緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第3話「お台場にて」

 

 

 

 

 

 

 

 基本的に友哉の朝は早い。子供の頃から実家の道場で朝稽古をしていたせいか、毎朝5時には目を覚ましてしまう。

 

 おかげで今のところ、任務以外で遅刻した事は皆無である。何もなければ8時前にはもう学校に来ている。

 

 逆刃刀を収めた竹刀袋を手に教室へと向かっていると、意外な事に自分よりも早く来ていた人物を見付けた。

 

 緑掛かったショートヘアの頭に大きなヘッドホンを付けた少女。体付きは細く、背もアリアとそう変わらない程度だ。その肩には旧ソビエト製セミオート狙撃銃ドラグノフがかけられている。

 

「おろ、おはようレキ」

 

 片手を上げて挨拶する友哉に、レキはコクリと頷きを返した。

 

「珍しいね、今日は早いんだ」

「私はいつも、これくらいに来ます」

 

 無表情に淡々と答えるレキに、「そうなんだ」と返す。

 

 レキとは、これまで何度か一緒の任務に就いた事がある。この儚げな雰囲気のある少女は、その外見とは裏腹に校内随一の実力を持つスナイパーである。

 

 通常、狙撃とはプロであってもせいぜい必中距離は1キロ前後とされている。更に腕の立つ人間でも、せいぜい1.2キロが関の山。更に1.5キロ級ともなればもはや怪物と呼んでも差支えない。

 

 その狙撃を、このレキは2キロ以上可能であると言う。まさに神域にいる狙撃兵だ。それ故に「狙撃科の麒麟児」などと呼ばれている。

 

「前から気になっているんだけど、」

 

 レキと並んで歩きながら、友哉は思い出したように尋ねる。

 

「いつもどんな音楽聴いてるの?」

 

 レキはいつもヘッドホンを手放さず、何かを聞いている事が多い。耳に音楽を入れる事で、逆に外界の音をシャットアウトし狙撃に必要な集中力を養っているのだろう。と、友哉は解釈している。

 

 だが、

 

「これは音楽じゃありません」

「じゃあ、何?」

「風です」

 

 レキの返答に、友哉は怪訝な表情で彼女を見る。

 

 対してレキは振り返らずに口を開く。

 

「気を付けてください友哉さん。良くない風が吹き始めています」

「良くない風?」

 

 一体どういう事なのか。抽象的過ぎてイマイチ要領を得ない。

 

 だが、レキはそれ以上何も語らず、友哉を置いて歩き去ってしまった。

 

 

 

 

 

 少女はポケットから携帯電話を取り出すと、ボタンをプッシュする。

 

 セミロングの黒髪をショートポニーに結った小柄な少女だ。だが、その少女の手には、彼女の体には不釣り合いな、一振りの日本刀が握られている。

 

 電話を耳に当てると、すぐに相手が出た。

 

《どうしました?》

「こちらの準備は完了。いつでも行ける」

 

 淡々とした口調で、用件だけを伝える。それだけで相手も了解したのだろう。多くの事は聞いて来ない。

 

《上出来です。クライアントの方からも準備完了のメールが届きました。彼女の行動開始に従い、私達も動きますよ》

 

 そこで相手は、ふと思い出したように話を切り替えた。

 

《そう言えば、彼はどうしました?》

 

 彼、という単語が差す2人の共通の人物は1人しかいない。

 

「出てった。退屈だ、とか言って」

《おや》

 

 多少は予想していたらしく、大して驚いた様子もなく返事が返ってきた。

 

《ま、良いでしょう。大事の前です。彼にはやりすぎるな、とだけ伝えておいてください》

「ん」

 

 それだけ言うと、電話は切れる。

 

 少女はポケットに携帯電話を戻して歩きだす。

 

 そのまま、人込みの中に紛れるようにして、その小さな体はすぐに見えなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 妙な事もある物である。

 

 午後の訓練を終えた友哉は、体育館脇に腰をおろして手にしたスポーツドリンクを煽る。

 

 友哉は深く息を吐きながら、先程見た出来事を思い出していた。

 

 何と、キンジが強襲科に戻ってきたのだ。

 

 あれだけ頑なに強襲科復帰を拒んでいたキンジが戻ってきた事は、喜び以上に戸惑いの方が大きい。

 

 どういう心境の変化なのかじっくりと問いただしたい所だったが、久しぶりに戻ってきたキンジに、彼の潜在的なシンパが群がりもみくちゃにしてしまった為、完全にそれどころではなかった。

