緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第9話「皆は一人の為に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高荷紗枝にとって、自分の患者と触れ合うことも重要な仕事の一つである。

 

 将来的に医療の道へと進む事を決めており、学校での成績もトップクラスを常にキープしている紗枝だが、自分自身はまだまだ未熟な存在であると思っている。

 

 得てしてそう言う人間は、結果を急ごうとするあまり、知識ばかりを詰め込んでしまい、最も肝心な「患者の為に力になる」と言う事を忘れがちである。

 

 将来、自分がどのような医者になるのかは判らない。

 

 だが、紗枝は決して、患者の気持を無視するような医者にはなるまいと硬く心に誓い、学生の身分である今から、そのことを心がけるようにしていた。

 

 患者との触れ合いも、その一環である。

 

 病室に入ると、花を活けてある花瓶の水を交換する。

 

 目を転じれば、ベッドの上で眠るように目を閉じている少女の姿がある。

 

 彼女はつい先日、後輩である緋村友哉と戦い、致命傷に近い傷を負って、この病院に運び込まれたのだ。

 

 長年にわたる肉体の酷使と、過剰な薬物の投与によって、今の少女の体は内側から蝕まれている状態である。こうして、心臓が動いているだけでも奇跡に近い。もしかしたら、一生このまま目を覚まさない可能性すらあるのだ。

 

 ベッドの傍らに歩み寄ると、紗枝は少女の髪をそっと撫で上げる。

 

 栗色の髪が、掌に優しい感触を与えて来る。

 

 掌に伝わる僅かな温もりと、かすかな呼吸音のみが、少女が未だに生を諦めていない証拠だった。

 

「早く、良くなると良いわね」

 

 優しく語りかける。

 

 その時だった。

 

「・・・・・・ウッ・・・・・・あッ・・・・・・」

「え?」

 

 少女の口から、漏れ聞こえるように呻き声が発せられる。

 

 驚いた表情を浮かべる紗枝。

 

 一瞬、聞き間違いかと思い、慌てて少女の顔を覗き込む。

 

 そこには、僅かにうっすらと目を開ける、少女の顔があった。

 

 紗枝の顔が、驚愕に染まる。

 

 意識が戻る事すら怪しいと言われていた少女が、今、紗枝の声に答えるように、ゆっくりとまぶたを開こうとしていた。

 

「大丈夫、あなたッ!? 私の事、判るッ!?」

 

 尋ねる紗枝に対して、

 

 少女、エムツヴァイは、ゆっくりと頷きを返した。

 

 

 

 

 

 死神と呼ばれてイメージする物は、やはり人の命を奪う存在であるという点にある。

 

 巨大な鎌を振るい、人の命を刈り取る存在。

 

 無慈悲に、かつ効率的に死と言う概念を振りまく存在。

 

 その、死その物を象徴的にした者が、今まさに、目の前に顕現していた。

 

 呼吸をするように死を振りまく存在。

 

 ただ、命を刈り取る為だけに、その場に在る死神。

 

 それが、今の緋村友哉と言う少年に相応しかった。

 

「クックックッ・・・・・・そうか・・・・・・そう言う事かッ」

 

 殺気の塊と化した友哉の姿を見て、対峙するエムアインスは、くぐもったような笑みを口元に浮かべる。

 

「それが、貴様の真の姿、と言う訳かッ」

 

 これこそが、自分達の求めた敵。

 

 自分と妹が、悲願を達成すべき、最高の獲物に他ならなかった。

 

「面白いッ!!」

 

 歓喜と共に言い放つ。同時にエムアインスは、頭にかぶっているバイザー付きのヘッドギアをかなぐり捨てた。

 

 最早、これは不要だ。否、それ以前にこれから始まる至高の戦いに、このような物は無粋でしか無い。

 

「言っておくが、俺はツヴァイよりも強いぞ。あいつに勝ったからと言って、俺にも勝てる、などとは思わない事だ」

「ほざいてろ」

 

 自身の剣腕を誇るエムアインスに対して、友哉は吐き捨てるように応じる。

 

「血の海に沈んでも、それが続けられるんだったらな」

 

 低い声で囁かれる言葉は、最早、普段の友哉とはかけ離れている。

 

 静かな殺気に身を湛え、ただ己が殺すべき存在をのみ、真っ直ぐに見据えている。

 

 その時、

 

 背後でも何か、動きがあるのを感じた。

 

 何か、

 

 眠っていた獅子が起き出したような、そんな圧倒的な存在感を背中に感じる。

 

 振りかえる事無く、視線だけで状況を確認する友哉。

 

 そこには、血塗れのかなめと、彼女を抱きかかえるようにして座り込んでいるアリアがいる。

 

 そして、その2人を守るようにして立つ、男が1人。

 

 キンジは常に無い程の殺気と存在感で、その場に立っていた。

 

「あれは・・・・・・」

「どうやら、成功したようだな、サード」

 

 友人のかつてない姿に、流石に驚く友哉を余所に、エムアインスは感慨深げにキンジの様子を見ていた。

 

「・・・・・・どう言う事だ?」

「俺達がお前を倒す事を目的としているように、サードにも、この戦いを起こした訳がある、と言う事だ。その理由が、今の遠山キンジの状態だ」

 

