緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第4話「追撃、紫電の魔女」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の帳と、深く立ちこめる霧が、再び戦場に静寂を呼び戻している。

 

 先程までこの場で喧騒が溢れていたのが、まるで嘘のような静けさだ。

 

 その中を、鋭く疾走する影が2つ。

 

 漆黒のロングコートを靡かせて駆ける友哉。その後方からは、闇に映える程の鮮やかな銀髪をしたジャンヌが続く。

 

 宣戦会議の後、逃走した『眷属(グレナダ)』派閥の者達を追い掛け、2人は全速力で駆けている。

 

「でも、ジャンヌ、追うにしても、誰を!?」

 

 眷属への参加を表明したのは5人。しかも、5人はてんでバラバラの方向に逃げた。事実上、2人で全員を追撃する事は不可能だ。誰か1人に的を絞った方が良い。

 

「ヒルダだ。あいつは一番最後に撤退を開始した。今ならまだ追いつけるかもしれん!!」

 

 友哉の言葉に、ジャンヌは間髪いれずに答えた。

 

 確かに、ヒルダは全員の撤退を見届けてから自分も退いていた。捕まえる事ができる可能性があるのは、彼女だけだ。

 

 アリアの身に何が起きたのか、ヒルダ達は何を奪って行ったのか、そもそも極東戦役とは何なのか。聞きたい事は山ほどあるが、今は奪われた物を取り返すのが先決だ。正体が判らずとも、盗られたまま、と言うのは気分が良い物ではない。

 

 やがて2人は、空き地島の端までやってきた。

 

 そこで友哉は、盛大に舌打ちした。

 

 その先は海。いかに跳躍力に自信がある友哉とは言え、飛び越えられる幅では無いのは語るまでも無い。

 

 一旦、上陸した場所まで戻って、モーターボートを持ってくるか。

 

 だが、そうなるとタイムロスになって、逃げられてしまう。

 

 迷う友哉に、しかしジャンヌは凛と言い放った。

 

「構わん、緋村、そのまま走れ!!」

 

 同時に、ジャンヌは手を掲げて自身の魔力を最大限に放出する。

 

 すると、目の前の海面が一斉に凍りつき、たちまち対岸まで白銀の橋を作り上げてしまった。

 

「さすが・・・・・・」

 

 半ば呆然としつつ、呟く友哉。

 

 「銀氷の魔女」の面目躍如と言ったところだ。

 

 友哉はできた橋に、迷うことなく飛び込んで駆ける。

 

 氷でできた橋だが、周囲の大気温度も低く抑えたのか、全く滑る様子が無い。水分が完全に凍りつき個体と化しているためだ。これなら溶けだす前に対岸まで辿りつける。

 

 一切の速度を緩めず、友哉は氷橋を渡り始める。

 

 ジャンヌも、その後ろからやや遅れ気味について来ていた。

 

「緋村、気を付けろよ。ヒルダはイ・ウーでは《紫電の魔女》と言う異名で呼ばれた、名うてのステルスだッ」

「紫電って事は、雷って事ッ?」

「そうだ。奴の雷魔法は強力だ。絶対に食らわないようにしろッ」

 

 これは、少々厄介だ。

 

 友哉の刀は当然鉄製。電撃の伝道効率が高い。もし電撃を食らおうものなら、あっという間に刀を伝って全身に伝播してしまうだろう。

 

 だが、躊躇している時間も、今は惜しい。

 

 そうしている内に、2人は対岸へと辿り着いた。

 

 同時に、たった今まで駆けて来た氷橋が一気に氷解して崩れ落ちる。ジャンヌが魔力を解除した為、構造を維持できなくなったのだろう。

 

「ヒルダはッ!?」

「奴の気配がこちらに来たのは判っている。まだ近くにいる筈だ」

 

 警戒するように、それぞれ剣を構えて警戒する友哉とジャンヌ。

 

 相手がステルスなら、不意を打たれると致命的だ。

 

 と、

 

「おーほっほっほっほっほっ」

 

 趣味の悪い高笑いが、頭上から降り注いで来る。

 

 振る仰ぐ先に、いた。

 

 2人を待ち構えるように滞空したヒルダが。

 