 

 その後キンジは、必要な事務手続きを終えて帰ってしまった為、話を聞く事ができなかったのだが、帰り際にピンクのツインテールをした少女と並んで歩いているのが見えた。

 

 そのような特異な髪形をしている人間は、少なくとも東京武偵校には1人しかいない。そこで、大筋の流れは読めた。

 

「神崎さんもやるなぁ。どんな手を使ったんだろう」

 

 つまり、単純に考えてアリアがキンジの説得に成功したと考えるのが妥当だろう。あれだけ強襲科へ戻る事を頑なに拒んでいたキンジの説得に成功したのだから大した物である。

 

 友哉はスポーツドリンクの入った容器を傍らに置くと、肩の筋肉を回しながらほぐす。

 

 武偵校では午前中は共通の一般教養を学び、午後は自由の時間、つまり、それぞれに依頼を受けて行動したり、戦闘訓練等の専門科目をこなす時間となる。

 

 友哉の武器は傍らに鞘に収めた状態で立て懸けてある逆刃刀一本のみである。

 

 飛び道具全盛の時代に武器が日本刀一本と言うのは、あまりにも無防備すぎる。とは周りから良く言われている事である。事実、武偵校に入学してからも教員から何度も銃火器装備を勧められていた。

 

 だが、今まで剣術一筋で戦って来た友哉は、今更銃を持つ気にはなれない。加えて言えば、身のこなしに自身のある友哉にとって、拳銃は恐るべき武器とは言えない。

 

 先日の大井での戦闘を見た通り、友哉は飛んで来る銃弾の軌道を読む事ができる。

 

 読みの鋭さ、速さは友哉の使う剣術の骨子の一つであり、先の剣を実現する上で重要な要素と言える。

 

 その先読みの早さがある限り、例えマシンガンやアサルトライフルが相手であったとしても切り抜けられる自信が友哉にはあった。

 

 と、その時、体育館の影から走って来る人物に気付いた。

 

「あ、いたいた、友哉君!!」

 

 四乃森瑠香は、走りながら友哉に手を振って来た。

 

「ここにいたんだ。探したよ」

「どうしたの?」

 

 荒い息をしながら汗を拭う瑠香に友哉が尋ねると、少し怒ったような視線を返される。

 

「もうっ、『どうしたの?』じゃないでしょ。昨夜あたしが言った事忘れたの?」

「おろ?」

「今日はお買い物に付き合ってくれるって約束したじゃない!!」

 

 言われて思い出す。

 

 確かに昨夜、夕食を食べている時にそんな約束をした気がする。

 

「ごめんごめん、すっかり忘れていたよ」

「まったく・・・・・・」

「すぐ着替えて来るから、待ってて」

 

 そう告げると、友哉は刀を取り、急いで更衣室へと向かった。

 

 

 

 

 

 学園島はお台場からほど近い場所に浮いている。バスに乗れば20分と掛からず街に出られる為、武偵校の生徒は特に娯楽に関しては困っていない。

 

 お台場まで出れば、遊ぶ場所も買い物をする場所も、そして食事をする場所にも事欠かない。

 

 買い物に来た友哉と瑠香もまた、一通りの買い物を終えると通りに面したカフェに入り一息ついた。

 

「はあ、これで終わりだよね」

 

 椅子の背を預け、友哉はぐったりした調子で尋ねた。

 

 学園島を出てから3時間近く、友哉は瑠香の買い物に付き合ってしまった。

 

「うーん、できればもう少し回りたかったんだけど、もう時間も時間だしなあ」

 

 時計を確認しながらそう告げる瑠香に、友哉は溜息を返す。

 

 これだけの時間を回ったと言うのに、成果はと言えば殆ど無かった。

 

 服一つ買うにしても、何十分もかけて何着もの服をとっかえひっかえした上げく、結局何も買わずに店を出ると言う事が多々あった。

 

「まあ、また今度来る事にするよ」

 

 不吉な未来予想図をしながら、瑠香は出されたキャラメルフラペチーノに口を付ける。

 

 そんな瑠香を横目に見ながら、友哉も運ばれてきたコーヒーに口を付ける。

 

 もうすぐ夕食なので、2人とも飲み物以外は頼んでいない。今日も、寮に帰ったら瑠香が何か作ってくれるだろう。

 

 不思議な娘だ、と友哉は思う。

 

緋村の家と四乃森の家は親戚同士であり古くから交流がある。友哉も幼い頃から瑠香と共に過ごし、彼女を妹のように可愛がってきた

 

