1
キンジがANA600便に飛び乗るように駆けこんだのは、離陸直前だった。
「武偵だ。離陸を中止しろ!!」
「あ、あの、あなたは一体!?」
叩きつけるように言ったキンジに、ハッチをロックしたキャビン・アテンダントがうろたえながら尋ねる。が、今のキンジに説明している暇はない。
「良いから、すぐに離陸を中止するように言うんだッ」
「無駄だよ、キンジ」
CAの背後から声を掛けられ、キンジが視線をそちらに向けると、逆刃刀を手に苦い顔をして立っている友哉がそこにいた。
「緋村、お前、どうして・・・・・・」
「どうやら、目的は同じみたいだね」
そう言って、友哉はにっこり笑った。
ライナー埠頭からバイクを飛ばして羽田を目指した友哉だったが、途中で渋滞に掴まってしまい、予定よりも遅れてしまった。ANA600便に飛び乗ったのはキンジが来るほんの1分前。キンジと同じように離陸中止を訴えたが聞き入れてはもらえなかった。
やがて、飛行機はゆっくりと動き出す。タクシングで誘導路から滑走路へと移動しているのだ。
こうなると、もう止めるのは難しいだろう。
流れは完全に武偵殺しの側にある。だが、キンジが来てくれた事で、ある程度アドバンテージは取り戻せたと思う。
「行こう、キンジ」
こうなった以上、次の手を打たなければならない。相手の思考を読み、相手の行動に先んじ、常に先手を打ち続ける事こそが飛天御剣流の神髄だ。だが、武偵殺しとの戦いではあまりにも後手後手に回りすぎている。
何とか主導権を取り戻さねば、このままズルズルと押し切られる可能性があった。
CAに案内され2人が向かったのはアリアのいる部屋だった。
飛行機と言っても、内装はまるで一流ホテルのように整備されており。アリアもまた個室を1人で使っているとの事だった。
友哉自身、これまで何度か飛行機に乗った経験があるが、このような豪華な飛行機など、無論、見た事すら無い。
武偵殺しの事件を追う上でついでに調べた事だが、アリアはイギリス王室から認められた、ある貴族の家柄であるとの事だった。成程、そう考えれば妥当な事とも思える。
そんな中に武偵校の制服を着た男子2人が歩いているのは、何だか場違いなような気もしたが、そんな事を言っていられない。
案内された部屋に入ると、既に見慣れたピンク色のツインテールが驚いた顔で振り返った。
「キンジ、友哉、アンタ達、何でここに!?」
驚くのも無理はない。この飛行機はロンドンのヒースロー空港までノンストップで飛び続ける事になる。そんな所に知り合い2人がのこのこやって来るなど予想外も良いところだろう。
「断りも無く部屋に押し掛けるなんて失礼よ!!」
「お前にそれを言う権利はないだろ」
噛みつくように叫ぶアリアに、キンジは冷静にそう返す。
これにはアリアも言い返せない。何しろ、キンジが彼女とのパートナー編成を承諾するまで彼の部屋に居座り続けたのだから。
「何でついて来たのよ?」
「太陽は何で昇る? 月はなぜ輝く?」
「うるさい!!」
意味不明なやり取りをしている2人を見ていると、友哉は状況も忘れてほほえましい気持ちになった。
「あの、ちょっとお2人さん。取り敢えず、そろそろ離陸するみたいだから、シートベルトしない?」
友哉の指摘通り、飛行機は直線で加速を始めている。離陸態勢に入っているのだ。
2人は取り敢えず言い争いを収めると、ソファーのようになっている席についてシートベルトを締めた。
友哉もまた、席に座ってベルトを引っ張る。
さて、これで賽は投げられた。後戻りはできない。次の地上に降りる時は、事件を解決した後か、さもなくば、
この機体が墜落する時だった。
やがて徐々にスピードを上げたANA600便は、独特の浮遊感と共に大空へと舞い上がる。
