1
武偵少年法により、犯罪を犯した未成年の武偵のプロフィールを公開する事は禁止されている。
マスコミでも報道されないし、関係者が口コミで広めるのもご法度となる。そんな訳で、あのハイジャック事件にかかわった友哉、キンジ、アリアは、その真相を誰にも話していなかった。
それを良い事に、まるで何事も無かったかのように武偵校に戻ってきたのが、この女である。
「みんなー、お久しぶりー、りこりんが帰って来たよー!!」
教壇に跳び上がってはしゃいでいる理子を包囲するように集まったクラスメイト達が、「りこりん、りこりん」などと無邪気に唱和が始める。
理子はその社交性の高さから友人が多い。
ハイジャック事件で一戦交えた友哉達からすれば、逆立ちしても納得いかない光景ではあるが、先述の武偵少年法に加えて、司法取引の事を考えると、この馬鹿騒ぎをどうこうする事も出来ないのも事実である。
「で、どうするの?」
窓に寄りかかりながら、友哉は隣に立つキンジとアリアに尋ねる。
あの後、話に聞いてみたところ、どうやらキンジとアリアもまた理子から泥棒をするように誘いを受けていたらしい。
友哉やキンジはまだしも、自身が目の敵とまで狙ったアリアにまで声を掛けるとは、一体理子は何を考えているのやら。
「理子の考えに乗るの?」
「そんな事、よくないに決まっているでしょう。リュパン家の女と組むなんて、ホームズ家始まって以来の不祥事よ。天国の曾お爺様もきっと嘆いてらっしゃるわ」
けど、とアリアは続ける。
「今はそんな事も言ってられないわ。理子は協力すればママの裁判で証言するって言っている。これも必要悪と割り切るしかないわ」
アリアの母、神崎かなえは懲役864年の判決を受けて収監されている。その内、122年は武偵殺し、つまり理子が起こした事件であるとされている。更に107年は先頃逮捕した《デュランダル》ジャンヌの物である。この2つの事件が無実であると証明できれば、他の事件も連鎖的に無罪を勝ち取れる可能性があった。
「だが、理子が俺達にやらせようとしているのは泥棒だぞ。下手をすれば、俺達も捕まる事になるだろ」
「その心配は無いわ」
キンジの危惧に、アリアはあっさりと答えた。
「あたし達が潜入しようとしている館の主、ブラドはイ・ウーのナンバー2よ。相手がイ・ウーなら、もう法律の外。そこから何を盗もうと罪には問われないわ」
そのアリアの言葉に、友哉は先日で、品川での昭蔵との会話が思い出された。
末端構成員を立て続けに倒されたイ・ウーは、本腰を上げて幹部を戦線に投入して来る事もあり得る。奇しくもその通りになった訳だ。
イ・ウーのナンバー2《無限罪》のブラド。しかし、ブラド自身がイ・ウーでは特に慎重に行動する性格らしく、轟く異名と相反し、その正体は厚いベールに包まれ、どのような警察機関も詳細は掴んでいないとの事だった。
正体が事前に判らないと言う意味では、先の魔剣事件の時も同様だったが、今回の敵の実力はジャンヌをも上回るとの事である。
その時、教室の戸が開き、茉莉が小柄な体にたくさんのプリントを抱えて入って来た。彼女は今日、日直であるから、その仕事の為に教務課に行っていたのだろう。
そして、ちょうど壇上に立っていた理子と目が合った。
「お?」
「あ・・・・・・」
互いの視線が合うとともに、声が発せられる。
次の瞬間、
「お~、マツリンだ、ひっさしぶり~!!」
「理子・・・さん?」
目を輝かせる理子に対し、茉莉は驚いたように動きを止めている。
理子はダイブするように教壇から飛び降りると、その勢いのまま茉莉に抱きついた。
背は茉莉よりも理子の方が高い。加えて理子は小柄な体ながらスタイルが良い為、肉付きの薄い茉莉よりも大きく見える。
「り、理子さん、どうしてここに?」
首根っこに抱き疲れたまま、茉莉が少し苦しそうに尋ねる。
「何でって、理子は元々このクラスの子だよ」
どうやら、2人は知り合いであるらしい。確かに同じイ・ウーの構成員同士、顔見知りであったとしても不思議は無かった。
「ん~、マツリン、相変わらず良い匂い」
「ちょ、理子さん・・・・・・やめてください」
「なんで~? 良いじゃん別に、久しぶりなんだし~」
首元に鼻を近づける理子に対し、茉莉は身を捩って逃げようとする。
