緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第2話「何やら騒がしくなってしまった日常」

 

 

 

1

 

 

 

 

 

 武偵。

 

 その本来の語源は、読んで字の如く「武装した探偵」に由来する。

 

 日々、凶悪化の一途をたどる犯罪者の群れに対抗する為、各国政府は司法、軍、双方に属さない独自の行動性と機動力、戦闘力を兼ね備えたライセンスを新設した。それが武偵である。

 

 武偵は刀剣、銃火器による武装を公式に許可されていると同時に、凶悪犯罪者に対する捜査、逮捕権を有すると言う、警察に準じた権限が与えられている。警察との違いは、ある程度組織に捕らわれず独自の行動が推奨されている事、上からの指示や命令に従う必要はなく、依頼によって行動する「便利屋」の側面がある事である。

 

 そして武偵を育成する為、世界には数多くの武偵養成校が存在している。

 

 レインボーブリッジの南に浮かぶ南北2キロ、東西500メートルに及ぶ巨大な人工島。通称「学園島」。この人工島にある東京武偵校もまた、そうした武偵育成機関の一つである。

 

 存在する専門学科は、強襲科、狙撃科、探偵科、鑑識科、諜報科、尋問科、車輛科、装備科、通信科、情報科、救護科、衛生科、超能力捜査研究科、特殊捜査研究科の14。それぞれに在籍する学生は一般科目の他に、これらの専門科目の受講も行う事になる。また、学生によっては既に犯罪捜査の一線に立って戦っている者も多い。

 

 それら、特殊技能の習得を目指す半面、武偵校の偏差値は一般校に比べて低い事で有名である。勿論、中には例外的に全国でもトップクラスの成績を誇っている学生も存在するが、それは例外中の例外であると言える。彼等武偵に必要なのは、あくまで戦闘力や捜査能力、それらを補助する能力であって、一般教養など社会に出て恥ずかしくない程度に身に着けていれば良い、と言う訳である。

 

 その武偵校も今日が四月の始業式となる。臙脂色の防弾制服に身を包んだ学生達。1年生は新しい学び舎に期待と緊張感を募らせ、2、3年生は新たな気持ち、新たな学友と共にこれからの一年に思いを馳せる。そんな光景は武偵校も一般校も変わりがない。

 

 緋村友哉は強襲学部強襲科2年に所属している。

 

 強襲科は武器を使用した戦闘術を主に学ぶ学科であり、将来的にもそうした荒事を本職とする職業につく事になる。斬った撃ったは日常茶飯事であり、その為、卒業までの生存率が100パーセントに満たない。「明日無き学科」とはよく言ったものである。気の合う友哉の友人などは昔のアニメに倣ってか「死ね死ね団」等と言っている。

 

 始業式を終えた友哉は、流石に眠気に勝てなくなり、机に突っ伏した。

 

 昨夜は一睡もせず、更に今朝の大立ち回りである。緊張を保っている内は良かったが、緊張の糸が途切れた瞬間、眠気はどっと襲って来た。

 

 あの後、車輛科に容疑者達を引き渡して護送を依頼してから、瑠香をバイクに乗せて学園島まで戻ってきた。

 

 寮に戻るとシャワーを浴びて着替えを終え、寝不足で悲鳴を上げる胃袋に、何とか軽めの食事を入れてから登校した。その時点で学校へは行かず、そのままベッドに倒れ込みたい衝動にかられたが、始業式の日からそんな事をする訳にもいかず、眠気を訴える体を引きずって何とか登校したのだ。

 

 辛うじて始業式の間は眠る事無く過ごせたが、ここらが限界だった。

 

 ホームルームが始まるまで少し眠ろう。そう思って意識を手放しかけた時、

 

 ドゴォッ

 

「起っきろォ、ユッチー!!」

「おろォッ!?」

 

 突然、背中に激烈な衝撃を受け、眠りの園の扉は一瞬にして閉じてしまった。

 

 顔を上げると、前席の女子がにこにこと笑いながら友哉の背中に全体重を掛けた肘鉄を入れている所だった。

 

 長い金髪をツーサイドアップにした、小柄な少女である。着ている制服は彼女独自の改造が施され、ロリータ風のフリルがふんだんにあしらわれ、原形を見失っている。

 

 友哉が恨みがましい目でにらでも、相手はどこ吹く風とばかりに顔に笑顔を張り付けている。

 

「・・・・・・理子」

「クフフ、おはようユッチー。始業式の朝から居眠りなんて随分と大胆だねェ」

 