機体が水平になり、安定軌道に入っても、アリアは不機嫌な表情を崩す事無く、一言も口をきこうとしない。
一方で友哉とキンジも黙って椅子に座っている。2人ともアプローチの方法は別だが、それぞれここに武偵殺しが現れる事を確信して乗り込んだのだ。ならば、後は待ちの一手である。
気まずい沈黙が狭い個室の中に流れ始めた時、
突然、窓の外が強烈に発光し、次いで轟音が鳴り響いた。
「キャッ!?」
アリアは首を竦め、悲鳴を上げる。
その想像していなかった様子を見て、キンジと友哉は思わず顔を見合わせた。
「アリア、もしかして、雷怖いの?」
「な、何言ってるのッ、馬鹿じゃないのッ、こ、怖い訳ないじゃない!!」
そう言う割には、明らかに声が震えているし、視線も定まっていない。
次の瞬間、再び閃光と轟音が走った。光ってからのタイムラグがそうない事から考えて、今度は先程よりも近い。
「ひゃぁッ!?」
またも悲鳴を上げるアリア。これはもう、完全に確定的だった。その様子が面白いのか、これまでの意趣返しでもするようにキンジがからかうように口を開く。
「怖いんならベッドに潜って震えていろよ」
「う、煩い!!」
「チビったりしたら一大事だぞ」
「ば、ば、バカー!!」
その時、三度、雷が鳴り響いた。
アリアは最早、恥も外聞も無く飛びあがると、本当にベッドに飛び込んで震えだした。
「アリアー、替えのパンツ持ってるか?」
「ば、バカキンジ、後で風穴あけてやるから!!」
威勢良く言っているが、毛布を頭からかぶって震えながら言われても、怖くもなんともなかった。
「こらこら、苛めない苛めない」
友哉が苦笑しながらたしなめる。アリアに関わったせいでキンジが被った苦労を知っている友哉としては彼の気持ちも判るのだが、これ以上は流石にかわいそうだった。
キンジもそれ以上やる気はないのか、肩をすくめてベッドの縁に腰掛けた。
「き、キンジ~~~」
涙声で震えるアリアの姿には、いつもの勢いが全く感じられない。本当に、どこにでもいる普通の女の子にしか見えない。
「ほら、怯えんなって」
そう言ってアリアの手を握ってやるキンジ。何だかんだで優しい所があるのも、この少年の魅力なのだろうと友哉は考えていた。
その時だった。
ダンッ ダンッ
突然、弾けるような音が機内に鳴り響いた。
同時にアリアとキンジは顔を上げ、友哉は逆刃刀の柄に手を掛けた。
聞こえたのは2発だけだったが、それは間違いなく銃声だった。
3人の間に緊張が走ると同時に、機内放送が流れた。
「アテンションプリーズ、で、やがります。当機は、ただ今、ハイジャック、され、やがりました・・・・・・」
このボーカロイドを使用した音声を友哉が聞くのは初めての事だが、それは間違いなく聞いていた武偵殺しの手口と同じだった。
「意外と、早く動いたね」
もう少し時間を置き、こちらの緊張が緩和されてから動くかと思っていたのだが、どうやら当てが外れたようだ。だが、これは好機だ。こちらも万全の状態で挑む事ができる。
「行こう、キンジ、アリア」
3人は互いの武器を構えて頷き合う。
今こそ、武偵殺しとの決着を付ける時だった。
2
移動の道すがら、キンジは自分の推理を語ってくれた。
武偵殺しは以前活動していた時、バイクジャックとカージャックを起こしている。だが、ここにもう一つ、世間では認知されていない事件が加わる。シージャックである。
そのシージャックが関連事件として認知されなかったのは、武偵殺しが爆弾を遠隔操作する際の固有の電波が感知されなかったからである。つまり、そのシージャックの際に、武偵殺しはジャックされた船に乗り合わせていたと言う事になる。
