緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第3話「暗雲揺れ動く未来」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 成田空港の出国ロビーに立ち、友哉は静かに佇み、沈思するように視線を下げていた。

 

 「少女的」と称される、この少年にしては珍しく、その可憐な顔は難しげに固まっている。

 

 友哉は今日、ジーサードの依頼を受けて、これからアメリカに向けて旅立つ事になる。

 

 流石は日本最大級の国際空港と言うべきか、行き交う人間の半分近くが外国人のように思えてくる。

 

 こうして見ると、人種も国籍もバラバラである事が判るから面白い。

 

 白人、黒人、アジア系、アラブ系、様々な人々が足早に行き交っており、まるでグラデーションのようだ。

 

 出発まで、まだ時間はある。

 

 一緒に行くキンジ、かなめの兄妹は、同日にイギリスへと旅立つアリアを見送る為、イギリス行の発着ゲートに行っていて姿が見えない。

 

 そんな中友哉は、昨日の事を思い出していた。

 

 

 

 

 

 改めて、友哉と翔華が対面の椅子に座り直し、ようやく本題へと入るムードになった。

 

 だが、友哉はそんな翔華を真っ直ぐに見据えながら、改めて自身の中で警戒を掛け直す。

 

 この場に呼んだのが彰彦ではないと判った事で、一瞬気が緩んだのは確かだが、考えてみれば、翔華が一体どこの誰なのか、それもさっぱりわからないのだ。油断する理由はどこにも無かった。

 

 視線を向ければ、彰彦がカップに茶葉を淹れ、紅茶の準備をしているのが見える。

 

 いったい、どういうつもりなのか?

 

 そしてなぜ、この翔華と言う少女は友哉をこんな場所へ呼び出したりしたのか?

 

 友哉の鋭い視線が、探るように対面の少女へと注がれる。

 

 見たところ、戦闘向けの体格ではない。武術をやっているようには見えないし、銃の扱いにも慣れていないのは、体付きを見ればわかる。

 

 だが、そうなると、最近よく戦う機会が多い超能力者(ステルス)の可能性も否定できないだろう。

 

 相手がステルスでは、友哉に勝算は乏しい。戦いになった場合、戦術の組み立ては容易ではないだろう。

 

 だが

 

「そう、警戒なさらないでください」

 

 そんな友哉を見ながら、翔華は微笑を崩さずに言った。

 

「わたくしは、ここで争うつもりはありません。ただ緋村さん。あなたとお話がしたいだけなのですから」

「そう言われても・・・・・・・・・・・・」

 

 やんわりと言ってくる翔華に対し、友哉は尚も固い調子で答える。

 

 訳も判らないうちに、訳の判らない場所に連れてこられ、訳の判らない人物と対峙しているのだ。「警戒するな」というのが、どだい無理な話である。しかもそれが、由比彰彦とつながりがある人物と来れば尚更であろう。

 

 そんな友哉の心情を察したのだろう。翔華は柔らかい口調で語り出した。

 

「仕立て屋の皆さんとは、何度もお会いしているのですが、皆さんの口からよく出てくる『緋村さん』とは今まで一度も会った事が無かったので。ぜひ、お会いしたいと思っていたのですよ」

「いったい、何を話していたのか知りませんけど、僕は彼等の仲間って訳じゃありませんよ」

「ええ、判っていますとも」

 

 そう言ってニッコリと微笑む翔華。

 

 ちょうどそこへ、彰彦が紅茶を入れて運んできた。

 

 香りの良い液体がテーブルに置かれると、翔華はそれを細い指で受け取り口へと運ぶ。

 

「良いお味ですね、由比様」

「恐縮です」

 

 そう言って恭しく頭を下げる彰彦の姿は、まるで「姫と執事」と言った印象を受ける。

 

 だが、当の友哉はカップには口を付けず、2人に鋭い視線を向け続ける。

 

 いったい、この2人の関係が如何なるものであるのか、友哉には測り兼ねている。

 