 友哉の実家は東京にある。それ故に武偵を志した段階から、両親からは東京武偵校付属中学への入学を勧められ、自分もそれが妥当だと思った。だが、その一年後、瑠香が同じ中学校に入学して来たのには驚いた。

 

 彼女の実家は京都。関西方面にも武偵校はある為、そちらの学校に入るとばかり思っていたのだが、わざわざ寮に入ってまで東京の学校に入って来た理由が、友哉にはイマイチ良く判らなかった。

 

 とは言え、瑠香の存在には大いに助かっている。料理は上手だし、何より昔馴染みで気兼ねなく付き合える異性と言うのはそれだけで貴重だった。

 

 友哉はチラッと腕時計を確認する。

 

 そろそろ帰るバスの時間だ。そう瑠香に告げようとした時だった。

 

「だから、ちょっと付き合ってくれるだけで良いって言ってんだろうが!!」

 

 突然、店内から大きな声が上がり、友哉と瑠香は恐る恐ると言った感じにそちらへと振り返った。

 

 見れば大柄な男が3人、2人の女の子を取り囲むようにして立っている。

 

 一般高校の制服を着た女の子たちは、男達の迫力に呑まれて震えている事しかできない。その周囲にいる客達も、巻き込まれまいとして視線を合わせない様子だ。

 

「なに?」

「さあ」

 

 首をかしげる2人の前で、尚も男達が激こうするのが見える。

 

「おい、テメェ、聞いてんのかよ!!」

「こっち向け。シカト扱いてんじゃねえよ!!」

 

 口々にののしるような事を言う男達に、瑠香は露骨に嫌な顔を浮かべた。

 

「うわぁ、連中、あれでナンパのつもりなのかな。ダサいにもほどがあるよ」

「こらこら」

 

 苦笑しつつたしなめる友哉。とは言え、彼も同意見なので、強くは言わない。

 

 だが、その一言を男達の内の1人が聞き咎めて振り返った。

 

「んだと、こらっ、今言った奴出て来やがれ!!」

 

 怒りの矛先が変えられ、他の客達は巻き込まれまいとして黙りこむ。

 

 友哉はフッと一度目をつぶると、腰を浮かしに掛る。あの程度の相手なら刀を使わなくてもノしてしまう事は難しくない。

 

 そう思った時、騒ぎが大きくなると判断したのだろう。店のウェイトレスが立ちはだかろうとした。

 

「あの、お客様。他のお客様の御迷惑にもなりますので、騒ぎの方はご遠慮ください」

 

 勇敢な行動と言える。今日日、騒ぐ相手にこうまで敢然と立ち向かえる一般人などそうはいないだろう。

 

 だが、同時に無謀でもある。彼女の行動は言うならば野犬に聖書を言い聞かせるような物だった。

 

「うっせい、邪魔すんな!!」

「キャァッ!?」

 

 殴られよろけるウェイトレスの少女。

 

 あまりの事態に、流石に客達がざわめいた。

 

 友哉と瑠香も、腰を浮かせる。

 

 だが、それよりも早く、倒れるウェイトレスを支える影が合った。

 

「おいおい、こんなトコで暴れる前に周りをよく見ろって。あんたら、自分が随分格好悪いって気付いてないのかい?」

 

 低いが張りのある声が発せられる。

 

 支えられたウェイトレスが見上げるくらいの背丈のある少年が立っている。ボサボサの髪に、ギラギラした雰囲気の瞳を持った少年だ。まるで肉食系の猛獣を思わせる。

 

「んだと、この木偶の坊が!!」

「粋がってんじゃねえぞコラッ」

 

 口々にののしる男達を余所に、少年はウェイトレスを気遣うとうっとうしげに向き直った。

 

「やれやれ、騒ぐ事くらいしかできねえのかよ、あんた等は」

「んだと!?」

 

 尚も激昂しようとする男達を冷ややかに見据え、少年は顎をしゃくった。

 

「ここじゃ何だ。表に出な。そこで相手してやるよ」

 

 どうやら少年は、1人で3人叩きのめすつもりでいるらしい。見たところ武偵ではないようだが。

 

 だが、少年が店の外に出ようと踵を返した瞬間、

 

 男の内の1人が、ニヤリと笑みを浮かべたのが見えた。

 

 その光景を、友哉は見逃さない。

 

 腰だめに拳を構えている。その手に一瞬、銀色の光が奔った。間違いなく刃物の類である。

 

 次の瞬間、

 

 友哉は袋に入ったままの刀を鋭く下から上に振るった。

 

