緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第6話「強化兵士」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!??」

 

 この世のものとは思えないような絶叫を上げ、地面に倒れ伏してのたうち回るエムツヴァイ。

 

 その様子を、友哉と茉莉は呆然として眺めている。

 

 エムツヴァイは、まるで地獄の責め苦を連想させるほど、断末魔を思わせる悲鳴を上げている。

 

 勝つには勝った。

 

 だが、それがこのような結末になるとは思ってもみなかった。

 

「しっかりして、どうしたのッ!?」

 

 慌てて駆け寄り、抱き起こそうと手を伸ばした。

 

 次の瞬間、

 

「ッ!?」

 

 友哉は思わず、エムツヴァイの体に触れた手を引っ込めた。

 

 体が凄まじい熱を発しているのだ。まるで熱湯その物のように、触れた瞬間、掌に感じた熱量は、思わず火傷するかと思ってしまったほどだ。

 

 意を決し、もう一度手を伸ばす。

 

 今度は慎重に、ゆっくりと手を伸ばす。

 

 触れた瞬間、やはり凄まじい熱を感じるが、友哉は構わず、エムツヴァイを抱き起こした。

 

「しっかりして!!」

 

 大声で呼びかける。

 

 しかし、耳元で怒鳴っても聞こえていないのか、エムツヴァイはイヤイヤをするように首を振るだけで、友哉の声に答えようとしない。

 

 一体、なぜこのような事になったのか。戦っていた友哉にすら、皆目見当がつかなかった。

 

「友哉さん、とにかく早く、病院に連れて行かないと!!」

「そ、そうだね」

 

 茉莉に指摘され、友哉は慌てたように携帯電話を取り出す。

 

 救急車を呼ぼうかと思ったが、すぐに思い直す。状態から察して、尋常でない事は友哉にも判る。そこらの病院に連れて行っても対処は難しいだろう。それに、難しい患者は救急車内で待たされ、病院をたらいまわしにされた揚句、命を落とすケースが頻発している昨今である。普通に救急車を呼んでも、病院に着くまでに何時間かかるか判った物では無い。

 

 ここは、設備が整っていて、尚且つ運が良ければすぐに治療してもらえる武偵病院に連れて行った方が、結果的には早道になる。

 

 そう思い直した友哉は、車輛科(ロジ)から専用の救急車を出してもらおうと、携帯に手を掛けた。

 

 その時、

 

「待てッ」

 

 鋭い声が、友哉の動きを制した。

 

 顔を上げる。

 

 そこには、背中まである長い黒髪をした、長身の男が立っていた。

 

 鋭い眼差しと圧倒的な存在感。だが、同時に穏やかに凪ぐ湖面のような静かさも備えており、まるで聖人のような雰囲気を持っている。

 

 バイザー無しで会うのは、これが初めて。友哉自身、顔を見る事自体、初めてである。

 

 だが、一瞬で判った。

 

 目の前の男が、エムアインスである事に。

 

「緋村、貴様ッ・・・・・・」

 

 倒れているエムツヴァイと、それを抱く友哉の姿を見て、エムアインスは何があったのか、大体の事情を察した。

 

 恐らくエムツヴァイは、ここで友哉と戦い、そして破れたのだ。

 

 今のエムツヴァイの状態は、恐らく使用薬物の禁断症状。恐れていた事態が、ついに起こってしまったのだ。

 

『だから、あれほど言ったのだッ』

 

 心の中で臍を噛む。

 

 こんな事になるなら、セーフハウスを出る時に力づくでも止めておくのだった。

 

 だが、いくら後悔しても、後の祭りである事に変わりはない。

 

 眦を鋭く上げ、エムアインスは友哉を睨みつけた。

 

「ツヴァイを、こちらに渡せ、緋村」

「断るよ」

 

 だが、エムアインスの言葉に対し、友哉は静かに、それでいて力強く撥ねつけた。

 

「貴様ッ」

 

 激昂しかけるエムアインス。

 

 その手は腰の刀に掛かり、セーフティを外しに掛る。

 