「まったく、卑しいハイエナのように溝臭い連中ね。しつこいったらないわ」

 

 侮蔑を隠そうともしないヒルダに、友哉とジャンヌは剣先を向けて対峙する。

 

 相手は吸血鬼。恐らくブラドやエリザベートと同じく、弱点を破壊しないと倒せないのは確認済みだ。

 

 ブラドの時は、キンジ、アリア、理子が4丁の銃を使ったし、エリザベートは5人の特殊部隊員による一斉射撃で殲滅した。

 

 だが、今ここには友哉とジャンヌ、2人しかいない。ヒルダを倒すのは事実上不可能。ならば、奪われた物を取り返す事を優先せねばならない。

 

「ヒルダ、奪った物を返してもらうぞ」

「嫌よ。これはもう私の物。人の物を欲しがるなんて、物乞いと一緒よ」

 

 あくまで小馬鹿にするような態度を崩さないヒルダ。自らが上位者であると誇示する態度が、一々鼻につく。

 

「そんな事より、ジャンヌ。今からでも遅くは無いわ。あなたも『眷属』に来ない? 元イ・ウーのよしみよ。仲良くしましょう」

「断るッ」

 

 ヒルダの誘いを、ジャンヌは一顧だにせずに振り払った。

 

「忘れるな。お前達親子と、我が一族の間にも因縁があると言う事を」

 

 以前、ジャンヌが語った事がある。3代前の双子のジャンヌ・ダルクが、初代アルセーヌ・リュパンと組んで、ヒルダの父、ブラドと戦ったと。

 

 恐らく、この2人の間にも、相応の深い溝があるのだ。

 

「なら、仕方ないわね」

 

 さして残念がる様子も無く、ヒルダは滞空したまま薄笑いを浮かべている。

 

 その視線は、相変わらず足元で剣を構える2人に侮蔑を投げかけている。

 

「あなた達は所詮、地を這う蟻も同然の存在。対して私は天空を優雅に舞う鳳。初めから敵わないと思っている相手を追って来るなんて、人間って、なんて愚かな存在なのかしら」

「惑わされるな、緋村」

 

 ジャンヌの言葉が、鋭く友哉を制する。

 

 だが、この時、既に遅かった。

 

 友哉は、ヒルダと視線を合わせてしまっていた。

 

 バチッ と言う音と共に、友哉は縫い止められたように、その場から動けなくなっていた。

 

「こ、れはッ?」

 

 まるでブレーカーが落ちた、とでも表現すべきなのか。体が全く動こうとしない。

 

「緋村、どうしたッ?」

 

 異変に気付いたジャンヌが、警戒しながら気遣ってくる。

 

 そんな2人の様子をもながら、ヒルダの高笑いが響く。

 

「だから、人間は愚かだと言うのよ。いったい、猿からどれほど進化したと言うのかしら? 所詮、高貴な存在である竜悴公姫の足元を舐める事もできないのよ!!」

 

 友哉も瞬時に理解した。

 

 これは恐らく、催眠術。先程、ヒルダの目を見た時に、気を送り込まれて全身の電気信号を遮断されてしまったのだ。

 

 何とか、気を落ち着かせねば。

 

 友哉は焦る気持ちを押さえようと、躍起になる。

 

 そんな友哉を守るように、ジャンヌが前に出た。

 

「ここは私が相手だ、ヒルダ!!」

「良いわよ、ジャンヌ。あなたは捕えて、4世と同じように長く飼ってあげるわ。そこで無様に突っ立っている、溝臭い虫けらは捻り殺すけどね」

 

 空中の魔女と、地上の戦姫が対峙する。

 

 その時、

 

「オォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」

 

 大気を切り裂く程の、裂帛の気合が、ジャンヌの背後から発散される。

 

 驚いて振り返る2人の少女。

 

 その目の前で、友哉は全身から発散する気合によって、自分の周囲を吹き飛ばしていた。

 

「そ、そんな馬鹿な・・・・・・」

 

 唖然としたのはヒルダである。

 

 友哉に掛けた催眠術が、解かれていたのだ。

 