 ただ、あの由比彰彦がこれ程の礼を持って接している相手だ。如何様な立場にせよ、相応の地位にいる人物である事は間違いなかった。

 

 その視線を察したのだろう。翔華はカップを置いて友哉に向き直った。

 

「率直にお尋ねします。緋村さんは、今のこの国の現状を、どのように思われますか?」

「この国・・・・・・・・・・・・」

 

 言われて、友哉は思考を巡らせる。

 

 正直、今までは、そんな大きなこと考えた事も無かった。ただ、自分の身に降りかかる火の粉を、払い続けて来ただけである。

 

 無理も無い。友哉は武偵とは言え、まだ高校生である。国などと言う、ある意味、得体のしれない物の事を考える余裕などある訳がない。

 

 正直、「国」などと言われてもピンと来ない、と言うのが本音だった。

 

「今、この国は非常に危険な状態にあります」

 

 そんな友哉に対し、翔華は大上段から切り込むように説明を始めた。

 

「周辺各国は日本の持つ経済力や資源力に目をつけ、それらを吸い尽くす算段を進めている。中には、露骨な干渉を行おうとしている国もあります。そうした国々の工作員は、既に無数に我が国の領土内に入り込んでいる状態です。そして、その動きを完全に防ぐことは不可能です」

 それは、友哉にも判っている。と言うか、予想できている。

 

 意外に知られていない事だが、日本と言う国は周囲を危険な国々に囲まれた状態にあるのだ。それらの国々が、日本に対して何らかのアプローチをしてきていると考えるのは、至極当然の事である。

 

 もしかすると、今こうしている時でも、どこかでは人知れず戦いが行われているかもしれなかった。

 

 だが、それでも尚、一応、日本は表向きの平和を維持し続けている。それは即ち、見た目以上に、日本と言う国の守りは固い事を意味していた。

 

 表向きには陸海空の各自衛隊が睨みを利かせ、裏では公安0課をはじめとする公的武装集団が不法入国するスパイや武装勢力を闇に葬っている。

 

 勿論、それらを縁の下で支える情報収集能力や経済力も、大きな役割を果たしている。

 

 これらの力が複合的に連なり、大きな壁となっている。それこそが、この日本と言う国を守る力なのだ。

 

 裏の世界の事について、多少なりとも関わっている友哉にも、その事はよく理解できていた。

 

 たとえ敵対国がどのような攻撃を仕掛けて来たとしても、この国の根幹が揺らぐ事無く、国民は平穏の内に過ごす事ができる。

 

 そう信じていた。

 

 だが、

 

「今、この国は、戦後最大級と言っても過言ではない、未曾有の危機を迎えようとしています」

「どういう、事ですか?」

 

 首をかしげる友哉。

 

 今さら、周辺国が日本に対し戦争を仕掛けてくる、とでも言うのだろうか?

 

 まさか、と思う。

 

 戦後60年近く経ち、記憶は風化されつつあるとはいえ、今の国際世論は、表向きは平和第一主義を掲げている国がほとんどだ。

 

 2001年の米同時多発テロと、それに伴うアフガン戦争や、2003年のイラク戦争の頃には世界で戦火の嵐が吹き荒れていたが、今は既に、それらも下火となりつつある。

 

 確かに一部、過激な国があるのも確かだが、彼等とて無益な戦争を仕掛ければ国際世論に袋叩きにされる事は判っているだろう。

 

 危ない火花に囲まれつつも、取りあえず、日本の平穏を脅かす者はいないように思えるのだが。

 

 思考を続ける友哉に対し、彰彦は教師が教え諭すように口を開いた。

 

「緋村君、君は知らないでしょうから教えてあげます」

 

 そう前置きをすると、仮面の男は身を乗り出すようにして言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「公安0課は、間も無く解体されるかもしれませんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 網走の倉庫街。

 

 既に使われなくなって久しい区画は、夜になれば闇と静寂によって包まれ、その存在を不気味に浮かび上がらせる。

 

