緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

29 / 137
第4話「ファラオの賭博場」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピラミディオン台場は、日本の公営カジノ第1号であり、その規模は他の公営カジノよりも大きい。

 

 その名の通りピラミッド型をしている建物は、外観や内装にも税が尽くされており、外壁は全面ガラス張り。中に入ればレーザー光線で彩られた鮮やかな噴水が接地されている。

 

 その噴水を抜けた先が、カジノホールとなっている。

 

 種類も豊富で、カード、ダイス、ルーレット、スロット等、古今に名のあるゲームは全て揃っている。

 

 来店する客は、財界の有名人からアイドル、政治家と幅広く、当然、その金の流れもまた大きい。

 

 一晩で億単位の金が動く店。それがピラミディオン台場なのだ。

 

 そのカウンターの前に、1人の男が立った。

 

「両替を頼みたい。今日は蒼いカナリヤが窓から入って来たんだ。きっとツイてる」

 

 成金趣味の青年IT会社社長、といった風情の男は、気障なセリフを堂々とカウンター係に告げる。どこか影の感じさせる若い男だが、その目付きは一般人に比べると鋭く、只者で無い事が覗えた。

 

 その傍らには、あどけなさの残る小柄な美女が、彼に腕をからませて立っている。どうやら、男の連れであるらしい。白を基調にしたパーティドレスが、カジノと言う闇の世界の中で尚、色を失わない花のようだ。

 

 カウンター係は手慣れた調子でチップを換金する。

 

 男は「ありがとう」と告げてチップを受け取ると、女を連れてカジノ・ホールへと入った。

 

 ホールの中はぐるりと囲むように、海へとつながるプールが囲まれており、そこを水上バイクに乗ったバニーガール姿のウェイトレス達が行き来していた。

 

 男は女を連れて、行き来する人の波を避けてホールへと入った。

 

 そして、

 

「で・・・・・・」

 

 女は男に話しかけた。

 

「そろそろ、僕がこんな格好をしなきゃいけない理由を聞かせてもらいたいんですけどね、遠山社長ッ」

 

 ギュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

 

「イデデデデデデ、つ、爪を立てるな!!」

 

 女に思いっきり腕をつねられ、青年社長は思わず悲鳴を上げた

 

 その青年社長の正体は遠山キンジ。今日はこのカジノの警護に来たのである。

 

 そして、

 

「それで、何で僕がこんな格好な訳?」

 

 不機嫌そうにそう言ったのは、緋村友哉である。ただし、今日の格好は、白いパーティドレス。スカートは膝上までの短い代物で、肩も大胆に露出している。特徴とも言うべき赤茶色の髪を一本に纏めているのはいつもの事だが、今日はそこを白いリボンで結んでいた。

 

 元々、線の細い少女のような顔立ちの友哉であるが、これでどこからどう見ても「青年IT社長の愛人」にしか見えないだろう。

 

 スカートの下半身が、何とも頼りなく感じる。一応、下は短パンを穿いてはいるが、それでも捲れないように歩くのは一苦労だ。顔には化粧も施してあり、そっちは紗枝に手伝ってもらった。

 

「仕方ないだろ。お前の写真見たクライアントが、是非にも私服女性警備として入ってくれって言うんだから。他の女子は全員スタッフとして潜入してるし」

「まったく・・・趣味悪いにもほどがあるよ」

 

 友哉は溜息交じりにそう言った。

 

 わざわざ男に女の格好させてまで警備に着かせるとは。

 

「て言うか、お前、ホントに腕とか腰とか細いよな。それでよく、あれだけ刀振り回せるよ」

「・・・・・・言わないでよ、気にしてるんだから」

 

 キンジの指摘に、友哉は少し落ち込んだように顔を落とす。

 

 実際、友哉の手足は、本当に剣士なのか疑いたくなるくらい細い。強襲科には友哉よりも。体格の良い女子がいくらでもいるくらいだ。

 

 自分の華奢な体に若干のコンプレックスを持っている友哉だが、その努力だけでは改善しきれない問題については、既に諦念と折り合いをつけていた。

 

「それで、他のみんなは?」

「ああ、もう来てる筈だ」

 

 今日ここにきているのは、2人の他に、アリア、陣、白雪、レキ、茉莉、瑠香の6人である。その中で陣は2人とは別行動で潜入、女子たちはスタッフとして潜り込んでいる筈だった。

 

 2人は壁際に寄り、並んで立ちながらホールを見回す。

 