最近判って来た事だが、普段はクールに振舞っている茉莉だが、突発的なハプニングに意外と弱いらしい。今も理子の行動にどうリアクションしていいのか判らず右往左往している。
「え、なになに、理子ちゃんと瀬田さんって知り合いだったの?」
「どこで知り合ったの?」
二人の様子を見て、また人が集まり始める。
友哉はそんな理子を、ジッと見詰める。
正直、今回の件に関してまだ迷いがある。アリアは母親の事があるから、理子の依頼を受けざるを得ないし、キンジはアリアのパートナーだから、一緒に仕事をするのも判る。
しかし、友哉にはそうした事情は無い。理子の依頼を受ける絶対的な理由が友哉には無いのだ。
それに、
頭の中で繰り返されるのは、昭蔵の言葉だ。イ・ウーから手を引けと言う言葉は、どうしても友哉の中で大きな割合を閉めてしまう。
勿論、そんな言葉一つで引き下がりたくは無い。だが、それでも、このように宙ぶらりんに近い考えで関わって良いとも思っていなかった。
2
友哉は屋上の手すり身を預けながら、ぼんやりと考え事をしていた。
自分が戦う理由。
そんな物に悩む事になるとは思わなかった。
武偵を目指して武偵校に入学した時点で、自分が戦う事は当たり前だと考えていた。
武偵は力無い人を護る最後の盾であり、悪を斬る為の剣でもある。そう考えて今日まで生きて来た。
武偵になった時点で、自分の命は勘定には入れない。それが武偵としてのあり方であると言える。自分の命よりもまず人の命、と考えるべきだ。
今から1年ほど前、浦賀沖で大型客船が沈没すると言う事故が起きた。後にキンジから聞いた事だが、この事故は武偵殺し、つまり理子の犯行によるものとの事だった。
この時、乗り合わせた武偵(つまり、理子のターゲット)は乗客全員を逃がした後、自分1人が犠牲になったらしい。
この事は、後に世間から大きく非難される事になった。
一緒に乗り合わせていながら事故を防げないとは、何のための武偵なのか、と。
だが、友哉はその人は立派だと思う。何しろ、乗員乗客全員を無傷で助けたのだから。沈没した客船は排水量数万トンにも達する豪華客船であり、乗員乗客合わせると1万人近い数の人間が乗り組んでいた筈だ。その全てを助けたのだから。
だが、同時にこうも思う。彼の残された家族はどうなるのか、と。噂では事故後、残された遺族にまで非難の声が寄せられ、無責任な報道が遺族に責任の所在を追及すると言う、見苦しい構図までできあがったらしい。
その武偵の家族が、今どんな思いで生きているか。それをつい、想像してしまう。
友哉にもまた、家族がいる。
父、母、従姉の彩。自分が死ねば、きっと彼等は悲しむだろう。
だが、それでも武偵として、それを目指す者として、目の前の敵から逃げたいとは思えなかった。
「・・・・・・あなたなら、こんな時どうしますか?」
友哉は逆刃刀を手に取ると、鯉口を切り僅かに刀身を抜いてみる。
その脳裏に浮かんだのは、見た事も会った事も無い先祖、緋村抜刀斎の事だった。
緋村抜刀斎が記録に残る活動をしたのは1863年から1868年までの5年弱の間だけである。その内、前半は闇の人斬りとして、表に出ない暗殺業を請け負い。後半は劣勢の維新志士側を援護する遊撃剣士として戦い続けた。彼の名前が記録に残っているのは、その後半部分ゆえである。
だが、その後、人斬り抜刀斎の足取りは鳥羽伏見の戦いを機にプツリと途絶え、どの文献を紐解いても名前は出て来ない。
その彼が、晩年持ち歩いたとされるこの刀。
人斬りであった彼が、このような刀を持ってまで、なぜ人を斬らずに戦い続けたのか。今、その答えが無性に知りたかった。
「友哉君ッ」
名前を呼ばれたのは、その時だった。
振り返ると、瑠香がその小柄な体で跳ねるように走って来るのが見えた。
「もう、探したよ。教室行ってもいないんだもん。アリア先輩とかに聞いても誰も知らないって言うし」
「ごめん、探してくれたんだ」
そう言うと友哉は、瑠香のショートヘアに髪を絡ませるようにして頭をなでてやる。
子供の頃から兄妹のように過ごして来たこの娘もまた、友哉が死んだら悲しむだろう。そして、それが逆だったとしたら、勿論友哉は悲しかった。
友哉の周りには、これほどまで大切な人達で溢れている。そんな彼女達を悲しませて戦う事が、本当に正しいのだろうか?