 そう言って峰理子は、楽しそうに笑う。探偵科に所属している女子で、友哉とは1年生の時から同じクラスであった。

 

 底抜けに明るい性格からクラスのムードメーカー的な立ち位置にある理子だが、時々、こうして少し過激ないたずらを仕掛けて来る。

 

「あのね、少しは眠らせてよ。こっちは朝から大変だったんだから」

「聞いてるよ、大活躍だったんだってね。理子、ユッチーの武勇伝、詳しく聞かせてほしいなあ」

「いや、だから、僕、眠いんだけど・・・・・・」

「いやー、拳銃振り回す奴ら相手に、ポン刀一本で立ち向かうユッチー。かっこいねー!!」

 

 ダメだ。会話が成立しない。理子の、この底抜けに明るい性格は嫌いではないが、こうした時かなり困る。

 

 ちなみにユッチーと言うのは、理子が友哉に付けたあだ名である。

 

 溜息をつきながら教室内を見回す。

 

 今日から新しいクラスメイト達であるが、中には見知っている人間も何人かいる。

 

 だが、クラス表が発表になった時、名前があったはずの人物がいない事に気付いた。

 

「あれ、そう言えばキンジは?」

 

 何度探しても、顔なじみの男子生徒の姿は無い。

 

 遠山キンジは昨年まで友哉と同じ強襲科の学生だったのだが、今は探偵科に転科してる男子である。発表では同じA組であるとの事だったのだが。

 

「キーくん? そう言えば来てないね」

 

 理子も今日はまだ会っていないらしい。始業式からボイコットとは、なかなか度胸がある。こっちはわざわざ間にあわせる為に急いで依頼を片づけたと言うのに。

 

 などとこの場にいない友人に、心の中で恨み事を呟いていると、急速に意識が沈降していく。

 

 もうダメだ。

 

 目が回るような眠気と共に、頭が枕を求めて机に落下する。

 

 理子が何度か呼びかけて来たのは意識できたが、最早起き上がるだけの力は残されていなかった。

 

 そして、意識は実に呆気なく、友哉の手元から離れた。

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・

 

 ・・・

 

 ズキューン!! ズキューン!!

 

「お、おろッ!?」

 

 突然の轟音に、眠りの深海にいた意識が一気に覚醒した。

 

 あれだけ苛んでいた眠気は綺麗サッパリ消えうせている。

 

 周りを見回せば、クラスの全員が着席し、壇上には担任の高天原ゆとりが立っている。どうやらホームルーム中だったらしい。と言う事は、眠っていた時間はせいぜい15分くらいだろうか。

 

 だが、どうした事か、先生もクラスメイト達も、一言もしゃべらずに硬直している。

 

 そう言えば、覚醒直前に聞いた音、あれは銃声だったような気がする。

 

 と、前の席の理子が、両手を上に掲げた「ホールドアップ」状態を保ったまま、ずるずると自分の椅子に腰を下ろした。

 

 と、

 

「恋愛なんて、くっだらない!!」

 

 突然、甲高い叫びが聞こえ振り返ると、教室の真ん中にピンク色の長い髪をツインテールに縛った少女が、両手に2丁のコルト・ガバメントを握って立っていた。

 

 かなり小柄な少女だ。目の前で震えている理子も小柄だが、少女はその理子と比較しても小さい。黒板には「神崎・H・アリア」と書かれている。これが名前なのだろう。と、言う事は転校生なのだろう。

 

 どうやら発砲したのは彼女らしい。常時帯銃帯剣を義務付けられている武偵校の生徒にとって、校内での発砲は「できれば禁止」されているだけで、別に発砲したからと言って処罰の対象となる訳ではない。

 

 一方、

 

 友哉は少女と対峙している男子生徒に目を向けた。

 

 何処か影のある少年。背は友哉よりも高く、目つきもやや鋭い感じがする。

 

 こちらは、先程、理子との会話に出て来た遠山キンジだ。去年まで同じ強襲科にいて、友哉は結構気が合う仲だった。昨年2学期のテストをボイコットしたため、現在でこそ探偵科のEランクであるキンジだが、強襲科を受験した際には実技で教官を倒した事で、半ば伝説化していた。

 

 で、

 

 一体何がどうなって、少女とキンジが対峙し、朝っぱらから発砲事件にまで発展したのか、今の今まで居眠りしていた友哉には事態が全く掴めなかった。

 

