緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第6話「緋弾の射手」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「御苦労さまです」

 

 由比彰彦は、開口一番、戻ってきた自分の部下2人をそう言って労った。

 

 彼等の任務はカジノ、ピラミディオン台場への潜入、そして、緋村友哉の戦妹、四乃森瑠香の奪取にあった。

 

 作戦は見事に成功、今、彰彦の目の前には後ろ手に手錠を掛けられた瑠香が、薬で眠らされた状態で転がっていた。

 

 その危険な任務をやり遂げた2人の部下は、まるで何でもないと言いたげに彰彦の前に立っている。

 

「任務ですので」

 

 素っ気なく答えのは川島由美。髪をベリーショートに切りそろえた小柄な少女で、本人の趣味なのか、常に好んで男装をしている。その雰囲気から、まるで宝塚の男役を彷彿とさせる物があるが、潜入、諜報、暗殺に掛けてはイ・ウーでも屈指の実力者である。

 

「なかなか楽しめたよ。眼福もあったしね」

 

 そう言って肩を竦めたのは杉村義人。イ・ウーに入ってまだ日は浅いが、その壮絶な剣技、龍飛剣は、例え食らうと判っていても回避、防御が不可能とさえ言われている。事実、ピラミディオン台場での戦闘でも、友哉はダメージこそ無かったが大きく吹き飛ばされる結果となった。

 

「それで、この後どうするんだ?」

 

 義人は、そう言って彰彦を見る。仕立屋として多くの戦いに参加した彼は、自分達のリーダーが、次にどのような戦場を用意してくれるのか、楽しくて仕方がない様子だ。

 

 だが、それに対して彰彦が返した返事は意外な物だった。

 

「取り敢えずは、何も」

「は?」

 

 義人はその言葉に訝る。てっきり、次の一手を打つと思っていたのだが。

 

 そんな義人の様子に、彰彦は仮面の奥で可笑しそうに笑う。

 

「緋村君に、『招待状』は渡したのでしょう?」

「・・・・・・ああ、アンタに言われた通りにな」

 

 少し不機嫌そうに、義人が答える。何もしない、と言う事が彼にはどうやら不満であるようだ。

 

 対して彰彦は座っていた椅子から立ち上がり、背中で手を組む。

 

「ならば、何も心配はいりません。教授の条理予知通りなら、放っておいても間もなく、彼等の方から姿を現わしますよ」

「・・・・・・だと良いがな」

 

 少し胡散臭そうに、義人は目を細めた。

 

 確かに彰彦の言う通りなら、後は待っていれば良いだけになる。本当に現われるのなら。

 

 実際にその条理予知とやらが、どの程度の的中率なのか知らない義人にとっては、その真偽を推し量る事ができなかった。

 

「心配しなくても、あの方の条理予知が外れた所を、私は見た事がありません。何も心配せずに待っていれば、望む結果は必ず訪れるでしょう」

 

 その条理予知によれば、パトラではこれから攻めて来る武偵達を止める事はできない。そこで教授の本懐となる戦いが始まる事だろう。だが、そこで邪魔になるのは、やはり緋村友哉の存在だ。

 

 そこで、友哉の気を教授から仕立屋に向けさせる。それが今回の彰彦達が行う「仕立」となる。その為に必要なのが、今目の前の床に転がる少女、四乃森瑠香という訳である。

 

「そんなもんかね?」

 

 尚も納得のいかない調子で義人が言った時だった。

 

「・・・・・・ん・・・うん?」

 

 足元で、小さな呻き声が上がり、床に転がされている瑠香が、僅かに目を覚ました。

 

「ここ・・・・・・は?」

 

 瑠香はボウッとする頭を回転させながら、状況を確認しようとする。

 

 確か、自分は戦兄である友哉達とカジノの警備に出かけ、そこで犬頭の奇妙な連中と戦闘になり、そこで・・・・・・・・・・・・

 

「・・・・・・あれ?」

 

 そこから先が思い出せない。それからどうしたんだっけ?

 

 その時、

 

「お目覚めですか?」

 

 頭上から聞こえる声。

 

 振り仰いだ瞬間、

 

「ッ!?」

 

 息を飲む。そこには友哉の宿敵とも言える存在の、無表情を張り付けた仮面があったからだ。

 

「由比彰彦!?」

 

 とっさに飛び退こうとするが、できない。手を後ろに回され、手錠をされている事に今更気付いたのだ。

 

 当然、武器も無い。イングラムもサバイバルナイフも取り上げられていた。

 

 そんな瑠香を、覗き込むように彰彦は見る。

 

「そう焦らなくても、あなたに危害を加える気はありませんよ。それに、間もなく緋村君があなたを助けに来るでしょう。そうしたら、無事に返してあげます」

 

 そう告げる、彰彦だが、瑠香は身動きのままなら無い体を引きずるようにして、どうにか距離を取ろうとする。

 

「し、信用できる訳無いでしょ!!」

「まあ、当然でしょうね。ですが、この事は私、イ・ウー『仕立屋』リーダー、由比彰彦の名と、名誉に掛けて誓わせてもらいます。あなたには決して危害を加えないと」

 

 表の世界に守るべきルールや法があるように、裏の世界にも守るべき節度がある。イ・ウーの仕立屋と言えば、裏の世界では名の知れた存在でもある。その名を出して誓った以上、誓いを守る事は彰彦にとって「義務」となった。もしこれが破られる事があれば、その時は彰彦自身、闇の世界での信用を失うことに繋がる。

 

 つまり、彰彦もある程度のリスクを負っている事を瑠香に伝えたのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・どういう心算よ?」

 

 尚も警戒を解かぬ目を向けたまま、瑠香は尋ねる。

 

 対して彰彦は、飄々として肩をすくめてみせる。

 

「私はね、四乃森さん。試してみたいんですよ、緋村君を」

「友哉君の、何を試すって言うのよ?」

 

 尋ねる瑠香に、彰彦は僅かに声のトーンを落として言う。

 

