緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第6話「浪に日が落ちる時」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤い光が鬱陶しく点滅する廊下を、一馬と茉莉は駆け抜けていく。

 

 施設内は、既に大混乱に陥っている。研究員達はパニックに陥りながら、右往左往しているのが見える。

 

 警備兵と思しき者達と何度かすれ違ったが、それらは例外なく2人に叩き伏せられてしまった。

 

「チッ あの阿呆が。早まった真似をしやがって」

 

 前を行く一馬が苛立たしく舌打ちしたのを、茉莉は聞き逃さなかった。

 

 この男がこう言う声を発するのも、珍しい話であろう。

 

「どう言う事ですか?」

 

 尋ねる茉莉に対し、一馬は無言のままスーツの内ポケットからスマートフォンタイプの携帯電話を取り出す。

 

 画面を何事か操作すると、それを背後に向かって放って来た。

 

 茉莉は投げられた携帯電話を空中で受け取ると、画面を覗き込む。

 

 そこには、島と思しき場所の地図と、そこに接近してくる何らかのビーコンマーカーが映し出されていた。

 

「これは、何です?」

「言っただろ。調査は終えていると」

 

 出くわした研究員を容赦なく蹴り飛ばしながら、一馬は答える。

 

「既に調査報告は東京の警視庁に送信済みだ。そして今朝、浪日製薬に対する制圧作戦のゴーサインが下された。今頃、東京の本社の方にも制圧部隊が向かっている筈だ。勿論、この島にもな」

 

 成程。地図にある島は、この骨喰島。そして、近付いて来ているビーコンは、制圧部隊を示しているらしい。

 

 一馬は作戦開始に先立ってこの島に潜入し、研究施設の実態調査や、連絡不能になった諜報部員達の捜索を行っていたのだ。

 

 そして、浪日製薬の実態が明らかにされると同時に、一馬は動いた。東京の警視庁に連絡を入れ、制圧作戦を発動させたのだ。

 

 武田は公的権力の介入を危惧して、武偵校に依頼したようだが、その行動は遅きに失した。浪日製薬の運命は1週間前には既に決められていたのだ。

 

「それを、あの阿呆が、先走りやがって」

 

 苛立つ一馬の言葉が何の事を言っているのか、茉莉にはすぐに判った。

 

 先程から耳障りなこの警報。これが誰のせいで発動されたか、と言う事だ。

 

 茉莉達のせいではない。もしそうなら、茉莉が牢を抜け出した時点で発動されている筈だ。

 

 残る可能性は、1つしか考えられない。友哉だ。友哉が生きていて、何らかの行動を起こしたのだ。この警報は、その結果なのだろう。

 

『友哉さん・・・・・・』

 

 嬉しさと、彼氏に対する思慕の念が、否応なく茉莉の心を満たして行く。

 

 信じていた。必ず、生きていてくれると。

 

 だが、同時に不安でもあった。何しろ100メートルの崖下に落ちたのだ。絶対に助かるという保証はなかった。

 

 だが、このサイレンが何よりも雄弁に、友哉の生存を物語っていた。

 

 叶う事なら、このまま舞い上がってしまいたい程に嬉しかった。

 

 だが、ここは戦場であり、そんな事をしている余裕がない事は、茉莉が一番良く判っていた。

 

 飛び出すと同時にアサルトライフルを構える警備兵。

 

 対して茉莉は。一馬の背から飛び出す形で前に出ると、手にした菊一文字を振り上げる。

 

 キンッ

 

 甲高い金属音と共に、アサルトライフルの銃身が斜めに切断される。

 

 あまりの速さに、警備兵は何をされたのかすら気付いていない様子だ。

 

 かつてイ・ウーにおいて《天剣》の茉莉と称された彼女の神速の剣術は、たとえ相手が銃火器で武装していたとしても、抗し得る物ではない。

 

 横で一馬が「ほう」と感心したように声を発する。

 

 彼は今まで、緋村友哉以外のイクスメンバーに対して興味を持つような事は無かったが、なかなかどうして、目の前の少女も面白い実力の持ち主である。

 

 峰に返した刀で、警備兵を殴りつけて気絶させる茉莉。

 

「とにかく、そう言う事なら、一旦友哉さんとの合流を目指しましょう。バラバラでいるのは危険ですから」

「ま、これ以上、奴に引っ掻きまわされるのも癪だしな」

 

 理由は違えど、友哉と合流する。と言う方針に異存はないようだ。

 

 友哉がどこにいるのか判らないので、取り敢えず彼を探す所から始めなくてはならない。

 

 茉莉は更に奥へ進もうと、足を上げた。

 

 次の瞬間、

 

「ちょっと待て」

「グッ!?」

 

 背後から一馬に、制服の襟首を掴まれた。加速を始めた正に直後であった為、茉莉の首はいい感じに閉まり、一瞬、意識が落ちかける所まで行ってしまった。

 