 ヒルダの催眠術を自力で解除できた者は、今までいない訳ではないが、そう言う場合でも、何らかの薬や道具を使っての事だ。友哉のように力技で解除した者など存在しなかった。

 

「初見だと、流石に僕でも解除できなかっただろうけどね」

 

 友哉は以前、ブラドと共に現われた、殺人鬼《黒笠》と戦った事がある。彼女も二階堂平法 心の一法と言う、催眠術の使い手だった。その時と今の状況が似ていた為、もしかしたらと思って解除を試みてみたのだが、

 

 結果は上手くいったらしい。

 

「クッ これだから野蛮人は嫌いなのよ。優雅さの欠片も感じられないわッ」

 

 悔し紛れの捨て台詞のような事を言い放つヒルダ。

 

 だが、彼女の余裕もそこまでだった。

 

 友哉の復活を好機と取ったジャンヌが、攻撃を開始したのだ。

 

「ハッ!!」

 

 氷で作り上げたナイフを、鋭く上空のヒルダへと投げつけるジャンヌ。

 

 対してヒルダは、空中で宙返りをするようにしてジャンヌの攻撃を回避した。

 

「無駄よ、ジャンヌ」

 

 僅かに高度を落としながら、ヒルダは余裕を取り戻した声で言う。

 

「あなた、さっき大掛かりな魔法を使ったでしょう。もう殆ど魔力は残されていない筈。そんな状態で、私に勝てるのかしら?」

 

 確かに、ジャンヌは先程、海を渡る際に大掛かりな氷魔法を使用している。ステルスは長時間の戦闘には向かない事を考えると、ジャンヌはこれ以上長く魔術使用はできないし、大魔法を使う事もできないだろう。

 

 ジャンヌは剣、超能力、銃をバランスよく使い分けるマルチタイプの戦術家だが、それだけに、魔力を使い果たした状態で、ステルス主体のヒルダと対峙するのは不利だった。

 

 だが、

 

「そうだな・・・・・・」

 

 デュランダルを構えながら、ヒルダの言葉に応じるジャンヌ。

 

「だがヒルダ。お前の方こそ、私達を見下すのに夢中になって、頭の上が留守になってはいないか?」

「何を言っているのかしら?」

 

 嘲笑するヒルダ。

 

 自らより高く飛べる人間などいる筈が無い。

 

 そう考えて振り仰いだ先。

 

 見て、

 

 絶句した。

 

 欠けた月を背景に、刀を振りかざした人影が、まっすぐにヒルダを睨み据えていた。

 

「残念だね。空を飛ぶのは君だけの特権じゃないんだよ」

 

 ヒルダよりもさらに高く跳躍した友哉の、囁くような声。

 

 次の瞬間、一気に急降下する。

 

「おのれッ」

 

 手を振り上げて迎え撃とうとするヒルダ。

 

 しかし

 

「飛天御剣流、龍槌閃!!」

 

 天空を舞う龍が打ち下ろす雷霆は、一瞬早くヒルダを捉えた。

 

 相手は吸血鬼。並みの一撃では簡単に復活を許してしまう。

 

 だから友哉は、微塵も容赦する事無く、ヒルダの頭めがけて刀を叩きつけた。

 

 悲鳴を上げる間すら無く、地上に叩きつけられるヒルダ。

 

 次いで、友哉も地上に着地した。

 

「やったかな?」

「いや、無理だろう」

 

 刀を構えて残心を示しながら尋ねる友哉に、ジャンヌは首を横に振る。

 

 相手は吸血鬼。この程度では足止めにもなるまい。

 

「じゃあ、今の内に、盗られた物を取り返しておこう」

 

 そう言って、倒れているヒルダに近づこうとした。

 

「フ・・・・・・フッフッフッフッフッ」

 

 倒れたままのヒルダから、くぐもったような笑い声が聞こえて来て、2人はとっさに剣を構え直す。

 

 2人が見ている前で、ヒルダはゆっくりと体を起こした。

 

「やってくれたわね・・・・・・虫けらの分際で・・・・・・」

 

 額から尚も血を流しながら、その顔は怒りに染め上げられている。

 

 格下だと思っていた者達にしてやられた事が、この吸血鬼のプライドを強かに傷付けた様子だ。

 

