緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第11話「黒白の双翼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 調度品が壊れる、耳障りな音が真夜中にも拘らず響き渡る。

 

 まるで宮殿のような豪邸の中は、しかし、誰あろう、そこの主の手によって、めちゃくちゃに荒されていた。

 

「クソッ クソッ クソォッ!!」

 

 ジェス・ローラット海兵隊中将は、荒れ狂う自身の感情を、そのまま物言わぬ調度品に叩き付け憂さ晴らしにまい進している。

 

 しかし、いくら暴れて物を破壊したところで、彼の気が晴れる事は一向に無い。そんな事をしても、根本から解決に至る事は無いのだから当然だろう。

 

 ジーサードリーグとの戦いに敗北した彼は、事実上陥落したエリア51を脱出し、命からがら逃げかえって来る事に成功していた。

 

 しかし、協力していたマッシュが失脚して逮捕された事で、彼自身も責任を問われる立場へと追いやられてしまっていた。

 

 既に海兵隊における彼の権限は凍結され、自宅謹慎が申し渡されている。

 

 このままでは、査問委員会に掛けられた上に、左遷される運命が待っている事は想像に難くない。

 

 これまで営々と築き上げてきた栄光の数々が、理不尽にも奪い去られようとしているのだ。

 

 それもこれも、

 

「マッシュだッ あの役立たずがジーサードなんぞに負けるから、私までこんな目に合わされるのだッ 全て奴が悪いッ」

 

 自分は何も悪くない。

 

 全てマッシュが悪い。

 

 それなのに、まるで責任を押し付けられるような扱いは、理不尽だと思った。

 

 勿論、マッシュに積極的に協力していたと言う意味において、ローラットの責任は誰よりも重大なのだが、およそ責任感と言う物が欠落している彼には、その事が一切認識できなかった。

 

 自分には一切何も責任は無く、完全無欠で潔白である。

 

 全て、自分以外の、誰かほかの奴が悪い。

 

 そんな考えで、ローラットの脳みそは埋め尽くされていた。

 

 あるいは、そうする事によって迫りくる現実から目を逸らそうとしているのかもしれないが、いずれにしても見苦しい事この上なかった。

 

「・・・・・・・・・・・・まあ、いい」

 

 ひとしきり暴れた後、ローラットは荒い息を吐き出しながら、ようやく落ち着きを取り戻した。

 

 高ぶる感情を無理やり押さえつけ、その肥満した尻をソファの上に乗せる形で座った。

 

 確かに、責任を問われる立場に追い込まれたのは確かだが、まだ巻き返しはできる。

 

 査問委員会で自らの潔白を証明し、この件に関して自分に責任が無い事をアピールすれば良い話だった。

 

 元より、実力よりも能弁の才と他人を陥れる姦計によってここまでのし上がってきたローラットにとって、査問委員会を丸め込むくらいの事は訳なかった。

 

「マッシュに全責任を押し付けてやれば、話は済む。何も難しい事は無いさ」

 

 考えがまとまり余裕が出て来たのか、ローラットは笑みすら浮かべてリラックスした風になる。

 

 そうだ、何も心配する事は無い。

 

 全てはマッシュが悪いのだから、あの小男が全責任を取る事は当然の事。自分には何の罪も無い。

 

 これで自分は元の職場に復帰できて一件落着。全てが丸く収まると言う物だ。

 

 ソファーに深く身を沈めるローラット。

 

 次の瞬間、

 

 その喉元に、冷たい刃が押し当てられた。

 

「ヒィッ!?」

 

 情けない悲鳴を上げるローラット。

 

 その巨体の背後から、冷たい殺気を振り撒く人物が、凍えるような声で告げた。

 

「ジェス・ローラット『元』海兵隊中将。内乱罪の容疑でお前を逮捕する」

 

 四乃森甲は、言いながら、手にした小太刀を更に突きつける。

 

 その状況に、更に無様な悲鳴を上げるローラット。

 

