緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第4話「摩天楼の下で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彰彦が翔華の前にカップを置くと、少女は見上げるようにして、仮面の男に微笑を向けて来た。

 

 この家は翔華の持ち家であり、家人と言えば、翔華の他には数名のお手伝いさんがいるだけである。

 

 そんな中で、彰彦達が時々こうして訪ねて来て話し相手になってくれる事は、日々の生活に退屈をしている翔華にとっては数少ない楽しみである。

 

 最近、翔華が特に気に入っているのは、皆の口からよく出てくる「緋村友哉」と言う名前の少年についてだった。

 

 仕立て屋主要メンバーの大半と交戦し、その多くに勝利した少年。しかも、年齢的には翔華と同い年だと言うのだから驚きである。

 

 そしてつい先日、その本人と会う事が出来た。

 

「良い方でしたね、緋村さん」

 

 カップに口を付けながら、翔華は昨夜会った友哉の事を思い出しながら言う。

 

 まっすぐで優しげで、それでいて断固たる意志の強さを感じさせるような瞳をした少年。

 

 今まで、翔華の周りにはいなかったタイプの人間である。

 

 あれほど純粋な少年を、果たして自分達の側へと引き込んで良かったのか、と言う思いが翔華の中にはある。

 

「彼だからこそ、ですよ」

 

 自身も翔華の対面に座りながら、彰彦は諭すような口調で言った。

 

「彼のように純粋で、自分の正義を見失わない人間であるなら、きっといかなる状況であったとしても正義を信じて行動する事が出来るでしょう。私は確かに、新組織を立ち上げるに当たって、闇の世界をよく知る者達を集めて来ました。しかし、正義を信じ、正義の為に戦う事ができる人間もまた、必要なのです」

「ですが、わたくし達と関わったせいで、緋村さんの正義に曇りが生じたとしたら?」

「その時は・・・・・・・・・・・・」

 

 彰彦は少し言い淀んでから言った。

 

「その時は、私は彼に対し、一生償う事の出来ない負債を押し付ける事になるでしょうね」

 

 彰彦は、仮面越しにも判るような、遠い目をしながら言う。

 

「しかし、もはや我々には時間が無い。それは翔華様、あなたご自身が、一番よくわかっている事でしょう」

「・・・・・・・・・・・・はい」

 

 問いかける彰彦に対し、翔華は神妙な面持ちで頷きを返す。

 

「事は国外のみに留まりません。国内にも、不穏な空気が漂い始めています」

「闇の御前が動き出していると言う報せも、わたくしの元へと入ってきております」

 

 言いながら、翔華は可憐な美貌を僅かに顰めるように険しい表情をする。

 

 この国に乱を望む人間は、何も外国勢力ばかりではない。

 

 遥かな古来から、この国の闇を牛耳り、そして己が意のままに運命を捻じ曲げ、巣食ってきた者達がいる。

 

 彼等は必ず、この国に害をもたらす事になる。

 

 だからこそ、新たなる組織の存在は、どうしても必要なのだ。

 

 翔華は紅茶のカップをソーサーに置く。

 

「いずれにせよ、わたくし達も急ぐ必要がありそうですね」

 

 

 

 

 

 緩やかに下がるような感覚が、意識の浮上を手伝う。

 

 僅かに醸し出す振動に促されるまま、友哉は瞼を開けた。

 

 見上げた天井は意外なほどに低く、思わず、ここがどこなのか考えてしまった。

 

「・・・・・・・・・・・・ああ、そっか」

 

 ようやく意識が覚醒に向かいっつある中、友哉は己が置かれた事態を飲み込む。

 

 ここはサジタリウス。ジーサードが保有する大型ティルトローター機の中である。

 

 オスプレイを大型化したような機体内部は広く、アメリカ行きのメンバー全員が雑魚寝しても余裕があるくらいである。

 

 友哉達は今、ニューヨークにあるJ・F・ケネディ空港へと向かっている。

 

 今回、ジーサードからの依頼と言う形で渡米する事になった友哉達は、羽田からこのサジタリウスで離陸し、アラスカ上空を経由する形でアメリカの領空圏内へと入っていた。

 

