緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第2話「千年王都」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 適度な振動が、心地よい眠気を引き起こす。

 

 友哉はまどろみに身を委ねながら、ここ数日の事を思い出していた。

 

 あの後、アリアとキンジ、レキの関係は修復不能なレベルにまで陥ったらしい。レキは余程の事がない限り、四六時中キンジの傍らに張り付いて付いて回り、周囲の人間には、「遠山とレキが付きあっている」と言う噂が武偵校中に広まるに至った。

 

 当然、アリアはその状況を面白く思っている筈も無く、一度話を聞く機会があったが「そんなもの、あたしには関係ないわよッ」、と言うお言葉を頂いた。

 

 もっとも、様子からして「関係ない」とは言い切れない所がありありと見て取れたが。

 

 一方で、キンジと接触する事にも成功していた。

 

 「接触に成功」などと書くと大げさに聞こえるかもしれないが、事が事だけにレキがいる場所では話しづらい。その上、彼女がいない場合でも、ハイマキが常時見張っている状態である。

 

 レキに忠実なコーカサスハクギンオオカミは、少しでもキンジが余計な事をしようとするのを見張っている為、やりにくい事この上なかった。

 

 そこでレキが離れた隙に、ハイマキの好物の魚肉ソーセージを賄賂として持参し、それを食っている隙にキンジと話す事に成功した。

 

 キンジが言うには、レキはいきなり求婚を申し込んだかと思うと、キンジを狙撃拘禁したと言う。恐らく、キンジが彼女の傍を離れようとすると、容赦無くドラグノフが火を噴く事になるのだろう。

 

 レキの狙撃絶対半径は2051メートル。学園島のどこにいても狙撃可能である。

 

 真っ当な方法でレキから逃げる事は不可能。となると、残る手段は1つ、「リマ症候群(シンドローム)」を狙うしかない。

 

 これは所謂、ストックホルム症候群の逆で、拘禁されている側の身上に犯人が同情、乃至共感を促し、拘禁を解かせる手段である。

 

 語源となった、ペルーのリマで起きた日本大使館立てこもり事件においては、犯人側のゲリラグループメンバーが、実際に日本大使館員達に共感を覚え、中にはより深いコミュニケーションの為に、日本語の勉強を始める者まで現れたと言う。

 

 しかし今回、果たしてそれが成功するかと言えば、難しいと断じざるを得ない。何しろ相手はあの「ロボット・レキ」だ。感情が希薄で何を考えているのかすら判らない。馴れない人間では、会話を成立させる事すら難しい少女である。果たして、どこまでうまくいくか、見当もつかなかった。

 

 とは言え、こればかりは外部の人間は直接支援する訳にもいかない。キンジが独力で状況を脱するしかないのだ。

 

 その時、

 

「友哉さん・・・・・・友哉さん・・・・・・」

 

 耳元で囁かれる声と、控え目なゆすり方。

 

 この起こし方は、瑠香ではない。彼女なら、もっと乱暴に体をゆすって来る。

 

「ん・・・・・・茉莉?・・・・・・」

 

 うっすらと目を開くと、予想通り、覗き込むようにして顔を近付けている茉莉の姿があった。

 

「着きましたよ。起きてください」

「そっか・・・・・・」

 

 友哉は状況を呑みこみ、脳を覚醒させる。

 

 今日は修学旅行Ⅰ(キャラバン ワン)初日。友哉達は、東海道新幹線に乗り、はるばる京都までやって来たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~、良く寝た」

 

 人通りでごった返す京都駅の構内で、友哉は大きく体を伸ばす。

 

 これから3日間、東京武偵校の2年生たちは修学旅行に勤しむ事になる。

 

 日程としては、1日目は寺社見学。自分で決めた寺社仏閣を3箇所巡り、帰った後、その事をレポートに纏める事になる。2日目、3日目に関しては完全に自由行動。大阪か京都の街を適当に見ておけ、との事だった。

