緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第5話「リヴェンジ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘用に造られた、体にフィットする黒いアンダースーツを着込み、その上から軽量のプロテクターを装着する。

 

 大事な戦闘前である。一応、具合を確かめる。

 

 異常は無い。これなら、全力を発揮しても構わないだろう。

 

 バイザーと一体となったヘッドギアを取り、頭にかぶる。

 

 戦闘機のヘッド・アップ・ディスプレイと同じ機能を持たせたこのヘッドギアは、戦場の情報を視覚的に伝えて、戦闘をサポートしてくれる。特に、高速戦闘を基本とする飛天御剣流にとっては欠かせない装備だ。

 

 最後に、ベッドの上に置いてある刀を取った。

 

 鞘と拵えは近未来的で鋭角的なデザインであり、SF映画に出て来る武器のような印象も受ける。

 

 しかし、鞘に収まった刀身は、まぎれも無く日本刀の物であり、長年使用して、慣れ親しんだ愛刀が収まっていた。

 

 ロックを外し、僅かに刀身を抜いて見る。

 

 一点の曇りも無い、鋭いまでの銀の輝き。

 

 頼もしい光が、視界の中で瞬いた。

 

 エムツヴァイは、そっと目を細めた。

 

 長年に渡り、幾多の戦場を共に渡り歩いて来た、相棒とも言うべき刀。

 

 この刀がある限り、誰にも負けないと言う自信がエムツヴァイにはあった。

 

 そう、それがたとえ、飛天御剣流の真の継承者であったとしても。

 

 刀を鞘に収め、腰のホルダーに差す。

 

 これで、準備は完了だ。後は出撃するだけである。

 

 立ち上がり、部屋を出ようとした。

 

 その時、

 

「何処へ行くつもりだ?」

 

 行く手を遮るように、エムアインスがこちらを睨みつけていた。

 

 聖人のような穏やかな顔は、厳しく顰め、不遜な行動を取るエムツヴァイを咎めているのが判る。

 

 だが、エムツヴァイは臆した様子も無く、バイザー越しに睨み返す。

 

「今更、それを聞きますか? 決まっているじゃないですか。彼の所に行くのですよ」

 

 蔑みすら籠った口調で、エムツヴァイは告げる。

 

 彼、と言うのが緋村友哉の事を差しているのは、今更考えるまでも無いだろう。問題なのは、そのような事をエムアインスは命じていないと言う事だった。

 

「武装を解け、ツヴァイ。出撃は許可しない」

「どうしてですかッ!?」

 

 静かな口調のエムアインスに対し、エムツヴァイは激昂で応じる。

 

 今の彼女には、エムアインスの慎重すぎる態度には苛立ちを通り過ぎて怒りすら覚えていた。

 

「なぜ、許可してくれないんですかッ!?」

「状況を考えろ。もう俺達に奇襲の目は無いんだぞ」

 

 同じ敵に奇襲が有効なのは1回のみ。2度目は無い。

 

 次の戦いの時は、前回ほど楽にはいかないだろうとエムアインスは予想している。

 

 だが、

 

「それが何ですかッ?」

 

 はねつけるように、エムツヴァイは言った。

 

「奇襲なんかしなくても、正々堂々と戦えば良いだけです。それで勝てば文句は無いでしょう」

「勝てば、な」

 

 エムアインスの言葉に皮肉めいた物を感じ、エムツヴァイはムッと顔を顰めた。

 

「忘れるな。前回の時は、敵は分散していたのに対し、俺達は戦力を集中させる事ができた。だが、今は俺達が分散している状態にあると言う事を」

 

 戦力は集中して運用してこそ真価を発揮する。戦争における鉄則である。戦力を小出しにする事は、「所要に満たぬ兵力の逐次投入」に繋がり、各個撃破の対象にもなる。

 

 では、今の自分達はどうか?

 

 ジーサードは海外、ジーフォースは学園島、この場にいるエムアインスとエムツヴァイは意見が分かれている。完全に戦力が分散している状態だった。

 

「そんな事は関係ありません。敵が何人だろうが、私1人でなぎ倒して見せますッ」

「それだけじゃない」

 

 エムアインスは強い口調で言い放ち、エムツヴァイを真っ直ぐに見据えた。

 

「お前の体の事もある」

「ッ!?」

 

 エムアインスの言葉に、思わずエムツヴァイは息を呑んだ。

 

「俺が気付かないとでも思っているのか?」

「な、何を言って・・・・・・」

「お前の体は、もうボロボロだ。限界も近い。これ以上戦えば、命にかかわるぞ」

 

 度重なる肉体改造と、大量の薬物投与、過酷な訓練、休みの無い実戦投入。

 

 それらがエムツヴァイの体に、かなりの負担になっている事は明らかであった。

 

「悪い事は言わない。戦線を離脱しろ、ツヴァイ」

「・・・・・・・・・・・・」

「緋村とは俺が戦う。俺達の悲願は俺が必ず達成する。お前は待っていてくれれば、それで良い」

 

 静かに、諭すように言いながら、エムツヴァイの肩に手を置く。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・さい」

「何?」

「うるさいッ!!」

 

 叩きつけるように、エムツヴァイは叫ぶ。

 

 それは最早、1人の戦士と言うよりも、聞き分けのない子供のような仕草だった。

 

「言う事を聞くんだ、ツヴァイ!!」

「うるさいッ うるさいッ」

「ツヴァイ!!」

「うるさいッ 私を、その名で呼ぶな!!」

 

 栗色の髪を振り乱し、エムツヴァイは叫んだ。

 