 その間、操縦要員以外はジーサードの指示により眠りについていた。

 

 これは長距離移動による時差ボケを解消するための措置である。

 

 友哉自身、パリに行った時には時差ボケと疲労によって丸一日眠ってしまった経験がある。その為、ジーサードの勧めに素直に従って寝だめを行ったのだ。

 

 とは言え充分な睡眠をとったおかげで、今は心身ともに完全にリフレッシュできている。これなら、最高のコンディションでアメリカ入りできそうだった。

 

「ちょっと、水でも貰おうかな・・・・・・・・・・・・」

 

 友哉はそう言いながら、皆を起こさないようにそっと立ち上がる。

 

 ジーサードの趣味なのか、サジタリウスの内装はホテル並みに豪華に施されており、友哉達は快適な空の旅を楽しみながら、ニューヨークへと向かっていた。

 

 部屋を出て、キッチンへと向かおうと、友哉は廊下へと出る。

 

 そこで、

 

「おろ?」

 

 階段に腰掛けるようにして、窓から外を眺めている少女の姿がある事に気付いた。

 

 茉莉である。どうやら友哉よりも先に起き出していたらしい。

 

 差し込んでくる陽の光が少女の横顔を明るく照らし出し、まるで一つの絵画のような印象を見る者に与えている。

 

 思わず胸がドキリと高鳴り、見惚れるように立ち尽くす友哉。

 

 そんな友哉の気配に気づいたのだろう。茉莉はふと顔を上げると、笑顔を向けて来た。

 

「あ、おはようございます友哉さん。よく眠れましたか?」

「あ、う、うん」

 

 微笑ながら問いかけてくる茉莉に対し、友哉は少し僅かに口をドモらせながら答える。

 

 何となく、さっきの幻想的な茉莉の姿に気を取られていたせいで、反応が遅れてしまったのだ。

 

「どうやら、ニューヨークに着いたみたいですよ。マンハッタンが見えてきました」

「え、ほんと?」

 

 促されるように、友哉も小窓から外を見てみる。

 

 吐息が掛かるくらいに顔が近付き、茉莉は少し顔を紅くする。

 

 一瞬、差し込んで来た眩しい光に目を細めるが、やがて徐々に光に慣れた瞳が、色を映し出す。

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 巨大なビルによって構成された摩天楼。

 

 まるで街そのものが地面から生えてきているような印象さえある光景は、壮観の一言に尽きる。

 

 自らの巨大な力を見せ付けるかのような、アメリカの光景は、同時にこれから始まる過酷な戦いを暗示しているかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出入国ゲートでパスポート、ビザの確認、入国の目的、滞在期間などについていくつか質問された後、ゲートをくぐる。

 

 一歩踏み出した瞬間、何とも言えない空気が全身を包んだ錯覚に捕らわれた。

 

 ここはもう、日本じゃない。世界で最も強く、巨大な、覇者の国なのだ。

 

 思えば、アメリカと言う国ほど、世界中に知れ渡っている国は無いだろう。世界には、日本は知らなくてもアメリカなら知っている、と言う人間もいるくらいである。

 

 だが、それでも来るのは容易な事ではない。

 

 まるで隣にあるように身近に感じながら、遥か彼方にある不思議な国。それがアメリカなのだ。

 

「はい、ウェルカムドリンクだよー 緋村先輩」

「お、ありがとう。かなめ」

 

 先に入国手続きを済ませて待っていたかなめから手渡されたコーラに口を付けると、友哉は一息をつく思いだった。

 

 主だった渡米メンバーは、既に入国手続きを済ませている。あとはキンジの手続きが終わるのを待つだけだった。

 

「それにしても・・・・・・・・・・・・」

「ん、何?」

 

 急に嘆息交じりに声を上げた友哉に、かなめがキョトンとした感じで尋ねてくる。

 

「いや、何かすごいメンツだなって思ってさ」

 

 友哉は機内で紹介されたジーサード・リーグのメンバーを見回して言った。

 

 少し離れた場所で、茉莉と楽しそうに話している狐耳少女の九九藻(ツクモ)とは、日本でも何度か顔を合わせている。

 