「私の目的。その助けとなるかどうかを、ね」

「なっ!?」

 

 瑠香は絶句する。

 

 この男の真意が読めない。一体、何を考えているのか。

 

「ゆ、友哉君がアンタなんかに協力する訳無いでしょ!!」

「さて、それはどうでしょうね。いずれにしても、それを決めるのは、私でもあなたでも無く、緋村君自身ですから」

 

彰彦は立ち上がって踵を返す。

 

「ただ、あるいは、今回の戦いでは得られぬ答もあるのかもしれませんね」

 

 そう言うと、彰彦はそれ以上何も語ろうとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウルップ島は、元々は日本固有の領土とされていたが、第二次世界大戦以後はソビエトが、その後はロシアが実効支配を続ける島であり、国後、択捉、歯舞、色丹から成る北方領土の更に北に存在する。古くはアイヌ人達が、漁をする為の拠点にも使用したとされる島である。

 

 そのウルップ島を眼下に見ながら、ヘリは飛翔していく。

 

 武偵校所有の音速ヘリで一旦網走まで飛んだ強襲チームは、そこで休息と補給を行い、目標となる地点を目指していた。

 

 ヘリの操縦は武藤が担当し、後部キャビンには友哉、茉莉、陣、レキ、そして一馬が乗り込んでいる。

 

 キンジと白雪からなるアルファチームは、ジャンヌが学園島潜入に際して使用したと言う高速魚雷を改造した小型潜航艇「オルクス」を駆って先行している筈だ。

 

 元々100ノット以上出せる乗り物だが、今は武藤の手によって改造を施され170ノットまで強化されている。最早、羽を付ければ飛べるレベルだ。しかし、それでもヘリの速度には敵わない為、友哉達が出発時間をずらす事で調節していた。

 

《緋村、あと少しで目標地点だ》

 

 コックピット席で操縦する武藤から、インカムを通して通信が入る。ヘリの内部ではローター音が激しい為、隣の相手でもインカムを使わないと会話できないのだ。

 

 時計を見ると、タイムリミットまであと1時間半を切ろうとしている。予定では、友哉達が突入した15分後に、キンジ達も突入する手筈になっていた。

 

「了解。何か見えたら教えて」

《おう。お前等を下ろした後、俺達は現場上空に留まって支援砲撃を担当する。つっても、このヘリにゃ武装は積んでないから、火力支援はレキの担当になるがな》

 

 そう言うと、武藤からの通信は切れた。

 

 友哉は改めて全員を見詰める。

 

 茉莉は愛刀 菊一文字を両手で抱えて座っている。その顔には、普段あまり見る事ができない緊張のような物が見て取れる。これから戦う相手は、イ・ウーにおいて彼女よりも上位だった存在。緊張するのも無理からぬ物がある。

 

 レキはドラグノフを抱えたまま、相変わらず耳に付けたヘッドホンで何かを聞いている。こちらには気負った様子は無い。いつも通りの仕事をするだけ、と言う事を無言で言い表していた。

 

 気負っていないと言えば陣も同じだ。両腕を組んだままジッとしている。目をつぶって僅かに体を揺らしている所を見ると、どうやら居眠りをしているらしい。その豪胆さは、友哉は苦笑しつつも見習いたいと思った。

 

 そして、最後の1人。

 

 斎藤一馬。今回の作戦において、唯一の武偵以外の参加者。

 

 彼は戦場では相手を殺す覚悟を持てと言った。しかし、武偵である友哉にとって、それは到底受け入れられぬ言葉だ。

 

 人を殺す事が、必ずしも解決にはならない。その事を、ここで証明して見せる。

 

 友哉が心の中で決意を固めた時。

 

《見えた。けど、ありゃ何だ!?》

 

 驚愕に満ちた武藤の声に、友哉は窓に寄って外の景色を眺める。

 

 そこには、驚くべき光景が広がっていた。

 

 何十頭ものクジラが海面で群れをなして泳いでいる。時折、潮を吹き上げたり、海面でジャンプする姿は実に壮大な眺めである。

 

 だが、奇妙な事に、クジラ達は一定の周回でもって泳いでいるように見える。このような事があるのだろうか?

 

 そう思ってよく目を凝らすと、クジラ達が周回遊泳する中央に、1隻の船がいる事に気付いた。クジラ達は、まるでその船を守るようにして泳いでいるのだ。

 

「武藤、多分、あの船がそうだよッ」

《みたいだな。よし、着けるぞ!!》

 

 そう言うと武藤は、操縦桿を操ってヘリを船へと近づけていく。

 

 近付いてみて判ったが、それは大型の客船だった。ただ、何か大きな物を積んでいるのか、喫水はかなり深くなっている。加えて、外装もボロボロで何やら幽霊船めいた印象があった。

 

 もし、この場にキンジがいたら、きっと驚愕で声も出なかったであろう。

 

 その客船の名はアンベリール号。今から半年前の昨年12月に沈没した豪華客船である。冬の浦賀沖にて、彼の兄を乗せて。

 

 目を凝らせば、甲板上に無数に動いている人影が見える。あのカジノを襲った犬頭、ゴレムである。やはり、ここで間違いない。《砂礫の魔女》はここにいるのだ。

 

 甲板上に巨大なピラミッドがあるが、あれは恐らく後から設けられた物だ。

 

 ヘリはゆっくりと、アンベリール号の甲板へと近付いて行く。

 

《よし、緋村。あと少しでワイヤー降下が可能な高度になる。そしたら前甲板に、》

「いや、武藤。ワイヤー降下はしない」

 

 友哉は武藤の言葉を遮って言った。

 

 敵は甲板上に無数にひしめいている。悠長にワイヤー降下をしていたら、敵に囲まれてしまう。

 

「ある程度高度を落としてッ 後は飛び降りるから!!」

《無茶にも程があるぞ!!》

 

 武藤が怒鳴って来るが、友哉には考えを変える気は無い。敵の包囲網の中に突っ込んで行くのだ。飛び降りるくらいのリスクは飛び越えるくらいの気概が必要だ。

 