「ほ、法の保護を・・・・・・・・・・・・」

「残念だったな。既に連邦当局はお前の収監を決定した。『今回の件に限り、一切の裁判は不要。速やかにジェス・ローラット容疑者を拘束の上、収監せよ』。それが、俺に与えられた任務だ」

「そ、そんなァ・・・・・・・・・・・・」

 

 裁判も査問委員会も無し。全責任を押し付けられ、問答無用で罪に問われようとしている。

 

 まさにローラットは自分がマッシュに対してやろうとしていた事を、完璧にやり返された形だった。

 

 「人を呪わば穴二つ」とは日本の諺だが、さんざんマッシュに寄生する形でうまい汁のおこぼれに預かって来たローラットは、マッシュが失脚し、いち早く彼を見限った瞬間、これまでの収支を奪い取られる形で転落してしまったのだった。それも、マッシュよりもひどい形で。

 

 崩れ落ちるローラット。

 

 そんな彼を、甲は冷ややかな目で睨み続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 浅い覚醒を経て、友哉は目を覚ました。

 

 ここはニューヨークにあるジーサードビル。その中で、友哉が借りたゲストルームである。

 

 ジーサードビルは、上層フロアがメインスタッフ、つまりジーサードリーグメンバー専用になっており、各人の個室で成り立っている。その為、ゲストルームと言う物は存在しない。

 

 その為、友哉は下層のフロアに部屋を借りて、そこで眠っていた。

 

 エリア51での激闘を終えて帰還したのが昨日の事。

 

 基地最深部において、レキに憑依する形で姿を現した璃璃神、そして、その璃璃神の呼び声に応える形で具現した瑠瑠神と対面した友哉達は、そこで彼女達から、緋緋神の抹殺を依頼された。

 

 既に、緋緋神の存在は世界にとって多大な脅威となりつつある。その事を憂えた2人の女神は、苦渋の決断とも言える行動に出たのだ。

 

 彼女達に寄れば、世界に存在する色金は緋緋色金、瑠瑠色金、璃璃色金の3つのみ。

 

 ある種の同族とも言える存在を殺す事は、彼女達にとっては己が身を切り裂かれるほどの苦痛である筈だ。

 

 だが、世界と、そこに住む人々を救う為、2人はあえての決断に踏み切ったと言う。

 

 それに対し、

 

 キンジは、2人の考えを否定した。

 

 女性を傷付ける事は、たとえヒステリアモード時のキンジでなくても避けたい事態である。それに、いわば家族を殺そうとする彼女達の考えに賛同できない、と言うのもあったのだ。

 

 キンジは緋緋神を逮捕する、と言った。

 

 それができるかどうか、果たして逮捕したとして、どのような形で裁くのか、具体的な見当は付かない。

 

 だが、キンジは己の信念において、決して緋緋神を殺すような真似はしないと言ったのだ。

 

 ともあれ、戦いはこちらの勝利に終わり、目的だった瑠瑠色金も手に入った。

 

 これで、緋緋神に対抗する手段が、若干ながら手に入った事になる。

 

「全ては、これから、か・・・・・・・・・・・・」

 

 事態は未だ、入り口に立ったばかり。混迷の先にある道はぼやけ、見通す事すらできない。緋緋神を具体的にどうするのか、まだ全くと言って良い程に見当がつかなかった。

 

 だが

 

 小さな一歩は着実に刻まれている。

 

 その積み重ねが、いずれ必ず自分達の想いを結ぶと信じて、今は前に進み続けるしかなかった。

 

 友哉は、再び目を閉じる。

 

 まだ、完全に眠気が取れていない為、このまま二度寝しようと思った。

 

 疲れの抜けきっていない意識をゆっくりと沈降させる。

 

 そのまま寝返りを打った。

 

 その時、

 

 ムニュ

 

「あぅ・・・・・・・・・・・・」

 

 右の手の平に、何やら馴染の無い感触があり、更に、それに伴うように、自分ではない誰かの声が聞こえた。それも、すぐ隣から。

 

