある顔つきをしている。

 

 犯罪者には容赦なく取り締まりを行うが、そうでない者達には親しみを持って接する。それが、《鬼》と呼ばれる男の本質である。

 

「大丈夫です。暫く、無理はできないと思いますけど」

「そうか。まあ、大事にする事だ」

 

 既に忠志から受けた傷は、制圧部隊に同行していた衛生兵によって治療してもらっている。案の定と言うべきか、肋骨が1本折れていた。

 

 それであれだけ動けるのだから、自らの身体能力が恐ろしいと言うべきか、それとも・・・・・・

 

 チラッと、友哉は茉莉を見る。

 

 友哉に合わせるように、茉莉もキョトンとした視線を向けて来る。

 

 施設にいる間中、友哉は彼女を助け出す事だけを考えて行動していた。殆ど、それ以外の事は頭の中から排除していたと言っても良い。

 

 だからこそ、あれだけの執念で動きまわれたのかもしれない。

 

 自身の傷も顧みず、命すら掛けて包囲網を突破し、そして彼女の元に辿り着いた。

 

 あの力を引き出してくれたのは、間違いなく、自分の隣で寄り添ってくれている少女だった。

 

「どうしました?」

「・・・・・・いや、何でもない」

 

 茉莉の問いに、友哉は微笑を浮かべながら口を閉じる。

 

 今更、わざわざそんな事を告げるのも照れくさいし、何より、わざわざ言わなくても、きっと彼女なら察してくれる。そんな気がしたからだ。

 

 そんな2人の態度から、何となく2人の関係を悟ったのだろう。昭蔵は腕組みをしながら微笑を浮かべる。

 

「ああ、それからな、石井忠志だが、ありゃ、一命を取り留めたぞ」

「・・・・・・そうですか」

 

 少し驚いたように、友哉は昭蔵の言葉を聞いた。

 

 自身を生物兵器と化し友哉達に挑んで来た忠志は、戦闘後、見る影もないほどにやせ細り、殆どミイラのような外観に変わり果てていた

 

 全ての生気を使い果たし、正に搾りカスとしか形容しようのない姿からは、ハッキリ言って生存の可能性を見出す事などできなかったのだが。どうやら、彼も生き残ったらしい。

 

 もっとも、生き残った方が、あるいは忠志にとっては過酷な運命となるかもしれない。

 

「奴の身柄は、一時警察病院に預ける。その後、取り調べを行った後、精神病院へ移送される事になる。何れにせよ、これで奴の人生は終わりだな」

「自業自得です」

 

 友哉は素っ気なく言う。

 

 茉莉の好意に甘え、自分勝手な言い分を展開して自己弁護と暴走ばかり繰り返した揚句に自爆した忠志を、友哉は決して許せなかった。

 

 精神病院に入るなら、それで好都合。一生、そこから出て来なければ良い。

 

 普段は温厚な友哉も、そう思わずにはいられなかった。

 

「まあ、何にしても、今回はご苦労だった。後は俺達に任せて、ゆっくり休めよ」

 

 そう言って、昭蔵は立ち去っていく。

 

 その足音を背中越しに聞きながら、友哉は自由になる右腕を、そっと茉莉の肩に回す。

 

 茉莉は、そんな友哉に少しだけ驚いたが、すぐに黙って、自分の身を寄り添わせた。

 

 

 

 

 

 一方、戦いは、まだ終わっていなかった。

 

 地下にある秘密の通路を、慌てたように駆ける影がある。

 

 久志の社長秘書を務めていた吉川志摩子は、脇目もふらずに目的の場所へと走っている。

 

 社長である久志が死に、浪日製薬の本社にも捜査の手が及んでいる事は判っている。

 

 忌々しい、と口の中で呟く。

 

 社長が死んだ事や、会社が壊滅した事では無い。そのような事は、志摩子には関係のない事である。

 

 志摩子にとって、この会社の滅亡など、歯牙にもかける必要がない些事に過ぎない。それでなくても、何れ滅んでもらう予定だったのだから。それを国家権力が予算と戦力を使って肩代わりしてくれたと思えば、何程の事は無かった。

