緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第5話「剣閃拳撃」

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園島を大騒ぎさせたバスジャックから数日が経過し、武偵校にも「ただの喧騒」と言う名の平穏が戻ろうとしていた。

 

 巻き込まれた生徒達も、軽傷だった者も含めて数日後には全員が学校に復帰を終え、唯一重症だった運転士にも、学校側から見舞金が贈られたとの事だった。

 

 ここ数日、友哉は授業に出たり、瑠香に稽古を付けたりしながら、アリアの事を考えていた。

 

 アリアは、当然の事だが、母親の無実を信じて戦い続けている。武偵殺しに異様にこだわっているのもその為だろう。

 

 だが、難しいだろう。と友哉は考える。

 

 下級裁隔意制度の施行によって、裁判の迅速化が進んでいる。アリアは最高裁までに全ての真犯人を揃え有罪判決をひっくり返そうとしているようだが、それが間にあうとは到底思えなかった。

 

 まるで、荒野の迷子だ。

 

 寄る辺も無く。差し伸べる手も無く。先の見えない野を1人彷徨う。それが今のアリアに思えた。

 

「友哉君、どうしたの?」

 

 横に並んで弁当を食べている瑠香が尋ねて来た。

 

 今は昼休み時間。自由履修までの合間を縫って尋ねて来た彼女を伴い、一般科棟の屋上で瑠香が作ってくれた弁当を食べていた。

 

 瑠香は先日の戦いで主武装のイングラムを破壊されてしまった為、新しい銃を発注している最中だった。その銃が来るまでの間は諜報科の履修と同時に友哉との稽古で時間を潰していた。

 

 気になると言えば、瑠香が武偵殺しのアジトと思われる倉庫に潜入するのを阻んだと言う少女の事も懸念材料だった。瑠香の話では、相当な剣の腕であったとか。

 

 陣と同時に現われた妨害者の存在。それが、どうにも引っ掛かっていた。

 

「妨害者・・・・・・直接的に事件に関わるんじゃなく、まるで外堀を固めるようにして、こちらの分断を図ってきた・・・・・・」

「友哉君?」

 

 ミートボールを口に頬張りながら、瑠香は怪訝そうに見詰めて来る。

 

 だが、友哉はそれに構わずに考え事を続ける。

 

 何かが引っ掛かる。情報量が少なすぎるから何がと特定する事は難しいが、自分は何か大きな物を見落としている気がしてならなかった。

 

 その時、こちらに向かって歩み寄って来る人影に気づき、友哉は顔を上げた。

 

「やっほー、ユッチー!!」

 

 金色の髪を靡かせて手を振っているのは理子だった。予め昼はここにいるとメールしておいたので、探して来てくれたのだろう。

 

「悪いね理子、わざわざ来てもらったりして」

「なんのなんの、あ、美味しそう。いただきまーす」

 

 駆けつけ三杯とばかりに、友哉の弁当箱から卵焼きを一切れ摘んで口に入れる。

 

「ん~、うっま~いッ ルカルカ、まだ腕上げたんじゃない?」

「そ、そうですか?」

 

 素直に褒められて、瑠香は嬉しそうに頬を染めた。

 

「もうね、これならいつでもお嫁に行けるよ。って言うか、理子がお嫁にもらっちゃおうかな。ねえ、ユッチー、この娘、理子に頂戴」

「いや、頂戴って、ペットじゃないんだからさ」

「その、困ります、理子先輩」

 

 苦笑する友哉と、困ったように恐縮する瑠香を面白がるように、理子は友哉の隣に腰掛けた。

 

 友哉も真顔に戻り、理子に向き直る。

 

「それで理子、頼んでおいた物は?」

「うん、バッチリだよ」

 

 そう言うと理子は、制服の胸に手を突っ込む。

 

 僅かに見えた理子の下着に少し顔を赤くする友哉に構わず、理子は胸元から書類の束を出して友哉に差し出してきた。

 

「はい、ユッチー、どうぞ」

「う、うん、ありがとう」

 

 少しどもる友哉。半眼で睨んで来る瑠香を見ないようにしながら書類を開く。

 

 理子は探偵科に所属しており、普段の馬鹿騒ぎ振りからは想像できない程、高い調査能力を持っている。追跡調査が必要な局面では、こうして重宝される場合が多い。

 

「何調べて貰ったの?」

 

 横から瑠香が覗き込む。

 