「おろ?」

 

 落ちかけた意識を覚醒させ、目を開いてみる。

 

 次の瞬間、

 

「ッ!?」

 

 思わず、驚愕の為に拍動が高まり、心臓が口から飛び出るかと思った。

 

 目の前に、茉莉の顔がある。

 

 ちょうど、友哉と向かい合う形で瞳を閉じていた。

 

 しかも、恰好は下着の上からYシャツを羽織っただけという、何とも煽情的な物である。

 

 胸元のボタンは上から3つが外され、ピンク色のブラに包まれた可愛らしい胸がほの見えており、裾からはピンク色のパンツと、そこから延びる白い足が晒されていた。

 

 更に言えば、寝返りを打った関係で、友哉の手は茉莉を抱きしめるような格好になっている。

 

 友哉の右手は、クマさんが描かれた茉莉のお尻を、さわさわと撫でまわしている。

 

 発展途上のバストと違い、お尻の方は少女らしく、丸みを帯びた可愛らしい形をしている。適度な張りと弾力、そして好ましい柔らかさが友哉の掌へと伝わってくる。

 

 茉莉はと言えば、ほんのり頬を紅くして、時折、小さく呻くような声を上げている。どうやら眠っていても、触られている感触は、しっかりとフィードバックされているようだった。

 

「え・・・・・・な・・・・・・何で? 何で茉莉が? 何でその格好?」

 

 一気に覚醒した脳が、必死に状況を分析しようと試みる。

 

 確か昨夜は、皆でジーサードビルに戻った後、勝利の祝杯をあげた。

 

 そんな中、疲れていた友哉は一足先に宴会を抜け、宛がわれたこの部屋に戻ってベッドに入ったはずなのだが。

 

 そこから先の記憶が、無い。

 

「ま・・・・・・まさか・・・・・・」

 

 友哉は、ある事態に思い至り、顔面が蒼白になる。

 

 昨夜、友哉は酔っていた。多少、アルコールに強い体質である事は間違いないが、酔っていたのは間違いない。

 

 そして、茉莉も酒が入っていたので、酔っていたのは間違いない。

 

 まさか、

 

 お互い、そのまま酔った勢いで・・・・・・・・・・・・

 

 その証拠に、茉莉はこんな艶めかしい格好をしている。

 

 最悪だ。

 

 酔った勢いで初行為に及ぶ、と言うのは強姦と同レベルで最低の事だと友哉は思っている。

 

 こんな事で、茉莉を傷付けてしまったとしたら、切腹したくなるような大失態だ。逆刃刀は切腹に向いてないが。

 

 その時、

 

「あ、あの・・・・・・・・・・・・友哉、さん・・・・・・」

「お、ろ?」

 

 呼ばれて視線を向けると、どうやら目を覚ましたらしい茉莉と目が合ってしまった。

 

 慌てて取り繕いつつ、取りあえず、挨拶をと思って口を開いた。

 

「お、おはよう、茉莉」

「おはよう、ございます。友哉さん・・・・・・・・・・・・」

 

 茉莉も、オズオズと言った感じに返事をする。

 

 状況が状況だけに、何とも間抜けな印象がある。

 

 と、茉莉は赤い顔のまま、少しもじもじとした感じに視線を逸らした。

 

「それで・・・・・・その・・・・・・友哉さん・・・・・・・・・・・・」

「お、おろ?」

 

 何を言うべきか判らないまま、声を途切れさせる友哉。

 

 いったい何を言われるのか、そう思って内心でびくびくと茉莉の言葉を待つ友哉。

 

 すると、暫くして、茉莉は躊躇いがちに言った。

 

「その・・・・・・手を・・・・・・・・・・・・」

「おろ? 手?」

 

 キョトンとする友哉。

 

 そこで、

 

 友哉は気付いた。

 

 自分の手が未だに、クマさんパンツに包まれた茉莉のお尻を触っている事に。

 

