緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第2話「挑戦者たち」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇から滲み出るように現われた2人を、友哉は鋭い眼差しで見詰める。

 

 1人はかなり背が高い。180センチ以上はあるだろう。150センチ台の友哉からすれば、見上げるような長身だ。引き締まった体をしているのが、遠目にも判る。

 

 翻ってもう1人は、かなり小柄だ。恐らくこちらは、友哉よりも体が小さいだろう。

 

 2人ともピッタリとしたアンダースーツのような黒い衣装に身を包み、顔にはバイザー付きのヘッドギアのような物を被っている。その為、顔を覗う事は出来なかった。

 

 背の高い方は男である。そして、背の低い方は、丸みを帯びた体のラインや、膨らんだ胸の様子から、女である事が判った。

 

 共通点を殆ど見出す事ができない2人。

 

 そんな2人の、唯一とも言える共通点。

 

 それは、腰のベルトに装着した、細身の曲刀であろう。どのような剣なのかは、鞘に入っている為に判り辛いが、柄や鍔、鞘などは近未来を思わせる鋭角的なデザインである。

 

「・・・・・・緋村、友哉だな?」

 

 男の方が、低い声で尋ねる。

 

 聞き憶えのある声では無い。前に会った事は無い筈だ。だが、敵は友哉の素性を知っていた以上、何らかの繋がりがあると考えるのが自然だった。

 

 必要があって友哉の事を調べたのか、あるいは過去に友哉が戦った者の身内か。

 

 何れにしても相当の準備をしてきた事が窺える。油断はできなかった。

 

「・・・・・・そうだけど、君達は?」

 

 返答を期待しての問いでは無い。単に儀礼的な物だと友哉は解釈して尋ねる。

 

 だが、意外な事に、答は返ってきた。

 

「俺はMⅠ(エムアインス)。こっちはMⅡ(エムツヴァイ)だ」

 

 返答に対し、友哉は脳裏で「やはり」と呟く。

 

 一般的な名前では無く、まるで兵器か何かの形式番号のような名前から判断しても、恐らく間違いないだろうと確信した。

 

「その名前、君達もジーサードの?」

 

 友哉の問いに、エムアインスと名乗った男は重々しく頷く。

 

「我々は、あいつの仲間だ。さあ、緋村友哉、我々と戦ってもらうぞ」

 

 そう言うと、腰の剣へ手を掛けるエムアインス。同時に、傍らのエムツヴァイも、腰を落として斬り込む姿勢を見せた。

 

「・・・・・・断る、と言ったら?」

 

 正直、アリア達を奇襲された恨みもある。仲間がやられたら、やり返すのが武偵の意地。友哉とて、今すぐにでも斬りかかりたいくらいだ。

 

 だが、今はまずい。

 

 アリア達同様、友哉もまた奇襲を食らった形だ。準備もできていないし、何より相手は2人、こちらは1人。数的にも劣勢だ。

 

 しかし、無論のこと、相手はそのような事を一切、斟酌しなかった。

 

「ならば・・・戦わざるをえんようにしてやろう」

 

 言った瞬間、

 

 エムアインスは、凄まじい勢いで距離を詰めて来た。

 

『速い!?』

 

 気付いた瞬間、既に相手は間合いに入り、腰の刀を抜き打っていた。

 

 とっさに、大きく後退する友哉。

 

 同時に、腰の刀を抜き放つ。

 

 そこへ、再びエムアインスが斬り込んで来る。

 

 迎え撃つように、前へ出る友哉。

 

 互いの剣がぶつかり合い、火花を散らす。

 

 同時に、友哉とエムアインスは、互いに腕を引くようにして離れた。

 

 離れた瞬間、友哉は相手の得物に目をやり、そして思わず呻いた。

 

「それ、日本刀ッ!?」

 

 柄や鞘等の造りが近未来的なデザインであった為に気付かなかったが、僅かに反った薄い刀身や、波紋の浮いた刃は、間違いなく日本刀のそれだった。

 