 そこにはある人物の写真と共に、その身辺を調査した報告書だった。

 

「あ、これ」

 

 その写真には瑠香も見覚えがあった。

 

「相良陣、16歳。お台場を中心に活動する不良グループの顔役的存在。ただし本人は一匹狼である事を望んでおり、取り巻きが勝手にそう呼んでいるだけ。《喧嘩屋》を自称し、お台場周辺で起こる揉め事の解決や、依頼を受けての喧嘩代行業を行っている。喧嘩代行業においては敗れた事は無く、百戦百勝を誇っている。素手で鉄をも砕く拳を持ち、その撃たれ強さと合わせてヤクザの事務所を壊滅に追いやった事もある。その戦闘力は武偵ランク換算ではBからAに相当すると思われる」

 

 その後、陣が関わったとされる事件、揉め事が羅列して記載されている。

 

 乗りかかった船、と言う訳ではない。ただ、友哉は先日のバスジャックに関わり、尚且つアリアの事情を知った事から、自分なりの方法で武偵殺しに迫ってみようと考えたのだ。

 

 武偵が護るべき規範として10条からなる「武偵憲章」と言う条文がある。その8条にこうある。「依頼は、その裏の裏まで完遂せよ」。アリアから武偵殺し関係の依頼を受けた以上、それを最後まで支援するのは友哉の義務であり、そして望みでもあった。

 

 陣がどの程度、武偵殺しについて知っているのか、それは判らない。しかし例え細い糸であったとしても、手繰れば必ず何かが出て来る筈だ。

 

「相良陣・・・・・・」

 

 あのコンクリートを粉砕した技の正体は判らないが、しかし攻略法はある。次に戦った時には仕留める自信があった。

 

「あ、そう言えばユッチー知ってる?」

「何が?」

 

 話題を変える理子に、友哉は資料を読む手を止めて理子に向き直った。

 

「実はね、アリア、イギリスに帰る事になったんだよ。確か、今夜の便じゃなかったかな」

「アリア先輩が!?」

 

 話を聞いていた瑠香が素っ頓狂な声を上げた。

 

「な、何でですかッ!?」

「さあ、そこまではちょっと。ただ、アリア、ここのところずっと塞いでる感じだったからねえ」

 

 それは友哉も感じていた事だ。バスジャックの後、アリアは目に見えて気落ちしていた。殆ど無気力に見えるほどに。

 

 だが、神崎かなえ。アリアの母親と思われる女性は日本に収監されている。武偵殺しも、恐らく現在は日本に潜伏している。アリアにとって、今、日本を離れる事にメリットはない筈だ。

 

『方針を、変更したのか・・・・・・』

 

 かなえが着ている罪は武偵殺しの物だけではない。恐らく、他の容疑者を追う方向に切り替えるのかもしれない。もう時間も無いと言うのに。

 

「残念だな、折角仲良くなれたのに」

 

 そう言って瑠香は俯く。確かに、瑠香は最近アリアと仲良く話したりする場面が見られた。そのアリアが遠くに行ってしまう事が寂しいのだろう。

 

「理子、アリアが乗る便はいつ出るの?」

「んっと、確か、羽田発ヒースロー行き、19時発のチャーター機でANA600便だったかな」

 

 それを聞いて、友哉は立ち上がる。

 

「瑠香、行くよ」

「え、う、うん。それじゃあ、理子先輩。また今度」

「おー、行ってらっしゃーい!!」

 

 能天気に手を振る理子に背を向ける友哉を、瑠香は慌てて追いかける。

 

 友哉は手にした逆刃刀を強く握る。

 

 これまでは武偵殺しに対し完全に防戦一方だったが、ここからは攻勢に出る番だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お台場ライナー埠頭。

 

 総延長1800メートルの岸壁を有し、船荷の積み下ろしを行う場所に友哉は立っていた。

 

 夕日が照らす岸壁の南側に立ち、友哉は静かに目を閉じている。

 

 戦いの前の、あの奇妙な落ち着きが今来ている。これから戦う相手は決して侮れる物ではない。油断は即、死にも繋がるだろう。

 

 だが、今の友哉に気負いはない。自分でも異様に思うくらい冷静に、これからの戦いに集中している。

 

 瑠香も雰囲気で察しているのだろう。友哉の後ろに控えたまま、声を掛けようとはしなかった。

 

 その時、ザッとアスファルトを踏む音が聞こえ、誰かが立ち止まる気配があった。

 