 だが、それに対し友哉は、あくまで落ち着いた調子で続ける。

 

「この娘の状態は、素人の僕から見ても危険な状態である事は判る。このままじゃ、命にもかかわる。病院に連れて行かなければならない。一刻も早く」

「だから何だ? 並みの医者じゃ、そいつの体は治せん。見せるだけ、時間の無駄だ」

「じゃあ、君には何か当てがあるの!?」

 

 友哉の叫びに、エムアインスは言葉を詰まらせて黙る。

 

 そこへ、友哉は畳みかけた。

 

「君に、すぐに連れて行ける医者の当てがあるって言うなら、僕は手を引く。どうなの?」

 

 問い掛ける友哉は、エムアインスを容赦なく睨みつける。

 

 それに対してエムアインスは、ただ睨みつけるだけで反論しようとはしない。

 

 生まれて初めて日本と言う国に来たエムアインスである。そんな当て、ある筈が無かった。

 

 今から国外に連れ出すのは、それこそ論外だ。一番早いチャーター機を用意したとしても、間にあわない事は明白だった。

 

 友哉は、一転して穏やかな口調に戻り、再び語りかける。

 

「僕に任せてほしい。この娘は武偵病院に連れて行く。あそこなら設備も整っているし、良い医者の知り合いもいる。決して、悪いようにはしないって、約束するよ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 友哉の申し出に、逡巡するように視線を逸らすエムアインス。

 

 他に選択肢が無いのは判っている。

 

 だが、それでも敵に頼らなくてはならないという現状が、どうしても受け入れ難かった。

 

 ふと、視線がエムツヴァイの顔に注がれる。

 

 苦しそうに呼吸を繰り返すエムツヴァイ。

 

 その表情に、エムアインスも苦渋に顔を満たして口を開いた。

 

「・・・・・・・・・・・・頼む」

「判った」

 

 短いエムアインスの言葉に、色々な物を感じ取った友哉も、真剣な眼差しで頷きを返す。

 

 最後に、エムアインスはエムツヴァイの顔を一瞥すると、その場から風のように去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すぐに車輛科から救急車を呼び、エムツヴァイを学園島にある武偵病院に運び込んだ。

 

 搬送する救急車の中から、友哉と茉莉は、それぞれ陣と瑠香、それに彩夏とワトソンに連絡を入れ、事情を話してすぐに武偵病院に来るように話を付けた。

 

 武偵病院に着いた時、既にエムツヴァイは意識も無く、呼吸も微弱な物になっていた。

 

 すぐに、駆けつけた紗枝とワトソンの手によって、エムツヴァイは集中治療室に運ばれて、必要な処置を施されることになった。

 

 それから3時間。

 

 今だ集中治療室の扉が開かれる事は無かった。

 

「・・・・・・・・・・・・うん・・・・・・うん、判った」

 

 病院の前庭に出た友哉は、そこで携帯電話を取り出してキンジに電話していた。

 

 一応、友哉も簡単な治療を受け、エムツヴァイに斬られた首筋には止血シートを張ってある。もっとも、傷が浅かった事もあり、出血はとっくに止まっていたのだが。

 

 エムツヴァイと交戦した事、彼女を撃破した事を報告する為の電話だったのだが、どうやらキンジの方でも戦局に動きがあったらしい事を知らされた。

 

「・・・・・・なるほど、判った。じゃあ、みんなに怪我はないんだね? ・・・・・・うん、じゃあ・・・あっとそうだ、できれば、落ち着いたら帰りにでもこっちに寄ってくれないかな? ・・・・・・うん、お願いね」

 

 そう言うと、友哉は携帯を閉じた。

 

 こちらも大変だったが、キンジ達も劣らず大変だったらしい事が電話で知らされた。

 

 何でも、ジーフォース、かなめの存在を許容できないバスカービル女子陣が、とうとう白雪を中心になって、彼女に決闘を申し込んだらしい。

 

 彼女達が用いたランバー・ジャックと呼ばれる決闘方法は、決闘者以外の数人が円形に並んで「リング」を形成し、後退や撤退を防止して、ボロボロになるまで戦わせるやり方である。