 その他に、イケメン体育会系白人と言った感じの男がアトラス。天然パーマに顔の下半分を隠している黒人がコリンズと言う名前であるらしい。

 

 その他、日本でもジーサードの傍らに控えていたアンガス老人の姿もある。

 

 その向こうでは海斗と、リーダーであるジーサードが話し込んでいるのが見えた。

 

 イクスやバスカービルも、なかなか濃いメンツによって構成されているが、ジーサード・リーグの主要メンバーは、明らかにレベルが違う濃さを齎していた。

 

 まず、かなめ事ジーフォースが斥候、哨戒、ならびに特殊工作、そしてジーサード不在時における指揮代行も行う。

 

 エムアインスとエムツヴァイ、武藤海斗、理沙の兄妹は遊撃扱い。飛天御剣流が齎す機動力を存分に生かし、本隊進撃を支援する独立部隊。

 

 アンガス老人はリーダーの執事兼、仲間の輸送役。自動車のみならず、乗り物ならば割と何でも操る事ができると言う。日本からの飛行も、この老人とアトラスが交代で操縦を担ってくれた。

 

 白人のイケメンで、チーム一熱い男アトラスは、完全にフォワード担当。何でも最先端科学によって生み出された甲冑を着込んで戦うらしい。その戦闘力は、アリアとキンジを襲撃した外務省とイギリス大使館の戦力を、ほぼ単独で退ける程だったとか。

 

 狐耳少女のツクモは、どうやら玉藻とも知り合いらしく、色金関係にも知識があるらしいので、そちら方面の助言役を担当しているようだ。

 

 黒人のコリンズは、アトラスを支援して前線に立つ傍ら、株取引等で資金調達も行う縁の下の力持ち。

 

 今回の日本行きには同行せず本拠地の守備役についていた銀髪少女ロカは、超能力(ステルス)担当らしかった。

 

 そして、これらアクの強い個性豊かな面々を、絶対的なカリスマを誇るリーダー、ジーサードが統べる事でチームが成り立っている。

 

 まさに、小規模だが1国の軍隊に匹敵するほどの戦力である。

 

 かつて宣戦会議の折、友哉はジーサードを見て、最も危険な存在であると感じ取ったが、その考えは、良悪双方の意味で間違いではなかったと思う。

 

 以前、敵同士だった時には脅威以外の何物でも無かったが、こうして味方になった今となっては、この上無く頼もしい存在である。

 

「非合理的~ 自分だって負けてないでしょ。計算外の少年(イレギュラー)なんて、中二病みたいな名前で呼ばれているくせに」

「それは、まあ・・・・・・・・・・・・」

 

 自覚はあるのか、かなめの指摘に友哉は苦笑しながらそっぽを向くしかなかった。

 

 と、そこでようやく入国審査を終えたらしいキンジが、こちらに向かって歩いて来るのが見えた。

 

 かなめがキンジにもコーラを届けに行くのを見送ると、ちょうどある人物の姿が友哉の視界に入ってきた。

 

 レキだ。

 

 レキは今回、飛び入りで渡米メンバーに加わっていた。何でも、彼女が言うところ「風に言われた」と言う事らしい。

 

 修学旅行Ⅰ(キャラバン・ワン)以降、レキが「風が~」と言うような事を口にする事は少なくなっていたのだが、それがなぜ、急にそのような事を言い始めたのか、友哉には推し量る事ができない。

 

 だが、レキは故郷のウルスで、璃璃色金に纏わる役職、専門的に言うと「璃巫女」と呼ばれる存在だったとか。それを考えると、色金に纏わる今回の任務に同行してもらうのは心強かった。

 

「よし、兄貴も来た事だし、これで全員そろったな」

 

 一同を見回して、ジーサードが号令をかける。

 

「この後、一旦拠点へ行き、そこで休養と装備の新調を行う。その後、目標に向けて行動を開始する。以上、行動開始(ムーブ)!!」

 

 目標。

 

 それは色金の奪取に他ならない。

 

 ジーサードの話では、アメリカが保有する色金の色は青、瑠瑠色金であるらしい。

 

 だが、そこに至るまでには強大な敵が待ち構えている。

 

 マッシュ・ルーズヴェルト。

 

 ジーサードすら退けたアメリカ最強の敵を相手に、果たしていかなる手段を持って戦えば良いか、思案はまだ暗中を漂っている状態だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1、知り合いが、家を持っている。

 

2、知り合いが会社を持っている。

 

3、知り合いが、高層ビルを持っている。

 

 1はまだ現実味がある言葉だ。日本でも、そほど珍しい話ではあるまい。

 

 2は更に珍しくも無い。どんなに小さくても、社長と社員がいて事業内容が認められれば会社はできる。

 

 しかし、

 

 3はどうだろう?

