1
艦内に飛び込むと、内部が意外に広い事に驚かされた。
潜水艦と言えば、一般的に狭苦しい印象がある。海上自衛隊などでは、クルーの寝床として魚雷の上などで寝る者もいる、と言うくらい潜水艦内部は狭い物である。
しかし、流石はロシア製と言うべきである。「潜水艦=狭い」と言う常識に、唯一当てはまらないのがロシア製の原子力潜水艦であろう。何しろ、艦内にサウナやプールが常識的に設けられ、クルーの居住性を高めている事で有名である。ましてか、ボストーク号は世界最大の潜水艦。その規模も半端ではないのだろう。
降り立った場所はホール状になっており、ティラノサウルス、ステゴサウルス、トリケラトプスの骨格標本や、虎、ライオン、狼、亀などの剥製が展示されている。
「イ・ウーってのは、一体どういう組織なんですか・・・・・・」
まるで博物館でも歩いているような感覚になり、友哉は呆れ気味に呟いた。
巨大なのは判るが、潜水艦の中にこんな物を飾っておくとは。
「さっきも言ったろ。一種の学習機関だって」
歩き煙草をしながら、一馬が面倒くさげに答える。
「元々の発生は、第二次世界大戦時の日本とドイツが共同で設立したのが最初らしいがな」
「成程、それで『伊・U』って事か」
一馬の説明に、キンジは納得したように頷いた。
終戦間際、日本もドイツも影で数々の奇想兵器の研究をしていたのは有名な話である。恐らくその中に、両国が提携して超人を作る、と言う計画があったのだろう。現に、日本の伊号潜水艦やドイツのUボートが、何度も連合軍の制海権を踏破して、互いの国を行き来していた。その事から考えても、全くあり得ない話ではない。
「まあ、そんな事はどうでも良い」
そう言って、キンジは会話を打ちきる。
「今はシャーロックを倒し、アリア達を取り戻す。その事に集中しようぜ」
「・・・・・・そうだね」
キンジはそう言いながら、通路の奥へと入って行く。
友哉は頷きながらも、キンジの言動がいつもと違う事に気付いていた。
これが恐らく、ヒステリア・ベルセの影響なのだ。キンジの思考は、多分今、攻め一辺倒になっている。確かに攻撃力は増すのだろうが、同時に思考の柔軟性が低下しているようにも見える。
金一の語っていたヒステリアモードの派生形。通常型のノルマ―レノの1・7倍の戦闘力を発揮できるとの事だが、状況によっては、総合力では却って低下する事も考えられる。
サポート役の援護がないと、思わぬ所で足元を掬われることにもなりかねない。
そう思った時だった。
突然の落下音。
次の瞬間、天井から鋼鉄の壁が降りて来た。
「キンジッ」
友哉は叫んで手を伸ばそうとするが、既に遅い。
浸水防止用の隔壁が降りて来て、行く手を阻まれる。
向こう側にはキンジ1人。こちら側には友哉と一馬の2人。見事に分断されてしまった。
「キンジッ、キンジッ!!」
友哉はとっさに隔壁に取りつくも、一度降りてしまった隔壁は、人の力ではびくともしない。
「騒ぐな、阿呆が」
冷静に一馬は言うと、軽く手の甲で壁を叩いて確かめる。
隔壁はかなり分厚いらしく、叩いた感じからもそれが伝わってきた。
「緋村、お前、斬鉄はできるか?」
「・・・・・・一応は」
日本刀では本来、鉄を斬る事はできない。頑丈さよりも切れ味を優先している日本刀を鉄に当てると、逆に刀の方が折れてしまうのだ。
その鉄を斬る為に編み出された技術が斬鉄である。銘刀の切れ味と達人の技があって初めて可能となる技術である。しかし、
「・・・・・・けど、流石にこの厚さじゃ」
「だろうな」
さして期待はしていなかった、と言う風に頷かれ、友哉はムッと顔を顰める。だったら聞くな、と言いたいのをグッとこらえた。何となく、言えば負けのような気がしたので。
しかし、実際に無理な事に変わりは無い。軍艦の隔壁は、浸水の際に何万トンもの海水を受け止める為に分厚く作られている。日本刀で斬れてしまったら欠陥品も良い所である。