 しかも、殆ど無意識で、ムニムニと揉みまくっていた。

 

「ウワァァァァァァ、ごごご、ごめんッ」

 

 慌てて手を放す友哉。

 

 起き上がった勢いそのままに、ベッドの上で正座する。

 

 茉莉もまた、のそのそと起きて、友哉と膝を突き合わせるようにして茉莉も体面に正座した。

 

 朝から、互いに顔を真っ赤にして正座するカップル。

 

 何やら、明らかに「昨夜何かあった」図である。

 

 ところで、

 

 茉莉は相変わらず、はだけた下着Yシャツのままなので、ブラもパンツも、友哉の視界からはチラチラと見えてしまっている。紙のように真っ白な足など、陽光に照らされてまぶしく輝いていた。

 

「そ、それで・・・・・・・・・・・・」

 

 茉莉の艶姿から目をそらすように、友哉は顔を赤くしながら口を開いた。

 

「茉莉は、何でこの部屋に? ここ、僕の部屋だよね?」

 

 見回せば、友哉の荷物や防弾制服、逆刃刀がベッドの傍らに置いてある。

 

 同時に、茉莉の防弾セーラー服や菊一文字も置いてあるのだが。

 

 しかし、ここが友哉に宛がわれた部屋である事は間違いなかった。

 

「それが、私にも何が何だか・・・・・・・・・・・・・」

 

 どうやら、茉莉も何故友哉と同衾していたのか記憶に無いらしく、質問に対する歯切れが悪い。

 

 これはますます「やらかしてしまった」感が強くなるのだが。

 

「あ」

 

 そこで、何かを思い出したように茉莉が手を打った。

 

「そう言えば昨夜、友哉さんが部屋に戻った後、私も少し酔ってしまいまして、そのままツクモさんの部屋に行こうとしたんですが、そこでロカさんとかなめさんに、今日は友哉さんの部屋に泊めてもらえと言われまして」

「そして、部屋に入ってきてしまった、と?」

 

 友哉の言葉に、茉莉は顔を紅くしてコクンと頷く。

 

「部屋に入ったら、友哉さんがベッドで寝ていて・・・・・・それで、酔っていたせいで、それ以上考える事が出来なくて・・・・・・でも、パジャマが無かったんで、代わりに荷物に入ってた、この格好でベッドに入りました・・・・・・・・・・・・」

 

 Yシャツの裾をギュッと伸ばしながら、茉莉は恥ずかしさ満点の顔で言った。

 

 成程、だいたいの事情は分かった。

 

 ともかく「最悪の事態」に至ってなかった事だけは幸いだった。

 

 それにしても、

 

 こうなると少しだけ、昨夜意識が無かった事が悔やまれる。

 

 折角、茉莉と同じベッドで眠る機会があったと言うのに。絶好のイベントを逃してしまった気分だった。

 

「あの、友哉さん・・・・・・・・・・」

 

 そんな不埒な事を考えていると、茉莉が話しかけてきた。

 

「あの、着替えたいので、その・・・・・・・・・・・・」

「あ、ああ、ごめん。僕、顔洗ってくるから、その間に着替えてて」

 

 慌てて立ち上がってベッドを飛び降りると、洗面所の方へと駆けて行く友哉。

 

 朝っぱらから、何とも嬉し恥ずかし的なイベントをこなしてしまった。

 

「これは、ラッキーだったって思う事にしておこう・・・・・・・・・・・・」

 

 友哉はそう言って、洗面台に近付いて水を出そうと手を伸ばし、やめた。

 

 もう少しだけ、茉莉のお尻を触った時の感触が残る手は、そのままにしておきたいと思ったからだ。

 

 などと、思春期少年特有の感情に顔を赤くする友哉であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事を終えた友哉は、アンガスに呼ばれ、彼の部屋へと足を向けた。

 

 戦いを終えた直後だと言うのに、ジーサードリーグの面々は皆、思い思いの休日を過ごしていた。

 

