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強襲科の学生は、午後の自由履修の時間になると、大抵は任務に出かけるか、体育館に集まってトレーニングや戦闘訓練、射撃場での射撃訓練を行う事になる。
闘技場と呼ばれるスケートリンクのような楕円形の広い体育館で、多くの学生達が集まって個人で体を動かしたり、あるいは誰かと組んで戦闘訓練を行っている。
一応、監督者として強襲科教員の蘭豹がついてはいるが、片手には酒の入った瓢箪を持っており、半ば放置に近い形となっていた。
友哉もまた、同じ強襲科の相良陣と組んで、戦闘訓練を行っている。
「成程ね。そんな事があったのか」
友哉の振るう木刀を素手で払いのけながら、陣は納得したように頷いた。
因みに友哉の振るう木刀は、剣道の練習で使う素振り用の太い木刀を、外側から特殊素材でコーティングした特別製だ。装備科の平賀文に頼んで作ってもらった物である。訓練で逆刃刀を抜く訳にもいかないし、さりとて普通の木刀では飛天御剣流の技に耐えきれず、数発で破砕してしまうからだ。
重さも強度も充分な木刀は、当然、威力も鉄棒並みにある。
そんな木刀の一撃を平然と素手で受けるのだから、陣の打たれ強さは相変わらずだった。
「それで、どう陣、この話?」
一旦距離を置きながら、友哉は尋ねる。
話は、先日、突然掛って来たキンジからの救援コールだった。
何でも進級の為の必修単位が1・9足りないキンジは「夏季休業期緊急任務」を漁ったらしい。
夏季休業期緊急任務とは、その名の通り、夏休みに取り扱う任務の事で、単位が足りていない者の為に、学校側が格安で大量に取りつけて来てくれる任務の数々を言う。言わば、一般校で言う所の補習授業のようなものだ。
その中でキンジは、自分に必要な単位獲得が可能な「港区カジノ『ピラミディオン台場』警護任務」を持って来たらしい。
そのカジノの事は友哉も知っていた。何でも、何年か前に東京港に漂着したピラミッド型の未知の物体を、当時の東京都知事が気に入り、カジノのデザインとして採用した事で有名だった。
そのカジノ警備をキンジが請け負ったらしい。
ただし、この警備任務、一つ難点があり、制服の支給はあるのだが、必要人数が8人であるらしい。そこでキンジは、友哉にも声を掛けたのだ。
「一応、茉莉と瑠香にも声を掛けて了承は得たんだけど。後1人、君にもどうかと思ってね」
「別にかまわねえぜ。ここのところ、ちっと暴れ足りねえと思ってたとこだしな」
そう言って笑う陣に、友哉も苦笑する。
そもそも、暴れに行く訳じゃないのだが。
キンジから最低限集めてくれと言われた頭数は4人。これでノルマは果たした事になる。
「そんじゃ、こっちもそろそろケリと行こうぜ」
そう言って、陣はニヤリと笑う。
既に2人で戦闘訓練を始めてから、30分近くになる。そろそろ決着を着けても良い頃合いだった。
「そうだね・・・・・・」
友哉は頷くと、木刀を正眼に構える。
次の瞬間、互いに砂の撒かれた床を蹴って距離を詰める。
「ウオォォォォォォ!!」
真っ直ぐに右ストレートを繰り出す陣。
対して友哉は、接近しながら木刀を抜き打つように横薙ぎに振るう。
重なり合う2つの影。
周囲の人間が息を飲んで見守る中、
友哉と陣は互いに笑みを交える。
陣の拳は、僅かに友哉の頬を掠めるのにとどめたのに対し、友哉の木刀は陣の胴を薙いでいた。
友哉の勝利である。
「ああ、くそッ」
木刀の直撃を受けた陣は、打たれた場所を片手で掻きながら、もう片方の手を頭に当てる。
「また負けたよ。ったく、相変わらず動きが速ェな、お前」
「陣だって、『あれ』を使えばもっとうまく戦えるんじゃない?」