「なら仕方ない。多少遠回りになるが、次のプランで行くぞ」
「次のプランって?」
尋ねる友哉に、一馬は折り畳んだ一枚の紙を差し出して来た。
受け取って広げて見ると、それが何かの見取り図である事はすぐに判った。
「って、これ!?」
それはこの潜水艦、ボストーク号の艦内配置図だった。戦闘区画から居住区画、発令所の詳細なデータまである。その気になれば、艦を沈める事も難しくないだろう。
「何でこんな物持ってるんですかッ!?」
「公安を舐めるな。イ・ウーと戦うと決めた時点でこの程度の情報収集は基本だ」
この程度、と一馬は軽く言うが、世界中の政府が手出しできない秘密組織の見取り図を手に入れるなど、並みの情報網では不可能な話である。
何より、友哉が不満なのは、一馬が今の今までこんな切り札を持っていた事を隠していた事だった。
「ほら、行くぞ」
踵を返して歩きだす一馬の背中を、友哉は恨みがましく睨みつける。
しかし、現実に彼に付いて行かない事には、本丸に辿り着くのは難しい。
仕方なく、友哉は一馬に続いて歩き始めた。
「予定通り、緋村君達と遠山君を分断できたようです」
モニターを眺めながら、彰彦は背後に立つシャーロックに語りかけた。
甲板上での戦闘を、当然のように無傷で潜り抜けたシャーロックは、アリアを聖堂に残し、一旦発令所の方に来ていた。
ここには艦内を監視するモニターが集中している。そのモニターでは、戦闘区画の方へ最短距離で向かってくるキンジと、やや遠回りのルートを辿る友哉、一馬が映し出されていた。
「僕の推理通りだね」
シャーロックは、その状況に、満足げに頷く。
このままいけば、キンジはICBMの収められた戦闘区画手前にある聖堂、つまりアリアのいる場所を通る事になる。
「さて、アリア君は僕が思った通りになってくれるのか、こればかりは神のみぞ知る、と言ったところだね」
「おや、あなたでも判らない事が御有りで?」
彰彦は意外な面持で尋ねる。シャーロックの下で仕事をしてかなりの年月になるが、この男が神などと言う不確かな物に賽の目を委ねるのは珍しい事だった。
対してシャーロックは、苦笑しながら肩をすくめてみせた。
「こればかりは、僕の推理でも及ばない領域でね。まあ、結果が判らない分、楽しみでもあるけどね」
どこまでが本気で、どこまでが冗談なのか判らない。誰よりも長く生きている割に、誰よりも子供っぽい所がある人物である。
「緋村君達の行動も予定通りです。公安の方に渡ったこの艦の見取り図を元に迂回路を辿る様子です」
「斎藤君が来た時点で、それも予測済みだね。それで、配置の方は?」
「予定通り、彼に迎撃に出て貰いました。そろそろ、欲求不満もたまるでしょうから」
そう言って苦笑する彰彦に、シャーロックも面白そうに笑う。
「実に彼らしいね。これで、こちらの布陣は整った訳だ」
シャーロックは満足げに頷くと、次いで彰彦の傍らに立つ少女に目を向けた。
「君にも、窮屈な思いをさせたようで済まなかったね」
「・・・・・・いえ」
シャーロックにそう言われ、瑠香は警戒の中に、戸惑いと緊張を混ぜて言った。無理も無い。相手はあのシャーロック・ホームズなのだ。伝説上の人物が目の前にいて、しかも自分に話しかけている、などと言う異常事態に、緊張しない方がおかしい。
そんな瑠香に優しく笑い掛けながら、シャーロックはテーブルの上に置いていた物を差し出した。
「君の銃とナイフだ。返しておくよ。間もなく緋村君がやってくる。そうしたら、彼の元へ行くと良い」
そう言って差し出された銃とナイフを、瑠香は受け取る。確かに、自分のイングラムとサバイバルナイフに間違いなかった。
「銃の弾丸は抜かせてもらいました。ナイフの方には、特に細工はしていませんが、それ一本でどうにかなるとは、思っていないでしょう?」