「なっ!?」

 

 手元を駆け抜けた衝撃に、男は思わず動きを止める。

 

 一拍置いて、天井付近までは跳ね上げられたナイフが回転しながら床に転がる。

 

 動きを止めた男を、友哉は刀を下ろしながら鋭く睨みつけた。

 

「それはいただけないな。それ以上やるって言うなら、僕達も黙っている訳にはいかないよ」

「テメェ、このやろ・・・・・・ゲッ」

 

 友哉の、そして瑠香の着ている制服を見て相手が誰なのか判ったのだろう。男は言い掛けた言葉を引っ込めて震えだす。

 

 武偵の戦闘能力は、世間一般にも知られている。今だ学生の身分であるとは言え、強襲科の武偵1人で街のごろつきぐらいなら最低でも10人くらいなら普通に相手取れるほどだ。

 

「で、どうするの?」

「クソッ、おい、行くぞ」

 

 武偵相手に喧嘩をする事の不利を感じたらしく、男達はすごすごと店から出ていった。

 

 それを見て、少年は友哉達に向き直る。

 

「やるねえ、あんた。流石武偵だよ」

「余計な手出しだったかな?」

 

 そう言って互いに苦笑する。

 

 友哉の見立てでは、目の前の少年ならあの程度の相手は物の数ではなかっただろう。多分、3人同時に相手にしても負ける事は無かったのではないだろうか。そう言う雰囲気を持つ少年だった。

 

「ま、売られたケンカは買うクチだが、余計な手間が省けるなら、それに越した事はねえさ」

 

 そう言うと、先程殴られたウェイトレスに向き直った。

 

「大丈夫かい?」

「あ、はい。ありがとうございました」

 

 そう言って頭を下げるウェイトレスに笑い掛けると、少年は無遠慮に友哉達の座っているテーブルに相席してきた。

 

「全く、ああ言う奴等が最近増えて来て困るな。なあ、あんたら武偵なんだろ。ああ言う奴等、取り締まらねえのか?」

「武偵は警察じゃないからね」

 

 そう言って友哉は苦笑する。

 

 そもそも武偵が活動するにあたっては、普通の探偵と同じく依頼を受ける必要がある。つまり、依頼が無い介入は武偵の意に反すると言う事である。勿論、今回のように目の前で起こっている事を座視するのは単なる阿呆の所業であるが。

 

 警察よりもフットワークが軽い半面、このようにストイックな掟に縛られているのもまた武偵である。

 

「武偵ってのも厄介な存在なんだな。もっと気楽にできねえもんかね」

「そんな事言ったって仕方ないじゃん。それが決まりなんだし」

 

 瑠香が少し口を尖らせて言う。何やら、断りも無く座って来た少年が面白くない様子だった。「折角2人っきりだったのに、デートだったのに」などとぶつぶつ言っているようだが、友哉達には聞こえていない。

 

 だが、そんな事には構わず、少年は口を開く。

 

「おっと、そう言や、自己紹介がまだだったな。俺は相良陣。また顔合わせる機会があったらよろしくな」

「僕は緋村友哉。こっちは四乃森瑠香」

「・・・・・・よろしく」

 

 瑠香は相変わらずそっぽを向いたまま挨拶する。

 

「緋村に、四乃森ね。よっしゃ憶えたぜ。何か困った事があったら、この界隈で相良って言えば誰でも判るから。いつでも尋ねて来てくれや」

 

 そう言うと陣は席を立って店を出ていった。

 

「何だか面白い人だね」

「そうかな、ただ単にむさくるしいだけのような気もするけど」

 

 ブウ垂れたまま答える瑠香に、友哉は苦笑しながら頬をツンツンと指でつつく。

 

「やめてよ」

 

 そう言いながらも手を払おうとしない瑠香を、友哉はニコニコしながら頬をつつく手を止めない。

 

 その時、先程のウェイトレスが歩いて来た。

 

「あの・・・・・・」

「ああ、そろそろ、僕達もお暇するから会計の方をお願いします」

「その、会計の事なんですけど、先程の方と含めて7400円になります」

「おろ?」「はい?」

 

 2人の目が点になる。

 

「ちょ、ちょっと待って。何であいつの分まであたし達が払わなきゃいけないの!?」

「はい、あのう、お知り合い、なのでは?」

「完全無欠で初対面よ!!」

 

 とは言え、払わないと店の方でも困る訳で、

 

 友哉はそっと溜息をつく。

 