 その間にもヘリは船へと近付いて行く。時間的にアプローチのやり直しをしている時間は無い。

 

《クソッ、どうなっても知らねえぞ!!》

 

 そう言うと、武藤は更に機体を甲板に寄せる。

 

「みんな、準備は良いね?」

 

 尋ねる友哉に、頷く陣、茉莉、そしてレキ。ただ1人、一馬だけは一言もしゃべろうとしない。

 

 友哉としても、一馬に返事を期待していた訳ではないので、それ以上は何も言わずにハッチを開く。どの道、この男に何を言ったとしても、言ったとおりに動いてくれるとは思えなかった。ならば好きにやらせた方が良い。

 

「行くぞ!!」

 

 号令と同時に、友哉は中空に身を躍らせた。

 

 

 

 

 

 遠目で確認した通り、アンベリール号の甲板は無数のゴレムでひしめき合っていた。

 

 どうやらパトラは、こちらの襲撃を予期して待ち構えていたらしい。自身の頼みとする軍勢を持って、こちらを迎え撃つ体勢は万全と言う訳だ。

 

 だが、向こうが襲撃を予期していたのなら、こちらも迎撃は予想済みである。

 

 故に、最大の戦力を叩きつける。

 

「ハァァァァァァ!!」

 

 降下、着地と同時に抜刀、友哉は敵のまっただ中へと斬り込んだ。

 

 振るわれる白刃。

 

 その一撃が、数体のゴレムを一撃の下に粉砕する。

 

 更に友哉は、自身を最も敵の密集した場所へと飛びこませ、逆刃刀を縦横無尽に振り回す。

 

 その一撃一撃は重く、また速い。

 

 ゴレム達は侵入者の存在を感知し、動くように仕込まれているようだが、友哉の動きを捉えるには遅すぎる。

 

 振るわれる剣は、確実に敵の数を減らして行く。

 

「おっしゃぁぁぁ!!」

 

 陣も甲板に降り立ち、容赦無く拳を振り回す。

 

 リーチが短い分、素早く切り返す事ができる陣は、友哉よりも深く敵陣に斬り込み、独自の喧嘩殺法を駆使して、ゴレム達を殴り、蹴り、粉砕していく。

 

 勿論、陣は友哉ほど速くは動けない。更に的となる図体もでかい為、反撃に振り下ろされる剣や斧が容赦なく陣を叩く。

 

 しかし、

 

「効かねえな」

 

 陣は不敵な笑みを浮かべて、立ち尽くすゴレムを睨む。

 

 刃は防弾制服が防いでくれる。そして、並みの衝撃では陣にダメージを入れる事はできない。

 

 お返しとばかりにはなった拳が、ゴレムの頭を見事に吹き飛ばした。

 

 続いて、茉莉が甲板の上に立った。

 

 と、思った瞬間、

 

 既に茉莉は数十メートルの距離を、瞬きする間もなく疾走していた。

 

 キンッ と言う鍔鳴りが鳴ったと思った瞬間、彼女の進路上にいたゴレムが一斉に胴や首を飛ばされ、砂へと帰っていった。

 

 スッと目を細め、茉莉は次の獲物を見定める。

 

 獲物。

 

 正に、今のゴレム達は茉莉にとって獲物に他ならない。

 

 縮地を発動し、神速の移動が可能となった彼女は、普段の大人しい、儚げな少女ではない。確たる狩猟者の本性を露わにし、目にした敵全てを屠り去る覚悟と実力を持って、その場に立っていた。

 

 その茉莉に向けて、ゴレム達が殺到して来る。

 

 だが、茉莉は恐れない、慌てない。

 

 ただ、己が狩るべき獲物を見定め、

 

「フッ!!」

 

 一瞬にして疾走。

 

 次の瞬間、その全てが切り倒されていた。

 

 後には、スカートを揺らし、泰然と立つ少女が1人存在するのみであった。

 

 一馬は降り立つと同時に、左手に刀を持って構え、突撃を仕掛ける。

 

 牙突

 

 ある意味、陣以上に戦い方はシンプルであると言える。

 

 轟音と共に、ゴレム達が文字通り粉砕され、塵となって消えていく。

 

 牙突を打ち切り、次の目標に向けて刀の切っ先を構える一馬。

 

 戦場において、同じ敵に二度当たる事は珍しい。ならば、余計な技を複数持つよりも、ただ一つの技を必殺の域にまで昇華させる事こそが、必勝への道へと通ずる。

 

 そうして完成したのが、牙突と言う技である。

 

 この幕末を駆け抜けた狼の末裔は、己が斬るべき相手を見定める、確たる目が備わっている。

 

 そして、敵と見定めた存在に対して、一馬は容赦する必要性を微塵も感じてはいない。

 

 それは、自身の魂に刻みつけられた、たった三文字の正義が根幹を成している事に由来する。

 

 すなわち、「悪・即・斬」。

 

 それ以外に言葉はいらないし、それ以外の正義は必要なかった。

 

 殆ど跳躍と言って良い速度で、一馬は地を蹴る。

 

 標的にされたゴレムは、反応すらできずに刃の切っ先を胸に突き込まれ、そして吹き飛ばされた。

 

 数十に及ぶゴレムを倒し、甲板に敢然と立つ友哉、陣、茉莉、一馬。

 

 上空では武藤が操縦するヘリが旋回し、そのキャビンに膝立ちしたレキがドラグノフを構え、ゴレムに対して狙撃を敢行している。

 

 だが、敵は尚もひしめき合って、こちらへ向かって来ている。

 

 獲物を選ぶのに、苦労はいらない様子だった。

 

 

 

 

 

 甲板上の死闘を背に、キンジと白雪はアンベリール号の船内を走る。

 

 既にアリア救出期限まで一時間を切っている。彼女の命の灯が消え去る前に、間にあわせるのだ。

 