 

 出発前に紗枝の言っていた通り、適当極まりない話である。

 

 多分、文部科学省辺りが知ったら、指導が入る事だろう。

 

 だが、そのおかげと言うべきか、他の学校の修学旅行にあるような堅苦しさは一切無縁で、本当の旅行のような気分を味わう事ができる。

 

 実際、出発前の雰囲気を見る限り、緊張感を持って臨んでいる者はほぼ皆無で、皆が皆、いかにして旅行を満喫するかに傾注している事が見て取れた。

 

 そんなな中、

 

「大丈夫ですか、まだ、疲れているんじゃ?」

 

 茉莉が心配そうに尋ねて来る。

 

 無理も無い。

 

 あの日以来、友哉は結局、訓練のボリュームを下げろと言う瑠香や茉莉、紗枝の言葉を無視して、自分が決めたノルマをこなし続けたのだから。

 

 こうして普通に会話している今も、僅かながら頭にもやがかかったような感覚があり、疲労が抜けきっているとは言い難い。

 

 茉莉としては、友哉がまた倒れないか心配なのだ。

 

 だが、折角の修学旅行なのだ。疲労して仲間に心配を掛けたままでは、折角の機会がもったいない。

 

「大丈夫だよ」

 

 彼女に心配かけまいと、友哉は微笑みながら答える。

 

「ここのところ、確かにちょっと疲れていたけど、今日から羽を伸ばせるからね」

「だと、良いんですけど」

 

 まだ不安そうな茉莉は、言葉を濁しながらも、一応は納得した風に頷いた。

 

 故郷を巡る騒動で、友哉には大きな借りがある茉莉は、以前よりも献身的な態度を見せるようになっていた。

 

 そこへ、

 

「おーい、友哉、瀬田!!」

 

 手を振りながら、陣が呼ぶ声が聞こえた。

 

 陣の大柄な体は、人垣の向こうからでも確認する事ができた。

 

 新幹線では離れた席になったが、街中では一緒に行動しようと言う事になっている。

 

 この修学旅行Ⅰは、チーム編成の一環である。

 

 武偵にとってチーム編成が重要である事は以前にも話したが、その最終確認を行うのが修学旅行Ⅰである。この旅行を通じて、チームを予定通り組むのか、それとも改めて組み直すのかを考えるのだ。

 

 友哉が目下、構想するチーム編成の中には、これまで一緒に戦って来た陣と茉莉の名前は当然ある為、今回の旅行でも一緒に回る事は前提の話だった。

 

「待たせたな。それで、どうすんだ?」

「取り敢えず、予定としては、金閣寺、清水寺、そして最終的に鞍馬山の順番で回る予定かな。その後、3日間の宿泊先である旅館に行く事になるから」

「その旅館って、あれだろ。四乃森の実家だろ」

 

 瑠香の実家である旅館「葵屋」は江戸時代から続く老舗である。現在は瑠香の両親が経営を担当しており、友哉も子供の頃から、何度も遊びに来ていた。

 

「瑠香さん、残念でしたね」

「まあ、こればっかりは仕方ないよ」

 

 顔を落とす茉莉の言葉に、友哉は苦笑しながら返す。

 

 1年生の瑠香は、当然のことながら修学旅行に参加する事はできず、東京でお留守番と言う事になっている。

 

 もっとも、友哉達が出発する時は、

 

『行ってらっしゃーい、お土産宜しくねー』

 

 などと言って、朝、元気に送り出してくれたが。

 

 いつになく、妙にハイテンションな気もしたが、まあ、そこは気にしても始まらない。お土産に何か小物でも買って行けば喜ぶだろう。

 

 さて、

 

 いつまでも駅でとどまっていては、時間がもったいない。有限な時間で、如何に有意義な旅行を楽しむか、が今回のメインテーマであると言える。

 

「じゃあ、行こうか」

 