「お前・・・・・・」

 

 呆然として声も出ないエムアインスを、エムツヴァイは血走った目で睨みつける。

 

「私は、そんな名前じゃないッ!! 私は・・・・・・私は・・・・・・わた、しは・・・・・・」

 

 頭に手を当てて、あとじさるエムツヴァイ。

 

 その瞳は、驚愕したように見開かれている。

 

「わた、しは・・・・・・私・・・・・・は・・・・・・」

 

 うわ言のように呟きながら、顔を上げ、視線をエムアインスに向ける。

 

「私って・・・・・・誰?」

「・・・・・・お前は」

 

 そう言って、エムアインスが手を伸ばしかけた、その時、

 

 エムツヴァイは脱兎のように跳ね起き、エムアインスを突き飛ばす形で部屋の外へと駆けだす。

 

 とっさの事でエムアインスも、立っている事ができずに床に座り込む。

 

 振り返った時には、既にエムツヴァイの姿は無かった。

 

 後には、床に座り込んだままのエムアインスだけが、室内に残された。

 

 やがて、呆然としたまま、その口が僅かに動いた。

 

「・・・・・・・・・・・・理沙」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 150年以上の長きにわたって積もり積もった物を取り除くには、相応の労力が必要である。

 

 黴くさいにおいに包まれながら、友哉はそんな事を考えている。

 

「エホッ エホッ ちょっと友哉君。少しは掃除くらいしようよ」

「瑠香さん、これ、そっちにお願いします」

 

 作業を手伝ってくれている瑠香と茉莉も、舞い上がる埃に辟易していた。

 

 積もり積もった埃に塗れながら、3人は天井近くまである文献の量に嘆息する。

 

 何しろ、江戸時代から長く保管されていた文献の数々だ。その数は半端な物では無い。

 

 ここは友哉の実家の片隅に、古くからある土蔵の中。

 

 友哉は土日の連休を利用して実家に帰省していた

 

 目的は、蔵の中に保管されている文献を、もう一度調べ直す事。

 

 調べたい事は2つである。1つは、本来なら時代毎に1人しか継承者が現われない筈の飛天御剣流の使い手が、なぜ今代では3人いるのか、と言う事。彼等がどこで飛天御剣流を学んだのか、その手掛かりが欲しかった。

 

 もう一つは、エムアインスが使った九頭龍閃について。あれが正式に飛天御剣流の技なら、この文献の山の中に、何かしらの情報が埋まっている可能性は高い。

 

 あの高速斬撃から生み出される破壊力は驚異的と言って良いだろう。友哉は、もしかしたら、あの技こそが飛天御剣流の奥義なのかもしれないと考えていた。

 

 エムアインス達は、必ずもう一度仕掛けて来る。と友哉は睨んでいる。彼等の目的が友哉を倒す事にあるなら、間違いないだろう。

 

 それまでに、できれば同じ技を使えるようになることが望ましいが、それが無理なら、せめて対抗手段が欲しい所であった。

 

 今まで、飛天御剣流の技を再現するに当たって、先祖である緋村剣路の備忘録、つまり日記の類を参考にして来た。

 

 だから、この中に何らかの情報があると思うのだが。

 

「だぁ~~~~~~」

 

 瑠香はガバッと、床に身を投げ出し、だらしなく大の字に寝転がった。

 

「見つからない、て言うか、本当にこん中にある訳?」

 

 瑠香が苛立つのも無理は無い。

 

 何しろ、昨日から掛かって、まだ10分の1も終わっていない有様だ。こんな調子でやっていたら、全部調べるのに1カ月くらいかかる事だろう。

 

 しかも、江戸時代からの文献である為、お世辞にも保存状態が良いとは言えない。

 

 虫食いや紙の傷みがひどく、触っただけで破れてしまう物まである。

 

 友哉は改めて、棚の上に高く積み上げられた本の山を見上げる。

 

 本当に必要なのは、この中の100分の1にも満たないだろう。それを見付けだすのは至難の業である。

 

 だが、いつまた襲撃を受けるとも判らない状況で、手をこまねいている事は出来なかった。僅かでも希望があるのなら、そこに賭けるべきだろう。

 

 そんな訳で友哉は、土日の休みを利用して、わざわざ家に戻り、朝から晩まで古ぼけた文献あさりをしている訳である。

 

 当初、友哉は1人で戻るつもりだったのだが、瑠香が「面白そうだから、あたしも行く」と言いだして、そうなると、今度は(主に食事関係から)茉莉を残して行く訳にもいかず、彼女も連れて行く事になり、結局3人で来た訳である。

 

 因みに、陣は「んな面倒クセェことやってられっかよ」と言って、付き合わなかった。

 

 その時、蔵の入口に人の気配が近付くのを感じた。

 

「みんな、御苦労さま。お茶入れたから、一息入れなさい」

 

 友哉の母親である緋村雪絵が、そう言って3人に声を掛けて来た。

 

 突然の帰宅だったが、雪絵も、父親の誠治も、快く3人を迎えてくれた。

 

 因みに誠治は今、仕事で会社に行っている。緋村道場の師範である誠治だが、流石に町の剣道道場だけで生計を立てて行ける世の中では無いのだ。

 

 好意に甘える形で、3人は作業を一時中断して、母屋の方へと戻った。

 

 友哉達はテーブルに着くと、自分のお茶が入った湯のみを取って、中にある熱いお茶を飲み下して行く。

 

 3人とも、精神的な疲労が色濃く出ている。

 

 何しろ、作業は朝から続けていたのだから。

 