彰彦の言葉に、瑠香は黙りこむしかない。確かに、ナイフ一本で、ここにいる人間を制圧できるとは思えない。危害を加えない代わりに友哉が来るまで大人しくしていろ、と言う事らしい。
「それから、これはお詫びも込めて、僕からの贈り物だ。いつまでも、そんな恰好じゃ嫌だろう?」
そう言ってシャーロックが差しだしたのは、白地に青いラインの入った武偵校の夏用セーラー服だった。
確かに瑠香は、カジノで浚われて以来、着替えをしていないので、未だにバニーガール衣装のままだ。肌にピッタリ張り付くレオタードのような服でいるのは、やはり恥ずかしい物である。
貸してもらった個室に入り、バニー衣装を脱ぎながら、友哉の顔を思い浮かべる。
「友哉君・・・・・・」
幼馴染の少年が助けに来てくれた。それは嬉しい。だが、気になるのは彰彦が言っていた言葉だ。
友哉が協力者に相応しいか見極める。と言っていた彰彦。その真意が何なのか、瑠香には判らない。
だが、何だか友哉が遠くへ行ってしまう。そんな漠然とした予感が、瑠香の胸を支配しようとしていた。
2
友哉は前を歩く一馬の背中を見ながら、遅れないようにしてついて行く。
全く持って、とことん相容れない人間とはいるものだが、友哉にとってこの斎藤一馬と言う男は正しくその典型であると言える。
性格は皮肉屋で傲岸不遜。常に上から目線。状況的に仕方がなかったとはいえ、正体を隠して友哉達に近付いたり、今回のように重要な情報を隠していたりもする。
加えて、向こうは殺しを肯定する公安0課であるのに対し、友哉は殺しを否定する武偵。つまり、互いの立場は全く真逆のベクトルを示している事になる。
いや、そんな上辺の事じゃない。
友哉にとって、この斎藤一馬と言う男は何から何まで受け入れがたい存在であると言える。これはもう、魂のレベルでかみ合って無いとしか言いようがない。
自分と一馬の間には前世で何かあったのだろうか? と勘繰ってしまうほどだった。そう、例えば文字通りの殺し合いをしたり、互いに天敵と判っていても嫌々ながら共闘したり、決闘を行おうとしたけどすっぽかされた、とか。
全く持って、こんな男と剣を並べて戦っている事自体が、ある意味友哉にとって奇跡に思えて仕方がなかった。
そんな事をブツブツ呟きながら歩いていた時だった。
ボフッ
「おろッ?」
突然、前を歩いていた一馬が足を止めた為、友哉はその背中に思いっきり鼻をぶつけてしまった。
「ど、どうしたんですかッ?」
やや抗議するように言う友哉に対し、一馬は煙草の煙を吐きながら告げる。
「出迎えだ」
そう言って指し示した先は、広いホールのような部屋になっており、その部屋の反対側の壁際には、鞘に収まった日本刀を肩に担いだ青年が立っていた。
「よう、待ちくたびれたぜ」
気さくに右手を掲げて来る男。
瞬間、友哉は目の前が歪む程に、自身の血が沸騰するのを感じた。
「あなたはっ!?」
忘れもしない、ピラミディオン台場で瑠香を拉致した男、杉村義人だ。
「よう、また会ったな」
まるでカジノでの因縁など無かったかのように、気さくな挨拶をしてくる。
「挨拶は良いです。そこを通して下さい。さもないと、」
「ヒュー、怒った顔も可愛いねえ。それに、『男装』の君も、なかなか似合ってるよ」
「僕は男です!!」
顔を真っ赤にして、刀の柄に手を掛ける友哉。最早、前置きも無しにそのまま斬りかかりそうな勢いである。
次の瞬間、
ドゴッ
前に出ようとした友哉の額に、一馬の裏拳が炸裂した。
「熱くなるな。阿呆が」
そう言うと、咥えていた煙草を投げ捨てて前へと出る。
視線を義人に向けたまま、友哉へ語りかける。
「こいつの相手は俺がする。お前は先に行け、邪魔だ」
「んなッ!?」
言動がいちいち癇に障る男である。義人よりも先に、こいつを叩きのめしたい欲求が、友哉の中でかなり本気に芽生えて来る。
そんな友哉を無視して、犬でも追い払うようにシッシッと手を振って見せる。