「全員憶えておきなさい。そんな馬鹿な事言う奴は・・・・・・」

 

 そしてアリアは、顔を真っ赤に染めて宣言した。

 

「風穴開けるわよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一通りのカリキュラムを終えると学生達はそれぞれ帰宅の途につく。

 

 武偵校には自宅が都内にあり、そこから通っている者もいるが、遠方から通っている者も多くいる為、そう言った者達が寝起きする為にいくつかの寮が設けられている。

 

 友哉が暮らす第3男子寮も、そうした寮の一つだ。

 

「はあ、そんな事があった訳」

「まったく、初日からヒデェ目にあったよ」

 

 友哉の隣を並んで歩きながら、キンジはガリガリと頭を掻く。

 

 寮の部屋の隣同志である友哉とキンジは、こうして登下校が一緒になる事がある。

 

「その、セグウェイとUZIを使った犯行の手口は、確か『武偵殺し』だっけ?」

「模倣犯だろうな。おかげであんな事に・・・・・・」

 

 キンジは苦々しそうに呟いた。

 

 今朝、キンジが始業式に出席しなかったのは、ある事件に巻き込まれていた為だった。

 

 キンジが登校しようと自転車を走らせていたところ、イスラエル製サブマシンガンUZIを搭載したセグウェイに襲われた。しかもサドルの下には爆弾が仕掛けてあり、速度を落とすと爆発すると言う。

 

 絶体絶命かと思われたキンジ。そのキンジを救ったのがアリアであったらしい。

 

 その後で何があったのかはキンジは頑として話してくれないが、どうやら彼の活躍により残る敵も倒す事ができたらしい。

 

 それで今朝の騒ぎである。

 

 話を省略されすぎたため、何がどうなってああなったのか、イマイチ理解が追いつかないが、傍から見ればアリアがキンジの事を気に入ったという風に取れなくもない。

 

「武偵殺し、か。確かあれって、捕まったんだよね」

「ああ。全く、誰があんな事を」

 

 今回のように、乗り物に爆弾を仕掛けてラジコン無線操縦のマシンガンで追いまわし、最終的には海に突き落とす連続殺人犯。それが一時期、武偵の間で恐怖の代名詞ともなった「武偵殺し」である。しかし、その武偵殺しも今は逮捕、収監されている。つまり、今朝のキンジの事件は誰かがその手口を真似した模倣犯と言う訳である。

 

 だが模倣犯とはいえ、キンジはこうして無傷で生き残っているあたり、流石と言うべきだった。

 

「ねえ、キンジ。強襲科に戻る気は本当に無いの?」

「無いって言ってるだろ。何度も言わせるな。それに俺は、来年には一般校に転校するんだから」

 

 そう言って、キンジは不機嫌そうに視線を逸らした。

 

 勿体ない。と、友哉は素直に思う。

 

 キンジは本当に強い。入試時の実技試験で教官を倒したと言う事が伝説化しているのは先述したとおりである。その試験と言うのは14階建ての廃ビルに教官5人と多数の受験生を配し、互いを無力化し合うという内容だが。キンジはその教官も含めて全員を倒してしまっている。

 

 まだ中学生の少年が、武偵校の教官、すなわちプロの武偵を倒すなど考えにくい事である。

 

 因みに友哉は、別時間帯の試験に参加し、教官こそ倒さなかったが、他の全員を無力化して合格している。

 

 向き不向きで考えるなら、キンジは間違いなく武偵向きの性格である。その彼が去った今でも、強襲科にはキンジを慕う者が大勢いる。

 

 とは言え、キンジはそう言った空気も苦手らしく、それが彼を孤立させる原因にもなっている。

 

 そんなキンジが武偵校をやめて、一般校に転校する。その理由に関して、彼は一切話してはくれなかった。

 

 

 

 

 

 キンジと別れ、寮の自室に戻ると、友哉は鞄を机の上に置いて制服のジャケットを脱いだ。

 

 キンジではないが、今日一日で、随分と色々な事があったと思う。

 

 それにしても気になるのは、

 

「由比彰彦・・・・・・仕立屋、か」

 

 今朝の現場に現われた、仮面を付けた男。

 

 表情の無い仮面の顔を思い出すだけで、不気味な感じがしてしまう。

 

 友哉は竹刀袋に収めている愛刀を取りだすと、鯉口を切って抜き放った。

 

 逆刃刀。

 

 峰と刃が通常とは逆になり、普通に振るっても相手を殺す事無く戦う事ができる。代々、緋村の家に伝わってきた刀である。

 

 友哉は刀を正眼に構えると、目を閉じる。

 

 あの時、対峙した由比に戦いを挑んでいたら、勝つ事はできただろうか?