 これで、何らかの成果が上がっているのなら、まだ多少は気が晴れるのかもしれないが、見つかった資料は悉く、目的とは関係の無い物ばかりであり、全ての作業が徒労に終わっていた。

 

「まあ、この手の作業は根気が大事だから」

 

 そう言って、友哉も力無く苦笑する。

 

 彼自身、飛天御剣流と言う、自分の先祖が使っていた流派の事を知り、そしてその詳細を調べるのに長い年月を要した。

 

 しかも、友哉自身、まだ飛天御剣流の全てを知っているとは言い難い。現に、九頭龍閃と言う、友哉が全く知らなかった技の使い手まで現われているのだ。

 

 まことに、その奥深さは底知らずと言った感じである。

 

 雪絵が淹れてくれたお茶を飲む事で、ようやく人心地つく事ができた3人は。昼も近いと言う事もあり、取り敢えず作業は一時中断と言う流れになった。

 

 その間、友哉は集めた資料をもう一度見直し、瑠香は携帯電話を出して何やら、友人とメールのやり取りを始めていた。

 

 茉莉は3人分の湯呑みをお盆に乗せ、台所へと運んで行った。

 

 茉莉が緋村家に来るのは、今回が初めての事である。

 

 広い敷地と和風の家造りを残した緋村家は、どこか落ち着きのある雰囲気を持っている。神社で育ったと言う事もあり、茉莉はこう言う家の雰囲気がとても好きだった。

 

「すみません、湯呑み、下げてきました」

「あぁ、ありがとう。そこに置いておいて」

 

 昼食の準備をしていた雪絵は、笑顔でそう言って流し台を指し示す。

 

「ごめんね、お休みの日なのに、わざわざ友哉の我儘に付き合ってもらっちゃって」

「いえ・・・・・・」

 

 雪絵の言葉に茉莉は、湯呑みを流し台におきながら恐縮する。

 

 彼女としては、片思いしている友哉の為に、少しでも役に立てるなら、この程度は苦労の内には入らないと思っていた。

 

「友哉さんには、日ごろから色々とお世話になっていますから。これくらいは何でもありません」

 

 とは言え、思い人の母親に、あまり生々しい事を言う事は憚られる為、無難にそう言って、お茶を濁しておく。

 

 茉莉が雪絵と会うのも、今回が初めての事であるが、会ったその日の内に、雪絵は茉莉の事を気に入り、瑠香と2人して、あれこれと可愛がっていた。

 

 何しろ、母親である雪絵の目から見ても、友哉は「鈍感、暢気、朴念仁」を地で行っている。そんな友哉が、少なくとも小学生を卒業して以降、瑠香と彩以外で初めて家に連れて来た女の子が茉莉である。気に入らない訳が無かった。

 

 一方の茉莉も、幼い頃から父親と2人暮らしであった為、「母親」と言う存在に、一種の憧れと言う物を持っていた。一応、近所の高橋のおばさんが色々と面倒を見てくれてはいたのだが、やはり母親と言うのとは少し違う気がしていた。

 

 そんな訳で、茉莉の方でも割とすぐに、雪絵と打ち解けて会話が弾むようになっていた。

 

「茉莉ちゃんは友哉のクラスメイトなんですってね、どう、あの子の学校での様子は?」

「様子、ですか?」

 

 質問に対し、茉莉はキョトンとした視線を返す。

 

 一瞬、何と答えれば良いのか迷っている内に、雪絵の方が改めて質問を重ねて来た。

 

「何か、変な事とかしていない? あの子、自分ではまともな事やってるつもりなんだろうけど、あれで結構抜けているところが多いから」

 

 そう言って、溜息をつく。

 

 母親として17年間見続けてきた息子である。きっと、今までそれなりの気苦労があったのだろう。

 

「はあ、まあ・・・・・・」

 

 何とも答えにくい質問に、茉莉は曖昧な返事を返す。

 

 何しろついこの間、重傷の身で病院を抜け出し、無茶な訓練をしようとしていた事は記憶に新しい。

 

 それ以外にも、他人の事となると、我が身を投げ出してまで護ろうとするし、翻って自分の事では、命を削っているのでは、と思えるほど過酷な訓練を毎日のように繰り返している。

 

 正直、ここまで「自分」と言う物に無頓着になれる人間も、珍しいのではないだろうか。

 

 そんな茉莉の反応に、大体の事情を察したらしい雪絵は、深々と溜息をつき、次いで、茉莉に微笑みかけた。

 

「茉莉ちゃん、あんなふうに、ちょっと抜けているところがある子だけど、これからも宜しくね」

「は・・・・・・」

 

 頷こうとして、声を止める茉莉。

 

 今の言葉、聞きようによっては「息子を貰ってください」と言う風に聞こえない事も無い。

 

 その事に思い至り、茉莉は頬を赤く染めて視線を逸らした。

 

「そ、そんな、まだ告白もしていないのに、気が早すぎます・・・・・・」

「ん、どうかしたの?」

 

 突然俯いた茉莉に、雪絵は怪訝な視線を向ける。

 

 雪絵としては、「これからも、友哉を助けてやってほしい」と言う意味で言った言葉だったのだが、目の前の少女は盛大に勘違いしてしまっていた。

 

「・・・・・・・・・・・・あぁ」

 

 自分の言葉を思い出し、何やら思い至ったらしい雪絵は、ポンと手を叩いた。

 

 と、同時に呆れ気味の可笑しさが込み上げて来るのを止められなかった。

 