ここで、一度リセットが入る。乗り物が小さくなったのだ。言うまでも無くキンジのチャリジャックである。そして先日のバスジャックと来て、今回のハイジャックである。
シージャックの時、武偵殺しは直接対決によって武偵1人を仕留めているらしい。そして今回、武偵殺しはアリアを標的に定めたのだ。
そうしている内に、3人は指定された1階のバーに辿り着く。
入口から僅かに顔を出して覗き込むと、カウンター席に誰か座っているのが見えた。他に人影が見えない所を見ると、その人物が武偵殺しである可能性が高かった。
友哉は逆刃刀を抜き、アリアは2丁のガバメントを構え、キンジはベレッタを両手で保持する。
頷き合うと同時に、3人はバーへと突入。件の人物へそれぞれ武器を突きつけた。
「動くな!!」
キンジの鋭い声。
だが、相手はカウンターに頬杖を突いたまま、優雅な仕草で振り返った。
その顔を見て、友哉とキンジは目を向いた。
「あなたは・・・・・・」
それは、友哉達が乗り込んだ際に対応したCAだった。
CAはニヤリと笑みを浮かべて口を開いた。
「今回も、綺麗に引っ掛かってくれやがりましたねえ」
そう言うと同時に、自らの顎に手を掛け、ベリベリと顔面をはがす。同時に反対の手で着ているCA服を脱ぎ払った。
その瞬間、アリア、キンジ、友哉は同時に呻いた。
目の前に現われたのは、3人の知る人物だったのだ。
ゆったりとした金色のツーサイドアップヘアに、ヒラヒラの多い武偵校防弾制服。小柄な肢体と愛らしい笑顔。
クラスメイトの峰理子が、目の前に立っていた。
「ボン・ソア、キンジ、アリア、友哉」
余裕のある口調で理子が言う。
衝撃は計り知れない。まさか、理子が? 彼女が武偵殺しだとでも言うのか?
だが、そんな3人をあざ笑うかのように、理子は言う。
「才能って、結構遺伝するんだよね。武偵校にもお前達みたいに遺伝型の天才が数多く存在する。その中でもお前は特別なんだよ、オルメス」
理子は真っ直ぐにアリアを見て言った。
「あんた、いったい何者なのよ!?」
アリアの問いに、理子はニヤリと笑って答える。
自らが持つ、本当の名前を。
「理子・峰・リュパン4世。それが理子の本当の名前だよ。フランスの大怪盗アルセーヌ・リュパンは理子の曾お爺様って訳」
「なっ!?」
友哉は思わず絶句した。
アルセーヌ・リュパンと言えば探偵科の教科書にも載っている大怪盗。そんな大物が出てくるとは。
「でも、家のみんなは誰もその名前で呼んでくれない。お母様が付けてくれた『理子』ッて言うかっわいい名前をね。呼び方がおかしいんだよ」
理子の口調が、徐々に変わって行くのが判った。それまでは笑みの浮かべた余裕のある口調であったのに、徐々に荒く、叩きつけるような物へ。
「4世、4世、4世様~、どいつもこいつも、使用人まで。ひっどいよね~」
「それが何よ、『4世』の何が悪いってのよ!?」
声を荒げるように尋ねるアリアに、理子もまた叩きつけるように返した。
「悪いに決まってんだろ。あたしは数字か!? 遺伝子か!? あたしは理子だ。数字じゃない。どいつもこいつもよォ!!」
口調が完全に変わっている。
そこにいるのは最早、クラスメイトでムードメーカーの峰理子ではなかった。
「まて、理子、武偵殺しは、本当にお前なのかッ!?」
「武偵殺し? あんな物はプロローグを兼ねたただのお遊びだよ。本命はオルメス4世、お前だ。100年前、曾お爺様同士の対決は引き分けに終わった。お前を倒せばあたしは曾お爺様を超えられる。あたしはあたしになれるんだ!!」
喚くように言う理子に、友哉達は圧倒される思いだった。
彼女が何を言いたいのかは判らない。だが、その想いが狂気にも似た執着を孕んでいるのは判った。