と、瑠香は友哉の手つきに、気持ち良さそうに目を細めていたが、ふと何かに気付いたように問い掛けて来た。
「友哉君、どうかした?」
「え?」
突然の質問に、友哉は手を止める。対して瑠香は、怪訝そうな顔のまま話を続けた。
「何だか、今日の友哉君、元気がないみたい。気のせい?」
クシャッと、自分の髪をかき上げて苦笑する。
勘の鋭い娘である。友哉との付き合いが長い彼女は、すぐに友哉の様子がいつもと違う事に気づいたようだ。
「友哉君?」
「何でもないよ」
そう言って、もう一度笑い掛ける。
強襲科の学生が「戦う理由」なんて物に迷い、あまつさえそれを戦妹にまで心配させたなんて事になったら情けないどころの騒ぎじゃない。
だが、瑠香は尚も納得できない様子で覗き込んで来る。
彼女の性格からして、更にしつこく追及してきそうな空気だった。
なので、友哉はやや強引ながら、話題を変える事にした。
「そうだ、瑠香。久しぶりに、あれ、やりに行かない?」
「え?」
戸惑う瑠香の手を優しく取り、友哉はさっさと歩きだした。
友哉が気分転換したい時は、大抵ゲームに走る。
家庭用ゲーム機を使う場合もあるし、気が向いた時にはゲームセンターまで繰り出す事もあった。
今日は一度気持ちをリセットしたい気分だったので、瑠香を連れてゲームセンターまで繰り出していた。
友哉と瑠香がゲームをする時、大抵は2Dか3Dの格闘物がメインとなる。
体を動かすようなスポーツタイプは避ける。前に一緒にやった時、瑠香が「絶対友哉君が勝つからやだ」と言ったのだ。それ以来、避けるようにしている。
その点、格闘ゲームならどうしても動きがシステムに制限されてしまう為、反射神経上のハンデが小さくなる。
そんな訳で、2人は対面の筺体を相手に対戦格闘ゲームにいそしんでいた。
2人がやっているのは、往年の侍格闘ゲームの進化型であり、アバターはその殆どが刀を使って戦う事で有名である。
「うりゃうりゃうりゃうりゃッ」
「ん、そう来たか、よっと」
激しく攻める瑠香に対し、友哉は回避を織り交ぜながらダメージを最小限に抑え、カウンターを返す戦術を取る。
戦績は3対4で瑠香が優勢。
そして、既に友哉の操るアバターの体力は4割を切っている。
瑠香もここが攻め時と踏んだのだろう。激しい攻撃で、友哉に反撃の隙を与えようとしない。おかげでこちらの体力は防御の上からジリジリと削られていく。
だが、友哉は冷静に状況を見極めようと、画面を凝視してアバターを見詰める。
瑠香の性格からいって、このままズルズルと小技で攻め続けるような事はしない筈。必ず、防御無視の大技を決めてフィニッシュにしようとする筈だ。
食らえばそれまでだが、それをうまく返す事ができれば、
そんな事を想っている内に、ついにアバターの体力が2割を切った。
「とどめ!!」
案の定、瑠香は大振りな一撃を繰り出す。
派手なライトエフェクトと共に、瑠香キャラが刀を振りかぶった。
その瞬間、
「今だ」
短い呟きと共に、友哉キャラがコンパクトな動作ながら、鋭い連撃を放つ。
大技は溜めから発動まで時間が掛るのは、古今格闘ゲームのお約束である。友哉が待っていたのは、正にその瞬間だった。
鋭い斬撃が、面白いように瑠香キャラに叩き込まれていく。
「あ、ちょ、ちょっと、待って!!」
まるでこの間のVS茉莉戦で決め技に使用した龍巣閃のような光景だ。
そして、
《YOU WIN》
の、文字が友哉の筺体の画面に踊った。典型的な逆転勝利である。
「ああ~~~~~~!!」
反対側からは、愕然としたような瑠香の声が聞こえてきて、友哉はクスッと笑った。
どんな事でも全力投球の瑠香は、例えゲームであっても負ければ悔しいのだ。
「もう一回、もう一回よ!!」
「はいはい」
負けて更に意気上がる瑠香に対し、友哉は苦笑しながら、再び始まる対戦画面に集中した。
その後も対戦成績は10対12で瑠香の勝ち越しとなり、双方いい加減指が疲れて来たので切り上げる事にした。
このゲームセンターは学園島から近い事もあり、中には武偵校の臙脂色をした制服を来た者もチラホラと見えた。