 

 日本で高層ビルを個人で所有している人間が、果たしてどれほどいる事だろう?

 

 だが、

 

 現実に、目の前にそれをやってしまっている人物がいると来れば、空いた口も塞ぎようがないと言う物だ。

 

「さ、入れよ」

 

 マンハッタンに建つ高層ビル。その内の1軒に車を止めたジーサードは、そう言って友哉とキンジを促す。

 

 エントランス入口上部には「G」と「Ⅲ」を組み合わせたロゴマークが彫られている。

 

 つまり、ここはジーサードが個人所有る高層ビルなのだ。

 

「お前、ビルなんか持ってたのかよ!?」

「こんだけニョキニョキ生えてんだ。1本くらい俺のでもおかしくはないだろ」

 

 驚くキンジに、ジーサードはシレッとした態度で返す。

 

 いや、おかしい。明らかにおかしい。

 

 友哉は、密かに頭を抱える。

 

 何だか、色々とおかしい気がするのだが、ここは突っ込んだら負けのような気がした。

 

 エントランスに入ると、星条旗と日の丸が並んで掲げられている。恐らく、歓迎の意味も込めてジーサードが掲げるように命じたのだろう。

 

「ジーサードビル、久しぶりだ~」

 

 右手はレキと、左手は茉莉とそれぞれ手を繋いだかなめが、スキップしながらビルの中へと入って行く。

 

 広いエントランスの片隅には、ブロンズの手形がズラリと並べられているのが見えた。

 

 その隣に掘られている名前を見ると、どれもニュース等で見た覚えのある名前ばかりである。

 

「ヒーローの手形?」

「おう。ここに彫られているのは、みんな、俺でも100パーセント勝てるかどうかわからない友人達だ」

「何で上から目線なんだよ、お前は」

 

 自慢する弟に、キンジがジト目でツッコミを入れる。

 

 錚々たるメンバーの名前を、友哉は順繰りに見ていく。

 

 ヒノ・バット、海兵隊のライバック兵曹、CIAの諜報員ハント、ロス市警の不幸な某刑事・・・・・・・・・・・・

 

 そのどれもが、友哉も名前を聞いた事があるほど有名なヒーローたちである。

 

「ジーサードってもしかして、ヒーローマニア?」

「アメリカ人だったら、誰だってそうさ」

 

 呆れ気味に尋ねる友哉に、ジーサードはそう言って笑った。

 

 と、その中で気になる名前を見付け、友哉は歩みを止めた。

 

「Kinji Tohyama」

 

「キンジ。ヒーローの仲間入りしてるよ。良かったね」

「後で手形取らせてくれよ兄貴。ヒーローとしてここに、永久に名を残せるぜ」

「ふざけんなッ 俺はこういうのじゃなくて、普通の武偵になるんだッ 名札を外せ!!」

 

 顔を紅くして怒鳴るキンジに対し、友哉とジーサードはやれやれと肩をすくめる。

 

 何を往生際の悪い事を声高に言っているのか、この人外兄貴は。

 

 と、そこで長い銀髪をした少女が、喚くキンジに割り込むようにして話に入ってきた。

 

「おかえり、サード。負傷は、だいぶ回復したみたいね。留守中、この辺をNSAとかCIAが嗅ぎまわっていたよ」

 

 本拠地の守備役として居残っていたロカは、そう言って報告する。

 

 どうやら敵は既に、こちらの動きを警戒して動きを見せ始めているようだ。

 

「どうするの? 見つけて狩るなら手伝うけど?」

 

 友哉は手に持った袋入りの逆刃刀を掲げてそう言う。

 

 スパイの目と言うのが侮れない物である事を、友哉はこれまでの戦いで学んでいる。油断していると足元を掬われる事になりかねない。

 

 排除できるなら、それに越したことは無いと思うのだが。

 

 しかし、ジーサードは不敵に笑って見せた。

 

「んな小物に煩わされる事はねえさ。狙うなら、もっと大物(ビッグゲーム)だろ。それまで、用のねえ奴は泳がせておくまでさ」

 

 こっちを探りたいならいくらでも探らせてやる。その上で、相手が油断してくれるなら御の字、と行った所だろうか?