 甲板上の戦いは、さらに激しさを増し、轟音は船内にまで響いて来ている。いかにあの四人が一騎当千の実力者でも、敵の数を前にしては多勢に無勢。友哉達が持ちこたえている内にパトラを倒しアリアを救出しなければならなかった。

 

「キンちゃん、ここだよ!!」

 

 白雪が足を止めて、身構えた。

 

 場所的には、そこはあのピラミッドの中であると考えられる。

 

 ジャンヌからの情報では、パトラはピラミッドのある場所では無限の魔力が使用できるそうだ。対して白雪は、一時的に爆発的な力を発揮できるが、その力は決して長続きする物ではない。

 

 不利な戦いになる。それを覚悟のうえでの突入だった。

 

「行くぞ」

「うん」

 

 互いに頷き合うと、巨大な扉を押し開いた。

 

 内部の王の間はかなりの広さを持っており、巨大な石柱が立ち並び、奥にはスフィンクスが飾られている。

 

 驚くべき事に、その全てが、眩いばかりの純金でできていた。

 

 その最奥には、アリアが浚われた時に使われた棺が収められている。

 

 その傍らにある玉座には、古代エジプト王朝のような衣装を身にまとったパトラが座っていた。

 

「何故、聖なる間に入れてやったか、判るか、愚民共?」

 

 パトラは対峙するキンジと白雪を前にして、勿体付けたように口を開く。

 

「ケチを付けられたくないのぢゃ。妾はイ・ウーの連中に妬まれておるでの。ブラドを呪い倒したにも拘らず、奴等は妾の力を認めなんだ。ブラドはアリアが仲間と共に倒したの、などと抜かしよる。群れるなど、弱い生き物の習性ぢゃと言うのに。ともあれ、このアリアを仲間もろとも倒してやれば、奴等の溜飲も下がろう」

 

 そう言えば、今更ながらキンジは気付いた。甲板上にはあれだけいたゴレム達が、船内には1体もいない事に。甲板上のゴレム達は、恐らく、先行した友哉達を押さえる為のブラフ。パトラは、この状況を予期してキンジ達を待ち構えていた。

 

 ベータチームは、囮役を引き受けたつもりが、逆に自分達が囮に食いついてしまった事になる。

 

 パトラは持っていた水晶玉を投げ捨てて立ち上がる。

 

「イ・ウーの次の王は妾ぢゃ! 教授も妾がアリア一味を倒し、アリアの命を握って話せば王位を譲るに違いないぢゃろ」

 

 それは絶対的な自信から来る言葉。

 

 それは絶対的な強者のみに許された言葉。

 

 《砂礫の魔女》パトラは、例えこの場に現われた全員が相手であっても、確実に勝利する自信があるのだ。

 

「そうはいかないよ」

 

 対して白雪は、静かにそう言うと、自身の頭を飾る白いリボンを解く。このリボンが白雪の力を封じる存在である。これを解いた時、白雪は荒削りながら世界最強クラスの魔力を発揮する事ができるのだ。

 

 白雪は更に背中に手をやると、巫女服の上衣の背から幅広の西洋剣を引き抜いた。

 

 それはかつて、彼女自身が叩き折った聖剣。連続超偵誘拐犯デュランダル事、ジャンヌが愛用したデュランダルである。

 

 実は白雪が普段使っている日本刀イロカネアヤメは、今回の事件に先だってパトラの手によるゴレムに盗まれ紛失していた。そこで、今回の出撃に際しジャンヌは、白雪に自らの愛剣を貸し与えたのだ。

 

「キンちゃん、私の力は五分しか持たない。キンちゃんはどうにかその間に、アリアを助け出して」

「判った」

 

 白雪の言葉に頷くキンジ。

 

 次の瞬間、白雪は巫女服の袖から無数の折り紙の鶴を取りだし投げつける。

 

「緋飛星鶴幕!!」

 

 鶴は空中で一斉に火の鳥と化し、パトラめがけて襲い掛かる。

 

 それを迎え撃つパトラもまた、砂金で創り出したナイフを投げ火の鳥を迎撃していく。

 

 そこへデュランダルを翳して斬り込む白雪。対するパトラもまた、イロカネアヤメを取り出して斬りかかる。

 

 東洋の守り巫女とエジプトの魔女が、互いの全力でもって激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 甲板上では激闘が続いていた。

 

 倒しても倒しても湧きだして来るゴレム達を相手に、友哉達もまた一歩も引かずに激突する。

 

 単純な技量なら、友哉達の方が圧倒的に高い。ゴレム達は侵入者に攻撃を仕掛けると言う単純プログラムで動いているらしく、ただ力任せの攻撃しかしてこないから、パターンさえ判っていれば回避も防御も難しくは無い。

 

 ただ、数だけは恐ろしく多い。

 

 アンベリール号の甲板はそれなりの広さがあるのだが、それでも狭く感じるくらいの数が一度に攻めて来るのだから溜まった物ではない。

 

 倒しても倒しても、一向に視界は開かれない。

 

「クッ・・・・・・ハァハァハァ・・・・・・」

 

 茉莉は菊一文字を構えながら、荒い息をついている。

 

 無理も無い。元々、彼女は陣のように抜群に体力に恵まれている訳でもない。にもかかわらず、その戦術は体力を大量消費するような代物なのだ。言ってしまえば、陣が長距離の持久走ランナーなら、茉莉は短距離のスプリンターだ。短時間なら爆発的な力を発揮できるが、長時間の戦闘には向かないのだ。

 

 しかし、それでも茉莉は戦う事をやめない。

 

 愛刀を振り翳し、ゴレムめがけて斬り込んで行く。

 

 振るわれる刃は、一体のゴレムの胴を斬り飛ばす。更に一体、今度は逆袈裟に斬り上げた。

 

 続けてもう一体、

 

 そう思った時、横合いから振り下ろされた斧に、気付くのが一瞬遅れた。

 

「あっ!?」

 

 気付いた瞬間、茉莉は刀で防ごうとする。

 

 ぶつかり合う刀と斧。

 