ゲームでストレスを発散した事で、少し気分が晴れた気がする。やはり悩んだ時は、一度気持ちをリセットするに限る。
そんな事を考えていると、
「あ~!!」
隣の瑠香が大声を上げた。
振り替えると、瑠香の視線はUFOキャッチャーの筺体に釘付けになっていた。
「レオポンの新作、出てたんだ」
レオポンとは、瑠香が好きなぬいぐるみのマスコットシリーズである。デフォルメされた白い猫のぬいぐるみの愛くるしさが売りの商品だ。
以前、瑠香がそのレオポンのぬいぐるみを持っていて、何なのか尋ねたところ、小一時間に渡って講釈をしてくれたのを覚えている。
そう言えば、アリアとキンジがレオポンのお揃いストラップを持っていたのを、友哉は思い出した。あの2人も普段喧嘩している割に、そう言う趣味が合うのかもしれなかった。
「欲しいなあ、あ、けど、さっきの格ゲーでもうお金が・・・・・・」
目を輝かせながら筺体にへばりつく瑠香を、友哉は微笑ましく見詰める。ここは兄貴分として度量を見せるべき所だった。
「ちょっと貸して」
そう言うと、友哉はコントローラーの前に立ち100円玉を投入する。この手のゲームは久しぶりだが、腕が落ちていない事を祈りつつ操作パネルに手を伸ばす。
狙い目は、右奥にある1体だ。
慎重にアームを操作し、目当ての人形を目指す。
「もうちょっと、もうちょっと・・・・・・」
瑠香が筺体のガラスにへばりつきながら、アームの行方を追っている。
やがて、目指す人形にゆっくりとアームが伸ばされる。
「あっ」
茉莉の小さい声と共に、レオポンの人形は見事にアームに引っ掛かった。
そして、
ガコンッ
低い音と共に、人形が落ちて来た。
「やったぁ!!」
嬉々としてレオポン人形を取りだす瑠香は、満面の笑顔を浮かべている。
失敗せずに済み、ホッと胸をなでおろした。
その時だった。
「キャッ!?」
悲鳴と共に、瑠香が床に倒れ込むのが見えた。
見れば、数人連れだって歩く大柄な男達が瑠香の前に立っているのが見えた。どうやら、彼等とぶつかってしまったらしい。
いかに武偵として日々鍛えているとはいえ、瑠香は友哉よりも小柄な女の子だ。正面からぶつかり合えば、相手が男相手であれば当たり負けするのも仕方がない。
「いってぇな、テメェ!!」
転んだ瑠香を見降ろして、怒声を上げる男に対し、瑠香もまた見上げるような形ながら怒鳴り返す。
「何よ、そっちがぶつかって来たんでしょ!!」
「テメェが俺の歩く前にボーっとしてたのが悪ぃんだろうがよ!!」
通常、一般人が武偵に喧嘩を売る事は少ない。彼等も武偵が普段から戦闘訓練をしている事は知っているし、喧嘩すれば勝ち目が薄い事は自覚しているからだ。
だが、この不良の男は、瑠香が来ている武偵校制服に気付いているにも関わらず喧嘩を売って来ている。余程、自分に自信があるのか、それとも単なる無知なのか。
だが、流石に公共の場で騒動はまずい。もし乱闘になって器物破損にでもなれば当然、弁償はしなくてはいけないし、それに、一応内申にも響きかねない。
ここは穏便に済ませた方が得だった。
「まあまあ、落ち着いてください」
友哉は両者の間に割って入る。
「んだ、テメェはよ!?」
「この子の連れですよ。こんな所で騒ぎもなんですし、ここは穏便に済ませてくれませんか?」
「知るかよ。その女がぶつかって来たんだ。詫び入れるのが筋ってもんだろ!!」
「だから、ぶつかって来たのはそっちでしょ!!」
尚も言い募る瑠香に、とうとう男がキレたように拳を握る。
「テメェ、付け上がりやがって!!」
今にも殴りかかりそうな雰囲気に、場の空気は一気に張り詰める。
「落ち着いてください」
「うぜぇんだよ、引っ込んでろ!!」
言い放つや否や、男は友哉に殴りかかって来る。
その様子を、友哉はぼんやりと眺めていた。
この程度の相手、刀を抜くまでも無く叩き伏せる事は可能だ。拳を回避し、鳩尾にでも柄尻を叩き込めばそれで済む。
だがふと、疑問が脳裏に浮かんだ。
昨日の黒笠も、目の前の不良も、友哉にとっては等しく「敵」であると言える。そこにある違いは、単なる実力の差でしかない。
昭蔵の言葉は、言ってしまえば敵を無視しろと言っているようなものだ。
じゃあ、目の前の不良は?