 驚く友哉に対し、エムアインスは更に斬り込んで来る。

 

 横薙ぎの一閃に対し、自身も刀を繰り出して防ぐ友哉。

 

 だが、

 

「クッ!?」

 

 弾いた瞬間、思わず呻き声を発した。

 

 掌に感じる痺れ。

 

 相手は凄まじい膂力の持ち主だ。単純な打ち合いでは、あっという間に押し切られてしまうかもしれない。

 

 体勢を立て直そうと、後退を決意した時だった。

 

 エムアインスの脇から、疾風のように飛び出してくる影がある。

 

 エムツヴァイだ。

 

 影から出る形で友哉に奇襲を掛けたエムツヴァイは、勢いのままに抜刀、斬り込んで来る。

 

「ッ!?」

 

 抜刀の一撃を、とっさに刀を立てる事で防ぐ友哉。

 

 見れば、やはりと言うべきか、エムツヴァイの武装も日本刀だった。造りの方も、エムアインスの持つ物と全く同じである。

 

 刃と刃が勢い良く擦れ合い、火花が盛大に散らばる。

 

 瞬間、

 

 友哉とエムツヴァイは、バイザー越しに至近で睨みあいながらすれ違った。

 

 同じ格好に、同じ武装。

 

 こんな状況じゃなかったら、戦隊物か、と突っ込みを入れたいところだが、生憎、友哉にその余裕は無い。

 

 エムツヴァイの一撃をいなしながら、友哉は2人を同時に視界に収められる位置へと移動する。

 

 強い。

 

 数合打ち合っただけで、その事を感じ取る事ができる。

 

 特にエムアインスの方。速度は友哉と同等で、恐らく腕力では向こうが上だ。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 軽く呼吸を行い、息を整える。

 

 長引かせる事は不利だ。ここは一気に決めた方が良いだろう。

 

 多くの実戦経験を積んだ、友哉の戦術思考が、そう結論付けた。

 

 体を捻り、刀身を体の影に隠すように構える。

 

 相手は2人。1人に対し、1撃以上掛ければ、もう1人から反撃を食らう事になる。

 

 友哉の剣気が、一気に上昇した。

 

 次の瞬間、

 

 上空を目指して、大きく跳躍する。

 

 眼下を見据え、急降下の体勢に入る友哉。

 

 振り翳した刀が、闇の中で一瞬きらめく。

 

「飛天御剣流、龍槌閃!!」

 

 そのまま相手を斬り下げる。

 

 そう思った瞬間、

 

 思わず友哉は目を見張った。

 

 エムアインスが構えをとっている。

 

 その構えは、右手一本で持った刀を、弓を引くようにして構え、空いた左手は反った峰に添えている。

 

「その構えはッ!?」

 

 友哉が叫んだ瞬間、

 

「飛天御剣流、龍翔閃!!」

 

 翔け上がる龍の如く。

 

 エムアインスは上昇と同時に刀を振り上げ、宙にあった友哉に食らいついた。

 

 ぶつかり合う、刀と刀。

 

 飛び散る火花は、空中で飛散する。

 

 次の瞬間、友哉の体はエムアインスの攻撃を受け止めきれず、大きく弾かれる形で、空中でバランスを崩した。

 

「ぐあァッ!?」

 

 そのまま地上へ落下。着地に失敗し、無様に地面に転がる。

 

 対してエムアインスは、悠然と地上へ降り立った。

 

 どうにか起き上がり、顔を上げる友哉。

 

 その視界には、自分を見据えるエムアインスとエムツヴァイの姿がある。

 

 馬鹿な、と思う。

 

 友哉は未だに、自分の身に起きた事が信じられなかった。

 

「な、何で、君達が飛天御剣流の技をッ!?」

 

 問い掛ける友哉。

 

 しかし、答えの代わりに、今度はエムツヴァイが動いた。

 

 刀を横薙ぎに振りかぶりながら、友哉に向けて突っ込んで来る。

 

 迎え撃つように、刀の切っ先を向ける友哉。

 