 我が息子はあれだけ鈍感であると言うのに、それを慕う少女は随分と多いものである。

 

 雪絵は一応、瑠香の思いにも気付いている。

 

 瑠香が東京武偵校を受験すると、彼女の母、茜から電話で聞かされた時にピンと来たのだ。

 

 だから、瑠香が友哉を好きなのは前から気付いていたが、まさか目の前の少女まで、思いを同じにしていたとは思わなかった。

 

『我が子ながら、随分と罪作りね・・・・・・』

 

 そう、心の中で苦笑する。

 

 目の前の茉莉は、尚も顔を赤くしたまま、恥ずかしそうに俯いている。

 

 今更、間違いを指摘してやるのは可哀そうだと思った雪絵は、代わりに彼女の肩を叩いて言った。

 

「がんばってね」

「は、はい?」

 

 目を丸くした茉莉は、上ずった声で返事をする。

 

 そんな少女の様子を、雪絵は微笑ましく見詰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼食のそばを食べ終えた3人は、午後から再び蔵に籠って文献あさりに没頭した。

 

 しかし、予想した事ではあるが、やはりめぼしい物が見つからないまま、ただ時間だけが空費されていく4。

 

 手に取った文献は全て、関係の無いものばかりであり、ただただ徒労感だけが、読んだ本の数だけ積み重ねられる結果となった。

 

 だが、地道な作業を積み重ねる事、3時間。

 

 友哉はある人物の日記の一節を読んでいて、ふと目を止めた。

 

「これは・・・・・・・・・・・・」

「友哉君?」

 

 傍らで、ダレ気味に文献のページを捲っていた瑠香が、顔を上げて友哉を見る。

 

 それに答えず、友哉は手の中の文章を丁寧に追って行く。

 

 確証と言うほどではない。だが・・・・・・・・・・・・

 

 その時、蔵の入り口から雪絵が入ってきた。

 

「ちょっと友哉。悪いんだけどあなた、茉莉ちゃん連れて、夕飯の買い物に行って来てくれない」

「おろ?」

 

 文献から目を上げた友哉は、驚いたような瞳で母を見る。

 

「良いけど、どうして僕が?」

「あたしは、これから夕飯の準備するけど、瑠香ちゃんには手伝ってもらいたいから。茉莉ちゃん1人だと、この辺に詳しくないでしょ。だから、あなたがついて行ってあげて」

 

 暗に、働かないなら食うな。と言っている事が、長年この女性の息子をやっている友哉には判る。下手に言い訳したり、さぼったりしたら、本当に夕食抜きにされかねない。

 

 確かに、料理をするなら瑠香に手伝わせた方が、効率は良いだろう。翻って、茉莉がそっち方面を手伝ったりしたら、本気で今晩の内に食中毒で全員病院送りになりかねないだろう。

 

 折角、手がかりになりそうな物を見付けたばかりで、これからという所だが、そう言う事なら仕方が無かった。

 

「判った。で、何買って来れば良いの?」

「これに書いといたから、持って行って」

 

 そう言って、買い物用のエコバックと、メモ用紙を渡して来た。

 

 友哉はコートを羽織ると、竹刀袋に入れてある逆刃刀を手に取った。

 

「茉莉ちゃん。今晩は御馳走にするから、楽しみに待っててね」

「はい、判りました」

 

 茉莉は頷くと、先に外に出た友哉に追いつく。

 

「それで、どこでお買い物を?」

「この近くにスーパーがあった筈だけど。あそこ、まだ潰れてないよね」

 

 言いながら、茉莉は友哉を伴って歩き出す。

 

 雪絵の料理がおいしい事は、友哉自身、子供の頃から食べ親しんで知っている。多分、明日には友哉達が武偵校に戻ると伝えてあるので、気合を入れて料理を作るつもりだ。瑠香を手伝わせるのも、その為だろう。

 

 今晩の食事は、期待できそうだった。

 

 

 

 

 

 緋村家の近くにあるスーパーマーケットは、友哉が子供の頃からある古ぼけた建物であり、品ぞろえの方もお世辞にもいいとは言い難い。

 

 しかし、半分傾いているような店舗は、まだ辛うじてだが余喘を保っていた。

 

 首尾よく、指示された食材を買い終え、帰宅の途に就いた2人。

 

 だが、ある場所まで来た時、ふと、友哉は足を止めた。

 

「茉莉、ちょっと時間あるから、寄り道して行かない?」

「どうしたんですか、友哉さん?」

 

 尋ねる茉莉に、意味ありげに微笑みかけると、友哉は方向を変えて歩き出した。

 

 訝りながらも、その後について行く茉莉。

 

 友哉が向かった先にあったのは、古ぼけた神社だった。

 

 神社と言っても、茉莉の実家のような大きな物では無く、せいぜい鳥居と小さな社があるだけで、神主も住み込んでいる訳ではない。

 

 友哉は迷うことなく敷地に入ると、懐かしそうに社を見上げた。

 

「ここは?」

「昔の遊び場。そっか・・・まだ、残ってたんだ」

 

 友哉に倣うように、茉莉は社を見上げる。

 

 管理する神主が杜撰なのか、あちこちに痛みが激しいのが見て取れる。軒下には蜘蛛の巣まで張ってあった。

 

 正直、神社の巫女である茉莉には、見るに堪えない光景である。

 

 だが、友哉は懐かしむように、微笑を浮かべて見上げている。

 

「ここで、子供の頃、友哉さんは遊んでいたんですか?」

「うん。この辺も、子供が遊べる場所って少なかったから、近所の子は大抵、ここに来て遊んでいたね」

 