 

 問題は、この会社に入った目的である。

 

 元々、ある事を探る為に、この会社に秘書として潜入した身だ。吉川志摩子と言う名前も偽名である。この名前は、尊敬する祖母の名前をアナグラム風にもじって考えた。

 

 だが、この潜入任務も、半ばで終わりを告げてしまった。

 

 結果は中途半端に終わり、志摩子としても納得のいかない結果となってしまった。

 

 とにかく今は、手に入れた情報だけでも届けなくてはならない。

 

 幸いにして、この地下道は社長以外には知らない。本来なら志摩子も知る立場では無いのだが、社長秘書として各種の書類に目を通している時に、偶然、関連する書類を見付けたのだ。

 

 この先に、緊急脱出用の高速艇がある。久志がこのような場合の時に、緊急脱出用として用意しておいた物だ。それを利用させてもらう。

 

 海に出てしまえば、こちらの物だ。後はいくらでも逃げおおせる事ができるだろう。

 

 やがて、志摩子は目的の発着場へと辿り着いた。

 

 息を切らしながら向ける視線の先には、目的の高速艇がある。小型クルーザー並みの大きさだが、大出力のエンジンを搭載しており、30ノットは出る。一度加速してしまえば、軍艦でも追いつく事は難しい。

 

 大きく息を吐きながら、高速艇に向かって歩き出した。

 

 その時、

 

「自分1人逃げるのは、虫が良過ぎだろう」

 

 背後から掛けられた声に振りかえる。

 

 そこには、剣呑な眼光を湛えた斎藤一馬が、ゆっくりとこちらに歩いて来る所であった。

 

 思わず、身構えて後ずさる志摩子。

 

 対して一馬は、落ち着き払ったまま近付いて来る。

 

「・・・・・・ど、そうしてこの場所が?」

 

 震える声で尋ねる志摩子に対し、一馬はニヤリと笑みを返す。

 

 一週間前から潜入していた一馬は、既にこの島や施設内を隅から隅まで把握している。当然、その中には、この地下道の存在も含まれていた。

 

 戦場の下調べなど、公安0課の刑事にとっては基本中の基本。かつて、世界最大の犯罪組織の本拠地である潜水艦の見取り図をも入手してのけた一馬にとって、この程度の施設、構造を把握するのに半日もいらなかった程である。

 

「クッ!?」

 

 とっさに、銃を抜いて構えようとする志摩子。

 

 だが、

 

 ドスッ

 

 一瞬速く接近した一馬が、刀の柄尻を志摩子の鳩尾に叩き込んだ。

 

 僅かな呻きと共に、意識を失い倒れる志摩子を、一馬は寸前で抱きとめて担ぎあげる。

 

「貴様に逃げられちゃ、こっちとしても困るんでね。悪いが付き合ってもらうぞ」

 

 そう呟くと、志摩子の体を抱えたまま、牙狼はゆっくりと闇の中へ溶けるように消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 島から戻って1週間ほど経った日の事だった。

 

 友哉と茉莉は、依頼人である武田克俊から呼び出された。

 

 武偵校に戻った2人は、任務完了の報告の後、再び通常の学業に戻っている。友哉の体も順調に回復し、今は軽い運動程度なら許可されるまでになっていた。

 

 そのような中での、武田からの呼び出しは正直意外だった。

 

 武田は浪日製薬の専務。本来なら今頃、取り調べに追われている頃と思っていたのだ。

 

 だが、依頼人からの呼び出しとあれば行かない訳にはいかない。

 

 友哉達は結局、任務を全うする事ができなかった。先を越されると言う形ではあるが、友哉達が介入した時には、既に警察が浪日製薬の内部調査をほぼ終えている状況だったのだ。

 

 こうなる事態を避けたかったから、武田は友哉達に依頼を持ちかけたのだが、結果的にそれが実らなかった事になる

 

 罵倒されても、文句は言えない立場にある。

 

 そう思って、依頼受諾の時に使った喫茶店に足を運んだ友哉と茉莉だったが、

 