 なまじ、足が速い事が災いしてしまった。

 

「ケホッ ケホッ な、何なんですか!?」

「客だ」

 

 告げる一馬は、既に茉莉の方を見ていない。

 

 一馬の視線を追う茉莉。

 

 そこには、

 

 異形と言うほかない、2人の男が立っていた。

 

 1人は筋骨隆々とした大男で、両手には重量のあるガトリングガンを2丁装備している。

 

 もう1人は小柄な男だが、両腕が異様に肥大化しており、その指先にはナイフ程もありそうなほど巨大な爪が伸びていた。

 

「あれが、生物兵器・・・・・・」

「らしいな。粗悪な量産型の次は、完成品の登場らしい」

 

 刀を構える茉莉と一馬。

 

 その2人に対して、2体の生物兵器は嵐の如く襲い掛かって来た。

 

 

 

 

 

 嵐のような弾丸を、壁に隠れながら友哉はやり過ごす。

 

 敵は4人。刀を持っていれば、どうという事はない数なのだが。

 

「少し、ミスッたかな・・・・・・」

 

 苦笑気味に呟く声も、けたたましい銃撃にかき消されてしまう。

 

 あいにく、友哉にはキンジのように、指で弾丸を掴んだり、果ては投げ返したりするような技能は無い。現状では手も足も出せなかった。

 

 施設潜入後、会長室の場所を探り当て、石井久志を捕縛する為に動いたまでは良かったのだが、その後がまずかった。

 

 警報から僅か10秒以内で、警備員が駆け付けるとは思わなかったのだ。友哉としては、まず久志を捕縛してから、茉莉の居場所を聞き出そうと考えていたのだが、敵のこの行動の速さは、完全に計算外だった。

 

 お陰で久志を取り逃がしらばかりか、友哉自身が追われる立場になってしまっている。

 

「さて、どうしたものかな・・・・・・」

 

 僅かに顔を覗かせて、廊下の様子を覗う。

 

 一時的に銃撃は止んでいるが、敵の数は明らかに増えていた。このままでは、包囲されるのも時間の問題である。

 

 どうにか、敵の囲みを破らないと。

 

 そう考えていた時だった。

 

 廊下の方を覗いている友哉の背後から、別の警備員が足音を殺して近付いて来た。

 

 友哉は廊下側に意識を集中しており、背後の気配に気づいていない。

 

 指呼の間に迫った警備員が、手にしたアサルトライフルの銃床を振り上げ、友哉を殴りつけようとする。

 

 次の瞬間、

 

 友哉は振り返った。

 

 そこからの反応は、人智では到底及ばないだろう。

 

 友哉は一瞬にして、振り下ろされた重傷をすり抜けると、その警備兵の鳩尾に膝を叩き込んだ。

 

「ぐぅッ」

 

 空気が抜けるような音と共に、警備兵は白眼を剥いて、その場に昏倒する。

 

 相手が意識を失った事を確認してから、友哉は素早く相手の体を探り、持っていたハンドガンと、予備のマガジンを奪った。

 

「まあ、無いよりはマシだろうし」

 

 ハッキリ言って銃は苦手だ。訓練でも、100発撃って30発命中させれば自己ベスト、と言うくらいである。だがこの際、贅沢は言っていられなかった。

 

 一瞬、転がっているアサルトライフルの方を取ろうかとも思ったが、すぐに思い直した。ただでさえ銃の扱いが下手糞なのだ。拳銃よりも更に扱いがピーキーなアサルトライフルなど、持っていてもこけおどし以上の効果は期待できなかった。

 

 グロック19のプラスチックボディは、日本刀の扱いに慣れた友哉にとっては羽のように軽く物足りない感があるが、それでも牽制用に用いるのに不足は無かった。

 

 もう一度、廊下の方を覗うようにして見る。

 

 どうやら敵は、今の奇襲攻撃と呼応して一斉攻撃を仕掛け、友哉を無力化する計画だったらしい。先程よりも彼我の距離が接近してきている

 

 グロックを掲げるようにして構える友哉。

 

 次の瞬間、先頭を歩いて来る敵警備兵めがけて、迷うことなく引き金を引いた。

 

 突然の発砲に、警備員達が明らかに驚いて声を上げるのが見える。

 

 図らずも、友哉の攻撃は奇襲となった。

 

 これまで丸腰だった友哉が反撃してくるとは、露とも思っていなかったのだろう。敵の警備兵たちは慌てたように身を翻し、手近な物影へと退避して行く。

 

 友哉が撃った弾丸は、

 

 当たり前のように命中せず、壁に当たって明後日の方へと跳ね跳んで行く。

 

 だが、それで良い。友哉とて命中させる事を狙って撃ったわけではない。

 

 友哉が狙ったのは、こちらの攻撃によって相手が一瞬でも怯む事だった。

 

 一瞬の隙。

 

 その間に友哉は駆け抜ける。

 