 

 確証はできない。

 

 あまりにも無防備な動作。まるで殺気と言う物を捨て去ったかのようにふるまっていた彰彦。しかし、そこにこそ、友哉は恐怖心を覚えずにはいられなかった。

 

 一流の狩人ほど、自らの発する殺気を消す事に長けている。彰彦は恐らくそうしたタイプの人間だ。

 

 強敵。

 

 一度対峙しただけで、まだ剣すら交えていないと言うのに、友哉はそう感じずにはいられなかった。

 

 その時、玄関のチャイムが鳴った。

 

「おろ?」

 

 友哉は刀を鞘に収めると、ソファーの上に置いて玄関の方に向かった。

 

 扉を開くと、そこには幼馴染の短髪少女が立っていた。

 

「こんにちは、友哉君」

 

 四乃森瑠香は、元気に手を上げて挨拶してくる。

 

 一つ年下の瑠香は昔からの癖で、先輩後輩の間柄になった今でも友哉の事を君付けで呼ぶが、友哉の方もそれを別に咎める気はない。

 

 今年から友哉と同じ東京武偵校に通い始めた瑠香だが、中学3年の時から友哉と戦徒契約を結んでいた。戦徒である戦姉妹、もしくは戦兄妹とは、武偵校の先輩後輩で結ぶ契約の事で、上級生が下級生をマンツーマンで指導する契約であると同時に、何らかの事件の際には共に出動して事件解決に当たる事もある。

 

 元は将軍家に仕えた隠密お庭番衆の末裔である瑠香は、特に諜報活動に長けており、武偵校でも諜報科に所属している。その高い諜報能力を活かし、今朝のように戦場では友哉の目や耳になってくれる事が多い。

 

「ご飯作りに来たよ。一緒に食べよ」

「いや、あのね、瑠香」

 

 そう言ってビニール袋を掲げる瑠香。中身はどうやら食材のようだ。

 

 ここは男子寮なんだから、ホイホイと来ちゃダメだよ。と、言おうとしたのだが、瑠香はそんな友哉を置いて、さっさと上がり込んでしまった。

 

「友哉君、あたしが来なかったら、どうせコンビニお弁当とか、そんなのばっかり食べるんでしょ。ダメだよ、それじゃあ」

「い、いや、そんな事はないよ」

 

 と、言いつつ視線を逸らす。

 

 一応、友哉も料理くらいできる。しかし、作るもの全て、栄養が偏ってしまう傾向にある為、瑠香の言っている事はあながち間違いではないのだ。

 

 いそいそとエプロンを着け、食事の準備を始める瑠香。第三男子寮は基本的に4人部屋であるが、この部屋の住人は友哉1人である為、他にキッチンを使う者もいない。ちなみに隣のキンジの部屋も彼1人が使っている。ならばいっそ一緒の部屋にすればいいとも言われたが、キンジも友哉も1人部屋が良いと申請した為、どうせ部屋が余っているなら、と言う事で学校側から受理された。

 

「今日は少し和風にしてみようと思うの。友哉君、大丈夫だよね」

「うん、お願い」

 

 偏食する傾向がある友哉だが、基本的に好き嫌いはない。加えて、実家が京都にある旅館である為、瑠香の料理の腕は良い。彼女が作ってくれた料理を不味いと感じた事はなかった。

 

 座って待ってて。と言って料理の支度に入る瑠香。

 

 言われるままにソファに腰掛けようとした。

 

 その時、

 

 何やら隣の部屋から、壁越しにギャーギャーと騒ぐ音が聞こえて来た。

 

「おろ?」

「何?」

 

 互いに顔を見合わせる友哉と瑠香。

 

 壁越しに音が聞こえるくらい、どうと言う事も無いが、何しろ隣はキンジの部屋だ。彼が1人で騒いでいるとは考えにくい。

 

 2人は恐る恐る廊下に出ると、そっと隣の部屋を覗いてみた。

 

 次の瞬間、

 

「キンジ、あんた、あたしの奴隷になりなさい!!」

 

 今日転校してきたピンク髪ツインテールの少女が、友人に対してとんでもない事を言い放っていた。

 

「はい?」

「おろ?」

 

 2人そろって目が点になる。

 