友哉の言う「あれ」とは、以前戦った時に陣が使って見せた「二重の極み」の事である。刹那の間に衝撃を二重に与える事によって、物質の抵抗力を相殺し粉砕するあの技を使えば、コンクリートですら粉々にする事ができる。勿論、人体もその例外ではない。
だが、陣は訓練において、未だに二重の極みを使って見せた事は無かった。
「馬鹿言うな。俺はあれを人相手には使わないって決めてんだ。使えばヒデェ事になっちまうのは判りきってるからな」
岩をも砕く拳である。人間相手に使えば相手が木っ端微塵になる事は疑いない。確かに、不殺を旨とする武偵にとっては、禁じ手にしておきたい技である事は確かだ。
その時だった。
「そんな甘い考えじゃ、この先やってけないわよ」
突然、背後から声を掛けられて友哉と陣は振り返る。
そこにはピンク色のツインテールを靡かせた神崎・H・アリアが、相変わらず小さな体を見せつけるように、腰に手を置いて立っていた。
「アリア、訓練は終わったの?」
「まあね・・・・・・」
アリアはつまらなそうにそう言って、そっぽを向く。
アリアはこの学校でも数少ないSランク武偵だ。並みの強襲科学生なら3人がかりでも、アリアと拮抗する事はできない。その為、戦闘訓練ではいつも物足りない思いをしているのを友哉は知っていた。
その為アリアは、戦闘訓練で手持無沙汰の時は、同じ強襲科に所属している戦妹、間宮あかりの訓練に時間を使っていた。
「友哉、たまにはあたしの相手しなさいよ」
不満そうに言うアリアに、友哉は苦笑を返す。
確かに、友哉は強襲科でもアリアと互角に戦える数少ない1人だが、そうそう毎回同じ人間と訓練する訳にもいかないので、たまにしか訓練する事は無かった。
「それよりも、相良ッ」
アリアの大きな目が、真っ直ぐに陣を見る。
「あんたのバカみたいな打たれ強さは認めるけどね、そんな考え方してたら生き残れないわよ。あんたなんか、銃も持ってないんだし。それで戦場に出たら、撃たれて一発でアウトよ」
「うるせえ、放っとけ。大体、銃なんかに頼ったら、折角の喧嘩が詰まらなくなっちまうだろ」
相変わらずの素手喧嘩上等理論をぶち立てる陣に、友哉は苦笑する。初めて戦ったバスジャックの時も、陣はそう言って持っていた銃を投げ捨てている。あの頃から、その考えを変える気は全くないらしい。
だが、一方のアリアはと言えば、そんな「男の浪漫」的なノリには全く興味がないらしく、呆れ顔で肩をすくめてみせる。
「馬鹿じゃないの、あんた。そんな原始人の理論振り翳して命捨てる気?」
「んだと、このチビ、喧嘩売ってんのか!?」
「言ったわねッ、風穴開けてやるわよ!!」
陣が拳を掲げ、アリアが2丁のガバメントを引き抜く。
その横で友哉は、やれやれと溜息交じりに肩を竦めた。血の気の多い武偵校強襲科にあって、血の気の多い男子代表とも言うべき相良陣と、女子代表の神崎・H・アリアが揃えば、こうなるのは自明の理だった。
因みにこの二人、今まで何度か模擬戦を行っているが、全てアリアの圧勝である。
陣の膂力と防御力はアリアを大きく上回っているのだが、アリアは近接拳銃戦やバーリ・トゥードを使った技巧で陣を翻弄して陣を叩きのめすのが常だった。
とは言え友哉が見たところ、陣はまだ本気を出していない節があるし、何より、その状態でも陣はあわやの所までアリアを追い詰めた事が何度もある。もし2人が本気で戦ったなら、どちらが勝つかは友哉にも予想がつかなかった。
そんな一触即発の2人。
仕方なく、友哉は間に入って止めようとした。
その時、
「あらあら、随分と元気な娘がいるわね」
まるで、清涼な風が室内に迷い込んだような、涼しげな声が掛けられ、3人は動きを止める。
振り返る3人。
次の瞬間、
「ッ!?」
「あ・・・あんたは・・・・・・」
思わず、友哉とアリアは絶句した。