 包囲しようとしている警備員達の相手はしない。そんな物を相手にしていたら囲まれて終わりだし、それでなくとも、茉莉救出と言う目的の前では時間の無駄でしかない。

 

 ただ、成しうる全速力で彼等の間をすり抜け、駆け抜けて行く。

 

「逃げたぞッ!!」

「お、追えッ!!」

 

 逃げる友哉の姿にようやく気付いた警備員達が、慌てた様子で銃を友哉の背中に放って来る。

 

 しかし、それらが友哉を捉える事はない。

 

 その時には既に、友哉は角を曲がって走り去っていたからだ。

 

「さて、ここから反撃開始と行きたいところだけど・・・・・・」

 

 走りながら呟く友哉。

 

 取り敢えずの危機は去った。だが、未だに問題は、何一つとして解決した訳ではない。

 

 久志は逃亡したままだし、茉莉も見つかっていない。

 

 前者の問題は、敵の逃亡と言う事態も考えられる。もし海外にでも逃げられたら、友哉には手も足も出ない。

 

 そして後者の問題は、友哉個人に関する限り、より重大であると言える。

 

 自分の彼女が、敵の手の中にある。

 

 忠志の茉莉に対する執着ぶりを見る限り、いきなり殺される可能性は低いかもしれない。

 

 だが、茉莉は女だ。もし忠志が欲望を剥き出しにして、茉莉を凌辱していたとしたら、友哉にとって、それは最悪の悪夢と言えた。

 

 故に、武偵としては褒められた物ではないかもしれないが、友哉の中で優先順位は、

 

①茉莉の救出

 

②石井久志の捕縛

 

③他

 

 となっている。

 

「茉莉、待ってて」

 

 彼女の名前を呟きながら、更に加速する友哉。

 

 やがて、友哉は少し開けた空間に足を踏み入れた。

 

 施設職員のサロンにでもなっているらしいその場所は、贅沢な内装が施され、壁の方にはバーカウンターまで設置されている。

 

 そこで、友哉は足を止める。

 

 その視線の先に、1人の男が立っているのが見えたからだ。

 

「よう、ここに来ると思っていたぜ」

 

 柳生当真は、まるで親しい旧友にでもあったかのように、気さくに右手を上げて来る。

 

 対して友哉は、油断なくグロックの銃口を、当真に向けて構える。

 

 剣を交えたのは僅かな時間だったが、その僅かな激突で、目の前の男が油断ならない実力の持ち主である事は判っていた。

 

 正直、使い慣れない武器で戦うのは心もとない。だが、この場を脱し、茉莉の元に向かうには、どうしても避けては通れない相手である。

 

 そんな友哉に対し、

 

 当真は少し不満げに、肩を竦めてみせた。

 

「おいおい、そんな無粋な物は仕舞っとけよ。お前さんに似合うのは、こっちだろうが」

 

 言いながら、何か細長い物を放り投げてよこした。

 

 とっさに受け取る友哉。

 

「これはッ?」

 

 そこで、驚いて声を上げた。

 

 当真が投げてよこしたのは、崖の上の戦いで、茉莉を人質にされた際に捨てた、友哉の逆刃刀だった。

 

 鯉口を切って少し抜いて見ると、何か細工をされた様子はない。奪われた時のままだった。

 

 驚く友哉に対し、当真は可笑しそうに笑って見せる。

 

「さあ、これで条件は五分だろう。存分に死合おうぜ」

 

 言いながら、自身も腰の刀をゆっくりと抜き放つ。

 

 対して友哉も戸惑いから抜け出すと、グロックを静かに床へと置き、鞘を腰のホルダーに差し込む。

 

 その様子に、当真は血が滾るような感覚を味わっていた。

 

 戦いが始まる前の、この高揚感。これはどのような美酒にも代えがたい、甘美な感覚だ。これがあるから、戦いは止められない。

 

 戦いと言う物に憑かれている。当真は自分自身を、そう評している。正気のままでは、この感覚は味わえない。敢えて狂う事でこそ、戦いの本質が見えて来る物なのだ。

 

 だから、崖から落ちた友哉が生きていてくれた事が嬉しかった。

 

 友哉が当真の事を只者ではないと感じたように、当真もまた、友哉の尋常でない戦闘力を見抜いていた。

 

 これほどの実力者と対峙するのは、当真とて久しぶりの事だ。

 

 故に、警報が鳴ると同時に、あらかじめ確保しておいた友哉の刀を持って姿を現わしたのだ。

 

 もう一度、今度こそ全力で戦う為に。

 

 八双に刀を構える当真。

 

 対して、友哉は鞘に収めたまま、抜刀術の構えを取る。

 

「行くぞッ!!」

 

 吼えるような当真の叫び。

 

 次の瞬間、両者は同時に床を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上陸作戦と言う物は、本来なら多大な犠牲を伴う物である。

 