 予想に反して、待っていたのは上機嫌に笑顔を浮かべる武田の姿だった。

 

「いや、今回はお疲れさまでした。お2人には、とんだご迷惑をおかけしました」

 

 そう言ってにこやかに笑う武田に対し、友哉と茉莉は狐につままれたような表情をしてしまう。

 

 何やら、拍子抜けした気分だった。

 

「どうかしましたか?」

 

 2人の様子に対し、武田も怪訝な顔つきで尋ねる。

 

 対して友哉は、慌てて取り繕い、自分の疑問を口にした。

 

「あ・・・いや・・・・・・僕達は、その、あなたの依頼を達成できなかった訳で・・・・・・」

 

 てっきり、その事を責められると覚悟して来たのだが。

 

 対して武田は、そんな事か、と笑って説明した。

 

「あの件は、私のミスです。まさか、既に警察の内定が入っているとは思いませんでしたし。だから、あなた方が気に病む必要はありませんよ」

 

 結局、戦闘の後、一馬と会う事は無かった。

 

 別の任務へ着いたのか、それとも、何かやり残した事でもあったのかは判らないが。

 

 まあお互い、挨拶を交わし合うような間柄では無い訳だし。友哉としてはむしろ、このまま一生顔を合わせなければ、それに越した事はないと、割と本気で考えているくらいであるが。

 

「武田さんは、警察には行かれなかったのですか?」

「行きましたよ。1日だけですが」

 

 尋ねる茉莉に、武田はあっさり答える。

 

「ですが、前にも言いましたが、私はどちらかと言えば経理関係が担当でして。技術関連の事は、本当に何も知らないんです。だから、簡単な事情聴取だけで終わりました。むしろ、技術課長の方がひどくやられているようですね」

「成程」

 

 知らない物は答えようがない。警察も、そこら辺は心得ているようで、無駄な事に時間は使わないつもりらしかった。

 

「今回の件ですが、報酬は既に指定された口座に振り込みました。本当は礼金も兼ねて弾みたい所だったのですが、生憎、社があの状態なので、指定額を捻り出すので精いっぱいでしたよ」

「えっ それは・・・・・・」

 

 友哉と茉莉は、驚いて腰を浮かしかけた。

 

 失敗した依頼に、報酬を払うなど聞いた事がない。そんな物を受け取る訳にはいかなかった。

 

 だが、

 

「受け取ってください」

 

 反論しようとする2人を、武田は柔らかく制した。

 

「今回の件に関する迷惑料でもあります。遅かれ早かれ、社には警察の手が及んでいた。なら、今回の件はあなた方の責任ではありません」

 

 そう言って頭を下げて来る武田に対し、友哉と茉莉は困惑して顔を見合わせる。

 

 だが、目の前の青年からは柔らかい物腰ながら、自分の言を曲げようとしない意思が感じ取れるようだった。

 

「・・・・・・・・・・・・判りました」

 

 ややあって、友哉の方が折れた。

 

「その代わり、もし、また何かあったらご連絡ください。できる限りの便宜は、図らせてもらいます」

「そうならない事を願いますが、もし何かあったら、その時は宜しくお願いします」

 

 そう言って、差し出した武田の手を、友哉は握り返す。

 

 会談を終えて、喫茶店を後にする友哉と茉莉。

 

 その2人の背中を窓越しに眺めながら、武田は口を開いた。

 

「・・・・・・・・・・・・良い子達じゃないですか」

 

 武田の前には、誰も座っていない。

 

 返事は、植え込みを挟んだ、武田の背後から返された。

 

「言ったとおりでしょう? だから、あなたに彼等を紹介したんですよ」

 

 その席には、無表情の仮面を付けたスーツ姿の男が座っている。

 

 由比彰彦。

 

 友哉の宿敵とも言うべき男であり、《仕立屋》の異名で呼ばれる傭兵斡旋業者でもある。

 

「あんな子達を騙すなんて、あなたも随分と人が悪いですね」

「騙すなんて人聞きの悪い。私はあなたに、最も信頼できる武偵を紹介しただけですよ」

 

 武田の言葉に、彰彦は苦笑を返す。

 