 京都の地図を広げながら、友哉は茉莉と陣に先だって歩き出した。

 

 

 

 

 

 京都

 

 古くは日本の首都が置かれた場所であり、華やかな文化が花開く半面、多くの悲劇の舞台にもなった地でもある。

 

 幕末と呼ばれる時代も然り。多くの武士が倒幕派と佐幕派に別れて剣檄を鳴らし、血風の元に散って行った。

 

 友哉は昔から幕末の歴史に興味があり、剣術の練習の傍ら、そうした資料に目を通しては読みふける、と言う事をやっていた。維新志士や、その敵対者であった新撰組の活躍に目を走らせては心を躍らせた物である。

 

 今回1日目は、幕末に縁のある地を訪れる事はできないが、2日目以降は自由行動だ。2人を誘って行ってみるのも良いかもしれない。

 

 そんな風に考えていると、バスは1つ目の目的地である金閣寺近くの停留所へ停車した。

 

 金閣寺は正式には鹿苑寺の事を差し、室町時代の北山文化を象徴する建築物として世界文化遺産にも認定されている。室町三代将軍足利義満が、己の権勢を誇る為に建立した寺院である。その金箔の張られた外観は、あまりにも有名であり、京都でも人気の観光スポットとなっている。

 

 人によっては銀閣寺の方が趣があって良い、という意見を発する者もいる為、そこで意見が分かれる事も多い。

 

 周囲を見回せば、やはり人気観光スポットらしく、武偵校の制服を着た学生も何人か見る事ができた。やはり、考える事はみな同じと言う訳だ。

 

 もっとも、アリアやキンジなど、知り合いの姿は見られないが。

 

 受付を通って入ろうとした友哉達だが、入口付近で待機していた係員に呼びとめられた。

 

「あの、すいません、武偵養成校の方ですか?」

「はい、そうですが、何か?」

 

 突然声を掛けられた事で、友哉は怪訝な顔つきになる。まさかとは思うが、武偵お断り、などと言うルールでもあるのだろうか。

 

 荒事の処理を行う武偵は、勿論、市民の味方を標榜しているが、中にはそう思っていない人間もいる。とある政党の議員などは、武器を持っている、と言うだけで武偵を危険人物扱いする者もいるくらいだ。

 

 その為、緊急時を除いて、武偵が出入り禁止にされている施設もある。

 

 そう疑ってみたが、実際に話を聞いてみると、そうではなかった。

 

「あの、お手数ですが、入場の際は、こちらで武器の類は預けていただく事になっています」

「ああ、成程」

 

 係員の説明に、友哉は頷く。

 

 それなら珍しい話ではない。勿論、用も無いのに武器をひけらかす馬鹿はいないだろうが、寺社側としては一応の安全確保と、一般客へのイメージアピールもあるのだろう。こうして武器持ち込み禁止を掲げる事は珍しい事ではない。

 

 友哉は逆刃刀を預け、茉莉も菊一文字とブローニング・ハイパワーを出して受付のカウンターへ預けた。

 

 すると、

 

「あの、あなたもお願いします」

「いや、俺は武器は持ってねえよ」

 

 係員が陣にも声を掛けている所だった。

 

 陣は普段から、武器は使わず素手のみで戦っている。

 

 実際、陣は普段から防弾制服以外の武装は持っていないのだが、他人にはそれが判らないのだ。

 

「あの、困ります。規則ですので」

 

 本当に困った顔で、陣に言い募る。

 

 「武偵=武器を持っている」と言う認識が強い中、武器を持たないで戦う武偵もいると言う事が、係員には理解できないのだ。

 

 相手は至極真面目に対応しているだけなので、余計に困る。

 

「だから、本当に俺は何も持ってねえんだよッ」

「いえ、ですから・・・・・・」

 