「よう、アンタの方からお呼びがかかるとは思わなかったぜ」

 

 目を開くと、ポケットに手を入れたまま不敵な笑みを見せている相良陣が立っていた。

 

 陣との決着を付ける戦場として友哉が選んだのが、ここ、ライナー埠頭だった。

 

「まさか、こんなに早くアンタと決着を付ける事になるなんてな」

「そうかな、少し遅いくらいだと思うけど」

 

 そう言って苦笑を返す。

 

 武偵殺しの件で情報をまとめるのに手間取った上、大した成果が上がらなかった事が原因ではある。そして、友哉はこれ以上後には引けないと言う状況で、今、ここに立っていた。

 

「相良、単刀直入に聞くけど、君は武偵殺しと直接関係があるの?」

「ああん? 何だそりゃ。そんなもん、聞いた事もねえよ」

 

 友哉の問いに間髪入れずに答える。

 

 友哉は真っ直ぐに陣を見据える。理子が調べてくれた陣の調査書類には、性格は「直情馬鹿」とあった。理子なりの表現方法に苦笑したが、同時に真っ直ぐで嘘をつかない性格である事が推測できた。ならば、今の答えもはぐらかす事が目的とは考えにくい。

 

「じゃあ、質問を変える。君に今回の件を依頼してきたのは誰?」

「・・・・・・成程。そいつを聞きたかった訳か」

 

 陣は不敵な笑みのまま、両手をポケットから出して拳を作る。

 

「良いぜ、教えてやるよ。ただし、アンタが俺に勝ったらな」

 

 相手が構えるのを見て、友哉も刀の柄に手を掛けた。元より、ここに来た時点で対決は不可避な物と考えていた。

 

「友哉君・・・・・・」

 

 心配そうにつぶやく瑠香に片手を上げて答え、友哉の瞳は真っ直ぐに陣を見据えた。

 

 次の瞬間、

 

「行くぜ!!」

 

 陣は拳を掲げ、友哉めがけて突っ込んで来る。

 

 陣は痩身とは言え190センチ以上の長身。154センチの身長しかない友哉からすれば見上げるような大男だ。しかも体は筋肉質であり、非常にしなやかな動きができる。

 

「喰らえ!!」

 

 その全身のバネを遺憾なく発揮した一撃が、大気を砕いて友哉に迫る。

 

 だが、友哉は冷静に拳の軌道を見据えながら、半身引く事で陣の攻撃を紙一重で回避する。

 

「甘ェ!!」

 

 回避されるのは陣にも判っていたのだろう。

 

 叫びながら、今度は左の拳を繰り出して来る。

 

 切り返しの速い拳撃は、友哉の鼻先を掠めていく。

 

 風圧が鼻を抉るようにしていき、直撃してもいないのに友哉は顔面に痛みを感じているようだった。

 

 陣は尚も攻撃の手を緩めない。

 

 素早い切り返しと連続攻撃。それはまるで、拳の散弾だ。紙一重で避け続けるにしても限界がある。

 

 だが、

 

 友哉はその一撃一撃全てを見極め、常に陣の腕が描く軌道の範囲外に逃れる。

 

「どうした、逃げるだけじゃ、この間と変わらないぜ!!」

 

 勿論、逃げるだけで終わるつもりはない。

 

 陣が大きく右腕を振り上げる。

 

 その瞬間を、友哉は見逃さない。

 

 鋭い眼光が、容赦無く陣を射抜く。

 

 次の瞬間、友哉は逆刃刀を鞘走らせた。

 

 抜刀術による一閃。その一撃は陣の繰り出す拳をはるかに上回る速度でもって、カウンターを叩きつける。

 

 横薙ぎに刃が払われる。

 

 一閃は陣の脇腹を直撃した。

 

 手応えはあった。普通の人間なら骨折すら免れない一撃である。

 

 だが、

 

「効くかよ、そんなもん!!」

 

 陣は何事も無かったかのように、友哉に対して鋭い回し蹴りを繰り出す。

 

 蹴り技は拳よりも遅い分、遠心力が入るので威力が高く、更に間合いも拳より長い。

 

 友哉は大きく後退する事を余儀なくされた。

 

 陣の爪先が、容赦無く後退する友哉を掠めるが直撃には至らない。

 

「チッ!?」

 

 陣は舌打ちしつつ、後退しながら着地する友哉を見送る。

 