 言われて友哉は、改めてキンジに視線をやる。

 

 キンジは恐らくは、ヒステリアモードを発現させているのであろう。この圧倒的な存在感は、それ以外に説明が付かない。

 

 だが、友哉の鋭さを増した直感が告げている。「あれは違う」と。

 

 友哉が知っているヒステリアモードのタイプは2つ。通常のノルマ―レと、怒りが勝った状態の凶戦士タイプ、ベルセ。

 

 だが、今のキンジは、ノルマ―レよりも、ベルセよりも力強い印象が感じられた。

 

「あれはヒステリア・レガルメンテ。別名『王者のHSS』。事実上、最強のHSSと呼ばれている」

「王者のHSS・・・・・・・・・・・・」

 

 友哉は低い声で反芻する。

 

 確かに、今のキンジからは、これまでとは全く違う、異種の力を感じる事ができる。

 

「サードの目的は、ああなった遠山と戦い、それを倒す事だ」

 

 真の目的は違うのだが、とエムアインスは心の中で付け加える。

 

 彼は、ジーサードは自らの愛する女性を取り戻したい。そして、その力を持つアリアを手中にする為、この戦いを起こした。

 

 だが、アリアに手を届かせるには、どうしてもその前に立ちはだかるであろうキンジを倒す必要が出て来る。

 

 その為に、キンジをわざと最強の状態まで持って行き、そしてそれを破る事で、自分が勝者である事を決定的にする。それがジーサードの狙いだった。

 

 その時だった。

 

 ジジッ

 

 戦場を取り囲むように、何か電流のような物が瞬いたと思うと、数人の男女が滲みでるようにして姿を現わした。

 

 光学迷彩。

 

 ジーサードも使っている超高性能ステルスだ。これで今まで身を隠していたらしい。

 

 考えてみれば、先程まで友哉とジーサードが戦っていた場所も、この機能を使って姿を消しているのかもしれない。

 

 それにしても、

 

 友哉は現われた面々を見回しながら、内心で呆れ気味になる。

 

 マロンブラウンの髪に、狐耳と6本の尻尾を持った、少年とも少女ともつかない人物。

 

 顔面や首に、縫い目のある白髪の男。

 

 2メートル以上ある筋骨隆々な体躯と、頬に弾痕のある男。

 

 顔半分包帯で隠れている、ひょろ長い黒人の男。

 

 左右の目が違う、銀髪の少女。

 

 一見するとどこにでもいそうな、仕立の良いスーツを着た老人。

 

 よくもまあ、これだけの異形が、この場に揃った物である。

 

「なりませぬサード様!!」

 

 狐耳の人物が、鋭い口調でジーサードに詰め寄る。

 

「本日は凶日にございますッ このような得体のしれない男と争ってはなりませぬ!!」

「オメェは、本当に迷信が好きだな、九十藻」

 

 九十藻と呼ばれた人物に、ジーサードは呆れ気味に言葉を投げる。

 

 この九十藻と言う人物。どうやら出で立ちからして、玉藻と同族か何かであると推察できた。

 

「キンジは俺が試す。それはこの間決めた事だろ。男らしくねェぞ九十藻」

「九十藻は女にござります!!」

 

 どうやら、女だったらしい。

 

 サードのからかいに、九十藻は全身の髪を逆立てて食ってかかる。

 

「アインス様、あなたもでございます」

 

 そこへ、老人が丁寧な口調で話しかけて来た。

 

 一見すると、異形揃いの面々の中にあって、あまりにも普通すぎる感のある老人だが、それが見た目だけの話である事は、すぐに判る。

 

 全身から発せられる存在感が、一般人のそれでは無い。恐らくは長く戦場に身を置いて来た人物なのだろう。そもそも、この異形達の中で平然と立っていられると言う時点で、この老人も普通ではありえない。

 

「あなた様の身に何かあれば、ツヴァイ様は如何なさいますか?」

「ありがとう、アンガス」

 

 アンガスと呼ばれた老人に、エムアインスはそう言って穏やかに笑い掛ける。

 

「だが、これは俺とツヴァイの悲願でもある。どうか、それを止めないでやってくれ」

 

 静かに、しかし固い決意と共に、アンガスに告げる。

 

 だが、場の状況が一触即発である事に変わりはない。

 

 ジーサード側は増援が現われた事で数でも圧倒的である。対して師団側はイクス、バスカービル共に壊滅状態。事実上、戦闘力を保持しているのは友哉とキンジだけとなっている。

 

 他にアリアも残っているが、彼女はかなめとの戦闘で消耗が激しい。レキはアリアの戦いを狙撃でサポートしていたが、先程から沈黙しているところを見ると、弾切れであると思われた。

 

 数的劣勢は否めない。

 

 いかに友哉が内なる凶暴性を発現し、キンジが最強のヒステリアモードに目覚めたとしても、この状況を覆すのは至難に思われた。

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「師団の皆さんに、手を出す事は許しませんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いっそ不自然なほど、静かに告げられる言葉は、戦場に満ちる緊張感の中、一同に響き渡る。

 

 とっさに、周囲を見回すジーサードの仲間達。

 