 角度的に見えないが、多分キンジも同じ状態なのではなかろうか。

 

 ただ1人、神崎・H・アリアだけが、夕日に染まる部屋の中で勝ち誇ったように仁王立ちしていた。

 

「き、キンジ、何してんの?」

「お、おう、緋村、それに四乃森も」

 

 ぎこちなく振り返るキンジ。

 

 状況がまるで飲み込めない中、遠くでカラスの無く音が空しく聞こえていた。

 

「何があったの? ッて言うか、あの子、可愛い」

 

 アリアを見て目をキラキラさせる瑠香。彼女の眼には、アリアが年下の女の子に見えているのだろう。

 

「ねえねえ、あなた、お名前は? どこから来たの? 歳はいくつ?」

「え、な、何よ、アンタ?」

 

 矢継ぎ早に尋ねる瑠香に、アリアは少し顔を赤くして引き気味になっている。

 

『い、命知らずな・・・・・・』

 

 友哉とキンジはほぼ同時にそう思った。今朝の教室での発砲騒ぎを体験しているから尚更である。

 

「それでね、それでね、むぐぅ!?」

「よし、瑠香、君はちょっと黙ろう」

 

 瑠香の口を押さえて友哉は下がらせる。

 

「そ、それで、一体、何がどうなって奴隷な訳?」

 

 とにかく、現状をこれ以上混乱させないためにも、速やかな収集が必要だった。

 

 

 

 

 

 話を総合するに、アリアはキンジに強襲科に戻って、一緒に武偵活動をする事が望みらしい。

 

 ソファに座って漫画を読みながら、友哉はキンジの部屋でのやり取りを思い出していた。

 

 あの後、アリアとキンジが買い物に出かけたので、友哉達も部屋に戻った。

 

 瑠香はキッチンで夕食の支度を再開している。

 

 それにしてもアリア。目の付けどころが良いのか悪いのか。

 

 物件としてのキンジは、確かに優良と言える。それは去年、何度か一緒に仕事をした事がある友哉には判っている。

 

 圧倒的な戦闘力と状況判断力、それらに裏打ちされたカリスマ性と言うべき存在感は、高校生離れした物を感じずにはいられなかった。

 

 だが、

 

 言いたくはない事だが、今のキンジは去年ほどには武偵に関する情熱を失っているように思われる。

 

 何があったかはキンジは言わないし、友哉の方も聞こうとは思っていない。だが、そこにこそ、キンジが一般校への転校を決めている原因がある事は間違いなかった。

 

 そうしている内に、キッチンの方から良い匂いが漂って来た。

 

 出汁が効いているこの匂いは、煮物か何かを作っているようだった。

 

「あ、そう言えば、すっかり忘れてたんだけどさ」

「おろ?」

 

 瑠香が手を止めて、友哉の方に向き直った。

 

 その顔が、どこか困惑めいた色に染まっているのが判る。と言うより、少しおびえている様な気がした。

 

「ど、どうしたの?」

「アリア先輩と、遠山先輩の事、もし『あの人』が知ったら、やばいんじゃないかな」

「ッ!?」

 

 その一言で、友哉も思い出した。

 

 ある人物の事を。

 

 その人はキンジの古くからの友人、所謂幼馴染と言う奴で、東京武偵校の生徒会長も務めている。偏差値低めの武偵校にあって、偏差値75オーバーの才女であり、茶道部、手芸部、バレー部を掛け持ちし、その全ての部長も務めている。そして、傍から見て判るほど一途にキンジに好意を寄せている。

 

 好意を寄せている。と言えば聞こえは良いかもしれない。だが、彼女のそれは、そんな生易しい物ではない。ハッキリ、自分の全てを捧げていると言っても良いだろう。もし万が一、キンジが彼女に「俺の為に死んでくれ」と言えば、その場で頸動脈に刃を押しあてかねない。そんな存在だ。

 

 思い込みもまた激しい。いつだったか、友哉、キンジ、瑠香の3人でキンジの部屋で食事をしようとした事があったのだが、その際、友哉が所用で席を外した。つまり、瑠香とキンジが2人っきりになった時に、「彼女」が来てしまった。

 

 その時の光景は、ハッキリ言って思い出したくない。

 

 用事を済ませて戻った友哉が見たのは、破壊し尽くされた部屋の隅っこで膝を抱えておびえている瑠香と、何とか必死に説得を試みているキンジ。そして、般若が一匹だった。

 

 その時の事は瑠香にとってもトラウマになっているらしく、思い出すと今でもガタガタと震えている。

 