 ロカはかねてから目当てだった腕時計を競り落とすべくオークション会場へ、海斗はオランダにいる理沙の元へ、アトラスは両親のある実家へ、コリンズはエステへと、それぞれ出かけて行った。

 

 かなめとツクモは何やら、ヤンキースタジアムに野球観戦に行くそうだ。

 

 のんびりしているのは、キンジとレキくらいである。

 

 それに加えて、面白い人物がいる。

 

 誰あろう、つい先日、あれだけの死闘を演じた相手、マッシュ・ルーズヴェルトである。

 

 何とも変わり身の早い事で、マッシュは戦いが終わった後、すぐさま自分自身をジーサードに売り込んで来たのだ。

 

 かねてから情報部門で専門家が欲しかったジーサードもこれを了承。晴れてマッシュは、ジーサードリーグの情報解析担当となった。

 

 その際、LOOも共にジーサードリーグ入りしている。

 

 考えてみれば、ジーサードリーグの面々は、かなめと武藤兄妹を除けば皆、元はジーサードを殺しに来た刺客達である。そこにマッシュたちが加わる事は、何の問題も無いのかもしれなかった。

 

 現在、マッシュは友哉、キンジ、茉莉の出国に際して必要な準備をしており、メンバーの中では比較的多忙な中にあった。

 

 LOOはと言えば、こちらは暇なようで、キンジ、レキと共にテレビを見ていた。

 

 友哉はアンガスの部屋の前まで来ると、ノックをして中に入った。

 

「失礼しますアンガスさん。緋村ですけど?」

「おお、緋村様、お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」

 

 友哉を招き入れたアンガスは、机の上に置いておいた刀を手に取って差し出した。

 

「おろ、それは・・・・・・」

「はい。以前、出撃前に緋村様が気に行った刀でございます。ここをご覧ください。」

 

 言ってから、アンガスは鍔に当たる部分を指差した。

 

 そこには、以前は無かった青い宝石がはめ込まれている。

 

 それを見て、友哉は驚愕で目を見開いた。

 

「これって・・・・・・・・・・・・」

「はい。瑠瑠色金でございます」

 

 エリア51の地下で入手した瑠瑠色金を、アンガスが加工して鍔元に埋め込んだのだ。

 

「使いこなす事ができれば、今後、敵が超能力(ステルス)であった場合でも、ある程度有利に戦えるはずです」

「いや、これはありがたいです」

 

 対超能力(ステルス)戦において、友哉の対抗手段は、ほぼ龍鳴閃一本のみである。だが、それでは先述の幅がどうしても限定されてしまうし、いずれ限界が来るかもしれない。

 

 しかし、こちらも色金を使えるようになれば、今まで以上の戦いができるはずだった。

 

 勿論、色金を持ったからと言って、友哉がステルスになれるわけではない。

 

 しかし、色金は特殊な粒子を放出して、超能力や魔術を阻害するジャミング効果がある。これを駆使して戦う事ができれば、占術の幅はより広がるだろう。

 

 友哉は刀を鞘に戻し、そのまま背中のホルダーに収める。

 

 まるであつらえたように、ぴったりと背中に収まった。

 

「おお、すごいすごい」

 

 友哉は子供のようにはしゃぐ。これで、潜入捜査等で刀を持っていけない時でも問題は無かった。

 

 そこでふと、友哉は傍らの机の上に置いてあるバタフライナイフの存在に気付いた。

 

「おろ、このナイフは・・・・・・」

「はい。お察しの通り、遠山様のナイフでございます。そちらの方も、瑠瑠色金で鍍金処理を施しましたので、間も無く御引渡しできるはずです」

 

 キンジのナイフ、イロカネトドメは緋緋神との戦いで効果を失ってしまったが、これでまた元通りの性能を発揮できるはずだった。

 

 そこでふと、友哉はある事を思いついた。

 

「あの、アンガスさん。お願いがあるんですけど・・・・・・・・・・・・」

「はい、何でしょうか?」

 