 流石にこう人が多いと、誰がどこにいるのか判り辛い。まあ、警護任務であるから無理に合流する必要も無いし、適度に見回りながら、見かけた際には軽く情報交換をすれば良いだろう。

 

 良い機会なので、友哉はこの間から気になっていた事をキンジに尋ねてみる事にした。

 

「ねえ、キンジ」

「ん、何だ?」

 

 尋ねる友哉に、キンジは振り返る。

 

 一方の友哉は、少し真剣な話をするように、眼差しを真っ直ぐにキンジへ向けた。

 

「この間の、カナって人の事なんだけど」

「ッ!?」

 

 その名前を出したとたん、キンジは明らかな動揺を見せた。

 

 先日、武偵校に現われ、圧倒的な実力を見せつけた女性、カナ。やはり彼女は、キンジにとって何らかの因縁がある事は間違いなかった。

 

 ならば、と、友哉は韜晦せず単刀直入に斬り込んだ。

 

「彼女は、君とどんな関係なの?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 キンジは無言のまま、友哉の言葉に答えようとしない。答えたくないのか、それとも答えられないのか。

 

 そこで友哉は、もう1枚のカードを開いて見せた。

 

「ヒステリア・サヴァン・シンドローム、だっけ?」

「お前ッ」

「この間、ブラドが言っていたのが気になってね、調べてみたんだ」

 

 ランドマークタワーで戦った《無限罪》のブラドは、小夜鳴と言う殻を破り本来の姿に戻る際、そのヒステリア・サヴァン・シンドロームを使用していた。そして、それがキンジも知っているような口ぶりであった為、友哉も気になって調べてみたのだ。

 

「アメリカの学会の方に論文が出てたよ。流石に全部は読めなかったけど。略称は『HSS』。性的興奮を覚える事で中枢神経にβエンドロフィンを分泌促進させ、本来は眠っている潜在能力を引き出す。副作用として、発症した人間は、異様なまでに異性に対し好かれるような行動をとる、だっけ? キンジが時々、戦闘中に人格が切り替わるのはこれのせいだったんだね」

「・・・・・・ああ」

 

 観念したように、キンジは頷いた。

 

「俺はヒステリアモードって言っているがな。うちの家の人間に遺伝的に伝わる特異体質なんだよ。こっちとしては迷惑千万だがな」

 

 そう言って、うっとうしそうに髪を掻き上げる。

 

 それを見ながら、友哉は続ける。

 

「カナさんからも、キンジと同じ物を感じた」

「ッ」

「ここからは僕の想像なんだけど、あの時のカナさんも、もしかしたらHSS、ヒステリアモードになっていたんじゃないかな。だからこそ、キンジと似たような気配を感じた。そして、そこから考えられるのは、」

「悪い」

 

 友哉の言葉を遮ってキンジは言った。

 

「キンジ?」

「悪い、その事は、今はこれ以上聞かないでくれ・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「今は、その事を話したくないんだ」

 

 視線を逸らしながら、キンジは訴えるように言う。

 

 2人は壁に背を預けたまま、暫く無言。時間だけがただ過ぎて行く。

 

「・・・・・・・・・・・・ずるいな、キンジ」

 

 ややあって、友哉は苦笑気味に言った。

 

「そう言えば、僕がこれ以上追及しないって判ってて言ってるんでしょ?」

「・・・・・・すまん」

 

 そう言ってキンジも苦笑する。

 

 互いに付き合いも長いせいで、手の内も性格も把握されている。

 

「良いよ。キンジが話したくない事だったら、僕も今はこれ以上聞かない」

 

 そう言って微笑する。友哉とて、友達を困らせたくてこんな話をした訳じゃない。キンジが辛いと言うなら、それ以上話す気は無かった。

 

 その時、

 

「て、キンジ、あれ、星伽さんじゃない?」

「え?」

 

 友哉に言われてキンジが振り返ると、そこには黒山の人だかりができていた。そして、その中心にいるのが、我等が東京武偵校生徒会長にしてキンジの幼馴染、星伽白雪その人だった。ただし、その格好はいつもの見慣れた制服や巫女服ではなく、他の女性スタッフと同じバニーガール姿だった。

 

 その様子に頭痛を覚えつつ、キンジは舌打ちする。

 

「・・・・・・あいつ、バックヤード係をしてろって言っといたのに」

 

 仲間内では特にスタイルが良い方の白雪である。既に好奇の目をした男達に包囲され、右往左往していた。中には携帯電話のカメラで写真を撮っている者までいる。

 