 

 しかも、リング役の人間は中立である必要はない。決闘者どちらかが著しく人望に欠ける場合、文字通り四面楚歌の状況が作り出されることになる。

 

 言わば、決闘と言うより、吊るし上げと言った方が近い物がある。そして、あれだけ派手に暴れたかなめに味方がいる筈も無かった。

 

 結果は、予想通りと言うべきか、かなめの敗北で終わったらしい。

 

 その後、かなめと一同は、和解する事ができたようだ。

 

 紆余曲折はあったが、雨降って地固まるとなって、何よりである。

 

 一方、こちらはと言えば・・・・・・

 

「・・・・・・『雨降って、土砂崩れ』。そこまで行かないにしても、あんまり良い状況じゃないのは確かだね」

 

 そんな事を呟いていると、背後に誰かが立つ気配があった。

 

「友哉、終わったぞ。姐御が病室まで来てくれってよ」

「判った」

 

 呼びに来た陣に頷きを返すと、友哉は踵を返して病院の中に入って行った。

 

 陣と一緒に病室へと行くと、エムツヴァイが横たわるベッドを囲むように、茉莉、瑠香、彩夏、それに、エムツヴァイの治療に尽力してくれた紗枝とワトソンが立っていた。

 

 搬送前とはうって変わって、エムツヴァイは穏やかな寝顔で目を閉じている。暴れて自分の体を掻き毟る事も、地獄のような絶叫もする事は無い。

 

 ただ、腕には点滴を打たれ、口には人工呼吸器のマスクが装着されている。着ている病院着の下には心電図の電極も取り付けられているらしく、ベッドの傍らには物々しい機械が置かれていた。

 

「どうなんですか、彼女の容体は?」

 

 友哉は紗枝の尋ねる。

 

 表面上は大事無いようにも見えるが、実際はどうなのか執刀医に聞いてみない事には判らなかった。

 

 対して、紗枝は少し言い淀むようにしてから、口を開いた。

 

「・・・・・・・・・・・・結論から、言うわね」

 

 紗枝は躊躇うようにエムツヴァイの顔を見詰めたから、もう一度顔を上げて、重々しく言った。

 

「・・・・・・この娘はもう、恐らく一生、剣を握る事はできないでしょう」

 

 その言葉は、無形のハンマーとなって一同を強かに打ち据えた。

 

 あまりにも重すぎる事実。

 

 あまりにも重すぎる代償。

 

 友哉は、手に持った刀をきつく握りしめる。

 

 自分の剣が、1人の少女の人生を変えてしまった。その事実が、重くのしかかっていた。

 

 紗枝は更に続ける。

 

「リハビリをすれば、普通に生活を送れるくらいには回復するかもしれない。けど、それには多分、何年もの時間が掛るでしょうね」

「元々、彼女の体はヒムラと戦う前からボロボロだったみたいだ」

 

 紗枝の後を引き継ぐように、ワトソンが口を開いた。

 

「・・・・・・どう言う事?」

「調べてみて判ったんだけど、彼女の筋肉や腱、骨には細かいレベルのダメージがかなり蓄積されていた。これは何年にも渡って、無茶な運動をして来た人間に良く見られるパターンだよ。多分、今日ヒムラと戦わなかったとしても、彼女は数年の内には戦う事が出来ない体になっていただろうね」

 

 ワトソンの説明を聞き、友哉はエムツヴァイの、狂気に憑かれたような戦いぶりを思い出していた。

 

 彼女のあの戦い方は、今にして思えば、自分の体調から来る焦りに起因していたのかもしれない。

 

「極めつけは、これだよ」

 

 そう言ってワトソンは、着ている白衣のポケットからピルケースを取り出した。

 

 内部には緑と白で色分けされたカプセル錠剤が入っている。エムツヴァイが戦闘中に服用していた物だ。

 

 薬物関係に明るいワトソン家の人間である彼女に、友哉はピルケースを渡して中身の解析を依頼したのだ。どうやら、その結果も出たらしい。

 