 次の瞬間、菊一文字は茉莉の手から弾き飛ばされ、茉莉自身も甲板の上に倒れ込んだ。

 

「あァッ!?」

 

 激痛が全身に掛け巡る。

 

 倒れた茉莉にとどめを刺そうと、ゴレムが斧を振り上げた。

 

 次の瞬間、

 

「ま、だまだァ!!」

 

 茉莉は捲れ上がったスカートの下からブローニングを抜き放ち、ゴレムに向けて立て続けに3発放った。

 

 顔面を撃ち抜かれ、四散するゴレム。

 

 その瞳には、普段の彼女からは想像もつかない程の殺気が滲んでいる。

 

 大切な友達、瑠香を守れなかったと言う思いは、彼女もまた共有する所である。ならば、それを取り返す為に、死力を振り絞って戦うつもりだった。

 

 だが、倒れた茉莉に、尚もゴレム達は殺到して来る。弱った敵にとどめを刺そうというつもりらしい。

 

 そこへ、

 

「オォォォォォォォォォォ!!」

 

 友哉は茉莉を庇う位置に立つと刀を一閃、ゴレム達を纏めて吹き飛ばす。

 

 その動きに、一切の陰りは無い。精彩を放つ飛天の剣は、未だに鈍ってはいなかった。

 

「茉莉ッ!!」

 

 友哉は手を伸ばして、茉莉を引き起こす。

 

「大丈夫です、まだッ」

 

 茉莉は荒い息を整えながら答える。

 

 友哉に感謝しつつも、茉莉はその瞳には僅かな非難の色を滲ませる。こんな事をしている場合じゃない事は、友哉自身にも判っている筈なのだ。

 

 銃を構える茉莉を見て、友哉も頷きを返す。

 

「そうだね」

 

 友哉も頷くと、逆刃刀を持ち上げる。

 

 茉莉のブローニングが火を噴く。

 

 友哉が刀を構えて斬り込む。

 

 2人はぴったりの息を合せて、群がる敵を屠る。

 

 かつて剣を交えた者同士が、否、であるからこそ、互いの呼吸を知りつくし、絶妙のタイミングで援護に入る。

 

 一方、2人から少し離れた場所では陣もまた奮戦を続けている。

 

 一撃粉砕の拳は健在。持ち前の防御力と攻撃力を遺憾なく発揮し、敵を寄せ付けない。

 

「おらおら、どうしたよ? 全然歯ごたえが無いぜ」

 

 ゴレム相手に挑発してもしょうがないと思うのだが、そんな事はお構いなしとばかりに、陣は不敵な笑みを張り付けたまま手招きしている。

 

 まあ、戦いの場にあって気分を高揚させる事ができるのは悪い事ではない。

 

 その間にも、ヘリに乗ったレキからの的確な援護射撃が入る。

 

 彼女の神業的な援護があるからこそ、ベータチームは辛うじて戦線を維持できているような物である。

 

 だが、

 

「おいおい、ちょっときりがなさすぎるんじゃねえのか?」

 

 ゴレムの一体を殴り倒しながら、陣が呆れたように呟く。

 

 先程から、一向に敵の数が減っていないような気がした。

 

「いや、『ような気がする』んじゃ無くて、もしかして、本当に減っていないんじゃ・・・・・・」

 

 周囲を警戒するように刀を構えながら、友哉が言う。

 

 既に4人で倒した敵の数は、100体を越えている筈。いくらなんでも、これだけ倒して、敵の数が減っているように見えないのはおかしかった。

 

「気付くのが遅いぞ」

 

 そう言ったのは、いつの間にか近くまで来ていた一馬だった。

 

 彼も相当数の敵を倒したらしく、着ているスーツはボロボロだったが、未だにその顔には疲労の色は無かった。

 

「見ろ」

 

 そう言って一馬が差した先には、甲板に散らばった砂が寄り集まって新たなゴレムが生まれようとしていた。

 

 敵はそうやって、何度も砂を再利用してゴレムを作っていたのだ。これでは一向に敵が減らないのも無理は無い。

 

 恐るべきは無限魔力の使い手、《砂礫の魔女》パトラ、と言うべきか。これだけ膨大な軍勢を使い回す程の魔力を有しているとは。しかも予定通りなら彼女は今、キンジや白雪と交戦中の筈。にもかかわらず、片手までこちらの相手までしているのだ。

 

「おいおいどうする? これじゃ埒が明かねえぞ」

 

 陣の言葉を受けて、友哉も焦りを感じずにはいられない。

 

 だが、そうなると、取るべき作戦は決まって来る。

 

 元を断つ。即ち、パトラの首を取る。それ以外に現状を打破する方法は無かった。

 

 そのタイミングを見計らったように、耳に付けたインカムに上空を周回するヘリから通信が入った。

 

《デルタ1より、ベータ1、緋村、聞こえるか!?》

「武藤!?」

 

 わざわざ作戦中に通信を入れて来た、と言う事は何らかのトラブルがあったと言う事だろう。そして、その考えは杞憂ではなかった。

 

《こっちはもうすぐ燃料切れだ。帰りの分が無くなっちまう!!》

 

 武藤は声を張り上げて言っているが、実際の話、ヘリの燃料切れは元々作戦の中に織り込み済みだ。武藤はここで一旦、網走の基地へと帰還し、燃料を補給後、再出撃する算段だった。

 

 とは言え時間的に見て、ヘリが戻ってくる頃には戦闘は終了している計算である。事実上、武藤の再出撃は、作戦終了後のメンバー回収と言う事になる。

 

 勿論、作戦が成功していればの話ではあるが。

 

 そこへ更に通信が入る。

 

《デルタ2、レキです。間もなく残弾が無くなります》

 

 淡々と告げるレキ。タイミングが良いと言うべきか、どの道、ヘリがいなくなる以上、レキに残弾が残っていても仕方がない。

 

「ベータ1、了解。デルタは、レキの弾丸切れの後、網走に帰還してッ」

《こちらデルタ1、すまねえ》

 

 そう言って通信が切れた。

 