その姿に腹立たしい物を覚えるが、ここを引き受けてくれると言うなら、それだけ早く瑠香の元へ辿り着ける。
「・・・・・・お、願い、します」
腹立たしさをどうにか飲み込み、友哉は絞り出すようにそれだけ告げると、一気に義人の頭上を跳躍して飛び越え走りだす。
対して義人は、とっさに友哉を追おうとしたが、できなかった。
目の前に残った男が、自分に向けて凄惨すぎる殺気を放って来ているからである。
そんな一馬の様子に、義人は目を細めながら笑みを浮かべる。
「へえ、結構、優しい所もあるんだな」
「何の話だ?」
詰まらない会話に付き合うように、一馬は素っ気なく答える。
「あいつを先に行かせる為に、自分がここに残ったんだろ。見かけによらず、随分浪速節な奴なんだな」
そう言って肩を竦める。確かに、状況から見れば、確かに一馬が義人の足止めをして、友哉を本丸へ先に行かせた、と見えるだろう。
だが、
そんな義人の言葉に対して、一馬は鼻で笑って見せた。
「冗談を言うな。あんなガキがいたら、煩くて戦いに集中できないだろう。それに、俺が浪花節だと? 笑わせるな」
言いながら距離を計るように、一馬は僅かに前へと出る。
「『悪・即・斬』先祖が貫き通してきたこの正義の元に、俺は剣を振り続けるだけだ」
日本刀を抜き放つ一馬。
刀は左手に持ち、弓を引くように構え、右手は刃の峰に当てて支えるように掲げる。
「・・・・・・・・・・・・」
対して義人は、無言のまま一馬を見据える。
危うく、目の前の男を見間違える所だったのを自覚する。
この男は、決して他人と相容れるような人間ではない。ひたすら自身の力のみを頼りとし、息が切れるまで戦い続ける。
孤狼、と言う言葉がこれほど似合う男もいないだろう。
「良いだろう。どの道、俺が言われてるのはアンタの足止めだ。あいつは先に行かせたところで、何の問題も無い訳だしな」
そう言うと、義人も日本刀を抜き放った。
切っ先を真っ直ぐに向ける一馬に対し、義人は切っ先を下げた下段に刀を構える。カジノで見せた、あの強力な打ち下ろし技の構えである。
両者、互いに睨み合ったまま、凄まじいまでの殺気が室内を満たして行った。
3
互いに無言のまま、時は過ぎる。
一馬と義人は睨み合ったまま、動こうとしない。
迂闊な攻撃は敗北に直結する。特に、互いに一撃必殺の技を持っているのだから尚更だ。
「・・・・・・どうした、来ないのか?」
義人は刀を下段にしたまま尋ねる。
「その構え、カジノで見せたあの突き技だろ。なら、アンタから仕掛けてくれない事には始まらないんだが?」
「挑発か。随分、安い手を使うな」
義人の軽口に、一馬は取り合わない。ただじっと、刀の切っ先を向けたまま待っている。
だが、一馬の目的はこんな所には無い。いつまでも、こうして千日手を決め込むつもりも無かった。
その時、
ガァンッ
艦底の方で、何かがぶつかる音がした。恐らく、小型の流氷か何かがぶつかったのだろう。
その瞬間、
狼は駆けた。
切っ先を真っ直ぐに向けたまま、まるで飛翔するように突進する。
その切っ先が、義人に届くかと思われた瞬間、
「ハァッ!!」
タイミングを見計らった完璧なスリ上げによって、牙突の切っ先は大きく上に逸らされてしまった。
「チッ!?」
勢いを殺されては、突き技として用を成さない。
とっさに後退する一馬。
それと、義人が剣を振り下ろすのは、ほぼ同時だった。
轟音
同時に、床が陥没する程の衝撃が室内を奔った。
辛うじて後退に成功した一馬は、膝を突きながら視線を義人へ向ける。
相変わらず、強烈な技である。
イ・ウーの艦内は、超人達が好き勝手に暴れられるようにと、隔壁の補強は入念に行われているが、それでもこの威力である。
一馬は立ち上がる。
そして、再び牙突の構えを取った。
「また、その技か。懲りないね、アンタも」
「生憎、不器用なんでな」