そこにいた人物は、胸に札幌校の記章を付けた臙脂色の武偵校防弾制服を着た女子だった。
茶色掛かった長い髪を三つ編みにしたその女性は、一個の美と言う物がいかに人を魅了するかをその身で持って体現するが如く、その場に悠然とたたずんでいた。
周囲にいる強襲科生徒達は、皆、手を止めてその女性を見ている。
誰もが、その姿に魅了される程に、その女性の美しさは際立っている。「絶世の美女」と言う言葉が現実に存在するのなら、それは間違いなく、彼女の為にあると言っても過言ではなかった。
そして、友哉とアリアは、彼女に見覚えがあった。
とは言え、彼女本人との面識は無い。
先月、紅鳴館に潜入する際、峰・理子・リュパン4世が素性を隠す為に行った変装が彼女だった。
また理子の変装か、とも一瞬思ったが、すぐにその考えを否定する。
理子が小柄なせいで、あの時の変装では女性の背丈は友哉よりも低かった。しかし、目の前の女性は、明らかに友哉よりも背が高い。
そして、何よりも、その身から発せられる圧倒的なまでの存在感。まるで周囲のもの全てを取り込み、自分色に染め上げてしまうようなオーラは、理子には決してまねできる類の物ではない。
カナ。
キンジがそう言っていた女性が、今、目の前に存在した。
カナは、その深い色を湛えた瞳で真っ直ぐにアリアを見詰める。
「良かったら、私と、どうかしら?」
まるでデートにいざなうかのような言葉。
このように美しい女性からの誘いとあらば、喜んで受けたい所である。例え、それが同性であっても、断る理由は見つからないと思えるほどだ。ただ一点、ここが「強襲科体育館」である。と言う事を抜きにすれば。
この場での誘いは、すなわち決闘への誘いを意味する。
そしてアリアも、勿論、誘ったカナも、既にその事を強く認識している。
「・・・・・・・・・・・・良いわ、やってあげる」
ややあって、アリアが答えた。
相手は謎の美女、カナ。あの時、キンジが一目見て明らかに動揺した女性。
パートナーに因縁がある女が目の前に現われて、自分に戦いを挑むのであれば、拒む理由はアリアには無かった。
その様子を見て、カナはクスッと笑う。
「良い子ね」
そう言うと、顎をしゃくってアリアを体育館の中央に誘う。
「アリア・・・・・・」
「手出しは無用よ、友哉」
カナに着いて行こうとするアリアに、友哉が声を掛けるが、その意図を察したようにアリアは振り返らずに答える。
一対一の決闘をアリアは受けようと言うのだ。
だが、友哉は一抹の不安を拭えずにいた。
カナを一目見た時の雰囲気。それがどことなく似ているのだ。「あの症状」を発現させた時のキンジに。
アリアは強い。間違いなく強襲科2年の中では最強の存在だろう。
では、そのアリアが、本気のキンジと戦って勝てるか。と言われれば、友哉は首を横に振る。純粋な戦闘力を比較した場合、キンジの方がアリアよりも強いと友哉は考えている。勿論、実際の戦闘となると、様々な要因が絡んで来る。本人同士の実力差だけでは決して測れない物が勝因になる場合も多々あるのだが。
そう考えている内に、アリアとカナは体育館の中央にて対峙した。
その様子を、強襲科の学生達は遠巻きに眺めている。
一応の監督である蘭豹も、2人の様子から何をするのか気付いたのだろう。面白そうに様子を眺めると、ホルダーから愛用の拳銃S&W M500を取り出して天井へと向けた。
高まる緊張。
一瞬の静寂が訪れた。
次の瞬間、
ドォォォォォォン
大砲のような轟音と共に、蘭豹の手にあるM500が火を噴いた。
それが合図となった。
先に仕掛けたのはアリアである。
小柄な体はロケットブースターを噴射したような速度で地を掛けると同時に、スカートの下から2丁のガバメントを抜き出し、同時にカナに向けて放った。