「あ~、あれはまずいな」

「だね」

 

 今回の警護任務は、警備員だと正体がばれないようにするのがクライアントからの要望である。あまり騒ぎが大きくなれば、白雪が襤褸を出してしまう可能性もある。

 

「しょうがない、ちょっと行ってくるよ」

「行ってらっしゃ~い」

 

 背中越しに手を振るキンジを見送り、友哉は手持無沙汰になった手を下ろす。

 

 折角だから、警備らしく少し見て回ろうかと思い、歩きだした。

 

 見回せば、本当に色々な種類のカジノ台がある。比較的友哉にもルールが判る物から、見た事も無い物までピンキリである。

 

 暫くそうして歩いている内に、いつの間にかプール脇まで来てしまっていた。

 

 そのままブラブラするように縁を歩きながら視線を巡らしていると、すぐ傍らでエンジン音が停止する音がした。

 

「お客様、お飲み物はいかがですか?」

 

 プール側から声を掛けられ振り返る、と、そこには水上バイクに2人乗りしたバニーガールが、こちらに向いていた。前席のバニーが操縦を担当し、後席が運搬担当をしている様子だ。

 

 だが、

 

「い、いかがでしょう、お、お飲み、っもの、な・・・ブッ!!」

 

 とうとう堪え切れなくなった、とばかりに操縦を担当しているバニーガールが口に手を当てて吹きだした。

 

 そのウサギ耳の少女を、友哉は半眼になって睨みつける。

 

「・・・・・・・・・・・・瑠香」

「ご、ごめん、友哉君・・・だって、そのかっこ・・・・・・」

 

 瑠香はハンドルに突っ伏したまま、必死に笑いを堪えている。よほど、友哉の女装姿が可笑しいらしい。

 

 一方、後席に座った茉莉は、何やら頬をピンク色にしてポ~ッと眺めている。

 

 そんな彼女に視線を向け、友哉は訝る。

 

「茉莉?」

「か、可愛い・・・・・・」

 

 ポツリと告げられた茉莉の言葉に、友哉は目が点になった。一体、何を言っているのかこの娘は。

 

 だが、茉莉は熱に浮かされたような目で、女装した友哉を見詰めている。

 

「お~い、茉莉ちゃん、戻っておいで~」

 

 瑠香が茉莉の目の前で掌を振ると、茉莉は我に返って顔を上げた。

 

「す、すみません。緋村君の姿が、その、あまりにも可愛らしかったもので・・・・・・」

「あのね・・・・・・」

 

 友哉は頭痛をする思いで、額に手を当てた。

 

 女装した格好を可愛いなどと言われて喜ぶほど、友哉は特殊な性癖をしていなかった。

 

「それより、今のところ問題は起きてない?」

「特に無いよ。さっき奥の方で遠山先輩がアリア先輩にボコられてたくらいかな」

 

 友哉は溜息をついた。

 

 その一言だけで、状況は察するに余りある。とは言え、別れてからキンジの身に何があったのか

 

「まあ、良い。今のところ、大きな問題も起きていないようだし。引き続き警戒を怠らないように」

「了解。あ、友哉君」

 

 話を終えようとした友哉を、瑠香が引きとめた。

 

「部屋に帰ったら、その格好で写真撮らせて」

「ダメに決まってるでしょッ」

 

 何を言い出すのかこの戦妹殿は。

 

「え~、良いじゃん。減るもんじゃないし。茉莉ちゃんも写真、欲しいよね?」

「え、わ、私ですか?」

 

 いきなり話を振られて戸惑う茉莉。しかし、すぐに上目遣いになって友哉を見た。

 

「その・・・緋村君がよろしければ、私も・・・・・・」

「君達ね・・・・・・」

 

 本気で頭痛がして来た友哉。

 

 その時、

 

「だ~ハッハッハッハッハッハッ」

 

 横合いから、甲高い声が聞こえて来て、顔を上げた。

 

 何となく嫌な予感を覚えつつ、振り返る。聞こえて来た声に、とても聞き憶えがあったのだ。

 

 見ればポーカーのテーブルで、相良陣が山のように積み上げたチップを抱え、御満悦と言った感じに大はしゃぎしていた。

 

「あいつ・・・・・・」

 

 どうしてこう、今日は頭痛の種が増えるんだろう。と、自問自答する。私服警備員が目立ってどうするのか。

 

「・・・・・・ちょっと行って来る」

「あ~、あんまり騒ぎ過ぎないようにね」

「が、頑張ってください」

 