 

 小物は泳がせて、その間に大物を狙う。

 

 何とも、アメリカ人らしい発想だった。

 

「さて、瑠瑠色金をとりに行くにしても、まだ色々と準備は必要だ。その前に腹ごしらえと行こうぜ」

 

 そう言うと、ジーサードは一同を先導する形で歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この男が、現アメリカ最強と言われて、信じる人間が果たして何人いる事だろう?

 

 駐米大使館員の塚山龍次郎は、内心でそう思いつつ、目の前のデスクに座る人物を見やっていた。

 

 貧相な体付きに、色白な肌。更に言えば、この男からは硝煙の匂いや鋭い殺気と言った、戦場の雰囲気は一切しない。明らかに、戦闘とは無縁な存在である。

 

 ついでに言えば、名前の通り、キノコのような髪型をしているのは、恐らくアメリカンジョークの一種だろうと考える事にしておいた。

 

 どう見ても、戦闘向けの人物ではない。龍次郎がその気になれば、瞬く間に、男の命を奪う事も不可能ではないだろう。

 

 にも拘らず、間違いなく現在、この男はアメリカ最強、すなわち世界最強と言っても過言ではない男だった。

 

 米国家安全保障局(National Security Agency)所属マッシュ・ルーズヴェルト

 

 この男の「力」の本質は、単純な武力にあらず。

 

 莫大な情報力と経済力、膝下に置いた戦力。それを自在に使いこなす頭脳、そしてそれらに裏打ちされた「権力」こそが、マッシュを最強足らしめている力だった。

 

 まさに、現代アメリカを象徴するような男である。

 

「・・・・・・・・・・・・なるほど、君の報告書は読ませてもらったよ」

 

 龍次郎が提出した書類を机の上に無造作に投げ出すと、マッシュは腹の上で手を組んで、龍次郎を睨めつける。

 

 内容については、日本の一部勢力が、中国との関係を強化しようとしている事、しかしアメリカと日本の外交関係については、その後も問題なく継続したい旨が書かれている。

 

 こう言った書類は本来、アメリカ大統領宛に親書として送られるべき物である。

 

 しかし今やマッシュの権力は、日本としても無視できない程に膨れ上がっている。その為、龍次郎から手交させる形で、大統領に送った物と同じ文書がマッシュにも届けられたのだ。

 

 マッシュの後ろ盾には、現在のアメリカ政権与党を担う民主党が付いている。龍次郎は民主党議員と個人的なパイプを持っている為、マッシュとの橋渡し役を任されたのである。

 

「ようするにアレかな。中国と仲良くしたいけど、こっちにも良い顔はしておきたいって事だよね。成程、相変わらず、君達らしい姑息な手段だ。そこのところはパールハーバーの頃から変わってないね」

「は・・・・・・恐縮です」

 

 そう言って、龍次郎は僅かに頭を下げて見せる。

 

 腹の底で何を思っているかは、おくびにも表情に出さない。たとえどれだけ罵られようとも、相手の立場が上である以上、耐え忍ばなくてはならない。

 

 相手は大統領にも匹敵する権力者である。媚を売ると言えば聞こえは悪いが、今後の外交関係を考慮する上で、マッシュとのパイプを維持する為に手を尽くす事は、外交官として当然の事である。

 

 下手をすれば、全面戦争になって多くの命が失われる事になる。外交とはそれだけ、デリケートな仕事なのだ。

 

「まあ、君達のような弱者が、強者の僕達に媚を売っておきたいっていう気持ちは判らないでもないけどね。そして、それを庇護して情けを掛けてやるのも、僕達の仕事さ」

 