 上陸する兵士は海水に足を取られたまま、敵の砲撃や、場合によっては空襲にも晒されながら、それでも1秒でも早く、安全な場所を確保する為に進軍しなくてはならないのだから。

 

 今回も、その例外ではない。

 

 もっとも、上陸する兵士達を出迎えたのは、最新兵器の砲撃や爆撃では無く、身の毛もよだつような姿に変えられた、異形の鬼達だった。

 

 密林から、己の身のみを武器にして躍り出て来る様は、大航海時代における原住民の襲撃のようにもみえる。

 

 が、実態はそんな生易しい物では無い。

 

 文字通り、化け物の襲撃。

 

 髪を振り乱し、爪を閃かせ、牙をむき出しにして襲い掛かってくる異形の存在。これを化け物と呼ばずして何と呼ぼう?

 

「う、ウワァァァ、何だこいつ等は!?」

「ば、化け物だァァァァァァ!!」

 

 得体の知れない存在を前にして、恐怖は兵士達の間に一気に伝播する。

 

 彼等は極東戦役開戦の報を受け、全国の警察から選りすぐられた戦闘のエキスパートである。本来であるなら、凶悪な犯罪者相手に一歩も引かぬ鋼の精神と、卓越した技量を持っている。

 

 しかし、そんな彼らですら、自分達に敵意を向けて襲い掛かってくる化け物が相手では、恐怖の為に戦意を失い掛けていた。

 

 手にした武器を撃ちながら、後退を余儀なくされる兵士達。

 

 今や、彼等の戦線は崩壊寸前と思われた。

 

 その時、

 

 逃げる兵士達の間から、

 

 『鬼』が、姿を現わした。

 

「ぬんッ!!」

 

 気合と共に、抜き放たれた剛剣は、一刀の元に異形を斬って捨てる。

 

 その剣技、その形相、そしてその殺気。

 

 まさに、1匹の鬼がそこに存在した。

 

 異形を一刀の元に斬り伏せた鬼の名は、長谷川昭蔵。

 

 かつてランドマークタワーの戦いの折り、現存した吸血鬼の1体。《鮮血の伯爵夫人》エリザベート・バートリを一刀の元に斬り殺した、東京地検特捜部に所属する武装検事である。

 

「恐れるなッ ただの1人として、この島からの逃亡を許してはならんッ 抵抗する者は、容赦無く排除せよ!!」

 

 その叫びは、正に鬼の咆哮。

 

 ただ一声で、理性がない筈の異形達が委縮し、その動きに鈍りが見える。

 

 そこへ、戦意を取り戻した兵士達が攻撃を再開した。

 

 彼等は、一馬が呼びよせた制圧部隊である。そして、この部隊を指揮しているのが長谷川である。彼もまた、極東戦役に対する特別対策チームのメンバーに選ばれ、今回の作戦の指揮を任されていた。

 

 今頃、東京の本社にも、警視庁から捜査員が派遣され、一斉捜査が開始されている。最早、浪日製薬は死に体と言って良かった。

 

 後は石井久志を逮捕すれば、この件も完了する。

 

 だが、そこで終わりでは無い。今回の浪日製薬制圧作戦は、単純に生物兵器開発を阻止する事だけを目的に行われた訳ではないのだ。

 

 今回の戦いは、極東戦役の戦局にも大きく関わる事になる。故に、長谷川が直接指揮する形で乗り込んで来たのだ。

 

「行くぞッ」

 

 井上真改を掲げるように肩に担ぎ、部隊の先頭に立って歩き出す長谷川。

 

 この、日本最強の「鬼」を止め得る者など、どこにも存在しなかった。

 

 

 

 

 

 嵐のような弾丸を巧みに回避しながら、茉莉は相手への接近を試みている。

 

 ガトリングンと言う、凶悪極まりない武器から吐き出される弾丸を食らおうものなら、茉莉の細い体は一瞬を待たずして粉々にされるだろう。

 

 それでなくても、敵は茉莉の三倍はあろうかと思えるほどの巨漢。あのような武器を使わずとも、素手で殴りかかって来られるだけで、茉莉の苦戦は免れない。

 

 にもかかわらず、茉莉は一切速度を緩める事無く駆け続ける。

 

 そうする事が、自身を勝利へと導く事が判っているから。身のこなしが素早い茉莉にとって、一番安全なのは、自身が動き回っている時なのだ。

 

 相手は巨体の上に、重量のある武器を持っているせいか、動きは鈍い。

 

 燕のように駆けまわる茉莉の姿を、捉えきれない様子だ。

 

 激しい砲撃も、茉莉が通り過ぎた場所を虚しく駆け抜ける事しかできない。

 

 行ける。

 

 茉莉は自分のスピードが、相手を完全に凌駕している事を確信し、更に足を速める。

 

 最高速度まで加速するに掛る時間は、僅か1秒足らず。

 

 全開まで縮地の速度を上げた茉莉の姿を捉える事は、友哉であっても至難の業である。

 