 ここで昔、彩や、その他の友人達と、鬼ごっこやかくれんぼをして遊んだのを覚えている。

 

 本当に、懐かしかった。

 

 あの当時の友人達とは、もう殆ど連絡を取っていないが、きっと今も元気にやっているのだろうと思っている。

 

「ちょっと、残念です」

 

 茉莉は悪戯っぽく微笑みながら、友哉を覗き込む。

 

「おろ、何が?」

「その頃の友哉さんと一緒に遊べなかった事が、です。きっと楽しかったでしょうね」

「・・・・・・そうだね」

 

 あの頃、茉莉と一緒にいれたら、

 

 彼女に対する気持ちは、今とは違う物になっていただろうか、と友哉は心の中で考え込む。

 

 きっと変わらない。例えどんな人生を歩んで来たとしても、自分はきっと、茉莉の事を好きになっただろう。

 

 心の内に、友哉は確信めいた物を灯した。

 

「さて、あまり遅くなったら、母さん達が心配するだろうから、そろそろ行こうか」

「そうですね」

 

 子供の頃の友哉の思い出の場所。

 

 そこに一緒に立てた事で、茉莉は時を越えて、友哉と繋がりを持てたような気がした。

 

 家路につこうと、踵を返す友哉。

 

 そこで、

 

 動きを止めた。

 

「友哉さん?」

 

 怪訝な面持で、友哉の背中を見詰める茉莉は、友哉の視線を追うように首を巡らせる。

 

 その視線の先、境内の中央付近に、

 

 完全武装のエムツヴァイが、待ち構えるように立っていたのだ。

 

「ッ!?」

 

 思わず、息を飲む茉莉。

 

 だが、その茉莉を、友哉は片手を上げて制した。

 

「何の用かな?」

 

 緊張の混じった声で尋ねる友哉。

 

 この質問には、意味は無い。

 

 この場にエムツヴァイが現われた事は予想外だったが、その目的は1つしかないだろう事は疑うべくもない。

 

 友哉としても、一種の儀礼的な意味合いで聞いたような物だ。

 

「今更、それを聞くんですか?」

 

 案の定、エムツヴァイの返事も素っ気ない。語るのもばかばかしいと言った風情だ。

 

「やはり、あの時に殺しておくべきだったんです」

 

 言いながら、エムツヴァイの手は腰の刀に伸びる。

 

 近代的な拵えに対し、アンバランスなほど、古風で優美な日本刀が姿を現わした。

 

 その切っ先を、真っ直ぐに友哉へと向けるエムツヴァイ。

 

 抜き放たれた刀身が、夕闇に反射して剣呑な輝きを発している。

 

「だから、今度こそ、ここであなたの命をもらいうけますッ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 宣誓するような、エムツヴァイの言葉。

 

 もはや、対決は不可避な物となりつつある。

 

 彼女がここに来た時点で、是非も無い事であった。

 

「君1人? エムアインスはどうしたの?」

「あなた如きを殺すのに、私1人いれば充分です」

 

 エムツヴァイは、事も無げ言い捨てる。

 

 何度戦っても、自分が負ける筈が無い。その自信が全身から溢れているのが判る。

 

 先の戦いで圧勝した事が、彼女にとって絶対の自信となって現われていた。

 

 その言葉を聞いて、友哉は茉莉に振り返る。

 

「茉莉、ここは・・・・・・」

「・・・判りました」

 

 友哉の言葉の前半部分だけで全てを察し、茉莉は頷きを返した。

 

 ここは手を出さないでほしい。友哉がそう言いたいのを、茉莉は察したのだ。

 

 ただし、万が一、友哉が倒れた時に備え、スカートの下のブローニングをいつでも抜けるように、準備だけは怠らないつもりだった。

 

 社の階段を降り、エムツヴァイと対峙する友哉。

 

 同時に、竹刀袋の紐を解き、中から逆刃刀を取り出して腰のホルダーに差し込んだ。

 

 刀を正眼に構えたエムツヴァイに対し、納刀したまま、鯉口を切る友哉。

 

 次の瞬間、

 

 両者は、ほぼ同時に地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇が迫る大気を切り裂いて、2人の影は疾走する。

 

 互いの速度は神速。

 

 間合いは、1秒と待たずに0となる。

 

 次の瞬間、

 

 エムツヴァイは刀を斬り下げ、友哉は抜刀と同時に斬り込む。

 

 ガキンッ

 

 互いの刃がぶつかり合い、擦れ合う。

 

「ハァァァァァァ!!」

 

 友哉は弾かれた刃を、すかさず返して柄を両手持ちし、斬り下げるように振り下ろす。

 

 対してエムツヴァイも、すぐさま刀を引いて、友哉の剣を防ぎに掛った。

 

 衝撃波が発生する程に、互いの刃が中空でぶつかり合う。

 

 2人が後退したのは、ほぼ同時だった。

 

「クッ!?」

 

 着地と同時に、エムツヴァイは舌打ちする。

 

 あの一瞬で、友哉は二撃繰り出したのに対し、自分は一撃が精いっぱいだった。

 

 自分が、緋村友哉の後塵に配した。その事に苛立ちを覚えずにはいられなかった。

 

「このッ!!」

 

 その苛立ちを払うように、体勢を立て直すと同時に斬り込みを掛ける。

 

 刀を水平に倒し、鋭い斬撃を横薙ぎに振るう。

 

 銀の閃光が、真一文字に空間を切り裂く。

 

 しかし、刃は標的を捉えるには至らない。

 