 ある目的を持って、彰彦が武田に接触したのは、今から1カ月ほど前の事だ。その際、武田は彰彦の頼みを聞く条件として、会社が裏で生物兵器開発を行っている事を調査するよう依頼した。

 

 だが、現在、彰彦の手元には戦力となり得る者がいなかった。そこで彰彦は、諜報部員を島に送り込む一方で、知っている武偵の中で、最も信用できる者達を紹介したのだ。それが友哉と茉莉と言う訳である。

 

「もっとも、私も、あなたの事は言えないのですがね」

「おや、そうなのですか?」

 

 武田の言葉に、彰彦は意外そうな面持ちをする。

 

 実直な物言いと、誠実な性格から、武田が万人に好かれ易い人物である事が窺える。そんな自嘲が聞ける程、武田はあくどい人間には見えないのだが。

 

「私の遠い先祖は、少々、あくどい方法で金儲けをしていたらしいんですよ。そのせいでしょうね。できるだけ誠実に、多くの人の為に生きる、と言うのが我が家の家訓なんです」

「結構な事じゃないですか。あなたは優秀な企業家であり、かつ、誰に対しても誠実にあろうとしている。先祖の罪を嘆くよりも、その事を誇りに思うべきだ」

 

 ありがとうございます。と言いながら、武田はカップに残った最後のコーヒーを飲み干すと、鞄の中から細長い包みを取り出した。

 

「では、これが御約束の品です。おっしゃったとおり、社長の隠し金庫の中に収められていましたよ。警察も、そこまでは発見できなかったようです」

「・・・・・・確かに」

 

 受け取って、感触を確かめるように、大事に抱く。

 

 これがどうしても欲しくて、浪日製薬と接触したのだ。これは彰彦の計画にとって、欠かす事の出来ない切り札の1枚だった。

 

『もっとも、その為に払った犠牲は小さく無かったですが・・・・・・』

 

 ついに連絡の取れなくなった、諜報部員の顔を思い出しながら、彰彦は仮面の下でそっと目を閉じた。

 

「とにかく、感謝しますよ。危険な物を盗み出してくれたあなたにも。勿論、彼等にも」

「どういたしまして。もっとも、こうした事は、これっきりにしてもらいたいのですが」

 

 軽口を叩く武田に対し、彰彦は肩を竦めると、それ以上言葉を交わす事無く店を出て行く。

 

 彰彦の悲願。

 

 それを達成する為のピースは、着々と揃いつつある。

 

 だが、まだ足りない。今のままでは勝つ事ができない。

 

 彰彦の脳裏に、1人の少年の姿が浮かぶ。

 

 誰よりも、真っ直ぐに、強く生きる少年。

 

 本来なら、血と泥で汚れた自分の手で汚したくはない。

 

 だが、そのような人物だからこそ、彰彦は自らの陣営に欲しいと思ったのだった。

 

 

 

 

 

 今回は、反省点の多すぎる任務だったと思う。

 

 茉莉と並んで歩きながら、友哉はそんな事を考えていた。

 

 準備から任務開始まで余裕が無かったとは言え、情報の無い敵地へ飛び込み、油断から包囲を受け、仲間を、それも自分の彼女を人質に取られるなど、失態だらけだった。

 

 おまけに、

 

 友哉はチラッと、横を歩く茉莉を見る。

 

 彼女が敵の手に落ちた時、友哉は何もかも忘れて、彼女の事で頭がいっぱいになってしまった。

 

 勿論、任務中に私情を優先するのは大問題ではあるが、実際の話、一番に悔いているのはその事ではない。問題は、茉莉を敵の手に委ねてしまった、と言う事にある。

 

 自分がもっとしっかりしていれば、あるいは、もっと的確な判断を下せていたなら、あのような事態は避けられた筈。茉莉を危険な目に合わせずに済んだ筈なのだ。

 

 首を振る。

 

 こんな事を考えている事自体、既にドツボに嵌っている。

 

 結局のところ、自分はまだまだ未熟なのだ。武偵としても、指揮官としても。

 

『それに比べて・・・・・・』

 

 友哉は一馬の事を思い出していた。

 

 いちいち言動が癪に障る男ではあるが、事、戦闘におけるセンス、作戦指揮は一級品と言えるかもしれない。

 

 事に、一馬が最後に、忠志に使ったあの技。

 

 牙突・零式

 

 凶悪極まるあの牙が、もし万が一、自分や仲間達に向けられた時、自分は防ぐ事ができるだろうか?