 異変は、その時起こった。

 

 2人が見ている前で、視界が明滅を始めたのだ。

 

 見れば、周囲の証明が一斉に点滅を繰り返したと思うと、一斉に消え去り、周囲が闇に包まれた。

 

 その中で1人、ヒルダだけが青白く輝いている。

 

 まるで、周囲の電力全てが、ヒルダ1人に集まったような光景だ。

 

「いかんッ!!」

 

 とっさに前に出て、デュランダルを盾にするように掲げるジャンヌ。

 

 同時にヒルダが動く。

 

「消し炭になりなさい!!」

 

 ボール状になった雷の塊が、ヒルダの手から放たれる。

 

 その一撃を、ジャンヌはデュランダルで受け止めた。

 

 だが、

 

「アァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 悲鳴と共に、ジャンヌは剣を取り落として、その場に倒れ伏す。

 

「ジャンヌ!!」

 

 友哉は慌てて駆け寄り、抱き起こそうとするが、先の電撃で鎧が過熱しており、すぐには触れそうもない。

 

 やがて、周囲の電気が点灯し、明るさを取り戻して行く。

 

 その時には既に、ヒルダの姿はどこにもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とにかく、多少落ち着くのを待って、友哉はどうにかジャンヌを武偵病院へ運ぶ事ができた。

 

 幸いな事に、救護科(アンビュラス)3年で、友哉の知り合いでもある高荷紗枝(たかに さえ)が当直で詰めてくれていたお陰で、運び込むとすぐに診察し、空きベッドを提供してくれた。

 

「すまないな、緋村」

 

 ベッドに横になりながら、ジャンヌが詫びて来る。

 

 深夜の病室と言う事もあり、あまり大きな声で話す訳にもいかない。

 

 友哉も、微笑しながら応じる。

 

「気にしなくて良いよ。まあ、結局ヒルダには逃げられたけど、ジャンヌが無事で良かったよ」

「とは言え、重傷である事は間違いないわ」

 

 友哉の言葉を引き継ぐように、白衣を着た紗枝が言った。

 

「事情は緋村君から聞いたけど、あなたは電撃を浴びたせいで全身の腱が激しく痙攣を起こしている状態よ。安静にしていれば、数日で動けるようにはなるけど、暫く戦闘は無理ね」

「とっさに対抗(レジスト)したのだが、やはり奴と私の相性は悪かったようだ」

 

 ステルスには、拳銃や刀剣には無い要素である「属性」が存在している。有名なのは「水克火」。すなわち、火は水で消せる。と言う物だ。これにより、火属性を持つステルスは、水属性を持つ者に対して不利となる。

 

 ジャンヌの属性が氷であるのに対し、ヒルダは雷。氷は水に近い性質を持ち、水は雷の伝導効率を上げ、威力も増幅させる。その為、相性の悪さのせいで、ジャンヌの魔力ではヒルダに対抗しきれなかったのだ。

 

 「お大事にね」と言って病室を出て行く紗枝を見送ってから、友哉はジャンヌに向き直った。

 

 友哉も、色々とジャンヌに聞きたい事があったが、今は取り敢えず絶対安静との事だったので、病室を後にして病院を出ようとした。

 

 だが、1階のロビーまで降りた時、友哉の行く手を遮るように小柄な影があるのに気づいた。

 

「待っておったぞ、緋村」

「おろ、君は・・・・・・」

 

 和服姿に、狐耳と尻尾を生やした女の子は、あの宣戦会議の場にいた玉藻と言う女の子だ。

 

 あの異形揃いの中では、数少ない味方である少女だ。

 

「どうじゃ、ジャンヌの容体は?」

「取り敢えず、命に別条は無いよ」

 

 言ってから、思い出したように付け加える。

 

「ごめん、結局、1人も捕えられなかったよ」

「いや、構わん。事情を知らなかったのであれば詮無い事じゃ。それより、よう2人とも無事に帰って来た」

 

 そう言って玉藻は友哉に労いの言葉を掛けた。

 

 取り敢えず、落ち着いて話そうと言う事になり、友哉は2人分のジュースを自販機で買い、ついでに玉藻が背負っている小さな賽銭箱に、玉串料として5円を献上させられると、2人は並んでロビーの椅子に腰かけた。