低い声で応じると同時に、一馬は再び疾走する。
真っ直ぐに突きだされる切っ先。
対抗するように、義人も刀を下段に構えて迎え撃つ。
交錯する一瞬
義人の剣は、再び一馬の攻撃を上方へと逸らした。
瞬間、
一馬が後退するよりも早く、
振り下ろされた義人の剣が、一馬の肩を斬った。
「ッ!?」
一馬が着ているスーツは、当然防弾処理をしているが、そのスーツを一撃で斬り裂いて見せたのだ。
それでも軽傷ですんだのは、とっさに一馬が体を捻って義人の間合いから逃れた事が大きかった。
だが、
一馬は流れ出た血を拭いながら、義人を睨みつける。
あの龍飛剣と言う技は、なかなか厄介だ。
一馬の牙突は、自ら仕掛けて相手に防御や回避の隙を奪う先の剣であるのに対し、龍飛剣は先に相手に手を出させ、それを打ち払った上で攻撃する、言わば後の先だ。
後の先は先の剣と比べ、相手に先制攻撃を許してしまうと言う不利な要素がある半面、相手の剣をいなす事ができれば、絶対的な隙を作り出す事ができ、自身の攻撃を確実に当てる事ができる。
言わば牙突と龍飛剣は、全くの対極、究極の先の剣と、究極の後の先の激突と言える。
「なあ、知ってるか?」
義人は軽い世間話でもするかのように話しかけた。
「アンタと俺は、ちょっとばかり縁があるんだぜ。おっと、誤解しないように言っておくが、俺達は全くの初対面だ」
言ってから、義人は意味ありげに笑みを見せる。
「縁があるのは、俺達の先祖同士さ」
「・・・・・・・・・・・・」
義人の言葉を、一馬は黙したまま聞いている。
一馬の先祖。その中でとくに有名な存在と言えば、1人しかいない。関係があるとすれば、その線である。
幕末の京都において、治安維持を担っていた新撰組。
その新撰組において、最強の剣客が誰かと問われれば、多くの人間が一番隊組長 沖田総司を上げるのではないだろうか。
しかし、当時の隊員は、沖田、斎藤を押しのけて1人の男を最強として称えた。
松前藩に生を受け、神道無念流の達人として知られる男。新撰組飛躍の最大の要因となった池田屋事件においては、幹部、隊員達が次々と戦線離脱する中、局長 近藤勇と2人、最後まで戦線を支え続けた男。
その名は、永倉新八。
新撰組幹部最後の生き残りと言われた男である。
杉村は再び、刀を下段に構えた。
「まさか、新撰組生き残りの子孫同士が、こんな形で再会できるとはな。なかなか感慨深くないか?」
「興味無いな」
吐き捨てるように言いながら、一馬は立ち上がる。
「下らん世間話は終わりか?」
掲げるように刀を目線の高さまで持ち上げる。
「過去に何があろうが、貴様が何者であろうが、そんな物は一切関係ない。ただ、俺の正義に反する限り、斬って捨てるだけだ」
そう言うと、再び牙突の構えを取る。
その構えは、それまでのよりもやや高く構え、刃が頭頂付近に来るように構えられている。
対して
「・・・・・・・・・・・・やれやれ、身も蓋も無い事を言う奴だな」
義人は刀を構えたまま、溜息をつく。
どうやら、目の前の男とはとことん相容れないと言う事だけは理解できた。
互いに剣を構え、睨み合う。
一馬の剣は確かに激烈とも言うべき突進速度と破壊力を誇っているが、その鋭さゆえに、ベクトルの変化には弱い。義人の龍飛剣は、そう言う意味で、対牙突用にはうってつけの技と言える。
だが、その程度の事で一馬は退かない。
ただ自らの牙を、相手に突き立てるまでだ。
次の瞬間、一馬は地を蹴る。
一瞬の疾走。
その切っ先は、真っ直ぐに義人へと向かう。
対する義人もまた、迎え撃つは自身の最も恃む必殺の龍飛剣。
下段からのスリ上げが、一馬の刀を捉え、切っ先を大きく上に逸らした。
「これでッ!!」
言った瞬間、
驚いた。
目の前にいた筈の一馬の姿が、消えている。
その一馬は、
義人の頭上に跳躍し、刀の切っ先を再び向けていた。
牙突の考案者、斎藤一は、戦況によって技を使い分けられるよう、牙突にいくつかの派生を持たせていた。