 そこには、戦場を囲む彼等を、更に包囲するように、一団の男女が立っていた。

 

 強大な槍を携えた、筋骨隆々の男。

 

 人を食ったような笑みを見せている青年。

 

 男装の身なりをした女性。

 

 ロングコートを着た、交戦的な表情をした女性。

 

 髪を逆立てた、パンク風衣装の男。

 

 丸橋譲治、杉村義人、川島由美、坂本龍那、飯綱大牙。

 

 そして、無表情の仮面で顔を覆った、仕立の良いスーツ姿の男。

 

 由比彰彦。

 

 仕立屋メンバーが、ジーサード一派を取り囲むようにして展開していた。

 

 盟約に従い、彼等は師団を支援すべく駆けつけたのだ。

 

「由比彰彦・・・・・・」

「報せを聞いて駆けつけました。間にあって何よりです」

 

 友哉にそう言いながら、彰彦は改めてジーサードを見る。

 

「さて、ジーサードさん。どうしますか?」

 

 戦うと言うなら相手をする。彰彦の言葉は、言外にそう語っている。

 

 数も、今や8対8のイーブン。数的劣勢も無くなっている。

 

 仕立屋メンバーはそれぞれ、自分達の武器を構えながら、ジーサードの仲間達を威嚇する。

 

 そんな中で、

 

「ヘッ」

 

 ただ1人、ジーサードは不敵に笑って見せた。

 

「どうもこうもねェ、俺は元々、こいつ等に手出しをさせるつもりはねェよ。キンジは俺がやるし、緋村はアインスの獲物と決まっている」

「なりませぬ、サード様!!」

 

 九十藻が尚も食い下がる。

 

 更に、

 

「こんな奴等、サードやアインスが出るまでもありませんぜ」「お怪我をされたらどうします」「あたしにやらせて」

 

 他の面々も、口々に騒ぎだす。

 

 と、

 

「貴様等、俺達が負けるとでも思ってるのかァァァ!!」

 

 空間その物を震わせるような、ジーサードの大喝。

 

 それだけで騒いでいた連中は、一斉に口を閉じ、直立不動の姿勢を取る。

 

 真っ先に騒ぎだした九十藻なども、キヲツケの姿勢のまま固まっていた。

 

 ジーサードが持つ高いカリスマ性と、そんな彼等に対する一同の忠誠心が見て取れる光景だった。

 

「どうやら、話は決まったようですね」

 

 その様子を見ていた彰彦が、頷きながら言う。ただし、未だ警戒を解いていない事を現わすように、刀に手を掛けたままだが。

 

「では、緋村君、遠山君、ここは引き受けます。お二人は心おきなく、戦ってください」

「・・・・・・・・・・・・言われるまでも無い」

 

 言いながら、友哉は刀の切っ先を改めてエムアインスに向ける。

 

 彰彦達に頼る事は、友哉にとって屈辱の極みだが、今はこうするよりほかに手立てが無かった。

 

 ただ、かつて何度も刃を交えて来た相手である。心情的にはともかく、実力的には全く不足が無かった。

 

 構える友哉に合わせるように、エムアインスもまた、刀を構えて友哉に向き直る。

 

 今や舞台は整った。

 

 後はただ只管に、己が奉じる流派の名に賭けて剣を交えるのみである。

 

「飛天御剣流・・・・・・緋村友哉」

「飛天御剣流・・・・・・エムアインス」

 

 片や、緋村剣心を先祖に持つ、飛天の継承者。

 

 片や、天草翔伍を先祖に持つ、飛天の継承者。

 

 2人の飛天御剣流の使い手。その血脈を受け継ぐ2人の剣士が、時を越えて、今、激突しようとしていた。

 

「いざ・・・・・・」

「尋常に・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「勝負ッ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 両者は、同時に、

 

 自身のシルエットすら煙る勢いで接近。互いに、刀を繰り出す。

 

 ガキンッ

 

 繰り出された2振りの白刃は、中間点でぶつかり合い、火花を散らす。

 

 互いが互いの刃を受け止める、鍔迫り合いの状態。

 

 以前の戦いの時なら、この時点で友哉が力負けしていたが、

 

「ぬッ・・・・・・」

 

 エムアインスは、軽い呻き声を発する。

 

 友哉はエムアインスに対し、一歩も退く事無く、その場にあって刃を受け止めていた。

 

 己の内なる凶暴性を発現し、隠された潜在能力の全てを解放した友哉にとって、最早、力の差は無きに等しい。

 

「面白いッ!!」

 

 言い放つと同時に、エムアインスは鍔迫り合いの状態から友哉の刃を払いのけ、刀を大上段に振り上げる。

 

「フンッ!!」

 

 友哉が潜在能力を解放したと言っても、これでようやく条件が互角になっただけの話。ならば、勝負をためらう何物も存在しなかった。

 

 殆どゼロに近い距離から振り下ろされる、エムアインスの刃。

 

 しかし、刃が空間を奔った時、

 

 その場に友哉の姿は無かった。

 

 すぐに、次の行動を読み、迎え撃つ体勢を作るエムアインス。

 

 その頭上から、

 

 凄惨なほど、明確な殺気が降り注ぐ。

 

「飛天御剣流、龍槌閃!!」

 