 

「さて、何から説明してやればよいかの」

「僕も何から聞けばいいのかさっぱりだけど、取り敢えず、」

 

 コーヒーに口を付けてから、友哉は玉藻に向き直った。

 

「何で僕の事知ってるの?」

 

 それが気になっていた。玉藻は初めて会った時から、友哉の名前を呼んでいた。

 

 勿論、このような狐少女と知り合いになった覚えは無い。

 

「ふむ」

 

 質問に対し、玉藻は暫く友哉の顔を見てから答えた。

 

「はじめは似てるかと思ったが、よく見ると、あまり似とらんな」

「似てるって、誰と?」

「お主の先祖じゃよ」

 

 言ってから、両手で持ったリンゴジュースをグビリと飲む玉藻。

 

「緋村抜刀斎じゃ。あやつもなかなかじゃったが、お主はあやつに輪を掛けて線の細い顔をしとる。殆ど、女子(おなご)そのものじゃな」

「いや、ちょっと待ってッ」

 

 思わず大きな声を出してしまってから、友哉はここが病院である事を思い出し、慌てて周囲に誰もいないのを確認してから玉藻に向き直った。

 

「抜刀斎が生きていたのは、もう150年も昔の話だよ。それを、」

「安心せい、儂は800年以上生きとる。150年前なんぞ、つい昨日と変わらん」

 

 800年。

 

 絶句と言う言葉すら、遠い時間のように思える。

 

 だが、どう見ても人間には見えないこの少女の事。そこに常識を求める事が間違いなのかもしれない。

 

 その後、「女神に歳を言わせるとは何事か」と怒られ、再び賽銭として10円ふんだくられる事になった。

 

「儂が抜刀斎に会うたのは、2度きりじゃ」

 

 飲み終わった缶を小さな手のひらでもてあそびながら、玉藻は語り始めた。

 

「はじめは幕末の京都。維新志士の先駆けとして戦っとった奴は、見るからに抜き身の刃のような印象をしておっての。敵である幕府方のみならず、味方からも恐れられとった。じゃが、儂にはどうにも、あやつが何か、深い悲しみを振り払うように戦っておるように見えたよ」

「そんな事が・・・・・・」

「次に会うたのは、明治の東京じゃった。会うたのは偶然じゃったが、奴は既に所帯を持って平和に暮らしておった。驚いたよ、あれだけギラギラとした殺気を振りまいていた男が、まるで隠居した年寄のように、自然と笑顔を表すようになっとったのじゃからな。一瞬、別人かと思うたくらいじゃった」

 

 その間に、一体抜刀斎の身に何があったのか、それは玉藻にすら判らない事だった。

 

「そんな訳で、お主の事は、何処か他人のような気がせんのじゃよ」

「そうだったんだ」

 

 うちの先祖も、色々な知り合いがいたもんだ、と心の中で呟きながら、コーヒーの最後の一滴を飲みほした。

 

 その後、玉藻は色々な事を友哉に話して聞かせた。

 

 今回の極東戦役の事、緋弾の事、パトラ達が奪って行った殻金の事、そしてアリアの事。

 

 アリアが現在保有する緋弾。その緋弾を封印し制御する為に、殻金七星と呼ばれる鍍金が被せられていたらしい。その殻金がヒルダによって破られた事により、緋弾を押さえていた封印が、徐々に綻び始めているとの事だった。

 

 幸いな事に7つの殻金の内、2つを戻す事ができた為、最低限の封印は保たれている。また、奪われた5つを取り戻せば、封印を復活させる事もできるらしい。

 

 だが、もし封印が解かれた時、それは覚悟が必要な時だとか。

 

 アリアは緋緋神と呼ばれる存在になり、人の心と争いを操り、世に災いを齎すと言う。

 

「これは、遠山にも言うたが、そうなったら、迷わずアリアを殺せ。さもなくば、取り返しのつかない事態に陥るじゃろう」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 アリアを殺す。

 

 はたして、そんな事ができるのだろうか。この自分に。

 