「それは?」

「調べてみたけど、これはとんでも無い代物だよ。覚醒剤をベースにして、神経加速薬、筋増強剤、血流強化薬、プロテイン系の栄養薬など、少なくとも100種類以上の薬物を配合して作られている。中には劇薬も少なくない」

「そんな物飲んで、大丈夫なんですか?」

 

 説明を聞いて唖然とする瑠香が尋ねる。聞いているだけでも、吐き気がしてきそうな内容なのだ。

 

 対してワトソンは、溜息交じりに首を振る。

 

「大丈夫な訳が無いよ。普通の人間なら、1錠飲むだけでも命に関わるような薬だろうね」

「だが、この女は大量に飲んでも、暫くは平気だった訳だ。こいつはどう言う事なんだ?」

 

 陣の問いは、一同が共有する所である。そんな薬を、口から溢れるほど飲んで、なぜエムツヴァイは無事だったのか。

 

「それに関しては、あたしから説明するわ」

 

 そう言って口を開いたのは彩夏だった。

 

「頼んだ事の、調べはついたのかい?」

「ええ。詳しい事はまだだけど、大雑把な所は先行して送ってよこしたわ」

 

 ワトソンの問いに頷くと、彩夏は書類を取り出して一同に示した。

 

「ジーサード達の出現を受けて、リバティ・メイソンの本部グランド・ロッジに調査を依頼したの。まだ途中みたいだけど、今回、中間報告みたいな形で、一部の資料を送って来たわ」

 

 そう言って差し出された資料を一同が覗き込むが、

 

 生憎、英文で書かれている為、読めるのはワトソンと彩夏、そして医療関係で英語の勉強もしている紗枝だけだった。

 

 仕方なく、重要な部分を彩夏がピックアップして説明する事になった。

 

「これによると、アメリカに『ロスアラモス』って呼ばれる研究機関で作られた『人工天才(ジニオン)』って呼ばれる存在。それが彼等らしいの」

人工天才(ジニオン)・・・・・・」

 

 聞き慣れない名前である。字面から察するに何らかのエキスパートを、人の手で作り出す事だとは推察できるが。

 

 ロスアラモスと言われて連想するのは、第二次世界大戦中、世界で初めて核爆弾の製造に成功した研究所がある事で有名である。広島、長崎に投下された原爆も、このロスアラモスで製造された物である。

 

 同じ研究機関なのか、それとも名前だけ同じで、別の研究機関なのかは判らないが。

 

「ジーサードは、人工的に作り出した天才の1人だと言う話よ。彼等の事は『ロスアラモス・エリート』って呼ばれている」

「じゃあ、こいつらも、その、ロスなんたらって奴なのか?」

 

 陣が、眠っているエムツヴァイを見ながら尋ねる。

 

 確かに、話の筋から考えれば、そう言う風に解釈できるのだが、

 

「ところが、そうとも言い切れないみたいなの」

 

 彩夏は、少し困ったような口調で言った。

 

「どう言う事?」

「本部が調べた限りでは、人工天才(ジニオン)の中に『M』の開発コードを持つ製造番号は見当たらないのよ」

 

 彩夏が、そう答えた時だった。

 

「それは当り前だよ。だって、アインスとツヴァイは人工天才(ジニオン)じゃないんだもん」

 

 突然、割って入るように聞こえてきた言葉。

 

 振りかえる一同の目に、病室に入って来るジーフォース、遠山かなめとキンジの姿が映った。

 

 どうやら、ランバー・ジャックを終えて、その足でこちらに来てくれたらしい。

 

「かなめ、今のはどう言う事? エムアインスとエムツヴァイが人工天才じゃないって・・・・・・」

「言った通りだよ」

 

 友哉の質問に答えながら、かなめはベッドに眠るエムツヴァイの傍らに歩み寄った。

 

 その視線に映る、変わり果てた友人の姿。

 

 その様子をかなめは、少し悲しそうな目で見つめている。

 