放たれた2発の弾丸は、真っ直ぐにカナへと迫る。
しかし、
パァン
短い炸裂音。
同時に、命中コースにあったアリアの弾丸は、まるで見えない力に押されたように、あっさりと軌道をずらして飛び去ってしまった。
「ッ!?」
息を飲むアリア。
彼女としては、先制の攻撃によってカナが防御するか、回避して体勢を崩した所に得意の近接拳銃戦を仕掛けるつもりだったのだろう。
だが、その目論見は、脆くも崩れ去ってしまった。
一方、外周で見守っていた友哉には、今のからくりが概ね読めていた。
カナが使ったのは、恐らくキンジがブラド戦で使って見せた
とは言え、カナがどのような銃を使い、どのような動きでビリヤードを成功させたのかまでは確認できなかった。そもそも、カナは一瞬たりとも動いたようには見えなかった。
一体、どういうからくりなのか。
当初の目論みを外されたアリアは、持ち前の機動性を発揮しながら徐々に距離を詰めていく。
対するカナは、殆ど動かずにアリアの様子を見守っている。
時折、アリアが牽制の銃撃を行うが、カナに命中する事は無い。カナは最小限の動きだけでアリアの銃撃を回避している。恐らく、体勢、腕の角度、目線、銃口の角度から弾丸のコースを見切り回避しているのだ。同じ事は友哉にもできるが、カナがやってみせている程、最小限の動きだけで回避し続ける事ができるかは自信が無かった。
そうしている内に、アリアがついに距離を詰めて近接拳銃戦の間合いにカナを捉えた。
「喰らいなさい!!」
銃口を向けるアリア。
対してカナは、僅かに手を伸ばす。
それだけでアリアの銃口は、両方ともカナを射線から外してしまう。
虚しく銃弾を吐きだすガバメント。
お返しとばかりに、カナは再びあの見えない弾丸をアリアへと放つ。
今度は至近距離。アリアに回避する術は無い。
腹に2発食らい、大きく後退するアリア。
更にそこへ、カナからの追撃が入る。
連続して放たれる弾丸は、アリアを容赦なく捉え、防弾制服の上から打撃を加えていく。
その状態から、アリアもどうにか反撃しようとガバメントを撃つが、カナはビリヤードを織り交ぜてアリアの攻撃を封じ、かつ自分の攻撃は的確にアリアを捉えていく。
「クッ!?」
胸部に命中を受けたアリアは、口元から血を流しながら大きく距離を取る。
カナはそんなアリアを見ながら、その口元の微笑を絶やさない。
「どうしたの、アリア。来ないのかしら?」
挑発するようなカナの言葉に、アリアは目を吊り上げ、再び突撃を仕掛ける。
その様子を、友哉は眉を顰めながら見ている。
まずいパターンだ。アリアの悪い癖が出てしまっている。アリアはそのプライドの高さゆえに、挑発に弱い面がある。軽い冗談のような挑発も本気で取ってしまい、突っかかってしまう事が多いのだ。
敵がアリアより弱ければ、それでも良い。力押しでいくらでも相手を叩きのめす事ができる。
だが今回の相手は、明らかにアリアよりも強い。力押しで攻めても勝てる道理は無い。
案の定、突っかかって言ったアリアは、またもカナの見えない弾丸によって返り討ちにされている。
「一方的じゃねえか・・・・・・」
陣が吐き捨てるように言った。
彼の言うとおり、アリアは手も足も出ないまま一方的にやられている。
あのアリアが、2年強襲科ナンバー1の実力者と行っても過言ではないアリアが、こうも一方的にやられるとは。
「・・・・・・陣、準備しといて」
友哉は低い声で言いながら、木刀を掲げる。
アリアからは加勢は断られたが、友哉はカナを一目見た瞬間から万が一の時は割って入る覚悟を決めていた。
そして、結果は予想通りと言うべきか、予想以上と言うべきか、殆どカナのワンサイドゲームとなりつつあった。
「おうよ、そうこなくっちゃ」
素早く、お互いに「