 陣の剣幕にやや怯みながらも、自身の態度を崩そうとしない係員は、その認識の間違いはともかくとして、職務を立派に果たしているという点で、仕事をする人間の鏡であると言えた。

 

 そんな係員の態度に、陣も苛立ちを募らせているのが判る。このままでは、相手に掴みかかってしまう可能性すらあった。

 

「あの、」

 

 仕方なく、友哉は助け船を出す。

 

「本当に、彼は何も持っていないですよ」

「そんな例外を認める訳には行きません。預かった武器は、きちんとお預かりして、お帰りの際に返却しますから、どうかご協力ください」

 

 友哉の言葉にも、やはり首を縦に振ろうとしない。

 

 どうやら今度は、仲間同士で庇いあっている、とでも思っているらしい。ここまで来ると、職務に忠実なのを通り越して、ただの頑固者に見えて来る。

 

「チッ、面倒癖ェな」

 

 陣は頭をガリガリと掻くと、友哉達の方に振り返った。

 

「友哉、瀬田、ちょっと、この石頭を説得してから行くから、お前等は先に行っててくれ」

「え、でも、それじゃ相良君・・・・・・」

「良いから。早く行かねえと、予定も詰まってるんだしよ」

 

 渋る茉莉に、陣は苦笑しながら言う。しかし、確かに彼の言うとおり、ここであまり時間を掛ける事もできない。

 

「仕方ないよ、茉莉。僕達が先に見学して、陣とは後でレポートを書く時に情報を共有するようにしよう」

「・・・・・・そう、ですね」

 

 折角一緒に回っているのに、ここで離ればなれになるのでは意味がないが、今はそうする事が賢明のように思えた。

 

 陣は尚も係員と押し問答を続けているが、その声も境内に入ると聞こえなくなった。

 

 周囲は観光客の喧騒でいっぱいであり、寺院特有の静寂さなど感じられない。あまりの人の多さに、真っ直ぐ歩く事明日ら困難だった。

 

 世界遺産にまで指定されている建物だ。観光客が溢れるのも無理は無かった。

 

 そんな中を、2人は縫うように歩いて行く。

 

「凄い人だね、さすがは金閣寺って感じだよ」

「そうですね。何だかはぐれてしまいそうです」

 

 そう言ってから、茉莉は考え込んだ。

 

『そう言えば、友哉さんとこうして2人っきりでいるのは初めてかもしれない・・・・・・』

 

 いつも、一緒に行動する時は瑠香や陣が一緒である事が多い為、なかなか2人っきりになれなかった。

 

 そう、2人っきりに・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 そこまで考えた瞬間、茉莉の顔は一気に、ボッと真っ赤に染め上げられた。

 

『ふ、ふふ、ふた、ふたり、きり、ゆ、友哉さんと、2人っきりッ!?』

 

 突然、正体不明の緊張感と羞恥心の連合軍によって茉莉の脳内は蹂躙される。

 

 友哉と2人っきりと言う状況が、自分に取って如何にハードルの高い物であるか、今更認識したのだ。

 

 心臓が波打つ音が聞こえる。

 

 頬の熱が全身に伝播し、汗が否応なく流れる。

 

 なぜ、友哉の事を考えるだけで、こんなにも緊張してしまうのか、茉莉にも判らなかった。

 

 確かに、友哉とはいろいろあった。司法取引で編入して以来、常に肩を並べて戦い、私生活中でも、一緒の部屋で生活し、遊びに行くときも一緒だった。何より、この間、茉莉が長年抱えて来た故郷のダム建設を巡る問題を解決する為に尽力し、最後には出頭しようとする茉莉を、自分の体を張ってまで止めてくれた。

 

 普段は誰よりも優しく穏やかでありながら、断固たる意思と強さを兼ね備えた少年。それが緋村友哉と言う存在だった。

 

「茉莉、どうかした?」

「は、はひっ、い、いえ、何でもないでしゅよ」

 

 緊張のあまり、思わず噛んでしまった。

 