 2人の微妙な応援を背に、友哉は陣のいる方向へと足を向けた。

 

 とは言え、どうするか。

 

 この状況で、客として潜入している陣に、こちらから話しかけてテーブルから引き離すのは得策ではない。不審な行動は、自分達の正体を露呈するきっかけにもなりかねなかった。

 

 暫く考えて、友哉は自分のポケットの中にある物に思い至った。

 

 キンジと別れる際、彼から何枚かのチップを預かって来ていた。

 

「・・・・・・よし」

 

 ある事を思いつくと、友哉は台へと近付いた。

 

 陣はまたも挑戦者を下したらしく、場の盛り上がりは一層強まっている。

 

 そんな人込みの中に、友哉は割って入ると、陣とテーブルをはさんで向かい合った。

 

「対戦、宜しいですか?」

 

 突然、テーブルに美女が着いた事で、ギャラリーから感嘆の溜息が出た。この美女は、ただの出しゃばりか、それともミステリアスな容貌の実力者か。それを見極めようとする視線が友哉へと向けられる。

 

 一方、陣は頬をひきつらせた。

 

「ゲッ、ゆ、ゆう・・・・・・・・・・・・」

 

 まさか女装した友人が、自分に対戦を挑んで来るとは思ってもみなかったのだろう。

 

 だが、すぐに気を取り直す。

 

 実は陣は、お台場の不良仲間の間では勝負運の強さで知られていた。この手のゲームでは殆ど負け知らずであり、仲間内では勝負から逃げる者もいるくらいだった。

 

 実力勝負ならともかく、この手のゲーム勝負で友哉に負けるとは思っていなかった。

 

『俺を甘く見るなよ、友哉』

 

 配られたカードを受け取りながら、陣は不敵に笑った。

 

 

 

 