 薄笑いを浮かべて言葉を連ねるマッシュに対し、龍次郎は黙って聞き入っている。

 

「けど、それも、相手にそれだけの価値があれば、の話だよ」

「価値、ですか?」

「そう。政治も一種のビジネスだと考えれば、こちらが投げ与えたエサに対する価値を、君達が僕達に示してくれない事には、僕達が動く意味が無いじゃないか」

 

 日本に価値があると見いだせれば、何らかの見返りは約束するが、その価値が無いと判断すれば、斬り捨てる事に躊躇は無い。

 

 マッシュにとって、日本との外交は「お遊び(ゲーム)」の一種に過ぎないと言う事か。

 

「犬だって餌をやれば芸を見せる。じゃあ、君達はどうかな? 僕を満足させるだけの芸は見せてくれるのかな?」

「それについて答える権限は、私にはありません。私は今回、日本の意志をあなたに伝える事を目的に来ましたので」

 

 小馬鹿にするようなマッシュの言葉に、龍次郎は粛然とした口調で答える。

 

 腹立たしい限りであるが、同時に仕方のない事である。

 

 相手はアメリカ最強の男。すなわち世界最強の男だ。下手をしたら、龍次郎の首が飛ぶどころの騒ぎではない。本当に日本に戦争を仕掛けかねない。

 

「なるほど。君はただのメッセンジャーボーイ。それくらいなら子供にもできるだろうしね」

 

 そう言うとマッシュは、もう龍次郎に対する興味も失せた、とばかりに視線を外す。

 

「ま、考えておいてあげるよ。君達だって、極東で戦争が起これば、こっちに飛び火してくるのを避ける盾代わりくらいにはなるだろうし」

 

 それだけ言うと、マッシュは龍次郎の書類を適当に放り投げて、自分の仕事へと戻って行く。

 

 それに対し、龍次郎は黙って一礼すると、踵を返して部屋を出て行く。

 

 役目は果たした。ならば、もうこれ以上、僅かでもこの空間にいる事には耐えられなかった。

 

 やがて、扉が開く音と共に、龍次郎の姿は廊下へと消える。

 

 龍次郎が出て行ったのを横目に確認してから、マッシュはフンと鼻を鳴らした。

 

 彼は優秀な男のようだが、所詮は日本人と行った所だろう。強者に媚を売るしか能が無い連中の1人と言う訳だ。

 

 まあ良い、使えるうちはせいぜい使ってやるとしよう。使えなくなったら、その時は捨てればいいだけの話なのだから。

 

 マッシュは、これまでそうやって生きてきた。

 

 彼がこの若さでアメリカ最強とまで言われるようになったのは、自身の能力は勿論の事、自身の地位を押し上げるのに必要な物とそうでない物を、的確に選別して来たからに他ならない。

 

 マッシュにとっては、日本にしろ龍次郎にせよ、自分が出世する為の道具に過ぎない。そう言う意味では、実に便利な「道具」達である。せいぜい、搾り取れるだけ搾り取ってやろうと考えていた。

 

 龍次郎が持ってきた報告書など、目を通すにも値しない。そんな事に時間を割くくらいなら、マッシュには自身の出世戦略の為にやらなくてはならない事がいくらでもあった。

 

 その時、執務室のドアが開き、軍服を着た男が部屋の中へと入ってきた。

 

「失礼するよ、マッシュ君」

「これは中将閣下。どうされたのですか? 言ってくだされば、僕の方から出向きましたのに」

 

 マッシュは部屋へと入ってきた、恰幅の良い男性に対し、愛想笑いを浮かべながら立ち上がる。

 

 男の名はジェス・ローラット海兵隊中将。マッシュの支持者の1人であり、マッシュが持つ軍へのパイプの中でも、特に大きな部類に入る人物である。

 

「なに、近くを通りかかったついでに、顔を出しただけだよ」

 

 そう言うと、ローラットはソファに重い腰を下ろす。

 

 本人曰く、昔は「前線で勇を誇った」と言っているが、今はそのころの面影は完全に無い。

 