「キンジ、お前もちゃんと役割を果たせよ。オルメスの一族にはパートナーが必要なんだ。わざわざ条件を合わせる為にお前とアリアをくっつけたんだからな」
「俺と、アリアを?」
「そっ」
驚くキンジの顔が面白いように、理子は再びいつもの軽い調子に戻って話す。
「キンジのチャリに爆弾しかけて、判りやすーい電波出して、気付かせてあげたってわけ。でも~、キンジがなかなか乗り気にならないから~、バスジャックでくっつけてあげました」
「全部、お前の手の内だったってわけかよ」
「ん~、そうでもないよ。バスジャックの後も二人がくっつききらなかったのは予想外だったし、それに、」
理子の視線が友哉へと向けられた。
「友哉、お前がここにいる事は完全に予想外だった。まったく、こんな事にならないように、足止めを頼んだってのに」
「そうか、それで相良の情報を僕に流したのか」
理子としては友哉が相良とぶつかり、負けるか、あるいは手傷を負って動けなるように仕向けたかったのだろう。最悪でも戦闘にかまけて時間を費やし、離陸に間に合わなければ、その時点で友哉を封じる事はできたのだ。
しかし彼女にとって予想外な事に、友哉は間に合ってしまった。
「投降して、理子。君だって、1対3でこのメンツに勝てるとは思ってないでしょ」
友哉は最後通牒を突きつけるように言った。
武偵殺しとして今まで策謀を連ねて来た理子だが、その戦闘能力は未知数である。しかし武偵3人を相手に勝てるとは思っていないだろう。
だが、理子は余裕の顔を崩そうとしない。
「さあ、それはどうだろうね」
そう言って理子は再びキンジを見る。
「ねえ、キンジ。勿論判ってると思うけど、シージャックの時、キンジのお兄さんをやったのも、理子だよ」
「な、に、兄さんをッ」
キンジの感情が高ぶるのが、見ていても判る。
挑発。この状況をひっくり返す為に、理子は明らかに心理戦を仕掛けて来た。
「ついでに言うとぉ、キンジのお兄さんは、今、理子の恋人なのぉ」
「いい加減にしろ!!」
ベレッタを持つ手に力を込めるキンジ。
「キンジ、ダメ!!」
「挑発よ、落ち着きなさい!!」
友哉とアリアが制止に入るが、激昂したキンジはそれすら跳ねのけて銃口を理子に向けた。
「これが、落ち着いていられるかよ!!」
だが、ベレッタの銃口が火を噴く事は無かった。
キンジが人差し指に力を込めようとした瞬間、ANA600便が急激にグラリと傾いた。
乱流にでも巻き込まれたのか、突然の事で対処が追いつかない。
「なっ!?」
「うわぁ!?」
バランスを崩したキンジは、そのままよろけ、横に立っていた友哉とぶつかってしまった。
キンジの手からベレッタが離れ、床に転がってしまう。
もつれ合いながら、床に転がる友哉とキンジ。
その中で、驚異的なバランスを保ちながら、疾走する影がある。
アリアだ。
味方2人が動けないでいる中、アリアは1人、隙を突いて理子へと接近。2丁のガバメントでアル=カタを仕掛けた。
対抗するように、理子もワルサーP99を取りだす。こちらも2丁拳銃の構えだ。
アル=カタの場合、打撃力は銃の口径に依存し、手数は装弾数に依存する。
アリアのガバメントは8発装填。2丁で16発。対して理子のワルサーは1丁だけで16発。2丁で32発装填可能。この勝負、明らかにアリアが不利である。
しかも、2人は互いに撃ち、駆け、蹴り、ほぼ互角の戦いを演じている。
防弾制服の上から何発か命中しているが、互いに退く事はない。撃たれた次の瞬間には撃ち返し、相手に容赦なく打撃を与えている。
「すごい・・・・・・」
友哉は思わず感嘆の声を漏らした。
友哉がアリアの戦いを見るのはこれが初めてであるが、2丁拳銃と2本の小太刀を主武装としたアリアは双剣双銃の異名を轟かせ、武偵ランクはSに格付けされている。