 その前に友哉は、体を大きく捻りエムツヴァイの斬撃を回避しつつ、自らの間合いに斬り込んで来たのだ。

 

「飛天御剣流、龍巻閃!!」

 

 旋回によって得た攻撃力を上乗せした、強力な一撃。

 

 本来、龍巻閃はその動作上、どうしても一瞬、相手に対して背中を向けてしまうという特性がある。その為、先の剣を旨とする飛天御剣流の中では珍しく、後の先による返しの一撃を狙った技なのだ。

 

 今の友哉の一撃は、エムツヴァイの攻撃を回避しつつ、自らの攻撃態勢を確立している。まさに、理想的な龍巻閃の形だった。

 

 その攻撃が迫った瞬間、

 

 エムツヴァイは大きく跳躍して、友哉の攻撃を回避した。

 

 同時に、上空にあって、刀を大上段に振りかぶり、眼下の友哉を睨み据える。

 

「飛天御剣流、龍槌閃!!」

 

 急降下を開始するエムツヴァイ。

 

 迎え撃つ友哉。

 

 刀を右手一本で構え、左手は寝せた刃の腹に当て、跳躍と同時に斬り上げる。

 

「飛天御剣流、龍翔閃!!」

 

 急降下するエムツヴァイと、上昇する友哉。

 

 2人の刃が空中でぶつかり合う。

 

 状況は、先の戦いにおける、友哉とエムアインスの戦いに似ている。あの時は、友哉が龍槌閃を撃ち、エムアインスが龍翔閃を撃ったが、今回は逆の形となった。

 

 一瞬の競り合い。

 

 次の瞬間、

 

 友哉の龍翔閃が、エムツヴァイの龍槌閃を押し返す形で弾き返した。

 

「グッ!?」

 

 空中でバランスを崩すエムツヴァイ。

 

 しかし、どうにか体勢を入れ替え、膝を突く形で着地する事ができた。

 

 対する友哉。

 

 着地した時には既に刀を鞘に収め、次の攻撃態勢を整えていた。

 

 疾走。

 

 間合いに入ると同時に、刀を鞘走らせる。

 

「ハァァァッ!!」

 

 その一瞬の攻撃を前に、エムツヴァイの反応が僅かに遅れる。

 

「クッ!?」

 

 防御は間に合わないと踏んだエムツヴァイは、とっさに後退して回避しようとする。

 

 しかし、友哉の放った斬撃は、エムツヴァイのショルダープロテクターを捉え、その先端部分を僅かに吹き飛ばした。

 

 溜まらず、警戒しつつ後退するエムツヴァイ。

 

 だが、内心では、焦りが生じ始めていた。

 

『こんな・・・・・・こんな馬鹿な・・・・・・』

 

 自分達は最強の筈だ。今までどんな敵だって倒して来た。目の前の男だって、一度は倒したではないか。

 

 だが、今の友哉は、先日とは比べ物にならない程の戦闘力を発揮し、エムツヴァイと互角以上の戦いを演じていた。

 

 このままでは負ける、と考えている訳ではない。だが、正直なところ、どう勝負が転がるか、予測がつかなくなり始めていた。

 

 一方の友哉は、後退するエムツヴァイに対して追撃を掛けようとはしなかった。

 

 相手が後退した事で連撃が途切れてしまった、と言う事もあるし、向こうも同じ流派の技を使う以上、下手な攻撃は反撃の糸口を与える可能性もあったからだ。

 

 警戒したまま切っ先を向けている友哉に対し、エムツヴァイはダラリと刀を下げている。

 

 一見すると、無防備なようにも見えるエムツヴァイだが、まだ全身から発散される闘志には聊かの衰えも見られない。

 

 戦いは、まだ続くと見るべきだった。

 

 どれくらい、そうして対峙していただろう。

 

 何を思ったのか、エムツヴァイは口を開いて来た。

 

「・・・・・・・・・・・・できれば、使いたくなかったんですけどね」

 

 そう言うと、腰のポーチから小さなケースを取り出した。

 

 手のひらサイズの大きさのケースの中には、緑と白で色分けされたカプセル錠剤が入っている。

 

 エムツヴァイは、それを10錠近く取り出して口に放り込むと、水も無しに噛み砕いて飲み干した。

 

「ガッ!?」

 

 一瞬、感じる、言い知れない程の熱さと痛み。

 

 しかし次の瞬間には、それは圧倒的な解放感へと変わる。

 

 視界は開け、体は羽毛のように軽くなる。

 

 体中、至る所に目が開いたように、周囲の状況が手に取るようにわかった。

 

 エムツヴァイは頭に手をやると、ヘッドギアを取り外して足元の地面に捨てた。

 

 もう、こうなったら、これは必要ない。こんな物に頼らなくても、充分な戦闘力を確保できる。

 

 栗色の髪をかき上げ、真っ直ぐに友哉を見据える。

 

「行きます」

 

 静かに告げ、刀を持ち上げた。

 

 次の瞬間、

 

 エムツヴァイは、友哉の背後に一瞬で回っていた。

 

「友哉さん、後ろッ!!」

 

 その事に、友哉よりも先に、見守っていた茉莉が気付いた。

 

 茉莉が友哉に先んじてエムツヴァイの動きに気付けたのは、彼女が少し離れた場所で、戦闘を俯瞰的に眺めていたからにすぎない。もし、もう少し距離が近かったら、彼女でも気付く事は出来なかっただろう。

 

 それほどまでに、エムツヴァイの動きは常軌を逸していた。

 