 友哉は、エムアインスが刃を振り下ろすよりも一瞬速く、上空に飛び上がって逃れていたのだ。

 

 降下と同時に、振り下ろされる刃。

 

 対抗するように、エムアインスも刀を振り上げる。

 

「飛天御剣流、龍翔閃!!」

 

 天空から翔け降りる友哉。

 

 地上から翔け上がるエムアインス。

 

 かつての戦いは、この時点で既にエムアインスが友哉を圧倒していた。

 

 しかし今は、

 

 2人の刃が互いにぶつかりあい、

 

 そして、同時に弾けた。

 

「クッ!?」

「グゥッ!?」

 

 空中で錐揉みするようにバランスを崩す両者。

 

 しかし、互いに何とか、体勢を入れ替えて着地する事に成功した。

 

 次の行動。

 

 そこから先に起こしたのは、エムアインスの方だった。

 

「オォォォォォォ!!」

 

 神速の接近と同時に、大上段からの振り下ろし。

 

 友哉がようやく体勢を立て直した所に、斬り込んで来た。

 

 対する友哉。

 

 エムアインスの放つ先制の一撃を見極め、

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 体を回転させて、大きく捻り込む。

 

 同時にエムアインスの一撃を回避、カウンターとなる攻撃を旋回に乗せて繰り出す。

 

「龍巻閃!!」

 

 放たれる刃は、

 

 しかし、一瞬にして、攻撃から防御に転じたエムアインスによって防がれる。

 

 ガキンッ

 

 ぶつかり合う刃。

 

 友哉の攻撃を完全に防ぎ切るエムアインス。

 

 エムアインスの反応速度も、友哉に決して引けを取らない。

 

 だが、

 

「グッ!?」

 

 エムアインスは、思わず呻き声を発した。

 

 防御の上からでも、腕の筋が軋むのを感じたのだ。

 

 これまで戦って来たどのような敵であっても、これほどまでの強烈な一撃を放った者はいなかった。

 

 堪らず後退する、エムアインス。

 

 そこへ、友哉が追撃を掛ける。

 

「逃がすかッ!!」

 

 追いつくと同時に、刀を袈裟掛けに振り下ろす友哉。

 

 だが、その時には既に、エムアインスも迎え撃つ準備を整えていた。

 

 振り上げた刃を、そのまま地面に叩きつける。

 

「飛天御剣流、土龍閃!!」

 

 刃は一撃で地面を抉り、大きく爆砕する。

 

 巻き上げられる大量の土砂が、友哉に向かって襲い掛かってくる。

 

 このままでは、友哉の体は大量の散弾に滅多うちにされたに等しい状態になるだろう、

 

 その土砂の幕を、

 

「ハァッ!!」

 

 横薙ぎに振るった友哉の剣が、一刀両断にする。

 

 一瞬にして、友哉の視界が晴れる。

 

 飛天御剣流の技の数々は、友哉も使う事ができる。対策は、勿論立ててある。

 

 だが、

 

 晴れた視界の先に、エムアインスの姿は無かった。

 

 その頭上より、

 

「飛天御剣流、龍槌閃!!」

 

 急降下して来るエムアインス。

 

「クッ!?」

 

 とっさに後退して、刃の圏内から逃れようとする友哉。

 

 だが、エムアインスは、友哉の動きを見て降下の速度を緩めると、体勢を入れ替えて着地する。

 

 同時に、後退する友哉を追撃すべく、旋回しながら突進していく。

 

「飛天御剣流、龍巻閃・旋!!」

 

 龍槌閃は初めから友哉の後退を誘う囮。本命は、この追撃技にあったのだ。

 

 高速回転しながら斬り込んで来るエムアインス。

 

 対して、

 

 友哉もまた、体を大きく捻り込みながら突撃する。

 

「飛天御剣流、龍巻閃・旋!!」

 

 全く同じ技で迎撃する。

 

 互いに回転しながらの突撃。

 

 速度、突進力、旋回力、膂力。全てにおいて、両者互角。

 

 総じてぶつかり合えば、その衝撃も互角。

 

「うあッ!?」

「グゥッ!?」

 

 互いに空中で弾かれるようにして、大きく吹き飛ばされる。

 

 体勢を入れ替えて、着地する事には成功する両者。

 

 だが、流石に衝撃が激しすぎて、すぐには立ち上がる事ができない。

 

「クッ・・・・・・・・・・・・」

 

 どうにか顔を上げ、エムアインスを睨みつける友哉。

 

 エムアインスの方でも似たような状況らしく、顔を上げて友哉を見ている。

 

「・・・・・・ま・・・・・・まだだ」

 

 絞り出すように、エムアインスは呟く。

 

「まだまだ・・・・・・こんな所で、立ち止まっていられるかッ」

 

 渾身の力を振り絞って、エムアインスは立ち上がる。

 

 多少のダメージはあるものの、まだ倒れるようなレベルでは無い。

 

 そして、それは友哉も同じ事である。

 

 ゆっくりとした動きで、体の調子を確かめるように立ち上がる友哉。

 

 両雄は、再び刀を構えて対峙するに至る。

 

 その瞳に映る闘志に、一切の陰り無し。

 