「・・・・・・あ~あ、こんなになっちゃって。だから、みんなでやめろって言ったのに」

 

 言いながら、かなめの手がエムツヴァイの栗色の髪を優しく撫でる。

 

「かなめ、聞かせてくれ。人工天才じゃないなら、こいつ等は一体、何なんだ?」

 

 キンジが問い掛けると、かなめは手を止めて顔を上げた。

 

強化兵士(ストレンジ・ソルジャー)人工天才(ジニオン)みたいに、一から天才を作るんじゃ無く、才能を持った人間にあらゆる強化措置を施して、人工天才よりも低コストで、同等以上の戦力にする。人工天才と同時期にロスアラモスで進められていた計画の1つだよ」

 

 成程、と友哉は頷いた。

 

 つまり、同じロスアラモス内でも、人工天才(ジニオン)を研究するセクションと、強化兵士(ストレンジ・ソルジャー)を研究するセクションは、それぞれ独立した部署として扱われていたのだろう。

 

 リバティ・メイソンがエムアインス達の事を調べきれなかったのは恐らく、人工天才の方にばかり調査の目が行き、強化兵士の存在は失念されていた為だろう。

 

「最終的には、ロスアラモスの研究者達は、人工天才と強化兵士を兵器コンペみたいに戦わせて、どちらが優秀か競わせる予定だったの」

「でも、そうはならなかった訳だよね。それはなぜ?」

 

 もし、そうなっていたら、現時点でジーサードとエムアインスが同時に存在している事はおかしいと言う事になる。実際に兵器コンペが行われていた場合、どちらかが死亡している筈だからである。

 

「それは、強化兵士を開発するセクションが、非人道的なやり方で素体集めをしていたことが判ったから。あいつらは関係者を皆殺しにして、ターゲットを浚って来ていたの。それだけじゃない。研究も非人道的な物ばかりだって事が判って。それで、強化兵士を研究するセクションは凍結されてしまったの」

 

 言ってから、かなめは視線をエムツヴァイへ戻した。

 

「ツヴァイも、そうやって浚われてきた子の1人だよ。聞いた話なんだけど、アインスとツヴァイは、元々、本当の兄妹なんだって。前に、アインスがポロッと話してたのを聞いたの。けど、ツヴァイは研究所にいた頃の人体実験に耐えられなくて、記憶を失くしてしまったって」

「じゃあ、エムアインスは?」

「アインスは、そこら辺は大丈夫だったみたい。けど、昔の事とか、あんまりしゃべらなかったから」

 

 これで、大体の事が見えてきた気がする。

 

 彼女は強化兵士の1人として「改造」され、あれだけの戦闘力を得るに至ったのだろう。だが、その代償として、体中が飛天御剣流の技の反動に耐えきれず、ボロボロになって行ったのだ。

 

 恐らく、エムツヴァイが使っていた薬は、ロスアラモスが研究開発していたものだろう。身体能力を一時的に強化する事を目的とした薬なのだ。

 

 本来のエムツヴァイなら、あのような薬を使わずとも、大抵の敵は圧倒できた筈。だが、友哉と言う強敵を前にした時、自力では敵わないと考えたエムツヴァイは、手を出してしまう。禁忌の扉へと。

 

「でも、まだ判らない事があります」

 

 茉莉が自分の中にある疑問を口にした。

 

「どうして、この人達は飛天御剣流を使う事ができたのでしょう? 飛天御剣流を使う事ができるのは、友哉さんだけの筈じゃ・・・・・・」

 

 飛天御剣流は、1代に1人限り。確かにその筈である。

 

「その事なんだけど、ちょっと気になる物を見付けたんだ」

 

 友哉はそう言うと、足元に置いておいたバックから1冊の文献を取り出した。

 

 その文献の表紙には、こう書かれていた。

 

《日記            緋村剣心》

 

 その文字に、茉莉達は首を傾げた。

 

「剣、心? ・・・・・・いつもの・・・あの『緋村剣路』って人じゃないんですね」

「緋村剣心は、緋村剣路の父親で、緋村家の初代当主だった人だよ」

「初代当主って事は・・・・・・じゃあッ!?」

 