 ヘリは大きく旋回しつつ、再び側面をアンベリール号の甲板へ向けようとしている。恐らく、最後の攻撃の為のアプローチに入ったのだ。

 

「さて・・・・・・」

 

 デルタチームの方はこれで良いとして、問題はこっちである。このまま戦い続けていてもらちが明かないのは目に見えている。

 

 やはり、ここを突破して誰かがキンジ達の援護に行くしかない。

 

 その時、

 

「行け、友哉!!」

 

 陣が友哉を庇うように前へと出て、両の拳を握りしめる。

 

「お前が行けッ ここは俺達が押さえる!!」

「でもッ」

「行ってください!!」

 

 ブローニングのマガジンを差し替えながら、茉莉も言う。

 

「この中では、緋村君が援護に行くのが一番良い筈です。だからッ!!」

「茉莉・・・・・・」

 

 眦を上げる友哉。

 

 見れば、一馬もまた、何も言わずに背中を向けている。「好きにしろ」と言う意味なのだろう。

 

 更に数を増して群がって来るゴレム達。

 

 それに対し、茉莉が銃を放ち、陣が殴り込みを掛ける。

 

 一馬は刀の切っ先を真っ直ぐにゴレムへと向け、斬り込んで行く。

 

「みんな・・・・・・」

 

 皆、判っているのだ。この状況を打破できるのは、友哉しかいないと。

 

 友哉は決断する。彼等の想いに応える為に、自分は自分の戦いをする、と。

 

 跳躍する。

 

 一気に立ち尽くすゴレム達の頭上を飛び越え、彼等の背後に着地する。そこはもう、船内への入口の前。ここから中に入り、キンジ達の後を追う事ができる。

 

「茉莉・・・陣・・・斎藤さん・・・・・・」

 

 友哉は一度だけ、仲間達の方へと振り返る。

 

「頼むッ」

 

 一言、そう告げると、船内へと踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 廃船とは言え、これだけ巨大な客船ともなると、船内は迷路のように入り組んでいる。

 

 その廊下を駆け抜けながら、友哉は船内の構図を頭に思い浮かべていた。

 

 恐らく、甲板上のピラミッド。あそこでキンジ達が戦っている筈。ならば、船内の配置はともかく、方向的には間違わないで済む。

 

 やがて、友哉の目の前に、開かれた巨大な門が見えて来た。

 

 その中へと飛び込む友哉。

 

 そこで、目を見張った。

 

 内部には、破壊し尽くされた調度品の数々が散らばり、激闘の凄まじさを物語っていた。奥の方には首を斬り落とされたスフィンクス像まである。

 

 白雪とパトラ。強大な力を誇る2人のステルスが激突すればどうなるか、と言う光景がそこに現出していた。

 

 そして、

 

「ほっ、また愚民が現れおった。まったく、目障りな事じゃ」

 

 倒れた白雪を踏みつけたパトラが、部屋の中央に立っている。更にその奥では、キンジが膝をついて蹲っていた。

 

 部屋の様子から、2人が奮戦した事が窺える。しかし、無限の魔力を扱えるパトラには、ついに敵わなかったのだ。

 

「キンジ、星伽さん!!」

 

 駆け寄ろうとする友哉。しかし、

 

「止まれ、下郎!!」

 

 パトラの大渇の前に、足を止めざるを得なかった。

 

「刃物を捨てるのぢゃ。この日本の魔女が、体中の水分を抜かれてミイラになっても良いのか?」

 

 見れば、倒れ伏した白雪の体からは白い煙のような物が立ち上っているのが見える。パトラが魔力を使って、白雪の体内の水分を蒸発させているのだ。

 

 白雪を人質に取られた状態では、戦う事もままならない。

 

 友哉は仕方なく、逆刃刀を鞘ごと床に投げ捨てた。とにかく今は、どうにかして逆転の手を考えないといけない。ここでパトラを仕留め損ねれば、自分達だけでなく、上で戦っている茉莉達の死にも繋がりかねない。

 

 刀を捨てた友哉の姿を見て、パトラは満足げに笑みを浮かべる。

 

「まったく、お前達は大した奴等ぢゃよ。正直、ここまで追い詰められる事になるとは思わなんだ。ぢゃが、妾は神から無限の力を与えられておる。対してお前達の力は、所詮は有限。有限が無限に勝つなど無理。無理無理無理無理無理ぢゃったのよーッ!!」

 

 勝ち誇るパトラに、友哉は葉を噛み締める以外にできない。

 

 何か、何か打つ手は無いのか。

 

 そう思った瞬間、

 

 

 

 

 

「じゃあ、もう少し無理させてもらおうかしら?」

 

 

 

 

 

 淀んだ空気を切り裂くような、清涼感溢れる声。

 

 次いで、ピラミッドの外壁でガンッと言う音がした。

 

 次の瞬間、キンジの背後にあったガラスが割れ、オルクス潜航艇が部屋の中に飛び込んで来た。

 

 それを見て、パトラは顔を赤くする。

 

「トオヤマキンイチ、いや、カナか!!」

 

 パトラは砂金でナイフを作り、一斉にオルクスに攻撃を開始する。

 

 しかし、ナイフがオルクスに突き刺さった瞬間、

 

 ハッチが開き、武偵校の女子制服を着た女性が宙返りしながら飛び出してきた。

 

 同時に、

 

 パパパパパパッ

 

 6つの光が一斉に煌めいた。

 

 不可視の弾丸、6連射。

 

 神業に近いその攻撃を、しかし、パトラは一瞬早く空中に宙返りしながら回避する。

 

 着地、同時にパトラの額から一筋の血が零れ落ちた。

 

 対峙するは、謎の美女カナ。その手には燻し銀のコルト・ピースメーカーが握られている。

 

「出エジプト記34章13、汝等還りて、彼等の祭壇を崩し、偶像を毀ち、斫倒すべし」

 

 聖書の一節を謳い上げるように朗読し、カナは弾丸を空中に投げ上げてリボルバーにリロードすると、背後にいるキンジに僅かに振り返って話しかけた。

 