この男がもし、友哉よりも強ければ、友哉は無視して逃げれば良いのか?
そんな事をすれば、友哉の後ろにいる瑠香や、他の人達がとばっちりを食う事になるかもしれない。
黒笠もそうだ。誰かが止めないと、犠牲者が増える事になる。
『ならっ・・・・・・』
刀を持つ手に力を込める。
「友哉君ッ!!」
瑠香の悲鳴。
既に拳は目の前まで迫っている。
誰もが、友哉が殴り飛ばされる光景を。
次の瞬間、
高速で男の懐に潜り込んだ友哉が、男の鳩尾に逆刃刀の柄尻を叩き込んだ。
「がっ・・・・・・あ・・・・・・」
空気が抜けるような音と共に、男は前のめりに倒れる。
その様子を見て、男の仲間達は慄きながら、倒れた男を抱えて去って行く。どうやら、仲間達は、倒れた男ほどには血の気が多くないらしい。
途端に、周囲から拍手の嵐が起こった。
「友哉君!!」
慌てたように、瑠香が駆け寄って来た。
「大丈夫? 怪我ない?」
「ああ、大丈夫だよ」
心配して見上げて来る戦妹の頭を、友哉は安心させるようにそっと撫でる。
その瞳には、先程までには無い、強い光が宿っていた。
「友哉君?」
瑠香もまた、そんな友哉の様子に気付いたのだろう。不思議そうな目を向けて来る。
そうだ、迷う必要なんか、初めからどこにも無かった。
自分は大切な物を護りたいと思ったからこそ、武偵を目指した。なら、その信念に従い真っ直ぐに進むだけだった。
《やぁやぁユッチー。よくぞ決断してくれた。歓迎するよ》
底抜けに明るい声が友哉の携帯電話から聞こえて来る。
ゲームセンターから戻ってから、友哉はすぐに理子へと電話を掛け、今回の件、承諾する旨を伝えた。
泥棒と言う行為に抵抗が無い訳ではないが、アリアの話では今回に限り、こちらが罪に問われる事は無いとの事。ならば友哉は友哉自身の目的の為に行動するべきだった。
「その代わり、条件がある」
《およ?》
訝るような声を発する理子に、友哉は告げた。
「君が持っている《黒笠》に関する情報全部と引き換えだ。尚、これは前払いにする事。それが条件だよ」
こうしている今も、《黒笠》は日本のどこかに潜伏しているかもしれない。そう考えると、理子の作戦を完了してから動いたのでは遅い。作戦と情報分析を同時に行う必要があった。
元イ・ウーの理子なら、外部の人間には知りえない情報も持っている可能性があった。
ややあって、理子が返事を返して来る。
《友哉、お前、あいつを追う気か?》
突然、男言葉になる理子。
それはそれまでの明るい雰囲気の理子ではない。あのハイジャック事件を起こした《武偵殺し》峰・理子・リュパン4世の声だった。
《一応、言っておくぞ。やめておけ。あいつは恐ろしい奴だ、お前、殺されるぞ》
理子にそこまで言わせるのだから、黒笠の恐怖は本物なのだろう。
だが、
「その手の話は聞き飽きたよ。それも全部承知の上で言っているんだ」
《決意は変わらないか・・・・・・》
諦めたような、溜息交じりの声が聞こえて来る。
《仕方ないな。私としてもお前と言う手駒を失うのは惜しい》
そして、
《ほんじゃユッチー。ブツは近いうちに届けるようにするよっ。てなわけで、よっろしくね~》
そう言うと、理子は電話を切った。
これで良い。
友哉も電話を切り、心の中で呟く。
イ・ウーと戦う。
友哉はそう決断した。その為の一歩が、《黒笠》との戦いになるだろう。
勿論、それは決して平坦な道ではなく、歩く事も憚られるような険しい道だ。
だが、飛天御剣流の理は「時代時代の苦難から、力の無い人達を護る」とある。ならば、友哉自身が逃げる事はできない。
その決断を胸に、友哉は真っ直ぐに前を向いて歩き始めていた。
第2話「決断せし道」 終わり