 友哉はアンガスに、自分の考えを言ってみた。

 

 それを聞いて、アンガスは微笑みながら頷きを返す。

 

「なるほど、実に良い考えですな。判りました、及ばずながら力を貸しましょう」

「ありがとうございます」

 

 請け負ってくれたアンガスが、作業に必要な準備に入ろうとした時だった。

 

 友哉の携帯電話が鳴った。

 

「もしもし?」

《おう、緋村か》

 

 相手はジーサードだった。

 

《お前に客が来てるぞ》

「おろ、客?」

《1階のメインフロアに待たせてある。会うなら行ってやりな》

 

 そう言うと、電話は切れてしまった。

 

 それを待っていたように、携帯型の端末を持って、アンガスがやって来た。

 

「こちらでございます」

 

 差し出された映像を見て、

 

 友哉は目を見張った。

 

 

 

 

 

「突然来て、悪かったな」

「いえ・・・・・・・・・・・・」

 

 互いに対面のソファーに座りながら、友哉と龍次郎は、そんな挨拶を交わした。

 

 客と言うのは龍次郎だった。

 

 これまでマッシュ派だった彼が、いわば敵の本拠地であるジーサードビルまで乗り込んでくるとは、よほどの要件である事が伺えた。

 

「もう、出歩いても大丈夫なんですか?」

「問題ない。それほどヤワな鍛え方はしていないさ」

 

 身体を気遣う友ない、そう言って龍次郎は笑い掛けた。

 

「本国から帰国命令が下ってな。俺はこの後の便で日本に帰る事になった。その前に、どうしてももう一度、君に会って話がしたかったんだ」

「帰国命令って・・・・・・それじゃあ・・・・・・」

 

 龍次郎は、今回の件における責任を取らされ、強制送還されるのだ。

 

 いわば、友哉が彼の運命を決定づけたに等しい。

 

「そんな顔をするな」

 

 対して、龍次郎は苦笑して見せる。

 

「この件に関しては、誰かが責任を取らなくてはならないのは事実だ。なら、最前線の当事者だった俺が取るのが適任だろう。それに・・・・・・」

 

 龍次郎は、フッと笑いながら友哉に視線を向ける。

 

「俺も、君も、互いの正義を掛けてぶつかり合ったんだ。その結果、君は勝って、俺は負けた。残念ではあるが、そこに悔いはない」

 

 あの時、

 

 トランザム号の上で戦った友哉と龍次郎は、互いに胸の内にある譲れない物の為に戦った。

 

 龍次郎はマッシュを守り、その上で日本を守ると言う正義の元。

 

 友哉は、マッシュを止めて、日本を守ると言う正義の元、

 

 互いに剣を振るった。

 

 ならば、そこに遺恨など無かった。

 

「この後、どうなるんですか?」

「さあな、外務省での書類整理に回されるか、あるいはより危険な紛争地域に飛ばされるか」

 

 いずれにせよ、左遷の運命にある事は逃れられない、と言う事だ。

 

「なあ、緋村」

 

 龍次郎は、口調を変えて友哉に語りかけた。

 

「あの汽車の上で、俺が君に言ったのは事実だぞ。今の日本は、未曾有の、それこそ第二次大戦の頃にも匹敵する国難に直面しようとしている」

 

 周辺各国が、日本の利権を狙って跳梁している。

 

 その為、龍次郎はマッシュと手を組もうとしたのだ。

 

「だが、今回の敗北で、それも敵わなくなった。無論、俺以外の別ルートで、米国とのパイプは維持されているが、最も即時的な効果が期待できたマッシュとの同盟関係は潰えてしまった訳だ」

 

 龍次郎は、スッと目を細める。

 

 同時に、周囲の空気は否が応でも締め付けられる。

 

 まるで、戦場にいるかのような緊張ぶりである。

 

「しかも、問題は国外だけではない。国内でも、問題は持ちあがっている」

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 思い当たる節があり、友哉は口を開いた。

 