 両者、一歩も引かずに剣先を向け合う。

 

「こんな所で、倒れる訳にはいかない」

 

 睨みつける視線の元、エムアインスは呟く。

 

「緋村、貴様をここで完膚なきまでに倒す。それでこそ、俺達は俺達になる事ができる」

「・・・・・・・・・・・・前から気に入らなかったんだが」

 

 と、こちらも睨み付ける視線を逸らさずに、友哉が尋ねる。

 

「その、『俺を倒せば、お前達になれる』と言うのは、どう言う事だ? こっちとしては迷惑千万以外の何物でもない」

 

 戦いの始まり。

 

 学園島で奇襲を受けた時から、友哉がずっと疑問に思っていた事がそれだ。

 

 まるで何かに憑かれたように、友哉の命を狙い続けるエムアインスとエムツヴァイ。その2人がお題目のように、事ある毎に口にするのが、その言葉である。

 

「知りたいか、まあ、そうだろうな・・・・・・」

 

 嘲りを含んだ声と共に、エムアインスは友哉を睨む眼光を鋭くする。

 

 そこに含まれる物は、闘争心と、己の持つ矜持、そして、憎悪。

 

 何か心の奥深い場所で、エムアインスは友哉を憎んでいた。

 

「・・・・・・俺達は元々、オランダの小さな田舎町で、暮らしていた。決して裕福と言う訳じゃ無かったが、両親と妹と俺、4人暮らすのに不自由を感じる事は無かった。

 

 父は牧場を経営しており、それだけで充分に暮らしが立っていた。

 

 父は日本人の血を引いていたらしく、昔から日本の文化に憧れを持っていた。子供達にもわざわざ、漢字を当て嵌める事の出来る名前を付けたくらいだから、尚更であろう。

 

 中でも、江戸時代の侍が使っていた剣術には並々ならぬ関心を持っていた。と言うのも、父自身が、飛天御剣流と呼ばれる剣術の正当な継承者だったからである。

 

 まだ幼かったエムアインスも、家の手伝いや学校の傍らで、父から剣術の手解きを受けた。とは言え、父は何も息子に剣士になる事を望んだ訳ではない。ヨーロッパの田舎とは言え、いつも治安が良いとは言えない。そこで父は、あくまで護身用として、飛天御剣流の手解きをしたのだ。

 

 元々、才能があったらしく、また興味も強かった為、エムアインスはあっという間に飛天御剣流の技を使いこなせるようになって行き、父を大いに喜ばせた。

 

 幸せだった。

 

 いつも一家を支える頼もしい父。これ以上無いくらいに優しい母。愛らしい妹。

 

 家族と一緒に暮らせる。

 

 ただそれだけの事が、とても幸せに思えた。

 

 だが、その幸せな日常は、突如として破られる。

 

 突然、武装をした多くの兵士達が、牧場に大挙して乗り込んで来たのだ。

 

 父は飛天御剣流を駆使して必死に戦ったが、多勢に無勢であり、最後は放たれた無数の弾丸にハチの巣にされて死んだ。

 

 幼かった兄妹を逃がそうとした母も、ライフルで頭を撃ち抜かれて死んだ。

 

 そして、残った兄妹は兵士達に捕まり、研究所のようなところに連れて行かれた。

 

 後は、地獄の日々である。

 

 過剰な薬物の投与と、筋力を無理やり増強させる手術や、連日、一切の休憩も睡眠も無しで繰り返される過酷な訓練。

 

 強化兵士(ストレンジ・ソルジャー)になる為の、あらゆる実験と訓練が繰り返された。「死んだ方がマシ」と言うふざけた言葉の意味を、あの施設でイヤと言うほど叩き込まれたのだ。

 

「過酷な実験の繰り返しで、妹は記憶を失った。そして、体もボロボロになった。先日、貴様と戦わなかったとしても、何れ妹は遠からず動く事すらできなくなっていただろう」

 

 そんな、光さえ見えない絶望の日々。

 

 それを救ってくれたのが、ジーサードだった。

 

『お前、強いな。俺達と一緒に来いよ』

 

 差し出された手と、鮮烈な印象の残る笑み。

 

 ただそこにいるだけで、万民を魅了するカリスマ性を備えた存在。

 

 ジーサードはエムアインスにとって、己の全てを掛けて仕えるに足る「君主」であった。

 

 そして、放浪が始まった。

 

 はじめは、ジーサード、ジーフォース、エムアインス、エムツヴァイの4人だけの旅。

 

 それは、決して平坦であった訳ではない。

 

 彼等の存在を危険視したアメリカ政府が、多数の暗殺者を送り込んで来るのは、それから遠くない事であった。

 

 しかしジーサードは、それら全てを返り討ちにしてしまったばかりか、その全員を心服させて自分の配下にしてしまったのだ。

 

 仲間はあっという間に増え、組織としての体裁が急速に出来上がっていった。

 

 そんな時だった。

 

 日本に、自分達と同じ剣術の流派を使いこなす武偵がいると言う噂を聞いたのは。

 

 それまでエムアインスやエムツヴァイの中には、何も存在しなかった。ただ、ジーサードの為に戦い、ジーサードの為に生きる事こそが自分達の務めだと思っていた。言ってしまえば「自分」と言う物が欠けていたのだ。