そのアリアと互角に渡り合う理子もまた、尋常な実力ではなかった。
だが、それも長くは続かない。先に話した通り、徒手での格闘戦と違って、拳銃戦には弾切れがある。そして、アリアの銃は理子の半分しか撃てない。当然、弾切れはアリアの方が早い。
アリアのガバメントのスライドが下がったまま固定される。マガジンの再装填を許す程、理子は甘くないだろう。
だが、そこにアリアの、否、アリア達の勝機があった。
自分の銃の弾丸が尽きるのを見計らい、アリアは一気に距離を詰め、理子の両腕を自分の脇に挟み込んで動きを封じた。
「キンジ!! 友哉!!」
アリアの合図と共に、2人は左右から駆ける。
キンジはバタフライナイフを開き、友哉は逆刃刀を返すと、それぞれの刃を理子の首筋に押し当てた。
「動くなッ」
「そこまでだよ、理子」
2本の刃を突きつけられ、理子は動きを止める。
その間にマガジンを交換したアリアも、再びガバメントを構えた。
これで、チェックメイトだ。
だが、それでも尚、理子は余裕の表情を崩さない。
友哉は逆刃刀を突きつけながら、訝るように眼を細める。
何か、まだ何か、理子は切り札を隠し持っている。直感がそう告げていた。
「ねえ、アリア、理子とアリアは色んな物が似ている。家系、キュートな姿。それに、二つ名。双剣双銃は、アリアだけじゃないんだよ」
そう呟くと同時に、理子の気配が変わった気がした。
「でも、アリアの双剣双銃は完璧じゃない。アリアは、まだこの力の事を知らない!!」
そう言った瞬間、驚くべき事が起こった。
突如、理子の長い髪がひとりでに動き出した。
ツーサイドテールが自ら意思を持ったように動く。その先端には、それぞれ一本ずつナイフが括られている。
アリアもそれに気付き、とっさに回避しようとする。が、よけきれずに右のこめかみを斬られた。
「アリア!!」
鮮血の舞うアリアを見て、叫ぶキンジ。しかし、あまりの光景に、キンジも友哉も対応が一瞬遅れる。
次の瞬間、
逆に距離を詰めた理子が、アリアの胸にワルサーを押し当てた。
時が止まる一瞬。
ただ一人、理子だけが勝ち誇った笑みを浮かべ、引き金を引いた。
「アリアァァァァァァ!!」
友哉とキンジが見ている前で、密着状態から銃撃を食らったアリアがあおむけに倒れる。いかに防弾制服の上からとは言え、これは致命傷になりかねない。
超偵という存在がいる。それは超能力を駆使して捜査や戦闘を行う武偵の事だが、どうやら理子はその超偵であったらしい。
倒れ込むアリアを、駆け寄ったキンジが抱き起こすが、アリアはぐったりとしたまま起き上がろうとしない。辛うじて銃だけは握っているが、その状態で意識を失っている。至近距離から銃撃を食らったのだ。骨が折れているかもしれない。内臓にダメージを負っている可能性もある。
後には、高笑いする理子の声だけがバーに響き渡る。
「アハ、アハハハハハハ、曾お爺様、108年の歳月は子孫にこうも差を作っちゃうもんなんだね。こいつ、自分の力どころか、パートナーや仲間も碌に使えてないよ。勝てる、勝てるよ、理子は今日、理子になる!! アハハハハハハ!!」
状況はまたも逆転。ペースは完全に理子の物だった。考えてみれば、この飛行機、いや、ハイジャックと言う状況その物が理子の作ったフィールドと言えなくもない。その中で戦っているのだから、僅かなアドバンテージなど無きに等しい。
「キンジ、ここは僕が押さえる。君はアリアをッ」
この中で唯一、戦闘力が低下していないのは友哉だけだ。ならば、友哉が理子を押さえている隙にキンジにはアリアを護って一時戦線離脱してもらうしかない。どちらにせよ、けが人を抱えたままでは戦えない。アリアに応急措置を施す時間を稼がないとならない。