 迸る砲撃が、茉莉の正面から迫って来る。

 

 正に、火力の壁とでも形容すべき光景だが、今の茉莉には何の脅威にもなりえない。

 

「ハッ!!」

 

 茉莉はトップスピードのまま体を傾けると、そのままの勢いで壁に足を掛けた。

 

 スピードがあまりに速い為、茉莉の体は落ちて来る事はない。

 

 ガトリング男の方でも、すぐに茉莉の動きに合わせて弾道を修正して来る。

 

 砲撃が、壁を走る茉莉を捉えようと迫った瞬間、

 

 更に驚くべき光景が現われた。

 

「ハッ!!」

 

 あろうことか、茉莉は更に跳躍し、天井に足をついて走り始めたのだ。

 

 物理法則すら凌駕する脚力と速度は、茉莉以外の何者にも真似しえない光景だろう。

 

 そしてついに、茉莉は相手を己の間合いの内に捉えた。

 

「ヤァッ!!」

 

 鋭い気合と共に、ガトリング男に斬りかかる茉莉。

 

 峰に返した菊一文字がガトリング男の顔面を直撃する。

 

 加速の充分に乗った一撃。普通の人間なら、昏倒必至の攻撃だったが。

 

「なッ!?」

 

 目を剥く茉莉。

 

 茉莉の一撃を受けて、ガトリング男は不敵に笑って見せたのだ。

 

 全く効いていない。どうやら速度が遅い代わりに、防御力は極限まで高められているらしい。

 

 とっさに飛び退きながら、茉莉は空中でブローニングを抜いて引き金を引く。

 

 放たれた3発の弾丸。

 

 的がでかいだけの事はあり、全てが難なく命中する。

 

 しかし、効かない。

 

 ガトリング男は、何事も無かったかのように、茉莉に向かって砲撃を再開して来た。

 

「クッ 何てデタラメッ!?」

 

 生物兵器と言う物がどう言う物なのか、茉莉はハッキリと味わっていた。

 

 先程の銃撃にしても、3発中2発は、剥き出しの腕に命中させたのだが、見た所、僅かな出血すら見る事ができない。ガトリングガン2丁を難なく使いこなす程に盛り上がった筋肉が、防弾ジャケットと同じ役割を果たしているのだ。

 

 チラッと一馬の方に目を向けるが、あちらはあちらで、手長男との戦いに忙殺されており、援護は期待できそうにない。もっとも、手が空いたからと言って、一馬が茉莉を援護してくれる可能性は薄いが。

 

 ここは、茉莉が独力で切り抜けるしか無かった。

 

 茉莉はガトリング男から距離を置いて足を止めると、刀を正眼に構え直す。

 

「すみません、友哉さん・・・・・・ちょっと、お借りします」

 

 この場にいない彼氏に一言謝ると、向かってくる弾丸の嵐に真っ向から飛び込んで行く。

 

 茉莉の急加速を計算していなかったガトリングガンの攻撃が、後方へと逸れる。

 

 次の瞬間、

 

 茉莉の姿は、

 

 ガトリング男の頭上、

 

 天井に「着地」した状態で現われた。

 

 膝を撓めた状態で、眼下に向けて跳躍する茉莉。

 

「ヤァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 同時に繰り出される刃。

 

 ガトリング男も迎え撃とうとするが、その動きは圧倒的なまでに遅い。

 

 次の瞬間、茉莉の剣はガトリング男の脳天、その頂を正確に直撃した。

 

 その姿は、友哉の龍槌閃にも似ている。

 

 どれだけ筋肉の鎧で覆っても、頭蓋部だけは例外である。そもそも、頭頂部には筋肉が存在しないのだから。無い物は鍛えようがない訳である。

 

 茉莉が放った一撃は、ガトリング男の頭を正確に撃ち抜き、衝撃を余すところなく脳に浸透させた。それでも、威力不足を危惧した茉莉は、友哉の龍槌閃を真似る事で威力を底上げしたのだ。

 

 轟音と共に、倒れるガトリング男。

 

 いかに生物兵器として人外になったとしても、人間としての弱点までは捨てきれなかったようだ。

 

 

 

 

 

 一馬と手長男は、互いに一進一退の攻防を繰り広げる。

 

 攻撃力は、圧倒的に手長男の方が高いだろう。

 

 肥大した両腕から繰り出される攻撃は、床を抉り、壁を粉砕し、あらゆる物を微塵に破壊して行く。

 

 跳躍力も半端ではない。

 

 茉莉が戦っているガトリング男とは逆に、こちらは速度重視型であるらしい。巧みに壁や床を蹴って、距離を詰め、両手の巨大な爪で斬りかかって来る。

 

 1本が大型ナイフ程もある巨大な爪。それが両手合わせて10本。

 

 触れればその瞬間、体は斬り裂かれ、鮮血の海に沈む事になるだろう。

 