 中年の域に達している目元は落ちくぼんで隈が形成され、明らかに長年の不摂生によってもたらされたと思われる肥満体系は、歩くだけで大儀そうに揺れ動いている。

 

 胸元に付けられた階級章と勲章の数々が、煌びやかな輝きを放っているのが、その事が却って、この男の価値を下げて見せているようだった。

 

 見るからに不快感を漂わせている男だ。

 

 正直なところ、マッシュ自身、ローラットに対して好感情を抱いている訳ではない。

 

 しかしローラットはマッシュと同じ民主党寄りのスタンスをしている。その上、軍隊における階級も、マッシュが准将待遇であるのに対し、ローラットは中将である。

 

 その為、マッシュとしてもローラットを無碍に扱う事はできなかった。

 

「聞いたかね?」

 

 マッシュが対面に座るのを見計らって、ローラットは口を開いた。

 

「あのジーサードが、どうやら戻って来たと言う話だ」

「ええ、聞いてますよ」

 

 マッシュは余裕の笑みを浮かべたまま、ローラットに返事をする。

 

 先のエリア51での戦いにおいてマッシュが撃退し、這う這うの体で逃げ帰って行ったジーサードが戻って来た事は、あの男が成田空港を飛び立つ前から得ていた情報である。つまり、ローラットの情報は1日以上遅い訳だ。

 

 だが、そんな事も気付かず、ローラットは上機嫌で続ける。

 

「まったく、あの男の往生際の悪さと言ったら、ゴキブリ並みだな。我らと戦っても勝てない事くらい、子供でも判るだろうに。どうにも理解力が不足しているようだな、彼は」

 

 まるで自分がジーサードを倒したような言い草だが、先の戦いにおいてローラットは何もしていない。ただ、マッシュが兵力を動かしてジーサード・リーグを撃退するのを横で、無邪気に喝采を上げながら見ていただけである。

 

 だが、マッシュはその事をおくびにも出さない。

 

「ゴキブリは殺虫しますよ。今度こそ、完全にね」

 

 そう言って、笑顔を浮かべるマッシュ。

 

 彼の手に掛かれば、ジーサード如き、いくら攻めて来た所で完璧に返り討ちにできる。

 

 けど、

 

 ローラットに気付かれないように、マッシュはそっとほくそ笑む。

 

 実際に戦う前に、挨拶くらいはしておくのも面白いかもしれないと思った。どうやら、日本から面白いお友達も連れて来てくれたみたいだし。

 

 

 

 

 

 食事を終えた後、友哉、キンジ、茉莉、レキの4人は、ジーサードにつれられる形でアンガスの部屋へとやって来た。

 

 アンガスはジーサードリーグの装備調達担当をしている。

 

 その関係から、友哉達に新装備を提供してくれるのだと言う。

 

 アンティーク調で統一された室内で、早速、キンジがジーサードとお揃いのプロテクターを着せられていた。

 

「サード様の予備でしたが、流石は御兄弟。少しのカスタマイズで、問題無く着れそうですな」

 

 ごついプロテクターを着たキンジを見て、アンガスは感心したように呟いた。

 

 確かに、キンジとジーサードは体格的に似ている。服を選ぶ時など、意外と楽そうである。

 

「軽いな。どう動いても体の邪魔にならない」

 

 具合を確かめたキンジが、感嘆交じりに呟いた。着るまでは、そのゴツい外見に辟易していたキンジだが、実際に着て見ると、その驚く性能に惹き込まれたようだ。

 

「だが、やっぱ秘匿性がな。服の下に着れるような物は無いか?」

 

 キンジは探偵科(インケスタ)所属である為、単純な戦闘のみならず、潜入や護衛などの任務もあり得る。それを考えれば、あまり目立つ格好は避けたいと思うのは当然の事だった。

 

 まあ、それ以前に恰好が嫌だ、と言うのもあるのだろうが。

 

「多少、性能は落ちますが、充分可能です」

「兄貴は俺の『流星(メテオ)』と同じ技を使う。薄くしても良いが性能は落とし過ぎるな」

 

 話を聞いていたジーサードが、横から口を挟んだ。

 