 茉莉の警告と同時に、友哉は前方に跳び攻撃を回避。同時に振り返り、刀を構え直す。

 

 そこへ、エムツヴァイが斬り込んで来た。

 

「飛天御剣流、龍巻閃・旋!!」

 

 空中を、プロペラのように高速回転しながら突っ込んで来る、龍巻閃の派生技。

 

 その攻撃に対し、

 

 友哉もまた迎え撃つように刀を繰り出す。

 

 そのまますれ違い気味に交錯する両者。

 

 互いに勢いを殺しきれず、足裏で地面を擦るようにブレーキを掛けながら停止する。

 

 次の瞬間、

 

 友哉の首筋から、僅かに血液が噴き出した。

 

「友哉さんッ!!」

 

 その光景に、茉莉は思わず悲鳴を上げる。

 

 だが、

 

「茉莉、大丈夫だよ」

 

 静かに言いながら、血が噴き出した場所を手で拭う。

 

 頸動脈等の、大事な血管は傷付いていない。辛うじて、刃は皮一枚切り裂いただけで済んでいた。

 

 だが、

 

 友哉は改めて、エムツヴァイを見る。

 

 あの薬を飲んだ瞬間から、彼女の動きが格段に速くなった。

 

 あの薬は一体・・・・・・

 

 しかし、思考するのもそこまでだった。

 

 一瞬で間合いを詰めたエムツヴァイが、刀を八双に構えて斬り込んで来たのだ。

 

「飛天御剣流・・・・・・」

 

 縦横に走る斬線が、友哉の視界を裁断して行く。

 

 この技は、

 

『龍巣閃・・・・・・いや、違うッ!?』

 

 一見するとバラバラに走っているように見えた斬線が、一か所に集中して行く。

 

「龍巣閃・咬!!」

 

 無数の斬撃を、相手の体の一か所に集中させる事で、破壊力を増加させる、龍巣閃の派生技。友哉が禁じ手とした技を、エムツヴァイは躊躇う事無く使って来たのだ。

 

「クッ!?」

 

 斬撃による包囲網が完成する前に、辛うじて後退する事に成功する友哉。

 

 だが、エムツヴァイはそこへ、追撃を掛けて来る。

 

「死ねェッ!!」

 

 鋭い突きが、友哉の喉元を狙う。

 

 切っ先が真っ直ぐに、友哉に向かう。

 

 次の瞬間、友哉は身を大きく翻す事で、エムツヴァイの突きを回避した。

 

 大きく後退した事で、距離を取った友哉。

 

 その様子を、エムツヴァイは苛立たしげに睨みつける。

 

「このッ いい加減に!!」

 

 刀の峰に掌を添えて、低い姿勢のまま斬り込んで来る。龍翔閃の構えだ。

 

 対して友哉は、刀を大きく片手上段に構え迎え撃つ。

 

 エムツヴァイが、正に友哉を間合いの内に捉えようとした瞬間、

 

 友哉は全身の力で、刀を地面に叩きつけた。

 

「飛天御剣流、土龍閃!!」

 

 叩きつけた刀身に威力により、足元の地面が粉砕、大量の土砂が巻き上げられる。

 

 その一撃により、エムツヴァイの突進が強制的に止められる。

 

 いわば、陣が二重の極みを使ってやる、目晦ましの応用である。友哉も、この一撃で倒せるとは思っていない。

 

 本命は、次である。

 

 巻き上げられた土砂の壁を突き破るように、友哉は飛び出してきた。

 

 エムツヴァイが気付いた瞬間、

 

 既に白刃は、神速の勢いで振り抜かれていた。

 

「グッ!?」

 

 友哉の放った横薙ぎの一撃は、エムツヴァイの胴を直撃する。

 

 大きく吹き飛ばされて、地面に転がるエムツヴァイ。

 

 対して友哉は刀を構えたまま、倒れているエムツヴァイを見据える。

 

 手応えはあった。友哉の刀は、間違いなく彼女を捉えた。

 

 だが、

 

 友哉の視界の中で、エムツヴァイはゆっくりと体を起こそうとしていた。

 

 手にした刀をしっかりと握りしめている。戦意が失われている様子は無い。

 

「・・・・・・これ、でも・・・・・・まだ、足りないですか」

 

 言いながら、再びピルケースを取り出すと、今度は中身に残った錠剤を半分くらい、一気に手の中へ移してしまった。

 

「友哉さん、あれはッ!!」

 

 茉莉の悲鳴じみた声に、友哉も緊張の面持ちで頷きを返す。

 

 あれがどのような薬なのかは知らない。しかし、その光景が見るからに常軌を逸しているのだけは判った。

 

「もう、やめなよ。そんな事をしたら、君の体が・・・・・・」

「うるさい、黙れッ!!」

 

 怒声交じりに言い放つと、錠剤を手の中からボロボロこぼしながら、口の中へと放り込む。

 

 そのまま、バリバリと噛み砕き、嚥下していくエムツヴァイ。

 

 美しい栗色の髪は振り乱れ、目は真っ赤になる程血走って友哉を睨んでいる。息は荒く、まるで病人のようだ。

 

「こんな所で、負けられない・・・・・・私達が、私達になる為には・・・あなたを、ここで殺さなくてはならないんですッ」

 

 息も絶え絶えに言い放った言葉は、先の戦いでも言っていた言葉だ。

 

 一体、何がそこまで彼女を駆り立てるのか、友哉には想像する事もできない。

 

 だが、最早、言葉だけでは、目の前の少女を止める事ができない事だけは明らかだった。

 