 どうやら、帰りは徒歩になりそうだった。

 

 

 

 

 

 陣は裏路地を歩きながら、笑みを浮かべていた。

 

 なかなかどうして、武偵にも面白い奴等がいるようだ。しかも、年齢的には陣とそう大差ないように見えた。

 

 実際に戦ってみたらどちらが強いだろうか。そう考えると、陣の心は躍った。

 

 勿論、陣に負けるつもりはない。だが、とても楽しい喧嘩になりそうだった。

 

 と、その時、上着の内ポケットに入れていた携帯電話が振動する感触があった。

 

「・・・・・・おう、俺だ」

《私です。今、どちらに?》

 

 相手は、今回の仕事の雇い主だった。何でも何処かの組織の構成員で、他の人間の計画を援助するのが役割であると言う。

 

 胡散臭い男だが、楽しい戦いができそうだと思ったので乗って見る事にした。

 

《明日です》

 

 その一言が、全てを物語っていた。ついに、動く時が来たのだ。

 

「やっとか。随分待たせてくれたな」

 

 

 

 

 

 携帯電話を片手にしゃべる陣を、背後から見据える3対の目があった。

 

「おい、本当にやるのかよ?」

「ったりめーだろ。このまま舐められたままで良いのかよ」

「大丈夫だって。相手は1人だ。3人で背後から掛かればちょろいって。それに、これだってるだろうがよ」

 

 そう言ってちらつかせたのは、先程友哉に弾かれたのとは別のナイフだ。刃渡りは10センチ長。刺されば確実に内臓を傷付け、相手を死に至らしめる武器である。武偵のように防弾服を常時着用しているならともかく、相手はただの一般人。これで先程の憂さを晴らすのだ。

 

「行くぞっ」

 

 声をかけると同時に、3人は物陰から飛び出し、陣の背後から襲いかかった。

 

 

 

 

 

《どうしました?》

 

 陣の声が途切れた事に不審に思ったのか、相手が気遣うように尋ねた。

 

 ややあって、陣も答える。

 

「・・・・・・・・・・・・いや、何でもねえよ。それより、俺は予定通りの行動で良いんだな?」

《はい。実際に戦うのは「彼女」ですから。私達が依頼されているのは「余計な連中の排除」だけです》

「判った。じゃあな」

 

 そう言うと、陣は携帯電話切って路地裏を後にする。

 

 後には、襤褸切れのように成り下がった男達が、冷たい地面に転がっているだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、友哉は瑠香と並んで歩きながら、昨日の事を思い出していた。

 

 結局、あの後、3人分の食事代を払った友哉と瑠香の財布には、殆ど金は残らなかった。

 

 それでもどうにか、瑠香だけはバスで帰らせる事ができた。瑠香は一緒に歩いて帰ると言ったが、武偵とは言え女の子をお台場から学園島まで歩かせる訳にはいかなかった。

 

 そして友哉はと言うと、実に男らしく歩いて学園島まで戻った。

 

 断わっておくが、友哉は運動神経には優れている方だが、決して体格的には恵まれている訳ではなく、ハッキリ言って線の細い体型だ。お台場から歩いて帰って来るのは骨であった。

 

「そう言えば、友哉君。今日の午後暇? 久しぶりに稽古付けてほしいんだけど」

「ああ、そうだね」

 

 戦徒として契約した学生は下級生に対し、上級生が指導すると言う義務がある。戦兄である友哉は、当然、戦妹の瑠香を指導しなければならない。諜報科の瑠香だが、戦闘力の強化維持も行いたいと言う理由で、中学の頃からよく友哉に稽古を付けて貰っていたのだ。

 

 そうしている内に、2人は捜査に使う乗り物が格納されている車輛科倉庫の前に通りかかった。

 

 その時、友哉の携帯電話が鳴った。

 

「もしもし?」

《あ、友哉、アンタ今どこ!?》

「おろ、アリア?」

 

 意外な相手だった。確かに、アリアとは先日携帯番号を交換したが、まさか掛けてくるとは思っていなかった。

 

「今は・・・車輛科の倉庫前だけど」

《なら、ちょうどよかった。そこで何か乗り物見繕って、今すぐ強襲科まで来てくれる。アンタの特性なら、そうね・・・バイクとかが良いわ》

「ど、どういう事?」

 

 いきなりまくしたてられて、友哉も困惑したまま聞き返す。

 

 そんな友哉に、アリアは一方的に告げた。

 

《手伝って。事件よ》

 

 

 

 

 

第3話「お台場にて」   終わり


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