 だが、次の瞬間、エムツヴァイは、大きく体を捻り込んだ。

 

「ッ!?」

 

 目をも開く友哉。

 

 そこへ、エムツヴァイは、巻いた螺子を戻すように回転しながら斬り込んで来た。

 

「飛天御剣流、龍巻閃!!」

 

 ギィン

 

 友哉とエムアインス。

 

 互いの剣がぶつかり合う。

 

 勢いに押されて、後退する友哉。

 

 辛うじて足裏でブレーキを掛けて、吹き飛ばされるのを堪える。

 

 しかし、その隙を逃す、エムアインスでは無い。

 

 体勢を崩した友哉に、神速の勢いで斬り込んで来る。

 

 対して友哉は、エムツヴァイの攻撃を凌いだ直後であり、とっさに動く事ができない。

 

「飛天御剣流・・・・・・」

 

 エムアインスは、空中を泳ぐように、友哉に頭を向けて突っ込む。

 

 同時に、体を捻り回転を掛けて斬り込んで来た。

 

「龍巻閃・旋!!」

 

 プロペラを思わせる高速の横回転。

 

 それは緋村剣路の備忘録にも載っていた、龍巻閃の派生技の一つ。

 

 通常の龍巻閃なら地に足を付き、そこを始点に体を回転させるが、この龍巻閃・旋は、空中を飛翔し、突撃しながら回転する技である。相手の攻撃をかわしながら突撃する為、通常の龍巻閃よりも難易度が高い。

 

 その一撃は、友哉の防御をすり抜けて斬り込んで来た。

 

「ウグッ!?」

 

 一撃を肩口に受け、友哉は大きく吹き飛ばされる。

 

 あまりの衝撃の為、体勢を立て直す事もできずに、地面へと転がった。

 

 地面に這いつくばり、激痛の走る体を必死に起こそうとする友哉。

 

 最早、疑う余地は無い。

 

 如何なる事情なのかは知らないが、エムアインス、そしてエムツヴァイの2人は、飛天御剣流の技を使う事ができるのだ。

 

 立ち上がり、刀を構え直す友哉。

 

 飛天御剣流の技は、師匠がただ1人の弟子を選んで継承する流派。しかも、明治以降絶えて久しく、友哉が文献を元に再現するまで使い手が存在しなかった流派だ。

 

 故に友哉としても、同門対決だけは絶対にあり得ないと思っていたのだが、

 

 そのありえない筈の事が、現実に起こっていた。

 

 立ち上がった友哉を警戒するように、対峙する2人も刀を構え直す。

 

「なかなか、しぶといな」

 

 低い声で、エムアインスは告げる。

 

「だが、そうでなくては、我々がこの国に来た意味が無い」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 エムアインスが告げた言葉の意味を、友哉は脳裏で反芻する。

 

 彼等は友哉の存在を知っていた。知っていて襲って来たのだ。

 

 今の口ぶりからすると、彼等が現われた目的は、友哉と戦う事にあるとも取れる。

 

「・・・・・・君達の目的は、何?」

 

 戦いを求める以上、そこに何かを見出したいから、と言う風に解釈できる。

 

 戦いその物を求め、勝利する事で快楽を得ようとする者も世の中にはいるが、この2人は、何となくその類の人間では無いような気がしていた。そもそも、ただ戦うだけの人間なら、相手の事を調べて襲う、などと言う手間のかかる事はしないだろう。

 

 友哉の質問に対し、ややあってエムアインスが答えた。

 

「・・・・・・目的。それは、俺達が俺達になる事だ」

「・・・・・・?」

 

 謎めいた言葉に、友哉は眉を潜める。

 

 なぜ、友哉と戦わねばならないのか。そもそも、「俺達になる」とはどう言う事なのか? それが判らない。

 

「あなたと戦い、そして倒す事によって、私達は初めて自分と言うものを得る事ができる」

 

 今まで殆どしゃべる事の無かったエムツヴァイが口を開いた。

 