「その・・・為だったら、私は、ここで死んだって良い!!」

 

 再び剣を構え、互いに睨み合う2人。

 

 片や、友哉の方は、静かな闘志を称えて剣を正眼に構えている。

 

 一方のエムツヴァイの方は、まるで手負いの獣のように、今にも倒れそうな状態で、剣を向けている。

 

 剣を構えながら、エムツヴァイは思った。

 

 これが、恐らく最後の一撃となる。

 

 彼女が飲んだ薬は、一時的に人間離れした身体能力を与えてくれる代わりに、その副作用として、作用が切れた時、全身を凄まじい激痛に襲われる事になる。

 

 一錠飲んだだけでも、副作用は耐えがたい物となる。それを大量服用してしまったのだ。最早、エムツヴァイに後は無い。

 

 一撃、

 

 それが限界だろう。

 

 だが、一撃あれば充分である。その一撃で、自分の全てを証明して見せる。

 

 そして、それさえ成す事ができれば、あとはどうなっても構わないと思っていた。

 

 次の瞬間、

 

 エムツヴァイは一瞬にして、天高く跳躍した。

 

 龍槌閃の構え。

 

 しかし、それだけでは無い。

 

 エムツヴァイは、切っ先を下にして、急降下しながら突き込むような構えを見せる。

 

「飛天御剣流、龍槌閃・惨!!」

 

 降下に合わせて、相手を突き殺す、龍槌閃の派生技。

 

 友哉が禁じ手とした、もう1つの技である。

 

 その切っ先は、真下にいる友哉に真っ直ぐに向けられている。

 

 一気に急降下するエムツヴァイ。

 

 次の瞬間、

 

 友哉もまた、上空を目指して跳躍した。

 

「なッ!?」

 

 その光景に、エムツヴァイは目を剥く。

 

 両者、空中ですれ違う一瞬、

 

「龍槌閃の弱点は、更に頭上を取られた時、成す術が無い点にある。こんな風にねッ」

 

 言った瞬間、

 

 友哉はエムツヴァイの頭上に躍り出た。

 

「クッ!?」

 

 舌を打つエムツヴァイ。

 

 確かに、これでは龍槌閃は何の意味もなさない。

 

 だが同時に、空中に飛び上がったと言う事は、友哉が打てる手段も限定されている事になる。

 

 頭上にある以上、使える技は、同じ龍槌閃のみ。

 

 ならば、着地と同時に防御の姿勢を取り、防ぎ切ったところで反撃すれば、勝てると踏んだ。

 

 やがて、地面に足を着くエムツヴァイ。

 

 対する友哉は、まだ上空にいる。刀を両手で構え、やはり龍槌閃の構えだ。

 

「それで勝ったつもりですかッ!?」

 

 言いながら、刀を持ち上げて防御の姿勢を取る。

 

 そこへ、友哉は斬り込んだ。

 

「グッ!?」

 

 膝がたわみ、刀を持つ手に激痛が走る。

 

 薬で強化した筈の体が、悲鳴を上げるのが判る。

 

 それほどまでに、友哉の龍槌閃は凄まじい威力だった。

 

 だが、

 

『もらったッ!!』

 

 勝利を確信するエムツヴァイ。

 

 友哉の龍槌閃を、完全に防ぎ切った。後は、体勢を崩した所にとどめの一撃を加えるだけである。

 

 斬りかかるべく、刀を振り上げる。

 

 これで、終わり。

 

 そう思った瞬間、

 

 エムツヴァイは見た。

 

 寝せた刀身に掌を当てて支え、弓を引くように構えている友哉の姿を。

 

 それは、

 

『・・・・・・龍槌閃と、龍翔閃の複合技ッ!? そんなの、私は知らないッ』

 

 振り上げられる剣閃。

 

 勝利を確信し、攻撃態勢を取っていたエムツヴァイには、成す術が無い。

 

「飛天御剣流、龍槌翔閃!!」

 

 上空に舞い上がる一撃。

 

 その攻撃が、エムツヴァイの顎を見事に打ち抜いた。

 

 木の葉のように、舞上げられるエムツヴァイ。

 

 大きく吹き飛ばされ、やがて頭から地面に落着した。

 

 勝敗は、決した。

 

 地面に倒れたエムツヴァイが、それ以上起き上がって来る気配は無い。

 

 一度は敗れた相手に、友哉は見事に打ち勝ったのだ。

 

 飛天御剣流 龍槌翔閃

 

 その名の通り、龍槌閃と龍翔閃を合わせた技で、一撃目の龍槌閃で相手の体勢を崩し、二撃目の龍翔閃でとどめを刺す複合技である。

 

「友哉さんッ」

 

 戦闘を見守っていた茉莉が駆け寄ってくると、ポケットからハンカチを出し、血で汚れるのも構わず、友哉の首に押し当てた。

 

「ありがとう」

「もうッ 友哉さんは無茶しすぎですッ」

 

 少し拗ねたような茉莉の言葉に、友哉は苦笑しつつ頭をかく。

 

 首に当てられたハンカチの感触が暖かい。

 

 実際、血はもう、殆どと待っていたのだが、もう少しこのままでいたいと思っていた。

 

 その時、

 

「がァァァァァァァァァァァァああああああああァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 獣の断末魔のような叫びに、思わず振り返る2人。

 

 そして絶句する。

 

 振りかえった友哉と茉莉が見た物は、己の胸を掻き毟りながら、絶叫するエムツヴァイの姿だった。

 

 

 

 

 

第5話「リヴェンジ」      終わり

 


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