「キンジ、私があげたナイフは持っているわね。それを手に持って、アリアに口付けしなさい」

 

 奇妙な指示を出してから、パトラに向き直った。

 

「パトラ、今の私は、女にも容赦しないわよ」

「・・・・・・カナ、トオヤマキンイチ。寄るでない。妾は、お前とは戦いとうない」

 

 そう言いながら、パトラは後ずさる。

 

 同時に魔力で砂金を操り、盾を6枚空中に浮かべる。

 

 そこへ再び、カナの6連射が着弾する。

 

「まだぢゃ!!」

 

 6枚の盾、全てが破壊されるのを見ながら、パトラは更に砂金で無数の鷹を創り出してカナへ向けて襲い掛かる。

 

 対抗するように、カナは髪を揺らして全ての鷹を撃ち落として行く。あの体育館の戦いで、友哉の龍槌閃を撃ち落とした見えない斬撃だ。

 

 それを見ながら、友哉は足指で刀を踏み上げ、空中でキャッチする。

 

 アリア、友哉、陣が3人がかりでも勝てなかったカナが味方してくれている。これほどの好機は他に無いだろう。

 

 跳躍、接近と同時に抜刀、その一撃で3羽の鷹を撃ち落とす。

 

「援護します」

「助かるわ」

 

 笑みを返すカナ。

 

 キンジはアリアの救出に向かい、白雪は力を使い果たし戦える状態じゃない為、壁の方へ退避している。

 

 事実上、友哉とカナの共闘と言う形となった。

 

 カナの手は、解けた三つ編みの中へと差しこまれる。

 

 ジャキジャキ、と言う音と共に、何かが組み上がる音がした。

 

 同時にカナは、制服の袖から数本の棒を取り出して連結、髪の中から取り出したパーツと繋ぎ合せた。

 

 そこには出現したのは、巨大な一振りの大鎌。

 

 カナは普段、この大鎌の刃の部分を分解して、三つ編みの中に隠しているのだ。それが、友哉やアリアの攻撃を防いでいた物の正体だった。

 

「私にこれを出させたのは、パトラ、あなたが初めてよ。サソリの尾(スコルピオ)。砂漠にピッタリでしょう」

 

 その様は、本人の実力と相まって、正に死神の如しと言うべきか。

 

 美しき死神は、その大鎌の刃をパトラへと向ける。

 

「わ、妾は覇王ぞ。お前如きに、お前如きに!!」

 

 喚くように言いながら、パトラは闇雲の砂金を操り、様々な猛獣をけしかけて来る。

 

 対抗するように、前へ出る友哉とカナ。

 

 友哉は逆刃刀を、カナは大鎌を振って、襲い来る猛獣たちを的確に薙ぎ払って行く。

 

 特にカナの技量は、驚嘆すべき物がある。

 

 カナは巨大な大鎌を、殆ど指先だけで操って、バトンのように回転させている。しかも、その回転速度が音速を越えているらしく、刃の先に触れた空気が炸裂弾のような音を立てて弾けている。

 

 まるで花弁を連想させる円錐水蒸気が断続的に発生し、カナの周囲に一種の結界を築き上げていた。

 

「この桜吹雪、散らせるものなら散らしてみなさい?」

 

 穏やかにパトラに語りかけるカナ。

 

 格が違いすぎる。いかに無限魔力を操るパトラと言えど、カナの前では子供同然だった。

 

 そして、その間にキンジが、アリアが捕らわれている棺に取りつく事に成功した。

 

 最早時間が無い。残り1分を切っている。

 

 キンジは渾身の力を込めて、棺の蓋を開けると、中では古代エジプト風の薄い衣装を身に纏ったアリアが眠っていた。

 

「アリア、俺だ、アリア!!」

 

 キンジが呼びかけるが、アリアは目を開ける事無く眠り続けている。

 

 その時、キンジの足元の床が、突然崩れた。

 

 いや、まるで流砂でも起きたように、徐々に沈み込んでいる。パトラは万が一に備え、自分以外の誰かが棺に触れた際の予防として、この罠を仕掛けておいたのだ。

 

 キンジはどうにか堪えようと手を伸ばすが、回り全てが砂と化した状況では如何ともしがたい。

 

 やがて、キンジは、アリアの眠る棺ごと、階下へと落ちて行った。

 

「ほ、ホホ・・・・・・」

 

 その様子を見て、パトラは冷や汗を浮かべながらも、口の端を釣り上げて笑って見せる。

 

「この勝負、預け置くぞ。このような瑣事に構っている暇は、妾には無いでの」

「逃がすと思う!?」

 

 友哉が一気に間合いを詰め、横薙ぎに斬り込む。

 

 しかし、その刃が届く前に、パトラの姿は彼女の足元に開いた穴の中へと消えて行った。

 

 追おうにも穴はすぐに塞がってしまい、追撃の道は断たれてしまった。

 

「クッ」

 

 友哉はパトラが消えた穴を見詰め舌打ちする。

 

 流石は、元イ・ウーのナンバー2。一筋縄ではいかない、と言う事か。

 

「仕方がないわ。別の道を探しましょう」

「そうですね」

 

 カナの言葉に、友哉は頷きを返す。実際の話、ここで穴を掘る訳にもいかないので、別ルートで階下を目指すしかない。

 

「私も行くよ」

 

 それまで離れた所で戦いを見守っていた白雪が、前へと出て言った。既に頭の飾り布は締め直している事からも、彼女がこれ以上戦えない事は明白である。

 

「星伽さんは、ここで待っていた方が良いよ」

 

 追い詰めたとはいえ、パトラはまだ無限の魔力を使う事ができる。白雪を守りながら戦うのは困難に思えた。

 

 だが、白雪は真っ直ぐに友哉の目を見詰めると、強い口調で食い下がって来た。

 

「お願い、緋村君。キンちゃんと、それにアリアが心配なの」

 

 そう告げる白雪の瞳には、躊躇う色が無い。かつては殺し合いその物の激突までした仲であると言うのに、今では白雪にとって、アリアはかけがえの無い友人の1人となっているようだった。

 

「でも・・・・・・」

「それくらいにしときなさい」

 

 尚も言い募ろうとする友哉を苦笑交じりに制したのは、成り行きを見守っていたカナだった。

 

「女の子を守るのは男の子の役目であり、義務でもあるのよ」

 

 そう言って片目をつぶって見せるカナ。

 

 対して友哉は、溜息交じりながら従うしかない。どうにも、カナには無条件で人を従わせてしまう何かがあるような気がしてならなかった。

 

 それに気になるのは、先程パトラが言っていたトオヤマキンイチという名前。遠山と言えばキンジと同じ名字だし、前から2人の間に何らかの関係があるだろうとは推察していたが、それがなぜ、男の名前で呼ばれるのか?