 バイザーで隠しているせいで、顔を覗う事ができないが、声は透き通るような美しさがあり、まるでソプラノ歌手のような感じがする。

 

「それは、どう言う事ッ?」

 

 尋ねる友哉。

 

 しかし、

 

「これ以上の問答は、無用だ」

 

 言いながらエムアインスは刀を構える。

 

 切っ先を真っ直ぐに相手に向けた、正眼の構えだ。

 

「我が最強の技にて、散れ、飛天の継承者!!」

 

 次の瞬間、

 

 刀を構えるエムアインスから、凄まじい風が吹き荒れるのを感じた。

 

 それが、エムアインスの発する剣気である事を、一瞬で理解した友哉。

 

 次の瞬間、正眼状態のまま、エムアインスは一瞬で距離を詰めてきていた。

 

 神速の剣が、駆け抜ける。

 

 友哉が一瞬、垣間見たのは、自分に襲い掛かってくる9つの閃光だった。

 

 乱撃技であると、瞬間、理解する。

 

『龍巣閃・・・・・・いや、違うッ!?』

 

 とっさに剣を繰り出し迎え撃とうとするが、それすら圧倒的な攻撃力の前に蹂躙されてしまう。

 

 最早、防ぐ事もかわす事も叶わない。

 

「飛天御剣流、九頭龍閃!!」

 

 認識した瞬間、友哉の体を、それまで感じた事の無い衝撃が襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 友哉の体は大きく吹き飛ばされ、地面に落着後、更に数回バウンドして転がった。

 

 その様子を眺めながら、エムアインスは技を撃ち切った状態で残心を行う。

 

 手応えはあった。

 

 エムアインスの剣は、確実に友哉を捉えた筈だ。

 

 飛天御剣流、九頭龍閃。

 

 飛天御剣流の神速を利用し、9つの斬撃を同時に叩き込む技。

 

 乱撃技と言う意味では龍巣閃と同じだが、龍巣閃と違い、九頭龍閃は9つの斬撃全てが必殺となる。

 

 「壱:唐竹」「弐:袈裟斬り」「参:右薙」「肆:右斬上」「伍:逆風」「陸:左斬上」「漆:左薙」「捌:逆袈裟」「玖:刺突」

 

 これらの攻撃を神速で繰り出す事により、相手が防御も回避も全くの不可能となる重囲攻撃を作り上げる。

 

 いわば、必殺の一撃を9回繰り返している事になるのだ。それも一瞬で。

 

 この技を前にした敵は、逃げる事も防ぐ事もできず、文字通り9頭の龍の牙によって食いちぎられる事となる。

 

 正に、飛天御剣流の体現とも言うべき、神速を如何なく発揮した技であり、宣言した通り、エムアインスの持つ最強の技でもある。

 

「やった?」

 

 傍らに立ったエムツヴァイが尋ねて来る。

 

 視界の先には、うつ伏せに倒れている友哉の姿がある。

 

 既に立ち上がって来る気配は無い。この戦いは、2人の完全勝利と言えた。

 

「ああ、だが・・・・・・」

 

 確かに、勝つ事は勝った。

 

 だが、余程、優れた防弾服を持っているのだろう。あれだけの斬撃を浴びせたにも関わらず、倒れている友哉の傷はさほど深いようには見えない。

 

「・・・・・・とどめを、刺しておくか」

 

 そう呟いて、刀を持ち直すエムアインス。

 

 相手の首を取って初めて勝利となる。ここでとどめを刺し損なえば、後に禍根を残す可能性もあった。

 

 エムアインスは刀を持ち上げ、友哉に歩み寄ろうとした。

 

 その時だった。

 

 突然、鋭いエンジン音を轟かせて、走り込んで来た純白のフェラーリが、倒れている友哉を守るように2人の前に立ちふさがり、ドリフト気味に停車した。

 

 開かれた運転席側の窓。

 

 操縦者の彩夏は、開いた窓から腕を突き出し、ワルサーPPKをフルオートでぶっ放した。

 