《僕がアリアを救助する》
《了解。そんじゃあ、俺はあの女を引き付けるぜ》
相談を終え、互いに頷いた。
次の瞬間、皆が見ている前でアリアが片膝をついた。
その瞬間、
「陣ッ!!」
「おうっ!!」
友哉の合図ととともに、陣がカナめがけて走る。
突然の陣の突貫に、誰もが度肝を抜かれた。
「おら、相良ァ、何しよんねん!!」
傍でアリア達の戦況を見守っていた蘭豹が、叫ぶと同時にM500を陣の足元へ放つ。
しかし、足元に砲撃のような弾丸を食らっても、陣は聊かも速度を緩めない。
その様子は、カナからも確認できる。
「まるで、人間戦車ね」
呟くように言いながら、見えない銃撃を陣へと向ける。
被弾する陣。
しかし、持ち前の撃たれ強さは弾丸にも有効だ。
弾丸を食らった陣だが、防弾制服越しの衝撃に、聊かも揺らぐ事無く突進を続ける。
「本当に戦車なの?」
これにはカナも、やや呆れ気味につぶやいた。
しかし、すぐに切り替えると、再び陣に向き直る。
パァン
銃声が鳴り響く。
またも同じ手か? 誰もがそう思った。
しかし、カナが狙ったのは陣の胴体ではない。
「グッ!?」
陣は思わず、突進を止めてその場で立ち止まる。
着弾したのは頭部。
どんなに体を鍛えた人間でも、頭部は絶対的に鍛え難い場所である。頭部の構成は殆どが骨であり、筋肉の付きが薄いからである。以前、友哉が陣と戦った時も、頭部を狙い打って勝利している。
カナは非殺傷兵器のラバー弾を使い、陣の頭部を集中的に狙い撃ちしたのだ。
命中は4発。流石の陣も、これには止まらざるを得ない。
しかし、時間は稼げた。
友哉はその間に、アリアに駆けよって、膝を突いている彼女を抱きかかえる。
「アリア、こっち!!」
アリアを両手で抱えるようにして走る友哉。
「ゆ、友哉、あんたッ」
「言いたい事は後で聞くよ」
アリアの抗議を封殺しながら、友哉はアリアを抱えて走る。
既に陣は動きを止められている。あの陣をあっさりと封じる辺り、やはりカナは恐ろしい程の実力を誇っている。
そのカナの視線が、友哉を捉えた。
来るッ
そう思った瞬間、友哉は全力を足に集中させる。
いかにアリアが小柄とは言え、人1人を抱えて全力で駆ける事は友哉にもできない。
だが、一瞬の加速さえできれば・・・・・・
思考と銃声が重なる。
次の瞬間、着弾は友哉の背後であった。
一瞬の加速により、僅かにカナの照準が狂ったのだ。
とは言え、紙一重であった事は間違いない。銃弾は、友哉の一房だけ伸ばした赤茶色の後髪を僅かに掠めて飛び去った。
カナが、僅かに驚いたような顔を見せた。
その隙に、友哉はアリアを下ろす。
「アリアはここにいて」
それだけ言うと、友哉は腰に差しておいた木刀を抜いて構えた。
対して、カナもまた、待ち構えるように友哉に向く。
「おいで、緋村友哉。あなたの実力も見てあげる」
気負いも無く、ただ手招きをするようにカナは告げる。
距離にして30メートル以上。斬り込むには距離がありすぎる。
だが、友哉は迷わず木刀を構え、カナに向かって行く。
先程の話に戻るが、アリアは確かに強い。その実力は間違いなく、強襲科2年ナンバー1だろう。
では、友哉はアリアと戦って勝てないか、と聞かれれば、友哉は必ずしもそうではないと答える。
友哉自身、いくつかの点で自分がアリアに優っている事に気付いている。
その一つが、「目」だ。
飛天御剣流が先の剣を取る為には、絶対的な「読みの鋭さ」が必要不可欠となる。相手の思考を読み、動きの先を読み、そして常に先に動く。その下支えを行う為に、必要なのが相手の動きを見極める目だった。
その目が、カナの動きを僅かながら捉えている。
捉えているのは腕の動きのみ。銃口や銃の形状、抜くタイミングまでは判らない。