 この網走の地には確定死刑囚の刑務所がある事は、日本全国であまりにも有名な話である。

 

 それ故に、この街には無念を抱いたまま死んだ死刑囚の怨念が漂っている、などと言う事がまことしやかに囁かれている。

 

 静寂と怨念が渦巻く街。

 

 その網走が今、火花飛び交う戦場と化していた。

 

 

 

 

 

 乾いた音が断続して響き渡り、遮蔽物を叩いていく。

 

 致死の弾丸は惜しみなく吐き出され、こちらに反撃の隙を与えない。

 

 川島由美巡査長は、手にしたシグ・サウエルP225を振り翳して応戦、相手に対し牽制の銃撃を続けている。

 

 しかし、

 

 次の瞬間には、由美が隠れている柱に、砲火が集中される。

 

 堪らず、亀のように首をすくめて銃撃の嵐に耐える。

 

 火力が違い過ぎる。

 

 相手は端から、テロ目的で密入国したような連中だ。装備は万全整えてきているのは判り切っている。

 

 それに対し、こちらは兵力こそかき集めた物の、明らかに装備面で劣っている。

 

 アサルトライフル等の大型携行火器を持つ相手に、拳銃など豆鉄砲程度の戦力でしかない。

 

 味方にも犠牲が出始めている。このままでは、相手を取り逃がすばかりか、こっちが全滅しかねない。

 

「・・・・・・・・・・・・成程な」

 

 そんな中、

 

 柱に身を預けた斎藤一馬は1人、タバコを吹かしながら鋭い視線で状況の観察に努めていた。

 

「こいつは確定だな。連中の目的と所属を聞き出したいところだから、1人くらいは捕縛したいんだが・・・・・・・・・・・・」

「しかし主任、これでは・・・・・・・・・・・・」

 

 尚も続く銃撃に耐えながら、由美は一馬に言い募る。

 

 こんな状況では、最悪、自分達が生き残れるかどうかすら判らないと言うのに。

 

 公安0課が、敵性国家のテログループ入国を察知したのは、つい先日の事。

 

 そこで、一馬を含む複数の精鋭によって組まれた部隊が、それを秘密裏に処理する為、この網走に派遣されてきたのだ。

 

 しかし、敵の戦力が予想外に大きかったのは完全な誤算であった。

 

 このままでは全滅もあり得る。

 

 だが、

 

 公安0課に敗北は許されない。

 

 後退も許されない。

 

 自分達が敗れると言う事は、すなわち日本に住む全ての国民がテロの脅威にさらされる事を意味する。

 

 故に、0課刑事は、己を1人の人間と定義しない。

 

 ただ、国を守り、人を守るための道具として、その為に己の命を使い捨てる覚悟が必要となる。

 

「川島」

「はい」

 

 一馬も懐から銃を抜きつつ、由美に語りかける。

 

「3秒、掩護しろ」

 

 短く言い置くと、一馬は返事を待たずに遮蔽物から飛び出した。

 

 たちまち、一馬目がけて攻撃が集中されそうになる。

 

 慌てて援護に入る由美。

 

 放たれた銃撃は、敵側の動きを封じるように放たれる。

 

 その交錯する銃弾の中を、

 

 一馬は真っ向から駆ける。

 

 同時に、右手に構えた銃を放ち、正面の遮蔽物に隠れてアサルトライフルを撃っていた敵を仕留める。

 

 相手側の銃撃が、一瞬途切れる。

 

 一馬には、その一瞬の間があれば十分だった。

 

 銃を懐に収め、代わりに背中から刀を抜き放つ。

 

 狼が、その牙をギラリと閃かせ、獲物を食いちぎるべく狙いを定める。

 

 慌てて、敵が体勢を立て直そうとしているのが見える。

 

 だが、遅い。

 

 左手に持った刀を弓を引くように構え、右手はバランスを取る為に大きく前へと突き出す。

 