「公安0課が解体される件ですか?」

「ほう、そこまで知っていたか」

 

 龍次郎は、少し驚いたように言った。

 

「そうだ。日本最強の戦闘集団が、もうすぐ無くなるかもしれない。それも、他ならぬ身内、現政権の手によってな」

 

 それは、日本にとって自殺行為に他ならない。しかし、政権を獲得したばかりの民主党には、その危機を認識できている人間は、悲しい事に殆どいないのが現状だった。

 

「今の政権を担っている連中、特にトップに近い奴等ほど、中国にゴマを擦る事しか考えていない。そんな奴等からすれば、最強戦力であり、闇の世界にも通じている公安0課は、対中交渉における邪魔以外の何物でもない、と言う訳だ」

「馬鹿げた話ですね」

 

 言ってから、友哉は何かに気付いたように顔を上げた。

 

「じゃあ、塚山さんは0課の代わりに、マッシュと手を組もうとしたんですか?」

「そうだ」

 

 友哉の質問に対し、龍次郎は頷きを返す。

 

 それは翔華や彰彦が、新しい組織を立ち上げようとしているのと、考えている根本は同じだった。

 

「これから、我々はどうすればいい? どうすれば、日本を守れる?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 質問に対し、沈思する友哉。

 

 ややあって顔を上げると、友哉は真っ直ぐに龍次郎を見て言った。

 

「自分達で、何とかするべきです」

 

 口調は確信を持って、言葉を紡ぐ。

 

「誰か他の人の手を借りるんじゃなくて、まず、頼るべきは自分たち自身だと思います。それが、こんな状況であっても、動くべきは自分だと・・・・・・・・・・・・」

 

 友哉の言葉を聞き、

 

 龍次郎は難しい顔で応じる。

 

「それがいかに難しい事であるか、君は判っているのか?」

「はい」

 

 だからこそ、翔華たちは新組織の立ち上げに躍起になり、龍次郎は節を曲げてでもマッシュに付こうとして。

 

 そして、翔華たちに協力しようとしている友哉自身、今やこの件に関しては無関係ではなかった。

 

「良い目だ」

 

 友哉の言葉を受けて、龍次郎はフッと笑みを浮かべた。

 

「この前、君の事を子供だと言ったが、あれは撤回しよう。君はもう、自分の判断で剣を抜き、戦う事を選択できる大人だ」

 

 そう言うと、龍次郎は立ち上がった。

 

「塚山さん?」

「戦いには負けたが、勝ち負け以上に大事な物を得られた気がするよ。君のような男が日本の為に戦ってくれるなら、日本の未来は安泰かもしれないな」

 

 そう言うと、足元に置いてあった荷物を持って入口の方へと向かう。

 

 その背中を、友哉は黙って見送る。

 

 結果として、自分は龍次郎が目指した道を潰してしまった事になる。

 

 勿論、その事に後悔はしていない。否、後悔する事は許されない。

 

 自分のやった事に後悔すると言う事は、すなわち龍次郎の想いそのものを踏みにじる行為に他ならないからだった。

 

 その時だった。

 

「彼の事は、僕に任せろ」

 

 掛けられた声に振り返ると、よく見知ったキノコ頭の少年が、どこか悲しげな眼で、自動ドアを潜って出て行く龍次郎の姿を見送っていた。

 

「マッシュ?」

「NSAを解雇された僕だが、民主党にはまだ少しだけ、パイプが残っている。そこから通じて日本の外務省に働きかけ、塚山に累が及ばないようにするよ」

 

 そう言うと、マッシュは大きく息を付いた。

 

「それが、彼の想いに答えてやれなかった・・・・・・・・・・・・」

 

 いや、と言って、マッシュは自分の言葉を言い直す。

 

「彼の想いに最初から答える気が無かった、僕の最低限の償いだ」

 

 そう言い置くと、マッシュは友哉を置いてすたすたと去って行く。

 