 アリアは仲間だ。仲間をこの手で殺すような事は、想像すらしたくなかった。

 

「・・・・・・とにかく、眷属の連中を倒して、その殻金を奪い返せば良いんだよね?」

「当面は、その認識で良かろう。じゃが、儂が言うたこと、ゆめ、忘れるでないぞ」

 

 念を押すような玉藻の言葉に、友哉は頷きを返す事が、結局できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、昨夜は一睡もできなかった。

 

 寮に戻った友哉は、寝ている2人を起こさないようにして部屋に入ると、戦いの泥を洗い流すべくシャワーを浴び、着替えてさっぱりしたところで、疲れた体をソファーに沈ませた。

 

 「宣戦会議」「極東戦役」「緋弾」「殻金」「師団」「眷属」

 

 一晩のうちに、あまりにも多くの事が起こり過ぎた。

 

 以前から、敵味方問わず、色々な人物が示唆して来た戦争が、ついに幕を開けた事になる。

 

 そして、イクスは2大勢力の片割れ、師団として戦う事を表明してしまった。

 

 本来なら、このような重大な事は、皆と相談の上で決めなくてはならない事の筈だが、友哉自身、事情も何も判らないままだった事もあり、なし崩し的に師団への参加を表明してしまった。

 

 一度、みんなで集まって、玉藻から聞いた事を説明しなくてはならないだろう。

 

 そう考えた時。

 

「おはようございます」

 

 背後からの声に振り返ると、パジャマ姿の茉莉が、少し驚いたような顔でこちらを見ていた。

 

「友哉さん、今朝は早いですね」

「うん、ちょっとね」

 

 曖昧に答えて、微笑を向ける。

 

 早いどころか、寝てすらいないのだが。とっさの事で、それをどう説明すれば良いのか思いつかなかった。

 

 だが、言いあぐねる友哉の姿に何かを感じ取ったのか、茉莉は真剣な眼差しを友哉に向けて来る。

 

「・・・・・・何か、あったんですか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 尋ねる茉莉に、友哉はどう答えれば良いのか迷った。あまりにも、事が重大すぎるのだ。

 

 だが、黙っている友哉に、茉莉は静かに詰めよって来る。

 

「何かあったんですね」

 

 言い淀む友哉の態度に、茉莉も何か容易ならざる物を感じたようだ。真剣な表情で見つめて来る。

 

「話して下さい。私はイクスのサブリーダーです。あなたを補佐すべき立場にあります」

 

 確かに、いかに4人だけの少数チームとは言え、言わば茉莉は友哉の副官だ。彼女を信用せずして、一体誰を信用するのか。

 

「・・・・・・実は」

 

 友哉は昨夜から今朝方に掛けて、起こった事を全て話した。

 

 真剣に聞いていた茉莉も、そのスケールの異常さに緊張を隠せない様子である。

 

「・・・・・・極東戦役ですか。そんな事が」

「みんなに相談もしないで、こんな重大な事を決めてしまったのは悪かったと思っている」

 

 頭を下げる友哉に、茉莉はかえって恐縮したように手を振った。

 

「そんな、謝らないでください。きっと、私も友哉さんと同じ立場だったら、同じ決断をしたと思いますから」

 

 そう言ってくれると、本当に助かる。

 

 だが、

 

「正直、師団の不利は否めない。数は明らかに少ないし、敵の実力は殆どが未知数だ。暫くは苦しい戦いを強いられる事になると思う」

 

 戦力として把握しているのは、昨夜顔を出した中では、せいぜい以前戦ったパトラと、後は若干、ヒルダくらいの物である。後は全くの五里霧中状態だった。

 

 他に、『黙秘』したLOO、『無所属』を表明した、カナ、リバティ・メイソン、ジーサード、そして仕立屋の動向も気を使わねばならない。

 

 前途は、まだ昨夜と同じく霧の中にあった。

 

 

 

 

 

 その後、登校した友哉達は、3時限目までの授業を問題無く消化した。

 

 開戦初日と言う事もあってか、友哉は朝から緊張のし通しだった。

 

 油断する事はできない。極東会議の条文に従えば、いつ何時、誰が誰に奇襲を仕掛けても良い事になっている。つまり、極端な話、授業中に誰かが攻撃を仕掛けて来る事もあり得るのだ。