 それらの攻撃を、一馬は紙一重で回避しながら、どうにか致命傷を避けて行く。

 

「このッ ちょこまかと逃げ回りやがってッ」

「・・・・・・・・・・・・ほう」

 

 一馬は、軽い驚きの声を発した。

 

 その様子に、手長男は得意げに笑い声を上げる。

 

「驚いたか。俺達のような完成形の個体は、自我や理性を残しているのさッ」

「いや、人並みの脳味噌があった事に驚いていた。言葉をしゃべれるのは意外だったな」

 

 所詮、お前等は実験室の遺伝子組み換えチンパンジーレベルの存在でしか無い。

 

 一馬は、言外にそう告げていたのだ。

 

 手長男の方でもそれを理解したのだろう。一瞬で激昂し、一馬に向かって襲い掛かって来た。

 

「テメェェェェェェ!!」

 

 2本の巨大な腕を振り翳し、一馬へと掴みかかる。

 

 あんな爪で掴まれたら、それだけで即死確定だ。

 

 対して、

 

 一馬は刀を左手一本で持つと、切っ先を相手に向け、右手を峰に添えて刃を支える構えを取る。

 

 次の瞬間、

 

 疾走。

 

 全ての敵を食い破る必殺剣、牙突が繰り出される。

 

 しかし、

 

「甘ァァァァァァい!!」

 

 手長男は、一瞬で大きく跳躍する事で、一馬の牙突を回避して見せた。

 

 やはり、機動力には相当な自信があるようだ。

 

 攻撃が回避された事を悟ると、一馬はすぐに刀を引き戻して牙突の構えを取る。

 

 再度の疾走。

 

 あらゆる物を粉砕する筈の牙狼の牙は、

 

 しかし、やはり、手長男を捉える事はない。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちすると同時に、一馬は突撃から横薙ぎへと攻撃を変換する。前方360度に渡って、死角が少ないのも牙突の特徴である。

 

 しかし、その横薙ぎも、手長男を捉える事はない。

 

 一馬が薙ぎ払うよりも速く、手が男は間合いの外へと飛び退いてしまったのだ。

 

「ヒヒヒッ さっきまでの威勢はどうしたッ!?」

 

 縦横に飛び回りながら、手長男は立ち尽くす一馬をかく乱して行く。

 

 自身の機動力に絶対の自信を持ち、それを最大限に活かす事によって攻撃力を高めているのだ。

 

「テメェは何もできねェッ!! そこで突っ立ったまま、俺になぶり殺しにされるだけだ!!」

 

 天井、壁、調度品。あらゆる物を足場としながら、手長男は距離を詰めて行く。

 

 この機動力に着いて来れる人間など、いる筈がない。後は、一気に両手の爪で切り刻んでやるだけだ。

 

 5本の大振りな爪がギラリと、凶悪な光を帯びる。

 

 それだけで、鋼鉄すら斬り裂けそうなインパクトがある。

 

 普通の人間なら、抗う事すらできはしないだろう。

 

 そう普通の人間なら。

 

 手長男は知らなかった。

 

 自分が相手にしている者が、人間では無く、血に飢えた獰猛な狼であると言う事に。

 

 向かってくる手長男に対し、振りかえる一馬。

 

「馬鹿めッ 今更気付いても遅いわッ!!」

 

 既に手長男はトップスピードで突撃を開始している。その速度は、常人のそれを遥かに凌駕し、常軌を逸していると言っても過言ではない。

 

 対して一馬は、ただ振りかえっただけで刀を構えてすらいない。一馬の最強の必殺技である牙突は、あくまで突撃技であり、ある程度の距離を取らないと使う事ができない。

 

 つまり、手長男に先手を許した時点で、牙突は封じされたに等しかった。

 

「死ねェェェェェェェェェ!!」

 

 跳躍と同時に、10本の巨大な爪を振り翳して、迫る手長男。

 

 そのナイフにも似た爪が一馬に迫った瞬間、

 

 振り仰いだ狼の眼光が、手長男を貫いた。

 

「うッ!?」

 

 思わず、息を飲む手長男。

 

 血に飢えた狼の視線は、人外の怪物すら、ひと睨みで圧倒して見せた。

 

 次の瞬間、

 

 目の前にいた筈の一馬の姿が、忽然と消えさっていた。

 

「こっちだ阿呆ッ」

 

 聞こえる、不敵な声。

 

 次の瞬間、一瞬速く天井近くまで飛び上がった一馬は、手長男の頭を掴んで急降下。そのまま顔面を床に、思いっきり叩きつけた。

 

「ぐぎゃ!?」

 

 それ自体が潰れたような声を出し、手長男は押し潰されるような格好で床へ手足を広げて倒れ込む。

 

 今の一撃で伸びてしまったのか、それ以上起き上がって来る気配も無かった。

 

「化け物如きで、俺を倒せると思うな」

 