 不意を突かれた形となったエムアインスとエムツヴァイは、とっさに身を翻して、襲い掛かってくる弾丸を回避する。

 

 同時に、後部座席のドアが開いて、相良陣の長身が姿を現わした。

 

「テメェ等、何やってやがる!!」

 

 飛びだすと同時に、殴り込む陣。

 

 標的はエムアインス。

 

 握りしめた拳が、大気を粉砕するような勢いで繰り出される。

 

 対してエムアインスは、陣の攻撃を命中直前で見切り、後退して回避した。

 

「ツヴァイ。警戒しろ。報告にあった、緋村の仲間だ」

「了解ッ」

 

 頷きながら、再び抜刀して陣に斬りかかろうとするエムツヴァイ。

 

 陣はエムアインスと対峙している。そのまま背中に斬りかかる。

 

 そう考えて、エムツヴァイは刀を振り上げた。

 

 だが、それよりも速く、陣の背中を守るようにして刀を振るう影が割り込む。

 

 とっさに後退し、相手の剣を回避するエムツヴァイ。

 

 その視界の先で、陣と背中を合わせるようにして立つ、少女の姿がある。

 

「瑠香さん、高梨さんッ 今の内に友哉さんを!!」

 

 言いながら、イクスサブリーダー瀬田茉莉は、エムツヴァイを牽制するように刀を構えた。

 

 玉藻からジャンヌを介する形で連絡があったのは、数分前。

 

 その際、友哉が何者かの襲撃を受けたと言う事を聞き、彩夏のフェラーリで駆けつけたのだが、一歩遅く既に友哉は敗れ去っていた。

 

「相良君、そちらの人をお願いしますッ」

「任せとけって」

 

 リーダーの友哉が倒れた以上、イクスの指揮権はサブリーダーの茉莉にある。

 

 だが、相手は友哉をも破る程の実力者だ。下手な交戦は、文字通り命取りになる。

 

 ここは、友哉回収後、速やかに撤退するのが得策である。

 

 そこで、茉莉と陣が敵を抑えている隙に、瑠香と彩夏が友哉を回収する手筈となった。

 

「ウオォォォォォォ!!」

 

 雄たけびと共に、拳を握り殴り込む陣。

 

 その突進力は、大地を踏み割るのではと思えるほどの迫力を持って、エムアインスへと迫る。

 

「うちの大将をやってくれたんだッ ただで帰れると思うなよ!!」

 

 振るわれる拳。

 

 だが、その一撃を、エムアインスは優雅に後退する事で回避する。

 

「まだまだァッ!!」

 

 距離を詰め、拳打のラッシュを繰り出す陣。

 

 だが、その攻撃も、エムアインスは全て見切り、紙一重で回避して行く。

 

「へっ、いつまで逃げてられるか、なッ!!」

 

 渾身の踏みぬきと共に、繰り出される砲弾の如き拳。

 

 威力も、速度も充分な一撃だが、しかし、エムアインスには当たらない。

 

 ただ悠然と、余裕を持って回避するだけである。

 

 更に陣が、追撃を掛けるべく踏み込もうとした。

 

 その時、

 

「・・・・・・目障りだ」

 

 低く呟く、エムアインスの言葉。

 

 次の瞬間、一足でエムアインスは陣との間合いを詰めて来た。

 

「飛天御剣流・・・・・・」

「なッ!?」

 

 それは、彼の友人のみが使う技の筈だった。

 

 他の者が使い得るとは、到底、思い得ない技である筈だった。

 

 だが、

 

 現実に陣の視界は縦横に裁断され、閃光が無尽に走っている。

 

「龍巣閃!!」

 

 次の瞬間、無数の斬撃が、陣の長身に殺到した。

 

 

 

 

 

 その光景は、離れた場所でエムツヴァイと交戦している茉莉の眼にも見る事ができた。

 

「相良君!!」

 

 救援に行きたい所ではあるが、今の茉莉はそれどころでは無い。

 