 

 そんな感じに思案する友哉を放っておいて、カナは大鎌を肩に担いで部屋を出ていく。どうやら、さっさと来いと言う事らしい。

 

 ますます深まる謎を、取り敢えず横に置くと、友哉もその後を追って部屋を出た。

 

 

 

 

 

 これは、どういう事だ。

 

 階下へ至る階段を見付け、ようやくキンジ達が落下した場所に行きついた友哉達の眼に飛び込んで来たのは、想像を絶する光景だった。

 

 アリアがいる。それは良い。意識を取り戻している所を見ると、どうやらキンジは間に合ったらしい。

 

 それは良いのだが、

 

 そのアリアが、今、うつろな目をしたまま、立ち尽くし、その瞳は緋色に煌々と輝いている。

 

 尋常ではない。それは見ただけで判る。何か、友哉には全く理解できない力が、アリアの中から溢れだそうとしているようだった。

 

「な、なんぢゃ、これは・・・この感情は・・・怖い? 妾が、恐れておる?」

 

 青ざめた顔で後ずさるパトラの姿。無限魔力を持つ彼女ですら恐れる存在、それが今のアリアなのだ。

 

 アリアは右手を持ち上げ、人差し指を真っ直ぐにパトラへと向けた。

 

 その指に緋色の光が収束し、赤く輝いていていく。

 

 それと同時に、部屋の中も緋色に染め上げられていく。

 

「緋弾・・・・・・」

 

 見守っていた白雪もまた、慄くようにして後ずさる。

 

 一体、アリアの身に何が起きているのか。

 

 次の瞬間、

 

「よけなさい、パトラ!!」

 

 叫ぶカナ。

 

 増幅する光。

 

 パトラが身を翻した瞬間、

 

 

 

 

 

 光が、爆ぜた。

 

 

 

 

 

 駆け抜ける閃光。

 

 常識を超える規模の閃光は、一瞬前までパトラが立っていた場所を薙ぎ払い、そしてピラミッドの上層部分を丸ごと吹き飛ばした。

 

 緋色の光が消滅すると、そこには抜けるような青空が広がっていた。

 

 同時に、力を使い果たしたように倒れるアリアを、キンジが抱きとめた。

 

「あ、あ、ああ・・・・・・」

 

 パトラが焦ったように呻き声を発する。

 

 見れば、ピラミッドを構成していた建材や調度品が、次々と崩れていく。それだけではない、パトラが身につけている古代エジプト風衣装まで砂となって床へと落ちていく。

 

 それらは皆、パトラの無限魔力によって構成された物。アリアの謎の力によってピラミッドを大きく破損されたパトラは、その下地となる無限魔力を全て失ったのだ。

 

 とうとう、パトラの着ている物は、薄い水着一枚となる。

 

 その好機に、

 

 動く影が2つ。

 

 カナと、そして友哉だ。

 

 カナはアリアが入れられていた棺の下へと駆け寄る。どうやらそれだけは、パトラが砂から作った物ではなく本物であるらしい。

 

 カナが何をするのか、その意図をとっさに察した友哉は、パトラを挟んでカナの対側に位置する場所へと躍り出た。

 

 同時に、カナはホッケーの要領を用い、大鎌で棺を叩いて勢いよくパトラに向けて弾き滑らせる。

 

 それを見て、友哉も勝負を掛ける。

 

 体の正中を軸に、背中を見せるようにして、大きく捻り込む。

 

「飛天御剣流、抜刀術!!」

 

 そのまま、限界まで捲かれたねじが元に戻るように、勢いを付けて体を回転、同時に刀の鯉口を切る。

 

 この技は本来、飛刀術に類別すべきだが、飛天御剣流では抜刀術の括りの中にあった。

 

 体の回転と同時に、指で勢いよく鍔を弾いた。

 

「飛龍閃!!」

 

 弾かれた刀は鞘を奔り、飛翔する翼龍の如く、まっしぐらにパトラに向けて空中を突進、その柄尻を彼女の腹に叩き込んだ。

 

「グォォォォォォ!?」

 

 体をくの時に折り、苦悶するパトラ。

 

 そこへ、カナが弾いた棺が足に当たり、その中へと尻もちをつくようにして転がり込んだ。

 

 その機を逃さず、今度は白雪が動く。

 

 床に落ちていた棺の蓋の下にイロカネアヤメを差し込み、そのまま梃子の原理を利用して空中へ跳ね上げる。

 

 とどめとばかりに、最後にキンジが動いた。

 

 手にしたベレッタを斉射。空中に浮かんだ蓋に弾丸を当ててタイミングのいい場所へ落とす。

 

 バクンッと言う音と共に、蓋は見事に棺を覆い、内部に主であるパトラを閉じ込めてしまった。

 

「おやすみなさいパトラ。御先祖様と一緒の棺の中でね」

 

 優しく告げるカナ。

 

 その言葉を最後に、棺の中で喚いていたパトラも大人しくなる。

 

 最早、パトラがこの場にあって何の脅威にもならない事は、誰の目にも明らかだった。

 

 

 

 

 

第6話「緋弾の射手」      終わり

 


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