 次の瞬間、

 

 疾走

 

 敵側が驚愕に目を見開く中、

 

 突き立てられた牙狼の牙は、遮蔽物ごと、複数の敵を吹き飛ばした。

 

 たちまち、それまで我が物顔で銃撃を続けていた敵が、ある者は粉砕され、ある者は唖然として現実感の無い光景を眺める。

 

 その間に、一馬は刀を返すと、更に2人を斬って捨てる。

 

 公安0課の反撃が始まった。

 

 集中される攻撃。

 

 だが、光景は先程とは完全に真逆である。

 

 殲滅が完了するまで、それから1分も掛からなかった。

 

 

 

 

 

「味方は2人が死亡。他、重傷1名、軽傷3名と行った所です」

 

 現場検証を終えた由美の報告を、一馬はタバコをふかしながら聞いている。

 

 とんだ作戦になった物である。

 

 日本に侵入しようとする連中も、日に日に凶悪化の一途をたどっている。

 

 2人分のビニールの袋が運ばれていく様子を、僅かに目を細めて見送りながら、一馬は先を促した。

 

「それで、例によって身元に繋がる物証は無しか?」

「はい。辛うじて息の合った連中も、全て自殺し、証言を取る事もできません」

 

 由美の発言を聞き、一馬は内心で舌打ちした。

 

 これも、いつもの事である。相手はプロの工作員だ。身元に繋がるような馬鹿げた物を所持している筈も無い。そんな物は、一馬は元より、参加した全員が期待していなかった事だ。

 

 この冬の時期に、北海道を上陸場所に選ぶ国など、始めから限られている。

 

「ロシアか」

「恐らく。樺太経由で侵入したと思われます」

 

 網走からは、狭い海峡を僅かに隔てた程度の先にある「外国」。侵入するのはさぞ容易な事だろう。

 

 もっとも「出る」方に関しては、ご覧のとおりな訳だが。

 

 一馬は吸い終わった煙草を指先で弾くと、靴の底で地面にこすり付ける。

 

「後片付けが終了次第、撤収を開始する。痕跡は可能な限り残すな」

「了解です」

 

 一馬の指示を受けて、由美が再び走って行く。

 

 その背中を見送ると、一馬は改めてタバコに火をつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え・・・・・・・・・・・・」

 

 彰彦の言葉が信じられないように、思わず一瞬呆ける友哉。

 

 公安0課解体。

 

 そんな馬鹿げた話があるのだろうか?

 

 公安0課は国内最強の公的武装集団であり、日本と言う国を守るための、いわば「最強の盾」だ。

 

 その公安0課を失えば日本は、裏社会における最大の守りを失った状態となる。

 

 そんな事をして、いったい誰が得すると言うのか?

 

「緋村さんは、去年、この国の政権が交代した事は知っていますね?」

「それは、まあ。新聞とかニュースとかで、大きくやっていたんで」

 

 翔華の質問に、友哉は戸惑いながらも頷きを返す。

 

 政治的な事には興味が無い友哉だが、流石に政権交代のニュースくらいは知っていた。

 

 それまで与党第一党だった自民党は、相次ぐ政治不信により支持率を大幅に下げ、去年行われた解散総選挙によって歴史的な大敗を喫した。

 

 これにより、新たな与党となったのは民主党である。

 

 長年の悲願であった政権交代を果たした民主党は、それまで自民党政権が果たせなかった国家的課題を解決すると称して、数々の新事業を提案している。

 

 しかし、

 

「民主党の統治は、既に綻びが見え始めています。彼等は選挙公約によって打ち出したマニフェストを次々と覆し、その言い訳と取り繕いに終始している有様です。そんな中で現政府は、予算配分における抜本的な見直し策を行おうとしています」

 

 後に「事業仕分け」と呼ばれる事になる政策は、現在行われている大規模公共事業が本当に必要か否かを見極め、不必要な事業や組織を中止、解体する事で予算の見直しを図ろうと言う物だ。