 

『・・・・・・恐らく、無理だ』

 

 以前から、一馬との間にある戦力差は感じていたが、ここに来て、それが歴然となった気がする。

 

 友哉は九頭龍閃を使いこなす事ができず、奥義に至っては、まだ片鱗すら掴んでいない状態なのだ。

 

 今の自分では、間違いなく、あの男には勝てない。

 

 では、勝つためにはどうするか? 答は最初から決まっている。

 

 まずは九頭龍閃を完璧に使いこなせるようにする。そして、奥義の発見、習得を急ぐ。それ以外に無かった。

 

「友哉さん」

 

 柔らかい声に振り返ると、茉莉の笑顔がすぐそこにあった。

 

「今回は、本当にお疲れさまでした」

「いや・・・・・・」

 

 微笑してから、茉莉に答える。

 

「茉莉の方こそ。本当に大変だったね」

 

 敵に捕まり、色々と大変な目にあった。そして、その責任は全て、友哉にある。

 

 自分の彼女を危機に晒す。それが生命の危機であっても、女としての危機であっても、彼氏として友哉は失格である。

 

 だが、そんな友哉の心を見透かしたように、茉莉は言う。

 

「私、強くなります。今よりも強くなります」

 

 あなたを支える事ができるように。

 

 優しく告げる言葉が、友哉の心を包み込み、癒して行くのが判る。

 

 護られるだけの女はイヤ。護ってくれるだけの男もイヤ。

 

 武偵として、武偵の恋人になったのなら、共に背中を預け合って戦う。それこそが茉莉の偽らざる願いだった。

 

 そんな茉莉の手を、友哉はそっと優しく握る。

 

 か細い手。この手で、あれほど鬼神の如く戦い続けて来たのだ。

 

 護りたい。そして、共に戦ってほしい。そう思わせてくれる。

 

 そんな少女が自分の彼女である事に、友哉は心の底から誇りに思う。

 

 そんな友哉の手を、茉莉もまた、少しだけ強く握り返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下のジメジメした通路を歩く。

 

 何百年も昔に掘られたこの通路は、気が遠くなるほど遥か昔から、この国の未来を占う重要な場所であったと言う。

 

 その奥には、白木造りの古風な庵が存在していた。

 

 近く深くの魔窟にある、庵。

 

 その祭壇に向かって座る人物の背中越しに、柳生当真は恭しく膝を突いた。

 

「ただ今戻りました、御前」

 

 万事、無頼を通すこの男が、気持ち悪い程に礼節を保って頭を下げる人物。

 

 その人物は、振りかえる事も無く口を開いた。

 

「御苦労。首尾は?」

「は、これに」

 

 そう言って懐から取り出したのは、1本のUSBメモリーである。

 

 この中には、浪日製薬が開発した生物兵器のデータ。その全てが収められている。

 

 戦闘のどさくさに、当真がダウンロードして持ち出したのだ。

 

「これだけでも、持ち出せたのは不幸中の幸いでした」

「浪日製薬の事は聞いている。確かに痛手ではあるが、致命傷では無い」

 

 答える声はしわがれ、まるで高齢の老人を思わせる。

 

 対して当真は、黙したまま頭を下げている。

 

「我等の財源はまだまだ多い。石井の失態によって浪日が潰れたのは痛いが、この程度では小揺るぎすらせんよ」

 

 何百年もの間、影からこの国を操り続けて来た男は、そう言って高らかに笑い声を発する。

 

 それは正に、地獄から響いて来る、亡霊の笑い声と言うべきだった。

 

 

 

 

 

第8話「2人で一緒に」      終わり

 

 

 

 

 

亡霊編     了

 


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