 驚いた瑠香の声に、友哉は神妙な顔で頷きを返す。

 

「そう。言い伝えでは、彼こそが『人斬り抜刀斎』本人だったって言われているんだ」

 

 言いながら、友哉は古ぼけた頁をパラパラとめくって行く。

 

 幕末最強と謳われた維新志士が書き残した日記が、時代を越えて、その子孫達の道行きに標を示そうとしていた。

 

「ちょっと、ここ見てくれないかな」

 

 促されて、キンジ、陣、茉莉、紗枝、ワトソン、彩夏、瑠香、かなめが一斉に覗き込んだ。

 

 一同の視線が、友哉が指し示した文を追い掛ける。

 

 古ぼけた紙に、墨で書かれた文字は殆ど読む事ができない。しかし、辛うじて判別できる部分は、こう綴られていた。

 

《全く持って、世に天才と呼ばれる者がいるとすれば、それは天草翔伍のような存在を言うのだろう。彼が真の継承者であったならば、拙者などよりも上手に、飛天御剣流を使いこなしたであろう事は疑いない。彼に比べたら、拙者など、及びも・・・・・・》

 

 後は掠れて読めなかった。

 

「天草翔伍・・・・・・」

「少なくとも、緋村剣心が存命だった時期に、飛天御剣流の使い手が2人いた事は間違いないみたいだ」

「じゃあ、」

 

 彩夏が、エムツヴァイの顔を見て言った。

 

「この娘達は、その天草翔伍って人の子孫、って事になるの?」

「それは判らない。けど、緋村家も幕末の時代から、現代に至るまで続いて来たんだ。天草翔伍の子孫も、どこかで生きていて、彼等が飛天御剣流を代々継承してきたとしても、おかしくはないんじゃないかな」

 

 天草翔伍が子孫達に飛天御剣流を伝え、その連綿と受け継がれてきた血統と技に目を付けたロスアラモスの研究員達が、その子孫達を拉致して強化兵士(ストレンジ・ソルジャー)とすべく、人体実験を繰り返した。その結果、生まれたのがエムアインスとエムツヴァイだとすれば、一応の筋道は立ったような気がした。

 

 だとすれば、文献を見る事で技を再現している友哉よりも、エムアインスの方が飛天御剣流の完成度は高い事になる。現にエムアインスは、九頭龍閃と言う、友哉も知らない技を使って来たのだ。その可能性は高かった。

 

「しっかしよぉ・・・・・・」

 

 陣が緋村剣心の日記を見ながら、呆れ気味に口を開いた。

 

「ちょいと思ったんだが、こいつ・・・・・・」

「おろ?」

 

 陣はのろのろと顔を上げて言った。

 

「すっげぇ、字、汚ェな」

 

 陣の言葉に、友哉も苦笑しながら目を泳がせる。本当は、友哉も、ちょっとだけ思っていた事である。

 

 とは言え、一応、先祖が書いた物である。フォローくらいはしておいたかねば、緋村家の沽券にも関わる。

 

「それは、ほら、結構年代が経ってるから、劣化が激しいんじゃないかな?」

「いや、そんなレベルじゃないだろ、これ」

 

 友哉の言葉は、即座にキンジによって否定されてしまう。

 

「確かに、ちょっと読みにくいと言うか・・・・・・」

「これなんか、何て読むのかしら?」

「記号・・・・・・いや、何かの暗号なのかな?」

「昔の日本語はあまり詳しくないんだけど、流石にこれはちょっと・・・・・・」

「非合理的だね~」

「すみません友哉さん。流石にフォローできません」

 

 彩夏、紗枝、瑠香、ワトソン、かなめ、茉莉にまで立て続けにボロクソに言われ、地味に傷付く友哉。

 

 きっと、緋村剣心も草葉の陰で泣いてるんだろうな~、などとどうでも良い事を考えつつ、夜も更けていくのだった。

 

 

 

 

 

第6話「強化兵士」      終わり

 


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