 

 いわば政治の大クリーンナップとでもいうべき大胆な手法である。それが成功すれば、確かに経済的には余裕ができるかもしれないが。

 

「その中に、0課の解体も挙がっているのです」

「そんな馬鹿なッ 0課の解体なんてやったりしたら、ただ国を弱くするだけじゃないですかッ」

 

 一部(と言うか一人)腹立たしい奴はいるが、公安0課の存在がある種の抑止力の役割を果たし、この国の維持に貢献しているのは紛れもない事実である。

 

 その0課無くして、どうやってこの国を守ろうと言うのか?

 

「まったくもって君の言う通りなのですがね、緋村君。この国には『日本は世界で最も平和な国である。その平和な国には武力など不要。むしろ武力などが持っているから戦争は起こるのだ』などと本気で言っている、頭のおめでたい人たちが多くいるのですよ。そして、そういった人間にとって、公安0課など、ただ金を食うだけの無駄にしか映らない事でしょう。彼等にしてみれば、最強戦力を維持する事よりも、マニフェストで謳った経済再生の方が優先すべき課題と言う事です」

 

 馬鹿げた話である。

 

 だが、その馬鹿げた考えを持っている連中が今、この国のトップにいるのだから始末に負えない。

 

「だからこそ、今、公安0課に代わる新たな力が必要なのです」

 

 翔華が口を開いた。

 

 ついに、確信に入った、という雰囲気に、友哉は知らずに息を呑む。

 

 今までのは、いわば前振り。ここからが、本日のメインの話となる。

 

「新しい組織を作り、公安0課無き無法時代の新たな守り手とする。それが、わたくしたちの目的です」

 

 翔華は、友哉の目を真っ直ぐに見据えて言った。

 

 0課の消滅。

 

 そして、それに対応するための、新組織の立ち上げ。

 

 どれも、友哉にとっては予想の範囲外の内容だった。

 

「ちょっと待ってください」

 

 そう言うと、友哉は彰彦の方に目を向ける。

 

「それなら、仕立て屋のような犯罪者組織と何故、手を組もうとしているんですか?」

「手を組んでいる訳ではありませんよ」

 

 質問をぶつける友哉に対し、翔華は柔らかい口調のまま、その言葉を否定する。

 

「由比さんは元々、わたくしの願いに賛同してくださり、わたくしの意に添うように動いてくれていたのです」

「確かに、一時はイ・ウーのような組織に身を置き、犯罪に加担するような真似をしていたのは事実ですがね、しかし、それも全て、この時の為だったのです」

 

 彰彦もまた、神妙な声音でもって告げる。

 

「我々の敵は、この国の転覆を企む犯罪組織やテロリストと言った裏社会の者達となるでしょう。それらに対抗するためには、表の、光の世界ばかりを見続けた人間には無理です。そこで私は、イ・ウーに入り、仕立て屋として多くの戦いに身を投じると同時に、この国の守りを担うに足る人材を探す事に奔走しました」

 

 俄かには信じがたい話だ。

 

 これまで友哉は、何度も仕立て屋と交戦し、煮え湯を飲まされたことは一度や二度ではない。無論、逆に勝利した事も多いが。

 

 しかし、その仕立て屋が、実は何らかの事情で動いていた仮の姿である。などと急に言われて納得ができる訳なかった。

 

 だが、

 

 既に状況が、切羽詰まりつつある事だけは、理解できた。

 

 勿論、公安0課を失ったからと言って、即日本の防衛力が0になる訳ではない。最強戦力を失った程度で瓦解するほど、日本と言う国は易くは無い。

 

 だがそれでも、0課の喪失によってもたらされるであろう未曾有の危機は、決して無視できるものではなかった。

 

「緋村さん。どうか、私達に力を貸してください。あなたがこれまで、武偵として多くの戦いに身を投じ、その全ての戦いに勝利して来た事は知っています。その力を今度は、どうか私達に貸してください。この国を守るために」