 

~~~15分後~~~

 

 

 

 

 

「まだ、続けますか?」

 

 涼しい顔で問い掛ける友哉。

 

 あれだけ山のように積み上げられていた陣のチップは、殆どが友哉の側へ移っていた。

 

「グッ、バカな・・・・・・」

 

 呻く陣。ここまでの対戦成績は10対0で友哉のパーフェクトゲーム。

 

 引きの強さ、カード構成の見極め、ブラフの使い方。全てにおいて友哉の方が陣を上回っていた。

 

「くっ、くそっ」

 

 陣が更なるチップを賭けようとする。どうやら、まだ勝負を引く気は無いらしい。

 

 因みに、元金になったチップは全てカジノからの借りものである為、いくら勝っても任務終了時に全て返さないといけない。それは陣にも判っている筈だが、どうやら負けている事自体が悔しいらしい。

 

 とは言え、

 

『そろそろ、潮時かな』

 

 その様子を見ながら、友哉は心の中で呟いた。

 

 元々、この勝負は陣にあまり目立たせない事が目的だった。それは友哉が彼を押さえこんだ事で達成されている。そろそろ引き際を考えないと、今度は友哉が目立ってしまう事にもなりかねない。

 

 そう思った時、

 

「失礼、俺も、この勝負に混ぜて貰おうかな」

 

 そう言って、友哉の隣に1人の男が座った。

 

 スラッとスーツ姿のその男は、どこかの会社の社長であるらしい。身なりの良さが見ていて判る。

 

「ツイている女性は強い。あやからせてもらうよ」

 

 そう言うと、パチンと片目を瞑って見せる。

 

『う・・・・・・・・・・・・』

 

 背筋に寒い物を感じ、友哉は僅かに肩を震わせた。

 

 向こうは友哉を女だと思って色目を使っているのだろうが、友哉からすればただただ気色悪いだけである。

 

 男はこの手のゲームにそうとう自身があるのか、馴れた手つきでカードを切って行く。

 

 友哉も渡されたカードを見て、手早く自分の手札を決め、カードを交換する。

 

 友哉と、陣と、男。

 

 緊張の視線が交錯する中、互いの手札がオープンとなった。

 

「ストレートだ。どうよッ」

 

 自慢げに札を並べた陣の手元には、クローバーのカードのうち、2から6までが並べられていた。ここ一番で、これだけのカードを揃えたのだから、陣の勝負強さも伊達ではない。

 

 対して、友哉の傍らに座った男は、余裕の笑みを浮かべてカードをひっくり返した。

 

「ストレートフラッシュだ」

「なっ!?」

 

 陣の顎がカクンッと落ちた。

 

 男の手元には、確かにハートのカードが9からキングまで並んでいた。

 

 場がざわめく。今のやり取りで、陣の勝利を確信していた者も多いだけに、この逆転劇は大いに盛り上がった。

 

 こうなると、残り1人、友哉の手札が気になる所である。

 

 多くの視線が集まる中、友哉もカードを返した。

 

 そのハンドは、

 

「ストレートフラッシュ、ただし、スペードの」

 

 友哉の手元には、スペードの5から8のカード4枚と、ジョーカー1枚が並べられた。

 

 ハンドが同じの場合、絵柄によって強弱が付けられる。4種の絵柄の中でスペードは最高の強さを誇っている。

 

 つまり、男より友哉のハンドの方が強いと言う訳である。

 

 逆転に次ぐ逆転に、場は大いに盛り上がった。

 

「いや、すごいね。やっぱり、ツイてる女性には敵わない」

 

 そう言って、男は肩を竦めた。どうやら、負けた事自体は大して気にもしていない様子である。

 

 男は向き直り、真っ直ぐに友哉を見据えて笑い掛ける。

 

「お嬢さん、良かったら、お名前を聞かせてくれないかな」

「えっと・・・・・・」

 

 流石に冗談じゃ効かなくなりつつある。この男、本気で友哉を口説きに掛っている様子だった。

 

 良く見れば、若干の荒々しい気配がある物の、顔立ちその物は端正に整っていて、なかなか女受けしそうな容貌だった。

 

 あくまで、相手が女なら、の話ではあるが。

 

「どうだい、これから暇なら、俺と食事でも」

「いや~、それはちょっと困るんですけど・・・・・・」

 

 どうにか断る口実を探す友哉。だが、冷静を装っている外面とは裏腹に、内面ではリッター単位で冷や汗をかいていた。

 

 男なのに、男から口説かれている。そんな経験今まで一度も無かった為、どうすれば良いのか戸惑っているのだ。

 

 男が馴れた手つきで、手袋に包まれた友哉の手を取った。

 

「良いだろう? 君の事を、もっと知りたいんだ」

 

 男の真摯な眼差しが、友哉を真正面からジッと眺める。

 

 口調も強引な物ではなく、あくまでも甘く囁きかえるように、それでいていつの間にか逃げ道を塞ぐように語られる。

 

『うっ・・・・・・』

 

 男が相手であっても、なぜか引き寄せられるような感覚に襲われる。

 

 これ以上はまずい。

 

 本気で振り払おうか、そう思った時だった。

 

 ドォンッ

 

 少し離れた場所で、爆音のような音が鳴り響いた。

 

「ッ!?」

 

 その音を聞き、友哉と陣は同時に顔を上げた。

 

 次いで、湧きおこる悲鳴。

 

 その騒ぎの中心に、異様な存在が立っていた。

 

 全身に黒いペンキを塗ったような体格の男で、上半身は裸である。手には半月型の斧を持っている。

 

 異様なのは頭部だった。その顔は人の物ではなく、犬のような狼のような、そんな姿をしている。

 