 速度ではかなわないと踏んだのだろう。無理に追撃は掛けず、懐に入って来た時をねらってカウンターを仕掛けるつもりのようだ。

 

 一方の友哉はと言うと、並みの一撃では陣を倒せない事くらいは先の戦闘で予想済みだったので、別段驚きはしない。

 

 並みの一撃が効かないのなら、並みで無い攻撃を繰り出せばいいのだ。

 

 逆刃刀を片手で持ち上げるようにして構える。切っ先は真っ直ぐに陣へと向けたまま。

 

 それが決着への合図と受け取ったのだろう。陣もまた、ニヤリと笑いながら、右の拳に力を入れて全指の関節をゴキリと鳴らす。

 

 どちらも決め技の構えだ。

 

 固唾を飲んで見守る瑠香の喉が、緊張で僅かに鳴った。

 

 次の瞬間、

 

 動いたのは陣だった。

 

 速度で敵わないのでカウンター狙いであると踏んでいた陣の方から攻め込む。この一見焦れて仕掛けただけにも見える状況だが、陣には勝算があっての事だった。

 

 如何に速度に優れようと、それは視界が効いた状態での話だ。ならば、それを封じてしまえば良い。相手の情報を遮断するのは、どのような戦闘に置いても必勝のパターンである事に変わりはない。

 

 間合いまであと一足と言う段階に入った瞬間、陣は上半身を撓め、拳をアスファルトの地面に叩きつけた。

 

 「二重の極み」。それが、陣が先日の戦いで使った技の名前である。

 

 本来、物質にはすべからく抵抗力が存在する。その為、いかに強力な打撃であっても、その威力を完全に物質に伝える事はできない。ならば、まず第一撃を物質に加え、その刹那の後、第二撃を加えれば、威力は完全に物質に伝える事ができる。

 

 そうして振るわれた拳は、いかな巨岩すら砕く事ができる最強の一撃となる。

 

 この技は陣の先祖が、修行中に降臨した不動明王から教わったとされている。まあ、それは眉唾だろうと陣本人は思っているが。この二重の極みを、陣は左右両方の拳で放つ事ができる。もっとも、あまりに危なすぎて人間に直接放った事はないが、それ以外の如何なる物をも、これまで破壊し尽くしてきた。

 

 陣の拳が友哉のすぐ足もとにある地面に叩きつけられ、アスファルトを粉々に粉砕した。

 

 巻き起こった粉塵が、友哉の小柄な体を包み込み視界を遮る。

 

 これが陣の狙いであった。

 

「友哉君!!」

 

 瑠香の悲鳴じみた声。粉塵の中に姿が見えなくなった事で、彼女の眼には友哉が倒されたと映ったのかもしれない。

 

「貰ったぜ!!」

 

 勝利を確信し、再び拳を振り翳す陣。

 

 彼の脳裏には、粉塵の中に立ちつくし、なす術も無く殴り飛ばされる友哉の姿が確かに映っていた。

 

 だが、次の瞬間、

 

「こっちだッ」

 

 上空から降り注ぐ、鋭い声。

 

 振り仰いだ陣の双眸に、

 

 赤茶色の髪を靡かせ、殆ど直角に近い形で急降下して来る友哉の姿が映った。

 

 

 

 

 

 幕末の京都

 

 剣戟と血風が吹き荒ぶ動乱の時代に、「最強の維新志士」と呼ばれた一人の剣客がいた。

 

 彼の名は、緋村抜刀斎。

 

 あまりに多くの人を斬り、あまりに多くの人を殺めた事から「人斬り抜刀斎」と呼ばれ、敵味方を問わず多くの人間から恐れられた。

 

 やがて、時代は明治に移り、抜刀斎の消息は誰も知る事無く、時代のうねりの中へとその姿は消えていった。

 

 その抜刀斎が、最も得意としたとされる技。

 

 天空を飛翔する龍が打ち降ろす雷霆の如く、上空から一気に急降下、その勢いでもって刃を斬り下げる。受けた相手は例外なく脳天から真っ二つにされると言う恐るべき必殺技。

 

 その名も、

 

 

 

 

 

「飛天御剣流・・・・・・龍槌閃!!」

 

 

 

 

 

 急降下と同時に、真一文字に一閃。

 

 友哉の放った一撃が、陣の頭頂部を直撃した。

 

 やがて、粉塵が晴れた瞬間、

 