「すまん緋村、無理はするなよ!!」
アリアを抱えて背を向けるキンジ。
「逃がさないよ!!」
その背中に銃口を向ける理子。
だが、
「やらせないよ」
静かな声と共に、友哉は理子の前に立ちはだかった。
「クフ、今度は友哉があたしと遊んでくれるの? 良いよ。ただしそんな半端なNTR狙い、理子の好みじゃないの。だから・・・・・・」
理子の髪が逆立ち、同時に両腕のワルサーが持ち上げられる。
「邪魔するってんなら、容赦しないよ!!」
2つの銃口、2つの刃が同時に襲い掛かって来る。
その姿に、友哉は僅かに目を細めた。
なぜ、こんな事になったのか。
なぜ、普通のクラスメイトのままでいてくれなかったのか。
なぜ、あの教室で笑って待っていてくれなかったのか。
あらゆる思いを胸に、友哉もまた駆けた。
「ハァァァァァァァァァァァァ!!」
横薙ぎに逆刃刀を振るう。
対して理子は右のナイフで友哉の剣を弾くと、左のナイフで逆に斬りつける。
「クッ!?」
とっさに後退して、横薙ぎを回避する友哉。
だが、距離を取った瞬間、理子がワルサーを放って来た。
「ッ!?」
横に跳びながら回避する。
アリアとの拳銃戦で大分消耗している筈だが、仮に同数撃っていたとしても、まだ理子の銃は左右合わせて16発は撃てる計算になる。
「ほらほら、どうしたの~友哉。あんよがふら付いてるよ!!」
言いながら、2本のナイフを翳して斬り込んで来る。
これが意外に厄介だ。通常、人間の体の動きは関節可動域によって、動きと範囲が決められている。すなわち、曲げる、伸ばす、捻る、回すなどの決められた動きを決められた範囲しかできないのだ。それさえ把握していれば、相手の予備動作から次の動きが予測できる。
だが理子の攻撃手段は髪である。動きにも可動範囲にも制限が無い為先読みが難しい。まるで二匹の毒蛇を相手にしているかのようだった。
逆刃刀を振るって理子の攻撃をいなす友哉。
接近するとナイフが左右から迫り、距離を置けばワルサーが火を噴く。
刀1本しかない友哉にとっては、いささか不利である。
着地しながら、状況を素早く整理する。
手数では武器4つを操る理子の方が圧倒的に有利だ。迂闊に飛び込むのは危険である。
ならば、どうするか。
「・・・・・・・・・・・・」
友哉はゆっくりと、刀を鞘に戻すと、腰を落として右手を柄に置いた。
相手が手数に置いて圧倒的に勝ると言うなら、こちらは理子の動き全てを凌駕する神速の抜刀術でもって、先の剣を取るしかない。
「クフフ、そう来たかユッチー」
そう言うと、理子も威嚇するように銃とナイフを構える。完全に迎え撃つ態勢だ。
戦力差は1対4。友哉が理子を倒すには、彼女より先に動き、先に攻撃を仕掛ける必要がある。
「ねえ、理子。さっき、アリアと話してた事、アリアを倒せば、本当の理子になれるって話だけど・・・・・・」
友哉の問いかけに、理子はニヤリと笑みを見せて口を開く。
「友哉、お前はあたしやアリアの事を調べていた。だから判っているだろう。あたしとアリアの血にまつわる因縁を」
「・・・・・・・・・・・・」
確かに、友哉は理子の正体を知った時点で、彼女がアリアに固執する理由に見当が着いていた。
今から約100年前、怪盗アルセーヌ・リュパンの犯行に手を焼いていた当時のフランス政府は、ドーバー海峡を越え、1人の名探偵をイギリスから招聘した。
彼こそが当時、そして現在においても「史上最高最強の名探偵」と名実ともに称される男、シャーロック・ホームズであった。
ホームズとリュパンは頭脳の限りを掛けて戦い、一度はホームズがリュパンを捕縛する事に成功するも、その後リュパンは隙を見て脱走。勝負は事実上引き分けに終わる。その後も幾度か両者は激突したが、ついに決着はつかないまま終わってしまった。