 流星はキンジの桜花と同じ、超音速技である。最大でマッハ1まで達するほどの威力を誇っており、その威力は、放てば自身にもダメージがフィードバックする事からも、押して知るべしと言った所だろう。

 

 どうやらあのプロテクターは、ボクサーのグローブのように、自損から体を保護する役割も果たしているようだ。

 

「で、レキ・・・・・・・・・・・・」

 

 キンジは虚空に向かって語りかける。

 

「気に入ったのかもしれんが、脱げよ。お前がそれ着ると、マジでどこにいるのか判らなくて居心地が悪い」

 

 キンジの言葉に対し、

 

 ジジッと言う擦れるような電子音と共に、観葉植物の陰からレキが姿を現した。

 

 ジーサード達が作戦時に常用している光屈曲迷彩(メタマテリアル・ギリー)だ。元々気配が薄いレキが着れば、もはや完全に追尾は不可能となる。

 

 狙撃手は秘匿性を第一と考える。それを考えれば、最良の装備である事は間違いない。

 

「緋村、お前にはコイツだ」

「おろ?」

 

 友哉はジーサードが差し出した、ベルトのような物を受け取って、具合を見てみる。

 

 何やら、両腰に当たる部分に、円錐状の突起物が取り付けられているのが見えるのだが。

 

「ロケットブースター付きのベルトだ。アイアンマンにも使われている技術だぜ。お前はカエルみたいにピョンピョン跳ねるのが上手いからな。コイツを使えば、東京タワーくらい飛び越えるくらい軽いぜ」

「失礼な。て言うか、そこまでのジャンプ力はいらないよ」

 

 ベルトをジーサードに返しながら、友哉は呆れ気味に言う。

 

 さすがに東京タワーを飛び越える予定はないし、そもそも戦術的に使うにしても、ロケットブースターなど使った日には、却って間合いや速度計算が狂ってしまうだろう。どう考えても弊害の方が大きい。

 

 申し出はありがたいが、流石にロケットブースターはいらなかった。

 

「では、こちらなど如何でしょう?」

 

 そう言ってアンガスが差し出した物を見て、友哉は目を見張った。

 

 近代的な拵えをしたそれは、エムアインスが使っている物と同じ種類の刀剣だ。

 

 手に取って抜いてみると、ズシリとした重みが伝わってくる。もっとも、刀身自体は逆刃刀に比べると若干短いようで、せいぜい小太刀程度だろう。アリアがサブウェポンにしている小太刀と同じくらいである。

 

 これは良いかもしれない。

 

 友哉が自覚している自分自身のネックとして、上背が足りず、刀剣を背中に隠す事ができない事がある。普段は手に持って移動するから問題は無いのだが、潜入任務等があった場合、やはり刀を持ち歩けないのは不便である。

 

 この刀なら、友哉の背中でも問題無く収納できそうだった。

 

「気に行ったみてェだな」

「うん。あ、ついでに制服の方も、収納できるように改造をお願いしたいんだけど、良いかな?」

 

 友哉の申し出を、ジーサードが快諾した時だった。

 

「友哉さん」

 

 声を掛けられて振り返ると、茉莉が両手を広げるようにして立っていた。

 

 だが、普段見慣れた制服の上から、白いコートを着ている。

 

「おろ、それは?」

「緋村様が普段常用なさっているのと同じメーカーの防弾コートです。こちらは、女性用にデザインされたものですね」

 

 問いかけた友哉に対し、アンガスが説明してくれた。

 

 友哉のコートは軽い素材と特殊な縫製で作らている事から風通しが良く、夏でも問題無く着る事ができるのが売りだ。

 

「どうです? 似合っていますか?」

「うん。すごく、可愛いよ」

 

 友哉のコートは黒だが、茉莉のは白なのが特徴だろう。他にも、茉莉の方にはフードが設けられており、可愛らしいデザインだ。

 

 そう言って、茉莉に笑い掛ける。

 

 そんな友哉に対し、茉莉もまたはにかんだように笑みを返すのだった。

 

 これで、やや変則ながら、友哉と茉莉はペアルックになった訳である。

 

 その事を友哉は、何となく嬉しく思うのだった。

 

 

 

 

 

第4話「摩天楼の下で」      終わり

 


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