 すぐそこまで、エムツヴァイが刃を閃かせて迫っていたのだ。

 

「余所見をするなんて、随分余裕ですね」

 

 囁くような言葉と共に、剣閃は鋭く奔る。

 

 その攻撃を辛うじて防ぎながら、茉莉は、得意の縮地による高速機動に入る。

 

 先程、エムアインスが陣に使った技。あれは間違いなく、龍巣閃。ジャンヌが起こした魔剣事件の折り、友哉が茉莉を仕留めるのに使った技だ。

 

 つまり、それが指し示す事実は1つ。この2人は、飛天御剣流の技を使う事ができるのだ。

 

 友哉が破れた理由も、恐らくは自分以外の人間が飛天御剣流を使うと言う事態に動揺したのも大きいだろう。

 

 勿論、たかが動揺したくらいで敗れる友哉では無い。それ以外の決定的な要因があったのだろうが、今はそれを探る時ではない。

 

 目を転じれば、瑠香と彩夏が、倒れている友哉に取りついている。恐らく、容体をみているのだ。

 

 あと少し、時間を稼ぐ必要がある。

 

 その時、

 

「だから、余所見するなって、さっきから言ってるじゃないですか」

 

 頭上からの声に、思わずハッとして振り返る。

 

 その視界の先に、刀を振り上げたエムツヴァイの姿がある。

 

「飛天御剣流、龍槌閃!!」

 

 振り下ろされる斬撃。

 

 振り下ろしに急降下の勢いが加算される龍槌閃に対し、防ぐ事はほぼ不可能。

 

 茉莉は、とっさに後退を決断し、その場から飛び退く。

 

 一瞬の間があって、エムツヴァイの刀が、茉莉のいた空間を薙ぎ払った。

 

 後退しながらも、茉莉は反撃の手を打つ。

 

 見た所、対峙している2人は、刀以外の武装は持っていない。ならば、実に皮肉な事だが、友哉と戦った際の戦訓が活かせる筈だ。

 

 後退しながら茉莉は、スカートの下からブローニング・ハイパワーDAを抜き放ち、照準と同時に引き金を引いた。

 

 放たれる弾丸は3発。

 

 その全てが、エムツヴァイへの命中コースを辿っている。

 

 だが、

 

 自身に向かって飛んで来る弾丸に対し、エムツヴァイはバイザー越しに睨み据えると、高速で刀を振るって見せた。

 

 閃光が、一瞬で三度走る。

 

 友哉の剣を見慣れた茉莉にすら、一瞬、何が起こったのか判らなかった。

 

 ただ、気付いた時には、放った弾丸3発全てが、エムツヴァイの刀に弾き飛ばされていた。

 

「ッ!?」

 

 思わず目を見張る。

 

 今のは、友哉も良くやる光景だ。

 

 飛天御剣流を扱う上で重要になる、先読みの速さ、剣速の速さを利用する防御法。

 

 茉莉はチラッと、自分の手にあるブローニングを見詰める。

 

 恐らく、何度撃っても同じだろう。彼等は自在に銃弾を防いだり、かわしたりする事ができるのだ。

 

 その時、動きを止めた茉莉に向かって、エムツヴァイが突っ込んで来た。

 

「飛天御剣流、龍巻閃・嵐!!」

 

 刀を両手で構え、強烈な縦回転をしながら斬り込んで来るエムツヴァイ。

 

 対して、茉莉はとっさに刀を寝せ、斬撃を防ごうとする。

 

 ぶつかり合う、互いの刃。

 

 しかし次の瞬間、相手の刃を抑えきれず、茉莉の体は大きく吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

「相良先輩ッ 茉莉ちゃん!!」

 

 2人が苦戦する様を見て、思わず瑠香は声を上げる。

 

 自分で見ている光景が、信じられなかった。

 

 飛天御剣流の使い手が友哉以外にいるなど。それも、2人も。

 

 だが、現実に目の前で、その信じられない事が展開していた。

 

「瑠香、手伝って!!」

 