 一瞬、仮面を被っているのかとも思ったが、そうではない事はすぐに判った。仮面にならある筈の継ぎ目のような物が無い。つまり、本当に首から上が犬なのだ。

 

 犬顔の怪人。冗談のような存在が、現実に目の前に立っていた。

 

「こいつは、トラブルかな?」

 

 皆が先を争うように逃げていく中で、友哉の傍らに立った男だけは冷静にそう言いながら事態を見詰めている。その顔に動揺している様子は見られず、不思議なくらい落ち着き払った調子で異形の怪人を眺めていた。

 

「そうみたいですね。あなたも早く逃げてください」

「君はどうする?」

 

 尋ねる男に対し、友哉は穿き慣れないヒールを脱ぎ捨て、裸足になりながら告げる。

 

「僕には、やる事があるんで。陣ッ!!」

「おう!!」

 

 友哉の呼び声に答える陣。その手は、自らの背中に差しこまれ、そこにあった物を引っ張り出した。

 

 それは、友哉の逆刃刀である。

 

 長物の刀剣類を武器として使う武偵が、武器を背中に隠すのは割とポピュラーな事である。身近なところで言えば、アリアや白雪もやっている。

 

 だが、友哉の場合背中に隠すには、少々上背が足りない。加えて抜刀術を戦術に取り入れている友哉にとって、すぐに刀を抜けないと言うのも不便である。

 

 そこで、今回は潜入任務であり、大っぴらに刀を持ち歩く訳にも行かなかった為、陣に刀を預けておいたのだ。

 

 投げ渡された刀を受け取ると同時に、視界の彼方で白銀の毛並みを持つ狼が、まっしぐらに犬男へ飛びかかるのが見えた。

 

 それはレキが飼っているコーカサスハクギンオオカミのハイマキだ。元は武偵校に侵入したこの狼を、レキが仕留めて手懐け、武偵犬として飼っているのである。

 

 ハイマキの体当たりを受けて、床に転がる犬男。

 

 しかし、すぐに立ち上がると、バイクほどもあろうかと言う銀狼を、苦も無く床に叩きつけて見せた。

 

「クッ、ハイマキ!!」

 

 それを見ながら、友哉はテーブルの上を飛び跳ねるように駆ける。

 

 ハイマキは衝撃で失神してしまったのか、そのまま動こうとしない。

 

 相手が何者であるかは判らないが、まずは当たって実力を確かめる。

 

 接近と同時に、友哉は刀を鞘走らせる。

 

「ハッ!!」

 

 神速の抜刀術。

 

 横薙ぎの一閃は、犬男の胴を捉えた。

 

 吹き飛ぶ犬男。

 

 そのまま床に倒れると、まるで砂が崩れるように形を崩し、ただの砂と化してしまった。

 

 友哉は、その信じられないような光景に、思わず目を見張った。

 

「・・・・・・何、これ?」

 

 得体の知れない物を見て、友哉は呻く。人じゃない事は一目見て判ったが、生き物ですら無いとは。

 

 その崩れた人型の中から、羽を広げた大型の甲虫類が飛び出して来た。

 

「あれは・・・・・・」

 

 その虫を、何処かで見たような気がしたのだ。

 

 しかし、友哉が答を導き出す前に、銃声と共に飛来した弾丸が、虫を吹き飛ばした。

 

「下がってください友哉さん。あの虫は危険です」

 

 そう言ったのは、ドラグノフを手に駆け付けたレキだった。

 

 ハイマキの飼い主である彼女は、ディーラーに化けて潜入していたのだ。

 

「レキ、あれの正体が判るの?」

 

 友哉の問いかけに、レキは答えない。既にその余裕がないのだ。

 

 見れば、同じような犬頭の人型が、次々と現われてこちらに向かって来るところだった。

 

「友哉君!!」

「数が多すぎますッ」

 

 見れば、水上バイクを乗り捨ててプールから上がった瑠香と茉莉も、銃を手に応戦している。

 

 だが犬男の数は増える一方である。

 

 その時、

 

《緋村、聞こえるか?》

 

 耳に装着していたインカムから、キンジの声が聞こえて来た。

 

「キンジ、こっちは今、敵襲を受けてる。そっちの様子は!?」

《くそっ、そっちもかよ。こっちは今、白雪と応戦しているが、相性が悪いらしくて苦戦中だ!!》

 

 どうやら、キンジ達は奥のホールで戦っているらしい。向こうも交戦中のようだ。

 

 互いの部屋は狭い廊下を抜ける必要があり、壁によって分断されている形だった。

 

 そうしている内に、敵の数は徐々に増えていく。このままではキンジ達と合流する事も難しいだろう。

 

「何なんだ? このカジノ、誰かに恨まれてたりするのかな?」

 

 近寄って来た犬頭を、逆刃刀で薙ぎ払いながら、友哉はぼやくように言う。

 

 とは言え、キンジ達ははまだアリアとも合流できていない様子だ。キンジと白雪だけでは戦線を支えきれる保証は無い。万が一、2人が突破されるような事になれば、今度は友哉達が背後から挟撃を受ける可能性もあった。

 

「仕方がない。レキ、君はキンジ達の援護に向かって。ここは僕達が支える!!」

 

 友哉の指示に、レキはコクッと頷き、ハイマキを連れて奥の部屋へと向かった。

 

 その様子を見送りながら、友哉は再び犬男達に向き直る。

 

「さて・・・・・・」

 

 友哉は迫りくる犬男達を睨み据える。

 

 その傍らには、瑠香、茉莉、陣の3人が立つ。

 

「来客者全員が逃げるまでの時間を稼ぐよ。相互の支援を欠かさないようにッ」

「「「おうッ!!」」」

 

 互いに頷き合うと同時に、4人は一斉に散開した。

 

 

 

 

 

第4話「ファラオの賭博場」      終わり

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。