 

 そんな中で、自分達と同じ飛天御剣流を使う者がいる。しかもそいつは、自分達のように過酷な訓練や改造を施された訳では無く、全て独学と自主訓練のみで飛天御剣流を使いこなすに至ったと言う。

 

 激しい嫉妬に襲われた。

 

 自分達を襲った陰惨な境遇を考えれば、そいつは何と幸せな事だろう。

 

 倒したい。乗り越えたい。

 

 そうする事によって、自分達の空っぽの人生に、初めて「自分」と言う意味を持たせられるのでは、と思うようになったのだ。

 

「判るか、緋村ッ!!」

 

 切っ先を向けると同時に、エムアインスが吼え猛る。

 

「貴様は日本の一般的な家庭に産まれ、のうのうとした人生の中で過ごしてきたッ だがその間、俺達は、あのロスアラモスの暗い地下室の中に閉じ込められ、いつ終わるとも知れない地獄の実験に身を晒され続けて来たのだ!!」

 

 言い放つと同時に、エムアインスは間合いに斬り込んで来る。

 

「同じ、飛天の継承者であると言うのに、この落差だッ だから、俺達は俺達の人生に意味を求めた!!」

 

 剣閃が縦横に駆け抜け、友哉へと殺到して来る。

 

 飛天御剣流、龍巣閃

 

 神速の乱撃技は、既に完璧なる重囲陣を持って友哉に襲い掛かってくる。

 

 対して、友哉も刀を抜き打つように構え、一気に振り抜く。

 

「飛天御剣流、龍巣閃!!」

 

 互いに、同じ技での迎撃。

 

 2つの剣閃が、折り重なる良運敷いて四方八方でぶつかり合う。

 

 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ

 

 火花が辺り一面で咲き乱れ、周囲を一瞬、不自然なほどに明るく照らし出した。

 

 両者、互いの衝撃を殺しきれずに後退する。

 

「それこそが、貴様だ!! 貴様を倒し、俺達が唯一の飛天の継承者となるッ そうする事によって、俺達は初めて俺達になるのだ!!」

 

 エムアインスは言い終わると、腰の鞘を外し刀を収め、腰だめに構えて斬り込んで来る。

 

 対して友哉は、先の龍巣閃の衝撃を殺し損ねたせいで、一瞬対応が遅れた。

 

 その間に、距離を詰めるエムアインス。

 

 友哉が体勢を入れ直した時には、既にエムアインスは攻撃を開始していた。

 

「飛天御剣流抜刀術、双龍閃!!」

 

 抜き放たれる刀に対し、

 

 その銀の一閃を、後退する事で回避を試みる友哉。

 

 神速の抜き打ちは、僅かに友哉の前髪数本を断ちきるのみで駆け抜けていく。

 

 だが、その時には既に龍の二頭目が牙をむき出していた。

 

 襲い来る、鞘の一撃。

 

 対して友哉は、回避直後で体勢が完全に崩れている。

 

 故に、

 

 二撃目を防ぐ事は出来なかった。

 

 ガインッ

 

 衝撃と共に、友哉の手から逆刃刀が弾き飛ばされる。

 

 完全に、無防備になる友哉。

 

 そこへ、

 

「貰ったぞッ!!」

 

 刀を大上段に振りかざしたエムアインスが、剛風とも言える一撃で持って、友哉の脳天に振りおろして来る。

 

 対して、今の友哉は丸腰。

 

 今度こそ、絶体絶命か、と思われた時。

 

 バシィッ

 

 友哉は、振り下ろされたエムアインスの剣を、頭上すれすれのところで、両手掌に挟み込むようにして受け止めていた。

 

「な、にッ!?」

 

 目を剥くエムアインスに対し、友哉は至近距離から両の眼をしっかり開いて睨み返す。

 

 真剣白刃取り。

 

 剣術における最高奥義。無手を持って武器を持った相手を制する、究極の技の一つである。

 

 本来なら、如何に剣術の才能に優れ、数秒先の未来を見通す程の予測ができるとは言え、未熟な存在である友哉にできるような技ではないだろう。

 

 だが、友哉の実家が掲げる流派、神谷活心流は真剣白刃取りを応用した技も取り入れている。また、エムアインスは友哉と同じ飛天御剣流を使う為、太刀筋もある程度読む事ができる。

 

 以上、2つの要素が重なった為、友哉をして最高奥義を成功させるに至ったのである。

 

「貴様ッ・・・・・・」

 

 思ってもみなかった技で必殺の一撃を受け止められ、エムアインスは苛立たしげに呻く。

 

 下手な悪あがきをする目の前の相手に、敵意を隠しきれない様子だ。

 

 だが、対する友哉はその憎悪の籠った視線には取り合わず、鋭い眼差しを真っ直ぐにエムアインスに向けて口を開く。

 

「・・・・・・・・・・・・遠山キンジは、1年前の事故で兄は死んだと聞かされた」

「・・・・・・何の話だ?」

 

 訝るように尋ねるエムアインスを無視して、友哉は語り続ける。

 