 友哉は刀を振り下ろした状態で地面に着地し、

 

 陣はその友哉の目の前で、両腕をだらりと下げたまま立ち尽くしている。

 

 まだ戦うのか。

 

 傍で見ていた瑠香が、そう思った瞬間、

 

 グラリと陣の体は揺れ、そのまま仰向けに倒れ込んだ。

 

 いかに撃たれ強かろうと、人間である以上頭部だけは例外である。友哉の龍槌閃を脳天にまともに受け、強烈な脳震盪を引き起こしたのだ。恐らく、暫くは立つ事も出来ないだろう。

 

 だが、

 

「ク・・・ククク・・・・・・ダ~ハッハッハッハッハッハッ!!」

 

 その状態で、陣は思いっきり高らかに笑って見せた。

 

「負けだ負け。大した奴だよ、アンタ」

 

 力を振り絞るようにして首だけ持ち上げる陣だが、すぐに力尽きて後頭部を地面に打ち付けていた。

 

「いや、君もすごかったよ」

 

 言いながら、友哉は自分の傍らに空いた大穴を見やる。これもまた、陣の二重の極みによるものだが、もしこれが友哉の体を直撃していたなら、多分きゃしゃな体つきの友哉等、ひとたまりも無く粉砕されていた事だろう。

 

 だが、それをあえて直撃ではなく、地面に叩きつけて目晦ましに使ったあたりに、陣のある種のけじめのような物が見て取れた。

 

「それで、何が聞きてえんだ? つっても、俺が知ってる事なんて大したことじゃねえがよ」

 

 その言葉を受け、友哉は刀を鞘に収めると陣の傍らに膝を突いた。

 

「まず、君に今回の件を依頼した人物は誰なの?」

「名前は知らねえよ」

 

 間髪いれずに答える陣に、友哉も瑠香も呆れ顔になった。名前も知らない相手の依頼を受けたと言うのか。

 

 そんな空気を察したのか、陣は何でもないと言う風に言葉を続ける。

 

「別に、俺の中じゃ珍しい事じゃないぜ。払いも良かったしな」

「他には、何か特徴とかないの?」

「ああ、喋り方は丁寧なんだがよ、何か薄気味悪ぃ仮面を四六時中付けてる奴でな。自分の事は『仕立屋』って名乗ってたぜ」

 

 やはり。

 

 友哉の中で、かみ合わなかったパズルがようやく一枚の絵になりだした。

 

 《仕立屋》由比彰彦。あの男が今回の事件に絡んでいたのだ。

 

「ああ、そうだ、あとそのオッサンが電話で話してるのを偶然聞いたんだが、奴等、ハイジャックがどう、とか言ってたぜ」

「ハイジャック?」

 

 物騒な単語に、友哉は息を呑む。

 

 ついこの間、同じような事件「バスジャック」が起きたばかりである。もし本当に依頼主が武偵殺しであるなら、今度の標的は飛行機と言う事になる。

 

『待てよ・・・・・・』

 

 悪い予感は連鎖する。

 

 細い糸に過ぎなかった一連の事件が、強固な鎖となって繋がる。

 

 武偵殺しは武偵を狙った連続殺人犯。そして、今夜飛行機を使用する武偵に、友哉は心当たりがある。

 

 腕時計に目をやる。時間は間もなく18時になろうとしている。

 

 理子の話では、アリアは19時羽田発のチャーター機でイギリスに帰ると言う話だ。

 

 もし友哉の予想が正しければ、次に武偵殺しの標的になるのはアリアと言う事になる。それでなくても、アリアは武偵殺しを追う立場の人間である事を考えれば、武偵殺し本人からすると目障り以外の何物でもないだろう。

 

「クッ」

 

 友哉は踵を返すと、駐車しておいたバイクへと走る。

 

 事は一刻を争う。最悪の事態だけは何としても避けなければ。

 

「瑠香、君は車輛科と救護科に連絡して相良の護送を依頼して!!」

「良いけど、友哉君、どうしたの急に?」

 

 瑠香が戸惑った声で尋ねて来るが、今は説明している時間も惜しい。

 

「頼んだよ」

 

 静かに一言だけ言うと、友哉はバイクをスタートさせる。

 

 爆音を轟かせて走るバイク。

 

 それを操る友哉は、焦りに突き動かされるように羽田への道を急いだ。

 

 

 

 

 

第5話「剣閃拳撃」   終わり

 


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