 その事で、更に恥ずかしさが増してしまう。

 

 真っ赤な顔のまま、ブンブンと首を振る茉莉を見て、友哉はクスリと笑みを浮かべると、手を差し伸べた。

 

「はい」

「ええっと、何か?」

 

 意味が判らない茉莉に対し、友哉は優しく言う。

 

「はぐれるといけないから、手を繋いで行こう」

「え・・・・・・えェェェ!?」

 

 突然の申し出に、茉莉の混乱は一気に加速する。

 

 そ、そんな事をしていいのか? 恐れ多くないのか?

 

 茉莉の中で、グルグルとした思考の渦が流れ始める。

 

 そんな茉莉の様子を見て、友哉はハッと何かに気が付き、次いでばつが悪そうに視線を逸らした。

 

「あ、ごめん、ちょっと無神経だった。嫌だよね、こんなの」

「いえいえいえ、そんな事無いですッ!!」

 

 勢い込んで行ってから、赤くなった顔を逸らしつつ、茉莉もオズオズと手を伸ばす。

 

「お、お願いします」

 

 差し出された手を、友哉はそっと握る。

 

『あ・・・・・・』

 

 心の名で声を上げる茉莉。

 

 普段から一心に剣を振るう友哉の手は、その少女めいた外見と異なり、ゴツゴツと硬くなっている。

 

 しかし、いつも勇気づけるように頭を撫でてくれる手は、やはり暖かく、それまで緊張に満ち溢れていた茉莉の心を優しく包み込んで行った。

 

 笑みが浮ぶ。

 

 茉莉自身、まだ自分が友哉の事をどう思っているか、整理が付いていない状態だ。

 

 彼を友達として好きなのか、それとも・・・・・・

 

 いずれにせよ、まだそれの答えを出すのは早いような気がした。

 

 2人はやがて、金閣寺が見える池の畔までやって来た。

 

 そこにも観光客が溢れかえっており、背が低い2人は、なかなかその金色の豪奢な建造物を目にする事ができないでいた。

 

「ちょっとすいません、通りますよ」

 

 言いながら、友哉は茉莉の手を引いて手際よく人込みをかき分けていく。

 

 やがて2人の視線に、金色の建物が飛び込んできた。

 

「うわぁ・・・・・・」

 

 その光景に、茉莉は思わず感嘆の声を上げる。

 

 別に茉莉自身、こうした豪奢な物に興味がある訳ではない。しかし、それでも美しい物を素直に美しいと絶賛するだけの感性は持ち合わせている。

 

「本当にすごいね。これが、1000年近く前の日本人が作ったのかと思うと、信じられないくらいだよ」

「そうですね」

 

 実際のところ、友哉の感性から行けば、こんな物を作るあたり足利義満はそうとう悪趣味な人だったのではないかと思えるのだが、純粋に建築物として見た場合、やはり美しいと思う事が出来る。

 

「そうだ、資料用に写真撮っておかないと」

「あ、そうですね」

 

 2人はそう言うと、持参したデジタルカメラを取り出してシャッターを切る。

 

 その時だった。

 

「ッ!?」

 

 一瞬、背中に寒い物を感じ、友哉はとっさにカメラを持ったまま振り返った。

 

 僅かな間のみ感じたそれは、間違いなく殺気の類であったように思う。

 

 だが、振り返った先には、多くの人だかりがあるだけであり、肝心の殺気もまた一瞬で消滅してしまった為、相手を特定する事が出来なかった。

 

「友哉さん・・・・・・」

 

 傍らに立つ茉莉もまた、緊張した面持ちで友哉に話しかける。どうやら彼女も、同様の殺気を感じ取ったらしい。

 

「何だろう?」

「分かりません。私達に向けられたものかどうかも・・・・・・」

 

 とにかく一瞬だった為、判断する材料が少なすぎる。取り敢えず、警戒しておくくらいしかする事がなかった。

 