これもその一つ、頭上から撃ち降ろす事によって、通常の突撃形態よりもより高い威力を持たせる事ができる。
「牙突・弐式!!」
一馬は龍飛剣の軌跡を見切り、上へ飛ぶ事によってスリ上げの威力を減殺すると同時に、自らの攻撃態勢を確立する事に成功したのだ。
対して、義人は、状況を理解したものの、攻め手に一瞬迷った。
龍飛剣の威力は、打ち下ろしの際のインパクトにある。相手が上空にいる状態では、本来の威力を出せないのだ。
「チィッ!!」
それでも構わず、剣を振り下ろす義人。
互いに交錯する一馬と義人。
一馬は刀を突き出した状態、義人は刀を振り下ろした状態で背中を向け合う。
次の瞬間、
「グハッ!?」
鮮血と共に、義人は床に膝をついた。
やはり、相手が上空にあっては、龍飛剣は本来の力を発揮できない。牙突の方が、一瞬早く決まったのだ。
「やるな・・・・・・」
僅かに振り返りながら、一馬は言った。
「あの一瞬で、刀を合せて牙突の威力を減殺したか。でなければ、お前の胴から上が吹き飛んでいた所だ」
「・・・流石、はあんただろ」
苦しそうにしながらも、義人は苦笑しながら言う。
「たったあれだけの時間で、龍飛剣の弱点を見破るとはな。俺も、まだまだ甘いって事かね」
言いながら、立ち上がる。
ふらつきは見られる物の、倒れる様子は無い。
「ま、これくらいで良いかな。俺の役目はアンタの足止めな訳だし。これ以上戦っても、俺には何のメリットも無いしな」
そう言うと、ポケットから取り出した閃光手榴弾を床に投げ捨てた。
とっさに目を庇う一馬。
そこへ、閃光が炸裂、室内を白色に染め上げた。
「・・・・・・・・・・・・フンッ」
目を開くと、そこには既に義人の姿は無かった。どうやら、逃げたらしい。
だが、これで行く手を阻む者は無くなった事になる。
「足止め、か」
義人がそんな事を言っていたのを思い出す。確かにここで足止めを食ったのは事実だし、そう言う意味で連中の作戦は成功と言う事だろう。
だが、奴等は一つ、ミスを犯した。それは、一馬にフリーハンドを与えてしまった事だ。
先行した友哉やキンジは、間違いなく派手に暴れてイ・ウー側の目を引き付けてくれるだろう。その隙に一馬は、影のように動く事ができる。
刀を鞘に収め、歩きだす。
狙うはシャーロック・ホームズの首一つ。
今、狼は深く静かに、イ・ウーと言う巨大怪物の中を疾走し始めた。
駆ける足を速め、友哉は先を急ぐ。
潜水艦の内部は、客船以上に入り組んでおり、一馬から渡された地図が無ければ余裕で迷えるレベルだった。
それでも、どうにかキンジが向かった区画に通じる通路を割り出して走っていた。
瑠香やアリアの事も気になるが、キンジの事も心配である。ヒステリア・ベルセによって超人的な力を発揮している状態のキンジだが、それが却ってあだとなっている可能性も否定はできなかった。
その時、
「緋村ッ!!」
背後から声を掛けられ、振り返る。
そこには先行した筈のキンジと、そして
シャーロックに浚われた筈のアリアが、少しばつが悪そうな顔で立っていた。
「アリア、無事だったんだ!?」
彼女が、無事にこうして目の前に立っている事が純粋に嬉しかった。
「その、友哉・・・・・・」
アリアは言いにくそうに、顔を背けながら口を開く。
「あ、あんたにも、その、迷惑、とか掛けたわね」
ぎこちなく、言ってくるアリア。
そんな彼女を不思議そうに眺め、友哉はそっとキンジに顔を近付けた。
「ちょっと、何かあったの、彼女?」
「さあな。何か拾い食いでもしたんだろ、ももまんとか」
「あ~・・・やりそうだね」
「アンタ達ッ 後で風穴!!」
アリアは先程のしおらしい態度をかなぐり捨て、肩を怒らせながら1人でズンズン歩いていく。
そんなアリアの様子に、2人は苦笑しながら、後に続いた。
第8話「激突する狼」 終わり