 若干乱れた前髪を手で撫でつけて直しながら、一馬は皮肉交じりに言い捨てる。

 

 己の牙すら用いずに人外を制した狼は、余裕を感じさせる態度で、その場に佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 茉莉と一馬が、異形の敵を相手に死闘を行っている頃、2人の剣士もまた、白熱した高いを演じていた。

 

 友哉と当真は、互いの刃を閃かせて斬りかかる。

 

 上段から袈裟掛けに斬り込んで来る当真。

 

 対して友哉は、一足で間合いに飛び込むと、刀を鞘走らせる。

 

 神速の抜刀術による一撃。

 

 だが、

 

 ガキンッ

 

 当真の剛剣は、友哉の神速の抜刀術を、真っ向から受け止めて見せた。

 

「オォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 そのまま力押しを掛ける当真。

 

 対して、

 

「チッ!!」

 

 舌打ちした友哉は、同時に身を翻して当真の力押しをいなす。

 

 ちょうど、相撲で、押しつけようと向かってくる力士を、技巧の力士がヒラリと回避する様に似ている。

 

 一瞬、当真は無防備な側面を晒した。

 

 その隙を、友哉は見逃さない。

 

「貰った!!」

 

 打ち下ろすように、当真の頭をめがけて友哉の刀が迫る。

 

 だが、

 

「甘いッ!!」

 

 友哉の攻撃が当たるよりも一瞬速く、当真の繰り出した剣が受け止める。

 

 のみならず、勢いそのままに、当真は友哉を押し返し、そのまま弾き飛ばしに掛かった。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちする友哉。

 

 同時に、左肩が鋭い痛みを発し、思わず顔を顰める。

 

 先程、忠志に銃撃を食らった痛みがまだ引いていないのだ。それが、当真の斬撃を食らう事によってぶり返して来てしまった。

 

 しかし大きく吹き飛ばされながらも、友哉はどうにか体勢を入れ替えて着地する。

 

 そこへ、追撃して来る当真。

 

 対して、友哉も反撃に転じるべく、突撃する。

 

 刀を右手1本で持ち、左手は寝せた刃を支えるようにして構える。

 

「飛天御剣流、龍翔閃!!」

 

 間合いに入ると同時に、繰り出される龍翔閃。

 

 龍が天空へ飛び上がる様に似た剣を、

 

「おっとッ!?」

 

 しかし当真は、突き上げるように放たれた斬撃を紙一重で回避した。

 

 虚しく、空中にある友哉。

 

 そこへ、

 

「ッシャァァァ!!」

 

 当真の鋭い突きが襲い掛かる。

 

 対して、空中にある友哉は対応が一瞬遅れた。

 

「グアッ!?」

 

 呻き声を洩らす。

 

 当真の突きは、友哉の肩口に命中した。

 

 そこは、ちょうど忠志が放った弾丸が命中した場所に近い。

 

 防弾コートのおかげで貫通される事はない。しかし、火箸を体に突き込まれたような熱い感触が友哉を襲った。

 

 どうにか空中でバランスを保ち、着地には成功したものの、堪らずその場で膝をつく。

 

 肩を押さえて蹲る友哉を見て、当真は怪訝そうに攻撃をやめて、友哉を見た。

 

「おいおい、どうした? これくらいで参るようなタマでもないだろうが」

 

 勿論、友哉とて、勝負を投げる気はない。その証拠に、痛みに蹲りながらも、未だ瞳に宿る戦意は陰りを見せていない。

 

 だが、

 

 当真は訝りながらも、友哉が左手を庇うようにしているのを見逃さなかった。

 

「お前・・・・・・まさか、あの時に怪我でもしたのか?」

「・・・・・・だったら何ですか?」

 

 強がりながら立ち上がり、右手一本で刀を構え直す友哉。

 

 戦いの最中に、弱みを見せる訳にはいかない。見せれば、敵はそこに付け込んで来る。強襲科で習った事を実践すべく、友哉は何事も無いかのように立ち上がって見せた。

 

 だが、相手の方はそうでもなかったらしい。

 

 尚も戦意を失わずに立ち上がった友哉の様子に、当真は感心すると同時に、興が覚めたとばかりに肩を竦めてみせた。

 

「まったく・・・・・・せっかく、これから面白くなりそうだってのに。あんのドラ息子がッ」

 

 吐き捨てるように言いながら、当真は刀を鞘に収めた。

 

 戸惑ったのは友哉である。いきなり勝負は終わりだとばかりに刀を収める相手に、どう対応して良いのか判らなかった。

 

「行けよ」

「な、何を・・・・・・」

「手負いの奴と戦ったって、面白くも何ともねえ。ここは譲ってやるから、さっさと行けって言ってんだ」

 

 憮然とした調子で告げる当真。こんな形で勝負に水を差されるとは思っていなかった為、機嫌を損ねた様子で、友哉に道を譲る。

 