 少なくとも、殺気を持つ誰かがいる。それだけは確かなようだ。

 

 その時だった。

 

「キャァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 突然の悲鳴が鳴り響く。

 

 ハッとして振り返ると、身形の良い女性が地面に手をついて倒れているのが見えた。

 

 更に、その女性に背中を向けて走っていく男の姿も見える。恐らく20代ほどの若い男だが、その手には、女性の物と思われるバックが握られている。

 

 引ったくり。

 

 観光地に来て、気が緩んだすきを突いた大胆な犯行である。

 

「茉莉ッ!!」

「はいっ!!」

 

 友哉の言葉を受けて、2人はその後を追おうとする。

 

 しかし、何しろこの人だかりである。加えて、突然の騒ぎの為に野次馬が集まり始めている為、身動きが思うに任せない。

 

 他の武偵達も同様であるらしく、皆、走り去っていく引ったくり犯の背中を見送ることしかできないでいた。

 

 ちょうどそのころ、友哉達とは反対側から、騒ぎを見守っている女性がいた。

 

 女性は腕に抱いた赤ん坊をあやしながら、視線は自分の方へ走ってくる男へ向けている。

 

 倒れている女性に、バックを握って走ってくる男性。

 

 その光景だけで、何があったのかだいたい察した。

 

「・・・・・・準ちゃん」

「何?」

 

 傍らに立つ夫に声をかけると、抱いている赤ん坊を差し出す。

 

「ちょっと、あっちゃんお願い」

「分かった、無茶しないでね」

 

 そう言って赤ん坊を受け取る夫に背を向け、前へと出た。

 

 そこへ、男が走ってくる。

 

「どけぇぇぇ!!」

 

 立ちはだかるのは女1人。組みし易しと見た男は、突進の勢いのまま殴りかかってくる。

 

 次の瞬間、

 

 女は身を翻すように男の腕を掴むと、勢いをそのまま利用しながら、同時に足払いをかける。

 

 投げ飛ばされた男は、そのまま天地が逆さになるような感覚の後、背中から激烈な衝撃に襲われた。

 

 何と、その女性は片手で男の体を投げ飛ばし、そのまま地面にたたきつけたのだ。

 

 その光景に、武偵、一般人を問わず、見ていた全員が呆気にとられる。

 

 どう見ても体格の劣る女性が、右腕一本で大の男を投げ飛ばしたのだから当然である。

 

 しかし、当の女性はと言えば、何でもないといった風に額をぬぐって見せた。

 

「いや~、あたしも衰えたわね。年かな?」

 

 そう言って苦笑する女性。

 

 その女性を、人込みをかき分けて出てきた友哉が、唖然とした目で見つめる。

 

「・・・・・・ね、姉さん?」

 

 呼ばれて振り返った女性は、友哉を見つけて笑顔を見せる。

 

「あら、友哉、奇遇ね。あんたも京都に来てたんだ」

 

 明神彩は、そう言ってヒラヒラと手を振って見せた。

 

 

 

 

 

 ひったくり犯を係員に突き出してから、一息ついた一同は、改めてと言った感じに向き合っていた。

 

「いや、ホントにびっくりしたよ。まさか武偵校の修学旅行Ⅰ(キャラバン ワン)と重なるなんて」

 

 彩は武偵校のOGである為、当然、その制度も知っている。彼女もまた、数年前に仲間たちと一緒に京都を訪れ、戦いと青春にその身を捧げた1人である。

 

「驚いたのはこっちだよ。まさか、こんな所で姉さん達と会うなんて」

「まあね、偶々、準ちゃんのお休みが重なったからさ」

 

 そう言って、背後で我が子を抱く夫に目をやった。

 

 彩達が京都に観光に来たのは、本当にただの偶然だった。そこから更に、同じように金閣寺に足を運んだのも同様である。

 