 

 とは言え、どの勢力も、すぐに仕掛けて来る事は無いようだ。

 

 流石にジャンヌは来てないそうだが、キンジは朝から登校していたし、C組の人間に話を聞いたところ、レキも普通に登校してきたようだ。

 

 唯一、朝には姿を見せなかったアリアも、4時限目には姿を見せ、健在は確認されている。

 

 そして、今日の4時限目は、学園祭の準備に向けたロング・ホームルームとなった。

 

 友哉達は2年A、B、C組の3クラス合同で、『変装食堂(リストランテ・マスケ)』をやる事になった。

 

 これは所謂、コスプレ喫茶とコンセプトは似ているが、中身は全く異なる。変装術の評価も含まれている為、中途半端は許されない。割りあてられた衣装の存在に、完璧に成りきる必要があるのだ。

 

「よっしゃ、ガキども。衣装決め、始めるぞ」

 

 威勢よく言っているのは、強襲科(アサルト)の蘭豹である。手には大型拳銃のS&W M500が剣呑な光を放っているのが見える。

 

「よぉーし、各チーム同士で集まって待機ィ、ゴホッゴホッ」

 

 咳き込みながら言ったのは、尋問科(ダギュラ)の綴梅子だ。

 

 と言うか、いかに武偵校内とは言え、体育館で教師が堂々と煙草を吸うのは如何な物か。

 

 イクスの面々も一か所に集まってくる。

 

 瑠香は1年生ながら、友哉が教務課に直談判し、繰り上げでチームに組み込んだ身だ。クラスよりもチームを優先するのが武偵である為、『変装食堂』への参加も認められている。もっとも、瑠香の場合、それでいて自分のクラスの出し物にもきっちり協力すると言うのであるから、ひじょうに彼女らしいと言える。

 

「楽しみだねえ」

「おう、何か学園祭らしくなって来たじゃねえか」

 

 瑠香と陣が、そう言って笑顔を浮かべている。

 

 まだ、2人には極東戦役の事は話していない。いずれ一両日中には、機会を設けて話そうと思っていた。

 

 近くには、同じく師団仲間のバスカービルの面々も見える。

 

 だが、キンジに対するアリアの視線が、何やらよそよそしいような気がするのは、友哉の気のせいなのだろうか?

 

 そんな事を考えていると、いよいよ衣装決めが始まった。

 

 衣装は、男子と女子に分かれたクジを箱から引き、割りあてられる仕組みになっている。

 

 引いたクジが気に入らなかった場合、引き直しは一度だけ認められる。その際、一枚目は無効となり、二枚目が確定、キャンセルはできない。

 

 万が一、難しい役を引いてしまい、それを全うできない場合は教務課全員の体罰フルコースが待っているから、誰もが真剣以上に真剣である。

 

「お~い、陽菜っち、こっちこっち!!」

 

 瑠香が元気に手を振り、くじ引き用の箱を持って歩いている、手伝いの1年生を呼んだ。

 

 見れば、其の1年生には見覚えがある。

 

 長い髪をポニーテール状に束ねた少女の名前は、風魔陽菜。キンジの戦妹の女の子だ。瑠香とは同じ諜報科(レザド)所属で仲が良かった筈。

 

「お待たせでござる、四乃森殿」

 

 芝居がかった口調は相変わらずのようで、友哉としては苦笑せざるを得ない。

 

 何でも、中学の時に模擬戦でキンジに負けた事で、彼に師事するようになったとか。諜報活動では高い実績を持っており、戦闘力も1年生の中では上位らしいが、キンジ曰く色々と残念な所があるらしい。

 

「ささ、男子はこちら、女子はこちらでござる。引いてくだされ」

 

 促されるままに、まずは陣が男子の箱に手を突っ込む。

 

 取り出した紙に書かれていたのは、

 

「野球選手か」

「お、意外と簡単そうじゃない?」

 

 これなら、割とすぐにできそうである。

 

 陣もそう思ったらしく、特に変える事も無く受け入れた。

 

「2番、行きまーす」

 

 そう言って、瑠香は元気に箱に手を突っ込んだ。

 