 対して、友哉は警戒するように、刀の切っ先を当真に向けているが、やがて、本当に道を譲る気だと判ると、一目散に駆けだす。

 

 両者、すれ違う一瞬、

 

「次は、お互い、万全の状態でやり合いたい物だな」

 

 そう呟く当真の声が、確かに友哉の耳に残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に、喧騒は、島中に響き渡っていた。

 

 東京地検の《鬼》長谷川昭蔵に率いられた制圧部隊は、初めこそ、見た事も無い異形達に恐怖し、苦戦したものの、昭蔵の督戦を受けて、今では完全に持ち直していた。

 

 こうなると、後の戦力差は圧倒的である。

 

 何しろ、制圧部隊は皆、戦闘のプロ達である。

 

 対して、島の警備員達は、多少戦闘の知識があるだけのアマチュアに過ぎない。

 

 異形達を駆りつくした制圧部隊が、一馬の残した目印に従って施設内に突入すると、圧倒的な制圧力で持って、蹂躙を開始した。

 

 装備、練度、数、全てにおいて圧倒的に勝る制圧部隊相手に、警備員達は絶望的な抵抗を行った後に、永遠の沈黙を余儀なくされていった。

 

 そんな喧騒が続く中で、中枢への突入に成功した友哉は、爆音を背に聞きながら駆けていた。

 

 浪日製薬に黄昏が訪れたのは、この音を聞けば判る。

 

 だが、友哉にとってはまだ何も終わっていない。

 

 石井久志の身柄を確保しなければならないし、何より、茉莉を助け出さないといけない。

 

 茉莉が今も、あの石井忠志のおぞましい視線や、這うような指先の下にあるかと思うと、気が気では無かった。

 

「茉莉・・・無事でいて・・・・・・」

 

 祈るように、呟く。

 

 自然、駆ける足は勝手に速くなる。

 

 何枚もの隔壁を潜り抜け、何人もの警備員達をなぎ倒しながら、友哉は更に中枢へと突き進んで行く。

 

 そして、間もなく、施設の管理区域に入ろうかとした時だった。

 

「友哉さん!!」

 

 涼やかさを感じる声で、名前を呼ばれる。

 

 懐かしさすら感じるその声の主を、友哉が聞き間違える筈も無かった。

 

 はたして、振りかえる先に、

 

 思った通りの人物が、駆けて来るのが見えた。

 

「茉莉ッ!!」

 

 驚きより喜びより先に、

 

 友哉は駆けより、茉莉の細い体を抱きしめた。

 

「良かった、無事だったんだね」

「はい」

 

 友哉の胸の中に顔を埋めながら、茉莉は、躊躇いがちに口を開く。

 

「ごめんなさい。私が不甲斐ないばかりに、友哉さんを危険な目に・・・・・・」

「それを言うんだったら、僕の方こそ、ごめん。君を、こんな危険な目にあわせたりして」

 

 互いの温もりを確かめ合うように、しっかりと抱き合う友哉と茉莉。

 

「・・・・・・・・・・・・で?」

 

 友哉は視線を上げ、茉莉の背後に目をやる。

 

 ものすごーく、嫌そうな視線を向けた先には、さも当然とばかりに立っている斎藤一馬の姿があった。

 

「どうして、アンタがここにいるんですか?」

「いちいち言わなきゃ判らんか、阿呆」

 

 そう言って、肩を竦める一馬。

 

「あ、あの、友哉さん・・・・・・」

 

 一触即発になりかけた状況に、茉莉は躊躇いがちに声を掛けた。

 

「一応・・・・・・ほんとに一応ですけど、私を助けてくれたのは、斎藤さんなんです」

「そう言う事だ。どこぞの無能な彼氏がフラフラとほっつき歩いている内にな」

 

 茉莉のフォローを台無しにする、一馬の一言。

 

「ウグググ・・・・・・・・・・・・」

 

 歯を思いっきり噛み鳴らす友哉。

 

 とは言え、茉莉を助けてくれたのは事実なようだから、反論する訳にもいかなかった。

 

 そんな友哉を無視して、一馬は最後の扉へと向き直った。

 

「さて、この先に、恐らく石井久志がいる。奴自身は大した戦闘力を持ってはいないが、これだけの大会社を経営し、武装兵まで擁している奴だ。どんな隠し玉が飛び出すか判らん。油断するなよ」

「判りました」

「・・・・・・言われなくてもッ」

 

 一馬の言葉に対し、ここまで共闘してきたおかげで、割と素直に返事をする茉莉と、あからさまな上から目線的な命令口調に、面白くない友哉がそれぞれ返事を返す。

 

 だが、確かに一馬の言うとおり。決戦はここからだ。

 

 大戦期から生き残る亡霊。

 

 それにとどめを刺すべく、3人の剣士はゆっくりと前に進んだ。

 

 

 

 

 

第6話「浪に日が落ちる時」      終わり

 


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