「久しぶりだね、友哉君」

「お久しぶりです、準一さん」

 

 人当たりの良さそうな、柔和な顔つきの青年は明神準一。彩の夫であり、現在は武偵庁の事務職員として働いている。と言っても、本人は荒事に向いた性格はしておらず、あくまでも事務方の人間として働いている。こう見えて、事務屋としては優秀であり、将来、官僚候補の有望株として武偵庁では期待されていた。

 

 彩と出会ったのは、彼女がまだ武偵現役時代だったが、友哉ともその頃からの知り合いで、友哉自身、準一の柔和な人柄には好感を覚えていた。そして、彼の手に抱かれている赤ん坊は、彩と準一の長男で、去年産まれた明神敦志である。

 

「で、友哉」

 

 彩は、友哉の背後に控えている少女を見ながら話しかける。

 

「そろそろ、そっちの娘を紹介してほしいんだけど?」

「あ、ああ・・・・・・」

 

 言われて、友哉は振り返った。

 

 こんな所で知り合いに会うと言う、衝撃のせいか、友哉は自分の背後で恐縮している茉莉の事をすっかり忘れていた。

 

「彼女は瀬田茉莉さん。同じクラスの女の子で、これまでも何度か一緒に戦ったんだ」

「あ、あの、瀬田茉莉です」

 

 そう言って勢いよく頭を下げる茉莉に、彩は優しく笑い掛ける。

 

「あたしは、友哉の従姉で明神彩よ。いつも友哉がお世話になっているわね」

「い、いえ、私の方こそ、いつも友哉さんに助けてもらってばかりです」

 

 そんな茉莉を見てから、友哉に向き直った。

 

「友哉、アンタもなかなかやるわね。瑠香ちゃんに続いて、こんな可愛い娘捕まえるなんて」

「いや、姉さん。茉莉も瑠香も、そんなんじゃないってば」

 

 呆れ気味に否定する友哉の横で、茉莉は「可愛い」と言う言葉に反応して、顔を赤くしている。

 

 その様子が可笑しいのか、更に従弟へと詰め寄る彩。

 

「まったく、このムッツリスケベめ。一体、何人の女の子を毒牙に掛けてるんだか。その内、自分の周りにハーレムでも作る気なの?」

 

 従姉から発せられる事実無根の中傷に、友哉は頭が痛くなる思いだった。大体、そんな事を言い出したら、(本人の意思にかかわらず)既に周囲がハーレム状態になっているキンジは一体何なのか。

 

 その様子を見て、敦志を抱いた準一が優しげな笑みを見せる。

 

 ひったくり犯を捕まえると言う荒事の後だと言うのに、まるで家族団欒のような暖かさが満ち溢れていた。

 

 

 

 

 

 そんな友哉達の様子を、物影から見詰める視線があった。

 

「あれが、ヒムラユウヤ、『飛天の継承者』ネ」

「ふうん、あれがね」

 

 少女の説明に、その傍らに立った女性は感心したように頷いた。

 

 少女の方は小柄な体で、長い髪をツインテールにしている。一方の女性は痩せ形でスラリと背が高く、長い髪をストレートに下ろしていた。

 

「キンチの再試の前に、あれを試す機会ができたネ」

「仕掛けるの?」

「今はまだ駄目ネ。それに、傍にマツリいる。あの女、(ウオ)の顔知ってる。ここで仕掛ける、得策でない。どこか人目の付かない場所を選んだ方が良いネ」

 

 そう言うと、少女は目を細め、視線を友哉に向ける。

 

 先程、友哉に視線を向けた際、ほんの一瞬だったにもかかわらず、彼は反応して見せた。

 

 面白い。

 

 その実力、存分に見させてもらおう。

 

 そう心の中で呟くと、女性を従えて踵を返す。

 

 後には、2人がいたと言う痕跡も残っていなかった。

 

 

 

 

 

第2話「千年王都」      終わり

 


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