だが、腕の動きさえ分かれば、発砲のタイミングは掴める。
友哉が加速すると同時に、銃声が鳴り響いた。
瞬間、
友哉の顔のすぐ脇を、銃弾が駆け抜ける。
「ッ!?」
読みの鋭さに加えて、神速の動きを加算して尚紙一重。恐ろしい技量だ。
更に横へと飛ぶ友哉。
それを追うようにして着弾するカナの銃撃。
全て紙一重で友哉には当たらない。
全神経を目と、回避に振り分ける友哉に余裕は無い。
恐らく、カナの技は、友哉の使う抜刀術と同じなのだ。普段は空手の状態から、神速の抜き打ちと照準により発砲、そして再び収納。それを瞬きする間にやっているので、何もない所から弾丸を放っているようにも見えるのだ。
更に放たれる弾丸を、横に飛んで回避する友哉。
後一撃。
それだけ回避したら、剣の間合いに持ちこめる筈。
既に限界まで加速している友哉に、これ以上速度を上げる事はできない。
それを見て、カナはニコリと笑った。
次の瞬間、友哉の腹部と左肩と胸部に衝撃が走った。
「グッ!?」
距離が詰まれば、命中率も上がるのは自明の理である。
一度に3発の被弾。防弾Yシャツの上からでも、衝撃が伝わってくる。
だが、
「これで!!」
血の味が滲む歯を食いしばる友哉。
剣の間合いに入った。
突撃の勢いのまま、擦り上げるように友哉は木刀を振るう。
その一撃を、僅かに体を逸らせる事で回避するカナ。
だが、それは友哉も予測済みだ。
振り上げた勢いのまま、上空へ跳躍、木刀を振り上げる。
「飛天御剣流、龍槌閃!!」
急降下と同時に木刀を振り翳す友哉。
対してカナは、
僅かに首を振る。
同時に、彼女の後ろ髪がのたうつように宙に舞った。
ガキンッ
それだけの事で、空中にあった友哉の体は横から薙ぎ払われたように大きく吹き飛ぶ。
一体、何があったのか。友哉は自分を吹き飛ばした物の正体を確認する事ができなかった。
ただ一つ言えるのは、カナが先程から全く動きを見せていないと言う事だった。
「クッ!?」
地面に転がりながら、それでも辛うじて膝を突き、起き上がろうとする友哉。
そこへ再び、カナの銃撃が襲い掛かる。
着弾は3発。
肩に1発、胸に1発、
そして、最後の1発は友哉の手にある木刀に命中した。
先の激突で既にダメージを負っていたのか、友哉の木刀は、その一撃で手元から数センチ残して折れ飛んだ。
「まだやる?」
「・・・・・・・・・・・・」
笑顔で問い掛けるカナに、友哉は無言のまま折れた木刀を見詰める。
刀があれば。などと言う気は無い。木刀で戦うと決めた時点で、この結果の責任は友哉自身にある。
木刀の柄を投げ捨てて、友哉は立ち上がる。
お世辞にも得意とは言えないが、一応素手格闘もできない事は無い。
拳を握りしめ、再びカナに対峙する友哉。
だが、彼が素手でカナに殴りかかる事は無かった。
「もう良いわ、友哉」
「アリア!?」
一旦は戦線離脱させたアリアが、いつの間にか友哉の背後に立っていた。
「あんたと相良には悪いけど、これ以上の手出しをすれば、アンタ達から先に風穴開けるわよ」
「アリアッ!!」
強気で言うアリアに、友哉は抗議の声を上げる。
先程の戦いを見る限り、アリアがカナに及ばないのは火を見るより明らかだ。意地を張っている場合じゃないと言うのに。
「これはあたしが売られた喧嘩よ。ケリはあたしが付ける」
そう言うと、アリアは友哉を押しのけるようにして前へ出た。
再び対峙するアリアとカナ。
「さっきまでは気付かなかったけど、銃声とマズルフラッシュ、それに友哉との戦いを見てようやく思い出した。アンタの銃、コルトSAA ピースメーカーね」
「正解、良く判ったわね」
アリアの言葉に、カナは笑顔のまま答える。
「骨董品みたいな銃だから、イマイチ思い出せなかったけど」