 今回の戦いの前と後では、マッシュの雰囲気が全くと言って良い程、逆転している。

 

 あるいは、負けたからこそ、それまで自分を縛っていたコンプレックスを振り切る事が出来たのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜になってから友哉は、茉莉をニューヨークの街へと連れ出した。

 

 かねてから計画していた、ニューヨークデートである。

 

 とは言え、友哉自身、ニューヨークに土地勘がある訳ではなく、デートスポットのリストも無い。

 

 ジーサードリーグの面々に聞こうかとも思ったが、大半が出払っている上、情報が無い場所を選んでも、茉莉を楽しませるだけのイベントを用意できるとも思えない。(もっとも茉莉なら、友哉がどこに連れて行っても楽しいだろうが)

 

 苦慮の末、友哉が選んだのは、この場所だった。

 

「うわぁ、やっぱり素敵です」

 

 カフェ・ラロ

 

 そこはつい先日、龍次郎に連れてこられる形でやって来た喫茶店であり、そして映画「ユー・ガット・メール」のワンシーンの撮影が行われた場所でもある。

 

 映画好きの茉莉は、目をキラキラと輝かせて、店内の様子を見ている。

 

 その様子を見て、友哉も微笑を浮かべる。

 

「この前に来た時は、ゆっくり見る事もできなかったからね」

「ありがとうございます、友哉さんッ」

 

 2人は早速、映画で使われたテーブルに座り、軽食とコーヒーを注文する。

 

「夢みたいです。友哉さんと、こんな風に、外国の街でデートできるなんて」

 

 子供のように目をキラキラと輝かせる茉莉。

 

 そんな彼女に対し、

 

 友哉はポケットに入れておいた箱を取出し、茉莉に差し出す。

 

「これは、僕から」

「?」

 

 受け取って、箱を開く茉莉。

 

 次の瞬間、

 

「ッ!?」

 

 思わず、目を見開いた。

 

 それは首飾りだった。

 

 左右に広げた白と黒の翼が特徴的であり、そして何より、中央には青い宝石がはめ込まれている。

 

「これ・・・・・・もしかして瑠瑠色金ですか?」

「うん、そうだよ」

 

 友哉はアンガスに頼み込んで、瑠瑠色金の加工方法を教えてもらい、このアクセサリーを自主作成したのだ。

 

 友哉は茉莉から首飾りを受け取ると、彼女の後ろに回って、首にかけてやる。

 

 儚げな少女を彩る、青き宝珠の翼。

 

 その姿は、ある種の神々しさすら感じる。

 

「嬉しい・・・・・・・・・・・・」

 

 茉莉は、うっすらと笑みすら浮かべながら、自分の胸元を飾る翼を手に取る。

 

 因みに、恥ずかしくて茉莉には言えないが、

 

 この翼、黒は友哉を表し、白は茉莉を表している。

 

 つまり、2人の仲をを象徴するアクセサリーなのだ。

 

 友哉はそっと、後ろから茉莉を抱きしめる。

 

 その突然の行動に、茉莉は驚いて顔を紅くする。

 

「友哉さん、他の人が見てます・・・・・・」

「うん。けど、今だけ、ね・・・・・・」

 

 茉莉の抗議を優しく聞き流して、抱擁を続ける友哉。

 

 やがて、

 

 茉莉も諦めて、友哉の温もりを受け入れていった。

 

 

 

 

 

第11話「黒白の双翼」      終わり

 

 

 

 

 

合衆国編      了

 




宣言通り、今回の掲載を持ちまして、更新を一時停止させていただきます。

原作の方が進みましたら、更新を再開させていただく事になりますので、その時は、またよろしくお願いいたします。

尚、更新再開時期は未定ですが、今回のように突発的に気分が乗って再開する、と言う可能性もある旨、予め明記させていただきます。

それでは、ご愛読ありがとうございました。また、お会いできる日を楽しみにしております。




2015年2月26日     ファルクラム

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