 引き当てた紙は、

 

『くノ一』

 

 とあった。これはかなりハマり役のように思える。何しろ、彼女が正にくノ一その物なのだから。

 

 だが、

 

「え~、つまんない。パス」

 

 そう言って、あっさりと捨ててしまった。どうやら瑠香の基準では、やり易さよりも面白さ優先であるらしい。

 

 続いて、もう一度引いてみる。今度は

 

『文学少女』

 

 とあった。この場合、イメージするのは、文庫本片手に眼鏡を掛け、楚々とした雰囲気を持った少女だろうか? ちょっと、瑠香のイメージとはかけ離れている気がした。

 

「四乃森殿、それで確定でござる」

「ん~、ちょっと難しいけど・・・ま、いっか。じゃ、次、茉莉ちゃん」

 

 瑠香に促され、茉莉も箱に手を入れて紙を一枚引く。

 

 そこには、

 

『巫女(神道系)』

 

 とあった。

 

「あ、良かった、これなら簡単ですね」

 

 茉莉はほっとしたように呟いた。何しろ彼女は神社の娘である。巫女服なら自前の物を持っているし、道具も、実家の父に頼めば、使っていない練習用の物を貸してくれると思う。これは当たり役かと思われた。

 

 しかし、

 

 背後から伸びて来た瑠香の手が、茉莉の紙をヒョイッと摘みあげた。

 

 そして、

 

 クシャクシャ ポイッ

 

「ちょッ 何するんですか、瑠香さん!?」

「だって、茉莉ちゃんはリアル巫女さんでしょうがッ リアル巫女さんが巫女さんのコスプレするなんて詐欺だよッ、ズルだよッ 武偵三倍刑だよ!!」

 

 意味が判らん。が、確かに、先程好カードを敢えて捨てた瑠香の事を考えれば、ズルと言えない事も無い。

 

「と言う訳で、陽菜っち、茉莉ちゃん、もう1回だって」

「では、瀬田殿。次で確定でござる」

 

 陽菜から箱を突き出され、後には引けない雰囲気になってしまった。

 

「う~・・・・・・判りました」

 

 何となく納得のいかない物を感じながらも、渋々もう1枚引く茉莉。

 

 今度は、

 

『和服ウェイトレス』

 

 とあった。

 

 茉莉の脳裏に浮かぶのは、時代劇などで和服の上からエプロンを掛けて登場する茶屋娘であった。

 

「良かった、これならできそうです」

 

 ホッと息を吐いて、決定を受け入れる茉莉。

 

「では、最後に緋村殿、引いてくだされ」

「うん、判った」

 

 最後に、友哉も箱に手を突っ込む。

 

 引きだした紙に書かれていたのは、

 

『仮面舞踏会風衣装』

 

 とあった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 その文字を見て、友哉は顔を顰める。

 

 あまり思い出したくない人物の事を、ストレートで思い出してしまったのだ。

 

「・・・・・・ごめん、もう1回」

「では、次で確定でござる」

 

 そう言って、陽菜が差し出した箱に手を入れる友哉。

 

 次に出てきた紙。

 

 それを見て、

 

 思わず絶句した。

 

 なぜなら、

 

『メイド』

 

 とあったのだ。

 

 いたずら目的なのか、サプライズ狙いなのか、男子の箱には女装物が、女子の箱には男装物の紙が何枚か入れられている。それを運悪く引き当ててしまったようだ

 

 失敗した。

 

 これなら初めのにしておけば良かった。

 

「ひ、緋村殿、それで確定でござる」

 

 肩を落とす友哉に、流石に哀れに思ったらしく、陽菜が遠慮がちに言って来る。

 

「いや、良い、良いよ友哉君、絶対可愛いって!!」

「ある意味、はまり役だろ!!」

 

 傍らで爆笑する瑠香と陣。

 

「き、気を落とさないでください友哉さん」

 

 と、茉莉も苦笑気味に慰めて来る。

 

 嘆息する友哉。

 

 どうやら、極東戦役以外にも、厄介事が増えてしまったようだった。

 

 

 

 

 

第4話「追撃、紫電の魔女」      終わり

 


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