アリアの母である神崎かなえは、さるイギリス人貴族の男性と結婚しアリアを産んでいる。その男性こそが名探偵シャーロック・ホームズの孫に当たる人物である。つまりアリアの名前にあるHとはホームズを意味し、彼女こそがシャーロック・ホームズ4世と言う事になる。
「何で、アリアを倒す事が理子自身になれるのか、それは僕にも判らない。けど、これだけは言える」
友哉は真っ直ぐに理子を見据え、ハッキリとした口調で言い放つ。
「人は、誰かに認められて、初めて人になる。少なくとも、君の周りにいる人間は、みんな君を理子だと思い、理子と呼んでいる。キンジも、アリアも、瑠香も、僕も。それだけじゃいけないって言うの?」
「ッ」
問い掛けるような友哉の言葉に、理子は一瞬目を見開く。しかし、すぐに達観したようにフッと皮肉げな笑みを見せた。
「やっさしーなー、友哉は・・・・・・」
そう言いながら、理子は俯く。金色の前髪がパサリと落ち、彼女の表情を読み取る事ができない。
「・・・・・・けどね、優しさなんてあったところで何にもならない・・・・・・優しさはあたしを救ってはくれなかったんだ!!」
次の瞬間、理子は一気に距離を詰めに掛かる。髪の届く距離にまで切り込み、手数の多さを最大限利用する事で四点同時攻撃を仕掛けるつもりなのだ。
同時に、友哉も床を蹴って疾走する。
互いの距離は殆ど無い。
コンマの間を待たずに、間合いはゼロを差す。
「ハァァァァァァァァァァァァ!!」
鞘走る逆刃刀。
同時に理子のワルサーが咆哮する。
銃口から飛び出した銃弾が、友哉の両耳を掠めるように飛んだ。
僅かに刀の軌道が鈍る。
だが、友哉の勢いは衰えない。
一閃が真一文字に理子へと迫る。
「クッ!?」
銃撃の僅かな隙に体勢を立て直した理子が、ナイフで友哉の剣を受け止めようとする。
逆刃刀と2本のナイフ。
金属同士がぶつかり合う。
次の瞬間、
友哉の剣は理子のナイフを二本同時に弾き飛ばした。
「あっ!?」
神速の抜刀術によって得られたエネルギーに耐えるには、理子の能力では足りなかったのだ。
刀を返す友哉。
直撃こそしなかったが、今の一撃で理子は体勢を崩している。
このまま理子を捕縛する。
そう思った瞬間、
ダァン
突然銃声が鳴り響き、友哉の足元に着弾した。
「そこまでに、してもらいましょうか、緋村君」
聞き憶えのある、落ち着き払った声が聞こえて来た。
振り返ると、そこには無表情の仮面を被った男が銃を片手に入口から入って来るところだった。
「・・・・・・由比、彰彦」
それは見間違いようも無く、大井コンテナ埠頭で出会った《仕立屋》と名乗る男だった。
その姿を見て、理子は不満げに口を開く。
「おっそい」
「申し訳ありませんね。こちらも、それなりの準備があったもので」
「フンッ、どうだか。言っとくけど、アンタ達のせいで、あたしの計画は狂わされたんだ。その責任は取ってもらうよ」
「ええ、勿論。そのつもりでここに来ましたから」
そう言うと、彰彦は左手で刀を抜いて構えた。
「そんじゃ、あと宜しくね~」
「待てッ」
予備のナイフを髪で抜きながらバーから出て行く理子を、友哉は追おうとする。
しかし、その前に刀と銃を構えた彰彦が立ちはだかった。
「理子さんの邪魔はさせません。君には私の相手をしていただきましょう、緋村君」
「クッ・・・・・・・・・・・・」
一刻も早く理子を追わねばならないと言うのに。
しかし、目の前の男もまた、侮って良い相手ではない。
焦燥と緊張が否応なく募る中、友哉は再び逆刃刀を構え直した。
第6話「武偵殺し、その仮面の下」