 彩夏に呼ばれ振り返ると、彼女は、友哉の体をフェラーリに運び込もうとしている所だった。

 

「彩夏先輩、友哉君はッ?」

 

 駆け寄って覗き込むと、友哉は静かに目を閉じ、眠るように気を失っている。しかし、手にした逆刃刀は、いまだに強く握りしめ、戦意を失っていない事が覗えた。

 

「取り敢えず気を失っているだけ。意識レベルは100から200ってところかしら。ただ、頭の傷が、少し気になるわね」

 

 確かに、友哉の頭からは今も血が噴き出し、その少女めいた顔を赤く濡らしている。一刻も早く病院に運び込まないと、危険な状態だ。

 

 2人は協力して、友哉を車の中へと運び込む。

 

 彩夏は、流れ出た血でシートが汚れる事も厭わず、友哉の体をリアシートに押し込んだ。

 

 それを確認してから、瑠香は戦っている2人の方へと振り返る。

 

「相良先輩!! 茉莉ちゃん!! 良いよ、戻って!!」

 

 瑠香が声を掛けた時、2人は尚も、エムアインス、エムツヴァイと交戦中だった。

 

 陣は、全身に斬撃を受けた影響で、体中打撲だらけである。着ている防弾制服もところどころ切り裂かれ、血が全身から滴っている。

 

 一方の茉莉は、陣に比べてダメージこそ少ないが、エムツヴァイの猛攻の前に防戦一方の戦いを続けていた。

 

 2人とも、瑠香の合図は聞こえている。

 

 だが、エムアインスとエムツヴァイの猛攻の前に、退却のタイミングが掴めないのだ。

 

「瑠香、2人を援護するわよ」

 

 そう言うと、彩夏は瑠香に手榴弾を一つ渡して来る。

 

 一瞬、ただの手榴弾かとも思ったが、瑠香はすぐに違う事に気付いた。

 

「これってッ」

 

 確か、諜報科(レザド)の授業で習った事がある。この色は、通常の手榴弾では無かった。

 

 2人はセーフティピンを抜くと、大きく振りかぶった。

 

「2人とも!!」

「目ぇつぶって!!」

 

 言い終わるや、投擲する。

 

 放物線を描いて飛ぶ、手榴弾。

 

 それが地面に落ちた瞬間、

 

 凄まじい閃光が、闇を照らし出した。

 

 彩夏が用意したのは、閃光手榴弾だったのだ。爆薬を使った戦術で、友哉と互角以上に戦って見せたこのリバティ・メイソン構成員の少女は、どのタイミングでどの爆薬を使えばいいのかも、充分に理解していたのだ。

 

 この場合、優先すべきは速やかな撤収である。ならば、通常の爆薬よりも、閃光手榴弾を使って目晦ましを行った方が効果的と判断したのだ。

 

 その閃光を合図代わりにして、後退する茉莉と陣。

 

 4人は撤収を完了すると、フェラーリに飛び乗った。

 

「全員乗ったわねッ!? 出すわよ!!」

 

 シートベルトをするのももどかしく、彩夏は返事を待たずにフェラーリをスタートさせた。

 

 走り去る車の中。

 

 その後部座席に座る2人の少女は、シートに座ったままぐったりしている友哉の様子を、心配そうに眺めている。

 

「どうですか?」

「判んない。とにかく、早く救護科(アンビュラス)に連れて行かないと」

 

 心配そうに尋ねる茉莉に、瑠香は泣きそうな表情で首を振る。

 

 僅かに上下している胸は、少年が呼吸を続けている事を現わしている。

 

 今はそれだけが、友哉が生きていると言う唯一の証であった。

 

 一方、走り去る車を、エムアインスとエムツヴァイの2人は並んで眺めていた。

 

 最後に邪魔が入った事で、勝負はうやむやになってしまった。

 

 しかし、この戦い、敵のチームリーダーを討ち取り、救援にやって来た連中とも、終始互角以上に戦った。

 

 事実上、2人の勝利だった。

 

 刀を収める2人。

 