アリアの言うとおり、コルト・ピースメーカーは19世紀に開発された回転式拳銃で、西部劇などにも使われている程その歴史は古く、博物館にも展示されているような銃だ。
装弾数、連射速度、命中率。あらゆる意味で近代的な自動拳銃の方が上だが、ただ一点。「早撃ち」の速度だけは、構造上、回転式の方が速い。それが、カナが先程から使っている技「
「なら、もう少し見せてあげるわ」
言うが早いか、
パァン
再び起こる銃声。
しかし、今度はアリアも反応して見せた。
先程の友哉の戦い方からヒントを得ていたのだろう。
初手からギアをトップスピードに入れ、頭を低くし、駆けると同時に見えない弾丸を回避する。
そのまま懐に飛び込むアリア。
ガバメントを振り上げて、銃口をカナへ向ける。
しかし、カナは全く慌てる様子を見せず、またも僅かな動作だけでアリアの銃口を逸らして見せた。
止まらない引き金。
無駄に吐き出される弾丸。
同時に、ガバメントのスライドは後方に引かれたまま固定されてしまう。弾切れを起こしたのだ。
だが、その事はアリアも想定済みだ。
銃撃戦は囮。本命はここからだ。
「やっ!!」
掛け声とともに空中宙返りを打ち、カナの背後に降り立つと同時に背中から二刀の小太刀を抜き放った。
これまで一方的に痛めつけられていたアリアが、ここにきてようやく一矢報いたのだ。
背後からカナへと斬りかかるアリア。
しかし、
ギギンッ
またしても、カナが僅かに首を振ったかと思うと、アリアの両手から小太刀が弾き飛ばされて床に転がってしまった。
唖然とするアリア。
完全に捉えたと思ったのに、気が付けば刀はアリアの手から離れていたのだ。
そこへ再び、不可視の銃弾がアリアを襲う。
呆然としていたアリアに、回避する術は無い。
数発食らって、後退を余儀なくされた。
「こ、こんな事って・・・・・・」
友哉は、呆然と呟いた。
友哉と、陣と、そしてアリア。
強襲科でもトップクラスの3人が同時に掛かって、怯ませる事すらできないとは。
その時だった。
「やめろ、やめるんだカナ!!」
鋭い声と共に、駆けこんで来た男子生徒がアリアとカナの間に割って入った。
「キンジッ」
キンジは息を切らしてカナを睨みつけている。
探偵科は今、座学の最中の筈だ。恐らく噂を聞いて駆けつけたのだろう。
「ど、どきなさいキンジ!!」
「キンジ、どきなさい」
アリアは激昂気味に、カナは静かにキンジに告げる。
だが、キンジは退かない。
「あなたのような素人は、動きが不規則な分、事故が起きやすい。危ないわ」
「そんなこと判ってる。あんたに言われなくてもな」
「ならどうして? 何の為に危険に身を晒すの? まさか私を敵に回すつもり? 未完成なあなたが私に勝つ確率は・・・・・」
「そんな事は判ってんだよ!!」
キンジは敢然とした態度で、カナの言葉を跳ね付ける。
「キンジ・・・・・・」
そんなキンジの様子を、カナは少し驚いた様子で見詰める。
「・・・・・・変ったわね、あなた」
感慨に耽るような、それでいて寂しさを感じさせるような声。
それと殆ど同時に、キンジの背後でアリアがドサッと音を立てて倒れた。
最後の対峙の時には、既に彼女は限界を迎えていたのだ。キンジが現れた事で、緊張の糸が切れたのだろう。そのまま眠るように気を失っていた。
「アリアッ」
慌ててアリアを抱きとめる。
その様子を見て、カナは一つ、大きな欠伸をした。
彼女の事を良く知っているらしいキンジは、カナのその姿を見て、どうやら交戦の意思無しと判断したらしい。緊張を解くのが判った。
その判断通り、カナは欠伸をしながら踵を返すと、そのまま体育館を出て行く。
後には、アリアを抱えたキンジと立ち尽くす友哉、蹲ったまま動けないでいる陣だけが取り残されることとなった。
第2話「札幌校から来た刺客」 終わり