「そして、無責任な連中や、心無いマスコミから、事故は兄のせいで起きたと罵られ、ついには人生を変えられるにまで至った」

「貴様・・・・・・何を言っている?」

「神崎アリアは、母親が無実の罪で投獄され、その濡れ衣を晴らす為に今も戦い続けている。星伽白雪は、家のしきたりなどと言う下らない物のせいで幼い頃から自由を与えられずに育ってきた。峰理子は、子供のころに両親と死別し、その後は暗い地下牢の中に幽閉され、長く虐げられて育った。レキに至っては、育った環境のせいで自分が幸福なのか不幸なのかすら判らない有様だ」

 

 友哉は、鋭くエムアインスを睨みつける。

 

「俺は、お前よりも不幸で、お前よりも強く生きている人間をいくらでも知っているッ」

 

 それは、視線だけでエムアインスを確かに圧倒する。

 

「下らん不幸自慢なんかしてるんじゃないッ 反吐が出る!!」

「貴ッ様ァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 激昂するエムアインス。

 

 叫ぶと同時に友哉の体を思いっきり蹴り飛ばした。

 

 思わず、友哉は掴んでいた刃を放し、大きく吹き飛ばされて地面に転がる。

 

 対して、エムアインスは大きく肩を揺らしながら呼吸を繰り返す。

 

 視線の先には、尚も起き上がろうとして体を動かしている友哉がいる。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 判っている。

 

 いちいち指摘されずとも、エムアインスにも判っているのだ。

 

 自分達のしている事が、ただの逆恨みに過ぎないと言う事を。

 

 だが、それでもなお、エムアインスと、そしてエムツヴァイは欲した。

 

 空っぽになってしまった自分達の人生に「意味」と言う物を。

 

 それが成されるならば、何を犠牲にしても良いとさえ、思った。

 

「・・・・・・・・・・・・もう、どのみち後戻りはできない」

 

 フラフラと立ち上がりつつある友哉を見ながら、エムアインスは呟く。

 

「俺達はもう、ここまで来てしまった。だからもう、この先も突き進むしかないのだ」

 

 そう言うと、手にした刀を、ゆっくりと正眼に持って行く。

 

 対して、友哉もまた、真っ直ぐに見据えて対峙する。

 

「緋村、貴様の能書きなどどうでも良い。俺達はここで弁舌の才を競っている訳じゃない。言いたい事があるなら、その刀で語れ」

 

 そう言うと、落ちている逆刃刀を指し示す。

 

 友哉は、静かにエムアインスを見詰めている。

 

 あの構え。そして、この状況。

 

 エムアインスが使ってくる技は、十中八九、あれに間違いないだろう。

 

 かつて、友哉をも倒した、エムアインス最大最強の必殺技。

 

 飛天御剣流、九頭龍閃

 

 あれに対抗する技は、今の友哉にはまだない。

 

 もし、対抗する事ができるとすれば、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 友哉は、無言のまま、落ちていた逆刃刀を拾い上げる。

 

 そして、くるりと刃を返して鞘に収めると、腰を落として構えを取る。

 

「・・・・・・・・・・・・抜刀術、か」

 

 エムアインスの呟き通り、友哉の狙いは抜刀術である。

 

 だが、友哉が今狙っているのは、ただの抜刀術では無い。

 

 かつて、イ・ウーでの決戦の折り、シャーロック相手に使った、超神速の抜刀術。

 

 友哉の持つあらゆる技は、恐らくは九頭龍閃に敵わないだろう。

 

 一度見ただけだが、友哉はそう確信している。それほどまでに、エムアインスの放った九頭龍閃は強力だったのだ。

 

 それでも、もし、あれに勝てる可能性があるとすれば、これ以外には考えられなかった。

 

 だが、果たしてできるか?

 

 友哉も、この技の成功率は3割に届かない。しかも、一撃を撃っただけで、全身が断裂しそうな程の衝撃が奔る。

 

 事実上の一発勝負。外せば、友哉の敗北は必至。

 

 だが、この一撃に賭ける以外、友哉に道は無かった。

 

「・・・・・・・・・・・・良いだろう」

 

 スッと、溜めを作るように下がりながら、エムアインスは切っ先を真っ直ぐ友哉に向ける。

 

 対して友哉も、グッと腰を下ろし、激発の瞬間に備える。

 

「貴様の覚悟、俺に見せてみろ!!」

 

 言った瞬間、

 

 両者は同時に、地を蹴った。

 

 刹那の間すら遠く、互いの間合いがゼロを刺す。

 

「飛天御剣流、九頭龍閃!!」

 

 一瞬で放たれる9連撃。

 

 その全てが必殺の一撃となり、絶技の重囲陣を築き上げる。

 

 この攻撃から逃れる事は不可能。

 

 捉えられた者に待っているのは、絶対不可避の死と言う運命。

 

『決まったッ!!』

 

 九頭龍閃を放ちながら、エムアインスは確信する。

 

 既に重囲は完成している。逃れる術は無い。

 

 友哉が例えどのような切り札を持っていたとしても、刹那の後には絶命する運命にあるのだ。

 

 これで、悲願は達成される。

 

 そう思った瞬間、

 

 圧倒的な速度と質量を持って、

 

 それは襲い掛かって来た。

 

「ウオォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 銀の閃光。

 

 エムアインスには、ただそれだけしか見る事ができなかった。

 

 必殺の9連撃、九頭龍の牙も、竜王の一閃の前には無力でしか無かった。

 

 次の瞬間、一体何が起こったのかすら認識できないまま、エムアインスの体は凄まじい衝撃の元に空中に吹き飛ばされ、舞いあがった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その光景を見ていた誰もが、信じられない面持ちであった。

 

 勝負を決する為の、一瞬の交錯。

 

 友哉とエムアインスが、互いに剣を交えたと思った瞬間、

 

 まるで見えない壁に弾き飛ばされたように、エムアインスの体は大きく吹き飛ばされたのだから。

 

 長い飛翔の後に、地面に落着するエムアインス。

 

 まるでボロキレのように満身創痍になり果てたエムアインスの姿に、九十藻やアンガス達ジーサード一派の面々は、唖然として眺める事しかできない。

 

 一方の、仕立屋メンバーも、それは同じである。

 

 この中にいるメンバーの殆どが、一度は友哉と戦った事がある身である。

 

 その友哉が、よもやあのような切り札を隠し持っているとは、思ってもみなかったのである。

 

「どうやら、勝負ありましたね」

 

 その中で1人、泰然としているのは由比彰彦である。

 

 彼はイ・ウー決戦の折り、友哉が使った超神速の抜刀術を一度見ているので、それほどの驚きはなかったのだ。

 

『もっとも、まだ、使いこなすには至っていないみたいですがね』

 

 彰彦が心の中で、そう呟いた瞬間だった。

 

「ゴフッ」

 

 咳き込む音と共に、ビチャビチャと、嫌な音が響いて来た。

 

 見れば、友哉の口元から赤い液体が噴き出しているのが見える。

 

 技の反動に体が耐えられず、衝撃がフィードバックしてしまったのだ。

 

 思わず、片膝を突く友哉。

 

 持っていた刀も取り落とし、どうにか地面に手を突く事で、倒れるのを堪えている。

 

 人智を越えた超神速。未熟な身で使うには、あまりにリスクが大き過ぎたのだ。

 

 その時だった。

 

 ザッ

 

 草を踏む音が聞こえ、振りかえる。

 

 そこには、満身創痍の体で立ち上がるエムアインスの姿があった。

 

 全身から血を噴き出し、動くだけで死ぬような激痛が奔る体。

 

 その体を引きずって、エムアインスは尚も立ちあがる。

 

「・・・・・・・・・ま・・・・・・・・・まだだ」

 

 口から血の泡を吹きながら、エムアインスはうわ言のように呟く。

 

 その足は、よろけるのを堪えながら、地面を這いずるようにして前へと進んで行く。

 

 ただ、その手に持った刀だけは、殆ど本能で握りしめていた。

 

「われ、らの・・・・・・悲願・・・・・・生きる・・・・・・意味を・・・・・・」

 

 最早、自分が何を言っているのかすら、判っていない様子だ。

 

 対して友哉も、近付いて来るエムアインスの姿を見て、尚も戦うべく落とした刀を掴む。

 

 この世に本来、両立する筈の無い2人の飛天の継承者。

 

 その2人は、正に命尽き果てるまで、戦い続けようとしていた。

 

 その時だった。

 

「やらせません」

 

 凛とした声が、エムアインスの行く手を阻む。

 

 そこには、ボロボロの体を厭わず、刀を構えて威嚇する茉莉の姿があった。

 

 茉莉だけでは無い。

 

 陣、瑠香、彩夏。

 

 イクスのメンバー達が、力尽きた友哉を守るように、毅然とエムアインスの前に立ちはだかっていた。

 

「これ以上やるって言うなら、もっかい俺達が相手になるぜ」

「絶対に、行かせないッ」

「ま、やるって言うなら、その命、置いて行ってもらうけどね」

 

 不退転の意思と共に、圧倒的なエムアインスを前に誰1人、一歩も退こうとしない。

 

「みんな・・・・・・・・・・・・」

 

 その光景を、友哉は呆然と眺める。

 

 その瞳には、先程までのように狂気に憑かれた光は宿っていない。いつも通りの、温厚で優しい少年に戻っていた。

 

 立ちはだかる4人を前にして、

 

 それでも前に進もうとするエムアインス。

 

 その時だった。

 

「やめてッ!!」

 

 鋭い、それでいて悲痛な叫びが、戦場に木霊する。

 

 振りかえる一同。

 

 そこには、

 

 紗枝に支えられ、よろばうようにして歩いて来るエムツヴァイの姿があった。

 

「もう、やめて・・・・・・こんな事、する必要ないよ・・・・・・」

 

 涙を流しながら訴えかけるエムツヴァイ。

 

 そして、

 

「・・・・・・そうでしょう・・・・・・お兄ちゃん」

「ッ!?」

 

 その言葉に、

 

 満身創痍のエムアインスは、その場で膝を折って崩れ落ちる。

 

 そして、

 

「う、ウオォォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 男の号泣が、木霊する。

 

 それが、この戦いの終幕を告げる鐘の音となった。

 

 

 

 

 

第9話「皆は一人の為に」      終わり

 


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