 その時だった。

 

 ピンポーン

 

 インターホンが慎ましく鳴る。

 

 このタイミングでこの音。

 

 まさかっ

 

 顔面を蒼白にしながら、友哉と瑠香は顔を見合わせた。

 

 そっと、ドアを開ける。

 

 そこには、予想通りの人物が立っていた。

 

「あ、緋村君、こんばんは」

 

 清楚な黒髪、精巧な日本人形を思わせる端正な顔立ち。その細い体は今、白い上衣と緋袴と言う巫女装束に包まれていた。

 

 彼女が、先程の話題に上っていた渦中の人物。東京武偵校生徒会長にして、超能力捜査研究科の切り札。そしてキンジの幼馴染、星伽白雪である。

 

「ほ、星伽さん、どうしたの?」

「あ、キンちゃ、遠山君に筍ご飯作ったんだけど、少し作りすぎちゃって、あんまり量は無いんだけど、緋村君にもおすそ分けしようと思って」

 

 そう言うと、手ごろサイズの弁当箱を差し出して来る。もう片方の手には風呂敷包みに包まれた、恐らくはそちらはキンジにだろう。

 

「あ、そ、そう。ありがとう・・・・・・」

 

 そう言いつつ、弁当箱を受け取る友哉。その後ろでは引きつった表情の瑠香がお玉片手に立ち尽くしている。

 

「その、これからキンジの所に?」

「うん。私、明日から恐山で強化合宿だから。今日の内にキンちゃんのお世話、しておこうと思って」

 

 キンちゃん、と言うのは白雪がキンジを呼ぶ時の綽名、と言うよりは癖みたいなもので、キンジからは何度かやめろと言われていたが、白雪としては改めるつもりはないらしい。

 

「あ、あの、星伽先輩」

「え、何?」

 

 勇気を出して声をかけた瑠香だが、悪意の無い白雪の顔に、言葉が詰まる。

 

 そう、白雪に悪意はないのだ。ただ、キンジに対する思いが少々過剰であるだけで。それは、彼女が生徒会長として多くの武偵校生徒から信頼されている事からもうかがえる。

 

 ただそれだけに、キンジ絡みの事になった時の白雪の暴走を止める事は難しかった。

 

「い、いえ、何でも、無いです」

「そう。じゃあ、私、行くね」

「あ、ああ、気を付けて、ね」

 

 閉じる扉の向こうに消える白雪を見送りながら、友哉と瑠香はこう思った。

 

 何事も起こりませんように。せめて、こっちに飛び火しませんように、と。

 

 

 

 

 

 対岸に学園島を臨みながら、由比彰彦は無表情の仮面を闇世の中に浮かび上がらせる。

 

 あの場所は武偵を育成する場所であると同時に、凶悪犯に対する人類最後の希望であると言っても過言ではない。

 

 実際、組織や慣例と言った柵に捕らわれることの多い公的機関に比べて、民間依頼と言う形で行動できる武偵の方が、機動力と言う点で遥かに勝っている。

 

 そんな学園島を眺める彰彦。

 

 その傍らには、小柄な少女が刀を片手に佇んでいた。

 

「クライアントから連絡がありました。計画を次の段階に移す、と」

 

 彰彦の言葉に、少女は言葉を返さず、ただじっと、手にした刀を抱きかかえている。

 

 その様子に、彰彦は肩をすくめた。

 

 今回の仕事に必要と思って連れて来たが、どうにもよくわからない娘である。

 

 とは言え、彼女の実力の高さは彰彦自身、何度か訓練で手合わせした為知っている。今回は依頼主の支援をするうえで有益である事は間違いないだろう。

 

 彰彦は、更にもう一方に目を向けた。

 

 こちらに立っているのは長身の男だ。短めの髪をボサボサにし、その下にある瞳は、まるでトラを彷彿とさせるようなギラギラとした輝きを見せている。痩せ形の体型をしているが、それが逆に引き締まった印象を与える少年だ。

 

「あなたも、宜しくお願いしますよ」

「おうよ。大船に乗ったつもりでいろよ」

 

 そう言って少年は不敵に笑う。その荒々しさが、獰猛さを持って存在している。

 

「さて、こちらの布陣は整いました。頑張ってくださいよ。遠山キンジ君。そして、緋村友哉君」

 

 そう言うと、仮面の奥で不気味な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

第2話「何やら騒がしくなってしまった日常」   終わり


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