 それと同時に、戦いの喧騒は止み、夜の静寂が舞い降りて来た。

 

「・・・・・・今、サードから連絡が入った。作戦(ガンビット)はプロセスγに移行。俺達も、速やかに撤収せよ、だ、そうだ」

 

 どうやら、バスカービルと対峙したジーサード達の方でも、何らかの動きがあったらしい。

 

 どの道、敵が退却し、追撃の手段も無い以上、2人がこれ以上、この場に留まる理由も無かった。

 

「了解。セーフハウスへ戻り、次の指示を待ちます」

 

 頷いたエムツヴァイは、手早く撤退の準備を進めていく。

 

 その様子を横目で眺めながら、エムアインスは心の中で呟いていた。

 

 今回は、邪魔が入ったせいで、中途半端な結果に終わってしまった。それに奇襲を受けたせいで、友哉が実力を十全に発揮できなかった事もあり、エムアインスとしては、聊か物足りなさを感じずにはいられなかった。

 

 何れにせよ、近いうちにもう一度剣を交える事になるだろう。

 

 是非ともその時は、互いに全力を出せる状態でありたいものである。それでこそ、自分とツヴァイが、緋村友哉と言う存在を求めてこの国へ来た目的が、真の意味で達せられる筈だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 武偵病院へ運びこんだ友哉は、すぐに治療室へと運ばれ、措置へ入った。

 

 幸いな事に、殆どの斬撃は着ていた防弾コートと防弾制服によって防がれた為、重傷と言えるのは頭部に食らった一撃のみだった。それも、友哉はとっさに回避行動を取ったらしく、刃は掠めるように過ぎただけらしかった。

 

 処置を施し、ベッドに寝かせた所で、ようやくひと心地つく事ができた。

 

「・・・・・・たった半月の間に、2度も入院してくる人がいるとは思わなかったわ」

 

 呆れ気味にそう言ったのは、救護科(アンビュラス)3年の高荷紗枝だった。今回も、彼女が的確な措置を行ってくれたおかげで事無きを得た。

 

 今、彼女とイクスのメンバー、それに彩夏は友哉の病室に集まり、彼のベッドを囲むようにして立っている。

 

 友哉の他に、陣も重傷と言って良い。その証拠に、彼もまた全身に包帯を巻いた姿で立っている。

 

 もっとも、こちらは紗枝に「あんたは唾でも付けておけば治るでしょ」と言われてしまったが。

 

 それで納得している辺り、陣の体も人間としてどうなのだ、と思わない事も無い。

 

 とは言え、今、問題にすべきは、その事では無かった。

 

「今、連絡があったわ」

 

 紗枝は首に下げた院内用PHSを閉じ、顔を上げた。精密機器の多い病院内では、不要な電波による悪影響を避けるため、こうした専用のPHSを用いて、安全かつ素早く伝達を行うのだ。

 

「神崎さん、星伽さん、峰さん、レキさんの4人も収容完了したわ。これで、今夜被害にあった子は、全員収容できたわね」

 

 犠牲者が出なかった事は、喜ばしい事である。

 

 しかしその事は、感じる戦慄に対して1ミリグラムの減量にも貢献していない。

 

 一晩。

 

 それもたった数時間で、イクス、バスカービル両チームから5人もの負傷者を出しているのだ。

 

 正しく、壊滅と言って良い数字である。

 

 病室内は、まるで通夜のように沈んだ空気となっていた。

 

「でも・・・・・・・・・・・・」

 

 そんな重い沈黙を破ったのは、囁くような茉莉の声だった。

 

「無事で、本当に良かったです」

 

 そう言って、茉莉は眠っている友哉の髪を優しく撫でる。

 

 誰が、とは、茉莉は言わない。

 

 彼女にとって、そこに入る固有名詞は言わずとも決まっているのだから。

 

 そして、茉莉のその言葉は、この場にいた全員の気持ちを代弁した物だった。

 

 

 

 

 

第2話「挑戦者たち」      終わり

 


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