 

 そう言って、頭を下げる翔華。

 

 更に、彰彦が身を乗り出す。

 

「多くの人材を探し、時に賛同し、時に拒絶される中で緋村君、君は私が見付けた最高レベルと言っても良い存在です。その歳で既に大人顔負けの戦闘実力を誇り、多くの戦いに勝利してきた。だからこそ、私は是が非でも、君と言う存在が欲しくなった」

 

 そう言うと、彰彦も立ち上がって、友哉に対して頭を下げる。

 

「今までの事が不快であるのなら、私も謝罪しましょう。どうか、我々の力になって、この国を守る新たな力となってください。緋村君」

 

 頭を下げる2人に、当惑する友哉。

 

 ややあって、躊躇いがちに口を開く。

 

「けど、僕は武偵を目指して学校へ通っている身です。それなのに・・・・・・」

「問題ありません」

 

 翔華は友哉の言葉を遮るようにして顔を上げると、笑顔を向けて言った。

 

「わたくし達が作る組織は、公安0課のような公的武装集団ではなく、民間企業融資による物となるでしょう。既に企業数社に交渉を進め、賛同いただけたところからは資金援助も約束していただきました。その為、緋村さん、あなたの全てを、組織に縛り付ける気はありません。あなたは普段は、ご自身の生活を営みながら、こちらの指示があった時のみ動いてくれればそれで良いのです」

 

 チラッと、友哉は傍らの逆刃刀に目をやった。

 

 翔華の言葉が、脳内に響く。

 

 今、自分の力が求められている。

 

 自分の力で、この国を守る為に役立てる事ができる。

 

 それが本当に実現するなら、それも確かに一つの理想形と言えるかもしれなかった。

 

 だが、その為に、どうしても一つ、無視できない事があった。

 

「・・・・・・・・・・・・一つ、確認させてください」

 

 警戒するように、口を開いた。

 

「新たな組織は本当に、この国を守るために使うんですね? 決して、犯罪の為に使う訳ではないのですね?」

 

 知らずの内に、自分が犯罪に加担させられ、逃れられない所まで堕ちていた、なんてことになったら、もはや笑い話にもならない。

 

「もし、あなた達が僕を欺き、犯罪に加担させるような事をするなら、僕は僕の持つ全てを掛けてでも、あなた達を根底から叩き潰します。それでも良いですね?」

 

 確認するような友哉の言葉。

 

 対して、

 

「誓いましょう」

 

 翔華は強い口調で言った。

 

「新たな組織は、必ずやこの国の新しい盾として役立てると、この崇徳院翔華の名と、名誉にかけて」

 

 言い切る翔華。

 

 その可憐な瞳には一切の曇りは無く、果てしなく澄み渡る空の如く、真実のみを映し出しているように友哉には感じられた。

 

 それに対し、

 

「・・・・・・・・・・・・判りました」

 

 友哉は、静かに、自らの目の前にあった扉を開いた。

 

 

 

 

 

 正直、あれで良かったのか。

 

 友哉には分からない。

 

 だが、翔華や彰彦が、心から自分の力を欲している。国を守るために、力を貸してほしいと願っている事だけは判った。

 

 だからこそ、申し出に応じようと思ったのだ。

 

 それに、本当に公安0課が解体されれば、新たな戦力が必要になるのは事実である。

 

 これから先の運命、どっちに転ぶかは判らない。

 

 ただ、やらないで公開するような真似だけは、したくなかった。

 

「友哉さん、時間ですよ」

 

 茉莉に声を掛けられ、友哉は顔を上げる。

 

 どうやら、考え事をしている内に、時間が来てしまったようだ。

 

「あ、うん。今、行くよ」

 

 そう言うと友哉は、大きめな旅行鞄を手にとって、出国ゲートへと向かって歩き出した。

 

 

 

 

第3話「暗雲揺れ動く未来」      終わり

 


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